File No.041
ウラベニホテイシメジ
Entoloma crassipes (Imaz. et Toki) Imaz. et Hongo
(ハラタケ目イッポンシメジ科)
きのこの図鑑には、ほとんど専門書といっていいものにまで、たいていの場合、「食」とか「毒」とか記されている。
そんなせいもあって、きのこの食・毒は科学的な知見であるように思われがちだが、ほんとうのところは、
その区別はかなりあいまいなところがある。
何種類かの猛毒きのこや、栽培などもされて、広く食用にされている何種類かのきのこを除けば、
たとえ図鑑に「食」と書いてあっても中毒する場合もあるし、逆に、図鑑に「毒」と書いてあっても、平気で食用にしている
人や地域があったりもする。
あるきのこが「食」か「毒」かというのは、実は、食習慣とか食文化とかの、民俗学的な概念に近いようにすら思えるのである。
同じことは個人のレベルでも言える。
たとえ、そのきのこの同定に自信があっても、人により、食べることにしているきのこと、
食べないことにしているきのことがある。
たとえば、私の知っている、きのこにたいへん詳しいある人は、白いきのこは決して食べない。
ドクツルタケを連想してしまうからだそうである。
この人の知識と眼力から言って、ドクツルタケを見間違うことは万が一にもありえないように思われるのだが、
それがこの人のきのこに関する「食」という面での嗜みというものなのかもしれない。
私の場合、「嗜み」や「文化」が完成されるまでには、まだまだほど遠いのであるが、
それに近い理由で今まで食べたことのなかったきのこが、ウラベニホテイシメジであった。
といっても、このきのこは、けっして「キワモノ」の類ではない。
北関東一帯を中心にたいへん好まれているきのこで、安全な食用きのこのひとつである。
ところが、いろいろな図鑑に、たいへん紛らわしいきのことして、クサウラベニタケという毒きのこが挙げられている。
ウラベニホテイシメジとクサウラベニタケは、初めての人が一度聞いたくらいでは「どっちがどっちだっけ?」というくらい
名前もなんとなく似ているし、分類上もきわめて近縁のきのこであるため、
どうかすると相当にきのこに詳しい人でも判定に苦しむくらい、見た目も似ている。
それでも、数を見ていると、傘の表面の特徴や、傘と柄の太さのバランスなどに明らかな違いのあることがつかめてきて、
典型的な個体どうしなら区別がつくと、自分では思っていた。
しかし、名前がわかるということと、実際に食べるというのとでは、やはり別の種類の勇気が必要なものである。
もしも間違えたらという心配と、「味は多少苦く、うま味に欠ける」という評判から、
敢えて危険を冒す必要もないと今まで思っていたのだが、今年、ついに手を出してみた。
いわゆる一線を越えたというやつである。
評判のとおり、味はかなり苦い。
しかし、ニガイグチを誤って食べたときのような、とげのある苦さではない。
ほのかに甘味を伴い、不快感がない。丸みのある苦さとでも言おうか。
そしてその苦味を帳消しにして余りあるのが、柄の歯切れのよさである。
このしゃきしゃき感は何ものにも代えがたく、北関東の人が夢中になるのも納得がいく。
すっかりファンになってしまい、今後は「食べることにするきのこ」として扱うことにした。
というわけで、いつの日かクサウラベニタケ中毒をしてしまうかもしれません。
そのときは、「きのこファイル」にクサウラベニタケを紹介することになるのかな。
[データ]
採集日:2000年10月14日
発生地:兵庫県一宮町