そして、夜10時20分。私の乗るミラノ行き夜行列車が入線した。これからのことになぜか心臓がバクバク言っているのがわかる。緊張している。列車は、さっき見学したミュンヘン行きよりは幾分きれい目だった。
すぐに列車に乗り込み、座席指定をした自分の席を探す。1両は定員6人のコンパートメントが10室くらいあり、座席指定をしている人は、私を含めて2、3人だった。自分の席を見つけて、コンパートメントに入り込む。暗い。電気を点ける。でも、電気を点けてしまうと、外から中が丸見えになってしまう。
結局電気は消し、入口のカーテンも閉め、いかにも「この部屋は埋まってま〜す!!」って感じを演出するべく、息を潜めてじっとしていた。そして、祈る。誰も入ってきませんように・・・・と。
しばらくして、2人組みが私のコンパートメントに入ってきた。仕方ないか。と思って荷物を自分の脇によせ、窓側2席を自分の席とし、中央と通路側の4席をゆずった。旅行者と思われる彼らは、「HOT!
HOT!」とか言って、窓を開け、上着を脱いだ。そして、しばらくして、何か2人で話をしたと思ったら、
荷物をまとめて部屋から出ていってしまった。どうやら、2等車両と間違えて、1等車両に乗ってしまったようだった。
彼らのおかげかどうかは分からないが、ローマテルミニ駅を列車が出発する時、コンパートメントの乗客は、めでたく私1人だった。列車は音もなく動き出し、ローマの街に別れを告げる。部屋の電気を点けると、外の景色が見えなくなってしまうので、やっぱり電気は消したままだった。
途中2つほど駅に停まったが、乗客はみな通路を素通りするだけで、私のコンパートメントの中を覗こうとする人はいなかった。外国人旅行者でもない限り、1等車両のそれも座席車両にのろうなんて人はいないのだろう。
さらにしばらくして、検札がやってきた。私はパスをみせ、挨拶をする。検札が終われば、もうだれも来ないだろうと、私は、三人席の肘掛けを上にあげ、横になって眠ることにした。どうせ緊張して眠れないだろうけど、横になって疲れだけはとっておこうと思った数分後、私は深い眠りについていた。
午前6時過ぎ、ミラノ中央駅に静かに列車は到着した。(着いたのに、気付かなかった!!)あんちゃんたち2人はさっさと身支度をして出ていった。わたしも荷物をまとめて出ていった。
今日はミラノ→ドモドッソラ→ロカルノ→ドモドッソラ→ミラノと、1日の半分以上を列車の中で過ごすことになる。昨日まで歩いての観光ばっかりだったので、ちょうど良い休息日だと思った。ドモドッソラ行きの列車の出発までまだ少し時間があるので、駅の構内を
散歩するも、朝食を取るようなところは開いてなかった。仕方なくBARでカプチーノを飲み、昨日テルミニ駅で買ったマドレーヌを食べた。
7時30分発のインターラピットに乗車。朝早いだけあって、1等車両にいるのは私の他には鉄道職員が1人乗っているだけだった。
ミラノの街はさほど大きくないらしく、車窓はすぐに田園風景に変わった。
1時間ほど車窓を楽しんでいると、右手に湖が見えてきた。マッジョーレ湖だ。川を渡り、右手に広がる湖の向こうには、ようやくスイスアルプスが顔を出し始めた。
アローナの駅をすぎ、しばらくしてストレーザの駅についた。朝早いというのに、駅にはかなりの数の旅行者であふれていた。
すると、同じ車両にのっていた乗務員が、私に話し掛けてきた。
「ストレーザに着いたぞ。お前は、ここで降りるんじゃないのか。」
私は、自分の目的地がドモドッソラであることを告げる。おっさんは少し不思議そうな顔をしながら、(なんでそんなところへ行くの?ってかんじで)もう一度
自分の席についたようだった。そこからは、右をみても左を見ても、田園風景の向こうにアルプスがそびえる、素敵な車窓が続いた。ストレーザからドモドッソラまでの40分間はあっという間だった。
ドモドッソラの駅に着いた。静かな地方の町といった感じだった。
ここからは南アルプス鉄道に乗り換え、チェント渓谷を越えて、スイスに入る予定だ。
地下のホームへ向かうと、窓口があり、切符を買う。ロカルノまで往復で、32000リラは、高いか、安いか!?
電車の出発までまだ時間があることを確認し、駅のBARに戻って、遅い朝食を取ることに。小さなピザを2000リラで買って食べる。冷めてしまっていたけど、なかなか美味しかった。
電車は、路面電車のような小さ目サイズだが、しっかり1等車と2等車があり、1等車の方は、団体客が大勢いた。
私は一人で2等車両に乗り込み、あれこれ考えた挙げ句、南側の席につく。
電車はほぼ満席になって出発。はじめはのどかな田園風景の中を走っていたが、すぐに山を登り始める。
大きくカーブしながら蛇行したり、スイッチバックをしたりしながら、高度をぐんぐん上げる。出発してから20分ほどたったころ、山の北側の斜面に残雪が残る風景に出くわした。
外はかなりの寒さらしく、窓ガラスがどんどん曇っていく。長袖2枚しか着ていない(もちろん、上着なんて持っていない)のに、平気なんだろうか!?
と、ちょっぴり不安になる。
谷がどんどん深くなり、雪解け水が、滝になって景観を作り出している。
それにしても、向かいのオヤジは、さっきから居眠りしたまんま。こんな素敵な景色を見ないなんて、もったいない…。それとも、もう見飽きているのか!?
う〜ん、羨ましい。
出発から50分後、長いトンネルを抜けると、景色が一新。いままで生い茂っていた落葉樹が、常緑樹にかわり、日差しは強く、付近の雪は見えなくなっていった。高度を少しずつ下げ始めているのか、北側の斜面にも残雪は見当たらない。
立て続けにトンネルをくぐり、やっとはじめて駅に停車した。(今まで駅がなかったのではなく、快速のような列車に乗ったため。)
乗客が乗ってくるのかと思ったら、パスポートチェックだった。そう、ここはイタリアとスイスの国境の駅だったのだ。でも、パスポートチェックといっても、歩パスポートを持っているかどうかをチェックする程度で、みな表紙しか見せていないようだった。
その間、たった2〜3分の停車時間だったが、開けっぱなしのドアから冷気が入り込み、足元が寒くなった。
列車は再び走り出し、スイスに入国。それと共に、車窓の眺めも今までの渓谷美から、豊かな水を湛えた川の流れへと変化していった。
トンネルをくぐるたびに、景色が少しずつ変わっていくのが何とも楽しい。今度は、ダムが見えた。次は対岸にポツリと民家が。その民家から張られている電線は、物資輸送用のロープウェイに早変わりするようだった。でも、人はどうやって移動する!?
やっぱり不思議な光景だ。
前方の風景が少しずつひらけ、マッジョーレ湖の湖畔に広がる街、ロカルノが見えてきた。
鉄道は最後に地下へ潜り、ロカルノ駅に到着した。1時間50分の行程だった。
地下の駅から地上に上がると、抜けるような青空が広がった。普通は、イタリアからアルプスを越えてスイスに渡ると、空がどんよりするということを聞くが、全く反対の光景だった。
その街はとてものどかで、軽井沢や山中湖のような、避暑地のような、リゾート地のような雰囲気を持っていた。
ここで、1つ問題が浮上してきた。ややお腹が減っているのだが、私はスイスフランを持ち合わせていない。そして今日は土曜日。開いている銀行はあるのか!?
と、しばらく街をぶらつきながら探すが、見つけられず。
ふと見たジェラテリアでは、スイスフランとイタリアリラの代金が併記してあった。・・・これは、もしかしてイタリアリラがそのまま使えるかも!?
1軒目のお店はNO。 やっぱり駄目?
と思ったが、目の前にマクドナルド。ここなら平気だろう!
ということで、マクドナルドで昼食をとることに。ま、滞在中1度はヨーロッパのマクドナルドを食したいと思っていたから、ちょうどよい機会だ。
店に入り、カウンターで、イタリアリラが使えるか、尋ねた。は?
どうやら、あまり英語が通じないようだ。
スイスって、英語通じないの??
イタリアでは、お店で英語を使って困ることなんてなかったのに。(ま、自分が言いたいこと言えなくて困るってことはしょっちゅうだけど。)
仕方がないので、財布からリラを取り出し、ジェスチャー作戦。オッケー、通じた。
9.9フランのセットを注文する。レジのお姉ちゃんは、変換キーみたいなものを押して、通貨を変換させていた。表示がリラに変わった。15000リラ支払う。おつりがリラで表示される。それをまた通貨変換キーで、スイスフランに戻す。そして、フランでおつりをもらった。
そのマクドナルドの味はよく覚えていない。多分、もう食べなくていいやって思ったんだと思う。
ロカルノの街を散策した。背後には山が聳え立ち、ケーブルカーが市民の足として走っている。バスもなんかかわいいし、デパートの店員もなぜか陽気だ。町全体に観光客に対する包容力のようなものがあり、多分、普通の人とは違う角度からスイスが見えた気がした。
マッジョーレ湖の湖畔へ行くと、フェリー乗り場があった。本数は少ないものの、湖畔の各地へ船が出ている。
あっ。ストレーザ行きのフェリーもある。(ただし、午前のみ。)ちっ。同じ道を往復するんじゃなくて、片道をフェリーにするんだった。失敗失敗。
明るいうちにミラノまで戻りたいので、1時前の電車にのるべく、駅へ戻る。
白髪のおばあさんが大きな荷物を抱えて階段を降りていたので、荷物を持ってあげる。(おおっ。僕って、親切ジャン!?)
帰りは、同じ行程だったこともあり、道中半分ほど寝てしまった。もったいない。帰りの国境では、イタリア入国に際し、パスポートにスタンプを押された。フランスからイタリアへ飛行機で入国したときには、何も押されなかったし、さっきイタリアからスイスへ出るときも何にもなかったのに、何で今回だけスタンプを押す?
と疑問に思った。でも、パスポートのスタンプをよく見てみると、
フランスで押してもらったスタンプと似ているんだけど、そのときは飛行機の絵だった部分が、今度は電車の絵になっていた。ちょっと得した気分。
ドモドッソラの駅に着くと、さっきのおばあさんがまた大きな荷物を抱えて四苦八苦していたので、荷物を持ってあげ、次の列車のホームまで案内してあげた。(すでに地元気取り!!)すると、予期せずおばあさんは、僕にチップを差し出した。いらないと断ったが、無理矢理胸のポケットに入れられてしまった。「10」と記載されたそのお札は、どこの国の紙幣か、どれほどの価値があるのか、まったく分からなかったが、大切にしようと心に決めた。
午後4時過ぎ、ミラノ駅に着く。思えば、昨日の夜10時から、ほとんど電車に乗りっぱなしだった。しかし、ちっとも飽きることなく、途中昼寝もできてエネルギーも充電でき、楽しい一日だった。