chapter1-3:「接近」




結局、教室には誰も残っていなかった。
己の不運を嘆いた夕貴は学校を後にした。

「あの教師……何かあるな」

校門を出て歩きながらサリスと対面していた記憶を思い出す。
合わせて今朝の場面も甦る。

あの威圧感。
ただの人間ではああも強くは発せられない。
おそらく"魔"かそれに近い存在。

強敵と対峙したときに今まで何度も味わっていたが、あそこまで強烈なのは初めてだった。

(それほどの敵ということか)

夕貴はそこで考えを打ち切り、立ち止まった。
目の前には自動販売機。
硬貨を3枚投入してボタンを押す。
続いて落ちてきた缶コーヒーを取りタブを起こして口をつける。

(それよりどうもおかしい。事件は頻繁に起こるし……外来種も初めて見たし)

薄暗い夕暮れを自動販売機の灯りが照らすなか、物思いに耽はじめる。
夕貴が思ったとおり、ここのところ事件発生件数は桁違いに多くなっていた。
たしかに今までは夕貴が動くのは1、2ヶ月に一度の頻度だったのが、
最近はほぼ数日おきに出動である。

(そのくせ退魔庁の連中は何も言ってこない……)

その"魔"を管理する公的機関に当たる退魔庁も動いた様子を見せていない。
夕貴はこの事態を気のせいだったら良いのだが、と思う。

ちなみに夕貴は退魔庁には属していない。
しかし、フリーランスの退魔士として活動はしている。
生まれつきの性格のためか、組織行動が苦手なのだ。

ちびちびと飲んでいた缶コーヒーもやがて底をつき、くずかごに放り投げる。
夕貴はきっちりと入ったそれを横目にして再び歩き出した。





家までの距離ももう少し、公園に差し掛かったところでそれは起こった。

「がはっ……!」

突然、夕貴を激しい嘔吐感が襲った。
立っていられなくなった夕貴はその場で膝をつく。

周りは誰もいないのか、人気が感じられない公園。
静かな、ひっそりとした公園に夕貴の荒い呼吸音が響いた。

「はぁっ……はぁっ…」

それでもと身体を引きずりながらベンチへと向かう夕貴。

(くっそ、どうしたっていうんだ!)

とりあえず動悸が治まるのを待つためベンチにもたれかかる。
徐々にではあるが治まっていくのを感じ、夕貴は目を閉じた。







決して遠くでないところから聞こえたのは、葉が揺れる音だった。

カサッ

神経が過敏になっている今、そんな微音でさえも夕貴の聴覚は捉える。
背中のあたりに流れる嫌なものを感じた夕貴は己の勘を信じてベンチから転がるように離れる。

それは夕貴が座っていたベンチに裂けたような傷痕がつくのとほぼ同時だった。

突然の襲撃者にも混乱することなく夕貴はすかさず飛び退く。
一瞬嫌な想像が頭の中に作られたが、考える暇もない。
片手をベルトに挟んでいたナイフの柄にあて、腰を低く落として相手を見据える。

夕貴に背を向けている襲撃者の周りを舞い落ちる木の葉。
それらがおさまるのを待っていた夕貴は先程頭をよぎった考えが杞憂でない事を知った。

夕貴が顔をしかめるなか、ゆっくりと振り返った影。
今朝初めて会い、ついさっきまで会話していた教師。
サリスフィルだった。

「また……会ったわね……」

(できれば会いたくなかったんだが…)

とりあえず正気かどうか確かめる必要がある、と思った夕貴。

「何か用ですか?」

この場面で言う台詞として何か違う気もする。

「………ふふ。ようやく……」

(やばい、眼がイってる)

夕貴が最後に会ったときとは瞳の輝きが違っていた。
ぞくりとさせるような怪しい淫靡な笑みを浮かべるサリス。

「あのときの恨み……ここで晴らしてあげる」

言うが速いか距離を詰めるサリス。
ある程度は予測していた夕貴は動揺することもなく構える。

(あのとき……何のことだ?)

サリスの言葉を吟味する夕貴だがそんなことを続ける時間はなかった。
相手の能力がわからないうちに攻め込む、また手の内を見せることはけっして得策ではない。
そう判断してすかさず攻撃を捌く体勢に入る。

まず拳が握られていない右が来る。
得物も持っていないらしく、使う様子もないため徒手空拳だろうか。

どちらにしろ夕貴は女の腕力でどうかされるほど軟ではない。
インパクトの瞬間を狙い、夕貴も左手で払おうとする。

そのサリスの振りかぶった右手に光るものが見えたのは夕貴の気のせいだったろうか。
今は夕暮れも終わった夜。
限られた光量で光を反射するにはそれなりの─―例えば金属やそれに類似した――物となる。

あげかけていた左手を無理やり横にして肘鉄でサリスの右手ごと上に跳ね上げる。
流れるように右足でサリスの胴を押し込むように蹴り離す。

とっさに、ほぼ反射で行った行動である。
が、夕貴がかすかに感じた痛みがその判断を誤りでないことを告げている。
見ると制服の肘の部分が少し裂けており、浅い出血も確認できた。

「なっ……!!」

自分が無意識に行った行動よりもサリスの仕業に驚嘆する夕貴。
確かに払った筈――その確信があるのにわずかではあるがダメージを受けている。

サリスは驚きもせず、夕貴を見つめている。

「なかなか、やる」

少しも戦闘前と変わらない様子に夕貴はまた衝撃を受けた。
とっさに蹴っただけとはいえ、苦した様子もない。
何より蹴った時の感触が異常に硬かったのだ。

わかっていたことだが、ただの人間ではない。
もしかすると人間ですらないのかもしれない。

(考えろ。相手の特徴、動作……能力を)

間合いを取ったわずかな時間で思考する夕貴。
今まで彼が数える程しか敗北を契していないのは冷静に考えることが出来るからだ。
そしてこの戦いはなんとしても負けるわけにはいかない。

「頑丈な肉体……不可視の刃……」

(まさか…)

        「半吸血鬼 (ダンピール)!」

夕貴の言葉にサリスはため息をつく。

「思い出したの?それとも、忘れていたとか……」

文末に怒気を孕んだサリスの台詞に周りの空気が一変する。

「安心して。命までは取らない。手足の一、ニ本は覚悟してもらうけど」

そう言って両手を広げるように構える。
そのどちらにも鈍く光る爪が見て取れた。
先程の鈍光はこのせいだろう。
そして不可視の刃は、おそらく爪から発生する魔力。

防御の上から突き抜けてくるそれらは非常に厄介である。
併せて強靭な肉体から発生するとても女性とは思えない腕力。
あれでは防御するのは難しく、払うのが精一杯だろう。

(くっそ、やるしかないのか)

両手でこられたら防ぐのは極めて困難と見る夕貴。
なにせ片手でも危ないのだ。
もしこのまま消耗戦にでもなったら体力的に劣る人間の夕貴には勝ち目は無い。

覚悟を決めた夕貴は敵の前にもかかわらず両眼を閉じた。








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