[北ドイツ・ドライブ旅行 part 2]
   〜ブレーメン〜アルクマール(オランダ)〜キューケンホフ(オランダ)〜
   デュッセルドルフ〜ボン〜ケルン


[ドライブ5日目]
 今日はまず、ガイドブックには載っていないが、弟の知人がなかなかいい所と言っていたというプレーンという町に行ってみることにした。リューベックから北に40キロと近い。プレーン周辺には湖がいくつかあり、湖畔の丘に立つシュレスヴィヒ・ホルスタイン城が美しいということだ。行ってみるとお城は白亜で端正だったが、近くでみるとかなりくたびれている感じだった。湖はきれいだが、どこにでもある風景といえばそうで、特別に絶景というわけではなかった。この辺に滞在して湖でアクティビティを楽しむのなら別として、景色を見るだけなら、わざわざ来るほどのものではないな、というのが正直な感想。郊外には白黒まだらの牛が放牧されていた。州の名前にあるとおり、本場のホルスタイン種なんだろうと思う。

 プレーンを後に、ブレーメンへ向かう。ブレーメンといえば、何といってもグリム童話の「ブレーメンの音楽隊」である。でも物語では彼らはブレーメンを目指したけれど、途中で泥棒を退治したところで落ち着いてしまい、ブレーメンには行っていないんですね。しかし、ブレーメンには音楽隊の像が立ち、土産物屋にも音楽隊の人形が山ほど売られている。で、その音楽隊の像なのだが、市庁舎の脇にひっそりと立っていて、全く目立たない。ちゃんとロバの上にイヌ、その上にネコ、その上にニワトリと3匹と1羽が重なっているのに、全体の高さは2メートルほどだし、色も単純なブロンズで後ろの市庁舎の壁とまるで保護色かと思うほどに同調してしまっている。ロバの足と鼻先は、みんなに触られるのだろう、金色っぽくなってしまっている。よく、シンガポールのマーライオン、コペンハーゲンの人魚姫などが、期待はずれのものに挙げられるが、ブレーメンの音楽隊をそれに加えようと思う人もいるかもしれない。
 ブレーメンにはゼーゲ通りという繁華街の歩行者天国の入口に、実物大の豚数匹と豚買い1人の像があるのだが、そっちの方が場所的にも大きさ的にもずっと目だっているのはどうしたことだろう。もう一つ市庁舎前のマルクト広場にはローラントという平和と権利のシンボルで、ブレーメンの守護神のような人の10mくらいもある像も立っているのだが、こうしてみるとどうも音楽隊の像は待遇が悪い。やはりブレーメンには来ていないというのが問題なのかなぁ。(それでも音楽隊のロバの骨が発見された場所という冗談めいた所もあるらしい。)軽いノリの観光客としては、もう少し光を当ててあげてもよいように思う。マルクト広場のそばにブレーメンの地ビール、ベックスのビアレストランがあり、ちょうど馬車でビールを運んでくるところだった。今でも馬車を使っているなんて面白い。
 マルクト広場の近くにベットヒャー通りという通りがあり、おしゃれなショッピングストリートになっているというので行ってみた。広場から細い道を入っていくと、天使が刀で竜を退治する場面を描いた大きな金色のレリーフがかかった門がある。そこがベットヒャー通りの入口。そこをくぐるとレンガ造りの細い路地になっていて、両脇にはお土産屋やギャラリー、生活雑貨品、船関連グッズ、レストランなどの店が並ぶ。青と白のパッケージがかわいい紅茶屋もある。今までもお土産屋はそれなりにチェックして、家族への土産を探してきたのだが、そろそろこの辺で買っておかないと、買いそびれてしまう。そういう目で何軒かをのぞいたけれども、結局何も買わなかった。ベットヒャー通り自体、100mも行かないうちに終わってしまう、本当に小道なので、買い物タイムもすぐに終わってしまった。ランチはノルトゼー(北海)という魚のファーストフード・チェーンで、魚フライサンド。ノルトゼーはちょっと値段は高いが、ファーストフードにしてはおいしい。日本にも上陸してくれたらいいのに。

 小雨のブレーメンを出発。どこへ行こうか。実はツェレで泊まる予定だったのに、先へ進んだおかげで、当初の予定より1日早く進んでいるのだ。ブレーメンから南下してもデュッセルドルフまで目ぼしい町はない。思いきってオランダまで足を伸ばしてみることにする。チューリップで有名なキューケンホフを僕は2年前、弟は今年の春に見て大感激したのだが、この時期「ゾマーホフ(夏の庭)」と銘打って、夏の花を見せているというのを見てみようということになった。ただ、ブレーメンからキューケンホフまではかなり距離があるので、今日中に行くのは無理。どこか適当なところで1泊することにする。
 キューケンホフは天気がよくないと美しくないだろうなと思うのだが、ブレーメンは雨。何とか晴れてほしいと思っていると、しばらくして日が差してきた。路面も乾いているので、この辺りは雨が降らなかったようだ。そういえば、北ドイツを旅して思ったことの一つが、ドイツの天気は変わりやすいということ。晴れてると思ったら、一転にわかにかきくもり、ざあーっと雨が降り出す。かなりの大雨なのだが、スコールのように1時間くらいするとあっさり上がり、また晴れ間が出てくる。あるいは晴れたり小雨が降ったり曇ったりを短時間で繰り返したりする。イギリスの天気は変わりやすいというのは定説になっているが、北ドイツの天気もそれに負けず劣らずだと思う。その割に誰もそれを言わないのはどうしてだろうか。イギリス人は天気の話から入るというけど、ドイツ人はそんな話しかけはしないのかもしれない。
 アウトバーンをびゅんびゅん飛ばしてオランダ入国。といっても、国境にゲートがあるわけでもなく、スピードも落とすことなく、高速道路をそのまま走りつづける。僕たちはオランダの通貨を持っていないので、最初の大きな町グローニンゲンの銀行で弟のカードでキャッシング。キャッシングといっても借金ではなく、ドイツ銀行の自分の通帳の預金を現地通貨で下ろすというもの。日本でもシティバンクや郵便貯金で同様のサービスが受けられるが、それをやっている銀行のキャッシュディスペンサーを探すのがけっこう大変だったりするが、ヨーロッパのほとんどの町の銀行でこれができるそうで、いちいち両替する手間がいらず、いいサービスだと思う。でも来年からはユーロになるから、使う頻度はかなり減るとは思うが、ポーランドやハンガリー、チェコなどでも使えるそうだから、まだまだ有効。
 オランダの道も走りやすく、順調にドライブは進む。途中大堤防を通過した。大堤防は陸地に入り込んだゾイデル海を堰きとめるように作られた、長さが10キロ以上にわたる堤防で、その上は道路になっている。ゾイデル海はこの堤防によってアイセル湖という湖になってしまった。ただ、堤防の高さはそれほどないので、湖や海を見ながらドライブというわけにはいかないのが残念。大堤防を通過するとそろそろ6時。泊まるところを考えなければならないが、もう少し行くとアルクマールというチーズ市で有名な町があるので、とりあえずそこを目指すことにする。

 アルクマールの街中に車を乗り入れてみるが、ホテルが全く見当たらない。一方通行の細道が多い上、駐車スペースが見つからないので、僕が降りて探しに行くことにした。弟は車に残り、必要があれば移動するが、最終的には僕が降りた所に戻ってくるということにした。7時近くなっているので、ちょっと焦り始めたが、ふと観光案内所(オランダではvvvと言われている)に行ってみようと思いついた。7時だともう閉まっているかもしれないなと思いながら、vvvの看板の矢印に従っていってみると、まだ開いていた! 街の中心には歩いて10分くらいの駅前のホテルを紹介してもらいほっとした。カウンターの女性はとても分かりやすい英語を話してくれた。チーズ市のことを聞いてみると、明日の朝10時半からvvvの目の前の広場で行われるとのこと。チーズ市は確か週に1回の開催だから、ラッキーである。案内所を出るとき営業時間を見てみると、普段は6時終了だが、木曜日のみ夜8時まで開いていると書いてある。チーズ市の前日だから木曜日は遅くまで開いているのだろう。これも偶然とはいえ、ラッキーなことだった。案内所が開いてなかったら、ホテル探しに苦労したことだろう。
 ホテルで一息入れた後、さっそく街に出る。街並みとしては、落ち着いているが、リューネブルクのように階段状の破風を持った家が多い。街中には運河が走り、跳ね橋もいくつかあって、典型的なオランダの町という雰囲気。繁華街は人通りも多くて割とにぎわっている。何を食べようか二人で相談した結果、久しぶりの中華料理とあいなった。本日は走りに走って640kmを走破。

[ドライブ6日目]
 ホテルのレストランで(というか、レストランがメインでホテルを併設している風)、朝食をとる。今回の旅では泊まったホテルが全て朝食つきだったが、ドイツもオランダもなかなか充実している。数種類のパンにジャム、ゆで卵、数種類のハムやチーズ、ヨーグルト、ジュース、コーヒー。僕はいつも丸いパンを半分に切り、そこにハムとチーズをはさんでサンドイッチにして食べていた。ヨーグルトもいろいろな味があったが、もっぱらチェリー味を好んで食べていた。
 10時過ぎチーズ市の会場に着くと、広場は柵で囲われ、観光客がそれを取り囲んでいた。とはいっても大混雑というほどではなく、2列目に立つことができた。10時半になるといよいよ始まりで、まず広場にかけてあったシートが外される。とそこには、丸くて鮮やかな黄色のチーズが何百個も2段に積んで並べられていた。1つ1つは直径30センチほどだろうか。色は違うが、巨大オセロの駒のようにも見える。
 そこに白衣を着た仲買人みたいなおじさんが何人か出てきて、顔を突き合わせてなにやら相談している。チーズを半分に切って切り口や香りを確かめたり、細い管のようなものを突き刺して中身を取り出し味見をしたりしている。そしてジャケット姿の生産者みたいなおじさんと握手し、手を叩きあうと、取引成立ということのようだ。そうすると今度は白の上下に緑や黄色の帽子をかぶった若い男性が出てきて、取引されたチーズを計量のために大きな秤のところに運ぶ。この運び方がユニークで、両端が少し上にめくれあがったそりのような形の板にチーズを6個載せ、その前後に1人ずつ立ち、左右の端の出っ張りに肩から下げた紐をひっかけて持ち上げるのである。そして歩くのではなく、小走りでいく。あくまでも肩で支えるだけで、手は使わない。その姿はユーモラスで、ちょっとおさるのかごやを連想させる。秤で計量されたチーズは再び同じ方法で荷車まで運ばれ、その荷車で脇に控えたトラックまで運び、積み込む。トラックから急に近代的になるのだが、雰囲気を壊すからか、広場で市を見ている観光客からは見えないところにトラックは止まっていた。
 こうした一連の流れを繰り返し、全てのチーズが運ばれるまで12時過ぎくらいまで続くのが、アルクマールのチーズ市である。これはいかにも観光客向けのアトラクションのように見えるが、伝統的に今でも続いている本当の市で、本当の取引の現場なのだそうだ。チーズを運ぶ役の若い男性は20人くらいいて、間があくと、チーズの代わりに小さい子どもを乗せて、広場を一周してあげていて、子どもたちの歓声があがっていた。この間チーズ市のいわれなどを、女性がマイクで英・蘭・仏・独の4か国語で説明していたが、聞き取りにくいせいもあり、誰一人聞いている様子はなかった。結局1時間くらいチーズ市を見ていた。
 チーズ市の横の運河沿いには、帽子と民族衣装を着た女性たちがチーズを売っている。薄くスライスしたものを試食させてくれて、チーズがそれほど好きでない僕も味見をした。車に戻りながらパンフレットを読んでいると、チーズ市は4月から毎週金曜日に行われ、9月最初の金曜日でその年のは終わりと書いてあった。ということは、今日が今年最後のチーズ市だったわけ。前もって調べてきた訳ではないのに、たまたま予定が1日早まったから通りかかったということなのに、僕たちは何て運がいいんだろう。

 アルクマールからキューケンホフまでは約1時間のドライブ。曇りの平日ということもあってか、園内はけっこう閑散としていた。昼食をとっていないので、まず園内のカフェでクレープとコーヒー。それからいろいろな花壇を見ながら庭園を散歩する。春にはチューリップで埋め尽くされるが、夏はダリアやユリが中心。色や形も様々な夏の花が咲き誇っているのは、もちろんそれなりに見応えはあるのだが、春に比べると今ひとつという感じは否めない。まぁ今日は天気のせいもあって、陽光の中で見れば、もう少し明るく美しく見えるとは思うが、それだけではなさそう。
 どうしてなのかを自分なりに考えてみると、チューリップが1株が1本の茎に2枚の細い葉、てっぺんに1つの花でまとまっているから、寄せ植えにして上から見ると、葉や茎はほとんど目立たず、花のじゅうたんという感じになるのに対し、ダリアは1株がいくつにも枝分かれし、花もその途中途中にいくつも咲き、背の高さもばらばらなので、寄せ植えにしても、統一感がなく、花で埋め尽くされるという演出ができないからだと思う。ユリは作りとしてはダリアよりチューリップに近いが、花の形が外開きで複雑で豪華なだけに、寄せ植えにすると、何ていうのか、雰囲気が濃くなり、毒々しいとまではいかないまでも、押し付けがましいというか、圧倒されるというか、これでもかこれでもかという感じがしてしまうような気がする。それにチューリップが開きかけでも花びらの裏側も鮮やかな色をしているのに対し、ユリはつぼみが開いた段階では色が弱い。チューリップのあのシンプルな姿かたちとどことなく清楚で恥らうような花の形が、1本の時も、寄せ植えの時も(春のキューケンホフでは600万株!のチューリップが植えられているそう)、そのよさを失わず、見るものをなごませてくれるのかなと思う。
 そう思うと、17世紀にチューリップの球根が投機の対象となり、チューリップバブルになったのも、分かるような気もする。これほど愛されている花はチューリップ以外にはバラしかないでしょうね。あー、春のキューケンホフをもう一度見たい!

 さて、キューケンホフを出てからどうするかはまだ決まっていないのだった。とりあえずドイツ方面に向けて南下。レンタカーは明日の夕方までに返せばいいので、今日これからマーストリヒトに寄り、明日ボンやケルンに立ち寄りながらデュッセルドルフに帰ることも考えたが、なんだかまたホテル探しをしたりするのがめんどくさく思えてきて、このままデュッセルドルフに戻ることにした。ケルンやボンには明日デュッセルドルフから出かければいい。また降ったり晴れたりの変な天気の中、一路デュッセルドルフに戻った。ちなみに、ドライブ中はほとんどFMをかけていたのだが、いくつか同じ曲がいろいろな局で何度も何度もかかった。当然今大ヒット中ということなのだろうが、1日に何回も同じ曲を聴くことになり、なんだか今回の旅のテーマ曲のようになってしまった。その一つがEternal Flameをレゲエ風にアレンジしたもの。女性が歌っているが名前は知らないまま、かかるとつい一緒に口ずさんでしまうのだった。

 デュッセルドルフでの夕食はアルトシュタット(旧市街)のアルトビアを飲ませるビアレストラン。また弟の定期券を2人で使って、トラムに乗って出かける。日本でも最近よく話題に出てくるトラム(路面電車)は、ドイツではある程度の大きさの町ならかなりの割合で走っているようで、カッセルでもハノーファーでもブレーメンでも見かけた。もちろんベルリンやミュンヘンにもある。車両は古いものと新しいものが混在していて、レトロな感じからモダンでかっこいいものまでいろいろ。が、ごたぶんにもれずこちらでもラッピングが全盛のようで、車体が広告に覆われているものがほとんどだった。最新型のトラムはおしゃれなデザインだから、車体広告などせず、カラリングも専門家に任せた方がかっこいいのに、と思う。
 で、アルトビア。弟が今のところいちばん気に入っているというシュルッセルへ。大きな鍵の形の看板がかかっている。店の前にも立ち飲み用のテーブルとパラソルが出ていて、大勢の人たちが談笑している。若い女性はあまりいないが。中に入って、さっそくビールを注文。ミュンヘンのようなでかいジョッキではなく、グラスで出てくる。ちょっと濃い目の琥珀色の上にはこんもりとした泡が乗っている。イギリスでは泡を出さず、グラスすれすれまで液体で満たすのが流儀だが、ドイツでは泡ありのようだ。日本と違うのは泡が盛り上がっていること。一杯の分量はちゃんとメニューに350ccと書いてあり、グラスにもそれを示す印がついているところはイギリスと同じだが、イギリスは1パイントの場合、グラスのてっぺんでちょうと1パイントだが(それゆえ泡を残さずすれすれまで入れるということもあるのだろう)、ドイツではグラスのはしより少し下に印がついているのは、その上に泡を載せることを考慮してあるのだろう。それに引き換え、日本では大中小とかあるけど、それがどれだけの量なのかはわからないですね。業界ではある程度の目安があるのかもしれないが、消費者はあまり気にせず飲んでいるような気がする。この辺もお国柄の違いなのだろうか。
 それはさておき、シュルッセルのアルトビアはなかなかうまい。色は赤みがかった琥珀色。飲み口は軽くないけど、さっぱりとしていて、苦味と甘味が微妙にマッチしている気がする。まぁ僕の場合、酒の味はあまりわからないのだが、日本のドライのような爽快感、キレのようなものはあまりなく、どちらかというとエール系の穏やかな感じ。でもイギリスのエールと違って、ちゃんと冷えているので、日本人好みではないかと思われる。
 料理は弟オススメのシュバイネハクセ。これは豚肉のスネの部分を骨付き丸ごとローストしたもので、かなりのボリューム。それも肉に直接ナイフが刺してあってびっくり。近くのテーブルの人も笑いながら僕たちのテーブルの方を見ていた。とてもおいしくて満足。肉も骨離れがいいし、付け合わせのマッシュポテトと赤カブの甘酢漬けと一緒に食べるとまたおいしい。ドイツ料理の定番としてよく出てくるキャベツの酢漬けザウアークラウトは時にちょっと酸っぱすぎて得意なほうではないのだが、ここの赤カブの甘酢漬けはおいしかった。ビールも3杯くらいおかわりしたが、その都度ウェイターのおじさんがコースターに印をつけていく。これで勘定の際にビールを何杯飲んだのかチェックするのだそうだ。弟はプフェファリンゲン(キノコ)料理で、これもおいしかった。満足満腹で帰宅。本日の走行距離342キロ。

[7日目]
 弟はこのドライブ旅行の少し前からリンパが腫れていて、薬を飲みながら旅をしていたのだが、だんだん快方に向かっていた。ところが、夕べからまた痛み出し、今朝はもっと痛いという。昨日マーストリヒトなんかに行かずにデュッセルドルフに戻ってきておいてよかったと思いつつ、残念ながら彼は家で休み、僕は一人でボンとケルンに行ってくることにした。レンタカーは1日分もったいないことになってしまったが、仕方ない。
 デュッセルドルフからケルンまでは特急電車で20分、ボンは更に20分と近い。僕はケルンには初めての海外旅行となる卒業旅行の途中で駅前の大聖堂だけ見たことがあるが、ボンに行くのは初めて。

 初めにボンへ。元首都だったとは思えない小さな町。広場には堂々としたベートーヴェン像が立っている。ボンはベートーヴェンの生まれ故郷なのだ。特に変わり映えのしない街を抜けて、ベートーヴェンの生家を見学した。チケット売り場の若い女性が僕を見て「日本の方ですか。学生ですか。一般の方は8マルクです。」で20マルク札を出すと「細かいお金はありませんか。」お釣りを渡しながら、「荷物はそちらのロッカーに預けてください。ロッカーには1マルクコインが必要になります。」とよどみない日本語で話したのにはびっくりした。そこで疑問。彼女はこうした売場での典型的な発言だけ日本語を暗記しているのか、それとも日本語をちゃんと習っていてけっこうしゃべれるのか。それはさておき、ザルツブルクのモーツァルトの生家とよく似た感じの博物館を一通り見学した。ただ外見はモーツァルトの生家が薄黄色の壁に垂れ幕がかかっていて割と目立っているのに対し、ベートーヴェンの生家は何の飾りもない簡素な建物で、入口前に小さな看板が立っていなければ、見過ごしそうだった。

 ボンからケルンへ。ちょうどお昼時だったので、ケルン中央駅構内でドネルケバブとケルシュと呼ばれる地ビールの昼食。ケルシュは、薄い黄色をしていて、細長いグラスに注がれる。デュッセルドルフのアルトビアより日本のビールに近い爽やか系の味がした。駅の外に出てみると小雨模様。大聖堂は駅前だから傘をささずに走って堂内に飛び込む。観光客で一杯だ。ケルン大聖堂はゴシック様式の巨大なもの。細かく見ると装飾的だが、全体としては黒くごつごつした印象。雲に覆われた空の下では余計に暗い感じ。大聖堂を訪れるたび、キリスト教の力というか集金力に驚くばかりである。もっとも、これはキリスト教に限ったことではなく、壮麗なモスクやお寺や神社を見ても思うのだが、宗教の力って一体何なのだろうと思ってしまう。でもお寺や神社に比べると大聖堂の内部空間の広さ、高さといったらない。そして薄暗い中に一際輝く色を見せるステンドグラスの数々。幾何学模様、キリストの物語、都市の紋章と支配者の姿。
 南塔には登れるので3マルク払って登ってみた。エレベーターなどはなく螺旋階段をひたすら歩くしかない。展望台にたどり着くにはかなりのエネルギーがいる。その割にそこから見える景色はそれほどでもないというのが正直な感想。ライン川はよく見えるけれども、ケルンの街並みは古い建物と新しい建物が中途半端に混じり合っている感じ。
 塔から降りて外に出て、正面から大聖堂の写真を撮る。雨は上がり、晴れ間も見えてきた。が余りの大きさと正面のスペースの少なさから、全景を入れるにはよっぽどの広角レンズでないと無理。何人もの人が撮影に苦労し、できるだけ後ろに下がろうとするが、しょせん限界があり、全景を写すのはあきらめているようだ。結局僕もてっぺんの方と正面玄関の方の2枚を撮った。
 買い物客でごった返す繁華街ホーエ通りやライン川べりをぶらつき、駅に戻ろうとした頃、またもドイツの変わりやすい天気のせいで急にどしゃ降りになった。滑らないように気をつけながら、大聖堂まで走って雨やどり。1分くらい走っただけなのにかなり濡れてしまった。大聖堂入口には同じように雨を避けてきた人、大聖堂から出ようとして雨に足止めされた人が集まっている。大聖堂内部をもう一回りして外を見ると、少し小ぶりになっていたので、今度は駅までダッシュ。こんな天気もケルンからデュッセルドルフに戻る電車に乗る頃には、またも晴れ間が出てきた。ひょっとして北ドイツの天気の変わりやすさはイギリス以上かも。
 ケルンからはECに乗った。ICEでなければ特急料金はいらないと思っていたが勘違いで、デュッセルドルフまでの1駅分なのにしっかり9マルクのサプリメントを取られた。デュッセルドルフからボンまでもECに乗ったのだが、その時は何も言われなかったのに。こっちは無知な外国人観光客が短距離乗ってるだけだから大目に見てもらえたのかもしれない。また、イギリスでは同日往復はかなり安くなって片道運賃の1.5倍くらいになる割引があるのだが、ドイツではそういう割引はないようで、ケルン〜ボンの往復料金は、単に片道の2倍だった。

 デュッセルドルフの弟の家に3時ごろ帰着。薬は飲んでいるが調子は余りよくなっていない。病院も土曜日で閉まっている。レンタカーを返す前に、スーパーで買い物。最近日本でも見かけるようになってきた、倉庫のようなスーパーで、中には商品がうずたかく積み上げられている。食料品やワインがとても安い。弟は日本にいた時に比べると給料は半分くらいになってしまったが、物価は日本と比べてかなり安いので、一応普通の生活はできると言っていた。弟はミネラルウォーターやヨーグルトなどを買って、デビットカードで精算。ドイツではいまだに日曜日はほぼ全ての店が休業なので、1週間分をまとめ買いしている周りのドイツ人の買い物の量はかなり多い。日本ではいくら共働きが増えてきたといっても、こういう風景は余り見たことがないが、イギリスではよく見た。空港にレンタカーを返して家に戻る。結局1週間で約2000キロを走った。
 今夜は弟の職場の女性たち4人とご飯を食べることになっている。でも弟は喉が痛くてほとんどしゃべれない状況。大人しく二人で食べてもいいと言ったのだが、せっかくだからと弟が言うので、アルトシュタットで7時に待ち合わせ。初めは昨日行ったシュルッセルのようなアルトビアを飲ませるビアレストランの別の店に行ったのだが、満席で20分くらい待つという。女の子たちはどちらかというとドイツ料理よりイタリア料理の方が好みのようで、近くの彼女たち行きつけのイタリアンレストランでワインを飲みながらパスタやプフェファリンゲン(キノコ)・リゾットを食べた。(それにしても、今回はプフェファリンゲンばかり食べている。)弟がほとんどしゃべれなかったので、場が思っていたほどは盛り上がらなかったのが残念だった。

[8日目]
 今日は最終日。弟は相変わらず調子が悪い。一人でデュッセルドルフ市内をぶらつくことにする。まずはトラムでホーフガルテンへ。広い芝生と木々が茂る静かな公園では、そこここに置かれたベンチに老人が談笑していたり、読書をしていたり。そこを抜けて、ノルトラインヴェストファーレン州立美術館へ。ここは現代美術を収集していて、クレーやピカソの絵が楽しかった。その後、旧市街でランチ。ドイツ旅行最後のランチなのに一人というのはちょっとさびしい。今回はシュルッセルのはす向かいにあるシューマッハーというビアレストランで。シュルッセルが鍵だったのに対し、シューマッハーに軒先に鍋がかかっていた。ローストポークのビールソースとアルトビアを注文。これもおいしかった。ドイツ料理はヴァラエティに富んでいるというわけではないが、なかなかおいしい。ただ毎日だと飽きるかな。
 繁華街のケーニヒスアレー(通称ケー)を歩く。日曜日なので商店は全部休み。(日曜・祭日は閉店を義務付けていた閉店法は数年前に緩和されたそうだが、全部閉まっている。)それなのにまぁまぁの人通り。年配の夫婦や若いカップルが腕を組みながらウィンドーショッピング。店の方もウィンドーショッピングを強く意識しているのだと思うのが、入口部分の設計。日本だと通り沿いにウィンドーと入口があるのが普通だと思うが、こちらでは入口は少し奥まったところにある店が多い。これはたぶん、こうすることによって、その奥行きの分だけウィンドー部分が広く取れるからだと思う。ケーの真中にあるパサージュも店は営業していないのだが、中に入ってウィンドーショッピングはできるようになっている。さらに驚いたことには、中のカフェは営業していて、けっこうはやっていること。日本では日曜日に全ての商店が閉まっていることなど想像もできないが、仮に閉まっていたとしたら、銀座や新宿はどうなるのだろうと想像してみる。日本人はそれでも銀座に繰り出すだろうか。ウィンドーショッピングだけのために。何となくそうはならないような気がする。実際に買うことができないのに、商店街に出かけるなんて、無意味だと思う人が大半なのではないか。ウィンドーショッピングが趣味といっている人も、日曜日にゆっくり見ようなどとは思わないのではないかと思う。
 パサージュ内でトイレに行ったら、ちゃんと番人がいたのにも驚いた。財布の中には適当な小銭がなかったので、多いと知りつつ1マルク硬貨を皿に載せたら、ちょっと驚いたように「ダンケシェーン」と言われた。それにしてもこの番人の人件費の方が高くつくのではないかと思ってしまった。
 ケー周辺を中心とした歩道のあちこちに同じ形の彫刻が置かれている。パッと見たところ何なのか分からないが、これは側転する男の子をシンプルにデザインしたもの。(僕は勝手に側転ボーイと命名。)両手をついて完全にさかさまになっているものと、片手をついて斜めになっているものの2種類がある。大きさと形は同じなのだが、色のデザインがそれぞれ異なっている。これは市のコンテストか何かへの応募作品を展示しているようだ。数色を使ってシンプルに塗り分けただけのものもあれば、星条旗やジグソーパズルのデザインになっているもの、ストライプやドットをちりばめたもの、中には顔のまわりに繊維状のものをつけてたてがみのようにして全体をライオンに仕立てたものもある。そういえば旧市街の市庁舎の入口脇にもあったし、中央駅構内にもあった。ウィンドーとともに、これらを見ながら歩くのもなかなか楽しい。でも、なぜ側転ボーイなの? これにはちゃんと理由があって、何百年か前にどこかと戦って勝利したとき、デュッセルドルフ市民が側転して喜び、勝利を祝ったという話があるそう。そして今や側転ボーイはデュッセルドルフのシンボルとなり、市の観光ガイドブックの表紙を飾ったりもしている。せっかくならコレクター向きにいろんなデザインのものを売り出したらどうかとも思うが、実際はお土産屋にもそれらしきものを見なかった。日本でだったら、キャラクターとしてもなかなか受けそうな気がするのだが。
 今回のドイツ旅行ではエンタテインメントは何も行っていなかったので、本当はデュッセルドルフでロングラン中のヴァリエテ「アポロ」を見たかったのだが、今日はマチネもやっているが、それでも夕方の飛行機には間に合わないので断念。ヴァリエテは歌とダンスとサーカスが合体したようなショーで、ラスベガスにありそうなレビュー。以前ベルリンで見たのだが、言葉がわからなくても純粋に楽しめるもの。次回は是非見てみたい。そんなこんなで日曜日で静かなデュッセルドルフをざっと見てまわってから、弟の家に帰宅。喉の調子は少しはましになったらしい。
 帰りはデュッセルドルフからルフトハンザでフランクフルトへとび、成田行きのJALに乗り換える。JALとルフトハンザは提携しているわけではないので、JAL便のチェックインはフランクフルトで改めてやるのだと思っていたが、デュッセルドルフでスルーチェックインできた。行きと違い、今度は定刻に離陸し、最初のアナウンスでは成田には定刻より30分ほど早く到着予定とのことだったが、台風の影響で結局成田着陸が45分ほど遅れた。今回は弟と一緒でレンタカーを使っての旅だったので、あまり海外旅行しているという気がせず、楽なような刺激がちょっと少ないような感じの旅になった。北ドイツの街は穏やかで美しくかわいらしいが、男二人でまわる地域ではないのかもしれない、次回の旅はもう少し刺激を味わえるところに行こうかな。そして帰国翌日、ニューヨークであのテロ事件が起きたのだった。



  Photographs from North Germany

  Photographs from North Germany part 2

  Photographs from North Germany part 3

  Photographs from the Netherlands





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