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「最後の審判」についての私見

「最後の審判」という作品があります。詰むのかどうか意見が一致していないという問題作です。
作者の縫田光司氏のホームページ、Koji Nuida's Warp Zoneの詰将棋の部屋で実際にご覧になってから以下をお読み下さい。

これは将棋のルールのうち、二つの部分にある不備をついた作品といえます。一つは連続王手の千日手のルール、もう一つは打歩詰のルール。この二つのルールを詳しく見ていきましょう。
なおここでは、あくまで指将棋としてこの局面が出現したらどうなるかに焦点を絞り、詰将棋として成立しているかどうかは考察しません。指将棋と詰将棋が全く同じルールである必要はありませんし、詰将棋のルールはまだ未整備で考察に向かないと考えるためです。

本当は日本将棋連盟の対局規定を参照したいのですが、これは公開されていないようなので、将棋世界平成5年1月号付録の'93年版 将棋ルールブックから引用します。



連続王手の千日手

(16)「特に決められた禁手事項」
以下の説明事項は、ルール上反則として禁じられた手(禁手)および禁じられた局面である。

5.「連続王手の千日手」
一局中同一局面の最初と4回目の局面の間の一方の指し手が王手の連続であった時、王手をした側にとって4回目が出現したときの局面。ここで同一局面とは、「盤面と両者の持ち駒、手番がまったく同じである」ということである。

ここで、「王手をした側にとって4回目」という記述が気になります。もしこれが「王手をした側の手番の局面が4回目」という意味であれば、一般的な了解とははずれていますけれども、後のページで次のような説明をしているところから、特別な意味はないものと考えてよいと思います。
次のような二つの図が掲げて説明がされています。

 馬が3三にいる   馬が4四にいる 

いずれも▲2二馬 △2四玉 ▲3三馬 △1三玉 を繰り返すことにより連続王手の千日手となりますが、左右の図は微妙に状況が異なることがおわかりいただけるでしょうか。 わかりやすいように千日手の手順を再生できるようにしました。
 

再び引用します。

左図のケースだと左図が最初の局面だが、右図だと▲2二馬と王手した手が同一局面対象の最初の局面になるので反則成立局面が違ってくるので注意。

このように、千日手はどちらの手番においても成立しうるため、連続王手の千日手の扱いが複雑なものとなっています。

連続王手の千日手の規定に戻りましょう。この規定は慎重に書かれているのが見て取れます。注目すべきは、連続王手の千日手が禁手であるとはいわずに、「禁じられた局面」と表現していることです。実際、上の左図から進めて3度目の▲3三馬を指す手は、禁手とはいいにくいでしょう。もし、次に△1三玉と指されると連続王手の千日手が成立するからという理由で▲3三馬を禁手としてしまうなら、三手詰の局面を詰みと主張することもできてしまいます。

しかし、上の右図で4度目の▲2二馬を指す手は禁手といえるでしょうか。「自分が負けとなる禁じられた局面を作る手」と「禁手」の違いは明確ではありません。少なくとも、ルールの文面を読む限りではそれらが同じものかどうかを判断することはできません。各人の解釈に委ねられる以外にないでしょう。

「最後の審判」で3度目の△5六歩が打歩詰といえるかどうかは、まさに右図の場合に該当します。「自分が負けとなる禁じられた局面を作る手」と「禁手」が同じものなのか、別のものなのかは、「最後の審判」が成立するかどうかを考える上で避けられない問題です。もし、「自分が負けとなる禁じられた局面を作る手」が「禁手」ではなく指し手としては合法なものであるとするなら、△5六歩を▲同角と取れることになり、その瞬間に連続王手の千日手によって先手の負けという結果になります。

しかし、逆に「自分が負けとなる禁じられた局面を作る手」と「禁手」が同じものだとしても、「最後の審判」が成立するかどうかが直ちに判断できるわけではありません。打歩詰のルールを検討する必要があります。

(余談ですが、両者の全ての指し手が王手だったらどうなるのかは、フェアリー党としては気になるところです。フェアリーピースを導入したり、安南ルールを導入したりしなければそういうことは起こり得ないので問題にならないのでしょうけれども。)



打歩詰ルール

この節では、「自分が負けとなる禁じられた局面を作る手」は「禁手」であると仮定して話を進めます。

将棋にある程度親しんだ方ならだれでも打歩詰のルールはご存じでしょうが、その詳細が検討されることはあまりなかったのではないかと思います。実際、日本将棋連盟のサイトには打歩詰に関する説明は見あたりません(2002年2月現在)。
そこで、また'93年版 将棋ルールブックから引用します。

 打歩詰の例 

(16)「特に決められた禁手事項」
3.「打ち歩詰」(うちふづめ)
持駒の歩を打って王手をした局面で王手を解除することが不可能な状態になる時、その歩を打つ指し手。

例として、右図のような局面が掲げられています。もちろん、△2三玉や△1四香(1二の香車がワープした(笑))などでも歩の王手は解除できるわけですが、反則で王手を解除するのは無効という暗黙の了解があるわけです。暗黙の部分はない方がよいので、それを明示して定義を書き直してみましょう。

定義1
持駒の歩を打って王手をした局面で、禁手以外では王手を解除することが不可能な状態になる時、その歩を打つ指し手を打歩詰という。

ここで明示したことにより問題が明らかになってきました。「禁手以外では」と書いていますが、当然「禁手」には打歩詰も含まれます。つまり、これでは打歩詰を定義するために打歩詰の概念を用いるという循環論法になっています。これを回避するために真っ先に思いつくのが、次のような修正でしょう。

定義2
持駒の歩を打って王手をした局面で、禁手(打歩詰を除く)以外では王手を解除することが不可能な状態になる時、その歩を打つ指し手を打歩詰という。

こうすれば、打歩詰以外の禁手に言及するだけですみ、循環論法を回避することができます。また、歩による王手を打歩で解除することはできませんから、このように定義を変更しても実質的には何も変わりません。

しかし、多くの人はこのようには理解していないと思います。定義1で言及した禁手に含まれるものは、「明らかな」禁手だけだと思っている人が多いのではないでしょうか。つまり、次のような定義です。

定義3
持駒の歩を打って王手をした局面で、自玉を敵駒の利きにさらす手以外では王手を解除することが不可能な状態になる時、その歩を打つ指し手を打歩詰という。
(「駒の動きを間違える」という反則については省略しました。)

定義2と定義3の違いは打歩による王手を解除するために、次の反則を認めるかどうかという点にあります。

このうち、はじめの二つはいずれも歩による王手を解除するために役に立ちません。関係があるのは連続王手の千日手だけです。ほとんど同じように見える定義2と定義3。そのすき間をついたのが「最後の審判」だといえるでしょう。

もともとの定義1に循環論法がある以上、定義2と定義3のどちらが正しいかを決めることはできません。ここでも「最後の審判」の正否は各人の解釈に委ねられることになります。




結論

将棋のルールには不備な点があります。そのため、「最後の審判」の手順が成立しているかどうかは解釈次第というしかありません。そのようなルールのすき間をつく作品を創作した縫田光司氏がえらい、というのが私の結論です(笑)。



余談

打歩詰の定義について、さらに別のものが考えられます。

定義4
  1. 定義2のような指し手は打歩詰。
  2. 持駒の歩を打って王手をした局面で、禁手(1.を含む)以外では王手を解除することが不可能な状態になる時、その歩を打つ指し手も打歩詰。
  3. 持駒の歩を打って王手をした局面で、禁手(1.および2.を含む)以外では王手を解除することが不可能な状態になる時、その歩を打つ指し手も打歩詰。
  4. 以下同様に続けます。歩は18枚しかありませんから、どんな場合でも18回繰り返せば終わります。

フェアリーの場合は、打歩の王手を打歩で防ぐことがあり得ます。実際、fmはこの定義を採用しているようです。たしかに、コンピュータに考えさせる上でもこの方がやりやすそうです。



しかし、もう少しわかりやすく書けなかったものか。。。


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written by mozu