リレー小説☆ぴあぴあ
夏の終わり。
一つの物語の終わり。
このままでいい物だろうか?
このまま終わってもいい物だろうか?
今、前田耕治というひとりの青年はある種の人生の岐路に立たされていた。
「お待ちどうさま」
「あ、悪いな。わざわざ呼びたてちゃってさ」
「ううん。なぁに……話って?」
「ええっと……時間に少し余裕あるようなら歩きながら話したいんだけど?」
「暗がりとか、そういう所に行かないんならいいわよ♪」
「行かないって……!」
バイトが終わったところである。
夏休み限りという事で始めたバイト。ファミリーレストラン「PIAキャロット・中杉通り店」でのバイト。
耕治は店の前でひとを待っていた。
そして、待ち人はすぐに現れた。
「で、どういう風の吹き回しなの?」
「酷い言われようだな。俺、そんなに日野森に声かけなかったか?」
「そ、そうじゃないけど……珍しいじゃない」
耕治の待ち人。日野森。日野森あずさ。
偶然同じ時期にバイトを始めた同い年の女の子。綺麗に整った顔立ちに長い髪。それから特徴のあるリボンの留め方がチャームポイント。
バイトが始まったばかりの頃は一悶着あって喧嘩ばかりしていた物だが、最近になってようやくこうして普通に会話も出来るようになってきた。
「まあ、そうかもな。最近まで会えば口喧嘩って感じだったからな」
「……そうね。そうかも」
夜。バイトの終業は9時である。それから各自の家へとバイトの面々は帰る訳だが、その面子の中には「PIAキャロット」の社員寮「コーポPIA」に帰る人間も何名かいた。
バイトはバイトに過ぎないのだが、どうせ空いているからという理由で、店の上層部が好意からバイトの面々にも希望者には入居を認めていた。
あずさと耕治とはその希望者に当たる。つまり、二人の帰る先は同じ場所である。
それで待ち合わせがどうこうと言うのも少しばかりおかしな話ではあるが、段取りは練っておかないと得てしてすれ違いという奴は起こる物である。
「で、話なんだけど」
「うん」
二人並んで歩く。
あずさの歩調に自然と耕治が合わせている。互いにほとんど無理がなく、ゆっくりと空間を進んで行く感じが二人の間に流れていた。
「日野森って高校卒業して、進学するのか?」
「進路? うん。大学とは限らないけど、そのつもり。あなたは?」
「……今、ちょっと迷ってる」
「え?」
あずさが驚いたように足を止める。以前に耕治が進学希望だと言っていたのを聞いていただけに少し意外に思ったのだ。
少し行き過ぎた耕治が振り返る。
「おかしいか?」
「あ、そうじゃないけど……吃驚したかな。前田君も進学するんだなって、なんとなく思ってたから」
その言葉に耕治はカリカリカリと頭を掻いた。
「元々はそのつもりだったんだ。夏休みは好きな事やって、二学期からは猛勉強。それで何処かの学校に行こうって考えてたんだ。でも……」
「でも……?」
再び歩き出して、耕治の隣りに並ぶ。
耕治の方もそれに合わせて足の動きを再開する。その活動はこれまでと同じくやはり緩やかだ。
「一ヶ月ぐらいバイトしてきて、ちょっと疑問が浮かんできたんだ。それでいいのかって」
「……」
「俺、元からそれほど勉強好きじゃないし、何がやりたいっていう確固たる気持ちもあるかって言われたら、多分ないんだよな」
「そう……なの?」
あずさの瞳が心配そうな色を湛えていた。だが、耕治は照れくさいのか、あずさのほうを見る事はせずに正面を見たまま自分の言葉を紡いでいた。
「多分。多分、ね」
そう呟いた耕治の声は何処か虚ろで、その目は先を見ているようには見えたものの、何処も見ていないのではないかとあずさの目には映った。
「でも、今っていう事を考えたら、そうとばかりも言えない気がするんだ」
「どういうこと?」
顔をあずさの方に向けて耕治はいきなり主語の無い言葉を導き出してみせた。あずさとしてはついつい目をしばたいて、耕治が何を言おうとしているのか鸚鵡返しに首を傾げて見せてしまう。
耕治は緩やかに進んでいた歩みを止める。あずさのもそれに従うようにして足を止める。
表情は対照的。
一方は何かを見つけそれを追いかけようとしている者の顔。もう一方はわけのわからぬ不安を突然突き付けられた困惑そのものの表情。
「俺、バイト続けてみようかって思ってるんだ」
「え……」
「これまで一ヶ月ばかりだけだけどバイトしてきて、少しだけ何かわかってきた気がしてる」
耕治の表情は真剣だった。言葉を受け取る側のあずさはいきなりの彼の告白にぽかんとして、しかし、しっかりとその言葉の意味だけはちゃんと受け止めながら耕治の声を聞き続けていた。
「もちろん、そんなの錯覚とか思いこみかもしれないし、場合によっては単に俺が受験とか勉強から逃げたいからこういう事を言っているように聞こえるのかもしれない」
「そ、そんなこと……」
はっとしたようにあずさが何か言おうとするのを耕治は手で制する。いきおい、あずさはそれに言葉を飲み込んでしまう。
「さんきゅ。でも、見る奴から見ればそういう風にも見えるわけで、俺はそれを自覚しておく必要はあるんだよな?」
「う、うん。それはそうだけど……でも、前田君が自分でそう感じて、そう決めた事ならきっと間違ってないんじゃないの? それでいいんじゃないの?」
あずさは耕治に一歩詰め寄るようにして声を発していた。間違っていないと伝えてあげたいとあずさの気持ちの何処かで何かが叫んで彼女を突き動かしていた。
「……ありがと。日野森」
耕治は笑ってみせた。
多分、あずさがこれまで見た中―最も喧嘩ばかりで耕治の笑顔などほとんど見た事は無いのだが―で一番良い表情をしていた。
「日野森にそう言ってもらえて、なんか凄く安心した。俺、正直、自分がしていく事って物凄く不安だからさ。誰かにこうやって話聞いてもらわないとダメな時もあるんだよな」
「……前田君」
「俺、バイト続けてみるよ。それがどういう結果を生むのか、どういう反響や状況を生み出していくのかもわからないけど、とりあえずはやってみるよ」
「進学は、もう完全にしないの?」
「バイトしながら、俺に出来ると思うか?」
「……」
少し間が空く。
「た、多分……」
「……ありがとうな。でも、妥当な判断だと思う」
「ごめんなさい」
(謝るなよぉ)
思いながらも、顔には出さない。目許をちょぼちょぼと掻いてから、耕治は自分の今思うところを伝えてみる。
「進学、まだわからないな。さっきも言ったけど、俺が色々考えているのは今の俺が今だから考えつく事なんだ。先の事なんて少しもわからないし、わかりたくもない」
そこまで言って、照れたように頭を下げて額の辺りをガシガシと掻き毟る。
「でも、今があるから先があるわけで、俺は今自分が考えている事を大切に出来れば良いなって思ったわけで……」
「ふぅん。でも、それっていい加減じゃないかしら?」
とんでもないことを言っている耕治を少し呆れた視線で見やりながら、あずさはそれでも耕治が何を言い出すのか心待ちにしている自分がいるという事をしっかりと自覚していた。
「そう言われると実も蓋も無いんだけど! ええっと……」
顔を上げて、あずさと視線を合わせる。それから言葉を捜して視線をしばし彷徨わせる。
その仕種が少し面白かったが、当の本人は至って真面目であるようなので、笑い出すのはなんとか堪える。
「なんて言うか、常に極端を選んでいかなければいけないってわけじゃないだろ? 最後には何かしらの結論が必要だとしてもさ」
「……っ!」
吹き出すのを堪えるどころではない。
不意をついて聞かされた耕治の言葉にあずさは瞳を大きくしていた。
(常に極端でいる必要は無い……最後には何かしらの結論が必要でも……)
「日野森?」
「そっか。私も堅く考え過ぎていたのかもしれないわね」
「お、おい、何言ってるんだよ……」
突然何を思ったのか呟きまで漏らし出すあずさを前に今度は耕治の方が面食らう番だった。何か悪い事でも言ってしまっただろうかと自分の発言を頭の中で反芻してみる。
「な、なあっ、日野森―っ」
「ふふふっ♪ いい話聞いちゃったっ」
ちょっと大きな声で呼びかけた瞬間、あずさがくるりと身体を翻し、耕治から少し身体を離した位置でちょっと前屈した姿勢で満面の笑み。
「はぁ?」
「ありがとーっ。前田君っ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんのことだかさっぱりわからないんだけど!」
そのままあずさは軽やかにスキップを踏んで先へと進んで行ってしまう。
耕治はすっかり取り残された恰好である。ちょっと前までシリアスやって、それなりに色々考えていたはずなのに、どうしてこういう事になっているんだろうか?
(ちぇっ……)
自然と浮かぶ苦笑。けれどそれはすぐに消え去る。
「前田君、早く帰りましょうよーっ」
「……ま、いいか」
耕治は事態も良くわからないままにあずさの後姿を追いかけ始めた。
何もわかってはいなかったけれども、とりあえずはあずさが上機嫌でものすごく楽しそうに笑いかけてくれたから、今までのことを考えればそれで良しとすべきだろう。
「日野森ぃ、待てよーっ」
「〜♪」
ごくごく普通の夏の夜の帰宅の一幕。
ちょっとした出来事のあった一幕。
そして、この一幕がこれからの物語にすこ〜しだけ変化を与える一幕となってしまったのである。
Project「リレー小説☆ぴあぴあ」Presents
プロローグ「万事オッケ〜☆これからこれから!」
Written by 新場カザン
時は流れて秋。
夏の日差しはすっかりなりを潜め、気候はもはや秋の空気と風景に彩られつつあった。
そうなってくると現金な物で、周囲の空間すらもなんとな〜く静かで落ち着いた佇まいを見せてくれるような気がしてくるから、人間の感性ってやつは実にいい加減な物である。
カレンダーは9月の半ばを指している。そろそろ気の早い学生達は冬服なんかを引っ張り出してきて着込んでくる時期―衣替え―である。
とはいえ、この空間にマウンテンバイクで走り込んでくる学生―前田耕治―にはまだそういう意識は働いていないみたいである。
「〜♪」
長めの黒髪。額に赤いバンダナ。黒の学生ズボンに白の半袖ワイシャツ。それにお定まりのように機能性重視のリュックサック。ちょっと見た目にはとても学校に行くような恰好ではない。いいとこ、何処かに遊びから帰ってきた恰好というのがというのが関の山だ。高校三年とはいえ、ちょっと不真面目に過ぎる恰好かも知れない。
(さてさてさてっ! 今日も気合入れていきますかっ)
だが、見る人がそういう事を気にしていたとしても当人は制服同様にそんな事はお構いなし。なんだか妙に気合の入った漕ぎ方で勢いよく道―車道の隅っこ―を飛ばして行く。
(まだ少し時間あるけど、遅刻するよりは早く着いた方がいいもんな)
現在時刻は午後4時32分。普通に考えたら学生が遅刻云々という時間帯ではないはずではあるが……?
自転車を漕ぐ耕治の表情はとっても生き生きしていた。鼻歌など歌いながら快調に飛ばす、飛ばす、飛ばす! 車道を走っているあたり配慮を忘れきっているというわけではなさそうだが、このスピードは結構なスピードと言ってもいいかも知れない。
(なんか調子良いぞっ! 今日は良い事あるかも!)
どうやら今日の耕治は絶好調らしい。舗装された道をぐんぐん進む。本来マウンテンバイクというやつはこういうオンロードを走る為の自転車ではないのだが、漕げば進む自転車には違いない。
事実、耕治はバイト先へと着実に近づいてきていた。むしろ、着実どころか尋常でない程の勢いの良さで、だ。
「おっと!」
前の信号、赤信号! 耕治はぎゅっとブレーキをかけてちゃんと安全な位置で停止する。
後ろと左右とちゃ〜んと確認。大丈夫。今はそれ程、車の多い時間帯じゃない。
「ふぅっ」
一息吐いて、周囲の音を聞く。しばしの休憩。下がって来た髪を乱暴に掻き上げる。
ノリノリでペダルを踏みつけ続けていても、別にトリップしているわけではない。時にはスピードに気を取られてしまう時もあるけれど、耕治は基本的に安全運転!
(あと25分。楽勝楽勝)
信号が赤から青に変わる。
ぱぱっと左右を確認。右足を蹴り上げて上体を倒して駆け上がる。
いつものようにバイト先へGO!
「PIAキャロット・中杉通り店」に向かって、この直線通りを駆け抜けるのだ!
「こんちゃーす」
玄関……じゃなくても人のいるところに入ったらまずは挨拶。これ基本!
「あ〜! 耕治ちゃんだ〜」
「おはよ……って言うのも変だけど、やっぱ、おはよ。耕治」
「ええっと……おはよ! 神楽坂。つかさちゃん」
いつもの通りにお店の中に入る。
最近は裏口から中に入ることが主となっていて、ここはバックルームに繋がっている。
「あははっ。でも、夕方なのにおはよって言うのも変な感じだねっ」
「う。じゃあ、つかさちゃんはなんて言うのさ」
「う〜ん……『こんちゃ〜す!』かなっ」
「あ、それって耕治が言って入ってきたやつじゃないか」
「うん。今度からこの時間の挨拶はこれにしようよ〜。ねっ、耕治ちゃ〜ん」
バックルームに私服姿の潤ー神楽坂潤ーと学校帰りという事なのだろう。半袖のブルーの三本ラインのセーラー服姿のつかさー榎本つかさーの姿があった。ちなみに少なくともつかさの制服は耕治の知っている学校の制服ではない。
様子からして、二人ともこれから仕事に取り掛かるいわゆる遅番組という訳だ。
「え、今の『こんちゃーす』ってやつ?」
「うん」
榎本つかさ。元気一杯をそのまま表したような女の子。
肩にかかるかかからないかぐらいのところで切り揃えた黒い髪に黄色いリボンのアクセント。
自分のことをボクと呼ぶ、ちょっと変わった女の子。
「別に構いやしないけど使いにくくない? 言う方はともかく、返す方はさ」
「……耕治、ちょっと言ってみてよ」
「神楽坂、お前ね」
「だ、だって、確かにおはよって言うのもおかしい時間だし」
「うんうん。ボクもそう思うよ〜」
「ほ、ほら! つかさちゃんもこう言ってる事だし!」
「……」
神楽坂潤。男の子の恰好をしているのだけれど本当は女の子。
ショートカットできりりと整った顔立ち。確かに見た目はどこに出しても恥ずかしく無い美少年。
ホントは女の子。でも、それは内緒。
知っているのは耕治だけ。ちょっと色々あったから耕治だけは知っている。
「んじゃま、こんちゃーす」
「こんちゃ〜す」
「こ、こんちゃーす……」
耕治はついつい苦笑する。
こういうノリに付き合ってしまう自分と、こういうノリを平気で生み出していけるこのバイトの仲間達の存在とに。
もちろんそれは悪い意味でのノリじゃないし、むしろ耕治はこの空間にいられる事をありがたいとさえ思うのだ。
「変かな?」
「僕はそんなに変じゃないと思うけど?」
「つっかえておいてよく言うよ」
「耕治っ! いいじゃないかっ。慣れてないんだから」
「あははっ。じゃ、決っまり〜☆ これからこの時間の挨拶は『こんちゃーす』だよっ。ねっ! 耕治ちゃん、潤ちゃん」
まぜっかえした耕治を潤がジト目で睨むよりも早く、つかさが決まった事柄を纏めてみせる。
「了解了解っ。それじゃそろそろ着替えてこないとなっ」
「あ、耕治、ちょっと待った……」
「あ〜ん、ボクも着替えに行くってばぁー!」
三人がまるで団子のようにもつれながらバックルームを出て行こうとしたその時、通用口の扉がガチャリと開かれた。
自然、三人は動きを止めてそちらに目線を集中させてしまう。
「あら……えーと」
「こんちゃーす!」
「こんちゃ〜すだよ! あずさちゃんっ」
「え?」
いきなり未知の挨拶を潤とつかさから浴びせられて、事態が全く把握出来ていないその女の子は目をぱちくりとさせた。
「な、なに? どういうこと」
「……今な、三者合同会議でこの時間の挨拶は『こんちゃーす』にしようって決まったところなんだ」
とりあえず、状況を説明してくれそうな耕治に苦笑交じりの笑顔。まるで鏡に映したような苦笑いがそのまま女の子の目に映し返される。
「なるほど……ね」
「こんちゃ〜すっ」
「こ、こんちゃーす」
つかさは嬉々として、潤は少し照れながらもやはり楽しそうにそう言ってくる。二人の顔に共通して浮かんでいるのはイヒヒっというのが一番適しているように思える白い歯を見せた笑みだった。
「こ、こんちゃ、あぁす?」
「違うよ。あずさちゃん。こんちゃ〜すだよっ」
「いきなり言ってもわからないって! 俺が言ったの、日野森は聞いてないんだから」
あずさ。日野森あずさ。
綺麗な顔立ちに長い髪。モデルばりに整ったスタイル。それから特徴のあるリボンの留め方がチャームポイント。
「こんちゃーす、だ。日野森」
「な、なんなのよ。それは! つかさちゃんや神楽坂君が言っていたのとどう違うわけ?」
「俺が元祖♪」
「も、もうっ! 知らないっ!」
緑色のジャンパースカート。それに白の半袖ワイシャツ。どうもそれがあずさの学校の制服のようだった。
(少しだけ、状況と環境とは変わってきたけれど……)
ホントは夏休みでバイトは終わり。本来ならばこんな時間はありはしない。
(ここに帰って来て良かったと思う)
耕治はやはりバイトを続ける事を選んだ。
学校に通いつつ、帰宅途上にこのキャロットへと自転車で通いつめるという事をしている。
そして……もうひとり。
「前田君、いい加減着替えないと遅刻しちゃうわよ?」
「え? もうそんな時間なのか」
「55分。今さっき神楽坂君が中に入っていったけど……」
「あ、ああ。わかった」
「じゃ、またあとでね」
自分と同じように夏休みの間だけのアルバイトであったはずの女の子。
同い年で、最悪の出会い方をした女の子。なんとか和解した女の子。
立場が近いから色々話せる相手……日野森あずさ。
(日野森、何か思うところあったんだろうなあ)
潤が出てこなければ耕治は更衣室には入れない。
遅刻確定を覚悟しながら、耕治は立ち去って行くあずさのキャロットの制服の背中の大きなリボンをなんとなく眺めていた。