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"tomonth"は、今月を指すAILAND内での造語になります。

日々のつぶやき


 3月のつぶやき・・・番外編
初めての海外(カンボジア)旅行記
(時間列通りに上から下へと向かいます。)
 

3/15(月)

そう、私にとっての初めての海外旅行。
まずは、朝起きてから行く用意。(笑)
横着モンのAILAは、つい昨日カバンを買ったばかり。
というより、休みナシでずっとバイトしててなぁんも用意してなかった、というのが正解。
行きしなは、悪友リョースケ(仮名)と一緒にカンボジアまで、である。
出発は関空。
一旦韓国で乗り換えて、そこからタイはバンコクへと向かう。
とりあえず、3時半あたりの出発、ということで家を昼前に出る。
この日、街は雨だった。
仕方なく、ぽい捨てできる100円のビニール傘を手にする。

家から関空までは、三ノ宮からのバスを利用することにする。
K−CATなる関空直行の高速船があるのだが、ここはあえてバス。
三ノ宮に出て、当然のように本屋。(^^;
とりあえず、適当な本(スタープレックス)を見繕う。
でもって、三ノ宮からバスで関空へ・・・。
行きしなが一緒の悪友は、ぢつは今日テスト・・・ガッコだったらしい。(><)
遅れて関空に来るというので、中で合流と話しはついていた。

さて、関空に着たはいいものの、連れの出発とかで2、3回来ただけの関空。
右も左も分からない。
とりあえず、旅行会社の窓口へ行ってチケットを手にする。
そして、この先いらない傘を適当にその辺の手すりにかけて・・・、さくっとなかまで入れちった。
と、時計を見てみるとまぁだまだ2時間ほども暇なことが・・・。
先ほど買った本は、この先のことを考えると、ここで読んでしまうわけにいかない。
悪友は、1時間ほど前に来る、と聞いてたのでふと目にしたラウンジに入る。
家族カードで持ってたカードが助けてくれる。
中に入って、のぉんびり。
雑誌読んだり、フリードリンクのジュースとかアルコールとかを飲んだり、おつまみとかのお菓子とかを食べたり・・・。
そうこうしてる内に、ちらっとリョースケの姿が見える。
散らかしたのをごみ箱に放り込んで、表の待合室へ向かい・・・合流。

飛行機は予定通りに関空から韓国へと。
初めて口にする機内食は、なんとも言えない味だった。
機内では、十数列ほど悪友との席がずれてたので、かねてからの打ち合わせ通りに機体から降りた所で待ち合わせる。
韓国に降り立ったのは6時前。
次の、タイはバンコクまでの飛行機は、7時半。
1時間半の間、二人でぼぉ〜っ、としてる。

韓国から今度はバンコク。
今度は機内で2時間の時差が生じる。
到着したのは現地時間で深夜の1時半。
日本時間だと、3時半である。
ところが空港内はそんな時間とは思えない盛況ぶり。
タクシーで、カオサン通りなる地へと向かう。
どうやら、いわゆるバックパッカーの街らしい。
タクシー紹介所でタクシーを見繕ってもらって、距離にして25キロくらいらしいバンコクの街へと向かう。聞くところによると、この紹介所で紹介してもらったタクシーでも、メーターをいじったりしてボってくることがあるらしく、乗るときに耳打ちされる。
一応メーター見とって、と。

すでに深夜のはずのカオサン通りは、空港と同じくとてもそんな時間とは思えない人通りだった。
空港からここまで、およそ300バーツ。
1ドルがおよそ37バーツだったから、×3で円と単純に頭の中で換算して、タクシーの安さに驚かされる。(バーツ=B)
カオサン通りで目立つのは白人系だった。
確かに、後で分かるのだが翌日か夕方などの賑わった時間帯から比べたらもちろん人は少ないのだが、充分活動してるのだ。
さて、ここで宿のゲストハウスを探すのだが、こんな時間でも大丈夫なのかとリョースケの後ろをついて歩く。タイは制覇したと豪語するリョースケは、足取りも慣れたものだ。
しかし、いつもリョースケが泊まってるというところも含めて2、3軒ほど覗くが、どうやらいっぱいだったりするらしい。
で、カオサンからはちょいと離れたところの、ランク的にはちょいと上らしいところに泊まることになる。ゲストハウスではなく、ホテルである。ファン(扇風機)とエアコン(冷房)で100B程の差があったのだが、安いということでファンに決定。(^^;
とりあえず、疲れてたので、そのまま二人ともダウンっ。
といきたいところだったが、小腹もすいてたし、近くのセブンイレブンに向かう。
結局ジュースとかくらいしか買わなかったのだが。
で、シャワーを浴びてから・・・、ダウン。

3/16(火)
今日は、ここカオサン近辺で一日を過ごし、またカンボジアまでの航空チケットを手配する日。
旅行会社にチケットを頼んで数時間後に取りに行く以外は、カオサン通り近辺で日用品などのお買い物っ。
とりあえず、短パン。
なにわさておきGパンじゃ暑くて暑くて、とてもじゃないけど履いてらんない。(><)
他にも、靴・・・というかゴムのスリッパというか、つっかけみたいなのを買い込んだり、この先着るシャツなど細々としたものをちょこちょこと買い込む。
ここで、この先の事も考えて、カバンをひとつ買い込み、またこの日最大の収穫、タイ式マッサージを経験する。
いやぁ〜、これがまたすっごくいい。(*^-^*)
普段から持病の腰痛で整体に通ってたり、また文字通り産まれたときから世話になってる按摩屋さんとかと、ツボが同じっ、なんである。
もっとも、タイ式だけあってその重きに置かれるのが足、ではあるが・・・。
それが、どくとくのマッサージで気持ちいいのだ。
この為だけに、またタイに来てもいいかも、と思うくらい。
3/17(水)
カンボジア入りの日である。
起床は4時。(><)
というのも、8時の飛行機だからなのだが、ぢつは昨日に空港までのバスを旅行会社で一緒に頼んでたのだが・・・。
空港とバンコクは、いくつかのルートで繋がっている。
その内の一つが、このいわゆる白バス・・・。(^^;
HIACEあたりに十数人が押し込まれる、というものである。
かくして・・・、やってきたのはHIACE。(^^;
十四、五人が・・・それも巨体の白人とかも含めてが押し込まれ、空港へと・・・。

バンコクからカンボジアへは、バンコクエアウェイという一番安い航空会社、プロペラ機であった。
そして前半最大の不安、カンボジア入国である。
ぢつは、ビザが無いのである。
地球の歩き方によれば、昨年までは空港でビザがとれてたが、今は無理、とのこと。
しかし、つい2ヶ月前にもカンボジアから帰ってきてるリョースケ曰く、空港で余裕でとれるんじゃ。
かくして、なぁんの用意も無しにカンボジアへと・・・。
さらに、あれ?行ってへんかったっけ、で前夜に聞かされたのが、ビザは空港でとれるけど、写真はいるんやで、の一言・・・。(〜〜;;;;
不安でビクビクしながらカウンターに近付き、機内で書かされたビザを提示すると、写真は?と聞かれて無い、と答えると・・・・・・・1ドル、との返事が。(^^;

日本でカンボジアのビザを取ったりしてると、細々と4000円は軽くかかるが、現地だと片手(ドル)で済んじゃうんだよなぁ。

空港を出ると、ホントになぁんも無い。
いるのは、バイタクの客引きだけである。(uu;;;
こちらでは、いわゆる普通車は道路のメインではない。
ちょっと郊外に出ると、トラックや長距離の為の自動車が増えることは増えるのだが、道路はオートバイ、それもカブが大半を占拠してるのである。
かくして、町中の移動はすべてこのバイクであり、またタクシーもこのバイクの後部座席である。
そして、空港からプノンペンの町までも、リョースケと一緒にこのバイクで3ケツで、であった。

プノンペンでの宿泊場所は、キャピトル(キャピトール)といういわゆるバックパッカーのプノンペンでの拠点である。
1階はレストランで、ここが情報交換の場であるらしい。
プノンペンにおける外国人の溜まり場所、ともいうかもしれない。
2階から4階がいわゆるゲストハウスで、裏には別館もあり、規模はそこそこのモノである。
ただ、地球の歩き方によれば、この辺りの治安は決して良くはないらしい。
もっとも、思っていた以上に市内の治安は非常に良く、夜中にふらふらと外出してもそう危険はなかった。

キャピトルでは、シングル(シャワー・トイレ付)の部屋316号室に入る。
江戸間で6畳ほどの部屋は天井が高く、置いてあるものはベッドがひとつにテーブルがひとつ、そして細長い2畳ほどのシャワー・トイレの部屋が隣接してて、ベッドの上には蚊帳がおいてありファン(扇風機)が静かに回ってる部屋だった。
端の部屋だったせいか、圧迫感はなくこれで4ドルならもう文句無し、状態であった。
あとで聞くところによると、ここのトイレなどの水の出は市内でも非常に良い部類(他の・・・いわゆるホテルとかでも余裕で詰まるらしい)に入る上、停電など当然のこの国で、工事現場においてあるような大型の発電機で非常電源を供給してるようなゲストハウスは、ここくらいらしいのである。

キャピトルに入ると、もう同行のリョースケは早速どこかへ行ってしまい、別行動である。
誘っておきながら、せめて簡単な案内くらいせんかい、とは思いつつも、長い付き合いでこいつの性格は知っている。文句を言っても無駄。
ということで、一人で町中に地図片手にふらふらさまよい出る。
炎天下、日本の夏の日差しなんてこれから比べたらとてもじゃないけどそよ風みたいな直射日光の下、まだバイクを止めて交渉して移動、なんて出来ないため、気付くと2時間ほど徒歩で相当な距離を歩いている。
なんたって、町中を流しているバイタクにゃぁ英語(といっても数字だよ)が通じないのがごろごろいるし、こちらも片言英語だ。
道には、十数メートルごとに露天商というか屋台というか・・・“店”が出ているが、何を売ってるのかも分からなければ何を買っていいのかも分からない、さらには相場というか・・・値段が分からない。
唯一、キャピレス(キャピトルの1階にあるレストラン)にはメニューがあり、またカウンターでは両替もしてるしここでは余裕で英語だし・・・、とカンボジア入ってまだ数時間の身にはキャピレスまで戻らないと飲み物一つ手に出来なかったのである。

一旦キャピトルに戻ってジュースを飲みシャワーを浴び・・・、再び町へとさまよい出る。
さすがに今度は、このキャピトルの側にはバイタクの溜まり場所があるのだが、どこかへ行こうとするキャピトルの人間を見付けるとわらわらと寄ってくる・・・、その中の一台に飛び乗り少し先まで行く。
ちなみに、ここカンボジアでは、通貨はリエルで、一ドルおよそ3800リエルになる。
キャピレスの値段では、1リットル程のプラスチックボトルに入った水が500リエルでビンのジュース(コーラとか)が1000リエルであり、タバコが1500リエル(ARAという地元の銘柄)である。
バイタクでの移動は、近距離は500リエルで中距離が1000リエル。遠距離(といても市内)が1500リエルで、大概1000リエルで市内を移動する。

そうこうしてる内に夕方になり、リョースケから夜間の外出を禁止されてたためキャピレス(ここのメニューは完全に外国人向け)で軽い夕食を取ってたところ、数人の日本人と知り合い・・・、そのまま中華を食べに行くのに同行してしまう
自分も含めて4人。
数店舗中華屋が並んでる通りに入り、どの店にするか少し悩み・・・、一人がこの店は前来て美味しかったし日本語が通じる、とのことを言ったとたんその店(名前忘れた(^^; )に決定。
中に入ると、どうやら大使館の人とかも来るような店の上、店員の一人が確かに余裕で日本語を話している。壁には、日本語スピーチコンテストなるポスターまで貼ってある。
料理は・・・、確かに万国共通の中華料理。(^^;
味は思った以上に良く、豚の耳の醤油煮を頼んだのだが、意外にこれがいける。
炒飯がいわゆるタイ米として昔日本にやってきて揉めたあの長米種というのか、あのタイプの米だったのだが、このタマゴ炒飯が神戸の中華街といい勝負をするくらいの味で、カンボジアまで来て炒飯にハマるというのがまた・・・・。(〜〜;;;;

ここからの帰り、シェイクを飲んでから帰る、とのことで同行する。
いわゆる屋台で、ミキサーにトロピカルフルーツと氷を一緒に入れてそれを1500リエルで提供するのが、夕方以降町中に並び出す。
いくつかあるフルーツを指差し、もちろんミックスもいけるのだが、しばらくするとコップに入ったシェイクが出てくる。いやぁ、日本の合成系のシェイクなんかやはり天然モノに比べたら天と地、という濃い味のシェイク。
う〜・・・ん、美味美味。
これに限らず、こちらの食べ物全体に言えたのが、味がどういったらいいのか・・・濃いのである。
味が濃いのではなく、タマゴなんかにしても、さすがに生卵は相当なチャレンジャーじゃないと手は出せれないが、帰国して卵焼きを食べたのだが、水っぽいような薄い味に感じられるのだ。
野菜類にしても、微妙に味が違うのだ。
もちろん、初めての海外旅行ということで舞い上がってたり、環境で舌の感覚が狂わされてたのかもしれないが・・・。
さて、シェイクを飲んでると、通るわ通るわの日本人。
一緒に飲んでる人の知り合いもいれば、通りすがりの人もいる。
その中の一人が、日本人ですか、と話し掛けてきてしばらく話したのだが・・・結局自慢話だけだった。(〜〜)

キャピトルに戻ると、時刻は11時も過ぎてて・・・。
昼間とは違って人出と熱気はない。
いわゆる街灯がないため、窓から零れ落ちる灯りと町全体が発している灯り、そしてバイクとかの灯りだけが町角を照らしている。
火照った体をシャワー(当然水である。高級ホテルにでも行かないと温水シャワーはない)で静めるが、ここでもっと日に照らされてたところを冷やしておかなかったのが後で後悔に変わる。

3/18(木)
カンボジア二日目
朝、町の喧燥と暑さで目が覚める。
この町は、さすがに昼日中は暑すぎるのか動き出すのが早い。
8時だというのに、すでに町は全開である。(^^)

フルーツとジュースで朝食を摂ってると、10時前くらいにリョースケがやってきて、それだけは予てから頼んでおいた、射撃、である。(*^-^*)
なにをしにカンボジアまで来たのか、ってそりゃぁ射撃でしょう。というのが今回の旅。(笑)
話を聞くと、数カ所ほど射撃場があり、大きく民間系と政府系に別れるらしい。
とりあえず、キャピトルの客が行くところは限られてるらしく、バイタクの兄ちゃんたちは慣れたもので、明日どこそこ行かない?予約しない?と話し掛けられる。(^^;
片言の日本語で「麻薬?いらない?大麻?」とか夕方ごろだと「女?」と話し掛けられもし、どっか市内を移動するのに利用しても「キリングフィールド?シューティンガン?」などといわれたり、よっぽどキャピトルの日本人相手はなれている。(笑)

バイタクで30分くらい、一応民間系らしいが何故か兵士が大挙してギャラっている射撃場に到着する。どうやら、ここで兵士が訓練もしてるらしい。
50メートル先にターゲットがあって、そのむこうに盛り土がされている、郊外である。
見渡す限りでは、田畑と平野が広がっている。
すぐ後ろの方では、牛が草を食んでいる。
村も近くにあるのだ。
さて、銃を手にする。
見ると、銃の種類は5、6種類ほどしかない。
基本的に、というか思った通り東側の銃が多い。
とりあえず、今日はAKとM16に絞る。
ぢつは、新大阪近くに(今もあるかな?)いわゆる無稼動の実銃を売ってる店があって、そこで一応実中は手にしてたことがあるが、あれは鉛とかで固定されてた。
これは、その銃本体を見れば分かるように実戦経験の銃だ。
もちろん現役である。

イヤープロテクターをして、初弾を送り込みAK47Sを構える。
マンターゲットはおよそ50メートル先。
視力はメガネをしてても0.8にも満たない。
構える前はそう遠くなく思えた距離も、いざ銃を構えてサイト越しに見ると、はるか遠くに小さく見える。
昔、サバゲでAK47を借りて撃ってみたことがあるが、その時と違ってサイトが合わせにくい。
AKS47は、従来のAK47の木製ショルダーストックの代わりに、畳み込めれる金属製のフレームのショルダーストックが取り付けられてて、それが肩に当たっている。
初めての実弾射撃ではやる気持ちを抑え、プロテクターの中に響いてくるような心臓の鼓動をBGMに引き金をひく。
人差し指が引き金にかかり、次の瞬間。
プロテクター越しに、意外に小さい乾いた火薬の音が聞こえ、右肩に想像以上の衝撃が走る。
銃弾が、盛り土に当たって砂煙を上げる。
思わず「快っ感〜っ」と心の中で叫ぶ。(・・・・・・古いなぁ〜。(〜〜;;;))
次々に銃弾を送り出しながら、後ろのギャラってる兵士の目がちょっとは気になりつつも、10発を越えた辺りからそこそこマンターゲットに当たってるのに気をよくし、20発を過ぎた辺りでフルオートに切り替える。
改めて構え直し、体を固定する。
今度は、今とは違う反動が体を襲うと予想し、また銃が跳ね上がるだろうことも考えに入れて、がっちりと銃身を構える。
トリガーに指をかけ、軽くひいてみる。
どがが、と右肩を襲う衝撃、定められない銃身、跳ねる銃。
たかだか5、6発だったろうが、盛り土のマンターゲットの右上あたりに土煙が散る。
銃身が斜め右上にずれていったのだ。
気が付くと、あっというまに30発は撃ち尽くしていた。
そこで後ろを振り返り、一言。「わん・もあ・まがじん」

結局、AK47SとM16A1を、数マガジンずつ撃って、ハンドガンに移る。
こちらも、あまり種類はない。コルガバとトカレフ・・・もといノーリンコと見られる拳銃。
こちらも数マガジンを消費する。
ハンドガンは、こちらはとてもじゃないがその反動に狙いが定まらない。
今度は、近場の5、6メートルほどの地面に空缶を置いてくれて、それを狙うのだが、この距離でもそうそう当たってくれない。
それでも、初弾から当てていくと、後ろのギャラリーからわずかなどよめきが上がる。
結局、最初のマガジン8発の内、当たったのは3発。(><)
狙おうとすればするほど外れるのだ。
それにしても、手首から肩に伝わってくる反動は、満喫するに充分なものであった。(うんうん。(笑))

ワンマガジン単位で何ドル、という計算だが、気が付くと余裕で100ドル以上も撃っていた。
一緒に来ていたリョースケは、一度撃ったらもう十分、とか言ってずっと待っててくれたのだが、をいをいまだ撃つのかよぉ、と呆れ返っている。
さすがに、100ドルも越え出すと、財布の中に入れてきた資金の方が底をつきだす。
まだ先は長く、射撃場に来るのもこれが最後ではない、ということで、いいかげんで引き上げることにする。
来しな連れてきてくれたバイタクの兄ちゃんが、射撃場のかたわらのハンモックに寝っ転がっていたのだが、もういいのかと聞いてきて、それじゃぁ帰ろうか、となる。

プノンペンの町の方に帰って、昼食である。
すでに、この時点で飯にたかるハエは気にならなくなっている。(^^;
食事をして、リョースケと別れる。
プノンペンには、いくつか大きなマーケットがあるのだが、その中でも最大規模のひとつがセントラルマーケットである。
ここを中心にして、放射状に道路が広がっているくらいの、文字通りセントラルになる。
この中は、十字状に広がった中心の建物と、その周りにその建物の十字を対角線のようにしたひし形状に天幕で覆われた下に・・・迷路のような通路が広がり、その両側には小さな店舗などが軒を連ねている。
かるくこのセントラルマーケットを見て回り、洗濯用にハンガーを買い込み、キャピトルに戻る。
午前中に撃った銃の余韻を楽しみながら、シャワーを浴びてると、右肩に赤く内出血のような打ち身のような跡が残っている。
触ってみると、こころなしか打ち身のときのような軽い痛みが走る。
しかし、それよりも、ふとももである。
短パンをはいてるのだが、この太股の短パンの境目から先が真っ赤に日焼けして痛いのだ。
仕方なく、しばらくシャワーで冷やしてみる。
一応、セントラルマーケットで日焼け止めとかコールドスプレーとかを探してみたのだが、無い。
まぁ、よく考えてみなくても、普段からこの日差しの中で生活してるわけで、わざわざ誰が日焼け止めを使うのか、となるのだが。結局、ほとんど空になっていた虫除けスプレーの残りを捨てて、そこに水を放り込んでその霧吹きスプレーで冷却・・・。(><)
そうこうしながらも、この先の事を考えて、今までの洗濯をする。
買ってきたハンガーで、部屋の中につるし、またそのハンガーを改良して水のプラスチックボトルをぶら下げれるようにする。
紐がなかったので、空港でカバンをとめるプラスチックのヤツを引き裂き、紐状にする。
それでもって、水のプラスチックボトルをハンガーで持ってぶら下げれるようにして。
水で濡らしたティッシュペーパーをそのプラスチックボトルの周りに巻いて扇風機の前につるすのである。
これ(濡らしたティッシュペーパーを巻き付ける)を何回かしていると、相当に冷たくなってくれるのだ。冷蔵庫代わり。(^^;

やがて、今日の疲れから横になり・・・、気が付くとすっかり夜も更けている。
とはいえ、日が沈んでからも町はまだまだ活気を保っている。
しかしキャピレスで夕食を軽く食べ、部屋に戻り来しなに買った本をひも解く。
ここのところ忙しかった日常から離れて、ぼぉ〜っとしてみたり、ちまちま(だって、本気で本を読んだらあっという間に読み終えちゃうし)本を読んでみたりして、ゆっくりと過ごす。
ごぉろごろして・・・、そのまま気づけば眠りに就いていた。

3/19(金)
カンボジア三日目。
今日は市内観光。
とりあえず、王宮とシルバーパゴダに行く。
王宮とシルバーパゴダは隣接しており、観光客も二つを通して見れるようになっている。
王宮は、実際に開放されてるのはナポレオン3世の館くらいなもので、即位殿もそとから見るだけ出し写真も撮れない。
即位殿は、その外周から中を覗くことが出来るのだが、さすがに中は豪華なつくりになっていた。
というより、全体的に思ったより小さいのだ。
宴会ホールという建物もあるのだが、その辺の小学校の体育館ほどの広さしかなく、普通の板張りだし、屋根が付いてるだけの広間みたいな感じ出し・・・。
即位殿自体も確かにそこそこの大きさはあるのだが決して大きくないし。
唯一中に入ることの出来る建物、ナポレオン3世の館にしても、ナポレオン3世の妻、ユージーヌ王妃からノロドム王への贈り物でフランスから移築されたものらしいが、その形状は変に王宮の中で浮いてしまってるし、中も歴代の王の肖像画とか服とかがケースに入れられて並んでるだけ。
どう見ても警報はないし、カメラ一つ無い。(〜〜;;;

と、そこでカンボジアは王宮でひとつの肖像画が目に入る。
『SA MAJESTE LE ROI NORODOM SURAMARIT』
鼻の穴、ひたい、目元にくちびる。
どれをとっても・・・そう、あのアホの坂田だ。
実際に坂田を見たことは・・・、一度しかないが、どこからみてもあの坂田にしか見えない。
う〜・・・ん。カンボジアであほの坂田を見た。

さて、王宮と隣接するシルバーパゴダは、正式名をワット・プリアケィヴ・モロカットといい、王室の宗教行事を行ってきた寺である。
王宮に比べ、比較的せせこましい空間にちまちまとモノが建っている。

王宮側からシルバーパゴダに入ると、まず目に入ったのがその外周を囲っている塀の内側にある壁画である。
見事な壁画が、しかしながら下半分は剥がれ落ちてしまってる。
しっかし、やっぱり坊さんは金持っとるわぁ
ワットというのがつまるところ○○寺、って意味になるのだが、このシルバーパゴダをはじめとしてどこも金ぴか。
特に、このシルバーパゴダの名前の由縁ともなったこのワットのいわゆる本殿、その床は、20センチ四方の銀のタイル5329枚で敷き詰めらてるのだ。とはいえ、実際に中に入ると床には絨毯が敷かれていて、その隙間からしかその銀の床は見ることは出来ない。
それも、確かに銀は銀なのだろうが・・・、やけにチャチいのだ。
さすがにその上の本殿の中の壮麗としか言い表せなさそうな宝物には目を奪われ過ぎて、NO PHOTOの前で写真でも撮ってやろうと考えてたのだが、撮るのも忘れて見入ってしまった。
絶句状態になりつつも、この王宮とシルバーパゴダを見て。
「やっぱり王さんと坊さんにゃぁ勝てんわ」

次に向かったのが、国立博物館。
王宮にシルバーパゴダと反対側に道路を挟んで隣接してるそこそこ歴史のある博物館である。
ここには、クメールの様々な遺跡系のモノが収めてあって、ちょうど地球の歩き方の資料のあたりにここの説明がちょこちょこと書いてあったので、それを見ながら中を見て回る。
気が付くと、お客はほとんどいないが半分くらいが日本人。(^^;
一人旅系が自分も含めて3人、年配のご夫婦らしい方が一組、そしてなんか資料写真ぽい(学芸員らしき人と大きさとか測りながらNO PHOTOの前で写真を撮ってた)のをとってる日本人が一人。

やがて、昼。
王宮周辺の観光を済ませて、一旦キャピレスに戻り昼飯を食べる。

そしてこの後、国立博物館とはあらゆる意味で対照的なトゥールスレン博物館へ向かう。
2万人が収容されて、生きて出れたのはわずか6人という収容所がこの元高校だという3つの建物である。
4棟に別れた3階建ての建物は、それぞれ一階が博物館として開放されていて、正面の真ん中の棟だけは事務所とかが入っていて、見なかったが。
むかって左側が尋問室。
思ったより広い部屋の中には、骨組みだけになって壊れかけたベッドがひとつぽつんと置いてある。
次の棟は元収容棟で、中にはここに収容された人たちの写真がただただそれだけが無機質に並べて置いてある。たんたんとした置かれようが、またその現実感を狂わせる。
さて、次の向かって正面右側の棟は、半畳ほどの小さな独居房である。
煉瓦が積みたてられてあって、その中がまちまちの広さだが、それぞれ独立した区画になっている。
さて、最後の棟では、ある種ここの名物、頭蓋骨でつくられた地図が順路の最後の部屋に飾ってある。
さすがにこれを見たときはショックだったが・・・。

この日は、この後、町中をふらふら本屋を覗いてみたり、オリンピックスタジアムと称された・・・話によるとかつてオリンピックでカンボジアの選手がメダルを取ったらしく、それを記念して作られたとかいう競技場を覗いてみたり・・・、ここに隣接した露天商群とか、少し離れたところにあるオリンピックマーケットなる巨大な2階建てのデパートなどを巡る。
また、ワットプノンなるこのプノンペンの町ができた大元の寺にも向かってみる。
この寺の門前では、観光客相手の像が・・・、暑さでヘタっていた。(笑)
トゥールトンボン寺なども巡り、一日を丸まる市内観光に使って・・・さすがにダウン。
キャピトルに戻り、キャピレスで軽く夕食を食べてベッドに倒れ込む。
もっとも、寝るまでにはぼちぼち読んでた来しなに買った本を手に取ってたのだが。

3/20(土)
カンボジア四日目
やけに早く目が覚める。
もっと寝てるつもりだったのに。(^^;
キャピレスでゆっくりと朝食を摂った後、本来なら昨日行かなきゃだめだった帰りの・・・バンコクエアウェイのリコンファームに直接事務所の方に向かう。
てっきり忘れてたのだ。(><)
ところが、事務所の場所を知らない為、バイタクにバンコクエアウェイのオフィスまで、と任せっきりにする。が、付いたところはどうみても普通の(向こうにおける)一軒家としか見えない家に、小さな看板が掛かってるだけ・・・。
ちょっと不安になりつつも入ってくと、そこは別天地。
空港以外で始めて経験する冷房。(笑)
ひんやりとした室内に、意外にもコンパックのパソコンが数台。
ちょっと暗いのは室内灯がついてないせいか。
さっそくリコンファームをするが、さすがに余裕でOK。

事務所から出てみると、先ほどのバイタクが笑いながら待っている。
帰りもどう?、てな感じで。(笑)
で、一旦帰ろうかとも考えるが、当初の予定通り、このままキリングフィールドへ向かうことにする。

キリングフィールドは、ポル・ポト時代に、前日に行ったトゥールスレンに収容された人々が処刑され埋められた場所であり、プノンペンからは12、3キロほど離れている村の一角である。
もちろんキリングフィールドと称される場所はここだけではなく、カンボジア各地にあるらしい。
ガタガタの道路とトラックなどが起こす砂埃などに、バイタクの後部座席は決してオススメできないが、30分ほども走ったころだろうか。
小さな門があり、どうやら入場料とガイドが雇えるらしい小さな机がある。
さすがにここでも吹っかけてくるが、入場料くらいは、と払い記帳ノートに適当に記入する。
さて、ガイドだが、こっちはちゃんと半額くらいまでは値切れる。
何ドル、というより人を見てどうやら値段を変えるみたいだ。
すぐ後に来た白人の初老の夫婦にはだいぶん吹っかけてたから。(ーー;

キリングフィールドは、はっきり言って何も無いところだった。
ただ、山のような人骨があるだけ。
確かに、トゥールスレンに収容された2万人の死体が埋められてるはずなのだから、人骨ばかりで当然なのだが。
このキリングフィールド、中央にそこそこの高さの白い塔が建っている。
少し離れて、よくあるようなキリングフィールドの説明版。
ガイドにこの塔に収容されている人骨、そのほとんどが頭蓋骨なのだが、それの説明をされながら塔の周囲をぐるりとまわる。
思わず頭蓋骨を手にとってしまうが、意外に軽い。
しかし、明らかにそこには本来ならあるはずのない傷だの穴だのがある。
ガイドの話によれば、釘を刺して殺した後だとか、金槌でたたいて殺したあと、とのこと。
そして、日本人もこの虐殺でころされてたらしく、戒名のかかれた卒塔婆がぽつんと置いてあった。
やがて、これらの死体が埋められていたという、それを掘り起こした穴の方に移動する。
ここからは何体が、と聞いてまわりながら歩いていると、そこら中に骨の破片や歯が落ちている。
その内、やけに黒い染みの付いた樹にたどり着く。
この幹のしみは、とガイドは振り付きで赤ちゃんを母親の前でこの樹の幹に叩き付けたんだ、と説明してくれ、また、この染みは消えないのだとも・・・。
やがて、全然広くないこのキリングフィールドをまわり終えようかというとき、このガイドも自分の足を見せ、これもポル・ポト時代にやられたのだ、と見せてくる。
ヤバい、と思ったら案の定何ドルかねだりに来る。(^^;
まぁ、入場料はここの維持費に回されると(信じて)書いてあったことだし、ガイド料にしても説明無しだと見逃してたりしたかもしれないし、ただ見てまわるだけだったらどれが何なのか分からなかっただろうから損はなかっただろうが、これはちと、ねぇ。
ということで、今払うと帰りのバイタクが払えない、と悪いねぇ〜っ、と拒否する。
向こうも分かってるみたいで、あんまりしつこく言っては来なかったが、その代わり何か土産物買ってけ、と言い出す。(^^;
だから、金使ったら帰りのバイタクが払えない、といいきる。

キリングフィールドからの帰りの道。
ふとどこかで見たようなバスがこっちにやって来て・・・、すれ違う。
・・・・・・キャピバス(キャピトルのバス)だ。(Q_Q;
キャピトルは、あからさまに怪しいオヤジがやっていて、件の他には無い大型大出力発電機にしても別館にしても、そしてレストランにしても、どうやらそこそこのやり手らしく、何とバスも2台もあるのである。
よく自動車学校や幼稚園とかの送迎に使われてるような、小型バスというかハイエースのでかいやつとでも言うのか、つまりカンボジアのゲストハウスの持ち車にしてはアヤシすぎるモノである。
さて、このキャピバスとすれ違ったのだ。
この道の先には、さっき行ってきたキリングフィールドくらいしかない・・・。
かくして、キャピトルに戻ったところ、キャピレス(ここのカウンターでは、観光案内から空港送迎から多方面の事業をがんがんやってる)で目にする。
キャピバス使用のキリングフィールド案内、日本人2名さま。。。
ちぃっ、前日に気が付いてたらこっちに同乗したのにぃ〜。(;-;)

さて、いったんキャピトルに戻って、埃まみれと日焼けの体をシャワーに浸して、軽く昼寝をする。
と、気が付くと4時間ほどもたってしまっている。
とっくに昼ご飯を逃してしまってる。
小学校の頃に習った記憶が、2時が気温は一番上がるんだよぉ〜、と自分自身に教えてくれるが、その暑さで目が覚めたこともあり、ちょっと冷房に当たりに行くことにする。
途中、屋台で軽く食事をして、プノンペン有数のスーパーマーケットに行く。
ここは、数少ない冷房ポイントである。
すぐ隣りには、ハンバーガー屋が入っている。
基本的に、プノンペンの外国人が買いに来る店で、それに見合った値段もしてるし、こちらの人間は店に入ってきもしない。
冷房に当たるのと、買い物が半々くらいで、おもわずアイスキャンディなんぞ買ってしまう。
アイスキャンディをかじりながら、今度はプノンペン市内の東側に面して流れるトレンサップ川のほとりに向かう。
ここの川は、河岸に芝生帯があり出店もちゃんと出ておりいわゆる憩いの場所、に近い。
すぐ道路と広場を挟んで王宮も近くに見える。

川のすぐ側まで近寄ると、子供たちが水遊びをし、すぐ横では魚釣りもしてる。
で、ついついその魚釣りのグループに混じる。(笑)
釣竿を、100リエルほどで貸して、って借りると、何やらパンみたいな何か分からない餌が置いてあり、それを釣り針につける。
しばし釣り糸を垂らして、10センチほどの小魚を釣り上げてみる。
う〜・・・、ん。何やってんだろ。(笑)

やがて夕方。
キャピレスでコーラなんぞ飲んでのんびりしてると、どうやらここにはいくつかのグループが点在してるみたいで、その一つの(実は初日に中華一緒に行った人のいる)グループに合流する事になり、夕食を一緒に行くことになる。
で、行ったのは焼き肉。(^-^;
ジンギスカンみたいな焼き板(?)を頼み、おそらく牛肉ではなかろうか、と思われる肉と野菜、そしてビールガールの持ってくるビールを氷で飲んだり、また変なジュースに手を出して失敗したり(たとえて言うなら、Drペ○パー+メ○コール+・・・・・−炭酸)しながら、夜は更けていく。
やがてキャピトルに戻り、2次会。
コーラとかビールを片手にキャピレスの閉まる10時まで過ごし、しまった後はキャピトルの階段(通路?)でその続きをして・・・、部屋に戻ったのは0時すぎ。

3/21(日)
カンボジア五日目
残り一日。もっとも、明日は朝は8時過ぎに空港なので、実質上の最終日である。
とりあえず、お土産用のTシャツや銀細工などをセントラルマーケットに買いに行く。
そして、この旅の目的。
てっぽ。(^^;
キャピレスから、どっか銃を撃ちに行くけどいいとこ知ってないか、と数人に声をかけ、適当な一人に任せる。
と、30分かそこら郊外をそこそこ走ってから、脇道に入っていく。
しばらくその脇道を走ってると、だだっ広い空き地としか見えない草原にやってきて、その獣道のような草原のど真ん中に走りこんでいく。
どうみても、ヤバそうな空間である。
肩越しに大丈夫なのか、と聞いてみるとショートカットとか言ってたのが、やがてくるりと方向を元の方へと戻り、一筋間違えてたらしく、笑いながら別の道に入っていく。
遠くでは、なにかドクロマークの描かれた看板が掛かっている。(〜〜;;;;

やがて、どうみても軍の施設らしき検問所が見えてくる。
検問所というか、その向こうにゃあからさまな軍施設が建っている。
バイタクの兄ちゃんがクメール語で歩哨の軍人と二言三言話したかと思うと、その中に入っていく。
をいをい、大丈夫なのかと心配になりつつも任せっきりでいると、やがて射撃場らしき建物が見えてくる。
盛り土がしてあって、射撃場のレンジがあって・・・。
ただ、今度はその周りに訓連用としか思えない障害物だのタイヤの山だのが詰まれていたり作られてあったりするのだ。
射撃場のすぐ目の前までバイクで乗りつけると、中にはAIRBORNとドクロが描かれた旗が掛かっている。
文字通り軍の射撃場にやってきたのだ。
さすがに、先だって行った射撃場より、アサルトライフルの種類は多い。
実は、前のとき、一番最初に値段を聞いたときに13ドルと30ドルを聞き間違えてたという大ボケをかましてただけに、今度は最初から値段とそれを加算する計算機などをテーブルの上に出しておく。
でもって、値段の交渉をしながら現在何ドルかを表示していく。

まずは、やはり先日も大量に撃って楽しんだAKである。
さすがに東側の銃が多い。
軽く3、4マガジンほどAK47と74を撃ってから、M203グレネード付きのX177(155かM4だったかもしれない)カービンを撃ってみる。
当然、銃身の下のグレネードも撃つっ。(笑)
意外に迫力が無く、この後にした手榴弾のほうがまだ衝撃があった。
手榴弾は、よく映画とかで吹き飛ばされて・・・ってシーンがあるが、とてもじゃないがそんな代物じゃぁない。近くにいたらまず助からない、って。ありゃぁ。
そして、今日のメインっ。
・・・・・・・M60である。
よくシュワルツネッガーとかが肩から掛けているような銃弾をベルトで止めた給弾ベルト一つが30ドルである。もちろん銃の代金はなく、基本的に弾代の中に銃のレンタル(?)代も含まれている。
そして、この給弾ベルトひとつといっても、100発である。
これを2回。
基本的にはテーブルの上に固定し、椅子に座って撃つのだが、とんでもない反動が右肩から体全体を襲う。フルオートで数発も連射すると、椅子ごと後ろに送られるのだ。
もちろん、弾道が安定するわけが無い。
他に客がいないこともあって、少々以上の自由がきき、地面に伏せて撃ってみたりと様々な体勢で射撃してみる。

そして、ハンドガン。
これは、マカロフとルガー22/45mk2の2種類である。
マカロフは1マガジンで切り上げ、ルガーを数マガジン撃つ。
こちらは、22ロングの弾が反動が無く、非常に撃ちやすく狙い通りに弾がマンターゲットに吸い込まれてくれる。
持ち金をこれらの弾幕につぎ込んで、撃ち終わると、射撃場のテーブルの周りにおそらくチームだろう、4、5人の兵士とコーラを飲みながら経験談などを聞いたりと話をしてのんびりする。
さすがに、マンガとか小説とかで戦闘でのナイフの傷ってのはよく描かれるが、それを実際に体に持ってるってのは初めてだったし、もちろん銃痕も・・・。

昼過ぎ。
キャピトルに戻ると、先日焼き肉を食べに行ったグループが、今度はピザを食べに行くんやけど、とキャピレスでたむろっているところに出くわす。
でもって、ハッピーピザなるものを食べに行く・・・。(〜〜;;;;
食べるとハッピーになれるらしい。(笑)
6人で、一人2切れずつ。
聞くところによると、1切れでもそうとう来るらしい。
それを、一人2切れ・・・。(^^;
かくして、その6人は・・・。
内5人がダウン。(^^;
で、残りの一人というのが、なぁぜか皆ベッドでダウンしてるってのに一人平気で皆どこ行ったの?なぁんてほざいてる私。
とはいえ、さすがに皆がなんとか復活してきた頃、一人はっぴぃになれるまでの時間が掛かったのかちょいとほろ酔い気分を味わえた。(><)
う〜・・・ん。
効き目が皆と違う上に、効きも悪かったなぁ。(爆)

3/22(月)
カンボジア六日目、最終日。
とうとうカンボジア出国の日である。
起きたのは6時半過ぎ。
10時台というか11時前に近い飛行機なので、8時半頃に空港に行けばよい。
反対にこっちじゃ健全な生活を送っている。
もっとも、夜の外出が危険なわけで、別の生活を送ろうにも外に行けなかったというのが正解。(笑)

起きて目が覚めてくると、右肩がやけに痛い。
寝違えたのか、とも思うが、すぐ原因を思いつく。
そう、昨日銃を撃ち過ぎたのだ。
ちょうど、ショルダーストックのあたってた部分が痛い。(^^;
そうこうしつつも、シャワーを浴びて、荷物の整理をして第一段階の帰る用意は完了。

一旦、8時OPENのスーパーマーケットに飛び込んで、インスタント麺をひとパック買う。
インスタントラーメンの土産である。(笑)
こういうのが好きなのがいるんだ。(><)

キャピトルに戻って、チェックアウト。
時間は8時半。
時間的にはまだ余裕である。
キャピトルから出ると、ここ数日で顔なじみになった数人のバイタクの兄ちゃんが空港までなら、自分を、と寄ってくる。
ので、目をつむって一人を選ぶ。(^^;
来たときと違って、たかだか数日ながらもバイタクの後ろに乗る術はまだまだ危なっかしいだろうが身に付けている。来しなみたいに空港からキャピトルに付いたら足がしびれてふらつく、てな乗り方はさすがにしない。

30分ほど走り、9時前くらいに空港に着いたのだが。
カウンターが無い。(Q_Q;
タイ航空とかのカウンターはあるのだが、バンコクエアウェイのカウンターがホントに小さな空港だけに見失うはずも無いのだが、見当たらないのだ。
掲示板をみると、ちゃんと10:40の表示はされている。
ただ、その飛行機会社のカウンターが無いのだ。
おそらく、まだ開店してないだけだとは思うのだが、さすがにちょっと不安。
と、どこかで見た記憶のある白人女性が声を掛けてくる。
「あなたもバンコクエアウェイ?」
同じキャピレスでよく見かけたキャピトルに泊まってた人だ。
よくいるバックパッカー。
しばらく、まだカウンター開いてないねぇ、とかこれからバンコク?とか話してて、同じカオサン通り辺り行くんだ、ってな世間話をして時間を潰す。
やがて、思った通りなんの看板も出てなかったカウンターにバンコクエアウェイの係員がやってきて事務所を開く。

ほとんど何のチェックも無しに待合室、そして機内に乗り込むと、先ほどの白人女性がまたもや隣りの席。
待合室で、土産物屋を一緒に覗いたりしたりして冷やかしたりしてて、バンコクでなんだったらタクシーでカオサン通りまで一緒に行く?みたいな話をしてたのだが、まさか席まで並んでるとは思いもしてなくて・・・。
でも、機内でもしばらく他愛の無い世間話をしてると、お互い朝が早かったせいか二人ともうとうとし始める。
ふっと目が覚めるとすでにバンコク。
タッチダウンのとき、プロペラ機というのもあったのだろうが、まったくショックの無い見事な着陸で、半分覚醒してなければ目は覚ましてなかっただろう。
その後、カオサン通りで予定通り二人してタクシーを利用して向かうことにする。
バスもあるみたいだし、そっちの方が安いみたいだ、と地球の歩き方を見ながら話してたのだが、疲れてしんどい、というのが最大の理由でタクシー。(^-^;;;
ただ、市内に入ったくらいで、ちょっとした渋滞に巻き込まれる。
また、タクシーの運ちゃんが、そう乱暴な運転をしないから「正直者は・・・」てな目にあってちぃっとも進まない。
まぁ、言うほど運賃はかからなかったんだけどね。

でもって、カオサン通りに入って、そこで彼女はいわゆるバックパッカーのゲストハウス・・・安宿へ。
そして、最初からつい5日ほど前、来しな泊まったとことおんなじ所に泊まることにしてた私は、ちょいとカオサン通りからは外れたそのホテルへと向かう。
飛行機に乗ったときは、カオサン通りではどこに泊まるのかと聞かれて・・・、ゲストハウスでシェアしないか、という話もあったのだが、泊まろうかと考えてるホテルがあるということと、そこの値段を言ったところ、ちょっと予算をオーバーしてたらしく、カオサン通りに入ったところで別れる。
そして、5日ぶりに戻ってきたカオサン通り近辺は、たかだが5日で変わるわけも無い、と思ったところが、大きな火事があったらしく、新聞などもやってきてるわ警官は街にあふれるわ、で雰囲気が変わってしまっていた。
どうやら食べ物屋か何かの油に火が入ったらく、KEFデパートと呼ばれる辺りがそうとう表からみただけでも奥の方まで丸焼けになっていた。
さて、ホテルで一番ミスったのが、ファン(扇風機)じゃなくて、エアコン(冷房)を選んでしまったことだった。
実は、この日。夕方以降にちょっと激しい夕立が通り、このおかげで気温は下がるわ窓からの夜風が充分に涼しいわで冷房の意味が無かったのだ。

ホテルで一息つくと、今度はまずなにわさておきタイ・マッサージである。
これはまぢでハマる。
さすがにオイル・マッサージは手ぇ・・・もとい足を出さなかったが、これの為だけにタイに来てもいいんじゃないかというくらい気持ちがいい。
そして、マッサージ屋からでると、ちょうど目の前に古本屋。
もちろん、洋書・・・もとい英語の古本屋である。
ふ、と目に入ったのはSFの文字。
こりゃぁ、覗かないわけにゃぁいけん、と寄ったのがもう幸運の神様が降りてきたかのような運の良さ。この旅の最大の収穫を手にする事になるとは誰が気づこうか。
手にしたのは、アン・マキャフリィ。そしてC・S・ルイス。
もうこれだけで、この買い物だけで海外旅行に着た意味があるというもの。
これを買って有頂天になったのか、この後の値切りはもう甘い甘い。
何を買ったかは今日の買い物にリストアップしたから書かないが。
いや、でもホント、まさかタイまできてナルニア国物語とか歌う船とかが手に入るとは思いもよらなかった。
ほかにもごちゃごちゃ買い物してて、気が付くとお金の方が不安になってくる。
とはいえ、もちろん非常用のお金は残して、である。
もっとも、カンボジアで国際電話だからと50ドルのテレホンカードを買って・・・、結局10ドル強ほどしかつかわなかったり、リョースケのメガネが壊れてしまって、新しいメガネ代として50ドルほど貸してたり、と、いらん出費も少なくなかったのだが。。。
まぁ、この辺は失敗にはいるだろう。
でもって、明日も早いし・・・、と寝たのは10時前。
だったら良かった。
結局、0時過ぎまで荷物の最終整理を始めて寝たのは1時前。(><)
明日、帰り日だ、ってぇのに。(^^;

3/23(火)
帰国日である
起きたのは5時過ぎ。
5時半くらいにチェックアウトして、カオサン通りのタクシーに飛び乗る。
バスは前回でこりたし、正規のバスもあんまりよく分からない。
タクシーが高いとは言え、25キロの距離が千円かからないと思えば、安い。
かつ、早い。
乗ると、運ちゃんはちょっとアヤシげなオッサンで、市内を右行ったり左行ったりと一瞬遠回りされてるのかと不安になるが、どうやら実はそれが近道だったらしく、今までで一番早く、かつ安く空港に着けれれてしまった。(^^;
チェックイン・カウンターでは、とんとん拍子に状況が進み、リコンファームもOK。
ところが、隣りの列を見てると、どうやらリコンファームをしてなかったらしい日本人の学生っぽいのが足止めを食らっている。(><)
最終的に40ドルほども損はしたが、カンボジアでテレホンカードを買ってリコンファームの電話を入れてたのは正解だったのだ。

さて、空港使用料を買って、その向こう側に行く前に朝食を食べようと回りを見回してみると・・・、なんと私の目はとんでもない看板を見付けてしまった。
バーガーキング。
かつて、某掲示板で話題になり、関西にはないということでちょっと悔しい思いをしたファーストフード店である。
もう、考える間もなくそちらの方向へと足が向く。
空港内ということで、おそらくは高いのだろうが・・・、値段は99バーツ・・・300円ほどなのだ。
で、一番普通のバリューセットを頼んだのだが。
サイズはそう、テリアのB・Bバーガークラスくらいで野菜はモスクラス。
コーラも、どうやらMorSサイズ(というのも、隣りの白人はLサイズなのかすっげぇデカかった)なのだが、日本でのLサイズクラス。それも、氷で埋まってもいない。
まぁ、難を言えば、ポテトが相当に小さかった。(〜〜;;;
あと、よく海外ではスマイル0円どころか愛想が無い、っていうけどとんでもない。
空港内、ということで教育されてる、ってのもあるだろうけど・・・見事なスマイル0円。(笑)

さて、パスポートコントロールで並んでいると。
日に焼けて髭は伸び放題、短パンにバックパックと、どうやら初心者にもかかわらずそうと見られなかったのか、もしくは初心者とおもってなめてかかってきたのか。
「7:05発の飛行機なんすけど、前・・・先行かさせてもらえませんか」
と、さすがに焦りまくりの茶髪ピアスの兄ちゃんが話し掛けてくる。
時計はすでに7時になろうかと・・・いや、すでになりつつある。
をいをい、まぢですかい。
しかし、私に話し掛けられてもまだ前には4、5人ほど並んでいる。
格好がどうあろうと、こっちも初心者。
「とりあえず、いっちゃん前の人とオフィサーの人に言い。自分の前に入れるんはまぁいいんやけど、後ろの人の事もあるし・・・、それにここに入っても到底間にあわへんやろぉし。」
と、「ハぁ」とか気の抜けた返事をして前の方に去っていく。
すると、それまでまったく視界に入ってなかったのだが、自分の前の人が言い放つ。
「常識が無いね、まったく」
180センチはあろうかという、日本人ビジネスマン・・・もといこいつエグゼクティブだっ。
オーダーメイドの背広はどうみても最高の仕立て。だし、ををっ、このネクタイは・・・。
と、案の定あとでこの人はタイ航空のファーストクラスラウンジに入っていってた。(^^;
さて、なんとか係官に早よ行け、と通してもらっていたあの兄ちゃんは果たして飛行機に間に合ったのだろうか。(笑)
常識非常識というよりも、そっちの方が気になる兄ちゃんだった。

さて、飛行機に乗ったら。
最高の席だった。「46A」は・・・。
ちょうど、非常口のある某コマーシャルでスチュワーデスと向かい合って座れる席。
さすがに非常口は半ドアじゃなかったけどね。(^^;
次からはちょっと高くても、この46Aの席指定の出来るチケットがいいかなぁ。
って、あるのかな?(笑)
また、この帰りの機内で掛かった映画「The Siege」が意外に面白くついつい見入ってしまってた。
46Aの席じゃぁ前のところに14インチくらいの小さな液晶画面があり、そこでしか見れないのが残念で、さらには日本語字幕だったのだが・・・。
この映画、決して派手なアクションがあるわけでもないのだが、テロ問題、人種問題、軍とFBIの対立など、そこに描かれた人間関係が面白く・・・。
昔、深夜映画で見た記憶もあったのだが、結局ソウルに着くまでずっと見てた。(^^)

ソウルに着くと、さすがに短パンは寒いっ。が、今更Gパンに履き替えれるわけが無い。
Gパンの入った鞄は関空に着かないと出てこないのだ。(爆)
まぁ、上着だけは手荷物のバックパックの方に放り込んであったから羽織ることが出来たのだが。
で、ソウルで3時間ほどの待ち。
で、そう大きくない空港の中を見てまわってると・・・。
待合室でレイアースがかかってる。
ふむ、エメロード姫が出てる、ってことは最初の方か、ってぇついついこっちも見てしまう。
でも、暇はそうそう潰れない。
カードのラウンジはないかを探してみるが、無い。

ぶぅらぶらしてるうちに、飛行機に搭乗の時間。
あと数時間後には、日本である。
いよいよ帰国。
乗り込むと、隣りは普通のサラリーマンみたいな・・・、よく新幹線の自由席で開店してるタイプ。
さっきの紳士とは、さすがに比べるわけじゃぁないが、よくいるオヤジ、だ。
乗り込むと早速ビール。
でもって、環状線じゃないんだから、ってマナー。(^^;
まぁ、タイで買った古本に熱中してたから、そう気にはならなかったけど・・・。

で、関空到着。
一歩機外に出て・・・、一言。
寒いっ!(><)
そりゃぁそうだ。ゴムのつっかけに短パン、Tシャツの上からは出国するときに着てたスウェット。
寒くないわけが無い。
関空からはK−CATっていう高速船で帰るのだが、さすがに関空の港(?)で家に電話をかける。
「ごめん、迎えに来て。寒いの。(爆)」

これにて、実際ものすごく順調に行ったタイ〜カンボジア旅行はおしまい。
でも、ホント海外旅行って楽しい。
今まで行ってなかったのがものすごく損した気分。
さぁって、次は夏辺りかな。
どこ行こうかな。

3/25(木)
朝起きたら起きれない。(;_;)
いやはや、毎度のぎっくり腰でした。(^^;
ということで、この後、2週間ほどダウン・・・、もとい寝たきりの生活へと突入いたしました。

 
 
 

 

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