chapter1-4:「誤解」




夕暮れも終わり、淡い輝きを放つ月が暗い空に浮かんでいる。
対峙する二つの影は街灯の下で踊るように舞い続けていた。

先ずサリスが仕掛け、その度に夕貴が回避する。

最初に行った攻防とほぼ変わっていない。
動作の複雑さや、交わす技巧は段違いに増しているが。
違うとすれば――夕貴の瞳の色か。

真っ黒に染まったそれは周りを包む闇よりも濃く染まりつつある。

「ちぃっ!」

夕貴の瞳の変化には――暗いためか――サリスは気付いた様子は無い。

(どうして、当たらないのよっ!)

確実に自分の攻撃をいなしていく夕貴にようやくサリスは焦り始める。
攻撃のスピードを緩めたつもりなどまったく無い、むしろ増しているのである。
それなのにかわすのが精一杯だった人間が自分の連撃を防ぎ続ける。

「ははっ、どうした!この程度か!?」

サリスの焦りを帯びた表情を見た夕貴は嘲笑する。
ここまで確かに夕貴はかわし続けているが、相変わらずジリ貧なのは変わっていない。
微量の出血は止まっておらず、吐く息も荒くなっている。

「こんのぉぉぉ!!!」

夕貴の言葉に思わず激昂したサリスの動きがさらに速くなる。
速さとともに強くなる威力。
辛うじて見える速度で振るわれた爪が紙一重で夕貴の髪の毛を数本消し飛ばした。

(そろそろ、やっ、やばいな)

自分で挑発しておきながら少しだけ夕貴は後悔した。
そして怒りを剥き出しにして攻め続けるサリスの動きに眼を凝らす。

そう、夕貴は狙っていたのだ。
一撃の速さとともに増す力、その隙を。

自分に向かって振りかざされた腕を素早く確認すると、ぎりぎりで避ける。
今までのように余裕を持って避けていたら間に合わないのだろう。
その間にもサリスの爪から迸る魔力の刃が夕貴の制服に浅い裂傷をつける。

「よ、っと」

その瞬間、振りぬかれた腕を掴んだ夕貴はサリスを引き寄せる。
思わずつんのめる姿勢になったサリスの横を回り、後ろを取って押し倒した。

「なにっ!?」

あまりの早業に思わず思考が止まったサリス。
なにせ引っ張られたと思った瞬間、目の前には芝生があったのだから。

そのときサリスが静止――ほんの一瞬だが――したのを見逃すはずが無い。
夕貴の右腕がサリスの首をまわって自身の左肩を掴み、容赦なく絞め始める。
もちろん左腕はサリスの片手を封じるために使っている。

「くっ!」

頚動脈を絞め落とす。
これが夕貴の策だった。
幾ら肉体が頑丈でも生物としての弱点は存在する。
眼や口内などの粘膜、そして内臓や脳も然り。
なにより体力と頑丈さだけが取り柄の半吸血鬼と消耗戦をやらかすつもりは無い。

(まさかっ!!)

夕貴がやろうとしている事に気がついたサリスは愕然とした。
後ろ手に倒されている現在、自由に動くのは右腕だけ。
その右腕が夕貴の身体に届くよりも早く、サリスの意識は絶たれていた。





「はぁ〜……つ、疲れた」

倒れたままのサリスを横目にして夕貴も芝生の上に仰向けに転がった。
戦っている間には気付かなかったもので、よく見ると満身創痍の傷を負っている。

公園内に設置されている時計を見ると7時を過ぎたところ。

(やれやれ……)

変化した瞳は既にもとの色に戻っていた。
鋭敏化した感覚は無くなりつつあり、軽い頭痛とともに睡魔が襲ってくる。

夕貴は転がったまま首だけを動かして周りの惨状を確認した。
無残な傷痕がついた大木、ところどころ大きく抉れた芝生。
夕貴からは見えないが、最初に腰掛けていたベンチも使用に堪えない物になっていた。

もし自分が関わっていたことが知られたらどんな責任を負わされるかが脳裏に浮かぶ。
一通り唸った夕貴は携帯を取り出し連絡を取り始めた。

「俺だ俺。ああ、戦闘の形跡を見つけた。場所は……」

『はぁ、はい。わかりました、それで夕貴さんは』

「後は頼む。んじゃ」

『ちょ、ちょっと待ってくださ』

余計な事を言われる前に夕貴は言いたいことを言うと即座に切ってしまう。
ついでに電源を落としておくのも忘れはしない。

「さて……退魔庁の奴らが来る前に退散だな」

素早く立ち上がるとサリスの傍まで歩いていく。
足を止め、相変わらず意識を失ったままのサリスを背負い公園から去っていった。





自宅にはすぐ着いた。
先程まで居た公園からあまり離れていなかったためである。
夕貴はサリスを背負ったまま二階へ続く階段を登り、自室のドアを開ける。

(そういやなんか言ってたな。思い出したのとか何とか)

そのままベッドめがけて文字通り放り投げると一階の居間で手当てを始めた。

幸いにも、大きな怪我は無く切り傷だけで済んでいた。
制服はところどころ破けているが、致命傷を避けて動いていたのだから仕方ない。

立ち上がったその足でサリスが寝ている筈の自室へ向かう。

「さっそく初日で一着ボロボロか。」

薄暗い部屋の中でベッドを一瞥するとクローゼットを開けて制服を出す。
"こんなこと"もあろうかと、以前から備えて置いた予備の制服である。
袋に入ったままのそれを掴んだまま感傷に浸る夕貴。

(やばっ!)

突然制服を放り投げると横へ身を投げる。

即座に夕貴がいた位置にベッドから何かが飛来する。
手のひら大の質量を持つそれは、二段開きのクローゼットを突き破った。
既に壊れた目覚し時計を気にしつつも、夕貴はベッドの上を凝視する。

が、ベッドの上には誰もいない。
背中の辺りを冷や汗が流れたのを感じた夕貴は非常にゆっくりと振り向いた。

「動かないほうが良いわよ」

振り向いた先に感じたものが的中した夕貴はその言葉に動きを止める。
首筋に当たる冷たい感触。

「と、とりあえず落ち着け」

今にも興奮しそうなサリスを制するために夕貴は声をかける。
が。

「長かったわ。周りに止められても、必死に勉強したのにろくな魔術も使えなくても、妹に馬鹿にされても諦めなかった。」

(いや、そこで諦めてくれよ……)

夕貴を置き去りにしてどこか遠くを見るような目でサリスは喋り続ける。

「あの時の屈辱をお返ししてあげるわ、武人」


(は?)


武人、という名前には聞き覚えがあった。
しかし自分が知っている武人という人間と目の前の女性との関係が思い浮かばない。
それも、現在は行方不明となっている自分の父親との。

(まあ、本人に聞けばわかるか)

そう思いながら夕貴は大きいため息をつく。

「一つ、言っていいか」

夕貴の疲れたような言い方にサリスは喋るのを止めた。

「俺の親父の名前も武人、と言うんだが」

武人という人間に対してあまり良い思い出が無いのか、苦々しい顔で夕貴は呟いた。

「……へ?」

いきなり間抜けな声を発したサリスが硬直する。
もしかして、自分は強烈な勘違いをやっていたのではないか。
公園で夕貴の身に覚えが無い、といった顔を見た瞬間から脳裏にちらついていた疑問。
あのときはついかっとなって先走った形になってしまったが。

(はぁ、やっぱりか……)

小さく口を開けたまま固まっているサリスの前に手を数度かざすが、反応が無い。
今度は両肩を掴んで前後に揺する。

「……ぁっ」

前後に二往復したところでようやく目の焦点が戻ってきた。

「固まってる所悪いけど、詳しい話が聞きたいんだが」

「……うん」

事態の大体を把握した夕貴はいまだ呆然とした様子のサリスを伴って居間へ向かった。








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