ストレンジアトラクタ
アトラクタ[Attractor]
空気中の振り子は減衰しながら、いずれ鉛直下向きの位置で停止します。空気との摩擦によって熱エネルギーを放出しながら、運動エネルギーも位置エネルギーも0の終極状態に向かって限りなく近づいていきます。
これは初期状態、つまり手を離すときの位置や速度に依存しません。このような初期状態(初期値)に依存しない終極状態のことをアトラクタといいます。
アトラクタの生成は散逸系に特有な現象です。保存系の場合、たとえば摩擦のない振り子のようにいつまでも振動を続けます。しかも、振幅や速度は初期状態に依存します。このような状態をアトラクタとはいいません。
力学系には4種類のアトラクタが存在します。離散力学系の場合、これらは静止状態を表す固定点アトラクタ、周期振動となる周期点アトラクタ、準周期振動となるリング状のアトラクタ、そしてカオスとなるストレンジアトラクタの4つです。連続力学系には、固定点アトラクタ、リミットサイクル、トーラス状のアトラクタ、ストレンジアトラクタが存在し、これらは離散力学系の4つとお互いに対応しています。先ほどの減衰振り子は連続力学系で、終極の静止状態は固定点アトラクタです。
ローレンツモデル(3変数の力学系)
生態系のロトカ・ヴォルテラ方程式は2変数の力学系と考えることができますが、変数の数が3より大きい力学系に拡張することは容易なことです。
地球の表面には10km程度の空気の層があり、そこでの対流は気象現象という複雑な変化を生じます。気象現象のひとつの数学モデルが、1963年、アメリカの気象学者ローレンツにより提出された対流・乱流モデル(天気予報のモデル)です。
このモデルは大気の対流だけを表したもので、たとえば雨が降ったりするわけではありません。さらに、対流だけをとってみても、現実とはほど遠いくらいに簡素化されています。なにしろ、大気の状態をx,y,zというたった三つの数値で表現したものなのです。また、場所の情報も含まれていません。というより、ある場所での大気の状態だけを表していて、それが他の場所の気象とどう関係するかについて、この方程式は何も教えてくれない、と言ったほうがいいかもしれません。その簡単なモデルが、それでも(あるいは、それだからこそ)、非線形項を含む3次元の微分方程式の解がパラメータのある値を境に対流から乱流へと非常に複雑な挙動(カオス)を示すということを明らかにしました。
その研究中、ローレンツは、コンピュータを使って最初の計算のときはある数値を0.506127と入力したのですが、検算のときには0.506で打ち切ってしまいました。2本のシミュレーシュンカーブは最初のうち似通った振る舞いをしましたが、時間の経過とともに似ても似つかない結果になってしまいました。
 赤と緑の2本の線はほとんど同じ軌道を描く | > |  時間の経過とともに別々の軌道を描くようになる |
初期値はたった5000分の1程度の誤差です。すなわち、ローレンツ方程式による気象計算はパラメータの初期条件に敏感に依存し、小数点以下の数字を四捨五入するかしないかでその後の天候の移り変わりがまったく異なり、解の振る舞いは本質的にクジ運的・確率論的であることから、ローレンツはこれをバタフライ効果(下記参照)と呼んでいます。
ただし、どんな初期状態から出発しても、最終的には必ず同じ蝶の羽の中で軌跡が描かれます。つまり、この二枚の羽型の領域は軌跡を引き付けるのです。
そこで、この領域のことを”アトラクター(吸引領域)”と呼びます。ローレンツ・モデルのアトラクターだから、ローレンツ・アトラクターなのです。
というわけで、ローレンツ・カオスの特徴を箇条書きにまとめてみると
- 軌跡を引き付ける蝶の羽型の領域(ローレンツ・アトラクタ)
- どちらかといえば規則的な回転運動とふたつの羽の間での不規則な飛び移り
- 初期状態への敏感な依存性
ローレンツが、大気の流れを研究するために単純化して導いたモデルは次式だそうです。
dX/dt=-σ(X-Y), dY/dt=-XZ+rX-Y,dZ/dt=XY-bZ
上の式でパラメータを (σ,b,r)=(10,8/3,28) とおいて軌道計算すれば、下図が得られます。時間的変化は、小さな振幅からだんだん大きくなり遂には符号が反転して、また小さな振幅から始まるといった変化を繰り返します。
このことは軌道上では、ある点を中心にして渦巻状に半径を大きくしながら回転し、遂には反対側の目に飛び込むといった変化をすることになります。しかし変化のパターンは一定でなく、まったく気まぐれでしかも同じ所は2度と通らないようです。
更にこれの特徴的なのは、どんなに近い初期値から出発しても、まったく異なる結果が得られることです。下図左の初期値は( 1.0, 2.0, 10.0 )で4400ステップ分をプロットしたものです。(図中の赤い点が初期値に相当し、黄色の点は終点です。なお、1ステップは単位時間の 1/200 にしています。)
一方下図右の初期値は( 1.00000002, 2.0, 10.0 )、すなわちXをわずか 0.000002% だけ大きくした初期値で左と同じように4400ステップ分をプロットしています。はじめのうちこそ両方共同じような軌道を描いていますが、それがだんだん離れていき遂には下図のように中心とする"目"(あるいは蝶のはね)が反対側になってしまっています。いわゆる「バタフライ効果」が表れています。


気象関係では、冗談交じりにバタフライ効果のことを「北京で今日蝶が羽を動かして空気をそよかせたとすると、来月ニューヨークでの嵐の生じ方に変化がおこる。」とか、「アマゾンの**で蝶がバタバタするとニューヨークで嵐がおきる。」ようなもの、と例えているようです。固い表現では「初期値に対する鋭敏な依存性」というのだそうです。実際の気象現象は上の式のような単純ではないでしょうから、天気の長期予報がいかに難しいものであるか、その苦労がわかるような気がします。
ジャパニーズアトラクタ [Japanese Attractor]
ジャパニーズアトラクタは1961年、ローレンツによるローレンツアトラクタの発見とちょうど同じ年に上田v亮教授によって発見されました。
このストレンジアトラクタはダフィン方程式による連続力学系
dx/dt=y
dy/dt=-ky-x3+Bz z=cos(t)
のポアンカレ断面への写像によって生成します。
上の式を時間の経過にしたがってプロットしたものが下図です。上側の図は xy 平面での軌跡で、下側の図は x の時間に対する変化を示したものです。
これらは Bz の項があるため周期的に変化していますが、見易くするために 1周期毎に色を変えています。特に上側の図ではその境目に黄色の小さな丸印をつけています。

ここでは僅か5周期分しか出ていませんが、これを何千回も繰り返し各周期の境目の点(黄色丸印の中心)だけを取り出してプロットしたものが下図になります。

当然 Bやkの値によってできあがる形は違ってきます。場合によっては上図のようには散らばらないで数点に集中してしまうこともあります。
気象がこのようにカオス的だとしたら、天気の長期予報は絶望的です。初期状態を限りなく細かい精度で知らない限り、初期状態のずれが最後には大きな違いを生むのですから。
つまり、初期状態への敏感な依存性は、そのまま”予測不可能性”につながります。ローレンツのモデルはニュートン力学などと同じように完全に決定論的で、初期状態を指定すれば、未来永劫にわたって状態が決まってしまいます。
ところが、そのような決定論的なモデルであるにもかかわらず予測不可能になってしまうのです。未来永劫まで決まってはいるけれど、どう決まっているかは僕たちのうかがいしれないところにあるというわけです。それが、カオスのもっともカオスらしいところでしょう。
ただし、初期状態が近ければしばらくは近い軌道を描くのだから、短期的には予報も可能でしょう。カオスは全くのでたらめとは違います。”カオスだから予報が当たらない”という言い方は、必ずしも正しくはないのです。
変な挙動を示す場合には、その系は例外なく非線形方程式に支配されていて、初期条件のわずかな違いに敏感に反応します。線形微分方程式に相互作用を表す非線形項を一つだけつけ加えた非線形微分方程式でも数学的には解けないことが証明されていて、コンピュータによって数値解が求められます。非線形方程式の解き方の研究は最近急速に進んでいますが、一般の非線形方程式の系統的な解き方はまだ知られていません。おそらく、今後もありえないことでしょう。ただし、非線形性は応用上重要な役割を演じており、カオスに対しては状況に応じてそれに最適な規則を取りだすことさえできればうまく対応できると考えられていて、すでに種々の応用範囲も創案されつつあります。
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