「……あれ?」

浩之は鞄の中身を確認しながら首を傾げた。
鞄に入れたはずの英和辞典が見当たらなかったからだ。
次の授業は英語。出席番号の関係で、今日は質問を受ける可能性が高いと見た浩之は休み時間のうちに少し調べ物をしようとしていたのだが……

(しゃーねぇ……)

鞄を戻すと視線を巡らせる。すぐに一人の少女に目が行く。
浩之は席から立ち上がって、その少女の席へと向かった……


「おい、あかり」

「え? あ、浩之ちゃん」

背後から声を掛けられたあかりは驚いたように振り向いた。

「なあ、英和の辞書貸してくれよ。俺、家に忘れてきたみたいなんだ」

「ええっ! 浩之ちゃん勉強するの?」

「……なんだよ、その驚きようは。俺だってやる時はやるぞ」

「ええと……あの、その、ちょっと珍しいかなあ……と思って」

「なーんてな。今日は19日だろ? 俺の出席番号も19なんだよ。英語の手塚はいつもこのパターンで質問してくるからな」

「ああ、そういうことなの……はい、コレ」

あかりは笑顔で浩之に辞書を渡した……その時。
ふと視線を感じた。
その方向を見る。

「あ……」

視線の先には委員長――保科智子がこちらを見ていた。
一瞬、視線が合う。その瞬間、二人は同時に視線を逸らした。

「あん? あかり、どうかしたのか?」

怪訝な表所であかりを見つめる浩之。浩之の遥か後方の席に座る智子の様子には気がつかなかったようだ。

「う、ううん。何でもないよ。それより浩之ちゃん、早く予習しないと休み時間が終わっちゃうよ」

「おっと、いけねえ。それじゃあ、すぐに返すからからちょっと借りるぜ」

「う、うん」

自分の席に戻る浩之を見ながら……そっと智子の様子を伺う。
彼女は教科書を読んでいた。しかし、あかりには判った。
彼女は教科書を読むふりをして、視線は浩之を追っていた。
あかりは前を向いて小さく俯いた。





ToHeart Side Story

フェアゲーム
作:御巫吉良(KIRA・MIKANAGI)



「…なのよ、まったく…あの先生ったら陰険でさー。あかりもそう思うでしょ?」

「う、うん。でも、仕方が無いと思うよ…先生も悪気があってやってるわけじゃないと思うし…」

放課後。あかりは靴箱の前で会った志保と二人で帰宅していた。
いつもと同じ、志保が一方的に今日の出来事を面白おかしく話し、あかりが相槌をうつ。
傍から見るとそう見えた。

「ねえ…志保。どうして今日はあたしを待ってたの?」

「え!?」あかりの言葉に志保は過剰に反応した。

「や、やーねぇ、別に待ってなんかないわよ、偶然よ、ぐーぜん」

「そう…?」

「……」

ハァ……今までの明るい表情を一変させて俯いてため息をついた。

「…何でわかったの?」

「…うーん……なんとなく、だよ」

「そう……あかり、少し時間ある?」

「え?」

「公園によって行かない?……ちょっと話があるの……」

「……うん」

何時にない真剣な表情の志保にあかりは表情を消して頷いた。



あかりと志保が二人で校門を後にしてからおよそ10分後。
智子は一人、昇降口で靴を履き替えていた。

「よう、今日は一緒に帰るか?」

背後から声が掛かる。

「……」智子は無言。誰の声かはわかっていた。

「おーい、委員長。聞こえねーのか?」

「……」無言のまま上履きを直してそのまま昇降口を後にする智子。

「おーーい! 無視すんなよーー!!」

「大声で言うな! 恥ずかしいやろが!!」

真っ赤になって憤然と振り向く智子。
周囲の生徒の注目を浴びている事に気付き、更に顔を赤らめながら俯く智子。
浩之は対照的に平然と智子の様子を静かに見ていた。

「帰ろうぜ、一緒に」

「……くわ」

「あん? 聞こえねえぞ、委員長」

「今日は……遠慮しとく……わ」

搾り出すような声で智子は浩之の誘いを拒絶した。
さすがの浩之も不信な表情を浮かべて智子を見やる。

「おいおい、昨日寄りたい店があるって言ったのは委員長だろ? どうしたんだよ、今日は」

「ち、ちょっと急用ができたんや」

俯いたまま答える智子。

「おい、委員長。どうして俺の顔を見ないんだ」

「……!」智子の体がビクッと反応する。

「……なにか、あったのか?」

「……なんでもあらへん……」

智子が顔を上げる。浩之にだけ見せる笑顔だった。

「カンニンな、ホンマに急用やねん。この埋め合わせは絶対にするから!」

「……そっか、わかったよ」

浩之は素っ気無く言う。その態度が自分を心配していながら、干渉はしないポーズだと智子は知っていた。
知っていたから……苦しかった。

「そ、そしたら、急ぐから、また明日な!」

言い捨てて智子は駆け足でその場を立ち去った。




「え?」

「だ、か、ら。告白よ」

志保の思い掛けない言葉にあかりは面食らった。

「志保が?」

「違うわよ! あかりが、よ!」

「誰に?」

「ヒロに決まってるじゃない!」

あさっての方向に顔を向けながら苛立ちを隠せない様子で志保が言った。

「いい加減、カップルになっちゃいなさいよ。あんたたち見てるとイライラするのよねー」

「志保……」

「毎日一緒に学校に来て、たまにお弁当まで作ってきて……誰が見ても恋人同士じゃない。いい加減きちんとしなさいって言ってるのよ」

「突然どうしたの、志保?」

「どうもしないわよ。ただ、アンタたちがちゃんとくっついていないから妙な噂が……」

「噂?」

(しまった!)ついつい余計な事を言ってしまったと思い、志保は顔をしかめた。

「なんでもないわよ、とにかくアタシも協力してあげるからすぐに……」

「……志保。噂って……保科さんのこと?」

「え!?」

志保は驚いてあかりの顔を見た。
あかりは寂しげな表情で微笑んでいた。

「その噂……きっと本当だよ」

「どうしてそんな事がわかるのよ! あいつがそう言ったの!?」

顔を真っ赤にしてあかりに詰め寄る志保。
あかりは少し俯いて視線を逸らした。

「ううん……でも、わかるよ。だって……浩之ちゃんが保科さんを見る瞳……すごく優しい瞳をしてるから」

あかりは顔を上げて志保に視線を合わせて微笑んで言った。

「……」志保は無言のままあかりから視線を逸らした。

「あかりは……それで良いの?」

普段の彼女からは考えられないほどか細い声で問う志保。

「……浩之ちゃんが選んだんだよ。仕方が無いよ」

「なんでそんなに物わかりが良いのよ、アンタは!」

志保はあかりの胸倉を掴んで持ち上げた。

「好きなら好きって言えばいいじゃない! いくらでも機会はあるじゃない! あんな横からしゃしゃり出て来た女にかっさらわれていいの!?」

「し、志保……」

苦しげな表情で志保を見るあかり。

「し、志保、苦しい……」

「あ!」慌てて手を離す志保。

「ケホッ、ケホッ」小さく咳き込むあかり。

志保はしばし呆然と自分の両手を見詰めていた。
ほとんど無意識の行動だった。

(あたし……なんでこんなに興奮してるんだろ……)

「ねえ、志保……」

あかりの声にハッと振り返る志保。
真剣な表情で志保を見るあかり。

「わたしは寂しいけど、嬉しいの。浩之ちゃんがわたしを選んでくれなかったことは寂しいよ。でも、保科さんを好きになった浩之ちゃんはなんだか生き生きしてるの。そんな浩之ちゃんを見るのがわたしは嬉しいの……おかしいかな、わたし?」

「あかり……」

「お願い、志保。浩之ちゃんを祝福してあげてよ」

「え?」

「志保は……保科さんのこと、嫌い?」

「……わよ」

「え?」

「できないわよ、あたしは……」

「志保……」

「あたしは嫌よ! このままが良い! いつまでも『仲良し四人組』でいたいのよ!」

「あっ、志保!」

志保はあかりに背を向けて駆け足でその場を走り去った。




「ただいま……」

志保は憂鬱な表情で帰宅した。
そのまま2階の自分の部屋に入ると、鞄を放り投げて、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

(……アタシ……何が言いたかったんだろ……)

『仲良し四人組』……思わず口から出た言葉だった。
顔を机の方向を見る。
机の正面に一枚の写真が壁に貼られていた。
あかり、雅史、浩之。そして自分の4人の写真。

(……本当にそれだけなのかな……)

思わず出た言葉……嘘ではないのだと思う。
いつも4人でいた。その関係が壊れてしまうんじゃないかと思った。
でも……浩之が誰かと付き合うなら絶対にあかりだと思っていた。

(だからアタシは納得してた……?)

納得? 何を?
浩之が誰と付き合おうと……自分には……

(関係ない……はず……なのに)

トゥルルル、トゥルルル。

突然、電話のベルが鳴る。
志保は無視を決め込んだ。しかし……

トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。

「もう!……」

一向に鳴り止まない電話に業を煮やした志保は電話を取った。

『もしもし……志保?』

「あかり?」

電話の主はあかりだった。

『志保……さっきはゴメンね』

「え?」

なぜあかりが謝るのか志保にはサッパリわからなかった。

『あたし……志保の気持ちも考えないで……言いたい事言っちゃって……本当にゴメンなさい』

「な、なに、言ってんのよ、あかり。意味が全然わかんないわよ!」

『志保?……気付いていないの?』

気付く? なにを?

『浩之ちゃんのこと……好き……なんでしょ……』

「え……」

好き?
誰が?
アタシが?
ヒロを?

「……か」

『え?……』

「そっか……アタシ、そうだったんだ」

多分、あかりの言う通りなんだろう。
そう考えればすべて辻褄が合うのだから。

「アハハハハ……」

『し、志保?』突然笑い出した志保に驚くあかり。

「あーあ……アタシ、初恋と失恋、一度にしちゃったんだ……」

『……志保』

「謝るのは……こっちの方よ、あかり。アタシ……アタシが、バカだったから…あかりに当たって……」

『志保……保科さんと友達になれないかな?』

「え……」

『いきなりだけどね……保科さん、きっと良い人だと思うの。お願い……』

「無理よ……だって……」

志保は言葉を詰まらせた。

「だって……アタシ、酷い事言っちゃったもの……ゆ、許してなんて……言えない……よ」

堪えきれずに、志保は泣きだした。




放課後の教室。
智子は誰もいない教室で一人、帰り支度をしていた。
定例の委員会が長引いた為だった。

普段は仏頂面の智子だが、この時の表情は柔らかかった。
明日、浩之と放課後買い物に行く約束をしていた為だ。

不思議だった。
こちらに引越してから友達のいない自分だったが、神戸で暮らしていた時でもこんなに心弾む時はなかったような気がした。
文字通り浮かれていた智子は自分に近づく人間に気がつかなかった。

「保科さん、ちょっといいかしら」

驚いて振り向くとそこに見覚えのある少女が立っていた。

「……長岡さん?」

「話があるんだけど、いいかしら?」

志保はいつになく真剣な表情で言った。

智子は戸惑っていた。
彼女の事は知っているが、直接話をしたのはこれが初めてだった。
よく“志保ちゃん情報”なるゴシップネタを仕入れてはこちらのクラスでも発表しているので、ある意味有名人だった。
そして、浩之の昔からの友人でもある。

「なんや? 改まって」

「ちょっと、みょーな噂を聞いたからね……一応確かめておこうと思って」

「噂?」

「保科さん、あなたヒロと付き合ってるって本当?」

「え……」

ストレートな質問に驚く智子。
学校ではあまりそういう態度は見せていないつもりだったで噂になっていることを知らなかったのだ。

「まあ、そんなことあるわけないとは思ってるんだけどね」

鼻で笑うように断定的な口調で喋る志保。

「な、なんでそう言い切れるんや!」

「あら? やっぱり付き合っているつもりなんだ?」

馬鹿にしたように業とらしく驚く志保。

「多いのよねー、そう思い込む人って」

「え……」

志保が初めて智子の顔をジッと見つめる。
哀れむような表情を浮かべて智子を見る志保。

「ヒロってさ、めんどくさがりに見えて、妙なところでマメなのよねー。困った人を見ると放っておけない性分なのよねー」

志保の言葉が智子の胸に突き刺さった。

「そんなんだからさ、助けてあげた女の子に意外とモテるのよね。私にだけ特別に想ってくれていると、勘違いしてねえ」

放っておけない?
勘違い?

見る見る自分の顔が青褪めていくことを自覚している智子。

「見ればわかるとは思うけど、ヒロにはちゃんとあかりがいるんだから。ちょっと親しくなったからって、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたあの娘にからヒロを取れると思ってるの?」

ゆっくりと智子に背を向ける志保。

「思い当たるフシ、あるんじゃないの? 悪い事言わないわ。早くその“勘違い”に気付いた方がいいわよ……話はそれだけよ」

志保はゆっくりとした歩調で教室のドアへと歩いていく。
その後姿を呆然と見詰めながら、智子は何も言えなかった……




午後7時過ぎ。
繁華街に一人、セーラー服姿の少女が歩いていた。
智子である。
浩之と学校で別れてから何をするでもなく繁華街をブラブラと歩いていた。
頭の中に霞がかかったかのように考えがまとまらない。
いや、何も考えたくなかった。
何かを考えようとすると否応無しに志保の言葉が浮かんでくるからだ。

『困った人を見ると放っておけない性分なのよねー』

ただ困っていたから、たまたま目に止まったから自分を助けてくれた?
それでは捨てられた犬や猫と変わらない。
自分は……そんなものと同じように見られていたのだろうか?
放って置けないから……仕方がなく付き合ってくれていたのだろうか?

浮かれていた自分が酷く惨めに思えた。
そして……情けなかった。自分は誰も頼らないと決めたはずなのに……

トントン。
不意に肩を叩かれた。
ぼんやりとしたまま振り向くと中年のサラリーマン風の男が立っていた。

「ねえ、君、幾らだい?」

好色な笑みを浮かべて指を立てて示す男。
何のことかはすぐにわかった。
いつもなら持っている鞄を男の顔面に叩きつけて追っ払っているだろう。
だが、今日はそんな気にならなかった。

(いっそ……落ちるところまで落ちても……)

そんな事まで考えたその時、

「おい、おっさん」

新たな声の主に訝しげな表情で振り向く男。つられて智子も振り向いて、驚いた。
怒りの形相で浩之が立っていた。

「この子になんか、用かい。俺と待ち合わせしてたんだけどなあ」

ドスの聞いた声で男を睨み付ける浩之。

「ひっ!」男は奇妙な悲鳴を上げて、慌てて逃げ出した。

はぁ……浩之が小さくため息をついて智子を見る。

「いったい何の用事なんだ。いつまでもブラブラと……悪いと思ったけど、ずっと尾行させてもらったぜ」

「なんで……」

「うん?」

「なんで、そんな事するんや。ウチなんかどうでもええやろ」

「どうでもって……どうしちまったんだよ、委員長。どうでも言い訳ねーだろ」

「ウチはもう何も困ってへんで。ウチに構う必要はないやろ……」

「はぁ?……何を言ってるんだよ、委員長。俺たちは……」

「もう、気を使わんでエエって言うとるんや!!」

智子はキッと浩之の顔を睨みつけるように見た。

「アンタには神岸さんがおるんやろ! ウチなんか放っとけばええんや! 同情はもう真っ平ご免や!!」

パンッ

「あ……」呆然と痛む左頬を押さえる智子。

浩之は、平手打ちを放った右手をそのまま智子の肩に置く。

「何、勝手に突っ走ってんだよ! いつ俺がそんなこと言ったんだよ! 俺が同情で委員長と付き合ってると思ってるのかよ!」

捲くし立てるように怒りを滲ませて喋る浩之。

「あかりは……確かにずっと俺のそばにいてくれた奴だよ。でも、どちらかと言えば兄妹みたいなもんなんだよ」

優しく、諭すように喋りつづける浩之。

「委員長は違うんだよ。俺にとって……なんて言うか……とにかく、特別なんだよ」

「あ……」

智子は堪えきれずにボロボロと涙が溢れ出した。

「ふ、藤田君…」

智子は浩之にすがり付くように浩之の胸に顔を当てた。
そんな智子を浩之はそっと抱きしめた。
智子が泣き止むまで……浩之はそのまま動かなかった……




次の日の休み時間。

「保科さん」

智子は顔を上げるとあかりが立っていた。

「ちょっと……いいかな? 話があるんだけど……」

遠慮がちにあかりが言った。




場所を移して屋上にやってきたあかりと智子。

「ごめんなさい!」

いきなり頭を下げるあかり。

「な、なんやの、突然」

「志保の言ったこと……あれ、全部嘘なの。本当にゴメンナサイ!」

「あのなあ……何で神岸さんが謝るんや」

「え、だって、志保はあたしの為に……」

「事情はどうあれ、言うた本人が謝るのがスジやろ。あんたに謝られる筋合いはあらへんで」

「そうよ、あかり」

「え!? 志保!」

ドアを開けて志保も屋上に上がってきていた。
志保は智子の前に立つ。

「言っときますけど、アタシは謝らないからね!」

「なっ!」

志保の意外な態度に瞬時に頭に血を上らせる智子。

「実はね、アタシもヒロのこと好きだったのよ」

「はあ!?」

突然の志保の告白に驚きの表情に変わる智子。
そんな智子の表情を見て、得意気な表情を浮かべる志保。

「だからね、ライバルを蹴落とそうとするのは当然よね。騙される方が悪いのよ」

「な、な、何様のつもりや、アンタは!」

激昂した智子が食ってかかる。

「そうねえ〜。まあ、アタシがヒロを好きだったことを言ってなかったのはフェアじゃなかったかもね……それに関しては謝るわ。これからはフェアに戦いましょう」

「それが謝る人間の態度か!」

「大体、アタシが言ったことって全部が嘘じゃないわよ〜。ヒロが女の子に優し過ぎるのは本当だし、アンタだって、未だに“委員長”としか読んでもらえないじゃない」

「そ、それは……」

「ふふん、まだまだ付け入る隙は十分有りそうね〜。あかり、アンタもよ!」

「え?え?え?」呆然と二人の会話を聞いていたあかりは突然自分に向けられた二人の視線にたじろいだ。

「負けないわよ、あかり!」

「うちかて負けへんで! 神岸さん!」

「え? え? ええーー!!」




エピローグ


昼休み。

「ハーーーイ、ヒロ♪」

昼休みのチャイムがなったと同時に教室に志保が飛び込んできた。

「な、なんだよ、志保」

思わずたじろぐ浩之。

「アンタ、どうせまたパンでしょう? アタシがお弁当作ってきて上げたわよ〜……って、何よ、その二つのお弁当は!」

浩之の机の上には既に二つのお弁当があったのだ。

「さ、藤田くん。ウチのお弁当はよ、食べてや!」

「あ、あの……浩之ちゃん。少しで良いからわたしのも食べてね……」

智子がお弁当を手に迫り、あかりは遠慮がちながら自分の作ったお弁当をアピールする。

「ムッカーー! あかりのはともかく、保科さんのなんか食べたらお腹壊すわよ! さ、アタシのを食べるのよ、ヒロ!」

「人聞きの悪いこと言うな! 大体アンタの弁当、全部レンジ食品やないか!」

「そういうアンタの弁当は随分ひどい形ばっかりじゃない!」

弁当片手に睨み合う智子と志保。
あの日以来、こんな事がこの教室では日常茶飯事になっていた。
智子と志保が浩之を巡っていがみ合う。そして前よりは(彼女にしては)積極的に浩之に接しようとしているあかり。

「ひ、浩之ちゃん、時間が無くなるよ。早く食べないと……」

智子と志保を横目で見ながらそっと自分の弁当を差し出す。

「あ、ああ」

何の気なしにあかりの弁当のおかずをパクリと食べる浩之。

「「ああーーーー!!」」

それに気付いた智子と志保が大きな声を上げた。

「あかり! 抜け駆けとは卑怯よ! ヒロ! あかりのを食べたならアタシのも食べなさい!」

「神岸さんのは良くて、ウチの弁当は食べられへんのかぁ!」

「ヤ、ヤバッ!」

身の危険を感じた浩之は席を立ってその場から逃げ出した。

「あ、コラ! 待ちなさい、ヒロ!」

「藤田くん、どこ行くんや!」

二人の声を尻目に浩之は一目散にいつもの場所へと向かった……




「はい、浩之」

雅史は笑顔で菓子パンと飲み物を渡す。

「おお、サンキュー」

浩之はすぐに菓子パンを食べ始める。

ここは屋上。
毎日のように続くお弁当バトルに収拾がつかなくなった時、浩之はここに逃げてくる。
そしてその時はいつも雅史が購買でパンと飲み物を買ってきてくれていた。

「やれやれ……この騒ぎはなんとかならないもんかな……」

「でも、この騒ぎのお陰で保科さん、前よりずっと接しやすくなったみたいだよ。友達も増えてるみたいだし」

そう、志保とのいがみ合いでその本性をさらけ出した智子は皮肉にもクラスの人気者になりつつあった。
男子のファンも増えているが、浩之一筋なのは目に見えているので、浩之が敵視される羽目になっていた。

「きっと、志保もあかりちゃんもこれを狙っていたのかもね……」

「そうかあ? 俺はたまたまだと思うけどなあ……」

「あの三人、と言うか、特に志保と保科さん。浩之がいない所では仲良くやっているみたいだし」

さすがに元々は関西人の智子である。志保のギャグにツッコミを入れるツッコミ役となりつつあった。

「やれやれ……我が校きっての漫才コンビの誕生ってか?」

「アハハ……そんな感じだね」

大きく伸びをする浩之。

「あ、見つけたわよ、ヒロ!」

「やべっ! 見つかった!」

志保の声に慌ててその場を逃げ出す浩之。

「あ、藤田くん! やっと見つけたで!」

浩之が逃げた方向から智子がやってくる。

「うわ!」

再び別ルートで逃げ出す浩之。

「「こらーーー! 大人しくこのお弁当を食べなさーーーい!」」

「いつまでこんな事が続くんだーーーーー!!」

嵐のように去っていく三人を見ている雅史。

「浩之は優しいから……長く続くかもね……」

なぜか笑顔で言いながら雅史は浩之に健闘のエールを心の中で送った……


終わり


あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。御巫吉良です。

ヨシノリさんのリクエストで委員長SSでしたが……あれ? 志保もかなり目立ってますね(爆)
私もToHeartのSSはよく読んでいるのでネタを考えるのに苦労しました。だってすぐに思いつくようなネタはもう使われてるから(苦笑)
やっと思いついたのが、委員長エンディング後の『仲良し4人組』の関係はどうなっちゃうんだろう? というものでした。
しかし……やっぱり重いです。暗過ぎます。
よって、ラストはちょっとコメディっぽくしてみました……というか、重すぎて話が進まなかったのでこういう形になりました(汗)

「読んだよ」の一言でも良いですから、掲示板メールか、感想用フォームでのご感想、お待ちしておりま〜す♪
それではまた次回も読んで頂けるよう頑張ります。それでは〜♪

99/9/15作成

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