梁山泊の人間関係

王　勇

一、江湖という世界

 　英訳『水滸伝』のなかで評価の高いのは、シドニー・シャピロ氏の『Outlaws of the Marsh』で、つまり「水辺の無法者たち」である。この書名にも示されているように、梁山泊には烏合の衆ばかりが暗躍する「無法地帯」というイメージがつきまとう。

異星から天下った天�奘星三十六と地�幅星七十二は、たしかに奇矯な行動で現世の法律と相容れない異端者がほとんでである。しかし、これら一〇八名の豪傑たちは、たんなる社会秩序の破壊者ではなく、理想的な世界の創造者とも見なされている。

中国古来の世界観によれば、宇宙は神々の鎮座する天上界と天子の君臨する地上界とに二分される。地上界からはみ出した者は、昇天して鬼神となるごく少数の者をのぞけば、天子の支配が及びにくい江河湖海に活路を求めるほか仕方ない。

現実の社会と隣り合わせの「江湖」は、人びとが鬱憤を晴らし、欲望を満たし、理想を馳せる仮想空間として、白話小説などによって彩られる。それは、今は盛りの武侠小説にも通じる中国俗文学を発生させる刺激源でもある。

江湖という世界は、天上界と地上界との中間にあって、現世の法律に縛られぬ奇人異士らが神業を演出する一方、人間社会の悪勢力と対抗するための仮舞台にもなる。水滸にある梁山泊は、まさしくこうした江湖の世界であり、破壊と創造とを兼ね合わせる勢力の大本営である。

水滸豪傑のめざす究極の目標は「替天行道、忠義双全」のモットーに示されているように人間界の浄化にあり、したがってその組織と人間関係はおのずと現世の理念に左右される。つまり、無法地帯にも整然たる秩序が存在しているのである。

 二、梁山泊の組織

 　宋江を首領とする梁山泊は、周囲を水寨に守られ、馬・歩・水の三軍を持ち、まさしく組織立った小国家なのである。ある程度の豪傑たちが仲間になると、そのたびに席次の再配列が行なわれ、最終的に一〇八名が勢ぞろいした時点で、梁山泊の組織化はようやく完成される。

　その組織は、大きく天�奘星と地�幅星の二大グループに分けられる。天�奘星三十六名が地�幅星七十二名より上位にあることは、言うまでもない。さらに構成員の内訳をみると、総首領・軍事参謀・財務担当といった最高幹部八名、三軍の指揮官ら六十四名、雑務担当の三十六名からなっている。

　一〇八名はおおざっぱにいえば、全員が戦闘要員であるが、梁山泊をスムーズに運営するために、書道の蕭譲、算盤名人の蒋敬、医者の安道全、彫刻の金大堅、土木工事の陶宗旺、裁縫の侯健といった専門技術者もかなり揃っている。ただし、これら非戦闘要員はすべて地�幅星の系列に属し、梁山泊の軍事国家的性格をあらわにしている。

　席次の順位は、おおよそ武術と功績とによって決められるが、その他の要素も無視できない。たとえば、三軍のうち、馬軍は歩軍より重んじられ、歩将は水将より優遇される。天�奘星の上位を占める将軍、たとえば関勝・林冲・秦明・呼延灼・花栄・朱仝・魯智深・武松らは、いずれも官軍から寝がえって梁山泊の主力となったのである。

　このようにみてくると、梁山泊は多少なりとも現世の秩序と人間の秩序を備えており、ならず者の烏合する「無法地帯」とは断言できない。 

三、ヒロインの不遇

 　『水滸伝』の完本は宋江らが朝廷に帰順して、江湖から社会に復帰することを結末としている．社会組織への復帰ができるのは、梁山泊と現実の社会とがまったく異質な世界ではないことを物語ってくれる。

　それは宋江の絶えず唱える「忠君」の思想に由来するが、水滸英雄の人間関係にも伏線が埋められている。つまり、儒教思想による兄弟と夫婦の主従関係は、そのまま席次の順位に反映されている。

　兄弟の例をみると、解珍と解宝、孔明と孔亮、童威と童猛、朱貴と朱富、張横と張順、蔡福と蔡慶といった兄弟同士は、武術の巧拙とは関係なく、きまって兄が弟の前にランクされる。

　兄弟の武芸は多く伯仲の間にあるとすれば、『水滸伝』に登場するヒロインは三人とも、腕力では旦那を圧倒しているにもかかわらず、順位を夫に先行されている。これは「男尊女卑」といわざるをえない。

　「母大虫」の顧大嫂と「小尉遅」の孫新、「母夜叉」の孫二娘と「菜園子」の張青、夫婦の力関係と個人技の優劣は、あだ名によっても一目瞭然だが、組織内の配列では孫新と張青が優位である。

　もっとも不遇だったのは扈三娘である。「一丈青」とは、長身からつけられたあだ名で、その容貌は「白肌は玉と雪に勝り、容姿は芙蓉のごとし」と描かれている。かたや旦那の王英は「矮脚虎」とあだ名され、背丈が妻に及ばないばかりか、武術も遥か風下に甘んじる。

なにしろ祝家荘を攻める際、扈三娘の美貌に人目ぼれした王英は、ただの数往来で、扈三娘に軽々と馬から抓みあげられて捕虜となったのである。

梁山一流の林冲に負けて梁山に帰順した扈三娘は、武芸においては天�奘星の上位とも拮抗できるが、夫が地�幅星の二十二位であるため、その次の二十三位に降ろされる。

このように、梁山泊の人間関係は「長幼有序」「夫唱婦和」といった儒教倫理を反映しており、朝廷への帰順という結末を暗示し、たんなる盗賊物語とは一線を画すところである。