長かった闘いも、ついに残ったのは二人だけ。
ビッグボディとソルジャーが、最後のシングルマッチのリングに立つ。
「さあビッグボディ、お互いに悔いのない闘いをしようぜ」
「もちろんだ、ソルジャー」
カンッ!
仕切りなおしのゴングが鳴る。
大歓声に包まれて、しばしの間睨み合う二人。
ビッグボディを誘うように、両手を前に差し出すソルジャー。
「ふんっ!」
ビッグボディは、その誘いに乗って手を組み合わせる。
先ほどのタッグマッチの序盤戦と同じように、力比べの展開となった。
「ふ…」
「何がおかしい、ソルジャー」
「うれしいねぇ、こんなにも簡単に有利な形がつくれると」
「バカな。さっき組み合った感じでは、パワーで上回るオレのほうが、有利なはず体勢のはず…」
「パワーでは、もちろんそうだろうが、な」
「え…?」
ガクンッ。
突然、ビッグボディのバランスが崩れる。
ソルジャーが、ビッグボディの強力をテクニックで操作したのだ。
そのままバックを奪いに行くソルジャー。
「っ!」
取られまいと、ビッグボディは慌てて体を振ってソルジャーを弾き飛ばす。
「くそっ!」
すかさずビッグボディは、ソルジャーの足元へ飛び込もうとする。
しかしソルジャーは沈着に、ビッグボディのタックルを切る。
「ぐっ!」
上から押しつぶしたソルジャーは、グラウンドからビッグボディの腕を取ろうとする。
「ちいっ!」
腹ばいのビッグボディは、ソルジャーの寝技をなんとか振りきって、ロープへと逃れる。
「くっ…浅かったか」
残念そうに、起き上がるソルジャー。
ようやく、お互いの体が離れ離れになった。
「はぁ、はぁっ…」
コーナーへと戻って、大きく息をつくビッグボディ。
自慢のパワーによる攻撃を見事に封じられて、内心は激しく動揺している。
「おや、ビッグボディ君、息が上がってるねえ」
対するソルジャーは、いたって落ち着いている。
「さっきのタッグで、本気を出しすぎたのかい?」
「ソルジャー、まさか、さっきのタッグマッチでは、自分の実力を隠していたというのか?」
「ふ…。あれは、ジョーズマンに働いてもらうための芝居にすぎない」
「だが、もしあれが芝居だったとしても、オレ達が知る限りの情報では、ソルジャーは残虐ファイトを売り物にする超人で、こんなテクニックを持っているとは…」
「それは、つい先週までの情報さ」
ソルジャーは、不敵に笑う。
「俺は、素晴らしいコーチに鍛えてもらったんでな」
「コーチ、だって…?」
初めて耳にする情報に、驚くビッグボディ。
ソルジャーは、静かに語り出す。
「お前たちが1回戦を闘っていたころの話だ」
「メンバーと一緒に、富士山の麓で特訓をしていた俺たちの前に、一人の超人が現れた」
「準決勝の前のいい腕だめしになると思って、挑んでいった俺たちだが…」
「グ、グウ…」
激しく雪面に叩きつけられたソルジャーが、うめき声をあげる。
残る4人のメンバーも、同じように謎の超人にKOされている。
「ふ、他愛もない…まさか残虐の神の実力が、この程度のものでしかなかったとは」
謎の超人は、まるで問題にならないというように5人を見下している。
「キサマ…」
絶え絶えの息で、ソルジャーは尋ねる。
「何のために…こんなことを」
「お前には悪いことをした。だが、フェニックスの魔の手からスグルを守るためには、こうするしかなかったのだ」
「フェニックスの魔の手、だって…?」
「そうだ。これまでのスグルの闘いは、どれだけ相手が強くとも、必ず乗り越えられると信じることができた。だが今回は相手が悪すぎる。知性の神とフェニックスの策略からスグルを守るためにも、私がソルジャーの名を借りて、フェニックスと──」
謎の超人はソルジャーのマスクに手をかけようとする。
「ちょっと、待て」
その手を、ソルジャーが止める。
「フェニックスなら、負けたぜ」
「は?」
「お前は知らないのか? フェニックスなら、敗けたぜ」
「何ぃ!?」
驚く謎の超人。
「ちょうどニュースの時間だろう。ラジオで結果を聴いてみたらいい」
ソルジャーから手渡されたラジオに、耳を傾ける謎の超人。
「まさか……」
「これで、次の試合の相手はビッグボディに決まった。もっとも、オレが闘うんじゃなくて、お前が闘うんだろうがな…」
「……」
謎の超人は、しばし考えたあと、無言でその場を立ち去ろうとした。
「オイ、待てよ! オレのマスクを剥ぎ取って、偽ソルジャーになるんじゃなかったのかよ!」
「理由が、なくなった」
「何だとぉ?」
「決勝の相手がお前かビッグボディなら、スグルは自分の力だけでも、容易に乗り越えることができるだろう。わざわざ王位継承問題をこじらせてまで、私が助太刀をする必要はない」
謎の超人は振りかえって、言い放つ。
「ハッキリ言う。今のお前では、スグルの足元にも及ばない」
「……」
謎の超人はもう一度背を向けて、歩き始める。
「せいぜい、ビッグボディチームと潰しあっているんだな…」
「待ってくれ! いや、待ってください!」
ソルジャーの声が、謎の超人を振りかえらせる。
「キン肉マンの味方であるあんたに、こんなことを訊くのは馬鹿げているかもしれないが…」
ソルジャーは、正座して居住まいを正す。
「オレは、いったいどうしたら強くなれる?」
真摯な目で、謎の超人を見つめるソルジャー。
「オレがキン肉星の国王になれるかどうかなんて、よくわからない。ただ、与えられたチャンスを、思いっきり暴れまわりたいだけなんだ!」
「……ひとつだけ、教えてやろう」
ソルジャーは少し思案したあと、言う。
「お前は残虐の神からもらった1億パワーを持て余しているのだ。超人パワーの効率が、あまりにも悪いのだ」
それだけを伝えて、謎の超人は立ち去ろうとする。
「待ってください!」
その足をソルジャーの声が止める。
「もし良かったら、具体的に教えてください!」
「ふ…」
仕方ないという表情で、謎の超人は振りかえる。
「少しくらい敵に強くなってもらわないと、スグルの成長にも役立たないからな」
「あ、ありがとうございます!」
「──数時間のコーチだったが、あの人のおかげでオレは強くなれた。そして必殺技としてオレが盗んだ技が……」
ソルジャーは、すばやくビッグボディの懐に入り込む。
大きなビッグボディの体を抱え上げ、投げ上げるソルジャー。
「うわっ」
空中に上がったビッグボディを、ソルジャーは追いかける。
そしてビッグボディの腕をチキンウイングに捕らえ、足に足をからめる。
「食らえ! ソルジャー最大の必殺技、ナパーム・ストレッチ!!」
「うわぁぁぁっ!」
しっかりと両手両足を固められて、胸から落ちていくビッグボディ。
ズガーンッ!
リングに砂埃が舞う。
「ちっ、バカ力が」
悔しそうに舌打ちするソルジャー。
「ううっ…」
砂埃の消えゆくリングの上で、ビッグボディは右腕のロックを外して、直撃だけはまぬがれていた。
「だがダメージは十分だろう。10カウントまで、眠っていてもらうぜ」
技をといて、ニュートラルコーナーに戻るソルジャー。
倒れ伏したビッグボディに、カウントが数えられる。
ワーン…
(ここは、どこだ…?)
ビッグボディの意識が、真っ暗な闇に浮かんでいた。
ツー…
(体が、動かない…)
痛みか快感かすら分からない感触が、体中に波打っている。
スリー…
(眠りてぇ…)
混濁する意識の中で、目を閉じようとするビッグボディ。
フォー…
そのとき。
(フェニックス…!)
ビッグボディの目の前に、浮かび上がった超人の顔。
ファイブ…
(そうだ、オレは…!)
ピクリ。
シックス…
(オレは、フェニックスと約束したんだ…)
「なっ…」
驚くソルジャーの前で、ビッグボディの体が動き始める。
セブン…
(オレは…)
立てるはずのない体を、起こし始めるビッグボディ。
エイト…
「オレは…!」
ナイン…
「フェニックスとの約束を守るためにも、オレは敗けるわけにはいかないんだ!」