神道研究の秘境化からグローバル化へ

主催：神道国際学会

時間：2000年11月11〜12日

場所：東京国際会議場

　私の勤務する中国浙江大学日本文化研究所は、神道国際学会のご協力により、中国初めての「神道と日本文化」と銘打った特別講座を大学院に設置しており、神道に関連する博士論文と修士論文を指導しながら、中国における神道研究のネットワークを構築しようと努力している。

　ところがそれ以来、国内外の関係者から「なぜ神道に手をつけるのか。学術研究所のイメージダウンにつながるのではないか」といった疑問や心配の声がしばしば寄せられてくる。そのつどに「うちは日本文化研究所だから」と答えるようにしているが、さらに突っ込んで追求されると、次のような回答もあらかじめ用意してある。

　「神道は、わかりやすく言えば、中国における道教と類似したもので、約二千年にわたってその国の文化の基層を培い、その国民の精神世界を築いてきた。したがって、神道を抜きにしては日本文化は語れない。言い換えれば、日本文化を窮めていけば、いつかは必ず神道に辿りつくだろう」と。

　しかしそれにしても、神道に手をつけることは、誤解を招きやすいのが事実である。日本国内にあってもは右翼のレッテルを貼られない保証はなく、ましてや外国の研究者にとっては、相当の勇気と覚悟とが必要となるだろう。それには、ふたつの理由があると思う。

　ひとつは、神社関係者（神道研究者の多くは神社関係者）が、神道を日本の国粋として神秘的なベールを覆わせ、外部（ましてや外国）からの視線を遮断して、人為的に秘境化してしまう傾向である。今ひとつは、外国なかでもアジア諸国の研究者は百年足らずの国家神道を敬遠して、それが約二千年の神道文化のすべてなのだと思い込む誤解である。

　このように、二重の壁に阻まれる外国の研究者は、神道に手をつけようとしても手のつけようがない、というのが現実ではないか。したがって、多くの日本文化の研究者は、日本文化の表層に足止めし、閉ざされた秘境のまわりをうろつきながら、諦めるか嘆くしかなかった。

　大学院生時代の恩師で、私を学問の世界に導いてくださった石田一良博士は、『カミと日本文化』などの著書を著わし、神道研究に斬新な視点を提示されているが、なぜか神道の「神」をカタカナで表記することにこだわっておられる。

　中国の道教にまつられる「神」、あるいは西洋から伝わってきたキリスト教の「神」と区別して、日本独自の「神」を強調するためにわざわざカタカナ表記にしたのか、それとも国家神道のように為政者の手で冒涜された「神」のイメージを嫌って、記紀神話に登場されている神々を本来のすがすがしい姿に戻すためにあえて慣用表記を切り捨てたのか、本人に伺わないと何ともいえないが、両方の思いをこめた独自な表記だったかもしれない。

　石田博士の説を私なりに解釈すれば、神道の原型は弥生時代の水稲農耕と村共同体の発達とともに発生し、氏族国家の形成にともなって整えられ、さらに仏教・道教・儒教・キリスト教などの思想教義を吸収しながら、日本風土に根ざした伝統文化としての基礎を固め、外来文明の受け皿としての活力を示し、内実・形式（形と心）ともに飛躍的に成熟さを増してきたという。

　このような石田博士の講義を拝聴し、かつ『古事記』『日本書紀』『風土記』『万葉集』などを読んでいるうちに、私は日本の素朴で、無邪気で、勇ましく、可愛らしい神々のかずかずと出会い、中国の古代神話あるいは古代ギリシア神話を読むときとまったく同じ快感と享楽を覚えたことがあった。

　仏も神ならば、世界の主要民族は「神の国」と言わずに何らかの神を敬っている。神々はわれらの心に宿れば、過去に築いてきた伝統文化に誇りを持たせ、未来に対する美しい夢を与えてくれる。それが野望や私欲を満たすために悪用されると、暴れる鬼に変身してしまうこともある。

　日本には外国の神様を祭る寺院、道観、教会、モスクがたくさんあるのに、日本の神々は外国から恐れられ、かつて海外にあった神社もほとんど跡形もなく取り壊され、それらと関連する神道さえも敬遠されるはめになったのは、なぜなのか考えさせられる。

考えてみれば、ここ百年来、日本の神々はその時その時の為政者らに不当に酷使され、手足は汚され、顔には泥を塗られて、本来のすがすがしい姿が見えなくなったような気がしてならない。

　神道への敬遠が、日本文化そのものの研究に大きな支障を来たしていることを、このごろ痛感するようになった。

一昨年、梅田善美理事長は、中国の学会で「遣唐使と神々」の研究論文を発表された。そのとき「高野大師行状絵」という空海渡海中の様子を描いた一枚の図版を使った。よく見ると、おっしゃる通り、なんと遣唐使船の舳先に立派な鳥居が立てられていたのだ。これまでにも、この図を何度か目にしていたのに、なぜ気がつかなかったのか、やはり先入観がわが目をそこへ向けさせなかったのだろう。

その後、さっそく関連史料を調べると、遣唐使が任命されると朝廷は主要な寺院や神社に使者を使わして幣を奉り、船がいよいよ出発する際には大使らが住吉神社などを参拝して航海の安全を祈り、使節団のメンバーには決まって主神（神主）が加わり、在唐中は日本の神々を中国の役人に並べ立て、帰国してからは円仁のように加護してくれた神社を歩き回り、そこに鎮座している祭神のために『金剛般若経』を５００巻、１０００巻と転読する。

航海中、神主がどのような神事を執り行ったか不明だが、時代がくだって、室町時代の遣明船の史料は残されている。それは「船中祈祷懺法回向」というもので、念仏読経の利益は仏様、乗組員とともに、以下の神々に回されるという。

「日本国伊勢大神宮、神功皇后、八幡大菩薩、北辰妙見大菩薩、稲荷大明神、春日大明神、賀茂下上大明神、日吉山王、祇園牛頭天王、北野天満大自在天神、諏訪上下大明神、厳島大明神、住吉大明神、鹿島大明神、熊野三所大権現」など、昔の人々も能率を重んじ、よろずの神々を一々挙げると、きりがないから、最後には「総日本国内六十六州諸大権現諸大明神」で締めくくっている。

このように、文化交流の主役たちは神道と深くかかわっているにもかかわらず、従来はこの部分だけはほとんど無視されてきた。われわれは遣隋使と遣唐使時代を扱った論文目録をつくった。中国人による論文は５００点を超えているが、神道を扱ったのは皆無である。日本の学界をみても大同小異で、さきほど紹介した梅田氏の論文が日本の学術雑誌に掲載されたことは、このあたりの事情を物語る。

　以上の一例でお分かりになるように、今や神道研究は、日本文化を理解しようとする外国の人々にとって必要であるだけでなく、伝統文化に誇りを持とうとする日本人自身にとっても重要だと思う。そのために、われわれは何かをしなければならない。

人類が二十一世紀にむけて邁進している現在、世界は確実にグローバル化しつつある。ＥＵ統合の動きに象徴されるように、経済・政治にひきつづいて、伝統的な「文化」の国境も、もはや模糊としてきている。この意味で、神道研究は、日本の国際化のみならず、世界の日本認識にとっても大切なのである。

　今こそ日本側は、秘境の扉を開き、果敢として外部の視線を受け入れる時機である。われわれにも国家神道の壁を破って秘境の探検に、好奇心と勇気とが満ちあふれている。

　要するに、神道研究は、世界にとって日本文化の原風景に接することで大切であり、と同時に日本にとっては外側から映し出されるもうひとつの日本に接することでも大切であろう。