白い世界へ

水無月 初香


 それは、偶然の奇跡だった。
 あの時あの扉が開かれなければ、俺達は決して出会う事はなかっただろう。

 

 今にも泣き出しそうな空、身を切り裂かれそうなほど鋭い冬の風。
 今日は午後から雪が降ると、どこからか聞こえる天気予報が告げていた。
 時間の所為か、それとも季節の所為か、海岸沿いの道はすいていて活気がない。
 少年は歩みを止め、眼下に広がる海を見下ろす。
 吹き付ける風に、少年の短めでセットもされていない髪が、さらさらと煽られる。
 その風に乗って、微かな音が少年の耳へ届く。
 目的もなく歩いていた少年は行く当てを見つけたのか、寒さを避けようと小柄な身体を更に縮込ませて、音のしたほうへ再び歩き出した。



 海岸道路沿いにそこはあった。
 一見では何の店だかわからない店構え。小さく掲げられた看板からそこがBARであると知れる。
 開店前だからか、看板のネオンはついていない。
 甘いくせに、殺伐とした荒涼感が漂う旋律。
 少年を導いた音はここから聞こえていた。
 彼は一瞬迷ったが、ピアノの音に吸い寄せられるようにその店の扉を開いた。
 照明の落ちた店内には一条の光。
 その光の先には一台のグランドピアノと、一人の男。
 男は、少年の存在に気付いていない。
 項が隠れる位に伸ばされた髪を揺らしながら、演奏に没頭している。
 バタン、と少年の後ろで扉が閉まる。その音に反応して男が手を止めてこちらを振り返った。
「お前、誰?」
 男は、真ん中で分けられた前髪を掻き揚げて、少年を見つめる。
「あ、・・・ごめんなさい。外歩いてたら、音が聞こえて・・・綺麗だなって思って、それで、・・・」
「へぇ、お前、音楽が好きなのか?」
 嬉しそうに頬を緩ますと、男の印象ががらりと変わった。冬みたいに冷たい印象が、温かいモノになる。
「結構好き。でも、楽器とかあんまできないし。」
「なんなら歌ってみれば? 弾いてやるよ。」
 そう言うと、さっきまで弾いていた曲を再開させる。
「完成された歌詞なんてないから、お前の思うままに歌ってみろよ。」
 しばらくして、躊躇していた少年の口が開かれる。
 店内に響くピアノの音に、少年の声がかぶる。甘い旋律と、高めの少し震える声が混ざり合い、響き合う。
 同じ曲のはずなのに、さっきとは全然違う。寒々しい感じはなくなり、優しい音楽になる。彼の印象と同じだ。
 唐突にピアノが黙る。
 少年は男の方へ顔を向ける。
「気に入った。俺、お前のそのセンスすっげぇ好き。お前、名前は?」
「アキト。 深山アキト。」
 なつっこい顔で、少年・・・アキトが名乗る。
「俺は笙哉(しょうや)、葉月笙哉。アキトさぁ、ここで歌う気ない?」
 笙哉は、思わず見とれてしまうほど魅力的な笑みを見せた。
「えっ、ここで? 」
「そう、ここで。俺の相棒として。ねぇ、春菜さん聞いてたでしょ? 口説き落とすの手伝って。」
 笙哉はカウンターを振り向くと、奥に向かって声をかけた。
「ったく、好みの子ぐらい自分で口説きなさいよ。」
 奥から現われたのは、見た目20代後半くらいの女性だ。
「あの・・・」
「ほら、なんの説明もしないから混乱しちゃってるじゃない。」
 春菜と呼ばれた女性が、困惑顔のアキトを見てこちらを向く。
「はじめまして。あたしがここのオーナーの春菜です。こいつはうちで雇ってるピアニスト。」
「はじめまして。深山アキトです。」
 春菜は、自分の隣の椅子をアキトに勧める。
「ところでアキト君、君いくつ?」
「今、19です。春に20になります。」
「なんだ、俺もっと下かと思った。俺と数ヶ月しか違わないんじゃん。俺今20。」
 ピアノに持たれるようにしていた笙哉が言う。
「うそ・・・僕もっと上だと思ってた。」
 アキトが後ろを振り返る。
「19か、微妙ねぇ。」
「いいじゃん。俺なんか18の時からここに居たぜ。」
「あんたは老け顔だからいいのよ。でも、まぁカウンターの中に入れるわけじゃないし、あんたと一緒だから大丈夫ね。後は、アキト君次第よ。」
 二人の顔が一斉にアキトに集中する。
「あの、何がなんだかさっぱりなんですけど。」
「だからさ、俺と一緒に歌おって言ってるんだって。一応ここにも歌える奴が居るんだけどさ、どうも俺の音と合わないんだよ。お前とならいい音作れると思ったから、こうやって口説いてるわけ。」
「でも俺、あんたのこと全然知らない。」
 アキトの少し大きめな目が、笙哉の中を探るようにじっと見つめる。
「俺の素性とか、お前のこととか関係ない。俺はお前と、一緒にやりたい。」
 笙哉の答えは簡潔で、でも、それだけに説得力がある。それに、その言葉は、長いことアキトが聞きたいと思っていたことだった。
 揺れていたアキトの心は、ここが目的地だと告げている。一つ大きく息をついて、二人の顔を見返した。
「音楽ちゃんとやったことないけど、そんなんでいいならここで歌いたい。」
 その日から、ここはアキトの居場所になった。

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:あとがき:
短編のつもりで書いたら思ったより長くなってしまいました。
登場人物のモデルは某二人組(爆)かなりわかりやすいかと思うけど・・・

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