祐一が名雪を人質に警察に要求を突き付けていた時。
「あらあら」
その場にそぐわないのんきな声を上げる人が野次馬の中にいた。
「あれは名雪と……祐一さん?」
秋子さんだった。しかし、名雪といい、秋子さんといい何故顔を隠した祐一を一発で見抜くのだろうか?
「……つかぬことをお伺いしますが……あの犯人をご存知なのですか?」
秋子さんに声をかけたのは事件現場周辺を警護していた警官だった。
「ええ、まあ」
「本当ですか! 少し、こちらへ来てもらえませんか? お話をお伺いしたいのですが……」
「ええ、いいですよ」
秋子さんはそのまま銀行前の仮対策部へと案内されて行った…
Kanon After Story
暴走の果て… 第2話
作:御巫吉良(KIRA・MIKANAGI)
銀行内へ戻ると、祐一は急ぎドアを閉めた。緊張していたのか、息が荒い。
「お疲れさまです」
栞が声をかける。
「ふう……生きた心地がしなかったぜ…」
「ねこー、ひっく、ねこー、ひっく」
「おっと、もういいんだった」
祐一は名雪の頭から猫――ピロシキを取り上げた。
「あ〜、ねこー、ねこー」
祐一からピロシキを取り戻そうとする名雪。
「だああ、さっきまで散々触っただろう。それに猫アレルギーなんだからもうよせ!」
「う〜、ねこー……」
悲しそうに祐一の手にあるピロシキを見つめる名雪。
「終わったわよ〜」
真琴とあゆが祐一たちの前に大きく膨れ上がった袋をドサっと置いた。
「いくら入ってるのですか?」栞がたずねる。
「さあ…確か1億円以上はあると思うよ」
あゆが自信なさそうに言った。
「そう。それじゃあ、後は警察の動きを警戒しつつ、要求の車が来るのを待つだけですね…」
『あー、あー、犯人に告ぐ。君たちは完全に包囲されている。すみやかに…』
スピーカで警察の声が聞こえてくるが、まったく無視しようとした…ところが。
『こちらに君たちの身内の方に来ていただいた。その言葉を聞いてもらいたい』
俺と栞は顔を見合わせた。
『もしもし、聞こえますか?』
「この声…秋子さんか!」「あ、お母さんだ」
俺と名雪が同時に声を挙げた。
そっとドアかろ外を見ると、確かに秋子さんの姿が見えた。
身内の説得か。よくある手ではあるが、これが意外に効果的……
『了承』
は?
『帰りが遅くなるようだったら電話してね』
秋子さんはそれだけ言うと、呆然としている警官にマイクを返して、ご丁寧に一礼してからそのまま去っていった。
り、了承って…
「理解ある方ですね」栞が言った。
いや、そういうレベルの問題ではないような……
ポコ。
ん? なんだ?
頭に何か当たったような気がして周りを見る。
背後の床にこの銀行のぬいぐるみのマスコット人形が落ちている。お客に配っている物だろう。
飛んできたとおぼしき方向には…腕に人形を山ほど抱えた真琴がいた。
「…何やってんだ? お前?」
「えーい!」掛け声と共に再び人形を俺に投げつける真琴。
ポコ。
再び俺の胸に当たり落ちる人形。
「えい! えい! えーい!」
立て続けに人形を投げ続ける真琴。
「お前……ひょっとして、攻撃してるのか?」
「あうー」泣きそうな顔で無念そうに唸る真琴。
いくらぬいぐるみをぶつけられても痛くも痒くもない。
遂に人形を投げ尽くした真琴は両手を振り回しながら突っ込んでくる。
「ほい」左手を伸ばして走り寄る真琴の頭に乗せる。
「あうーーー!」ジタバタと両手を動かすが、リーチの差でまったく届かない。
しばらく暴れ続けた真琴だが、1分ほどで息を切らしてへたり込む。
「はいはい、大人しくしててくれよな」
「あうーー」
真琴を引きずって名雪とあゆの所へ連れて行く俺。
「ねえ…祐一くん、こんな事、やめようよ……」
真琴を引きずって来た俺にあゆが声を掛ける。
「今なら…」
「間に合わないだろうな。警察も来てるし」
「うぐぅ…で、でも僕たちが弁護すれば……」
「行員の人たちは弁護してくれないだろうな」
「うぐぅ…僕の話を最後まで聞いてよ〜」
ことごとく論破されたあゆが涙ぐんで抗議する。やっぱりコイツはからかうと面白い。
「…祐一さん。車が来たようです」
栞がドアの隙間から外をうかがいながら言った。
「よし、それじゃあ、行くか…あ、金は俺が持つんだろ?」
「いえ、人質に運んでもらいましょう」
「「えー!」」
真琴とあゆが声を上げる。
「ここで人質を解放したら私たちは逃げられません。最低でも飛行機に乗り込むまではついて来てもらわないと…」
「あうー」「うぐぅ…」ため息をつく二人。
名雪は…やっぱり状況がわかってないのか、ボーっとしていた……
「さあ、早く!」
栞に急かされるままに車に乗り込む俺たち……え? ちょっと待てよ?
「……栞、誰が運転するんだ?」
「もちろん、祐一さんです」
「でええ! 俺は運転なんかしたことねえぞ!」
「あははー。それなら心配ありませんよー」
こ、この明るい声は……
驚いて運転席を見ると……ニコニコと笑顔の少女がこちらに振り向いていた。
「さ、佐祐理さん……いつの間に……それに、どうしてここへ?」
「あはははー。祐一さんが困ってると思ったので、お手伝いに来ましたー」
「……どこで知ったんだ?」
「TVですよー。もう全国ネットで生中継されてますよー」
「ぐはあ……」
ガックリとうなだれる俺。
ああ、もう俺には普通の生活は戻ってこないのか……?
「△×空港までお願いします」
相も変わらず冷静な声で佐祐理さんに指示を出す栞。
「はいはーい。出発しんこー♪」
著しく緊張感に欠ける声を上げてサイドレバーを外してアクセルを踏み込む佐祐理。
グォォォォォンン!!
「うおぉ!」「きゃあ!」「うぐぅ!」「あうー!」
あまりの急発進に俺たちは悲鳴を上げる。
「さ、佐祐理さん! 免許持ってるの!?」
「持ってますよー。F1だって乗れる免許ですよー」
「な、何だってそんなモノ持ってるんだよ!」
「お父様が『これぐらいは良家の人間の嗜み』と言われたので取っておいたんですー」
か、金持ちってのはわからん……
「わーー! ぶつかるよ、ぶつかるよーーー!!」
あゆが焦った声を上げて前方を指差す。つられて前を見ると突き当たりにビルが目の前に見えた。
車の速度はすでに100キロを軽く超えている!
「わーー、佐祐理さん! ブレーキ、ブレーキ!!」
いつもと変わらぬニコニコ顔のまま佐祐理さんはアクセルを踏んだまま、左手でサイドブレーキを引き上げ、ハンドルを左に切った!
ギュギュギュギュギューーーー!!
「うおぉ!」「きゃあ!」「うぐぅ!」「あうー!」
凄まじい音をと共に車体が浮き上がりながら弧を描くように左折する車。
ズダン!
辛うじて横転を免れて、着地する車。
「さあー、これから飛ばしますよー」
「「「「やめてくれーーーー!!」」」」
悲鳴を上げる俺たちをよそに、栞は冷静にシートベルトを締めた……
や、やっと着いた……△×空港。
時間にしてわずか30分。通常なら2時間は掛かるはずの道程をだ。
「生きてるって、素晴らしい……」
「呆けてる暇はありませんよ」
栞は目を回して気絶している3人を揺り起こしていた。
「どの飛行機でしょうか?」
「あの飛行機ですよー」
空港の滑走路に入ってさすがに減速した車を運転しながら佐祐理さんが指差す。
それは10〜20人乗り位の小型の飛行機だった。
「え? なんで佐祐理さんが知ってるの?」
「あれは倉田家の自家用機ですから」
「んな! な、何で佐祐理さんの家の飛行機なんですか!」
「せっかくですからご一緒しようと思って警察幹部の方にお願いしたんですよー」
佐祐理さんの人脈っていったい……
「パイロットは搭乗しているのですか…?」
栞が佐祐理さんに訊ねる。さすがに俺に飛行機を操縦しろとは言わないか……
「あははー。佐祐理がしますよー」
「……それも『良家の人間の嗜み』ですか?」
「ふぇー、よくわかりましたね、祐一さん」
「……だんだん慣れてきたよ、こういう展開に……」
車を飛行機のタラップ前に横付けて、俺が先頭に立って搭乗口へと駆け上がった。
そのまま飛行機に乗り込んだその時……
ビュゥゥゥン!!
「どわぁぁぁぁぁ!!」
俺に向かって唸りを上げて振り下ろされた『何か』を俺は反射的に避けた。
「……」
振り下ろされたのは剣だった。こんな物を振り回す奴と言ったら……
「おい、舞! いきなり何するんだよ!」
「……私は『魔』を討つ者だから……」
「って、俺は『魔』か!」
「……覚悟」
「あははー、舞。それ位にしておきましょー」
後ろからやって来た佐祐理さんが笑顔で声を掛けてくれた。
「祐一さんも十分驚いたと思いますし……」
「なぬ?……今のは演技だったのか?」
どう見ても本気で斬りかかってきたと思ったが……
「祐一さん、舞は拗ねてるんですよ」
「はあ?」
「祐一さんがこんな大それた事をするのに声をかけてくれなかったからですよー。舞ってばー」
ポカポカポカポカ
「キャア、キャア♪」
顔を真っ赤にして佐祐理さんに連続チョップを放つ舞とはしゃぎながら逃げ回る佐祐理さん。
……俺だって好きでこんな事してるわけじゃないんだけど……
「どいて、どいて〜」
「おわ!」
脱力していた俺を後ろから名雪が突き飛ばした。
床に転んだままで後ろを振り向くと危なっかしい体勢で荷物を持った名雪、あゆ、真琴の3人が乗り込むところだった。
「さて、急ぎ出発しましょう」
栞が搭乗口を閉めながら言った。
「佐祐理さん……ですね? 操縦をお願いします」
「あははー。はーい」
舞に追いかけられながらそのまま操縦席に向かう佐祐理さん。
……まさか飛行機の操縦はアクロバット飛行なんて事はないだろうな?
「あのー、すいませーん。皆さんでこちらに来て頂けませんかー?」
操縦席の方から佐祐理さんの声がする。
俺たちは全員で操縦席に向かった。
「あ、祐一さん。通信が入っているんですけどー」
「通信?」
「回線、開きますか?」
「……そうだな、聞くだけ聞いてみようか」
佐祐理さんがスイッチを入れる。
『栞! 聞いてるの!!』
いきなりの怒鳴り声。
「お姉ちゃん?」「あ、香里の声だ」
栞と名雪が同時に声を上げる。俺にもわかった。栞の姉で同級生の香里の声だ。
「はい、こちら栞です」
「栞ね!? こんなバカな真似、即刻やめなさい!」
おお、やっとまともな展開だ。
そんな馬鹿げた事を考えながら俺は美坂姉妹の通信を聞いていた。
「そういうわけにはいきません。私も自分の命が掛かっています。手術を……」
「……よ」
「え? 聞こえないんですけど?」
「あのね……手術代の一億円って言うのはあたしの冗談なのよ!」
…………
「「「「「「「は?」」」」」」」
香里の咳払いの音がしてから、
「だ・か・ら。手術できるのは本当だけど、代金はホンの冗談だったって言ってるのよ!」
「な、なんだと〜〜!!」
思わず俺が声を荒げた。
「おい、香里! 何でそんな性質の悪いジョークを言ったんだ!」
「あたしもすぐに冗談だって、言うつもりだったのよ! それなのにたまたま名雪から電話が掛かってきて話をしているうちに栞は外出しちゃったのよ!!」
な、なんちゅうオチなんだ〜〜!!
「栞……今なら貴方はまだ警察にも知られていないわ。すぐに帰ってらっしゃい」
「……はい。わかりました」
プツッと軽い音がして通信が途切れた。
栞が一つため息をつく。そしてゆっくりと俺の方に振り向く。
そのまま俺の瞳をしっかりと見つめる。
「祐一さん……」
「断る」
「まだ何も言ってませんよ」
「言わんとしてることはわかる!」
「……自首してくれますよね……」
「ちょっと待て!」
「何でもするって言ったのに…」
栞がゆっくりと俺に近付いてくる。
俺はその視線から逃れられないまま後ずさる。
「そんな事…」
また一歩下がる。
「言う人…」
更に一歩。
「きら……」
更に一歩下がった時……踏みしめる床がなかった。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
落下する俺。遠ざかっていく栞を見つめながら俺は落下していく……
ドサッ!
「え……?」
飛行機から落ちた俺。
周りを見回す……ここは……
「……俺の部屋?」
身体を見回す。パジャマ姿。怪我はない。
ま、まさか……
「ゆ、夢オチかぁぁぁぁ!!」
思わずその場で大声を上げてしまう俺。
……そーだよなあ。あの栞があんな真似するわけないよな……
「祐一、起きてる〜?」
ドアの向こう側から名雪の声が聞こえる。
「ああ、今起きたぞ」
「それじゃあ、すぐに下へ降りてきてよ。お客さんだよ」
「え? 俺にか?」
「うん。大分待ってもらってるから早くしてね」
そのまま階段を降りていく音。
誰だろう……?
急いで普段着に着替えると俺は下へと降りていった。
「祐一さんっ!」
リビングに顔を出すなりその客は俺に駆け寄ってきた。
「し、栞!?」
思わずたじろぐ俺。まだ夢の事を引きずっているのかもしれない。
「ど、どうしたんだ、今日は?」
「祐一さん、聞いてください!」
珍しく興奮したような声で栞が言った。
どこかで見たようなシチュエーション……
「わたしの病気、手術で治るんです!」
栞が嬉しそうに俺に言った。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は脱兎のごとくその場を逃げ出した……
おわり(第一話に戻る?)
あとがき
ここまで読んで頂いてありがとうございます。御巫吉良です。
こんなしょーもないSSに第一話から一ヶ月以上空いてしまって申し訳ありません。
やっぱり思いつきで書くものではないですね……苦労しました。
最後はあまりにベタなEDですいません……こういうSSは勢いで書いてしまわないと駄目だとよーくわかりました……
よければ掲示板、メールか、感想用フォームで感想をよろしくお願いします。
次回はもう少し頑張ります。リクを受けてるのトゥハートか、メルティのSSのどちらかになると思います。
それではまた読んで頂けるよう努力致します。それでは……
99/9/4作成