第2章  笑顔



いつもの様に駅前に行く。

つい最近まで紅葉に覆われていた北の大地にも何時の間にか雪の気配が漂ってきていた。
北の大地の秋は本当に短く、秋になったと思ったらすぐ冬の気配がして来る。
青空に少しずつ雲が増えてきて雲が空を隠すと雪が降り冬となる。
そんな北の空を眺めると、大部雲に覆われている。
はく息も白くなっていた。
「寒くなってきたなぁ…」
寒さに身震いしながら、俺は誰に言うでなくつぶやき駅前へ急いだ。



「北川、その時あゆはどんな格好だった?」
相沢はいつになく真剣な表情で俺に問いかけてくる。
「あん? 何だ突然、そんなに重要な事か?」
俺が聞き帰すと、真剣な表情で俺を見つめる相沢の目があった。
俺はいつに無く真剣な相沢に戸惑いを感じながらも答えた。
「そうだな…。リボンをカチューシャのようにして髪をとめていたて…」
「そうか…。なら良いんだ」
相沢は視線をグラスに戻しながら答えた。




いつもの場所にいつもの時間に行く。
そしていつもの場所に彼女はいた。

そこだけ時間から取り残されたように彼女は一人誰かを待ちつづけていた。
人が忙しそうに通り過ぎていく、まるで人がいるのに気付かないかのように…。

そんな中、俺は彼女をしっかりと見つめながら近づいて行く。
そして悲しそうにうつむいている彼女に声をかける。
「やあ、あゆちゃん。待った?」と。

彼女が待っているのは俺じゃない事は分かっていた。
だけど、俺が声をかけると嬉しそうに顔を上げて微笑む。
その時の俺はただ彼女の笑顔を見たかった。
いつも元気に微笑んで欲しかった。
ただその為に俺は毎日を過ごしていた気がする。

俺は彼女に話しかけた。
「なかなか来ないね…」
彼女はきょとんとした顔で答える。
「え?」
分かってないらしい。
「あゆちゃんは何時もここで待っているじゃない。 だからなかなか来ないねって」
彼女は目を伏せて一瞬考えるようなしぐさをしてから、その優しげな眼差しを俺の方に向けて話し始めた。
ただその眼差しが憂いに満ちているのが少々気になったが…。

お母さんが、なくなって独りぼっちになった時、変わった男の子に会ったこと。
その子に親切にしてもらって楽しかった事。
そして休みが終わってその子が実家に帰る事になり、その日に待ち合せをしていた。
「ぼく、ずっと待っている。約束を破ったら二度とあえないような気がして…」
淡々と話す彼女のの言葉に、俺は胸がいっぱいになってしまう。
そして、その言葉の重みにか、しばらくの間沈黙の時が流れた。
「どれくらい待っているの?」
俺は一番気になっていた事を聞いた。
「長い間…こうやって待っているよ…」
彼女はうつむきながら、寂しそうに答えた。
その時、辺りに重苦しい空気が流れたような気がした。
「待っているのって、さっき話した子だよね」
この重苦しい雰囲気を討ち破ろうと俺は明るく言った。
しかし彼女の次の一言で、俺は言ってはいけない事をしゃべってしまった事に気付いた。
彼女は俯いたまま頭を勢い良く振りつづけながら悲しそうな声でつぶやいた。
「…忘れちゃった…」
忘れる事は悲しみをやわらげる事が多いが、彼女の場合忘れてしまった事が相当ショックだったらしい。
「待っている人の名前も顔も分かんなくなっちゃった…」
茫然とした顔でつぶやき、その優しそうな目から大きな水滴が一つ凪がれ落ちたのを合図として顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


俺の目の前で涙を流しつづけるあゆ。
そんな彼女を俺はどう慰めて良いのか分からずに、ただ彼女の手を握りしめながら立ちつづけていた。
そんな俺達を夕焼けは赤い光で優しく包みこむ。
俺の手を握りしめた彼女の手の温もりに安心した事を今でも覚えている。

後日、この一言が良い結果を彼女に与え、俺にとっても忘れられない経験をする事になろうとは夢にも思わなかった。



夕焼けが街を赤く染める中、俺は泣きじゃくるあゆをどう慰めて良いかもわからずに、ただ彼女の前に立ちつづけていた。
「…わすれちゃった…なにもおもいだせないよぅ…うぅ…」
俺は顔をくしゃくしゃにしながら泣き続ける彼女を前にして、俺はただおろおろするばかりだった。
何しろ女の子を泣かせた事なんか今まで無かったから。
しかし、街の人々は俺達に気が付かないのか気遣ってか振り向いたり見つめたりする人はいないのが不思議だった。
「そのうち思い出すよ、きっと…」
俺はそのように言うのがやっとだった。
しかし彼女は真剣な目で俺を見つめ、
「きっと思い出すよね、大丈夫だよね」と言うのだった。
「きっと大丈夫だよ。きっと…」
俺は無理矢理作った笑顔で言うのがやっとだった。
それでも彼女は涙を浮かべながらも笑顔で肯いてくれた。

きっと嬉しかったんだと思う。
彼女が少しでも俺の事を信じてくれていると言う事が。
その次に俺の口から出た言葉には俺自身驚いた。
「今度二人でどこか行こうか?」
彼女の言葉にどきどきしている俺がそこに居た。
その言葉が嬉しくってつい言ってしまった。
言った瞬間後悔した、もう少し考えてから話すようにしているんだが、彼女の前ではどうも感じたままに答えてしまう。

「私でいいの?」
彼女の言葉に一瞬ドキリとした。
正直言ってこう答えるとは思っても見なかった。
「も、もちろんだよ」
俺はあせりながら答えると彼女はにこりと微笑み。
「うん」
恥ずかしそうに嬉しそうに答えた。
夕焼けに染まったあゆの笑顔が俺はまぶしく感じる冬の日だった。


その週の週末、青空にちらほらと低い雲が漂ってはいるが良く晴れた、典型的な北の冬の日だった。
俺はいつもの様にいつもの場所に向かった。
バスを降りデパートの前を曲がると明るい元気な声が俺を迎えてくれる。
「北川くーん」
俺はほっとした様な恥ずかしいような気分で苦笑を浮かべると彼女のそばに向かった。
「今日も私が最初だよね」
いつのまにかどっちが最初に見つけるか競争となっていた。
負けた方が相手の望む事を一つかなえる、それがルールとなっていた。
最初に言い出したのは決して俺ではないのだが…。
そして、ほとんど毎日彼女が勝ちそして同じ様にたい焼きを買わされる事になった。
俺は、今日も嬉しそうにたい焼きをかぶりつく彼女を見ている、軽くなっていく財布をにぎりしめながら。
「明日こそは必ず勝って見せる」
「ふふふ、頑張ってー」
気楽なもんだ…。
しかし、一番の収穫は彼女がだんだん明るくなって来たことだろうか。
おどおどした所がなくなって…。
「ん? 私の顔に何か付いてる? にやにやして」
「んー、何でもないよ」
「あー、北川君怪しー」
こんな会話が当り前になったことがなんとなく気持ちが良い。

「もしかして…」
「??」
「私が可愛いから嬉しい?」
『ブー』
俺は思わず食べかけの鯛焼きを噴出してしまった。
「汚いよ! 北川君」
「君が変な事言うからだろ」
しばらくの間こんな日常が続いた。
これを幸せというのだろう今から思うとしみじみ感じる。
「あー、またにやにやしている」
………ったく………。



「今日は北川君の勝ちだね」
その日は彼女のそんな一言から始まった。
俺達が駅前で会うようになってしばらくしてから奇妙な競争が始まった。
先に見つけた方が相手の望む事を一つ叶えると言うものだった。
もちろん、可能な範囲でだけど。
「うーん…そうだな…」
始めて見て最初に驚いたのは、あゆちゃんの驚異的な勝率だった。
俺が勝てるのは彼女が遅れてきた時ぐらい…その時でさえ半分ぐらいは彼女の方が先に俺を見つけるのだが…。

俺はそんな貴重な1勝をどう使おうかと悩みまくっている所だった。
そんな俺を微笑みながら見つめていたあゆちゃんだったけれど、さすがにしびれを切らせたみたいで。
「ねぇねぇ、たい焼きの食べ比べってのはどう?」
………
「じゃあじゃあ、たい焼きを使った創作料理とか」
……………
「じゃあね、じゃあね、たい焼き…」
…………………
「たい焼きばっかり…」
俺はため息交じりに呟くように言った。
「うぐぅ、だって美味しいもの…」
彼女はすねたように言う。
困ったな…。

「ねぇ、あゆちゃんの学校って森の中にあるんだよねぇ…」
「うん、そうだよっ」
夕焼けに赤く染まった町の中で、たい焼きを口一杯に頬張りながら笑顔で答える彼女をまぶしく感じた。
「登校時間も下校時間もテストも無い良い学校だよ」
彼女は目を輝かせながら話しつづけた。
俺は信じられなかった。
いや、そんな学校があるのかもしれなかったが、この地域でそのような学校があるなんて聞いた事が無かったし。
「一度見て見たいけど…だめかな」
「それって北川君の叶えたいこと?」
もちろんその通りだった。
森の中の学校と言うイメージも良かったし、彼女が大変気にいっていると言う点も興味があった。
「もちろん、迷惑だったらやめてもかまわないけど」
 彼女は腕を組むと顔を下に向けてしまった、さすがに考えているかのようだった。
かなり自由な学校と言うイメージがあったが、外部の人間が勝手に入る事は難しいのかもしれない。
とまぁ色々考えていたのだけれど、彼女はすぐに顔を上げて微笑むと歓迎するといった。
「北川君だもの大歓迎だよっ」
「関係ない人間が勝手に入ったら迷惑じゃないかなぁ」
あまり知られていないみたいだし少々心配だった。
「全然大丈夫だよっ」
にこにこしながら驚いた表情して否定する彼女。
あゆちゃんがお気楽なのか本当に心配することがないのかわからないが、彼女がそこまで言うのだから大丈夫なのだろう。
「じゃあ、明日のお昼にここで待ち合せでいいかな」
「もちろん良いよっ、たのしみだよ」
 大きなつぶらな瞳をくりくりさせながらこたえるあゆ。
夕焼けのオレンジ色に染まった彼女の笑顔がまぶしく感じた初冬の夕方だった。


「おい、お前あゆの学校に行ったのか」
裕一が驚いた顔で聞いて来る。
「ああ、行ったよ」
俺は短く答えた、もちろん裕一が言いたい事は良くわかる。
俺と同じ体験をしたのだろうし…。
「そうか…」
短く答えるとうつむいてしまった。
「まぁ聞けよ、彼女の学校はだなぁ…」
俺は裕一の肩を軽くたたいて言った。
「あぁ」


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