日刊Piaキャロ

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21日目

「愚かな・・・勝てた勝負を一瞬の油断から逸しましたね。相手をあなどり不覚をとるなんて・・・」

 早苗は怒りを堪えて呟いた。

「えっと・・・さっさと止めを刺せ、と言ったのは早苗さんじゃ・・・」

 
ドガッ!

「ぐえぇぇぇ・・・」

 珍しく的確なツッコミをした真士だったが、タイミングだけがまずかった。

「しかも〜、じゅんじゅんは向こうの味方になっちゃうし〜。どーする、早苗さん?」
「・・・潤さんの勝負は終わったのです。好きにさせましょう・・・負け犬に用は無いですからね」

 つかさの疑問に、早苗は冷酷なを返答をした。

「引き分けですし・・・勝負をこれからです」
「オー! ガンバろ〜♪」

 負のオーラを立ち昇らせる早苗と、どこまでも明るい・・・というより楽観的なつかさだったが、目指すべき目標だけは同じだった・・・

「さあ、進みましょう。『驚羅大四凶殺』二の凶へと案内します」

 春恵さんの呼びかけに従って一同は再び、富士山麓を登り始めた。



「ベタベタ〜」
「ベタベタベタ〜」
「あ、あのー・・・二人共、お願いだから俺の腕、離して・・・くれない、かな?」

 右腕を美奈、左腕を潤にガッチリと握られた耕治は冷や汗をかきながら遠慮がちに言った。

「美奈、お兄ちゃんと離れるなんて嫌ですぅ・・・」
「ボ、ボクは耕治の観察中だもん!」

 二人共、離す気は無いらしい。

「くすん・・・お兄ちゃん、美奈の事嫌いなんですかぁ?」
「・・・耕治、ボクの事、邪魔?」

 計ったように涙目で見つめる二人に耕治は慌てる。

「え、あ、い、いえ! べ、別に迷惑ってわけじゃ・・・」
「わーい! 嬉しいですぅ♪ ベタベタ〜」
「ありがとう、耕治♪ ベタベタベタ〜」
「あ、あうう・・・」

 喜んでまた密着してくる二人に耕治は弱り果てた・・・

「あれで、もう何回目かしら? 耕治くんの説得失敗?」
「・・・27回目です・・・」

 葵の言葉に、反射的にあずさは答えた。

「あら、もうそんなに? あずさちゃん、よくチェックしてるわね〜」
「っ!」

 あずさは葵の誘導尋問に引っかかった事に気がついた。

「葵さん!」
「あっはっは。あずさちゃん、物凄い殺気のこもった視線をあの三人に送ってるんだもん」

(うぅ、そりゃ確かについつい、見ていたけど・・・そんなに怖い顔してたのかしら?)

 葵の言葉にあずさはガックリと俯いた。

(なんであんな奴が気になるんだろ・・・)

 出会いは考えうる限り、最悪だった。
 初めは口を聞くのも嫌だったが、美奈との一件の間に急速にわだかまりが無くなっていった。

(格闘経験も無いのに、何の義理もない私の為に前田くんは闘ってくれた)

 それだけだろうか?
 ただ、状況に流されているだけではないのか?
 その迷いが、あずさの心を瀬戸際の所で押し止めていた。

(・・・でも、やっぱりあの三人を見てると面白くないのも確かなのよね・・・)

 答えの出ない考えに、あずさは溜息をついた・・・



 一の凶の舞台より登り始めて1時間。

「ストーーーップ!」

 美樹子は大きな声で一同を呼び止めた。

「『驚羅大四凶殺』第二の凶
“断崖宙乱関”!!(だんがいちゅうらんかん)」

 春恵が示したそこは・・・まさに断崖絶壁。崖の下は目のくらむような高さだ・・・楽に数百メートルはあるだろう。

 
ゴオオオオオォ・・・・・・

 谷底から吹き上げる強い風が唸り声のような音を発していた。

「こ、こんなところでどうやって闘うんだ?」

 一同の疑問を真士が口にした。

「Piaキャロ塾、デリーズ・チーム、双方選手を出して下さい」
「はいは〜い! こっちはボクが出るよ〜♪」

 つかさは手を上げて、元気一杯に飛び出した。

「どうする? アタシが行こうか?」

 葵は耕治に問い掛けるように言った。

「そうですね・・・」

 耕治はチラリとあずさの様子を見たが、考え事をしていたあずさは、まったく反応しなかった。

「そうですね、ここは葵さんに・・・」

 耕治は葵に頼もうとした時、

「ねえねえ、ボク、キミと闘ってみたいな〜」
「・・・え?」

 ビシッとつかさが指差した先にいたのは・・・あずさだった。
 突然指名されたあずさは驚いてつかさを見た。

「強制する訳じゃないんだけど〜・・・どう?」

 つかさが面白そうに首を傾げてみせる。

「・・・いいわ。私が出る」
「お、おい日野森、いいのか? 相手の手の内も知らないのに・・・」
「それは向こうも同じでしょ・・・挑まれて避けるような真似はしたくないしね」

 あずさはつかさをキッと厳しい目で見つめた。

「ありがとうね〜♪ じゃ、早速始めようよ♪」

 真剣な表情のあずさをはぐらかすように、つかさ笑顔で言った・・・

 つづく・・・


22日目

「では、両者ともこちらへ・・・」

 代表が決まったのを見計らって春恵さんは崖の先へと二人を招いた。

 
ゴオオオオオォ・・・・・・

「うっ・・・」

 崖下から吹き上げる、唸るような強風と、崖の深さを見てあずさが少し怯んだ。

「あっはは。ど〜したの、あずさちゃん?」
「な、なんでもないわよ!」

 緊張感の欠片もないつかさの言葉が馬鹿にされたように感じて、あずさはつっけんどんに言い返した。

「じゃ、あずささん。これを持って」

 言葉と共に美樹子は一本のロープをあずさに差し出した。

「え? なに、これ?」

 あずさは唐突に差し出されたロープを、言われるままに受け取った。

「先に謝っとくね、ゴメンね。これもバイトなの」
「は?」

 美樹子は両手を合わせて拝むように頭を下げた。
 そんな美樹子を怪訝な表情であずさは見ていると、美樹子は合掌した両手を離し、

「えいっ!」

 両手で力一杯、あずさを崖から突き落とした!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 あずさは盛大な悲鳴を上げて落下していく。

「日野森!!」

 耕治も思わず息を飲んだ。

 
ガッ!

「くううぅ・・・」

 50mほど落下したあずさは、何とかロープを両手で掴んで落下が止まった。
 ロープの先は崖の傍に埋め込まれた杭に結び付けられていたのだ。

「ま、まさか・・・ここで戦えって言うの!?」

 あずさは恐る恐る足下を見て・・・すぐに顔を上げた。

(こ、怖くて下なんか見れない・・・)

 仕方なく上を見上げたあずさの目に、さっき落ちてきた崖から何かが飛び出すのが見えた。

「あっはっはっはっはっはっは〜♪」


「なっ!」

 
ガッ!

 ドップラー効果の笑い声を響かせてあずさの目の前に落ちてきたのは、つかさだった。

「う〜ん、最高! 絶叫マシーンより面白いな〜」

(な、なんなの、この子・・・キ●●イ?)

 こんな極限下においても笑顔を絶やさないつかさに、あずさは別の意味で戦慄を覚えた・・・



「聞こえますか、二人共!?」

 スピーカー越しの大きな春恵さんの声が上から聞こえてくる。

「ここは富士五合目、懸厳の壁!!(けんげんのかべ) ご覧の通り、その命綱を離したら地獄へまっさかさま・・・さあ、勝負開始です!」




「さ〜てと・・・ねえねえ、あずさちゃん?」

 試合開始の合図が出たが、つかさは何故かあずさに話し掛けてくる。

「な、なによ」
「耕治ちゃんって、あずさちゃんの彼氏?」

 
ズルッ!

 あずさは器用にロープに宙吊り状態でズッコけた。

「な、何なのよ、急に! な、なんでそんな事聞くのよ!」
「ん〜。何て言うかー、耕治ちゃんって結構カッコいいかな〜とか思ってねぇ〜」

(こ、コイツもか・・・)

 耕治のモテモテのパワーは、つかさにまで伝染していたらしい。

「登ってくる間、ちょっと観察してたらあずさちゃん、ずっとじゅんじゅんと美奈ちゃんがくっ付いてる耕治ちゃんを睨んでたでしょ? だから彼女なのかな〜と思っちゃって」

(うう、葵さんだけならともかく、この子にまで気付かれてるなんて・・・)

「で、やっぱ付き合ってるの?」

 苦悩するあずさに畳み掛けるように、つかさは質問してくる。

(・・・なんか、面白くない・・・)

「そ、そうよ。私たちは恋人よ。だったらどうするの?」

 今までの苛立ちが爆発したあずさは、つい嘘を言ってしまった。

「ふ〜ん。じゃ、賭けない? この勝負に勝った方が耕治ちゃんと付き合うって」
「えぇ!?」

 つかさの提案にあずさは仰天した。

「つ、付き合うって言ったって、こういう事は闘いで決められる事じゃないでしょ!」
「じゃ、負けた方が耕治ちゃんを諦める、または身を引くってのでもいいよ。アタックさえ出来れば落とす自信はあるし〜」

 
ムカッ。

 つかさの自信満々の態度にあずさの額に血管が浮かんだ。

「い、良いわよ、別に」
「じゃ、決まりだね〜」

 つかさは、してやったりと言う表情を浮かべた。

(じゅんじゅんには悪いけど、やっぱ一番の強敵はあずさちゃんだと思うからね〜)

 耕治を一目見て、つかさは気に入っていた。
 それから、ずっと意味も無くはしゃぎ回るフリをしながら、耕治とその周囲の人間を観察していた。
 そして、出た結論は一つ。

 耕治への恋の一番の障害はあずさ、と言う事だった。

(じゅんじゅんは友達。美奈ちゃんは妹。葵さんはお姉さんくらいしか見てない・・・でも、あずさちゃんとだけは、ちょっと違うんだよね〜。耕治ちゃんの態度って)

 だからこそ、この勝負にあずさを引っ張り出したのだった。

 最大のライバルを自らの手で始末する為に。

(これで、予定通り・・・後は、この勝負に勝たないとね〜)

「じゃ、そろそろ行っくよ〜♪」

 いつものように明るい声を上げるとつかさは、右手横にある崖を蹴ってあずさへと近づいて行った・・・

 つづく・・・


23日目

「行っくよ〜!」

 つかさはロープを両手に岩壁を蹴ってあずさへと向かってくる!

「くっ!」

 つかさの突撃を避けるべくあずさも岩壁をを蹴ろうとするが・・・勢いが足りなかった為、岩壁まで足が届かない。

 
ドカァ!

「キャア!」

 つかさの蹴りを腹にまともに受けたあずさは後方へと吹き飛ばされた。
 あずさへの蹴りの反動でつかさも後方へと飛んだ。

「ほらほらー!」
「わ、わわっ!」

 反動をつけて再びあずさへと突撃するつかさと、自分の意思とは裏腹につかさへと向かっていくあずさ。

「えいやー!」

 
バキィ!

 つかさの蹴りが、あずさの右肩を打った。



 つかさの一方的な攻撃をその他のメンバーは崖の上から見下ろしていた。

「フフフ・・・久し振りに見れますね、つかささんの殺見羽拳・・・空中でつかささんと闘うはめになるなんて、彼女も不運な女ですね」
「あ、あのー、それって俺の役のセリフなんですけど・・・」

 
ドガァ!

「うわあぁぁぁぁぁ・・・」

 またも不用意な発言をした真士は、早苗の右アッパーを食らって先程登ってきた坂道を転げ落ちていった。

〜殺見羽拳〜(こみパけん)
 
東方の伝説の大陸、亞離亞華(ありあけ)国のみ伝わる一子相伝の伝説の拳法。
 一年に二度だけ開催される童塵死即梅界(どうじんしそくばいかい)の優勝者のみに継承される為、その継承者は最強と称えられ、“東方腐敗”とも呼ばれると言う。
 殺見羽拳の特色として、ありとあらゆる環境下でも、人間の実力の120%の力を引き出せることにあったと言う。
 どんな人込みでも無人の荒野を行くがごとく、すり抜ける歩法など、様々な伝説があるが、その真偽の程を知る者はいない・・・

(人参書房刊『伝説の大陸 亞離亞華』より)

 

 つづく・・・


24日目

「ふ〜。しぶといなあ。いい加減負けを認めてくれないかなあ?」
「ま、まだまだ・・・」

 一方的なつかさの連続攻撃にあずさはすでにボロボロだった。
 両手でロープを掴んでいるのがやっとのあずさに対して、つかさは地上と変わらぬように自在に動いている。

「ふっふ〜。殺見羽拳の極意はどんな地形でも適応できる柔軟な戦闘形態にあるもんね〜」

 つかさは得意げに笑う。

「そう・・・でも、何だか息が上がってるんじゃないの?」
「ふ〜ん、そっか。その根性でボクの疲れるのを待ってるんだね?」

 
ギクッ

 あずさは自分の作戦に気が付かれた事に内心、舌を出した。

「そうはいかないんだから・・・じゃ、早々に勝負を決めてあげるよ」

 つかさは懐に片手を入れると何かを取り出した。

「?・・・それは」

 つかさが取り出したのは・・・電話帳の用に分厚い本だった。

「ふっふ〜。食らえ! 火蛇露愚千本(かたろぐせんぼん)!」

 つかさはその分厚い本はあずさに向かって投げつけた!

 
ビシィ!

「キャアァァ!!」

 投げつけられた本はあずさの右腕に見事命中し、あずさは右腕をロープから外してしまった。

「クッ・・・う、腕が・・・」
「右手、痺れて動かないでしょ? 殺見羽拳・奥義・火蛇露愚千本・・・寸分の狂いもなく一番衝撃の強い本の角の部分を相手にぶつけるんだよ。」

 ただでさえ分厚いカタログの一番の凶器と言える角で打たれた衝撃でその部分を麻痺させたのだ。

「次は・・・左手」

 つかさは再びカタログを取り出すと、かろうじてロープを支える左手に向かって投げた!

 
ビシィ!

「く、ぁぁ・・・」

 衝撃に耐えて何とかロープを放すまいとするあずさだが・・・腕の力が入らない。

「終わりだね・・・」

 つかさの言葉と共にあずさの左手がスルリ、と外れた!

「日野森!!」

 耕治は思わず大声を上げて、崖下へ身を乗り出した・・・が。

「ふんぬぬぬぬ・・・・」
「え、えぇ〜、な、何なの、それ〜?」

 つかさは目の前の光景に唖然とした。
 あずさの両手はつかさの攻撃の衝撃で、力なく垂れ下がったままだ。
 それなのに、あずさが落下しないのは・・・

「そ、そのリボンなんなの〜!?」

 そう、あずさのリボンがどういう訳か、ロープに絡みつき、あずさの身体を支えていた。

「うう・・・で、できればこれは使いたくなかったんだけどね・・・」

 辛そうな表情であずさは応えた。

 

 つづく・・・


25日目

「ああ・・・お、お姉ちゃんがり、リボンを・・・!」
「ど、どうしたんだい、美奈ちゃん?」

 日野森のリボンが勝手に動いてロープに絡みつく不思議な光景を目にして、崖の上の一同が唖然としていると・・・美奈が恐怖に顔を引きつらせた。

「ま、マズイですぅ! みんな早くここから逃げるんですぅ!!」

 美奈は慌てふためいてその場を逃げ出そうとして、

 
ガチャ!

 
ドタァ!

 俺たちを繋ぐ足枷に引っ張られて、その場にずっこけた。

「み、美奈ちゃん、大丈夫?」
「うぅ・・・あんまり大丈夫じゃないですぅ。そ、そんなことより、今すぐ、火急に、速やかに、取り急ぎ逃げるんですぅ!!!」
「だ、だから一体どうしちゃったんだい?」
「お、お姉ちゃんのリボンはただのリボンじゃないんですぅ! あれは“封印”なんですぅ!!」
「ふ、“封印”!?」



「ぶーぶー。何なの〜、そのリボンは〜」
「わ、私だって使いたくて使ったわけじゃ・・・無いんだけど」

 ほっぺを膨らませてブーたれるつかさに、あずさは苦しそうに声を出した。

「ね、ねえ・・・この手の痺れ、すぐに無くなる?」
「まっさか〜。火蛇露愚千本は、通常なら1時間は影響するよ」

 あずさの質問に、つかさは胸を張って応えた。

「そう・・・じゃ、やっぱりダメね」
「そうそう、はやく負けを認めちゃおうよ」
「そう言うわけにもいかないしね・・・悪いけど、一緒に地獄行きね」
「え?」

 つかさは一瞬、あずさの言葉を聞き間違えたのかと思った時・・・あずさのリボンが再び動き出した。
 ロープに相変わらず絡みついたまま、ゆっくりと蛇のごとくあずさの髪から解けていく。
 一方で、リボンの先があずさの右肩に回って彼女の身体を支えている。

 
ファサッ―――

 あずさの髪からリボンが完全に解けて、長い髪が風に舞って大きく広がった。

 
ヒュゥゥゥゥ―――

 星空の広がる空に、いつしか暗雲が垂れ込めてくる。

 ゴロゴロ・・・

 遠く、カミナリの音まで聞こえてくる。

「な、何なの・・・」

 言い知れぬ重苦しい雰囲気を感じ、つかさは不安の声を上げた・・・



「お、お姉ちゃんは二重人格なんですぅ。あのリボンは一方の人格を封じる為の“封印”なんですぅ」

 一同揃って崖から逃げながら美奈は、事情を説明していた。

「一体、どんな人格なの!? そうまでして封じなきゃならない人格って・・・」
「鑑定してくれたエクソシストは“天使”だって言ってましたけど、最“凶”最悪の破壊魔ですぅ! 美奈がアメリカに逃げ出したのも、とばっちりを受けたくなかったからですぅ!」

 早苗の質問に美奈は悲鳴のような声で返答した。

「お姉ちゃんのリボンがいつも立っているのは、太陽熱で封印の力を強めているんですぅ」

(・・・ソーラーパワーの封印って一体・・・?)

「・・・それも性格だけならまだ良いんですけどぉ」
「まだ、なにかあるのか!?」
「お姉ちゃんのもう一つの人格には、最悪の必殺技があるんですぅ!!!」



「・・・あ、あずさちゃ〜ん?」
「・・・・・・」

 恐々と話し掛けるつかさの言葉をまったく無視して、あずさはブツブツと小さな声を呟いていた。

「!? か、髪が光って、る?」

 あずさの大きく広がった髪に、ポツポツと光り始めた。
 光はどんどんと増殖し、夜の富士を照らす小さな太陽のように辺り一面を輝かせた。

「な、何が起きてるの・・・ボ、ボク、怖いよ〜」

 つかさは半泣きになって、オロオロとうろたえるばかりだ。

 やがて、俯いていたあずさの顔がゆっくりと上がり、閉じていた眼を開いた。

「・・・来たれ、神天槍(しんてんそう)」

 
ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォ!!!!!

 あずさの発した一言は、天上より無数に雷が崖を直撃した・・・

〜神天槍〜
 
一般には“神の怒り”と称される落雷の雨の一種。
 裁きの天使アズラエルが罪深き人々を罰する為に落としたという神罰の雷撃を、人々は畏怖を込めてこう呼んだとされる。
 その威力は、栄華を誇った都一つを一瞬のうちに滅ぼしたと言う・・・

(人参書房刊『聖書異聞〜神々の章〜』より)

 

「・・・あああ、やっぱりこうなっちゃったですぅ・・・」

 頭を抱えて唸る美奈の言葉を誰も聞いてはいなかった。
 凄まじい光の乱舞と轟音が静まってから戻った耕治たちの前には・・・崖が無くなっていた。

「・・・大体、50uは削り取っちゃったわね」

 いつも余裕しゃくしゃくだった葵も流石に絶句している。

「こ、これは・・・し、勝負は、引き分けですね」

 春恵さんも青い顔をしながら辛うじて言った。

「そ、それよりも二人はどうなったんだ!?」

 真士の言葉に一同に重い沈黙が走った。

「あ、それは多分大丈夫ですぅ・・・あ、いたいた」

 美奈はキョロキョロと周囲を窺うと、やがて崖(のあった場所)とは反対側の丘の上に失神したあずさとつかさが折り重なっている姿を見つけた。

「なんで、二人とも無傷なんだ?」
「美奈にもわかりませぇん。お姉ちゃんがあの力を暴発させると、気絶しちゃうし・・・これも天使さんの力かも知れませんねぇ」

 真士の問いかけに、美奈も不思議そうに首を傾げた。

「・・・これで、2戦2引き分けですね」
「そうね、勝負はまた、次に持ち越しね」

 早苗の言葉に葵が軽く応じる。

「・・・こんな人外の戦いにどうしてみんな冷静なんだよ!?」

 耕治のもっともな意見は誰も聞いちゃいなかった・・・

 つづく・・・


26日目

 気絶してしまったあずさとつかさを美樹子さんに預けて、耕治たちはさらに富士山麓を登っていた。

「なんで、こんなに急ぐんだ?」
「・・・無計画で病弱な作者のせいでしょう」

 真士と早苗は謎の会話をしている。

「あ、皆さん、止まってください」

 春恵の言葉に一同が立ち止まった。

「これは・・・洞窟?」

 耕治たちの目の前には、遥か高くそびえ立つ岩壁があった。
 その正面には二つの大きな穴がある。

「この先に第三の凶への入口があります。双方チーム事に、それぞれの穴から進んでください」

 春恵さんの指示に従って、Piaキャロ塾、デリーズ・チームは分かれて洞窟へと入った・・・



「な、なんなの、この洞窟・・・まるで冷蔵庫の中みたい・・・」

 洞窟の奥に進むにつれ、どんどん寒くなっていく周囲の気温に、葵は身体を震わせた。

「葵さん・・・いくら夏だからってTシャツ一枚でくるからですよ」
「あ、出口みたいですぅ!」

 進行方向から光が見えてきたのを、美奈が嬉しそうに指差した。

「な、何だかますます寒くなってきたんだけど・・・」

 葵は歯をガタガタと震わせながらも、耕治たちは出口へと出て、

「な、なんだ、こりゃ・・・!」

 耕治は目の前の風景に我が目を疑った。

 出口にあったのは・・・辺り一面、氷の世界だった。
 出口から周囲1mに氷の足場に耕治たちは立っていた。
 その先は崖になっており、下を見れば凶悪な氷柱が天に向かって針の山となっている。
 崖下に落ちればただではすまないだろう。
 そして、中央には直径20mほどの丸い氷の舞台が存在していた。

「これが『驚羅大四凶殺』第三の凶・
氷盆炎悶関(ひょうぼんえんもんかん)です!」

 気が付くと、右手の洞窟から春恵さんが出てきて説明をしてくれていた。
 そして、正面、向かい合うようにデリーズ・チームの3人が出てきていた。

「ごらんのとおり、この氷洞の中央にある氷のリングが闘いの舞台です。そして、その下に待ち構えるのは刃物より鋭い屹立氷柱。そして・・・かおる、撃ちなさい」
「あーい!」

 春恵さんの足下に立つかおるちゃんは、可愛らしい子供サイズの弓矢を構えていた。
 その矢の先は炎が灯っている火矢だった。

 
ビシュ!

 
ザクッ!



「あぢゃぢゃぢゃぢゃ―――!!」

「あー、しっぱいしたーよ」

 矢は見当違いの方向に飛び、真士の胸に命中した。
 真士は火矢の熱さに七転八倒している・・・哀れ。

「えい!」

 
ビシュ!

 かおるちゃんは再び放った矢は天井中央に垂れ下がった何かに当った瞬間、炎が燃え広がり、太陽のように辺りを照らし出した。

「そして燃えさかる天井の熱によって、氷のリングは時と共にその形を小さくし、巨大なつららも頭上から落ちてきます・・・早期に決着をつけねばどんどん闘いは困難になるでしょう」

(む、無茶苦茶だ・・・! 誰だ、こんな念のいった勝負を考え出した奴は!)

 耕治は恐れを通り越して呆れ果てた。

「さあ、両軍共に代表選手をだしてください」

 春恵さんは、そう言うと中央のリングへの渡し板を立てた。

「・・・葵さん、俺が行きます」
「耕治くん?」

 耕治の言葉に葵は意外そうな表情を浮かべた。

「もう限界です。これ以上目の前で非日常な世界が展開される事には耐えられません・・・後はよろしくお願いします」

 耕治はやけっぱちな言葉を残して渡し板に足をかけた。

「は〜い、ちょっと待った、耕治くん」
「え?」

 ドカッ!

 葵は耕治の延髄に手刀を叩き込んだ!

「うっ!!・・・あ、葵さん、何を・・・」
「あのさー、ここ寒いのよ・・・お酒も残り少なくなったし、アタシ身体を動かしたいのよ」
「な、何も殴らなくったって・・・」

 耕治の意識はそこで途絶えた・・・

「・・・それに、耕治くんは最終戦でないと困るのよ。アタシはあくまでも“ゲスト”なんだからね」
「えぇ? 葵さん、それどういう意味なんですぅ?」
「まあ、おいおい説明してあげるわ・・・美奈ちゃん、前田くんをお願いね」

 美奈にウィンクをした葵は、渡し板を渡って中央の舞台に渡った。



「フフフ・・・ようやく私の出番ですね・・・」
「あつ! あっついよ――!!!」

 早苗はまだ火矢の火を消せずに転がり回っている真士を放ったらかして、渡し板を渡った。

「フフフ・・・あなたの背中に死神が見えますよ」
「ふふん、言ってくれるじゃない、コロコロちゃん」

 
ピキッ。

 葵の一言に、早苗はこめかみに青筋を浮かべた。

「言ってくれますね・・・ビール腹が目立ってるオ・バ・サ・ン」

 
ピキッ。

 今度は葵がこめかみに青筋を浮かべる。

「「絶対、コロス!」」

 
バチバチバチバチ!

 二人の強烈な殺気を孕んだ視線が火花を散らしている。

「それでは、勝負、始め!」

 春恵の試合開始の合図が、洞窟内を反響して響き渡った・・・

 つづく・・・


27日目

  葵はどこからともなく取り出したのは・・・一升瓶。

「ふっふっふ・・・幻の銘酒『美少年』・・・ああ、これが飲めるのは何年振りかしら〜」

 言うや否や、葵は一升瓶の口を開けると、豪快にラッパ飲みでゴクゴクと、飲み干した。

「プハッー! さーってと・・・始めるとしますか!」

 葵は自分の胸をドーンと叩いて構えを取った。

「拳法の心得はあるみたいですね」
「あら、わかる?」
「酒を含んでいたので、酔拳かと思ったのですが・・・違いますね」
「食らってみれば、わかるわよ!」

 葵は早苗に向かって突撃する。
 対する早苗はまったく動く素振りを見せない。

 
ダッ!

 早苗の手前で葵は、走ってきた勢いのまま飛び上がる!

「酔虎流・二段旋風脚!!」

 葵は高みから右の飛び蹴りを放った。

「・・・・・・」

 早苗は無言のままに右に一歩動いて、その蹴りをかわした。
 飛び蹴りが空振りした葵は、早苗を通り越して着地するが、

 
ズル。

「えっ? あ、あら?」

 氷面の足場に転んだ葵は、先程の勢いのままに滑って行く。

「わ、わ、と、止まらない!!」
「葵さん!!」

 ギギギギギ!!

 葵は両手で踏ん張る事によって、辛うじて舞台から落ちるのを免れた。

「ふう〜。助かったぁ・・・」
「止まっていて良いんですか!?」

 ホッとしたのも束の間、転んだままの葵に向かって早苗が追撃すべく葵に向かって突撃してくる。
 葵は動こうとせず、それどころか早苗に向かって、笑顔で手招きをしてみせる。

「ふふ、良いわよ。アタシのとっておきの技を見せてあげるわ」
「その体勢から何ができると言うのです!」

 早苗が葵に肉薄したその時、

 
バァシャーーーン!

「な!?」

 早苗は顔面にぶち当たった強烈な衝撃に思わず顔を仰け反らせた。

「くっ!? な、何を・・・!」
「あ〜っはっは! どう? 酔虎流奥義・大酔砲(だいすいほう)は?」

 葵は得意げに、大きな胸を張って勝ち誇っている。

「これは・・・お酒?」

 早苗は顔に張り付いた液体の匂いに顔をしかめた。

「そーよ。どう? 水だって勢いをつければ立派な武器にもなるのよ」
「・・・・・・」
「ん?」

 早苗の様子がおかしい事に気がついた葵は、不思議そうに早苗を見下ろしている。

「よ、よくも・・・私の顔にそんな汚いモノを掛けてくれましたね・・・!!」

 全身を震わせ、怒気に満ちた表情で早苗は立ち上がった。

「き、汚いとは失礼ねー。『美少年』は最高級酒よ!」

 それでも胃の中から吐き出した酒が。汚くないとは言えないと思うが。

「・・・・・・サラウンバッタ」
「え?」
オンキリキリバサラウンバッタ、オンキリキリバサラウンバッタ、オンキリキリバサラウンバッ・・・」

 早苗はブツブツと怪しげな言葉を延々と呟いている。

オンキリキリバサラウンバッタ・・・
ぬおおおおおおっ!!」

 
ビシィ!

「!?」

 突如、葵の足下の氷場にヒビが入った。

 
ビシィ! ビシィ! ビシィ!

 氷の闘技場の至る所にヒビが入った。

「ぬおおおおおっ!!」

 
ドーーーン!!

 早苗の気合いの声と共に、闘技場、いや、山全体が大きく揺れた・・・・・・

 つづく・・・


28日目

 早苗の全身から黒いオーラが迸るように、溢れ出てくる。

「うわ、早苗さん、マジギレしちゃったよ・・・まさか『魔粧墨』を使うなんて」

 早苗の変貌ぶりを見て、潤がうめくように呟いた。

〜魔粧墨〜(ましょうぼく)
 
中国唐の時代、四川省、南蛮と呼ばれる蛮族の呪術者が使いこなした呪法の一つ。
 呪言により、魔界の瘴気を身にまとい、全身を硬質化させたと言う。

(人参書房刊『な〜るほど・ザ・呪術』より)

「この『魔粧墨』を見た者は、死、あるのみです・・・」
「ふ〜ん、随分な自信ね・・・!」

 早苗の言葉に触発された葵は、早苗に向かって右ストレートのパンチを放つ!
 早苗はまったくかわそうとしない。

 
ガシィ!

「くぅ!・・・な、なに?」

 痛みに顔をしかめたのは、攻撃をしたはずの葵だった。

「魔粧墨・・・魔界の瘴気は全身を鋼と変えます・・・そんな拳では、もはや私には通用しませんよ」

 早苗は勝ち誇るように、宣言する。

「こんのぉ!!」

 
ドカァ!

 葵の上段まわし蹴りが早苗の顔を打つ!・・・が。

「あいたたたた!!」

 葵は痛みのあまり、足を押さえて飛び回った。

「さて・・・それではそろそろ勝負を決めましょうか」

 早苗はゆっくりと葵に近づき、拳を振り上げる。

 
バキィ!

「くぁ!」

 早苗の強烈な拳が、葵を捕らえ、吹き飛ばした。
 その破壊力は、『魔粧墨』によって数十倍に増大している。

 
ズガァン!


 
ドカッ!


 
ガキィ!

「く・・・・・・」

 早苗の三連撃をまともに食らった葵は、息も絶え絶えになってダウンしている。

「ちょ、ちょっと早苗さ〜ん!」
「どうかしましたか、真士さん」
「もう勝負は、決着しただろ? そろそろ周りの氷が溶け始めて危険だよ!!」

 真士の言葉に、思い出したように早苗は周囲を見回した。
 真士の言う通り、周囲の氷はかなり溶けてきている。

「そうですね・・・では」

 早苗は倒れている葵を担ぎ上げる。

「さて・・・負けを認めてくれませんか? 認めないなら地獄行きになりますけど・・・」
「ふふん・・・ま、まだ勝負は決まっちゃないわよ」

 葵は素早く早苗の手から逃れ、その場にヒザを突いた。

「そんな身体で何ができると言うのですか?」
「もう忘れたの? 酔虎流奥義・大酔砲の事を!」

 葵は再び酒を放とうと口をすぼめた・・・が。

「う・・・・」
「え?」
「ウォェェェェ!!!!」
「キャアアアア!!!!」

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ピンポンパンポーン。

またまた大変見苦しいモノをお見せしてしまい、失礼を致しました。
それでは続きをどうぞ。

ピンポンパンポーン。
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「あ、あははは・・・」
「ぜ、絶対コロス!」

 テレ笑いを浮かべる葵に、先程まで以上に怒りを燃やす早苗が突撃する!

「さーて、悪酔いも抜けたし・・・決着(けり)をつけましょうか」
「世迷言を!!」

 早苗は葵を捕らえるべく、両手を葵に伸ばしたが、

 
シュン!

 早苗の視界から葵の姿が消えた!

「ど、どこへ!?」
「・・・ここよ」

 葵は素早く早苗の懐へと飛び込んでいた。
 早苗に葵の言葉が聞こえた瞬間、

 
ブン!

「きゃぁぁぁ!」

 
ドカァ!!

 早苗の片手を掴んだ葵は、そのまま一本背負いで、早苗を背中から叩きつけた!

「きゅう・・・」

 早苗は衝撃に目を回して気絶してしまった。

「ふふん、アタシが本気になったらこんなもの・・・うっ!」

 
バタッ!

 勝ち誇った葵だったが、突然頭を押さえて、その場に倒れた。

「第三の凶、勝負あり!・・・引き分けですね」

 春恵の言葉が、溶けた氷で湿気のこもった部屋に響き渡った・・・



「「葵さん!!」」

 倒れたままうめいている葵の下に耕治と美奈が駆け寄った。

「あいたた・・・」
「しっかりして下さい! どこが痛むんですか!!」
「・・・!! こ、耕治くん・・・」
「どうしたんですか! そんなか細い声で! 葵さんらしくないですよ!!」
「くぁ・・・だ、だから・・・あまり大きな声を出さないで・・・」
「・・・・・・は?」
だから・・・二日酔いで頭が痛いのよ・・・」

 
ズルッ!

 耕治と美奈は氷とは関係なく、ズッコけた。

「せ、戦闘で受けたダメージじゃなかったんですか!!」
「あっ痛・・・大きな声ださないでってば・・・アタシ、飲んで、吐いたら、いっつもこうなのよね〜」

 耕治と美奈はガックリと、頭を下げた。

「心配したんですよぅ」
「ゴメンゴメン・・・ま、負けなかったんだから良いじゃない。これで勝負は最終戦で決着ね」
「はぁ・・・うっ!」

 背中に突き刺さる敵意のこもった視線に、耕治は思わず背後を振り返った。

「真士・・・」

 それは親友、真士の憎しみに満ちた視線だった。

(とうとうこの日が来たぞ・・・耕治!)

 真士の強烈な視線を、耕治は戸惑いの表情で見つめていた・・・

 つづく・・・


29日目

「さあ、大詰めですね・・・第四の凶へと参りますよ」

 春恵さんの言葉に、ようやく耕治と真士は視線を外した。

「あ痛っ・・・わ、悪いけど前田くん、一人で行ってくれる? アタシはちょっとしばらく動けそうに無いから・・・」

 葵は額を押さえながら、力なく言った。

「え? み、美奈はお兄ちゃんと一緒に行くですぅ!」

「そんなつれない事言わないでよ、美奈ちゃん・・・アタシ、ここから脱出するのに美奈ちゃんの助けが必要なんだから」

 氷の舞台は、もう崩壊寸前である。

「ふん、そんなの知った事じゃ・・・」

「み・な・ちゃ〜ん、た・す・け・て・く・れ・る・わ・よ・ね?」

 
ギュゥゥゥゥ!

 美奈の背中を、葵の手が思い切りつねりながら脅迫している。

「いたぁぁぁぁぁい!! わ、わかったですぅ!!」

「ありがと〜、やっぱり美奈ちゃんは優しいわね〜」

 半べその美奈に葵は、途端に笑顔になってほお擦りをしている。

「そう言う事だから・・・頑張ってね、前田くん」

「お兄ちゃん・・・美奈、離れていても応援してますからねぇ・・・」

「うん、二人ともありがとう」

 葵と美奈の声援に、耕治は小さく頷いた。

「耕治・・・」

「? 潤?」

 いつのまにか耕治の背後に、潤が近づいてきていた。

「ゴメン、ボクも一緒に行けないんだ。早苗さんがまだ気絶したままだから連れ出さないと・・・」

「そうか。足場が大分悪くなってるから、気をつけてな」

「うん・・・敵チームのボクが言うのも何だけど、頑張ってね。応援してるから」

「あ、ああ・・・ありがとう」

(そ、そういう事を言われると・・・)

 耕治はソッと真士の様子を窺うと・・・真士は物凄い形相で耕治を睨みつけていた。

「それでは、両者とも、こちらへどうぞ」

 春恵は、自分がこの洞窟内に入ってきた入口へと招いた。

「お兄ちゃん、ファイトですぅ!」

「頑張ってね、耕治!」

 美奈と潤の声援を背に、耕治たちは春恵を先導に洞窟の先へと進んで行った。



 
ヒュゥゥゥゥゥ・・・・・・

「うわ、寒っ・・・」

 洞窟を抜け出ると、辺りは一面、雪景色・・・いや、猛吹雪だった。

「山頂まで近い、という事か・・・」

 真士が小さく呟いた。

「そうです・・・富士山頂こそが、最終決戦の地です。こちらへどうぞ・・・」

 吹雪に動じる様子も無く、春恵は足場を確認しながら更に山を登り始めた。



「・・・とうとう二人きりになっちまったな、耕治」

「・・・俺にそんな趣味は無いぞ」

「俺だって無いよ!!」

 耕治のマジボケに、冒頭のシリアスなセリフも忘れて真士はツッコミを入れる。

「あー、そ、そうじゃなくて・・・俺たち相手にここまでやれるとは思わなかったぜ」

「・・・まともな勝負は皆無だったような気がしなくもないが」

「・・・・・・だ、だが、俺はお前には負けない。闘わなくとも勝負はすでに見えている」

「・・・なあ、真士。何でそんなに俺の事を目の敵にするんだ? 俺たち親友じゃなかったのか?」

「うるさい! お前みたいなモテモテ野郎に俺の気持ちがわかってたまるか!!」

「?・・・モテモテって、誰が?」

「はあ?・・・・・・お前に決まっているだろ」

「おいおい、俺、全然モテてなんかいないぞ。今まで彼女なんか一人もいないし」

「嘘つけぇ! 高校じゃ、西原さんと付き合ってたじゃないか!!」

「あー、あの人は、図書委員でいっしょに仕事してたから、話をしてただけだよ」

 彼女が耕治目当てに図書委員に立候補した事を、真士は知っていた。

「中学の時は鹿島さんと!」

「彼女はクラブのマネージャーだったからなあ。話くらいはするよ」

 彼女が耕治にだけは、お手製弁当を持ってきていた事を真士は知っていた。

「小学の時は池内さんと!」

「算数と理科が苦手だって言うから、教えた事はあるけど・・・」

 彼女が全科目トップクラスの成績だった事を、真士は知っていた。

「幼稚園の時は小原沢さんと!」

「そんな昔の事まで覚えてないよ!」

 彼女はいつも耕治にだけ懐いていた事を、真士は知っていた。

(・・・・・・だ、ダメだ、こいつは。鈍すぎる・・・)

 いずれも、学年一の美少女から想いを寄せられながら、耕治はまったく気が付いていなかったという事実に、ようやく真士は気が付いたようである。

「と、とにかく! 今日こそは積年の恨み、今日こそは晴らしてやるぞ!!」

「・・・俺にはサッパリわからんぞ」

 理解に苦しむ、と言った風情の耕治に対して、真士は萎えかける闘志を奮い立たせて宣言した。

「さあ、富士山頂に着きましたよ・・・『驚羅大四凶殺』ここが終局の地です」

「! くるところまで来たか」

 春恵の言葉に、耕治と真士は勢いよく、最後の一歩を登りきった・・・

 つづく・・・


30日目

「『驚羅大四凶殺』第四の凶、“頂極大巣火噴関”(ちょうきょくたいそうかふんかん)!!」

 春恵が指を差す先にあったのは、まさに富士の火口。
 その火口に蜘蛛の巣のようにロープが張り巡らされている。

「富士山頂の大火口を利用した“天縄闘”とは・・・さすが、最後を飾る舞台だな」

 真士は驚きの表情で呟いた。

〜天縄闘〜(てんじょうとう)
 
蜘蛛の巣状にはられた石綿縄の八方から火をつけその上で闘う。
 不安定な足場と時がたつにつれ巣の中央に火がせまりくる恐怖の中で技を競いあう格闘技である。

(人参書房刊『中国武術大覧』より


「石綿縄の火が全てに燃えわたるまで、およそ1時間・・・それまでに勝負がつかなければ二人とも富士の火口へまっさかさま・・・」

 春恵は火の準備をしながら説明をした。

「ふん、5分あれば十分さ・・・耕治、武器はあるのか?」
「・・・ああ、涼子さんから借りてきている」

 真士の言葉を受けて、耕治は一本の日本刀を取り出した。

「では、両者、中央へ」

 耕治と真士は、1mほどの距を正面から向き合う。

「では、着火します」

 
ボォォォ!!

 春恵は手にした松明を石綿縄に押し付けて着火させた。

「これより、最終戦を始めます。終局の儀にのっとり、双方の名乗りをもって勝負開始とします!」

 真士は懐より小さな槍を取り出すと、手元にあるボタンを押した。

 
カシィン!

 槍が伸び、2mほどの長槍へと変化する。

「デリーズ・・・いや、矢野真士!」

 耕治はゆっくりと日本刀を鞘から抜き、鞘を後方へと投げた。

「Piaキャロ塾、前田耕治!」

 二人は名乗りを上げると同時に、勝負が始った!



「はあぁぁぁ!」

 
ガキィ!

 耕治の斬撃を真士の長槍が防ぐ。

「ふふん、何だかんだ言ってやる気になってるじゃないか、耕治・・・」

「ああ。もうこんなわけのわからん事はさっさと終わらせたいからな」

 
ガッ! ガッ! ガッ!

 耕治は猛然と真士に向かって攻撃を仕掛ける。
 真士はそれをことごとく防いだ。

「槍の長さを考えて、接近戦か・・・ならば!」

 カチ。

 真士は再びスイッチを押すと、槍は元の長さに縮んだ。

「今度はこっちの番だ!」

 シュバッ!

「覇極流・千峰塵(はきょくりゅう・ちほうじん)!」

 真士は耕治に向かって目にもとまらぬスピードの連続突きを仕掛けた。

「くっ!」

 耕治が距離を広げれば真士は槍の長さを伸ばしてさらに追撃する。

「この攻撃が見切れるか!?」

 真士の猛攻に耕治はかわし、刀で払うのが精一杯だ。

(なんとか、あの槍の動きを止めないと・・・)

「どうした、耕治? もう後が無いぞ」

 真士の言葉にハッとして、耕治は自分の背後を見た。
 耕治の背後には、燃え広がり、脆くなった石綿縄が辛うじて残っていた。

「これまでだな・・・とどめだ―――――っ!」

 真士の激しい突きが耕治を襲う!

「は――っ!!」

 
ドカァ!

「なっ!」

 真士の一撃を、耕治は自らの左手に、わざと突き刺す事によって動きを止めた!

「勝つのは俺たちだ―――――っ!!」

 
ズバァァァァ!!

 真士は、耕治の一撃をまともに食らった。

「ぐっあっ・・・・」

 真士はよろめく・・・が、まだ倒れない。

「はあ、はあ・・・やるな、耕治・・・」

「はあ、はあ・・・ま、まともに入ったのに・・・何故倒れない?」

「・・・こう見えても早苗さんたちに、いつも虐め・・・もとい、鍛えられてるからな」

 耕治と真士は、示し合わせたように小さく笑い・・・

「はあぁぁぁ!!」

「うおぉぉぉ!!」

 
ブチ。

「「え・・・?」」

 先程の耕治の一撃は、真士と共に足下の縄も傷つけていた事を二人は気が付いていなかった。

「うわぁぁぁぁ!!」

「真士!!!」

 耕治は右手で足場の縄を掴み、左手を差し出して、真士の右手を掴んだ。

 
ズキィ!

「ぐあ!」

 耕治は左手の痛みに顔をしかめた。
 先程の真士の槍を受けた左手は重症だった。

「前田さん! 火の回りが予想以上に速いようです、早く脱出してください!」

 春恵さんの切羽詰った声が耕治に届く。
 春恵の言うように、いつのまにか、半分以上の縄が既に燃えていた。

「し、真士、早く登って来い!」

「だ、ダメなんだ・・・本当はさっきのお前の一撃、かなり効いてたんだよ・・・力が入らない・・・お前の勝ちだ、耕治。はやくこの手を離せ」

「馬鹿言うな! お前を見捨てていけるわけないだろ!・・・俺たち、親友だろ?」

 耕治は脂汗を流しながらも、真士に笑いかけた。

「待ってろ、何とか引っ張り上げてみるよ・・・一緒に帰るんだ」

「耕治・・・」

 懸命に左手に力を込める耕治だが、重症の左手にはほとんど力が入らない。

「・・・礼を言うよ、耕治・・・俺みたいな奴を親友と呼んでくれて」

「な、なんだよ、改まって・・・」

 
フッ。

「真士!?」

 真士は自ら、耕治の手を払った。

「じゃあ・・・な」

「シ―――――ンジ――――ッ!!!」

 真士の姿は、一瞬にして火口へと吸い込まれ・・・消えていった・・・


 エピローグにつづく!


エピローグ

「平成十二年、仏滅、於霊峰富士、Piaキャロ塾対デリーズ・チーム『驚羅大四凶殺』は、1勝3引き分け・・・よってこの勝負、Piaキャロ塾、勝利です!」

 春恵の勝利宣言を、耕治はどこか、ぼんやりと聞いていた。

「立会人、山名春恵、確かに見届けました・・・これを」
「・・・これは?」

 春恵が持ち出した巻物を、耕治は怪訝な表情で見つめた。

「これは『驚羅大四凶殺』覇者としての証にして、Piaキャロ塾の卒業証書でもあります」
「え?・・・じゃあ」
「前田さん、あなた方はPiaキャロット2号店に正式採用となりました。おめでとうございま・・・」

 
ズバァ!

 春恵の言葉が終わる前に、耕治は刀で巻物を一刀両断にした。

「・・・これが、採用試験だったと・・・? 真士はこんな事の為に、死んだっていうんですか!?」

 耕治は、滅多にない怒りを露わにしていた。

「ま、前田さん、それは・・・」

「何を言おうと、真士は帰ってこな・・・うっ・・・」

 
バタッ!

 耕治は尚も、怒りの言葉を発しようとしたが、そこで眩暈を起こして倒れてしまった。

「早く降りて傷の手当てをしましょう・・・出血が酷いです」
「・・・いえ、春恵さん。下りたらみんなに伝えて下さい。勝ったよ、と」
「ま、前田さん・・・まさか!」

 耕治の言葉に春恵は言葉を失った・・・



「・・・勝負、あったようだね」

「て、店長!?・・・いえ、塾長、いつここへ?」

 宝獄大社入口で帰りを待っていた涼子は、驚きの声を上げた。

「さっき到着したばかりだよ。さっき連絡があった。勝負は我々の勝ちだそうだよ」

「や、やったですぅ!!!」

 一足先に下山していた他のメンバーの美奈は、喜びの声を上げた。

「耕治、怪我してないといいけど・・・」

 悔しがる様子もなく潤は、不安げな表情を浮かべた。

「・・・ふん、まあ当然よね」
「あずさちゃ〜ん、素直じゃないよー。勝ったんだから喜ばないと〜」
「どうして負けた貴女から、そんなセリフが出るのよ!」

 つかさのツッコミにあずさが噛みつく。

「ん〜、やったね、前田くん。さすが涼子が見込んだだけはあるわ」
「・・・真士さんの出番までに決着できなかった時点で、こうなるだろうと思ってましたが・・・」

 葵は、予想通り、とばかりに頷き、早苗は深々と溜息をついた。

「あの、真士さんが行方しれずになってると聞いたのですけど・・・前田くん降りて来ますかね?」

 美樹子は心配そうに、祐介に問い掛けた。

「ああ・・・確かに普通なら黙って下りてはこないだろうね・・・でも、前田くんは降りてくるよ、彼の意思はどうあれね・・・」
「え? 塾長、それはどういう意味ですか?」

 祐介の思わせぶりな言葉に、涼子が問い掛けた。
 また、涼子の問いかけは、ここにいる一同全員の疑問でもあった。

「この『驚羅大四凶殺』、見えないところでもう一つの意思が動いている」
「もう一つの意思?・・・・・・ま、まさか!」

 祐介の言葉に、涼子は青ざめた表情で声を上げた・・・



 耕治は一人、富士山頂に残っていた。
 春恵は何度も説得したが、耕治は頑として動こうとはしなかった。

(もう夜明けか・・・静かだ・・・風も雪も全てやんだ・・・)

 耕治は目を閉じ、寝転がった。
 激しい出血の影響か、身体に力が入らない・・・が、それさえも今の耕治には心地よかった。

(真士・・・男二人じゃ色気はないけど・・・二人で地獄に行こう)

 
フッ。

(?・・・・・・)

 ふと、朝日の光が遮られた事を感じ、耕治は目を開けると・・・

「なっ!?」

 いつのまにか、耕治の周囲には十数人の人々が取り囲むようにして、立っていた。

「へへぇ、初めまして耕治くん」

 人垣の中から一人のポニーテールの女性が、耕治の前に立って頭をチョコンと下げた。

「あ、あなた達はいったい・・・?」
「私は木ノ下留美。2号店店長、木ノ下祐介の妹だよ」
「塾長の妹!?」
「ああ、そっか。塾長の方がわかりやすかったか、えへ♪」

 留美は、しっぱい、しっぱいっと、自分の頭を少しこづいた。

「まあ、今日はそんな事は関係ないんだけどね・・・耕治くんをここで死なせるわけには、いかないからね」
「え?」
「この『驚羅大四凶殺』一部始終は“私達”の手の内にあった事だからね・・・で、裁決が出たの。耕治くんは合格、生かせってね♪」
「さ、裁決っていったい・・・?」
「まだ、わからないの?・・・留美はPiaキャロット1号店の使者だよ」
「1号店!?」
「いつまでも2号店を開店休業状態にしておけないからね・・・その為には耕治くんたちの力が必要なのよ」
「そんな、勝手な・・・」
「そ・れ・に。耕治くんが死ぬ理由はもう無くなってるんだよ」
「え!? それって・・・」

 耕治は驚いて留美の顔を凝視する。
 留美は、優しい微笑みを浮かべて小さく頷く。

「下に下りればわかるよ。じゃ、伝えたからね・・・また、会いましょう」

 留美の言葉と共に、耕治を取り囲んでいた一同は、一糸乱れぬ動きでその場を去って行った・・・



「う、う〜ん・・・はっ!?」
「あら、真士さん、気が付いたの?」
「こ、ここは・・・あれ?」

 真士は周囲を見回すと・・・先程まで闘っていたメンバー、宝獄大社の入口が目に入った。

「お、俺は確か火口に落ちたはずじゃ・・・なんでここに?」
「それが、私たちもわからないんです。気が付いたら、そこに転がってたので」
「さ、早苗さん、ポイ捨ての空き缶みたいな言い方しなくても・・・」

 真士が情けない声で抗議する。

「あ、ところで、耕治の奴は!?」
「ああ、それでしたら・・・」

 早苗が指差す方向には・・・

「お兄ちゃん、さすがですぅ!」
「ちょっと、ミーナ! そんなにくっついちゃダメよ!」
「耕治! ボク心配したんだよ!!」
「あっはは、ボクもボクも〜」
「あっはっは、面白い見世物ね〜」
「葵! みんなもいい加減にしなさい! 前田くん、気を失ってるじゃないの!!」

「・・・と、言うわけです」
「・・・やっぱり、あいつは親友なんかじゃねえ・・・」


 耕治に群がる少女たちを、祐介は見つめていた。

「むむむ、やるな、前田くん・・・・・・これこそ究極の、
男のロマ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!

 祐介の富士を揺るがす大絶叫を、耕治は薄れ行く意識の中、微かに聞いていた。

「・・・た、頼むから怪我の手当てをさせて・・・」


 
魁!!Piaキャロ塾 続・・・かない?

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