6000系徹底研究

ここでは東西線を走る6000系車両について研究します

現在8300形混結の7両編成で24編成が活躍中。


6000系6100形プロトタイプ(左)と量産車(右)
乗務員室ドアの塗り分けが違う。


 東西線6000系は,2000系で得たノウハウを活かし,さらなる改良を加えた車両です。車体は2000系の 13.5mから18mへと大型化され,さらに最大荷重5.5tの高性能タイヤの開発によりダブルタイヤからシング ルタイヤに変更されました。2000系では2両連結でダブルタイヤが7軸ついていました。2両あわせて 最大35.6tの重量を28本のタイヤに分散させるわけですから,タイヤ一本あたりの荷重は1.27tとなって いました。しかし,6000系は1両の重量が最大で25.5tあり,それをたった8本のタイヤで支えているの です。したがってタイヤ1本あたり3.15tと,2000系の2.5倍近い力を支えられるようになったのです。 これはまさに技術の進歩といっていいでしょう。しかしタイヤがシングルとなったため,万一パンクしたり 空気圧が低下した場合に危険の生じる可能性があります。そこで6000系では補助用の鉄車輪をつけ 万一の場合に備えています。各台車の前後にあるグレーの小さな車輪がそれです(右図参照)。

 また,6000系では初めてボギー台車を採用し乗り心地は大幅に改善されています。各タイヤはそれ ぞれ独立に振動を吸収する独立懸架方式となりました。また軽量化も図られ,ギアボックスは側梁を 兼ねています。ブレーキもディスクブレーキをドライブシャフトに装着している他,チョッパサイリ スタによる回生ブレーキも装備しています。安全装備面ではATCの他ATOも搭載し,運転の簡略化だけ でなく自動運転も行えるような装備が盛り込まれています。


 現在活躍中の6000系24編成のなかで,量産に先立ち試作車として作られた編成があります。 6001編成がそれに当たります。6002編成以降より1年ほど先に製造されたため,顔立ちなどが 量産編成と全く違い,2000系の面影を強く残しています。車両落成後,最初に軌道が完成した 菊水−白石間の試験走行に使われたのもこの車両です。まだ西車両基地が完成していない頃 だったので,地上からクレーンで軌道上に乗せられました。私は試作車というより「プロトタイプ」 という言い方が好きなので,以後は試作車ではなく「6000系プロトタイプ」 と呼ぶことにします。

 6000系プロトタイプは試作車だけあって,当然量産車との違いがあります。一番の違いは 誰でもわかる顔立ちでしょう。先にも言いましたが,2000系の面影を強く残した顔をしています。 しかし,下に掲げた参考資料の『札幌地下鉄建設物語』で当時の車両図を見ると,貫通扉が正面 向かって左側にオフセットされた今の8000系に近い顔をしていました。当初は左右非対称の顔も 検討されていたようです。

 その他にもいくつかの違いをご紹介しましょう。まずドア窓の形と大きさが違います。 下のイメージを見ればわかりますが,プロトタイプの窓は2000系の小窓車のドア窓とほとんど同じ形 をしています。ですが,量産車ではもうすこし角が丸く小さなドア窓になっています。さらに札幌 市章もプロトタイプでは少し上のほうに書かれており,六角形の半分はクリーム色にのっています。 しかし,量産車の市章は上1/4しか顔を出していません。他にもプロトタイプの車内の床には継ぎ目が 多く,いかにも試作車である感じがします。また外見では昭和51年製の量産初期車両(以下,初期車) や昭和53年の6両化の時の増備車(以下,S53年増備車)と車体に巻かれている金属帯が違うのです。 プロトタイプでは幅50cm以上の極太帯が巻かれています(右図参照)。 下にある初期車以降の金属帯と比べてみて下さい。他にも このページのトップにあるように 乗務員室付近の塗装の塗り分けが若干違います。

プロトタイプ(左)と量産車(右)のドア
プロトタイプのほうがドアいっぱいに窓が広がっている。札幌市章の位置にも注目。


 6000系は開業当初は4両編成で運転されていました。しかし,開業2年後に中間車を2両増結し, 6両編成になりました。開業当初は4両編成が20本ありましたが,車内のメーカーズプレートに 昭和50年または51年と書いてあるのが初期車,昭和53年と書いてあるのがS53増備車です。 このときには6000系は,

新さっぽろ <6100+6200+6300+64006600+6900> 宮の沢 赤字はS53年増備車

という編成でした。なお,6000系はその後昭和57年の新さっぽろ延長開業に合わせて6021〜6024 編成の6両×4編成=24両(以下,S56増備車)が増備されています。

 さらに平成11年の宮の沢延長開業にあわせて,6両から7両へ再び増結が行われました。このときは 従来の6000系車両を増結するのではなく,新設計の8000系8300形を増結しています。 現在の編成は,

新さっぽろ <6100+6200+6300+64008300+6600+6900> 宮の沢  緑字はH11年増備車

となっており,S53年増備車の間に割って入る形で増結されました。これらの増備車には 客室ドアに灰色でかかれた札幌市の市章がないのですぐわかります。また,よ〜く見ると初期車は クリーム色が若干褪色しています。また,S56増備車にも車両のドアに札幌市章はありません。 (この情報については旧札幌市交通ルーム(現道央地区交通ルーム)にてTRANSPさんにご教示頂きまし た。ありがとうございました。)

初期車(左)とS53増備車(右)のドア。
S53年増備車には灰色の札幌市章がない。


 もう一つ,非常に細かい話ですが,初期車とS53増備車とでは,サイドに巻かれた金属帯の処理 の仕方が違います。下の写真を見ればわかるかと思いますが,初期車は車端の縦の枠とつながって いますが,S53年増備車では横帯と縦枠はつながっていません。さらにS53年増備車までの車両と S56年増備車の違いでは,S53年増備車には天井にも時計台などのイラストが描かれていますが, S56年増備車は車内の天井にイラストのないクリーム地にラインだけの入った化粧板を使用しています。

初期車(6300形):左 S53増備車(6400形):右
初期車の6300は帯がT字に交わっているが,6400は交わっていない。


 6000系の車内の特徴は,なんと言っても化粧板にかかれた札幌市の名所などのイラストでしょう。 描かれているものは時計台,赤レンガ,大通公園です。天井にまでイラストが描かれ非常に明るい 車内になっています。注目すべきは先頭車の運転台面の壁です。ここには開きや運転台へのドアが ありますが,きちんと開きと壁の図柄がずれないように合わせて作られているのです。また,上部の 壁には時計台が3つありますが,中央部の時計台は板の継ぎ目をきちんと合わせて一つの時計台に 見えるように作られています。非常に丹念な車両製造が行われており好感が持てます。しかし, 残念ながらこの後に作られた7000系の運転台面の壁にはイラストは全くありません。

 外観では,角張ったスタイルと明るく斬新なカラーリングが特徴でしょう。その他この車両から 架線集電方式に変更され,屋根にパンタグラフが装備されました。パンタグラフは6300形に二つ, 6600形と8300形の宮の沢側に一つずつ付いています。また,先頭車の屋根にはルーフレールのような ものが付いていますが,何の役目をしているのかはわかりません。また,6000系はATOによりひばりが 丘の回送用ホームから東車両基地まで無人運転で回送されています。先頭車正面左側には自動回送時 に点灯するであろう,「自動回送」表示があります(下々図参照)。

6900形のルーフレール?:左 6600形のパンタグラフ:右

 なお,6000系は昭和52年にローレル賞を受賞しています。その受賞プレートが6002編成の6102形 と6902形の正面,「自動回送」表示横についています。

6102形のローレル賞プレートと自動回送表示
中央の四角いのが自動回送表示


 現在の6000系編成は上の通り64008300 +6600となっています。6400と6600の間に入れる のであれば,8500としたほうが番号がきれいに並んでいいのではと思う人もいるでしょう。 なぜ8500ではなく,8300が増結されたかというと,8000系車両は宮の沢延長開業時に8000系の車両 だけで組まれた編成も2本増備されています。この編成は,

新さっぽろ <8100+8200+8300+8400+8600+8800+6900> 宮の沢

というようになっています。6000系に増結される8000形車両は,たまたま8000系だけで組まれた 編成の中の8300と同じ装備を持つ車両だったのです。したがって,8300が6000系の中に組み込ま れているということです。下に掲げた櫻晃教氏の文献を見ると,どちらの8300形もVVVF2群と表記 されており,両8300型が電動車でVVVF制御装置とパンタグラフを搭載していることがわかります。 しかし,全ての装備が同じわけではなく,外観で見ると6000系増結用の8300形はパンタグラフが一つ しかありませんが,8000系だけで組まれた編成の8300形はパンタグラフが二つあります。6000系増結用 8300形の新さっぽろ側にパンタグラフはありませんが,取り付ける部分は残っています。また,6000系 増結用8300形は車内に路線案内表示器がありません。

 6000系と8000系という異なった形式の車両を連結することになり,6000系と8300形では外観の 塗装こそ同じですが,車内の雰囲気や車両の形も大きく違います。まず,8300形には6000系の大きな 特徴の一つである内装の装飾化粧板がありません。また貫通路の幅が異なるため,連結部では8300形の 貫通路が余計に狭く感じてしまいます。2000系以来,札幌市の地下鉄では広い貫通路を採用して きました。これは2000系は車両の全長が短いので,車両の連接部の継ぎ目感をなくし一体の車両に 見せるための措置でした。6000系でもその効果は十分に発揮されていると思います。8300形に限らず, 5000系,8000系全車両の貫通路の狭さが惜しまれます。といってもこれらの車両でも他の鉄道車両から みればまだ十分に広いと言えますが。


参考資料:
札幌市交通局『札幌地下鉄建設物語』,1985.12。
櫻晃教「札幌市営地下鉄8000形車両について」『SUBWAY』,巻号不明,日本地下鉄協会。
岡田幸雄他「ゴムタイヤボギー台車の開発」『川崎技報』,60,川崎重工業,1976.4。
奥野和弘「札幌市営地下鉄東西線 いよいよ開通」『鉄道ファン』,184,交友社,1976.8。
奥野和弘「札幌市営地下鉄 東西線開通」『鉄道ファン』,185,交友社,1976.9。


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1999/10/11作成

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