9月も半ば。さすがに残暑も終わり、窓から入る涼しい風が虫の音を微かに運んで来ている。

 就業後のPiaキャロット、客のいなくなったフロアの一角ではミーティングが行われていた。

 テーブルを囲む主な面々は、祐介、涼子、葵、潤、美奈、早苗。

 夏休みが終わったためにバイトの人員は激減している。
 耕治も、学業を理由にPiaキャロットを去っていた。

「もう今日はこれくらいかな?」

 議題が一通り済んだのだろう、祐介はそう言ってみんなを見まわした。

 誰からも特に反応は無い。それを確かめた祐介は

「じゃあ、今日のミーティングはこれで・・・」

 そう言ってテーブルに手をついて立ちあがろうとする。

「終わります」

 祐介がそう言おうとした時、

「あ、あの」

 そう言って一本の手があげられた。皆の視線がその手の主へと集まる。

 祐介は上げかけた腰をおろすと潤に話しかけた。

「なんだい、神楽坂くん?」



Piaキャロットへようこそ2 神楽坂 潤SS


Confession


written by YOU



「なんだい、神楽坂くん?」

 閉店後、従業員控え室を通りかかったところを呼びとめられた祐介はそう潤に尋ねた。

 残務処理が残っているので、時間に余裕があるわけではない。

 が、そこは気さくな祐介。嫌な顔ひとつせず、軽い笑みさえ浮かべている。

 そんな祐介を前に、潤は手をもじもじさせている。

「えっと・・・あの・・・・その・・・・・」

 口は動くのだ。言いたいことが決まってないわけでもない。

 が、思うように言葉が出てこない。

 今さらどんな顔をして言ったらいいのか。

 昨晩、さんざん考えたことが再び頭の中で繰り返される。

「???」

 祐介は不思議そうにやや首を傾げながら潤に視線を向けている。

 その視線が、ますます潤を萎縮させた。

 決して厳しい視線なわけではない。むしろ、様子のおかしい潤を心配している、そんな優しい視線であった。

 どことなく、彼を、耕治を思い出させる。

(なんでそうやさしい人ばかりなんだろう)

 そんな優しい人達を、自分は2ヶ月近く騙し続けてきたのだ。

 自責の念が、ますます潤を追い詰めて行く。

 バイトを始めたころは、夏休みが終わったらそのままバイトを止めるつもりだった。

 もちろん、本当のことは隠したまま。

 が、その予定はあっさりと崩れてしまった。

 理由は二つある。ひとつは、耕治と出会ったこと。

 そして、もう一つは、Piaキャロットの人々を好きになってしまったこと。

 このまま、本当の事を言わずに別れてしまうことが辛くなってしまったのだ。

 Piaキャロの人達を好きになればなるほど、本当のことを言わなきゃと思うようになっていった。

 が、好きになればなるほど、言えなくなってしまった。

 今まで築きあげてきた関係が一気に瓦解してしまうのではという恐怖が潤をためらわせた。

『好きだから言わなきゃ』という気持ちと『好きだから言えない』という気持ち

 二つの矛盾する考えが頭の中をぐるぐる駆け巡る。

 ついには、口さえ動かなくなってしまった。

 横一文字に口を閉じ、顔を俯けて祐介の足元をみつめる。

 そんな潤に助け舟を出そうと、祐介はしばし天井を見上げた後、

「バイト、休みたいのかい?」

 と思いついたことを聞いてみた。

「ち、違います」

 潤はぶんぶんとやや大げさに首を振って否定する。

 とはいえ、その後も潤が話し出しそうな気配は無かった。

「悪いけど、時間がないんだ。急がないのならまた今度でいいかな?」

 困り果てた祐介は、壁にかかった時計を見上げると、やや申し訳なさそうに潤に言った。

「は、はい。すいません」

 潤はうつむきかげんにそう言うと、

「お疲れ様でした」

 と言ってそそくさとPiaキャロットを後にした。

 

 

 次の日。潤は久々に耕治とデートに来ていた。

 場所はあの遊園地。二人にとっての思い出の場所だ。

「ねえ、耕治。あの時は、どういう気持ちで私を見てた?」

 移動中、ちょっと意地悪な質問かなと思いながらも、潤が尋ねた。

「あの時か? 俺ってその気があるのかな〜? って結構悩んでたけど。」

「何それ?」

「いや、あの頃はまだ潤を男だと思ってたから」

「私の演技もなかなかのものだってことよね」

 潤はそう言うとうれしそうにくるんと回った。その動きに合わせてスカートがふわっと広がる。

「かわいかったよ」

 潤に聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやく。

「過去形なの?」

 しっかり聞いていた潤が上体をやや倒して、顔を覗きこむように上目遣いに訊いてくる。

「はいはい。今も潤はかわいいですよ」

 耕治がいくらかちゃかし気味に答えた。

「ん〜、その言い方なんか気に入らないな〜」

 潤はそう言ってちょっとむくれている。

「じゃあ、どうしたら機嫌直してくれる?」

「そうね〜、私が今食べたい物を買ってきてくれたら許してあげる」

 潤のその言葉を聞くと、耕治は、

「買ってくるから、そこで待ってて?」

 と言って駆け出した。




「お待たせ」

 まもなくそう言って耕治が帰ってきた。

 両手を後ろに回して、手に持ったものを隠している。

「何を買ってきたの?」

 潤が尋ねると、

「もちろん、これさ」

 そう言って耕治はクレープを潤に差し出した。

「違った?」

 言葉とは裏腹に耕治の表情は確信に満ちている。

「覚えててくれたんだ」

「当たり前だろ。俺達の初デートだったんだから」

 そう言って耕治は笑いかけた。潤も無言で笑みを返す。

 それからも二人は遊園地のデートを堪能した。

 あの時とは違い、お互いに心から楽しむことができる。

 

 そして、帰り道。もう陽は沈みかかかっており、薄暗くなろうとしている。

「夕飯、食べて帰ろうか」

 耕治が隣を歩いている潤にそう尋ねた。

「いいけど、・・・・どこ行く?」

 潤も耕治の方を向いて尋ねる。

「Piaキャロット・・ってわけにはいかないか」

 そう言って耕治は苦笑いした。

「う、うん」

 潤も小さくうなづく。

「一回、二人でピアに行ってみたいんだけどな?」

「なんで?」

 潤は内心ギクッとしながら尋ねた。

「店長とか涼子さんの驚く顔を見てみたい気もするし・・・」

「なんだ、そんなこと?」

 ちょっと拍子抜けして潤が聞きかえした。

「それに・・・」

「それに?」

「やっぱり、俺はPiaキャロットのみんなに祝福してもらいたい。あの頃を知っているみんなに」

「そうね。・・・そうよね」

 潤はしきりにうなづいている。

 耕治の想いは、潤の想いと同じであった。



 しばらく無言で歩いていたのだが、

「祝福してもらいたいって・・・」

 ふと思い出したように潤が声を出した。

「ん?」

「まるで結婚するみたいね」

 そう言うと潤はくすっと笑った。耕治は照れくさくなったのかそっぽを向いてしまった。

 暗くなってきたために、その表情を伺うことはできない。

 潤はそんな耕治の腕をそっととると、自分の腕をからめた。



 

 ポーン、ポーン、ポーン ・・・

 フロアの鐘が22時を告げた。普通ならミーティングの終わっている時間だ。

「どうぞ、神楽坂君」

 祐介が、潤に話をするように促す。

「あ、あの、僕、じゃなくて、わ、わた・・・・」

 立ち上がったのはいいものの、前と同様にしどろもどろになってしまう。

 そのため、余計に皆の視線を集めてしまい、なおさら言いづらくなってしまった。

 顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

 十分に決心してきたはずだったのだが・・・・・・

(耕治・・・)

 胸中でつぶやく。耕治と二人でなら、もっと楽にみんなに告白できただろう。

 それは分かってはいたことだ。あるいは、突然女の子の格好をしてきても良かったかもしれない。
 それを分かった上で、男装のまま、自分独りで告白しようと決めたのだ。

 これは潤にとってのけじめであった。

 耕治の時には、なし崩し的にばれてしまったが、今回はそうしたくなかった。

 そうしてはいけないと思った。

 ぐっと意をこめて拳をにぎりしめる。

 ふと、耕治の言葉が思い出された。

『俺はPiaキャロットのみんなに祝福してもらいたい。あの頃を知っているみんなに。』

(そうだよね。)

 潤のスイッチが入った。

 急に、緊張が薄れていく。

 先ほどとは、打って変わった、晴れ晴れとした表情で顔を上げると、はっきりとした口調で話し出した。

「実は、私・・・・・・・・・







 

 

(どうしたんだろ、潤のやつ? 急にPiaキャロットで待ち合わせだなんて)

 耕治はそう思いながら、久々にPiaキャロットへと続く道を歩いていた。

 ほどなくPiaキャロットに着く。

「は〜・・・」

 別に緊張する必要はないのだが、なんとなくドアの前で立ち止まる。

 約1ヶ月ぶり。来よう来ようとは思っていたのだが、いい機会が無かったのだ。

 久々というわけで、何となく照れくさい。

(みんなびっくりするかな?)

 一息つくと、そう考えながらドアを開けた。

「いらっしゃいませ。Piaキャロットへようこそ!」

 聞き慣れた声に出迎えられる。そこに笑顔で立っていたのは・・・

「じゅ、潤?!」

 耕治の大声が店内に響く。

 そう、耕治の目の前には、ウェイトレス姿の潤が立っていた。

 耕治の様子を見て、奥の方では祐介や涼子達が笑っているのが目に入る。

(驚くのは俺か・・・)

 耕治は、眼前で笑っている潤を見て、胸中でそう呟いていた。

「お一人様ですか?」

うろたえる耕治に対していつも通りの接客を続ける潤。
満面の笑みがその顔からこぼれていた・・・



 


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*後書き*

潤のエンディングあたりのお話です。
ちょっと心理描写とかが中途半端ですが。

補足しておきますと、最初のタイトル部分の後、遊園地の話のあたりは
一旦話が過去に戻ってます。
その後、再びタイトル部分の前の時点に戻ってきてます。
わかりにくいかもしれませんね・・・(^^;

カザンさんに贈らせて頂いていた作品なのですが、カザンさんのサイトの趣旨変更に
伴い、こちらに置いて頂くことになりました。これに伴い若干の修正を加えています。

拙作へ最後までお付き合い頂きありがとうございました。
感想とか、苦情とか、なんでもいいんで頂けると嬉しいです。
でわ〜☆

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