枷(第一話)
「じゃあシオン、元気で」
「はい、志貴も」
簡単な挨拶だけを交わしシオンはその場を後にした。
やがて、シオンの姿が見えなくなる。
さて・・・俺も帰ろう。
シオンとは反対方向に向かい、歩き出す・・・。
・・・・・・ズキン
「・・・く」
身体に鋭い痛みが走り、思わず片膝ついてしまう。
やはり思っていたよりダメージは大きかったらしい。
シオンがいなくなると同時に気が抜けたのか・・・身体が凄く重く感じる。
いかにシオンが吸血鬼化で人並とは言っても、あれだけ続けばダメージも蓄積されるか。
しかし・・・シオンが元に戻ってくれて本当に良かった。
もう、あの時の二の舞はごめんだったから。
弓塚・・・。
今度は助けることはできたよ・・・ある意味君のおかげかもしれない。
シオンが弓塚のことを口にしたとき・・・あの発言でシオンを止めることができた。
シオンと弓塚・・・好きで吸血鬼になったわけじゃない。
しかし二人が根本的に違うのは・・・。
シオンは自ら死ぬことを選ぼうとし、弓塚は必死に生きようとしていた・・・。
それを・・・シオンに教えてやりたかった、シオンは血を吸わなくても・・・何かを犠牲にしなくても生きていけるから。
ありがとう弓塚・・・そして、ごめん。
俺はあれ以来弓塚が消えた場所に花さえ供えていないよな。
会いにもいってないよな・・・忘れないと誓ったのに。
こんな時だけ感謝して、軽々しく口にするなとか怒ってみたり・・・都合がいいよな。
こんなことを考えながら・・・鉛のように思い身体を引きづり、帰る事にした。
屋敷の扉を開けると・・・目の前に秋葉が立っていた。
「おかえりなさい、兄さん。随分と遅い帰りですね。連絡もなしに朝帰りですか」
そうか・・・もう夜が明けていたんだよな。
秋葉には悪いが話す気にならない。
秋葉を無視しそのまま通り過ぎようとする。
「ちょっ・・・兄さん聞いているんですか・・・っ!!」
秋葉が驚く。
「兄さんどうしたんですか、その傷は」
見れば、身体は傷だらけ・・・服もボロボロなのだから驚くのは当たり前だろう。
「あ、これか・・・ちょっと酔っ払いに絡まれてね。大したことないから大丈夫だよ」
「大したことないわけないじゃないですか、そんな傷だらけで」
秋葉が心配してくれるのは嬉しい・・・でも今は・・・。
「とりあえず・・・休ませてくれないか。話ならあとでいくらでも聞くから」
・・・・・・・・・。
「・・・わかりました、今は聞くのはやめておきます。ゆっくり休んでください」
俺の目を見て何か悟ったのか、秋葉これ以上の追及をやめてくれた。
「あ、兄さん。今、翡翠に着替えを・・・」
「いいから・・・今は、1人になりたいんだ・・・」
秋葉は心配してくれているのに・・・口調が荒くなってしまう。
「・・・はい」
「すまない」
それだけ言い残し、階段を上がる・・・。
秋葉は心配そうに俺を見ていた・・・。
部屋に戻り・・・服を脱ぎタオルで簡単に身体を拭きすぐに横になる。
何かを考える間もなく眠気はすぐに襲ってきた・・・。
ミーンミーンミーン ミーンミーンミーン
夏の暑い日・・・。
秋葉が泣いている。
倒れているのは・・・僕だ。
あたり一面血に染まっている。
大人たちが騒いでいるのが聞こえる。
確か秋葉たちと遊んでいて、そして・・・。
駄目だ・・・何も考えられない。
・・・僕は・・・死ぬのかな。
・・・・・・あたり一面真っ暗になる。
「そうだね、志貴くんがここで死んでいれば私は死ななくて済んだのかもしれないね」
・・・!?
・・・・・・。
「・・・夢か」
でも、何であんなところに弓塚が・・・。
夢というのは脳のありとあらゆる情報から構成される。
それは記憶であり、自分で勝手に合成した認識であったりする。
だから、合成することにより自分には覚えのない場所を見ることもよくあるという・・・それは場所だけに限らない、人も然り。
少なくとも彼女を思う何かが働いたということなのか。
それとも、俺自身がどこかであそこで死んでいたならばと考えていたのか。
・・・・・・・・・。
所詮は夢・・・気にするようなことは無いのだか、どこか気になってしまう。
・・・あれこれ考えても仕方がない、とにかく今日は出かけないと。
幸い身体の方は普通に動ける程度まで回復している、単に歩き回るだけなのだから何の心配もないだろう。
とりあえず、シャワーに入ってすっきりしてから出かけることにしよう。
コンコン
着替えを持って部屋を出ようとするとドアをノックされた。
「?・・・はい」
ガチャ
入ってきたのは・・・琥珀さんだった。
「琥珀さん・・・どうしたんですか?」
「いえいえ・・・あっ、志貴さん着替えなんかもってお風呂にでもはいるんですか?」
「えぇ、軽く洗い流そうかなと」
「駄目ですよ、そんな傷だらけでお風呂になんか入ったら傷口に沁みますよ。ちゃんと手当てしてからでないと」
と言いながら、どこからか救急箱を取り出す琥珀さん。
「何か・・・随分準備がいいですね、琥珀さん」
「はい、さっき志貴さんが帰られた時にちょうど廊下を通りかかったので」
「そうですか・・・」
「大丈夫です、秋葉さまには黙っておきますから。これから出かけるんですよね」
「え・・・えぇ、まぁ」
何でもお見通しか・・・。
・・・・・・。
さっきの俺と秋葉のやりとりを知っているのか・・・琥珀さんは話しかけるでもなく無言で手当てをしてくれる。
「琥珀さん・・・」
「何ですか?」
「辛いことをずっと忘れないでいるって辛いですか?」
琥珀さんは手当てする手を1回止めたが、すぐに再会し・・・。
「・・・えぇ、辛いと思いますよ」
「そう・・・ですよね」
「でも、志貴さんのそれは決して忘れてはいけない事なんですね」
「・・・はい」
そう、それは・・・決して忘れてはならないこと。
なのに、俺は・・・。
「でも、そればかりを引きずっていても確かに辛いですよね。だから、大切にしまってあげればいいんですよ。心の引き出しの1つに。それで時々出してあげればいいんじゃないですか」
「そうだね」
「すいません、偉そうなこと言ってしまって・・・」
「いえ、いいんですよ。本当にその通りですから」
「・・・・・・私も・・・いつかは・・・」
琥珀さんは俯き何かを呟く・・・。
「え・・・何ですか?」
「いいえ、何でもないんです。さっ、手当て終了です」
「ありがとうございます」
「そうそう、今正面玄関から出たら秋葉さまに見つかってしまいますからね。ちゃんと裏玄関から出てくださいね」
「わかりました」
・・・琥珀さん。
思わず聞き返してしまったが何を言ったのかは聞こえていた。
・・・いつか話してくれるときがくるのかな。
再度着替えを持って部屋を出た。
・・・・・・・・・。
シャワーを浴び、身支度を整え琥珀さんの言われた通り裏口から出る・・・。
そこから、屋敷の門へ向かい外へ・・・。
「兄さん・・・何処へいくんですか?」
後ろから秋葉の声がする・・・。
振り返ると・・・腕を組みいかにも怒っていますという感じで立っていた。
その後ろですまなそうに、琥珀さんがペコペコと頭を下げている。
「朝に傷だらけで帰ってきて、ろくに説明もしてくれないでまた出かけるのですか、兄さん」
「そうだな、すまない。ちょっと今日はどうしても出かけないといけない用事があったから」
「その、用事というのは何なんですか?」
理由を言うまで納得してくれないようだ。
俺は一度空を見上げ・・・。
「・・・お墓まいり」
「・・・そう、ですか」
「あぁ・・・どうしても、今日いかないといけないんだ」
今まで行かなかった謝罪の意味、昨日の出来事の感謝の意味を込めて・・・。
「わかりました・・・今回は大目に見てさしあげます」
「すまない」
「でも・・・」
まだ何かあるらしい、秋葉の言葉を無視して好き勝手やってるんだからそれ相応の条件が課せられるのは当然か。
「今日は、ちゃんと帰ってきて下さいね」
「あぁ、わかってる。今日はちゃんと七時までに帰るから」
「はい」
「じゃあ、いってくるよ」
「はい、いってらっしゃい兄さん」
秋葉に見送られ屋敷を後にした・・・。
・・・目的地までの道のり、ずっと弓塚のことを考えていた。
考えていたというより、自分の記憶の中の弓塚さつきという存在をずっと探していた。
・・・見つからない。
弓塚が中学のころのクラスメートということさえ知らなかったんだ・・・探そうとしても見つからないの当然。
俺の記憶の中にあるのは、中学の頃弓塚が体育倉庫に閉じ込められたということと、あの時のことだけだった。
そして・・・あの場所に辿り付く。
夏の暑い日、日が高くあがっている昼間でもこの場所はどこかひんやりとしている。
行きがけに買った花を供える。
「ごめん、来るのが遅れて・・・」
一昨日も来たが、このために来たわけじゃないから。
・・・目を瞑るとあの時の光景が思い出される。
壁を叩いてそのまま泣き崩れる弓塚・・・。
もう、動けない俺は呆然と弓塚を見ていた。
あの時確かに、弓塚は『あなたまでわたしのことを受け入れてくれないの』と言った。
もしかして、一度弓塚は自分の家に戻ったのかもしれない。
家族に拒絶をされて・・・俺のところに・・・。
俺まで彼女を受け入れてやれなくて・・・。
なぁ、弓塚・・・おまえが最後に言った『ありがとう』という言葉は一体どういう意味だったんだ。
向かいあってくれたからと言っていたけど・・・俺も最初はその意味かと思っていたけど・・・違うよ、俺は向かい合っていたわけじゃない。
ただ、怖かったから・・・。
一緒にいってやるといったけど、それはもう抵抗出来なかったから・・・それならいっそのことと思って。
まだ身体が動けたなら抵抗していたかもしれないのに。
・・・琥珀さん。
やっぱり思い出にすることは出来ないよ。
だってあまりにそれは・・・。
カツカツカツカツ・・・
足音が聞こえる・・・昼間からこんな場所に用がある人なんているんだろうか。
ポケットに手を入れナイフを握る・・・。
姿を現したのは・・・。
「シエル先輩!?」
「はい。こんにちは、遠野君」
続く
あとがき
どもども、月姫SS第二段です。きっかけはメルブラのレビュー書いてこのMエンド後のお話しを書きたくなったのが理由ですけど・・・。ヒロインさっちんになっていますが・・・まぁ回想とかしか出てこないということで。琥珀さんの心情がちょろっと出ていますけど、このお話しではそれ以上は書きませんので、また別の作品でということで・・・。琥珀さんとシエル先輩は良き相談相手ということで。今回ちょっとはしょった部分が1つ。秋葉に見送られて出かける志貴ですが、路地裏に行くまで、さっちんと会った場所に行きながらというのがあったのですが、公園、中学校の体育倉庫、さっちんと別れた交差点など・・・でもですね、なんかこれ・・・Kanonの栞ルートじゃないか!! ということに気付きカットしました♪♪ では、後編でまたお会いしましょう。