2.さくらカード編
『さくら』が後半期に入るにつれて顕著になることは、“小狼→さくら”というヘテロセクシャルな関係の出現することである。これは倒錯的世界として名高いさくらワールドにおいてはきわめて異例のことである。しかし、このような中においても知世はその魅力を失うどころか、ますます“いい女”としての評価を高めていく。知世は、さくらのコスプレに対して、失神寸前の恍惚感を覚えるまでに彼女に対する愛情を深めていくのだが、同時に、“小狼→さくら”という状況の強力な支援者となった。さくらちゃんの超絶的にかわゆい表情ひとつひとつに、己の動悸を高める小狼。それに母性的視線を送る知世。彼女の人情性は過剰の域に達しようとしていた。
知世の“いい女”振りを示す格好のエピソードが、第60話『さくらと大切なお友達』である。
自称「小狼のいいなづけ」こと苺鈴は、“小狼→さくら”関係を目の当たりにして、失意に沈んでしまう。知世はそんな苺鈴を「私たち友達ですわ〜」と慰める。一晩中、知世の膝をぬらし続ける苺鈴。知世はこの瞬間、さくらワールドの頂上に君臨したのだった。
しかしその後、知世はその王座を易々と奪われることになる。小狼の執事、偉望(通称ウェイさん)の登場である。
当初、実直な執事としての側面以外はあまり印象に残らなかったウェイさんだが、話数を重ねるごとに、彼の保有するとんでもない規模の人情性が明らかになってくる。
あまりにも伝説的な第43話『さくらのさよなら苺鈴』を見てみよう。
飼っていた小鳥を逃してしまった幼い頃の苺鈴を見かねて、小狼はその小鳥をさがしにいく。心配そうな苺鈴に対して「小狼様はきっと見つけて下さいますよ」とウェイさん。そして、雨の中、苺鈴は小鳥を見つけた小狼に泣きつく。二人にそっと傘を差し出すウェイさん。齢を重ねた人情性は、知世が及ばない世界があることを教えてくれた。
さらにこの話数では、ウェイさんが小狼と苺鈴の武術師範であることが明らかにされる。後に、時空を越えた最強執事の名を欲しいままにするウェイさんにふさわしいエピソードと言えよう。
先に、知世が人情の栄華を極めるエピソードとして挙げた『さくらと大切なお友達』でも、ウェイさんは老獪な人情性を発揮している。
小狼はさくらちゃんに対する想いを苺鈴に伝える。それを聞いて外に飛び出す苺鈴。小狼は彼女を追いかけようとするが、ウェイさんは「そっとしてあげておやりなさい」と人情きわまりない発言を行うのである。
ウェイさん=最強の機運は、最終話『さくらと本当の想い』において、決定的になる。
香港へ去る小狼に、初めてさくらちゃんは小狼への思いに目覚める。空港で彼を呼び止めるさくらちゃんを前に、ウェイさんは小狼に熊のぬいぐるみを渡す(さくら世界では、クマさんは好きな人に渡すものとされている)。
さくらちゃんは、少し照れながら、しかし真摯な眼で小狼を見詰める。
「そのクマさん、わたしにちょうだい」
ウェイさんには何もかもがわかっていたのだ。彼はさくら世界における最後の勝利者となった。知世のことは誰もが忘れていた。