海原雄山研究  過剰な渋みに由来する人格性の滑稽化とその変遷


人情が度を超して発動された場合、それはわれわれの眼に滑稽として映りはしないだろうか。より平易に言い換えれば、「臭すぎて笑える」ということである。

滑稽にまで至ってしまうその種の人情は、典型的なケースのひとつとして、自分の本心とは逆の態度をとることによって、自らの本当の気持ちを隠し通そうとするが、端から見ればバレバレであるといった情景の中に展開される。

本稿の目的は、そうしたキャラクターの実例として海原雄山を取り上げ、その人格の有り様を考察することにある。

 はじめに

海原雄山が読者の感情を高揚させる最大のポイントは、「表面的には憎しみを抱いてるように見せて、実は最愛の息子士郎がかわいくてかわいくてたまらない」という彼の態度にあると言って良いだろう。

まずここでは、初期における軽薄な悪玉キャラを抜け出し、臭すぎて爆笑型キャラクターの頂点を極めた海原が、やがて栗田ゆう子に手玉に取られるようになる過程を、時系列的に見ていきたい。

ちなみに、本稿が扱うのは、『美味しんぼ』の第1集から第50集までの範囲である。


 『美味しんぼ』幼年期における海原雄山

先に触れたとおり、登場時点における海原雄山は、いまとなっては考えられないほど凶悪であった。まずは、具体的にその行状をわれわれは見ていかなければならないだろう。

 第1集/第7話 「ダシの秘密」

前回で初登場であった海原は、料亭で大原社主と会食中に、あまりの料理のまずさに大原を大人気なく散々に罵倒した。それにじっと耐える大原の大人な雰囲気は、後にだんだん情けなくなっていく彼の姿を知っている者には、かなり不気味に思えるものがある(P.164)。

料理を不味がる海原


 第3集/第4話 「料理のルール」

大原や山岡と同席するはめになってしまい、「食べ物の味もわからん豚や猿を、私と一緒の席に着かせるのか!」(P.164)と料亭の亭主を罵倒。

 第3集/第4話 「料理のルール」

フランス料理屋にわざわざ出向き、鴨料理を侮辱。懐石料理の方が完成度が高いと発言し、山岡をして「料理愛国主義を発露」(P.86)と言わしめる。

このように第1集から第3集にかけての海原は、完全に悪役キャラであった。同時に、けっこう間抜けで、上に挙げた3話すべてにおいて山岡に1本とられるという醜態を見せている。ただし、悔しさを爆発させながらも、素直に負けを認めているところもあり、大物らしい雰囲気をわずかながら醸し出していないことはない。とはいっても、破壊的な行動に満ちていることには変わりがなく、この時点で読者が海原に感情移入できる余地はあまりないといえる。

『美味しんぼ』スタート時に形成された「海原=悪の権化」という構図は第4集に収録されている「板前の条件」で徹底的に覆されることになる。いわばここから海原雄山の伝説が始まるのである。


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