私立遠野高等学校(設立)
「はぁ・・・・・・」
全員がこれからくる夏休みに浮かれ、はしゃいでいる。
確かに、俺も夏休みは楽しみだ。
しかし、それとは裏腹に俺の手にあるもの・・・。
これが楽しみを妨げていた。
「お〜い、どうした遠野。辛気臭い顔しやがって、夏休みなんだぞ、夏休み」
「あぁ・・・そうだな」
「だから、何で・・・。そうかわかったぞ・・・お前成績悪かったんだろう・・・いや違うか、お前に限ってそんなことないもんな」
「いや・・・そのまさかだ」
「本当か?ちょっと見せてみろ」
有彦が俺の成績表を取上げる。
・・・・・・・・・。
「遠野・・・」
「何だ」
「お前・・・これで成績が悪いというつもりか?」
「普通に考えれば悪くない・・・はず」
一般的に見れば俺の成績は良い部類に入ると思う。
だが・・・これでは認めてくれない。
「・・・秋葉から見れば駄目らしい」
そう、成績が良いか悪いか判断するのは遠野秋葉・・・つまり遠野家のご当主が判断する。
「そっか、秋葉ちゃんは名門浅上の生徒だもんな。とりあえず、そんなかわいそうな遠野君に俺から一言たむけの言葉を・・・」
「あぁ・・・頼む」
「達者でな」
「あぁ・・・そうする」
それだけいうと有彦は教室を後にした。
俺も帰るか・・・。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
家までの帰り道・・・その足取りは重い。
今までこんなことはなかった・・・有馬にいた時も成績表は見せていたが特に何も言われることはなかった。
まさか、高校生にもなって成績表を親に見せるのが怖いと思う小学生の気持ちを味わえるとは思わなかった。
これはこれで貴重な体験なわけだが・・・。
最大の問題点はひとつ・・・見せるのが親ではないということだ。
俺の妹の秋葉・・・。
そうはないと思う・・・自分の妹に成績表を見せるのが怖いということは・・・。
しかも普通の成績では決して満足させることは出来ない・・・。
秋葉が望む成績は1つ・・・トップ・・・。
それ以外は認めてくれない。
そんなことできるかと言いたいが現に秋葉はあの名門浅上で学年トップである。
多分今年の夏休みは・・・あまり遊ぶことが出来ないだろうと思う。
アルバイトなんてもってのほかだろう・・・はじめから承諾されるとは思っていないが。
成績表を親に見せるのが怖いと思う小学生の気持ちというものを存分に味わいながら帰路についた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「ただいま」
「お帰りなさいませ、志貴さま」
玄関のところで翡翠が迎えてくれた。
「あの・・・秋葉は?」
「秋葉さまなら部屋でご休憩です。志貴さまが帰られたらすぐに知らせてほしいとのことでした」
「・・・すぐに?」
「はい、すぐにです」
・・・・・・・・・。
「そ・・・それは、ちょっと・・・心の準備が・・・」
「ちょっと・・・なんですか?兄さん」
・・・聞き慣れた声。
声の方向を見ると秋葉が階段を降りてくるところだった。
「あ・・・あぁ、秋葉ただいま」
「おかえりなさい、兄さん・・・では、さっそくですけど兄さんの成績表を見せていただきたいのですが」
・・・早速それですか。
「あぁ、でもその前に昼飯食べたいな・・・と」
「その辺は大丈夫です。紅茶でも飲みながらゆっくりと話をするんですから」
長期戦ですか・・・。
「わかった・・・じゃあ、着替えてくるから」
居間を出ようとすると・・・。
「翡翠・・・兄さんが逃げないようにちゃんと見張っておいて」
「わかりました」
・・・信用がない。
俺の後を翡翠がついてくる。
「なぁ、翡翠」
「何でしょうか」
「秋葉は何で一位にこだわるんだろうな」
「別に一位じゃなくても前回より良ければ、その人が成果を上げたって証拠だろ?」
「・・・・・・・・・」
翡翠は返答に困っているようだ。
「これ、見て欲しいんだけど」
翡翠に成績表を渡す。
「別に悪いってわけじゃないよな・・・前回より良くなってるわけだし。でも秋葉は多分認めてくれないと思うんだ」
「確かに、良くなっていますね。志貴様が頑張られた証拠ではないでしょうか」
「だろ」
そう、普通はこういう答えが返ってくるものだ・・・しかし、秋葉は・・・。
「でも、これじゃ多分秋葉は・・・」
「そうですね」
「認めてくれないと俺どうなるのかな?」
「私は秋葉さまではないですから、その質問にはお答えすることが出来ないのですが」
翡翠は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、別に翡翠が悪いってわけじゃないから気にしないでくれ。どうなるかは秋葉次第だから。ただその前に普通の反応を知りたかっただけだから」
「そうですか」
「あぁ、じゃ手っ取り早く着替えるから、ちょっと待っててくれ」
「わかりました」
翡翠はドアの前に残し、部屋に入る・・・秋葉待たすとまたうるさいからな、さっさと着替えよう。
・・・・・・・・・。
「お待たせ、じゃあいこうか」
「はい」
「秋葉・・・おまたせ」
「では、兄さん早速出すけど・・・」
「・・・うぅ、はい」
秋葉に成績表を手渡す・・・。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
この沈黙がたまらなくきつい。
「たしかに、成績は上がっているようですけど・・・」
・・・きた。
「もうちょっと頑張れるんじゃないかしら」
「あのなぁ、一位なんてそんな簡単にとれるはずないだろ。これでも頑張ったほうなんだぞ」
「そうですね、今まで平々凡々に過ごしてきた兄さんにとっては頑張られたようですね」
・・・また、そういうことを。
「あぁ、そうだよ。俺は小さいころから英才教育を受けてきたわけじゃないからな。頑張ったって所詮こんなもんだよ」
売り言葉に買い言葉なのか・・・俺も言葉が荒くなってしまう。
「あ・・・ごめん、言い過ぎた。で、結局この成績では秋葉は満足できないわけだな」
「はい」
「って言われても、自学だとそれが限界だよ」
「そうですね・・・」
秋葉が腕を組み何かを考え込んでいる。
「わかりました。私が兄さんの勉強を見ます」
「あぁ、そうしてくれると助かる・・・って・・・え!?」
秋葉が俺の勉強を・・・。
確かに今まで超英才教育秋葉の学力は俺なんかより遥かにいいだろう。
でも・・・妹に勉強を見てもらうというのは・・・兄のプライドが・・・。
「秋葉・・・本気なのか?」
「えぇ、それとも嫌ですか」
秋葉は、少し寂しそうに言う・・・だからそんな顔をするな。
「いやってことはないんだけど・・・秋葉も忙しいだろ。俺なんかのために貴重な時間割くことないって」
よし、これで体よく断ることが・・・。
「兄さんのためでしたら、時間なんか惜しくはないです」
そんな風にいわれたら、断りづらい・・・かといって、秋葉に教えてもらうのも・・・。
「志貴様紅茶のおかわり、いかがでしょうか」
横を見ると・・・翡翠が立っていた。
いつもなら俺と秋葉が話している時は後ろに立ったままなのに・・・。
もしかしてこの状況を助けてくれようとしたのかな。
「あぁ・・・もらおうかな」
「はい」
・・・そういえば、翡翠と琥珀さんは学校に行ったことないんだよな。
そうだな・・・。
「わかった、じゃあ頼もうかな」
「わかりました」
・・・何でそんなに嬉しそうなんだ。
「後、お願いがあるんだけど」
「何でしょうか」
「秋葉に勉強見てもらうのはいいんだけど、翡翠と琥珀さんも一緒がいい」
「「え・・・」」
秋葉と翡翠が同時に驚く。
「だって、翡翠と琥珀さんって俺と同い年なのに学校いったことないんだろ。だったらこの期間だけでも一緒に勉強するのっていいかなぁと思ったんだけど」
「何か呼びましたか?」
台所の方から琥珀さんがやってくる。
「秋葉が俺の勉強見てくれることになったんだ。それで翡翠と琥珀さんもどうかなって思って」
「わぁ、いいですね。私も一度志貴さんとお勉強してみたかったんですよ」
琥珀さんは手を合わせて喜ぶ。
「それで1つ思ったんだけど、秋葉にだけ勉強見てもらうのは悪いから1人ずつ担当を作って皆に自分が持っている技術とか知識とか教えたらどうかなと思って」
「知識・・・ですか。私はみなさんに教えられるもなんてないですよ」
「いや、琥珀さんとっても料理が上手いじゃないか。俺も料理覚えたいし、秋葉や翡翠に教えて上げられるといいかなと思うし」
「そんな、秋葉さまは私の主人なのですから、料理を作る必要なんかありませんよ」
「そうです・・・翡翠も琥珀も仕事があるのですから」
「でも、秋葉もいつまでも料理覚えないわけにはいかないだろ。将来の結婚相手の人に自分の作った料理を食べてもらいたいとは思わないのか」
「結婚・・・相手ですか」
「あぁ」
「結婚相手に料理を・・・兄さんに私の料理を・・・」
「えっと・・・秋葉?」
「は・・・はい何でしょうか」
「いや、だから・・・どうかなと」
「そ・・・そうですね、そういうのもいいかもしれませんね」
「そっか賛成してくれて良かった、翡翠はどうかな」
「はい、私も賛成です」
何故か顔を赤らめながら賛成してくれる。
「じゃあ、決まりだな。じゃあ早速明日から始めようか。明日は・・・秋葉に勉強見てもらおうかな」
「はい、みっちり見てあげますから」
何故そんな嬉しそうなんだ。
「はは・・・お手柔らかに頼むな」
「志貴さん、志貴さん」
「何ですか、琥珀さん」
「あの・・・制服は着なくていいんですか?」
「・・・は?」
いきなりとんでもないことを言い出す琥珀さん・・・何、制服って。
「だから制服ですよ。さっき学校みたいにって言っていたじゃないですか。一度着てみたかったんですよ」
「勿論翡翠ちゃんも」
「わ・・・私はいいよ、姉さん」
「駄目駄目、学校なんだから制服は着るの」
「でも制服っていっても琥珀さんと翡翠は持ってないと思うけど」
「そんなものは何とでもなりますから・・・決まりですね」
何だか、とってもハイテンションになっている琥珀さん・・・もしかして俺はとんでもないことを提案してしまったのではないだろうか・・・。
「ところで、兄さんは何を教えてくれるんですか?」
「俺? 俺は・・・そうだな、一般常識かな」
「兄さんは私は一般常識をわきまえてないとでも言うんですか」
すごい剣幕で怒る秋葉・・・いやそれは、一般市民としての常識なんだけど。
「じゃあ、秋葉・・・1人ファーストフードとかで注文頼めるか?」
「そんなもの必要はありません、行くこともないのですから」
フンと顔をそむける。
「そっか・・・困ったなそれじゃ秋葉と買い物に行ったり出来ないんだが」
「・・・え」
「翡翠はいいよね」
「はい、楽しみです」
「よかった」
残すは目の前のお嬢さまだけなのだが。
「あの・・・兄さん?」
さっきの剣幕は何処へ行ったのか・・・急にしおらしくなってたずねてくる。
「何?」
「あの、さっきの買い物というのは・・・」
「あぁ、だからこれから先、秋葉や翡翠達と買い物とかにいく可能性だってあるだろ。その時にいろいろ知らないと結構とまどうかなと思って・・・」
「買い物・・・兄さんと・・・買い物・・・」
また、秋葉が違う世界に・・・。
「あの〜秋葉さん?」
「ははは、はい?」
「一応承諾ということでいいのかな」
「はい」
「よかった。じゃあ3人とも明日からよろしく」
何か話の流れが違う方向にいってる気もしないではないがとりあえず皆でこういうことを出来るのはとても楽しみだ。
続く
あとがき
最初の予定とはちょっと違ったSSになりそうな感じがふつふつとしてますね。最初は秋葉と2人っきりで勉強して、その後お礼に2人で出かけるとか何とかという予定でだったのですが・・・書いてるうちに、翡翠と琥珀さんも参加させたら面白いだろうという考えにいきつき、序盤はこんな感じになりました。この後の展開・・・構成としてはまだ固まってはいなせんがゆっくり書いていこうかなと思っています。