ようやく夜が明け始めたころに、夕貴は目を覚ました。
機械的な動きで手を伸ばし、そこにあるはずの物体を探す。
設定した時刻になるとけたたましい音とともに起床を促すもの。
しかし、いくら探しても目覚まし時計は無い。
届く限りの範囲に手を伸ばして数十秒後。
ようやくまともな思考が出来る状態になったのか、薄ぼんやりとした目をしたまま頭を上げる。
(昨日…壊れたんだっけ……)
たっぷり時間をかけてベッドから起き上がると、ふらふらしながら居間へ向かった。
居間のテーブルには古いアルバムが積み上げてあった。
それを見た夕貴は昨日のことが夢ではなかったことを再度確認する。
「ふあぁ……」
洗面所で顔を洗い、居間へ戻って着替えはじめる。
いまだ眠いのか動作は緩慢で口からは欠伸も漏れていた。
素早くTシャツにジャージ姿になるとそのまま家を出る。
その足で向かった先は、昨夜の公園。
夕貴の家からさほど離れてはおらず、毎朝の鍛錬には都合が良かった。
公園の入り口に着いた夕貴は、青いビニールシートがかけられた一角を見つける。
そこはサリスとの戦闘で破壊された場所であり、夕貴も不本意ながらその破壊に一役買っていた。
今日にでも工事業者が来て修復を始めるのだろう。
シートの近くに建設会社の立て札が建っていた。
「あ、ははは……」
昨夜の惨劇を既に忘れたことにしている夕貴は、乾いた笑いとともに目を逸らした。
目を逸らした先ですぐに別の案件に思い当たった夕貴。
「昨日のぶんだと、絶対怒ってるな……」
夕貴の頭に浮かんだのは、おとなしそうな眼鏡の女生徒が怒り心頭に自分に詰め寄ってくる姿である。
ついでに横で笑いながら眺めている勇介。
この後にそうなる可能性は非常に高い。
「……うげ」
頭に浮かんだ光景を一瞬で隅に追いやると、夕貴は公園の外周に沿って走りだした。
20分後。
夕貴は芝生の上にいた。
体を仰向けにして寝転がり、ぼんやりと空を眺めている。
芝生に残っている朝露が火照った身体に気持ち良い。
「眠い…」
欠伸をかみ殺しながらしばらくそうしていた夕貴。
ここ数日の疲れも手伝ってか、自然に目蓋が降りていた。
時間にしてほんの数分くらいか。
(これは……魔か!?)
夕貴はいつの間にか自分が眠っていたことに気が付く。
顔に何かがあたってくすぐったい感じがする。
さらさらとした感触のするそれは何なのだろうか。
寝起き特有の倦怠感を味わいながら、目を開けた。
「…………」
目の前にはこちらを覗く双眸があった。
見ると女性のようで、顔にあたっていたのは彼女の長髪のようだ。
「……ぅおっ」
ちょうどよく女性とばっちり目が合ってしまう。
夕貴が自分に気がついた様子を見ると、その女性は夕貴から離れる。
「おはよう」
当然のように挨拶をする女性に夕貴は訝しげな視線を送る。
「……ああ、散歩をしていてね。君が走っているのを見かけたから」
夕貴の思っていることに気がついたのか、その女性は言いよどむことなく答えた。
「本当に、それだけなのか?」
立ち上がった夕貴は再度疑問を投げかける。
夕貴にしてみればサリスの事もあり、最近自分が何かに巻き込まれている気がしないでもないのだ。
また厄介な事に出くわしたのかとついつい疑ってしまう。
「そうだね……君が悩んでいるようだったからかな」
女性は不審げな視線を向けられてもものともせずに、にっこりと微笑む。
「俺が?」
「うん。私の予想だと、例えば――」
途中で言葉を区切った女性は腕を組んで考えるような仕草をする。
夕貴は女性に視線を向けたまま次の言葉を待つ。
(うーむ…)
ここで初めて女性の容姿に気がついた夕貴。
女性にしては高めの165冂の背丈。
背中を過ぎた辺りまで流れる長い艶やかな黒髪。
女であることをじゅうぶんに示す豊かな双丘に、引き締まった肢体。
全体的にすらっとした姿は雑誌を飾るモデルにも引けは取らないだろう。
年齢は、夕貴より少し上か。
「妙な因縁をつけられて喧嘩した、とか?」
次いでその口から出た言葉は当たらずとも遠からず、といったものだった。
たしかに因縁と言えば、そうとも言える。
夕貴にとってはいわれのない因縁ではあるが。
「ん、そんなところだな」
苦虫を潰したような夕貴の返答にやっぱり、といった風に嬉しそうに微笑む。
それからしばらく話しに興じていた夕貴はふと口を開く。
「俺からも一ついいか?」
それまでとさほど変わらない口調で夕貴は尋ねた。
夕貴の言葉に喋るのを止めた女性はじっと聴き入る。
「あんた、何者だ?」
継いで出た科白は、夕貴の疑問の確信に迫るものだった。
ついさっき目覚めたときから感じていた、静かだが猛々しい気。
意識しないと感じられないが明らかに普通の人間のものではない。
そして夕貴達の周囲には誰もいない。
それは抑えられているかのように微弱だが、間違いなく目の前の女性から発せられていた。
「………うん、合格」
夕貴を見据えたまま女性は満足げに頷く。
自分が疑われているのに、それも予想通りといった風に。
「合格?」
困惑する夕貴を余所に、女性は続ける。
「久谷夕貴君。丙種指定の"魔"で、退魔庁に登録してある正規の退魔士でもある。
その戦闘能力は非常に高く、記録によると敗北は一度たりとて無い」
退魔庁にある夕貴についての記載情報をすらすらと女性は語る。
「ちなみに、ほとんど妖気は消していたんだけど。流石だね」
この一言で、この女性も魔であることがわかる。
黒髪黒瞳の外見や妖気の質から見て、鬼族か。
「それで、俺に何の用だ?」
女性が魔と判明した時点で夕貴の中に警戒心が頭を擡げて来る。
夕貴に大した気配も感じさせず近づいたことから、その実力が計り知れる。
しかしその割には殺気、威圧感ともに無い。
夕貴がそのことを疑問に思っていると。
「君に依頼と言ったら信じてくれるかな?」
依頼と聞いた夕貴は三日前の狼を思い出した。
あれから詳しく調べたところ、やはり外来種だったことが判明している。
外見だけなら牙狼と呼ばれるポピュラーな種に似ていたのだが、牙狼に翼は生えたりしない。
「なるほど。内容は?」
合点がいった夕貴は依頼の承諾を前提に話しを始める。
「……ある鬼の抹消。方法は問わない」
女性は別人と思えるほど冷たい声で答える。
今までの穏やかな態度が嘘のようだ。
「了解した。依頼を受けよう」
「あと一つだけ。」
夕貴がそうと気付いた頃には、女性は元の口調に戻っている。
いつもの微笑を浮かべて夕貴を見つめていた。
「なんだ?」
夕貴の言葉に頷いた女性は白い指を口元に当てる。
思わずその仕草に見とれてしまった夕貴は呆けたように立ちつくす。
そのまま夕貴の前まで歩き、おもむろに口を開いた。
「君に、興味がある」
夕貴の顔を両手で挟むようにして抱き寄せる。
(なっ、何を!?)
女性の力は思ったより強かった。
夕貴は寄せられまいとするが、やがてかなわなくなる。
次に気がつくと、唇にやわらかい感触。
「んむっ…」
触れ合うだけのような可愛いものではなく、ばっちり重なっている。
目を点にした夕貴は振り払うことも忘れて固まっていた。
ようやく女性が離れても、夕貴は動かない。
「ふぅ……」
頬を薄い朱に染めた女性が妖艶な笑みを浮かべる。
硬直している夕貴を置いて話しを再開した。
「近いうちにまた会おう。詳細はそのときにでも」
そう言ってその場を後にする。
夕貴が依頼を承諾したことに満足したのか、
私事を済ませたことも関係するのだろうが女性の足取りは嬉しそうだ。
しばらく人事不省に陥っていたらしい夕貴。
その胸中を占めるのは、困惑。
「なんだったんだ………今のは?」
誰かに問うように、一人呟く。
ふと、夕貴は大切なことを忘れていたことに気付いた。
「そういえば名前、聞いてなかった……」
嘆きとも聞こえる夕貴の独り言が、その場に虚しく響いていた。
突発的なあとがき
ああーキャラが勝手に動く〜もう展開さっぱりです(何
とりあえずENDLESS NIGHTではエロは無し、の方向で。せいぜいR指定(ぉ
今回出た謎の女性は多分ばればれですね。名前出てるし。
次回はまた新キャラ出します。それではまた。