ビッグボディ VS ソルジャー (7)
 最終決戦!
 ビッグボディ VS ソルジャー(後)

──3日前、会津若松城。

 絶望的な力の差だった。
 リングサイドに横たわる、ペンチマン、レオパルドン、ゴーレムマン、キャノンボーラーの死体。
 強力の名を冠する力自慢の超人達が、それ以上の力に圧倒された4人抜き。
 知性チームのマンモスマンが、あまりにも強すぎた。
 いや、仮に他のミステリアス・パートナーが先鋒で出ていたとしても、同じ結果になっていただろう。
 そう思わせるくらい、強力チームと知性チームの間には格差があった。

 そして今、ビッグボディチームに止めを刺すために、スーパーフェニックスが次鋒として、リングに上がっている。
 ビッグボディはわずかばかりの奇跡を夢見て、フェニックスに突進していった。
「うわぁっ」

 いとも簡単に、空中に投げ上げられるビッグボディ。
 なすすべもなく、ヘッドバッドで上へ上へと突き上げられていく。

「た、助けてくれぇ!」
「ハハハハ、それでも王位継承者候補なのか!?」
「オ…オレにもよくわからないんだ 強力の神にそそのかされてムリヤリ出場させられたんだ」
「いけないなァ 神のことを悪く言っては」

 ガシャン。
 ビッグボディの巨体が、照明灯に突き刺さる。
 ビッグボディは次の瞬間、落下を捕らえられ、脳天から落とされる自分の姿を明確にイメージした。
 しかし。

「攻撃が、来ない…?」

 目をあけるビッグボディ。
 その眼下には、マットの上で鮮血を吐いて倒れる、フェニックスの姿があった。

「フェ、フェニックス! 大丈夫か!?」

 慌ててリングに着地し フェニックスの体を抱き起こすビッグボディ。

 フェニックスの胸元は、口から吐き出された鮮血にまみれている。
「この血、ケガじゃない…」
 ビッグボディははっとする。
「やっぱり…わかるか…」
 フェニックスは、悪戯がばれた子供のような顔をして、つぶやく。
 しかしその表情には、生気がまるでない。
「もうちょっと、もってくれると思ったんだけどな…」
「おいフェニックス、何があったんだ?」
「フフフ…俺には、もともと心臓に持病があったんだよ」
「……」
 フェニックスは続ける。
「日常生活には支障はないが、激しい運動をすると途端に悪化するっていう厄介な病気でな。そしてそれは、母・フェニックスシズ子がわずらっていたのと同じ、遺伝性の病気だったんだよ」
「……!?」
 怪訝な表情をするビッグボディに、フェニックスは答える。
「そうだ。俺は医学的にも証明された、フェニックス家の一人息子。正真正銘のニセ王子だったのさ」

「!」

 衝撃の告白が、会津若松城を騒然とさせる。

「フェニックス、お前…」
「ああ。最初からわかってたさ。俺に王位継承権が無いことなんてな」
「それじゃあいったい、どうしてこのトーナメントに?」
「だって、悔しいじゃねぇか……ゴホッ!」
 血の咳が、フェニックスの口から吐きだされる。
「フェニックス!」
「悔しいじゃねぇか…俺みたいな天才超人が、市井に埋もれて病気を患い、ひっそりと死んでいくなんてよ…。だから、一度くらいは世の中をメチャクチャにしてみたい、って思ってな。知性の神が俺に誘いをかけてきたのは、絶好のチャンスだった。知性の神もキン肉王家もペテンにかけて、俺が大王になった暁には、自分がニセ王子であることを大々的に公表して、騙された連中を笑ってやりたかったのさ…」
「……」
「でも、俺は気がついた。王者になるには、知力や体力だけではどうしようもないものがある」
「?」
「天運さ。どうにもならないピンチが、どうにかなってしまうというバカヅキ…それは、王者にとって知力や体力と同じだけ必要な才能」
 フェニックスは、ビッグボディに微笑む。
「今の、お前みたいにな」
「フェニックス…」

「さ、俺の話は終わりだ。試合後の儀式をさっさと片付けてくれ」
「儀式…?」
「敗者のマスクを剥ぎ取る儀式だ。ニセ王子であることが証明された以上、これ以上試合を続行する理由はあるまい。お前はこの団体戦の勝者として、その儀式を行う義務がある」
「し、しかし…」
「いいからやれ!」
 フェニックスはビッグボディを叱る。
「俺の夢は、お前に葬ってもらいたいんだよ…」
「わ、わかった…」
 泣きながら、フェニックスのマスクを剥ぎ取るビッグボディ。
 そのとき。

 カッ。

「うわっ!?」

 フェニックスのマスクの下から、強烈な光が放射された。
 その光は一直線へリングサイドへと伸び、横たわるペンチマン、レオパルドン、ゴーレムマン、キャノンボーラーの死体に照射された。

 奇跡が起きた。

「い、いったいこれは…?」
「オレ達、生き返ったのか?」
「ゴアアッ…?」
 殺されたはずの3人が、まるで何事も無かったかのように、復活したのだ。

「まさか、伝説のフェイスフラッシュ?」

「…やれやれ、本当に運のいい奴だぜ」

 フェニックスは、呆れたように言う。
 それが、最後のフェニックスの言葉になった。
 すうっ、とフェニックスの体から力が失われてゆく。
「フェニックス?」
「……」
 フェニックスは、皮肉な笑みを浮かべたまま、こときれていた。

「フェニックスッ、フェニックスーッ!」

 ビッグボディの慟哭は、いつまでもいつまでも、会津若松城にこだましたのだった──






 そして今、名古屋城──

 ソルジャーのナパーム・ストレッチを受けてダウンしていたビッグボディが、フェニックスの思いを背に、立ちあがった。

「な、何だって…」
「うおおおっ!」

 驚く隙さえ与えずに、ソルジャーに向けて突進するビッグボディ。
「キ、キサマのタックルは見切っている!」
 ソルジャーは気を取り直して、足元を狙うビッグボディのタックルを切ろうとするが。

 ドガッ!

 ビッグボディが仕掛けたのは、何の芸も無いぶちかまし。
 単に体に体をぶつけるだけだが、ビッグボディの巨体では、それだけでも十分な必殺性をもつ。
「ぐあっ!」
 ソルジャーは、コーナーポストに叩きつけられた。

「くっ…なかなかやるな、ビッグボディ」
 足をふらつかせながら、立ちあがるソルジャー。

「オレは、負けるわけにはいかないんだ」
 ソルジャーの立つのを待って、再び構えを取るビッグボディ。

「それは、俺も一緒だよ」
 口をぬぐって、ソルジャーも構え直す。

「最強を望みながらも非業の死を遂げた、強敵(とも)との約束を果たす為に!」

「兄かもしれぬあの男に、認めてもらう為に!」

「オレたちは、負けられない!」


 最後の激突!
 リングの中央に火花が飛び散る。

「ぐうっ!」

 激突で弾き飛ばされたのは、ソルジャー。
 やはりパワーの差は圧倒的だ。

 そして逆さに落ちてくるソルジャーの頭を、ビッグボディはヘッドバッドで上空へ押し戻す。
 1発。
 2発。
 3発──

「あ、あの技は──!?」
「マッスル・リベンジャー!」
 観客たちが、ざわめきたつ。

「いっけぇー! フェニックスとの思いを乗せて!」

「ふ…見事なフェニックスのコピー技だな」
 突き上げられながらソルジャーは言う。
「だが…こうやって俺を突き上げたあと、どうするんだ?」
「え?」
 思いがけない言葉に、ビッグボディの体勢が崩れる。

「しまった、空振り…!!」

「そうだ! お前はフェニックスの技を最後まで見ていない! だからこの空中戦は、この技を知っている、俺の、勝ちだ!」
 ソルジャーは背後を取るり、手足を絡めてゆく。

「食らえ! ナパーム・ストレッチ!!」

「二度も食らうかぁ!!」

 もがくビッグボディ。
 その力に、ソルジャーがホールドしていた腕が外れる。
「くうっ」
「うわぁっ」

 激しいもみあいの中、ソルジャーとビッグボディは、背中あわせになって落下していった。


 ドーン!!!


 リングに砂埃が舞い上がる。
 観客たちは一瞬、2人の状況を見失う。

「ど、どうなったんだ…?」
「勝ったのは、どっちだ…?」

 そして、収まってゆく砂埃の中から見たものは。

「ああーっ!! ビッグボディが上だ!」
「背中あわせの状態で、ソルジャーの体がビッグボディの下敷きになっている!」
「しかもソルジャーは、後頭部と肩と膝をマットに打ちつけ、昏倒している!」

「…この勝負、ビッグボディの勝ちだぁ!!」


 カンカンカンッ!!


 ゴングが打ち鳴らされる。
 大歓声と紙ふぶきが、リングを包み込む。

「勝った…」

 最後の力を使い果たし、キャンバスに大の字になるビッグボディ。
 その横には、敗れ去ったソルジャーが横たわっている。

「見事だったぜ、ビッグボディ…。最後に、あんな大技を秘めていたなんて…」
「大技? あれはただ、もみあいの中で偶然…」
「お前が言うならそうかもしれない。だけど、観客の反応は違うぜ」

 ソルジャーは目くばせする。
 その方向には、格闘技通の観客たちが、先ほどの攻防について議論を交わしていた。
「おい、見たか、ビッグボディの最後の技…」
「ああ。ただ脳天をキャンバスに打ち付けるだけでなく、肩と腰にまでダメージを与えるなんて…」
「今まで見たことのない殺人技。あれはもしや…」
「まだ50%しか完成されていないという三大奥義のひとつ、マッスル・スパークのもう一方なのでは!?」
「何と! ビッグボディはマッスル・リベンジャーに続き、マッスル・スパークまで身につけたというのか!」

 うおおおっ!

「…と、いうことらしいぜ」
「どうしよう…」
「誇ればいいさ、お前の技を。なんたって、お前は勝者なんだからな」
「…ああ」
「それがいい…」

 ようやく立ちあがるだけの体力を回復したビッグボディ。
 しかし一方のソルジャーは、まだキャンバスに横たわっている。
 ビッグボディは、ソルジャーに手を差し伸べた。
「ソルジャー…」
「その必要はないぜ」
 ビッグボディの差し出す手を、ソルジャーははねのける。
「お前には最後の儀式が残っている。敗者のマスクを剥ぐという行為がな」
「……」
 躊躇するビッグボディに、ソルジャーが微笑みかける。
「マスクをはがされたからって、別にキン肉族の掟に逆らうわけじゃねえ。その下の顔も、それまでかぶっていたマスクなんだからな」
「……」
「ためらうな。お前にもわかっているはずだ、この屈辱を与える行為こそが、敗者への最高の礼儀になると…」
「…そうだな」
 そっとソルジャーのマスクに手をかけるビッグボディ。
「ふふ…これで、俺も肩の荷が下りるぜ」
 ソルジャーのマスクが完全にはがされ、一介の傭兵・ソルジャーマンだったころの顔に戻る。

 その途端、ソルジャーの胸から血が流れ始めた。

「え…?」
 戸惑うビッグボディに、ソルジャーは平然と言う。
「ああ、言い忘れていたな。俺は残虐の神に体を乗っ取られる直前、戦場で胸を撃たれていたんだ」
「なんだって!?」
「だからマスクを取られ、残虐の神の支配を失ったら、その傷が開いてしまうという寸法さ」
「そ、そんな…」
「どうせ一度死んだ命。こんな風に使えて、俺は大満足さ」
 微笑むソルジャー。しかしその出血の量では、とても助かるべくもない。
「ソ、ソルジャー!」
「勝てよ、ビッグボディ。超人墓場でフェニックスと一緒に応援してるからな。もっとも、俺たちは超人レスリングで死んだんじゃないから生き返れないけど…」
 がくりと、ソルジャーはこと切れた。
「ソルジャー…」

 フェニックスに続いて、ソルジャーまでも失ってしまったビッグボディ。
 しかし、ビッグボディはもう泣き崩れなかった。
 ソルジャーの体を抱きかかえ、立ちあがる。

(わかったよ、ソルジャー。お前の死、決して無駄にはしない)

「もう、誰にも負けない!!」


(エピローグへ)


ついに決着です。
連続でふたつの死の場面を書いてしまってちょっとくどいかもしれないですが、
でも設定上、こうなる可能性もなくはなかった、ということで。


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