その1
<<デリーの想い出 (インド)>>

ホテルから見た町並み。埃でかすんでいる。
道を悠々と闊歩する野良ウシ。
インドの原宿(?)にて。
インドの原宿には野良ウシが住んでいる。


インドのマクドナルドのメニュー。一番でかいのがマハラジャマック。
マックでの1回の食事代が、貧しい労働者の1日の給料に相当する。

 

'96年1月 訪問

飛行機の窓から夜のデリーの町を見下ろした時、まずおいらは妙だな?と思った。普通大都市の夜景といえば、極彩色のネオンがギラギラと輝き、旅行者をわくわくさせるものだが、ここデリーの夜景は、だだオレンジ色っぽいモノトーンの明かりしか見えない。そして明かりの量も圧倒的に少ない。なんとも寒々しいのだ。そして飛行機が徐々に高度を下げていくと、その明かりの正体が、道路を行き交う車のヘッドライトであることに気づく。空港からホテルへ行くまでの間、驚いた事に、町には車のヘッドライト以外、まともな明かりが無いのである。極彩色のネオンなどとんでもない。道の両側につらなるバラック屋根のところどころに、裸電球がぶら下がっているだけなのだ。そして道端のそこかしこでみすぼらしい格好をした人々がたき火を囲んでいるという、まるで戦争被災地の様な光景がおいらを出迎えてくれたのである。インド訪問しょっぱなからカルチャーショックを受けてしまった。

インドという国は、人口が軽く8億を越えるだけあって、やたら人間の多い国である。まさに人間が湧いているといった表現がぴったりだ。そしてカースト制の名残があるせいか、ずいぶんと貧富の差が激しい様で、高級車を乗り回す金持ちがいる一方で、町中の至る所に乞食がうろついているのだ。大通りや橋のたもとには、殆どと言っていいほど彼らの寝床となるテント(ぼろ布を屋根代わりに張っただけのもの)が見受けられるし、交差点で車を止めると、身体にボロキレを巻き付けたガンジーさんの様な連中が、どこからともなくゾンビの様に寄ってきて、「あ〜っ、う〜っ」などと言葉にならないうめき声をあげながら、車の窓をたたいて物乞いをするのだ。そりゃもうまるでホラー映画を見ている様で、実におぞましい光景なのである。そしてあまりのおぞましさにふと眼を横にそらすと、交差点の真ん中の中央分離帯で、乞食さんが立ちション(というより御もらし)してたりもするのだ。(両手をだらりと下げ、ボケ老人の様に直立したまま垂れ流しだ) う〜ん、再びカルチャーショック。

町でよく見掛けるのは彼ら乞食ばかりではない。最もびっくりするのが、どこにでも現れる野良ウシである。冗談抜きで、野良犬ではなく野良ウシが町中を我が物顔で闊歩しているのだ。ヒンズー教の国ではウシは神様の使いであるため、非常に大事にされているらしく、車の往来が激しい通りでも、堂々とのんびり渡っていく。時には交差点の真ん中で座り込んで昼寝しているつわものもいたりするのだが、決してドライバー達はクラクションを鳴らしたりしないのである。彼らは毎日勝手気ままに町をうろつきまわり、道端のごみ箱をあさったりしながら暮らしているのだが、どうもインドでは人間とウシがどっこいどっこいの暮らしをしているらしい。実際人間と野良ウシが仲良くいっしょに道端のごみ箱に頭を突っ込んで、残飯をあさっている姿を良く見掛けるのだ。う〜ん、またしてもカルチャーショック。

さて、ここデリーでは、官庁街や市の中心部を一歩外れると、とても一国の首都とは思えない様な町並みを目にする事になる。新市街(ニューデリー)に対して旧市街(オールドデリー)はとくにすさまじい。空港からホテルへ行くまでに見たのと同じ様に、バラックやテント、ちょっと田舎に行くと牛の糞で作った家などがつらなっている。高層建築と呼べる建物は殆ど見当たらず、たまにポツンと背の高い建物があるとすれば、外国資本のホテルか病院ぐらい。一般の建物は殆どが平屋からせいぜい3階建てまでである。道路は一応舗装されているが、当然状態はあまり良くない。道路以外の部分は殆どが泥むき出しで、野良ウシのフンも混ざり合って雨の後はぐっちゃぐちゃ。乾けばそれがまさにフン塵となって舞いあがり視界を遮る為、なんとも不潔っぽく、呼吸をするのもはばかられる程だ。インドの人々はこんな空気を毎日吸っていて、よく病気にならないものだと感心してしまう。

時に、日本人が抱いているインド人のイメージというと、ターバンを頭に巻いている姿がまず浮かぶと思うが、実際のインド人はあまりターバンなど巻いていないという事をご存知であろうか。あれはシーク教徒独特の習慣だそうで、インド国民に占める割合はあまり多くないらしい(全国民の2%程度)。実際はヒンズー教徒が国民の殆どを占めるため、町でターバン姿のインド人を見掛ける機会というのは、日本人が思っているのと違って結構まれなのである。

一度デリーで一番といわれる高級ホテルのレストランに食事に行った際、頭にターバンを巻いたドアマンがいて、「おおっ....」 とちょっと感激したのを覚えている。身長190cmオーバーのでっぷり太った大男が二人、額の辺りに真っ赤な宝石と長ーい鳥の羽のついたターバンをつけ、爪先の反り返った金色の靴を履き、派手な装飾の民族服を着て立っていたのだ。その風貌たるや、アリババと40人の盗賊をほうふつとさせ、実に迫力ものであった。そしておいら達が車を横付けすると、そのアリババ達がズンズンと寄ってきて、ドアを開けながら 「ぐーっど いーぶにーんぐ 、さー」 などと野太い声でお辞儀と共に出迎えてくれたのだ。なにやらえらくなった様で気分爽快ある。

こうしたホテルで食う飯は結構うまいのだが、一歩外へ出ると、普通の胃腸を持った日本人が食える様な物はあまり売っていない。と言うより、店らしい店があまり無いのである。町にはショッピングモール(市場と言った方がふさわしいかも)の様なものがいくつかあるが、どこもあやしい雑貨屋の様な店が集まっているだけで、レストランらしい店は見あたらなかった。時折リヤカーに炒った豆の様な物を山盛りに積んで売り歩いているのを見掛けたが、いかにも腹を壊しそうでとても買う気にはなれなかった。町で唯一日本人が口に出来そうなのはマクドナルドのハンバーガーだけである。一応現地の駐在員の間では「インドの原宿」と呼ばれているモールの一角にあるのだが、そこは原宿というよりも、新宿ゴールデン街とコマ劇場を足して2で割って、さらに20〜30ねん風化させた様な雰囲気の場所であった。まるで戦後のドヤ街といったほうがしっくりくるかもしれない。まぁそうはいっても一応インドでは流行の先端をいっている場所らしく、NIKEやベネトンなど、有名ショップが軒をつらねていて、ちょっとこざっぱりした身なりの若者達がショッピングを楽しんでいた。ただ、油断は禁物である。そこかしこに野良ウシや乞食がうろついているのと、地面が舗装されておらず泥の水溜まりがそこいら中に有るため、安心して辺りを歩き回れる状態ではないのだ。まったく、とんだ原宿があったものである。

各店の入り口には必ずガードマンが立っていて、乞食やウシが店に入ってこない様に見張っており、一歩店に入ればそこはアメリカや日本と変わりなく非常に清潔である為、店の外とは別世界になるのだが、マックのメニューを見たとたん、やはりここはインドなんだと思い知らされる。ビッグマックの代わりにあるのはマハラジャマックと呼ばれるハンバーガーで、宗教上の理由から牛肉の代わりにマトンを使っており、ちょっとくせのある臭いがする。フィッシュバーガーは何やら川魚の様な匂いがするし、フライドポテトはそこいら中に黒い染みの様なコゲあとが付いていて、まるでちびたカリントウの様だった。

願わくば普通のビーフを使ったマックを食べたかったのだが、こればかりは仕方が無い。マクドナルドが最初にオープンした時、牛肉を使っているとの理由で、焼き討ちに遭った事があるらしく、インドでは極一部のホテルや西洋高級レストランを除いて、牛肉を使った料理は絶対にタブーなのだ。

当然日本の食べ物など手に入るわけもなく、飲料水を含め、安心して口にできる食材を手に入れる事からして難しいのである。その為か、インド滞在の最終日に、駐在員の方の家でいただいたスルメとお茶の味は妙にありがたく感じたものである。スルメをかじりつつ、家族の写真を見ながら話す単身赴任の駐在員の眼には、うっすらと涙がにじんでいたが、仕事の為とは言え、この様なすさまじい環境で日々暮らしている駐在員の方を見るにつけ、清潔で何不自由無い日本の生活に慣れきった自分と比べ、なんとたくましいのだろうかと感心してしまった。きっと彼も赴任したばかりの頃は途方に暮れていたのだろうが、まったく人間の順応性とはすごいものである。

日本人旅行者の中には、インドの持つ独特の雰囲気に魅せられて、すっかりはまってしまう人もいるらしいが、おいらもこの数日間のインド滞在の中で、カルチャーショックをうけつつ、そうした人たちの気持ちがなんとなく分かった様な気がした。ここインドには、生物としての人間の生き方の原点みたいなものが有る様な気がするのである。(まぁ、ただ怠け者でだらしない乞食がいっぱいいるだけだと言ってしまえばそれまでだが....)

そんな何ともディープなインドの魅力に関心しつつも、正直言って自分としてはこの様な環境で駐在期間の満了を待ちながら暮らすのだけは勘弁して欲しいなぁ、などと思いながら、おいらは埃っぽい大地を後にしたのであった。

  

以上

 


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