4月1日 ボリビア→日本


路子おはよう
寝起きを驚かして悪いが、、
大変な事が、起こってしまいました。

ボリビアで、テログループによる日本大使館占拠事件!
路子のボリビア行きも絶望です。

えー、ぷ、り、る、ふ、ー、る
エープリルフールでした。日本はもう終わってしまったので仕返しなどしないように!
4月1日 ボリビアより


日本→ボリビア


もうーーーやだなー。
タイトルから何事かと思いましたよ。
単純なわたしはすぐ引っかかるのだから・・・・

でも、朝このメールを開いた時はまだ届いてなかったので
読んだのは帰ってきてからになりました。
だいたい、メールを送信してから何分後に相手のところに
届くのでしょうね?


コメント
くだらなすぎてすいません。 後で読んでいる自分までもがお恥ずかしい次第です。


4月2日 日本→ボリビア


今日はまたまたプールに行ってきました。
最初のころと比べるとだいぶ楽な泳ぎができるようになりました。 今日はクロールでうれしいこと
がありました。
やはりわたしの問題はすべて呼吸の仕方にあったようです。
なんか息継ぎはしてるのですが、スムーズに空気を取りいれられなくて鼻がいつも痛いなーって思っ
ているうちに苦しくなって疲れてしまってました。
泳いでいる勢いで鼻に水が入ってきてしまっていたようです。
顔をつけ直す時に少し鼻から息を出すようにしたらとても快適になりました。
こんな単純なことを今ごろ発見したわたし。

一つ変な質問してよいですか?
吸う時って口からしか息吸わないですよね?


ボリビア→日本


水泳で一番大事なのが、呼吸の仕方です。すぐに苦しくなって酸欠になっちゃう人は、水の中で息を
止めている人です。
水の中でなくても、息を数秒間とめて一秒だけ息すってなんて事やってたら酸欠になっちゃうよな。
それに運動が伴うのだから当然、極度の酸欠になる。
25mとかの短泳は、陸上の100m走のように息を止めるが、遠泳はそんなことはしない。

深呼吸しながら泳ぐことを意識すればよい。息をゆっくりすってゆっくり吐く!
泳ぎながらこれをすれば良い。
水の中ではゆっくり息を吐く!呼吸もゆっくりすう。
基本は鼻で吐いて、口で吸うだけど、俺なんか鼻が詰まっちゃうから両方、口かな。


4月4日 ボリビア→日本


今日は会社を休んだ。 病気になったわけでもなく、サボっただけだ。
何故か、何もする気がおきなかった。 一日ベットに丸くなり寝ていた。
最近の生活は、朝会社に行き、夜8時か9時頃まで残業し、帰りに一人でビールを飲んで帰る。
そんな生活だった。
最近思うことは、気の合う友達を作るのって難しいという事と仕事以外の時間や休日などに気持ち
をリフレッシュできる趣味が見つからないことかな。

日本では野球が始まり花見の時期だって聞くと、さすがに少し日本が恋しくなったなー。
ボリビアという素晴らしい環境にいるのに、自分はそれを上手く楽しめていないからだなきっと。
町で一生懸命働いている子供たちが偉大に見える。こないだ、とってもかわいい子供がいて、おもちゃ
のギター片手に歌を歌ってお金を稼いでいるんだけど、まだ3歳ぐらいなのかなー、親もいないんだと思う、
名前は?って聞くとわからないって言ってた。
もうあの年で自分で稼いで生活してんだもんな俺もがんばんなくっちゃね。

なんか今日は暗い文章になってしまいました。


日本→ボリビア


会社、お休みしたのですね。 病気ではなくほっとしました。
そういう日もありますよね。
だいぶ生活に慣れてきたからそう感じるようになったということもあるのでしょう。
善人が言ってるように、気の合う友達を作るのって難しいですよね。
わたしも新入社員でこの会社に入ったときはなぜかそう感じて、高校や大学の友達がすごく恋しくなり
ました。
会社では仲のよい友達なんてできないのかなーって・・・。
でも、今では終末も共にするくらいです。 やはりちょっと時間がかかるのでしょう。

善人はすぐ、心を開くのですぐ友達ができそうですが・・・、 あと、向こうは家族が主体だからかな?
それにやはり、男性は余計、女性より新しく友達を作ることって難しいようですね。
女の人はみんな独りでいることが嫌いだからすぐ、寄り集まろうとするのですが・・・。

何か趣味をみつけるようにすれば、すぐ友達ってできるのではないでしょうか?
それから始めてみるとよいですよね。
善人、カメラとか、野球とか、山登りとか・・・。ボリビアでもそういうことをしている人たちってきっといる
と思うので。応援してますね。
さみしくなったらいつでも電話でも下さい。


ボリビア→日本


前回は暗いメールを出してしまいましたが、これも俺であることは間違いありません。
心の中に全部しまっておくべきかなとも思いましたが、俺の様々な葛藤も路子には伝えようと
思いました。仕事にちょっと疲れていて、そんな時にはツイツイ路子に甘えてしまうようです。
でも自分の弱い部分を沢山知ってこの二年間で少しでも克服できたらと思っています。


4月5日 ボリビア→日本


今日は、言語障害者の子供たちがいる孤児院に行ってきました。
修理の頼まれていた装置は言語訓練ようの機械で、マイクに向かってしゃべるとそれが、その装置
の画面に図形のような波形に描かれて耳の聞こえない人にも目で自分が声を出している事を認識
させるという物でした。
子供たちは自分が声を出しているという事が分るのがとても、うれしいらしくこの装置に向かって一生
懸命、声を出す練習をするのだそうです。
動かなくなってた装置はちゃんとなおしてきました。
少しは俺もやくにたったようです。
その施設の中で牛を飼ってる小さな牧場や畑があって、とてものんびりしたところだった。 久々に子供
達と遊んだ。
学園内にヘビがいて、それを捕まえることで盛り上った。
言葉が通じない子供達と、どうコミュニケーションとっていいのか最初分らなかったけど先生達に手話を
2、3個ならって話かけ、あとはジェスチャーで捕まえたヘビを食べようって表現し、鼻の穴や耳の穴から
ヘビを出す真似をすると子供達が輪になって笑ってくれた。
嬉しい時の表情を理解するのに言葉は必要なかった。
今日覚えた手話は、
「あなたの名前はなんですか?」
「元気ですか?」
「ありがとう。」
「とっても嬉しいです。」
あと、喜びの表現(日本のお星様きらきらの表現と同じ)
「また、会いましょう。」 、、、、、これだけかな。
言葉を覚えることの楽しさの原点を教えてもらった気がします。


4月6日 日本→ボリビア


昨日は帰ってきたのが2:00前になりました。
区大会は0−7で「田中ユーキーズ」というチームにコールド負けになってしましました。
そのチームは昨年はAリーグで、過去に優勝した経験もあったチームだったのでやはり
とても強かったです。
でも、ファーボールが一回しかでず、なかなかよかったよっと、審判にほめられました。
チームの中にTANAKAという選手が4人くらいいて、みんなであの中に紛れかんでるの
ではないかと探してみました。
2試合目はわたしは行けなかったのですが、ブルドッグスとやり、やはり2試合目という
疲れもあり1?−3だったそうです。 やはりブルドックスですね。

夜は新横浜の北の一丁というお店でした。
いつものように11人くらいで6人席くらいのところにみんなでぎゅうぎゅう入りました。
のりちゃんも来てました。 相変わらず、こうじさんと仲が良かったですよ。
香織さんに善人からもらった写真をみせてあげたら、今度、家などの建物写真を撮って送っ
てほしいなーっと言ってました。 香織さんは油絵を習い始めたようでその題材にしたいよう
です。
その後、
2次会は結局4人(山本さん、あきらさん、古田さん)になりました。
容子さんはちょっと歯から熱がでてしまい飲み会は欠席だったので。
他のみんなは車等で来ていたので、そのまま帰ってしまいました。
みんな行くと思っていたのに、女の子がわたし独りになってしまったのでわたしも帰ったほうが
よいのかなー、わたしがいると行きたいところに行けないかなーっと思いましたが、オロチョンに
行こうと言ったので、そこまで一緒に行くことにしました。 そしたら、すごく込んでいて結局いつも
のガーデンに行き、1:30くらいまでパスタとピザをつまみにワインを飲んでしました。
最後はタクシーでまた送ってもらってしまい、またまたお世話になってしまいました。


4月7日 ボリビア→日本


コチャバンバは真夏のピークが過ぎたようです。
日中の気温はあまり変わらないが、朝晩がひんやりしてきて丁度日本の夏に山に行った時の朝晩
の冷え方と似ています。とても爽やかな感じです。
ホームステー先の当初の予定の3ヶ月が今月末で終わるのだけれど、家族に家を出ると言い出せ
ないでいる。家族のみんなが良くしてくれて、8月に路子が来るんだと言ったら、盛大なフィエスタを
やろうとか、路子は嫌いな食べ物あるかとか、今からメニュー考えてくれたりしている。いずれにせよ、
一人暮らしをしてみたいという考えは変わらないのだけれど、もう少し言葉が上達するまで家を出るの
をよそうと思っている。


日本→ボリビア


善人にはちょうど心地よい季節になったのでは? 汗が絞れなくなりましたか?
わたしが行く8月はどのくらい寒いのでしょうか? 荷物が増えちゃうね。
今からメニューまで考えてくれてるなんて、とても感激です。
わたしは、とってもうれしいのですが、でも、善人は家を出難くなってしまいますね。
一人暮らしになったらきっとさみしがりやさんの善人は余計日本が恋しくなってしまうのでは?
っと心配なので、わたしも、もう少しの間、ホームステイ先のご家族に甘えることをお勧めします。


4月9日 ボリビア→日本


ホームステー先の家族が、日本料理を食べたいといって週末作ってくれって言うんだけど何が
いいかな?
日本にしかない食材でなくこっちで簡単に作れてこれからもこの家庭で作り続けてもらえるもの?
醤油は簡単に手に入る。ソースはない。ケチャップはある。
マヨネーズもある。塩、胡椒、砂糖、酢もある。 鶏肉、豚肉、牛肉は何でもある、野菜はニンジン、
ピーマン玉ねぎ、キャベツなどほとんど手に入る。 牛乳もあるし、卵も有るし、ほとんどなんでもある。
米もある。みりんと酒はない。 何がいいかな?

まずスープ。日本のスープと言えば味噌汁だけど味噌はないからパス。
となると醤油ベースとなるが思いつかん、けんちん汁ってどうやってつくるの?ゴボウはないしな。
二品目は野菜コロッケにコーンクリームコロッケ。
ライスは酢飯かチャーハン、肉じゃがもいいな。
でもどれも作れそうもない。


コメント
この後、私の質問した料理の作り方をレシピを細かく教えてもらったのですが、結局作る前にできない
とあきらめてしまいました。


4月13日 ボリビア→日本


何が原因がは分らないが、昨日の夜中に腹痛がひどくなり、数時間ベットとトイレを行き来を繰り返した。
かなりの水分が出たので、レモン水に砂糖、塩を混ぜ脱水症状にならないように水分を補給した。
なので少々寝不足であるが今日は日曜日なので良かった。昼はバーベキューパーティーに誘われ
ているので空っぽになったお腹を満たしに行ってくるが、またお腹をこわしそうである。
昨日はイバンが家に彼女とその家族を連れてくるということで、俺はいつもの短ぱんTシャツ、サンダル
姿から自称フォーマルの路子からもらったシャツにチノパンに頭にバンダナというコスチュームで相手の
家族を待ち構えた。でも19歳にして、これだけオープンに家族共々、交際しているのは素晴らしいと事
だと思った。

このボリビア、南米全体のオープンさの原点は、昼食にあると思っている。
日々の生活を見てると、昼食時必ず誰かしらゲストが食事に参加する。それも何の連絡もなく突然に
である。
当たり前のように、みんなで食事をしシエスタ(昼寝)までして帰る。
こういう、誰でも受け入れる雰囲気がとっても好きである。


日本→ボリビア


お腹治った?
これからバーベキュー食べに行くの?楽しいから行きたいでしょうが、お腹にやさしくないけど大丈夫かな?
またいたくなっちゃったらコワイのでよく様子をみてくださいね。
っと言ってもこれを読むのは帰ってきてからでしょうが・・・。お大事にね。

わたしは、今日、月曜日はやはり寝不足で行きはまだ気を張っていいたようで大丈夫だったのですが、
さすがに帰りは電車の中で睡魔に襲われ、目が覚めたらちょうど横浜駅のドアが閉まってしまいました。
次の駅でおりボーッと戻る電車を待っていました。 誰にも会いたくない、一時でした。
山本家にお土産をもって行きたかったのですが今日は寝て明日行こうかと思います。


コメント
山本家とは、野球チームのキャプテンの事で高校時代に同級生同士が結婚した夫婦。奥さんは高校時代
は青木という名字だったので、我々からは今も変らず青木と呼ばれている。この夫婦がなくして野球チーム
の発足はなかったであろう。


4月14日 日本→ボリビア


今日は20:00前には家に帰ってきました。
母は今日は出かけていたので、父と二人で夕食をとりました。その時、ボリビア行きの話がでて、自分が
以前海外に行って失敗したことや、食べ物で不自由した点など懐かしんで話してくれました。
わたしは善人がネズミを食べたことなどを話したら関心してました。

父も南米はとても行ってみたい国の一つのようです。いずれ、一緒に行こうっと行ったら、冗談まじりで、
わたしが旅行代金払ってくれるの?って聞かれたので、わたしが添乗員になるから、わたしの代金もお父
さんもちで・・・っと言っておきました。 いつかそんな日が来たら、よろしく願いしますね。
でも、父は心臓が悪いのでやはりボリビアは無理ではないかと思います。
南米で標高が日本くらいの地域ってありますか?
父と二人でボリビア行きのことを話たのは初めてだったのでよかったです。

あと、ブラジル旅行社でサンタクルス往復を申込ました。
詳しい到着時間等がわかったらまた連絡しますね。


コメント
この頃には、夏休みに彼女がボリビアに遊びに来る事を彼女のご両親に許してもらっていました。


4月20日 日本→ボリビア


ただいまー。 怪我なく無事帰ってきました。
HILL CLIMB レース 女子MTBクラスで3位に入賞することができました。
といっても3/19人中です。 やはり女子の参加者が少ないので・・・
賞状とタテとその他ETC・・・。をもらいました。 うれしかったです。
だいちゃんは5位入賞!!!
今日は自分でもとても気持ちよく走れたと思います。
特に思ったほど疲れはなく800mアップひたすら登りの大会でしたが、まだまだ私の太股は衰えて
ないようでした。
登って行くとき、標高が高くなるにつれて、善人はもっと高い所で暮らしているんだろうなーっと思って
走りました。

雨が降ると言われていたのにとてもよい天気で、景色は最高でした。だから登りながら楽しむことが
できました。
頂上に湯釜と言われるエメラルドグリーンの湖らしきものがあり、自然でできた色だとは思えないほ
どでいた。
でも、そんな前にもやっぱりわたしにはハプニングが・・・。
スタート前にマッチーに野球はどうかなーっと確認の電話を携帯でしてそれではがんばるねーっと電話
を切った矢先にゼッケン798番と呼ばれ何事かと思ったら、「今あなたのタイヤがバーストしましたよ。」
っと言われ、ちょっと離れていたところにいたので聞こえなかったのか、周りの方が「今すごい音で破裂
してたよ」っとのこと。
わたしは放心状態になりそうでした。もう今日はこれで終わりかと・・・。
でも、まだスタート前まで1時間以上あったので他の仲間がみんな助けてくれ、チューブを買って、取り
替えることができました。わたし一人だったら絶対何もできなかったでしょう。
また友達のありがたみを深く感じました。

前の日に宿のところで空気を入れてもらっていて、スタート地点はちょっと標高が高いので気圧の関係
でなってしまったようです。それでもまだ、スタートしてからならなくてよかったと思いました。
わたしはそれにしてもどうしてこんな風に・・・。だいちゃんと笑ってしまいました。
まだまだ話したいことはあるのですが、今日はこの辺で。


ボリビア→日本


3位入賞おめでとう!大会に出るたび、賞を取ってる感じだな。
路子の場合、参加して完走できれば必ず良い結果が付いてくると思います。ただ、ハプニングが多い
のかな?これからの路子の課題は少し余裕を持てるようになる事かな。
当たり前の事だけれど、なんでも、長く続け、経験を重ねて行けば余裕は出てくると思います。
でもそれ以前に路子は、いつも、いそがしく遊んでるようだから、時間的な余裕のなさがハプニングを呼
び込んでしまうように思います。


コメント
HILL CLIMBレースとは、群馬県、草津の白根山で開催される、標高差800mをひたすらマウンテン
バイクで登る事を競う大会だそうです。


4月27日 ボリビア→日本


新しい住まいを見つけるために先週は会社にも時間をもらってずっと探してたんだけど、まず自分の出せる
家賃が乏しいのと、外国人であるという事と、あと1年半ほどしか住めないなどで、なかなか厳しい状況に
あった。しかもできればやはり、家にプライベートな電話がほしかった。
あと、すぐに住めるように家具や電化製品も備え付けで貸してくれる所、、、そうなるとほとんど見つからない。
しかも、未だ伸び悩むインチキなスペイン語でのコミュニケーション。
新聞の広告をみて電話をして直接見にいったり不動産屋をまわって物件を探したりなかなか大変ではあるが、
やってるうちにだんだん楽しいと感じてきた。
一番ボリビアで大事なのは、大家さんだと感じた。
いくら家が良くても、大家さんが取っ付き憎い人だとその後に問題が起きるように思えた。家屋を見て、大家
さんと色んな事を話して、自分に対して好意的なのかを観察する。ボリビアは自分の仲間とそれ以外という
見方が強く、一度仲間に入れてもらえれば本当に良くしてくれる。

ある一件は3階建のビルの屋上の階で、かなり古く汚いがワンルームのフロアーで、楽に20畳はあり、しか
もバレーボールのコート程の屋上も全部使え、ここで日焼けも悪くないななどと考える。 でも電話も冷蔵庫も
なくこれはネックだ。
もう一件は6畳程のフローリングの部屋と4畳ほどのリビングがあって壁が白く冷蔵庫もあり、何よりも大家
さんの娘がスペイン系白人で、ジョアンナに劣らぬ可愛さで、すぐに俺にもなついてくれそうだった。 
でもやっぱり電話がないのと窓がないのがネックだった。
またある一件は、とにかく奇麗で家具やベットなどもかなりいい物を使っていてキッチンなどはアメリカの家庭
に良く有るようなやつで、オーブンもでっかいのがあり、冷蔵庫もあり、カウンターバーみたいのもあって最高
だった。
もーココに決めたなどと思ったが電話もガスも水道も電気も大家さんとメーターが共同のもので、かなりその家
は光熱費を使うらしくこの点で、もめそうなのと電話も部屋にはあるが親子電話でプライベートでないので、
これも見送った。でも部屋はもう理想的な物だった。
結局決めようとしているのは、大家さんの家の敷地の裏にある平屋の一軒家で、花々が咲き乱れる庭付きで
庭は大家さんが手入れしてくれる。 部屋はキッチンルーム(10畳程)、大きなオーブン、ビールを冷やす大
きな冷蔵庫、そして10畳程のリビングルームには8人ほど座れるソファーにアンティークな大きなラジオに
レコードプレーヤー。
さらに10畳程のツインのベットルームには家具が備え付け、プライベートの電話もある。
浴室もアメリカ映画のような大きな浴槽、おまけに駐車場付き。
大家さんもドイツ系の人でしっかりしてそうだった。
捜した中では一番総合的に条件が良いので、もー俺はここにしたいのだが、家賃をかなり下げてもらわないと
払えない。
あと協力隊の決まりで長期契約ができず3ヶ月ごとの契約更新というのが大家さんにはネックになっているようだ。
現在交渉中であったが、大家さんがこちらの条件を全部飲んでくれると電話が今日入った。
かなり贅沢な家かとは思うが、逆に日本ではこういう生活はできないと思うので良いかなと思っている。
家賃も今のホームステー先で借りている一部屋と同じ金額まで下げてくれたし、もうこれ以上は見つからないと
思う事にする。

今のホームステー先に話して折り合いが付けば引っ越しをする事になるだろう。


4月26日 日本→ボリビア


昨日は23:00ころ帰って来ました。 っというのも今日の野球はやはり雨で中止になったので。
昨日は関川さんのカレーと他にもサラダやムール貝のワイン蒸、竹の子の煮付け、しかもデザートにココナツ
ミルクのタピオカまで作ってもらってとてもすばらしい手料理でした。 おいしかったです。
その後、みんなで、いろんな歌手のメドレーをながして、順番に唄てIいき、唄えなかった人が飲むというゲーム
をしました。
キョンキョンが出てきたとき、きっと善人は唄えないものがないのだろうなーっと思わず笑ってしまいました。

あと、私も篠原さんには久々に会ったのですが、善人元気にしてるかなーっと気にしてましたよ。
昨日、岸根公園でジョギングの後、ラジオ体操の終わったオバサンに 「若いのにねー。高校生でしょ。?」
「いいえ」
「っえ?高校生にしかみえないわよー。ダイエットしてるの?気を付けなさい。梅宮アンナみたいにならない
ようにね。」っと言われ立ち去られてしまいました。 私は一言もダイエットなんて言ってないのに・・・
太ってみえたのでしょうか?
では、今日もめげずに行ってきます。


4月28日 日本→ボリビア


今晩から佐渡へ出発です。
古田さんも仕事が何時に終わり、何時に出発できるか?なので、わたしの家経由、だいちゃん家にも寄っ
てもらうことになりました。今日は古田さんの誕生日、ケーキでも買ってお祝いしようと思います。


コメント
古田とは、我草野球チームのエースで私の小、中、高から現在に至るまでの幼なじみ。
彼女は私の彼女である前に野球チームのマネージャーであるので、私がボリビアに行った後も変らず
メンバーと旅行にいったりしています。
特にこの古田は自分では彼女は決して作らず、チームの奥さんやメンバーの彼女と遊ぶ事で満足する
ようです。


ボリビア→日本


今日の晩から佐渡に行くんだったな。
また楽しい思い出を沢山つくって話してください。
さて俺は5月5日から今度はボリビア全隊員の会議と、スポーツ大会(俺にはできないテニス)
、健康診断など半年に一度の集まりがあり、サンタクルスに行ってきます。
帰るのは、5月10日の夜になると思います。 丁度、路子の佐渡と入れ替わりになるのかな?
では、気をつけて、楽しい旅を!


4月30日 ボリビア→日本


日本がゴールデンウィークだと思うと何となく仕事に気合が入らない。
これは年末語学の訓練に行ってる時もそうだった。
ボリビアが12月31日、日本が正月を迎える頃、我々はスペイン語学校で特訓中であった。
どの隊員も日本へ電話をかけたのであるが、授業に戻ってからは誰もがそわそわし、勉強など
やる気を失っていた。

同期の隊員は、今はもう仕事に慣れ、今は夢中になってそんなこと感じないでがんばっている
のだろうか?
先日、会議でみんなに合ったが、みんな少しずつ変化していたように思えた。

大学の研究室に勤める宇賀ちゃん隊員はサンタクルスでデング熱という伝染病に感染して、
もう完治したのだが「40度の熱にうなされて、過去の思い出が走馬灯のようにめぐったよ」と
言っていた。以前より、げっそりやせた顔がその時の大変さを物語っていた。

保母さん隊員のナホちゃんは、ホームステー先と合わず、モリモリ食べ続け、4ヶ月で7キロも
太り貧弱だった体型も今ではすっかりボリビア体型になっていた。
トリニダ(アマゾン地域)の看護婦隊員のミツケは、29歳にもなって、おたふく風邪なったと
言ってた。
「トリニダは蚊ががすごくてー」などといいながら足中、何百個所も刺された跡を我々に見せる
のだった。
「これだけ蚊に刺されると熱がでるから注射打つのよ」と、さすが看護婦はたくましい。
もう一人の保母さん隊員のチハルさんは、「子供を抱っこするから、シラミとかノミを移されて
私もこんなに刺されているのよ。」 と ミツケ隊員と刺された個所 を見せ合っていた。
俺は、「凄い下痢のあと、便に血が混ざったよ。」と言うと、看護婦隊員のミツケに「赤痢なん
じゃないの」とクールに言われてしまった。
スキンヘッドにした髪ももう5分ガリほどに伸び、髭とその髪の毛のバランスが、「だまし絵」
のようだと笑われてしまった。
同じコチャバンバの町にいる職業訓練校の先生のムタ隊員はホームステー先の独身熟女
に気に入られ、毎日べったりされて、早く家を出たがっていた。
その人は精神的な病気を持っていて薬をのんでいるのだが、ムタ隊員が家に来てからは、
本当に明るくなって元気になったと誰もが言っている。ムタ隊員が家をでるなんて言ったら自
殺しかねないといと脅されていた。ボリビアに来てまだ、数ヶ月だけど、みんな確実にたくま
しくなっているように思えた。


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