私立遠野高等学校(登校)
「姉さん、私やっぱりいつもの服に・・・」
「今日は学校に行くんだから。それ着て志貴さんを起こさないと駄目」
・・・何やら、話し声が聞こえる。
今日から夏休みなんだからもう少し静かに・・・してほしい。
「で・・・でも・・・」
「それに、制服着て起こすなんて何かゲームみたいでいいよねぇ。幼なじみって設定で、いつも寝ボスケの幼なじみを起こすの」
「また変なゲームをやってるの?」
「ほら、それよりも志貴さん起こさないと」
「う・・・うん・・・」
ゆさゆさ・・・ゆさゆさ・・・
「志貴さま起きてください・・・学校に遅刻してしまいます」
「・・・・・・・・・」
学校? 何行ってるんだ、今日からなつやす・・・。
「・・・・・・・・・」
そっか、今日から秋葉に勉強を・・・。
上半身を起こし、眼鏡をかける。
「おはよう、翡翠」
「お・・・おはようございます、志貴さま」
・・・・・・。
何かがおかしい・・・いつもの朝と変わりがないはずなのに、何かが・・・。
朝起きてすぐに目に映る情景が違っている。
冷静に頭を整理してみよう・・・今日から夏休みなのに翡翠がお越しにきている。
だが、昨日秋葉が勉強を見てくれるということなので起こされても何ら不思議はない、むしろ起こしてくれないと困る。
そう、ここまでは考えればちゃんと答えが出る。
問題はここからだ・・・と、いっても疑問は1つだけなのだが・・・。
とりあえず、その疑問を口に出してみることにする。
「翡翠・・・」
「は・・・はい、何でしょうか、志貴さま」
何でそんなに翡翠が慌てているのかも不思議なのだが。
「何でうちの制服着てるの?」
「・・・・・・・・!!」
顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった・・・。
どうしたんだ。
その代わりというか、同じく制服を着た琥珀さんが駆け込んでくる。
「志貴さん!! 翡翠ちゃんに何言ったんですか?」
いきなり、ものすごい剣幕でまくしたてられる。
「え・・・別に、ただおはようって言っただけだけど」
「それだけですか?」
「え?後、いつもと服違うから何でうちの制服着てるのって」
「それですよ、翡翠ちゃんいつもの服に着替えるってきかないんですよ。どうしてくれるんですか、せっかく苦労して説得して着てもらったのに・・・」
おいおいと泣き始める琥珀さん・・・。
そんなに悪いこと言った覚えはないのだが。
「ちょ・・・ちょっと待ってよ、琥珀さん。俺はただ翡翠に何でうちの制服着てるのっていっただけだよ」
「それでも、翡翠ちゃんが傷ついたことには変わりはないです」
琥珀さんはそう言ったまま俯いてしまう。
「志貴さん・・・」
俯いたまま怖い声を出される・・・。
「は・・・はい、何でしょうか」
その声に気圧され、思わずかしこまってしまう。
「翡翠ちゃんに謝ってください・・・今すぐです」
「わかりました・・・」
琥珀さんに急かされ部屋を出る・・・翡翠は廊下にいた。
「あの・・・翡翠・・・」
「・・・・・・・・・」
翡翠は振り向かない・・・怒っているのだろうか。
「翡翠、別に似合わないとか思ってるわけじゃないぞ。ただ、びっくりしただけだから」
「・・・・・・・・・」
「その・・・似合ってるから」
「ほんと・・・ですか?」
翡翠が顔を赤らめて振り向く。
「あぁ、似合ってると思うぞ」
「・・・嬉しいです」
・・・何とか、機嫌?は治ったようだ。
「ところで、1つ聞きたいんだけど」
これだけは聞いておかないと。
「何でしょうか」
「その制服どうしたの?」
「これは・・・朝起きていつもの服に着替えようとしたら、姉さんにこれを着るようにと・・・」
琥珀さんか・・・これ以上突っ込むのは辞めておいたほうがよさそうだな。
「そっか、わかった。じゃ、俺もそろそろ着替えるよ」
「はい、では・・・」
と、俺の制服を手渡そうとする。
「もしかして・・・俺も制服着るのか?」
「そうです、当たり前じゃないですか。今日は学校に行くんですよ」
いつのまにいたんだろうか、琥珀さんが立っていた。
「そうだね・・・わかった、俺も制服着るよ」
そう、俺たちは学校に行くのだから・・・翡翠と琥珀さんと一緒に。
「じゃ、すぐに着替えるからちょっと待ってて・・・」
「「はい」」
パタン
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「お待たせ、行こうか」
「「はい」」
と、思って立ち止まる。
「って、何処に?」
純粋な疑問だった。
「何言ってるんですか、ご飯食べて登校するんですよ」
いや、それはわかるんだけど。
「ご飯食べるのはわかるけど・・・その後何処にってことなんだけど」
「まぁまぁ、それはいいですからとりあえずは朝ごはんを食べましょう」
・・・また何か企んでるな、琥珀さん。
「わかった、じゃあとりあえずリビングに」
「はい」
・・・・・・・・・
リビングに行くと、既に秋葉が居て紅茶を飲んでいた。
「おはようございます、兄さん」
「あぁ、おはよう」
・・・秋葉はいつもどおりだ、というか翡翠と琥珀さんに比べ普通すぎる。
「秋葉は制服着てないんだな」
「秋葉さまは先生だから着なくていいんですよ」
変わりに琥珀さんが疑問に答えてくれる。
「そうなんだ」
「でも、志貴さんの提案通り、みんなで1つの授業を受け持つのですから、後ほど秋葉さまにも制服に着替えていただきますよ」
「琥珀!! それに関してはさっきも言ったとおりよ」
秋葉のこの剣幕からすると多分『私は制服なんか着ないわよ』ということなんだろう。
ちら・・・と翡翠を見る。
いつも通りの表情・・・だと思う。
でも、さっきの表情・・・制服姿を褒められて本当に嬉しそうな顔をしていた。
もしかして、翡翠も琥珀さんもずっと学校に行きたかったのかもしれない。
・・・あくまで俺の想像でしかないけど。
「秋葉・・・」
「何でしょうか、兄さん」
「秋葉も制服着て欲しい・・・」
「兄さんまで何を言うんですか」
あくまで秋葉は譲らない・・・。
「秋葉の授業が終わったら、次は琥珀さんか翡翠が受け持つことになるかな・・・そしたら、俺は秋葉と一緒に授業受けれるんだけどな」
「・・・・・・・・・」
「楽しいだろうな・・・秋葉と一緒に何か出来るのって。でも、学校だから制服着てくれないと無理なんだよな」
「・・・・・・・・」
「兄さんと一緒に授業受けて、お昼休みを過ごして、一緒に帰って・・・それで・・・」
秋葉はぶつぶつと何やら考え込んでいる・・・それをじっと待つ
「わかりました、兄さんがそこまで言うのなら」
秋葉は承諾してくれた。
「良かったですね、志貴さん」
ピョンピョン跳ねながら喜ぶ琥珀さん、そこまで喜んでくれると説得したかいもある。
「秋葉さまも承諾してくださったことですし、すぐに朝ごはんにしましょう」
「あぁ、お願い」
といって、俺も椅子に座る・・・翡翠はいつもどおり俺の後ろに控えたままだ。
「翡翠も座んなきゃ、今日は侍女じゃなくて俺のクラスメートなんだから・・・一緒に食べようよ」
「え・・・で、でもそれでは・・・」
思いっきりうろたえる翡翠・・・。
「いいから・・・」
「は・・・はい、わかりました」
きょろきょろしながらも椅子に座ってくれた。
「朝ごはん、まだ食べてないんだろ」
「はい、いつもは志貴さまが出かけられた後食べますから」
「は〜い、お待たせしました。あ・・・翡翠ちゃん志貴さんの隣に座れて羨ましいなぁ」
「え、え・・・あの、こ・・・これは」
翡翠は顔を真っ赤にしながら動揺している。
「ほら、琥珀さんも座ったら」
「そうですね、そうさせていただきますね」
琥珀さんも椅子に座る・・・。
いざ、朝ごはんを食べようとした時、後ろから鋭い視線が・・・。
振り向くと、じぃ・・・っと秋葉がこちらを睨んでいる・・・ように見えた。
どうやら、誘ってほしいらしい・・・。
「秋葉もこっち来ないか?」
「私はもう朝ごはん食べたんですから、そちらに行く必要はないはずですけど」
・・・じゃあ、何故睨むという突っ込みはこの際なしにしといて。
「いいじゃないか、紅茶はソファで飲むって決まっているわけじゃないだろ。みんなこっちにいるんだし、俺だって朝ごはん食べ終わったらそのままこっちで紅茶飲むんだから」
「わかりました、しょうがないですね兄さんは・・・」
やれやれという感じで秋葉はこっちに来る、やれやれという割には凄く嬉しそうだな・・・とは口が裂けてもいえないが。
「いつも、こうならいいのに・・・」
と、思わず口に出してしまう。
「いえ、いつもは私達はここの使用人ですから。それに・・・」
「それに?」
「今日は・・・特別ですから。特別ならそれだけ・・・この日の思い出が心に強く残りますから」
琥珀さん・・・。
「さぁ、冷めないうちに食べてくださいな。今日のベーコンエッグは上手く出来たんですよ」
「そうだね、いただきます」
「「いただきます」」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「「「ごちそうさまでした」」」
「琥珀さん・・・これから何処に?」
「ふふ・・・それはお楽しみです」
翡翠もわからない様子だし、この後のことを知ってるのは琥珀さんと・・・。
「じゃあ、私は先に部屋に戻ります」
・・・秋葉のようだ。
「じゃあ、今のうちに鞄とってくるよ・・・その後は、またここにくればいいのかな?」
「はい、そうして下さい」
「わかった」
・・・・・・・・・。
部屋に戻り、いつも通りの支度をする・・・。
秋葉が先生か・・・一体どんな授業になるのやら・・・。
一応、昨日の夜今まで習ったところをさらっと復讐してみたが、無駄かもしれない。
何よりも琥珀さんと翡翠と学校の授業を体験できるのが嬉しかったりする。
・・・支度も出来たし行くか。
・・・・・・再び居間に戻る。
琥珀さんと翡翠も鞄を持って待っていた。
「それでは、行きましょうか。志貴さん」
「あぁ」
3人で並んで廊下を歩く・・・。
「何かいいですよね、この感じ」
琥珀さんはご機嫌である。
翡翠も嬉しそうだ。
「外じゃないのは残念だけどね」
「そうですね、それでもいいです。こうやって登校しながら昨日あったテレビ番組の話しとか、テストのこととか話すんですよね」
琥珀さんは笑顔を絶やさない・・・でも、言葉の中には今まで叶えることの出来なかった寂しさが混じっている・・・そんな気がした。
「実はですね、志貴さん・・・私と翡翠ちゃんは時々、自学ですけど勉強はしていたんですよ」
「そうなんだ」
意外・・・と思ったが冷静に考えるとそうでもないかもしれない。
「特に私は秋葉様の付き添いでいろいろなところに出かけることがありましたから」
そういえば、年に1回秋葉は海外旅行に行くって言ったたな、琥珀さんと一緒に・・・。
となると、語学に関しては琥珀さんは相当なものなんじゃないか。
「翡翠は?何か得意科目みたいなものはあるの?」
「え・・・私は全然駄目です。ただ・・・古い本を読むのが好きです」
これは意外だ・・・。
「古いって古典?源氏物語とか伊勢物語とか」
「はい、昔の文章は言葉がとても綺麗ですから」
・・・やばい。
何かあったら、俺が2人の勉強見ようかと思ったが、そんな心配はなく逆に俺が2人のお世話になってしまいそうだ・・・。
「どうかされましたか?志貴さま?」
「え・・・いや、何でもないよ。それよりもさ、翡翠・・・」
「何でしょうか」
「今日くらい様づけはやめて普通に呼んで欲しいんだけど・・・」
「そんなことは出来ません、志貴さまは私の主なんですから」
きっぱりと断られる。
「だから今日くらいはってことなんだけど。琥珀さんはどう思う?」
翡翠とだけ話していては埒があかないので琥珀さんを味方につける。
「そうですね〜、志貴さんもこういってることですし・・・今日くらいはいいんじゃないかな、翡翠ちゃん」
「そ、そんな姉さんまで・・・」
翡翠は大慌てだ・・・無理もない気もするけど。
「試しに呼んでみたら・・・とりあえず無難に君づけで」
「わ・・・わかりました。で・・・では・・・」
「志貴・・・君」
・・・・・・・・・。
何か・・・いいかも。
「も・・・申し訳ありません。やっぱり・・・」
俺が固まっているのを案の定悪い方向に捉え謝ってくる。
「いや、いいよ。これで・・・うん、今日はこれで行こう」
「あ・・・あの、本当に・・・」
「いいよ、さっき琥珀さんも言ってたけど、特別ならそれだけ・・・この日の思い出が心に強く残るんじゃないかな」
「そうですね、わかりました」
納得してくれたようだ。
「ところで、琥珀さん何処まで行くの?」
すぐについてしまうと思いゆっくりと来たわけだが、それでも階段を上がり、西館の端の方まで歩いている。
「もうすぐ・・・ほらあそこの部屋ですよ」
琥珀さんが指差す。
そこは普段は使うことのない部屋があった。
「今日のために一生懸命掃除して、準備したんですよ」
今日のためって、これ提案したの昨日なんだけど・・・琥珀さん。
「では・・・入りますよ」
琥珀さんがドアノブを回し・・・。
ガチャ
「おはようございま〜す」
と元気に挨拶し中に入り、俺と翡翠もそれに続く・・・そこは・・・
「教室!?」
机こそ3つしかなかったが、黒板、教卓などそれは俺が見慣れた教室そのものだった。
「琥珀さん、これは一体・・・」
当然の疑問だ。
「はい、一生懸命準備しました」
「準備しましたってどう考えてもこれは1日やそこらで何とかなるものじゃ・・・」
「だから、頑張ったんですよ」
あくまで笑顔を崩さない琥珀さん・・・。
俺は、改めて遠野家の凄さ・・・並びにこの目の前ではしゃいでいる琥珀さんの凄さを思い知った。
続く
あとがき
勝手に題名変更と副題を変えてしまって申し訳ないです。よく考えたら、ことの成り立ちなのに1時間目? 1話と同じようにしたかったんですが・・・何となく副題なら話に関係のある副題にしたいなぁと思ってしまい、帰る事に・・・。ほのぼのSSかなり楽しく書いています。ただずっとほのぼのだけでは盛り上がりに欠けるかなと思い、KanonSSでいつもやっている、ほのぼのの中に少しだけシリアスな部分を織り交ぜるというやり方で書いています。次回からいよいよ授業がスタート・・・次が気になるという方(あまりいないかもしれませんけど・・・)どんな授業になるか、楽しみにしてくださると嬉しいです。秋葉の授業ですから何となく予想はついてしまいますが・・・。予想を裏切らないように・・・かといって完全に予想通りにならないように(何言ってるのか理解不能ですけど)、あくまで私らしさを出して書こうかなと・・・ではでは、また次回で。