王　勇

一、「四大奇書」

 「四大奇書とは何か」。こんな問題が大学受験に出てきたら、正解率はおそらく高くないだろう。日本の受験生なら当然のことかもしれないが、ここでは中国の受験生を想定している。

『三国志』、『水滸伝』、『西遊記』……。ここまでは中国の高校生ぐらいなら、すらすらと並べ立てられるが、四番目となると解答が十人十色になってしまう。もし『紅楼夢』でも思い出せれば、褒めてあげたくなるが、正解は『金瓶梅』だった。

中国の文学史上、「奇書」と呼ばれるものは、そう多くはない。非日常的な事件、超人的な主人公、意表をつく展開といったような諸要素をそなえていなければ、その名に値しない。『三国志』の描く天下取りの裏舞台、『水滸伝』の語る無法地帯の梁山泊、『西遊記』の誘う天竺行きの幻想世界、『金瓶梅』から覗くエロチックな閨房秘事、いずれも非凡な想像力によって構築された、奇人異士らの活躍する異空間である。

また「奇書」の言葉には、為政者から異端視される書物という意味合いがふくまれている。『三国志』は魏を正統とする歴史観をくつがえし、蜀の劉備らを主役に仕立てる。『水滸伝』は宋王朝に反旗をひるがえし、暴れまくった「ならず者」たちを義賊として褒め称える。『西遊記』は反骨精神をつらぬく孫悟空らをして、ひたすら戒律と秩序を守ろうとする無力な高僧を救済させる。『金瓶梅』は性愛の秘境にスポットをあて、男女の絡みあうシーンを公然と人目にさらす。

このような書物は、庶民から喝采をあびるのは当たり前であるが、封建社会の基盤を揺さぶる危険があり、支配層から恐れられ、しばしば発禁処分を受ける。『金瓶梅』の場合は、今なお禁書扱いのまま、高校生の目にふれることはまずない。これが正解率の低い原因と考えられよう。

二、白話小説

　四大奇書が、元明時代のころ、相次いで呱々の声をあげるのは、中国の文学史または文化史において、まさしく画期的な事件である。

華やかな文化遺産を背負ってきた中国の文人は、必須の教養として、文章は「唐宋八大家」を手本としていた。しかし、元明時代になると､都市の発達と商品経済の活発化にともなって、町人層がめざましく成長しつつあった。かれらの理念や欲望、そして嗜好や趣味は、既成の価値観に疑問を投げかけ、文化創造に新風を吹きこんだのである。

文学の領域においては、雅文体小説（文言小説）に対して､俗語体小説（白話小説）が芽生えてくる。それは十二世紀より以後、講釈師の講史や説話などの話本（台本）、または雑劇などの口承文学に端を発し、さらにことばを砕いて、言文一致に近い読み物に発展させた。

白話小説は、十六世紀ごろの明代中期に入って、羅貫中、施耐庵、呉承恩、蘭陵笑笑生ら異色の文人が輩出し、その最盛期を迎えはじめ、長編小説の四大奇書に結実したのである。また馮夢龍や凌濛初らは、民間でささやかれている巷説、怪談、情話などをネタにして、浮世の諸相を反映した短編小説をつくった。『喩世明言』など「三言二拍」と総称されるものが代表作である。

四大奇書を創作する文人は、庶民の趣味に合わせる反面、朝廷の弾圧を忌憚して、ほとんど名前を伏せていた。成書の時期もあまり明らかではないが､現存する古い諸本は、いずれも明代の刊本である。そのころ、営利を目的とする量産の坊刻本は、読者層の拡大をねらって文字テキストに多くの挿絵を刷りこませ、白話小説の流行に拍車をかけた。

三、中日の異同

　中国のお茶といえば、日本ではウーロン茶に決まっているようだが、「お茶依存症」と冷やかされる私は、十八年前の初訪日時にウーロン茶の存在をはじめて知った。中国では北は紅茶、南は緑茶というのが定番で、ウーロン茶を飲むのは福建など一部の地域に限られる。「所変われば品変わる」とは、こういうことかと唖然とした覚えがある。

これと同じくらいのショックを受けたのは、日本人の熱狂的な『三国志』ブームであり、『水滸伝』や『西遊記』への冷遇である。不思議に思い、不平にも思った。個人的な体験からいうと、少年期にアニメーション気分で『西遊記』にのめりこみ、青年期に正義感たっぷりと『水滸伝』に魅了され､成人して『三国志』を読むと、天下争覇の謀略や歴史に翻弄される人間の運命などがやっとわかった。

もし中国で青少年を対象に、四大奇書の人気アンケートを行なえば､『金瓶梅』は未知数だが、『三国志』が『水滸伝』と『西遊記』を凌駕することはないと予測される。とくに、『水滸伝』に登場する百八名の錚々たる豪傑は、われわれが求める美徳とわれわれが嫌う悪癖とを持ち合わせている。これらの人物は、庶民の世界でただ一度も風化したことはなく、われわれをとりまく義理と人情の俗世に生きつづけている。

四大奇書のどれに執着するかは、読者の志向と趣味とによって決まる。天下を取る志があれば『三国志』、ＳＦ世界を体験したければ『西遊記』、エロチックな秘境を覗く気になれば『金瓶梅』を、それぞれお勧めする。

もし、あなたがただ普通の人間として、世の中を生きる智恵と勇気を獲得し、世渡りの喜怒哀楽を知ろうと思うのなら、とりあえず『水滸伝』の扉を開いてみよう。