高くて空気が澄んでいる秋の空。
暑くもなく寒くもなく、外を歩いている人たちが全員”良い感じだ”と思うくらいに穏やかな天気。
シャリシャリシャリシャリ
そんな奇麗な夕暮れの空を飛ぶ赤とんぼを追いかけていた子供たちの横を色の付いた風が通り過ぎた。
「ぐっはぁ〜!このままじゃ遅刻だ!」
風はぼやくような声をはるか後ろに置いていきながら吹き抜けいく。
タイヤの接地面積の大きさを呪いたくなる位に大汗をかきながら相棒のマウンテンバイクのペダルを全速力でこぎ続ける耕治が風の主だった。
耕治はいつもの脚力比でいうと1.3倍でペダルをこいでいた。
実はいつもの脚力で走ると夕方の遅番に遅刻しそうなのである。
しかし安全運転を第一主義としている耕治にとって遅刻しそうになっているのには特別な理由があったのだ。
今日も時間通りに学校を出て、いつもの時間通りに5個目の曲がり角を通り過ぎた筈なのに遅刻しかかっている。
それに今の時間でも耕治の脚力ならば途中でトラックの荷台からドラム缶が転がってきたり、道に迷ってしまったお婆ちゃんにでも会わない限り遅刻するような時間でもないのに。
そんな耕治のスケジュールとポリシーを大きく狂わせた張本人は耕治の汗だくな顔を涼しそうな表情で見下ろしていた。
「耕治ちゃん、いっつもこんなにゆっくり走るの?」
悪気は無いんだろうというのは判っているが思わずガクっとペダルを踏んでいた足が外れてしまった。
二人乗りの上に疲れでクラクラしていたので自転車は途端にフラフラし始めた。
「きゃ〜きゃ〜♪」
「あ、あっぶね〜。お願いだから力が抜けるような事を言わないでよ。」
「だって遅刻しそうなんだもん。」
そう言って危ういバランスを楽しみながら抱き着いていた耕治の背中から顔を上げたのは制服姿のつかさであった。
ちょっと”えへへ”と笑った顔と風に流されている奇麗な髪に耕治はドキっとしてしまい、それ以上何も言えなくなって少し速めにペダルをこいだ。
慌ててつかさが耕治の背中に抱き着いた。
「不意打ちはズルイんだから〜。」
「・・・気を付けてね、リクエストに答えて急ぐから。」
「やった♪」
「んじゃ、お約束の可愛い女の子の応援よろしく。」
「まっかせなさい!」
耕治は自分の性格とつかさのノリにヘコミながらも再びいつもよりこいでいる回転数を上げる。
そんな苦しそうな耕治の姿を何故か嬉しそうに見ながら、つかさは後ろのステップにバランス良く立ちながら手を振り回してワーワーと本当に声援を送りはじめた。
周りから見ると前はあった箱根駅伝の伴走を彷彿させる勢いであるから怖いものがある。
実はつかさは耕治の通勤コースの6個目の曲がり角で耕治が来るのを待っていたのである。
その近くにコスプレ用に使う布地を安く大量に扱っているつかさ御用達のお店があって、バイト時間前にちょっとだけと思っていたらしいのだが楽しくなって長居をしてしまったようだ。
「走って行ってもバイトに遅れちゃうかなぁ?」
そんなつぶやきのコンマ5秒後程度で考え付いたのが耕治の人力タクシーだった。
マウンテンバイクだったけど自分がサドルに座って耕治には立ちこぎしてもらおうと子悪魔的な考えで休み時間に聞いた耕治の通り道で待ち伏せ。
そんなつかさの奇襲が成功した結果が今の状況だった。
まんまと捕まった耕治はバイトで使う体力までを削って必死に走ってきたお陰で着替えをする時間をいれたギリギリのところで耕治はピアキャロットの駐車場スペースに入っていった。
そのまま従業員用の駐輪場に自転車を止めると耕治はダァ〜とハンドルに突っ伏してしまった。
「ひぃ〜、なぁんとか間に合った!」
そんな耕治を横目にひょいっと器用にスカートを押さえながらジャンプして降りたつかさは自分の腕時計で本当に遅刻してないか確認した。
「さっすがぁ耕治ちゃん!やっぱり早く走れるんじゃない♪」
「俺は基本的に安全運転なの!」
まだ息を切らせながら耕治は自転車から降りてチェーンのカギを付けるとぐっしょりと濡れたバンダナを外した。
雑きんのように絞ったら汗が落ちてくるのが予想できたし、ここでつかさに”きたない!”とでも言われたら今日は復活できそうもないので止めておいた。
「ふ〜ん、だったら二人乗り用のステップはなんで付いるのかなぁ?」
「それは真士に無理矢理つけられたんだよ、アイツとは同じ学校だしね。」
「なぁ〜んだ、学校の女の子とかに付けさせられたと思った。」
つかさの疑い深い目つきに気がついてはいたが耕治はリュックサックからタオルを取りだして濡れた髪をガシガシふきだした。
「女の子を乗せるなんて、つかさちゃんが初めてだよ。」
「ほんとに?」
「ほんとに!2人乗りするなんて俺にとっては特別なんだから感謝してくれよな。」
「うん!それじゃ今日は耕治ちゃんが初めて自転車に女の子を乗せた記念日だね♪」
「は?そんなに俺って女の子と縁遠いように見えるかな?」
「いいじゃない♪記念日が多いって事は嬉しい想い出が一杯あったって事でしょ。」
「なるへそ。騙されているような気がするけど、それはそうかも。」
真剣にウンウンとうなずく耕治につかさはクスっと笑ってしまう。
それでもつかさは耕治との変な理由でも一緒の記念日ができたと思うと何故かくすぐったいような気もした。
「ほらほら、そんなところで考えてると遅刻しちゃうよ。」
「うげ、そうだった。こんな事で遅刻したら”一生懸命を悔やむ記念日”になってしまうぞ。」
「うん!耕治ちゃんとボクの記念日を変なタイトルにしないように今日も頑張ろうね♪」
「おっしゃ、良い想い出を増やすために今日も頑張って働きましょ。」
くさいセリフに可笑しくなってしまい笑いながら耕治とつかさは時間ギリギリでバックルームに繋がる入り口に入っていく。
すると二人の前に既に制服に着替えたあずさが呆れた顔で二人を迎えた。
「こんちゃ〜す。」
「こんちゃ〜す♪」
「・・・・・」
「元気がないなぁ。もう一回、こんちゃ〜す。」
「こんちゃ〜す♪」
「こんちゃ〜す。」
「「良く出来ました♪」」
どっかのCMに出演依頼が来そうなくらいにバッチリのタイミングで二人がグッ!と親指を立てると、あずさはハァ〜っとため息を吐いてしまった。
「二人とも時間ギリギリじゃない。遅刻したくなかったら早く着替えなさいよ。」
「悪い、悪い。直ぐに着替えて行くからさ。」
「ねぇねぇ、あずさちゃん!聞いて、聞いて。」
「・・・つかさちゃん、私の話を聞いてくれてた?」
「うん、聞いてたよ。それよりもボクの大事な話を聞いて、聞いて!」
まぁ〜ったく聞いてなかったんだろうなぁと耕治とあずさが心の中で突っ込む。
それでも聞いてあげないと一日機嫌が悪いんだろうしなぁと思うとあずさはとりあえず聞くことにした。
「それで大事な話ってなんなの?」
「良くぞ、聞いてくれました♪」
「・・・・で?」
「今日はね、ボクが耕治ちゃんの”初めて”の女の子になった記念日になったんだよ♪」
「「は?」」
「だからね、ボクが耕治ちゃんの初めての女の子になったんだよ♪」
「・・・それはどういう意味なのかなぁ?」
そんな言い方じゃ絶対に誤解するぞと思った耕治はそ〜っと逃げようしたがそれよりも素早く動いたあずさに肩を掴まれていた。
耕治が恐る恐る振り返るとあずさは誤解があった頃の作り笑いを返してきた。
女の子の表情がにこやかの時の方が恐ろしいっていうのは本当なんだよなぁと再確認してしまうと、もう振り返る勇気はなかった。
「ねぇ、つかさちゃん。どういう意味なのかな?」
「あ、ボクは早く着替なきゃ遅刻しちゃう!後は耕治ちゃんから聞いてね〜。」
「つかさちゃん、ちょっと待ってよ!」
「耕治ちゃん。男の子は着替えるのが簡単でも遅刻しないように気を付けてねぇ。」
「ひぃ〜、今では流行らないそんなオチで俺を見殺しにするのかぁ!」
天然ボケを見せるつかさはあずさの変な気配も感じずに耕治を見捨てたように女性用の更衣室にノックしながら入っていってしまった。
あとに残された二人の周りをまるで冬のような冷たい風が通っていった。
「・・・さてと、確かつかさちゃんは前田君に聞けって言ってたよね?」
「日野森!これは誤解なんだ。」
「へぇ〜、誤解?」
「正確に言うとつかさちゃんは俺が初めて”乗せた”女の子だって事だけで・・・・げ、俺も言い方を間違ったか!」
「やっぱり、アンタは女の敵よ〜!!!」
ばっちーーーーーん!!!
Project「リレー小説☆ぴあぴあ」Presents
第2話 「ねぇ、寄り道するのも楽しいでしょ♪」
Written By Maki
「・・・と言う訳でボクは耕治ちゃんの初めての女の子になったんだよ♪」
「へぇ〜。」
「だから”自転車に乗った”を抜かさんでくれ!」
バックルームで、また誤解されそうな事を潤に嬉しそうに話していたつかさにおもいっきり耕治は突っ込んでいた。
その頬は見事に真っ赤な紅葉がプリントされていた。
あずさは”あはは〜”と苦笑いしながら、その頬にさっきから冷たいお絞りを押し付けていた。
「ゴメンね、前田君。」
「別に良いけどさ。」
「本当にゴメンなさい。」
「別に怒ってないけどさぁ〜、俺の事をスケベな男じゃないって事を少しは判ってくれたのかと思ってたんだけどなぁ。」
「だってあんな事を言われれば、誰でもそう思うじゃない。」
「そりゃそうかも。」
あっさり耕治は納得していると「PIAキャロット中杉通り店」の店長でもある祐介 =木ノ下祐介= がバックルームの中に入って来た。
いつものしっぽ髪を綺麗にまとめて制服を着こなしている姿は凛としていて耕治の理想の大人像でもあった。
「お、噂の前田君の紅葉はなかなか見事なものだね。」
「誰から聞いたんですか?」
「皆瀬君が色んな噂を付けて従業員に話しまくってたよ。」
「さっき話したら笑いながら出ていったから悪い予感はしたんだけど。うう、これで明日から変なレッテルをつけられちゃうんだろうなぁ。」
「ははは。それでも皆瀬くんが噂にして流すって事はみんなギャグだって知ってるから代えって大丈夫だよ。」
「本当ですか?」
「冷やかされはするだろうけどね。」
「げ〜。」
「ま、冗談はさておいて。」
笑っていた祐介は真面目な顔をして耕治の顔をじっと見始めた。
なぜかあずさや潤がズササと後ろに下がり、つかさはキャ〜キャ〜言って喜んでいたが当の本人は背中に芋虫がはっていったような悪感に声も出なかった。
「な、なにか俺の顔に用でもあるんですか?」
「見事な頬だと思ってね。」
「い!」
「この赤く脹れた頬ではお客様の前には出せないな。今日はウェイターは止めた方が良いね。」
「・・・あ、そっか。今日はウエィターの日なんだっけ。」
今になって耕治は今日の仕事がウエィターだという事を思い出した。
確かに真っ赤な頬でお客様の前に出たら、それこそ外まで変な噂が流れてしまう。
「ま、今日はここに居る3人に任せて前田君は神楽坂君がやるはずだった”仕込み”作業をやってくれるかな?」
「仕込みですか?」
「そうだよ、なにか不都合があるかな?」
「あんまり料理は上手じゃないので敬遠していたんです。」
「大丈夫だよ、前田君が料理する訳じゃないから。あくまでも仕込みと料理補助さ。」
「で、でも。」
「それにせっかく夏休みだけのバイトを延長してくれたんだし、色んな事にチャレンジするのも良いんじゃないかな。」
「・・・それもそうですね。」
「お、乗り気になってくれたかな。」
「判りました、新米シェフの前田耕治!今日は仕込み作業をさせて頂きます!」
「よし、それじゃ改めて料理長にお願いするから付いてきてくれるかな。」
「はい。」
祐介が耕治を連れて出て行くと3人は慌てたようにヒソヒソ話をし始めた。
”あの”耕治が料理補助をするんだから無理もない。
「今日の料理は要チェックよ。」
「そうだね、耕治を信用していない訳じゃないけどお客様に出したキュウリとかが全部繋がってたりしたら困るのは僕達だし。」
「アハハ、耕治ちゃんなら絶対ウケ狙いしそうだよね〜。」
「聞いてるぞ。」
「「「ぎっくぅ〜!!」」」
「・・・神楽坂、今日付けるはずのエプロン貸してくれよ。」
「あ、そっか。そうだよね。ちょっと待っててね。」
後ろから居なくなったはずの耕治にボソっと言われた潤は慌てて今日付けるはずだったPIAスタッフのエプロンを耕治に手渡した。
既にあずさとつかさはチャンスとばかりに逃げだしたのは言うまでもない。
「えっと、その、頑張って。」
「まぁ、キュウリとかニンジンが最後まで切れている事だけは必ずチェックするよ。」
「う〜、意地悪。」
「大丈夫だって。俺と同じ”男”の神楽坂だって出来るんだから、俺にだって簡単に出来る筈だろ?」
「もっと意地悪だよ!」
「あはは、じゃぁな。潤ちゃんの代わりを精一杯やるから心配しないように。」
「もう、バカ。手でも切っちゃえ!」
「さんきゅ〜。」
耕治は笑いながら潤と別れると、ちょっと急いで厨房に向かっていった。
従業員の通路を抜けてあまり縁が無かった厨房のドアを開けるとムワっとした暖かい風が耕治を出迎えた。
中では数人の調理人らしい人達が忙しい夜の時間の前の仕込みをしながらオーダーをこなしているようだった。
「前田君こっちだよ。」
「あ、はい。」
耕治が慌てて祐介の声のした方にいくと祐介は厨房の料理長と話をしていた。
料理長とはあまり話をした事はなかったが性格は温厚で料理にはこだわりがある人らしく、厨房の従業員達からは慕われていると聞いていた。
「・・・と言う訳で神楽坂君と前田君のシフトが入れ替わりましたのでお願いします。」
「判りました、お預かりします。」
「前田くん、話はしておいたから今日”から”頑張ってな。」
「はい。今日はよろしくお願いします。」
「ああ、よろしくな。夏休みの時からバイトしている癖にこっちには顔を出した事があんまり無かったよな。」
「すいません、料理は苦手なもんでして。」
「ハハハ、素直でよろしい。普通は男ならそんなもんだろうな。」
祐介も調理長と同じように笑いながら”実は僕もなんだ”と言って、厨房から出ていった。
「何時もなら神楽坂君にやってもらう事をしてもらおうかな?」
「そう言えば神楽坂って、仕込みとか上手いんですか?」
「包丁の使い方とか一通りの事は知ってたよ。調理の補助なんかも教えたら結構上手だったぞ。」
「へぇ〜、意外だな。」
「俺や神楽坂君も前田君と同じ男なんだし、君ができない事でも無いさ。基本を覚えれば後は簡単だよ。」
「はぁ。」
料理長は手招きして耕治をあるテーブルに連れて行くと、そこには山の様に野菜が詰まれていた。
その多さに耕治が少しびっくりしているとポンポンと肩を叩かれた。
「これは明日使う予定の野菜だよ。」
「すごい量ですね。これを何時も仕込みしてるんですか?」
「普通の大手のファミリーレストランだと既に手を入れてる物を買っているんだけど、うちは美味しさで勝負してるからね。」
そう言って料理長は耕治にハイっと包丁と緑色の固まりを渡した。
ズシっとくる重さで緑の固まりのような野菜と言えば・・・
「キャベツ?」
「大正解。では次の問題、キャベツを仕込むと言ったら前田くんは何を連想するかな?」
「・・・線キャベツですか?」
「またまた大正解、前田君には線キャベツを作ってもらうから。」
「え〜、あれって細かく切らなくちゃ意味が無いじゃないですか!」
「そうだよ、だから包丁の使い方を勉強するのにはもってこいだよ。」
「やった事ないんですけど・・・」
「今から教える。」
「・・・」
とりあえず耕治は料理長からやり方を教わった。
料理長の華麗な包丁さばきを見とれた耕治も慣れない包丁に怖がりながらも切り始めた。
ザク ザク ザク
ザク ザク ザク
ザク ザク ザク
ザク ザク ザク
「・・・だぁ〜、難しい!」
「そりゃぁ難しいだろうなぁ、普通の主婦でも包丁で細い線キャベツを切れずにスライサーとかで作ったりするしな。」
「ここの厨房には”すらいさー”とかいうのは無いんですか?」
「あるよ、でっかいのが。」
「・・・だったら、それを使った方が見栄えも速さも良いと思うんですけど。」
「でも前田君の勉強にはならないだろう。大丈夫、今日できなくても店長からは一週間ビッチリ仕込んでくれって頼まれたから時間はあるぞ。」
「シフトが既に決められているんですか?」
「あれ?さっきも店長は今日からって言ってたし、前田君が特に希望したって聞いてるけど・・・。」
唖然とした耕治の脳裏に祐介の言葉が再生され始めた。
”それにせっかく夏休みだけのバイトを延長してくれたんだし、色んな事にチャレンジするのも良いんじゃないかな。”
「・・・そういう事か。」
「どうやら店長に仕組まれたようだな。でも良い機会じゃないかな?」
「はい、こういう機会でも無かったら同じピアキャロットの中でも知らなかったって事が多くなりそうですし。」
「ははは、そう言う事だ。なにも可愛いウェイトレス姿ばかりがピアキャロットの良いところじゃないしね。うちは更に”美味い”を追加したものをモットーにしているからね。」
「そうですね。」
「その為にも君たちウェイター・ウェイトレス達とも連帯関係を持たなくては。そうだ、お客に出す料理の神髄って知ってるかい?」
「え、美味い物を出すって事ですか?」
「それは当たり前だよ。答えは”熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに”って事さ。」
「あ!」
「な、だから俺達が頑張って作った料理を君たちが素早くお客様に出すって事が大事なのさ。」
「なるほど。」
「もっと厨房のこと、お客に出す料理のことを理解するってのが前田君のこれから一週間の大事な仕事ってところもあるかな?」
耕治は注文された料理は頼めば出てくるものであって、それをまた注文したテーブルに持っていく事がウェイターの仕事と思っていた事を改める事にした。
みんな自分の誇りを持ってお客が喜んでくれるような料理を作っているんだなぁと大袈裟な事も考えていたが。
「お客に出す調理ってものがどういうものか知ってもらうには、この仕込みが一番だと思った訳だ。」
「そうですね、細かすぎても太すぎても美味しくないですし。」
「お、判ってるじゃないか。あとは作り置きする為に水で洗うとシャキッとするけど水っぽくなって美味しくないとかな。」
「へぇ〜、でもそれに気が付いてくれる人ってどれ位いるんでしょうね。」
「でも気が付かなければ手を抜いていいってものでもないんじゃないかな?」
「・・・すいません、調子にのってしまいました。」
「判ってくれたなら頑張って勉強してくれよな。」
「はい!」
耕治は今度は人が変わったように気合を入れて線キャベツを切り始めた。
そんな耕治を面白そうにみながら料理長は激励の言葉を送った。
「あ、そんな厚い線キャベツではお客に出せないから失敗したのは持ってかえって食べるように。」
「え〜!そんな殺生なぁ!!」
「食べ物を無駄にしてはいけないぞ♪」
そんな料理長の暖かい声援にブツブツ言いながら耕治が上手く切れるようになった頃には営業時間終了目前であった。
更に山盛りの失敗した線キャベツの回収と厨房の片づけを手伝うと既に9時半近くになっていた。
片手に大きいビニール袋一杯に入った”お土産”を持った耕治は料理長に挨拶すると着替えて店をでた。
「う〜、こんな沢山の線キャベツをどうしろっていうんだよ。」
緑色一色になった袋を見ながら恨めしく思った。
しかし上手く切れるようになって料理長の言葉に調子にのった耕治が切らなくても良いキャベツまで切ったので自業自得だった。
「キャベツを線キャベツにしてしまった時の食いかたって限定されるよなぁ。」
頭の中で調理方法を考えたが幾ら考えても大皿に盛った線キャベツの横にあるドレッシングの名前が変るだけで良い案が浮かばなかった。
もう普通に食うしかないかと半ば諦めながら自転車を取りに行こうとすると後ろから誰かに呼ばれた。
「お疲れさま、前田君。」
「こんばんにゃ〜、耕治ちゃん♪」
「あれ?日野森につかさちゃん?」
ピアキャロット前の歩道のガードレールの上に器用に座っていたのは制服姿のあずさとつかさだった。
耕治は急いで自転車のチェーンを外して二人の元に駆け寄った。
「こんな夜遅くまでどうしたんだよ。」
「帰りも耕治ちゃんに送ってもらおうかなって、出てくるのを待ってたんだよ。」
「げ。」
「つかさちゃん違うでしょ。実はその袋の中身を待ってたのよ。」
「これ?」
不思議そうに手に持った線キャベツを袋を持ちあげるとウンウンと二人は肯いた。
線キャベツダイエットなんかあったっけ?と思っているとつかさが袋を受け取った。
「わ〜、こんなにあるんだ♪」
「これは楽しめそうね♪」
「食べるならあげるよ、そんな大量の線キャベツを一人じゃ食べきれないし。」
「線キャベツって、前田君は線キャベツのままで食べようとしたの?」
「それ以外に食いかたがあるなら教えてくれ。」
半ば諦めていた耕治に二人は向き合ってクスクスと笑い始めた。
もしかしてあるのか!と期待した目をし始めたので、つかさは大きく手を振り上げた。
「今日は葵ちゃんの部屋で”チキチキ!第23回 ピアキャロットお好み焼き大会”を開きま〜す♪」
「お好み焼き!!そうか、そういう手があったか!」
「呆れた、彼女も居ないのに自分であんまり料理した事が無いって本当だったのね。」
「ふふふ、今日は大きな心で日野森の暴言は許そう。でも良く俺が線キャベツを沢山持ってかえるって知ってたね?」
「料理長が葵さんと涼子さんに話したみたいよ。それで何か作ってあげてくれって。」
耕治は星が降りそうな夜空に料理長の顔を思い出し、考えられるだけの感謝の言葉を送っていた。
その横には大胆すぎるタンクトップ姿でビール片手に酔っ払っている葵 =皆瀬葵= と、同じように服を脱ぎ掛けている涼子 =双葉涼子= のピアキャロットきっての美人お姉さんの姿もあったがとりあえず無視しておいた。
「葵ちゃん達は先に帰ってホットプレートと材料の準備をしてるってさ。早く行こうよ♪」
「うっし、それじゃお好み焼き会場にレッツラ・ゴ〜だ!」
耕治は意気揚々と自転車を押して歩き始め、待っていた二人も並んでPIAキャロットの社員寮への道を歩き始めた。
大体道のりの半分位まで歩いた時につかさが今日乗せてもらったマウンテンバイクに乗りたがり、一人で自転車に乗りながら道を前に行ったり後ろに戻ってきたりしていた。
耕治とあずさは並んで歩きながら、そんなつかさを見ていた。
「ねぇ、久しぶりにウエイターとかキャッシャー以外の仕事はどうだった?」
「唐突だな。」
「ちょっと興味があってね。今週いっぱい仕込みのシフトにしたのも合わせてだけど。」
「仕込みの方は奥が深くて結構面白いかな?それと今週いっぱいってのは店長の差し金なんだよ。」
「そうなの?」
「せっかくバイトを延長したんだから毎週同じローテーションでバイトするのはもったい無いって事かな。」
「へ〜、やっぱり店長さんって前田君の事をだいぶ期待してるみたいね。」
「ふ〜ん。」
耕治は何気ない一言に思わず相づちをうってしまってから、なぬ?とあずさの方を音がなりそうな感じで一瞬にしてびっくりしている顔を向けた。
「へんな顔。」
「ほっといてくれ、それよりも店長がって。」
「うん、夏休みの最後の方なのかな?店長さんは前田君の事をスタッフに迎えられたらいいなぁって話してたんだって。」
「話してたって誰から聞いたんだ?」
「留美さんからだから信憑性があるでしょ?」
中杉通り店の店長である祐介の妹である留美とは夏休みにヘルプに来てもらってから親しくなった間柄であった。
特にあずさやつかさは年上のお姉さんでもある留美とは仲が良くヘルプが終わった後でも電話等で良く話しているとあずさは耕治に話した。
「でも実感わかないよなぁ、俺なんか今だって厨房やそこで働いている人の事なんか全然理解してなかった事が分かったし。」
「だから色んな視野で見て新しい事を知って欲しいんじゃないの?」
「なるほど。やっぱりすぐに答えがわかっちゃうし、俺と違って日野森って頭いいよな。」
耕治が感心したようにあずさに言ったが、あずさは何も答えないで夜空に浮かんだ月を見ていた。
「どうしたんだよ?」
「・・・前までは前田君と一緒で答えを出すのに色々悩む性格だった方よ。」
「なんだそれ、俺が悩んだなんてのはこの前位だぞ。」
「今はそうでもないんだけどね♪」
「答えになってないぞ。」
耕治はあずさの言っている事がいまいち掴めないでいるとあずさは判らないの?という目を向けてきた。
「女の子の考えている事なんて俺に判る訳ないじゃんか。」
「それもそうよねぇ〜。前田君って、そういうのには縁遠そうだし。」
「日野森まで言ってしまったな。だったら何を悩んでたのか、もてない俺に教えてくれるかな?」
「まぁ、乙女の悩みってところかしら。」
「また意味不明な答えはやめい。」
「ふふふ、もう少し前田君の気持ちに余裕が出たら教えてあげるわよ。」
あずさはそう言うと前で遊んでいるつかさの所まで走っていってしまった。
そんな姿を耕治は立ち止まって頭をかきながら二人の姿を見ていた。
「本当にわからない奴だよなぁ。・・・でも日野森もつかさちゃんもこれからの事を俺と同じように悩みながら考えてるって事なんだよな。」
祐介が自分をスタッフに呼びたいと言っていると知っても、まだ明確な将来のビジョンが見えない耕治にとっては喜んでいいのだろうがそんなに実感は湧かなかった。
まだこれからの事も考え途中だし、今回の仕込みのシフトも考える材料のひとつとしてやっているだけの事だった。
「でもみんなに置いてかれないように頑張らなくちゃな。」
あんな風に二人が離れて、見えなくなって、何時の間にか居なくならないように。
ゴールはあるはずだから何処でも良い、まずは自分も歩きだそうと。
だから今はあまり考えないでとりあえず何でもやってみる。
いつもとは違う道を歩いてもみる。
そう、どんな事でもいいんだ。
何か自分の道標になる物を見付けるまでは・・・・
改めて決意した耕治は立ち止まったいる足をゆっくりと動かし始めた。
「・・・ちょっと待てよ、あんな風にって?」
耕治が自分の言葉の意味に気が付いて慌てて前を見るとあずさはつかさの後ろに乗って一緒に自転車で走って行こうとする事に気が付いた。
「じゃね〜耕治ちゃん。」
「早く来ないと無くなっちゃってるかもよ〜。」
「ひっで〜、置いてきぼりかよ!」
耕治は前言撤回とばかりに大きく足を踏み出して二人の後を追いかけていった。
そんな3人があと少しで帰ってくる頃。
下拵えをしている葵と涼子は仲が良さそうな3人とは違って、テーブルを挟んで向き合って”う〜”と唸っていた。
「ね、涼子。今日はお好み焼きの筈よね。」
「そうよ。今日は前田君が精根込めて切った線キャベツでお好み焼きを作るわ。」
すでに臨戦態勢が整った葵は秋だというのに標準装備の短いズボンにタンクトップ姿で片手には当然のように缶ビールがあった。
それに負けじと何故か長い髪を振り乱しながら、こちらもビール片手に少し酔い始めた涼子が答えた。
テーブルの上には大きなホットプレートと沢山の具が並んでいた。
だが何故か葵の側にある具と涼子の側にある具が違っているのだ。
これがにらみ合っている原因である。
「お好み焼きって言ったら具を混ぜて焼く”関西風”に決まっているじゃない!」
「葵は判ってないわ!お好み焼きと言えば混ぜずに沢山の具を使って作る”広島流”に決まってるじゃないの!」
「あんなのはお好み焼きじゃ無いわ!表面はカリっとさせて中身はトロリとしてて、具の味をハーモニーと化して凝縮した味は全部混ぜて作らないと出ないわ。」
「それを言うならたくさんの具を圧縮して作った広島流はそれぞれの具の味を生かして作っているのよ!それに作るのだってかなり技量がいるんだから!」
「そういうのが嫌なのよね〜、自分で作れないのってさぁ〜。」
「なに言ってるのよ!そういうのが良いんじゃない。」
「「う〜!!」」
一気に捲し立てて、にらめっこして、ビール飲んでの繰り返しである。
結局、買い物当初から自分の好みを主張しているようだ。
互いに譲らないのだが唯一二人がこだわるソースの品名が”おたふくソース”であったのはラッキーだったかもしれない。
「難しくて焼けないんじゃ、お腹を減らして帰ってきた耕治くんが可哀相なんじゃないの?」
「う!・・・良いのよ、前田君の分は私が焼いてあげるから。」
「前田君”には”お優しいんですねぇ〜♪あ、私も優しいお姉さん候補として作ってあげようかなぁ。」
「あ・お・い!!」
「キャ〜、涼子がヤキモチ焼いたぁ〜♪」
「もう、葵は直ぐからかうんだから・・・・飲んでやるわ。」
「いけいけ〜♪」
キンコーン
そんな調子で他の人の目からは盛り上がっているように思える所にドアのベル音が聞こえた。
どうやら待ち人来たると判ったのか、葵は”は〜い”と言いながらドアを開けに行き、涼子は一瞬でほろ酔いが冷めたように慌てて身繕いをした。
そこに沢山の線キャベツを持った耕治達が入って来た。
「こんばんわ、涼子さん。」
「お疲れ様ね、前田くん。」
「ボク達もいるよ〜♪」
「つかさちゃんもあずささんもご苦労様でした。」
「いえ。」
「は〜い。」
「さぁ〜、主役の線キャベツも来た事だし、パーティを始めましょうか!」
「俺が主役じゃなんですか?」
「今日は脇役に回ってね。」
「そんなぁ〜、俺が頑張って切ったのに。」
夏のバイトから変わらない葵と耕治の掛け合いに思わず涼子が笑ってしまうと、それにつられて全員が笑い始めた。
今日の脇役に決定した耕治は涼子と葵の間に挟まれて座らされ、その前にあずさとつかさが座った。
葵は待ってましたとばかりに新しいビールを冷蔵庫から5本とりだして耕治達と涼子に渡した。
この頃は慣れてしまったようで一本くらいならあずさやつかさも大丈夫のようだ。
「それではちょっと夜遅いけど、耕治君が一生懸命に作った”厚い”線キャベツを使ったお好み焼き大会の開催を祝って。」
「「「「かんぱぁ〜い!」」」」
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ
「あ〜!労働の後のビールは美味い!」
「前田君は未成年なんだからほどほどにしてね。」
「そうですね、葵さんの様にならないように気を付けます。」
「耕治君は涼子の言う事はちゃんと聞くのよね〜。」
「そんな事ないですよ、葵さんの言う事だって”まともな時”なら聞きますよ。」
「ひっどいんだ〜、そういう耕治君には一本追加よ。」
「これは嬉しい罰ですね♪」
耕治が本当に嬉しそうに葵の罰を受け取ると涼子は何故かウ〜と唸りながらビールをぐびぐび飲み始めてしまった。
あちゃぁ、これはヤバイかなぁと涼子の飲むスピードによる心理状態に詳しい葵はすでに余熱してあったホットプレートの加減をみてみた。
「ほら、涼子も飲んでばかりいないで耕治君に”広島流お好み焼き 涼子ばーじょん”を作ってあげなさいよ♪」
「え、え、え!」
「涼子さんが作ってくれるんですか?」
「私が作っていいの?」
「あったりまえでしょう、線キャベツも切れない耕治君にやらせたら何ができるか判らないじゃない♪」
「うう、言い過ぎですよ〜。・・・でもお願いできます?」
「ええ、喜んで。」
この一言で機嫌が直ったようで涼子はニコニコしながら溶いて合った生地のボールを取るとホットプレートに広げ始めた。
あとは豪快としか感想が無いくらいに耕治特製の厚い線キャベツとネギを山盛りにしていった。
すごいですねぇと耕治が感心しながら涼子のお好み焼き講座を聞き始めているのを黙ってビールを飲みながら見ていた葵はツンツンと誰かに突つかれた。
「ねぇねぇ、葵ちゃん。」
「なに、つかさちゃん?」
「涼子さんってボク達の分は作ってくれないのかなぁ?」
「・・・へ?」
「だからボク達の。」
さすが涼子といったところか、こんなに大勢いるのにホットプレートいっぱいを使って耕治のぶんだけを作っていたのである。
葵は苦笑しながらも耕治に作ってあげようと準備していた生地を手に取った。
「こら。涼子ってば私達も焼くんだから半分貸しなさい!」
「え・・・ああ!ゴメンなさい。」
「つかさちゃんもあずさちゃんも待っててね、葵さんご自慢の大阪風お好み焼きを作ってあげるわ!」
「わ〜い、大きく作ってね。」
「まっかせなさい!」
葵は溜まったうっぷんを発散させる勢いで耕治特製の線キャベツが入った生地をホットプレートに流していった。
「さぁ!具もキャベツも大量にあるんだから今日から一年は食べたくないって言うほど食べなきゃ帰さないんだからね!」