chapter1-2:「前哨」




「いい加減に、起きろ」

よく晴れた日の午後。
教室ではすやすやと眠る生徒が一人。
その傍で佇んでいるのが一人。
暖かい木漏れ日のあたる教室で、勇介が寝ている生徒を起こそうとしていた。

(……んあ?)

自分を起こそうとする誰かの声に気づいた夕貴がようやく顔を上げる。
寝起きは弱いのか、いまだ半眼である。

「ふあ〜」

椅子に座ったまま、伸びをしながら上体を起こす。
夕貴の背から、軽く背骨がしなる音がした。

「………夕貴」

「おわっ!」

驚いて夕貴が顔を向けると、机の傍にはしかめっ面をした勇介がいた。
いつも憮然とした表情の勇介だが、他の表情をしている時の方が珍しい。




そもそも夕貴と勇介が出会ったのは、互いに中学生の頃だ。
御桜町に来て間もなかった夕貴が散歩していてふと目にしたものは、
自分と年が幾つも違わない少女が柄の悪い連中に路地裏に連れ込まれようとしている場面だった。

慌てた夕貴は彼らを追いかけ、一目で状況を判断すると有無を言わさず目の前の男を昏倒させる。
突然の乱入者に混乱した男達は、素早く立ち回る夕貴によって残らず地に叩き伏せられた。

少女の無事を確認した夕貴が路地裏の入り口を見やると、そこに息を切らせた少年が立っていた。

『君が?』

無表情に口を開いたまま問う少年に後は頼む、と告げてその場を後にした。
しかし夕貴は少年と翌日、転校先となる学校で再会することとなった。

教室で他の生徒に挨拶をして席に着くと、昨日の少年が声をかけてきた。

『妹を助けてくれて感謝する』

妹ぉ!?と驚く夕貴に神妙に頷く少年は佳山勇介と名乗った。
昨日の少女の名前は蒼衣と言い、年は一つ下らしい。
好奇心が旺盛すぎて自ら危険に身を晒してしまうほどだ、と勇介は語った。

後にも数回こういう出来事が続いたが、その度に勇介と夕貴はより親しくなっていった。
夕貴が転校した学校では友人も出来たが、その中で特に馬が合っていたのが勇介だった。
普段は惚けているみたいだが、眼鏡の奥で考えていることは深く鋭い。
偏見や先入観に影響されない柔軟な思考を持ち、その意見は的確。
髪を染めもせず成績も優秀、素行も悪くない。
その上華奢な外見からは想像もつかないが、実は滅法強い。
彼をよく知らない周囲からは完璧人間だと思われている。
欠点らしい欠点といえば、無愛想なところと夕貴の不幸を喜ぶ節があることぐらいか。
性格に多少の問題点はあるものの、
歪んだところのない勇介は夕貴にとって信頼できる人間の一人になっていた。





「どうかしたか?」

顔を上げた夕貴が黙っているのを見て勇介が訝しがる。

「ん、なんでもない」

夕貴は適当に言葉を濁すと、意識を失う前のことを思い出した。
軽い浮遊感に続く脱力感。

(あの感覚は……まるで……)

それは、"魔"における甲種や乙種との戦いで覚えるものだった。

退魔庁を含む特殊機関で"魔"と指定されている生物の中でも種族別に呼称が決められている。
元が人間の場合は丙種。
半人、半魔は乙種。純血の"魔"が甲種。
さらに神や魔神に通ずる神族・魔族は特種。
種族とは別に能力の優劣でも、一類から三類まで類別されている。

今まで戦ったことのある乙種や甲種と相似した威圧感。
なんにせよ、只者ではないと夕貴の身体は告げていた。

(あの教師には気をつけておくべきか……)



勇介はしばらく考えに耽る夕貴を眺めていたが、思い出したように手を打つ。

「おお、そういえば」

「うん?」

次を促す夕貴が、勇介の口元に浮かぶ笑みを見つける。
彼がこういった表情を浮かべるときは、大抵良くない出来事が起こっていた。 もちろん、対象は夕貴限定。

「教師からのことづてがある。久谷君は後で職員室まで来てください、だそうだ」

良かったな、と続ける。

そのとき、勇介の言葉の後にクラスに残っていた男子から次々と声が上がった。
なかには紅潮した顔で叫びながら踊っている奴もいる。

『なんて羨ましい奴だぁっ!』
『チクショウッ!俺だって俺だって!』
『代わってくれ!頼む久谷!』


なおも思いのたけを叫び続ける級友。
それを見た夕貴は嘆息して席を立った。

「それじゃ、行ってくる」

無表情で手を振って送り出す勇介を尻目に教室を出る夕貴。
勇介のことで愚痴りながらも職員室へ向かう。
てくてくと歩く姿からやる気の無さが窺えていた。

(そういえば、あの先生……なんていったっけ?)

職員室に向かう途中で夕貴は懸命に思い出そうとする。

(まあ、いいか。なんとかなるだろ)

とても楽観的な様子でやがて辿り着く。

「失礼しまーす」

やや間延びした口調で入室を告げる。
入り口を進んだところで止まり、きょろきょろとサリスの机を探す。



「ああ、ごめんなさい。ここよ」

夕貴が見つける前に見つかったらしい。
静かな職員室にサリスの声が響く。

言われるままサリスの元へ歩いていく。

(やばい…名前知らないぞ)

サリスの前に立つ夕貴は焦っていた。
なんせ、担任の教師の名前すらわからないのだから。

「それじゃ改めて、メセタ・サリスフィルです。」

教室で見たとおり毅然とした態度で接してくるサリスに思わずたじろいでしまう。
目の前に立ってはじめて彼女が持つ独特の雰囲気に気づいた夕貴。
しかも椅子に座っているのだが、組んでいる白い脚が目立って仕方がない。

(名前覚えとかなきゃな……)

「はあ」

若干の緊張を悟られまいと、夕貴はなんとも気の抜けた返事を返す。
それにもサリスは気分を害した様子はなく続ける。

「あなたが、久谷夕貴君ね?」

いきなりのサリスの確かめるような口調に夕貴は警戒心を抱く。
表情はそのままにして先程の出来事を思い出していた。

「はい」

あえて今度の返事ははっきりと、鋭く。
それを聞いたとたん、サリスは真面目な顔になった。
次の言葉が発せられるのを待つ夕貴との間の空気が変わる。

「……クラスで代表を決めないといけないの。で、君を呼んだんだけど」

真剣な顔でサリスが口にしたのは、ごく当たり前のことだった。
ようは学級委員みたいなものを決めようとしているらしい。
思わず脱力しかけた夕貴だが続く言葉が耳に触った。

「やってくれないかしら?」

「はあ…って、俺!?」

文字通り口を開けた夕貴に軽く頷くサリス。
夕貴が何か言おうとした瞬間、机の上の電話が鳴り出した。

「はい……ええ、わかりました。直ぐに」

素早く応対すると組んでいた脚を戻して立ち上がる。

「ごめんなさい。今日はここまで。」

はぁ、と生返事を返す夕貴をよそにサリスはドアへ向かう。

「それと、返事は今度でいいわ。また会いましょう」

ドアの前で振り返り、一言残して職員室から去っていった。
中てられたような感覚に違和感を感じて軽く頭を振る。
あれからどのくらい話していたのか、開け放たれた窓から指す陽光は現在の時間を告げていた。

「『また会いましょう』か。……帰ろ」

一人残された夕貴も呟いて職員室を後にした。








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