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7年目の浮気



「今度の土曜日、さ。……ウチに泊まりに来れねぇ?」
 車の中。別れ際のキスの後でそう囁いた啓介の顔は、真剣そのものだった。
 プロジェクトが終わってから、もう二ヶ月以上が経つ。
 配達があるから。友達と約束があるから。明日は仕事があるから。
 思いつくかぎりの言い逃れは、し尽くしていた。もう、先延ばしにするのも限界だろうと、拓海は感じていた。
「今度こそ……オヤジに頼んでみます」
「頼むぜ。今度の土日は、俺、一人っきりだからさ」
 屈託のない笑顔で、ちょん、と啄ばむように接吻けられて、拓海は強張った笑顔を浮かべた。
(もう……終わっちゃうんだ)
 拓海と啓介との間にある『約束』は、ただ一度きりのものだ。啓介は、それをわかっているのだろうか。
「電話くれよな。待ってるからさ」
「はい」
 走り去るFDを見送って、拓海はとぼとぼと商店街を歩きだした。



    □□□



 父・文太は、拓海の淡い期待を裏切るように、二つ返事で配達を休むことを許してくれた。
 土曜日の夜から日曜日の朝――おそらく、昼までが、拓海に残された最後の時間になるだろう。
(やっぱ、パンツは新しいほうがいいよなぁ)
 ごそごそと押し入れを物色していると、微かに電話のベルの音が聞こえた。そして、封を切る前のトランクスをようやく見つけた時、
「おう、拓海! お前にだ!」
無遠慮に部屋の襖を開け、文太が入ってきた。驚いた拍子に、押し入れのしきりに頭をぶつけてしまった。
「……ってぇ〜」
「なにやってんだ? 早くしろ」
「わかってるよ。どうせ、イツキだろぉ?」
「いや、高橋ってあんちゃんだ」
「ええっ!?」
 入り口を塞ぐ父親を押しのけるように、拓海は部屋を飛びだした。
「……パンツなんか持って。なにやってんだぁ?」
 文太は、服の散らばった部屋を見回し、ぷかりと煙草を更かした。

「はい、俺です!」
『あ、拓海? 俺、啓介。今、近くまで来てるんだ』
「え、でも、約束の時間は……」
 時計を見上げると、約束の6時にはまだ2時間も早い。
『うん、そうなんだけど。…………やっぱ、早いよな』
「……」
『……ごめん、やっぱり出直すわ』
「ま、待って下さい! あと30分……20分で支度しますから!」



    □□□



 高橋家へは打ち合わせで何度か訪れたことがある。けれど、啓介の部屋に通されたのは、今日が初めてだった。拓海を招き入れるために、慌てて掃除したのだろう。雑誌や脱ぎっぱなしの服が、申し訳程度に部屋の隅に追いやられている。それがなんだか啓介らしくて、拓海はくすりと笑った。
「拓海」
 はい、と振り返った拓海は、そのまま啓介の腕に抱きすくめられた。
「ここまで来て言うのも、ナンだけどさ」
「はい」
「本当にいいのか?」
 ここで、いいえ、と答えたら―――。
 啓介は『約束』を取り下げて、元通りの付き合いに戻ってくれるだろうか。そんな都合の良い考えが、拓海の頭をよぎる。けれど。
「最初に言ったはずです。俺、啓介さんじゃないと、いやだ……って」
「男、だぜ?」
「俺、啓介さんのこと、好きですから」
 この気持ちを偽ることは、できそうにないから。
「ごめんな。俺……」
「謝んないでください!!」
「……拓海」
「俺、わかってます。けど、まだ終わってないのに……謝んないでくださいっ」
 始まる前に、終わるのは嫌だった。最後だとわかっていても、終わりを告げられるのは、少しでも先がいい。
「そっか……そうだよ、な」
 腕に力がこもり、髪に口付けが落とされる。そう、これでいい。
「啓介さん、シャワー、借りていいですか?」
「いいよ、そんなの」
「よ、よくないです」
 約束の時間が早まって、風呂に入る暇などなかった。拓海の焦りをよそに、啓介がシャツをたくしあげる。啓介に貰った拓海の『お気に入り』は、あっという間に脱がされ、床に落とされた。
「あ、あの…啓介さん!?」
「もう、随分長いことお預け食らってんだぜ?」
「それはそうですけど……」
 夕べは、なかなか寝つけなくて。ずいぶん、寝汗をかいたように思う。配達を終えた後も目が冴えて、約束の時間まで間が持たなくて、ハチロクの洗車までした。そのあと、押し入れの中を探ったから、きっと髪は埃だらけだ。それに引き換え、啓介からは淡いコロンの香りがする。
「さっき、洗車とかしちゃって、汗かいてるし。押し入れを……」
「押し入れ?」
「あ、なんでもないです。とにかく、このままじゃイヤなんです」
 ふぅん、と、何かを企むように首をかしげて。啓介は、にんまりと笑った。
「よし、わかった」
 ほっとしたのも束の間。啓介の提案に、拓海は顔を引きつらせた。
「一緒に、入ろう!」
 入りたかったんだろう、と。抗うことも許されず、拓海はバスルームに引っ張り込まれた。
 拓海の予想通り、高橋家のバスルームは広い。
(涼介さんとも、入るんだろうなぁ)
 などと、のんびりと考えていると、膝をついて屈んだ啓介に、ジーンズを引き降ろされた。
「け、啓介さんっ!?」
「……サイズはM、か」
「は?」
 啓介の指が何かを摘み、ぺりぺりと剥がしていく。ひょいと見せられたのは、取り忘れたトランクスのサイズ表示。思わぬ失態に、かあっと頭に血が昇り、思考が真っ白になる。
「ひょっとして……俺のために、新しいの履いてきてくれた、とか?」
 賢明に笑いを堪えているのが、引きつった頬と、肩の震えでわかる。穴があったら入りたい、とは、まさにこういう状況をいうのだろう。
(どうしよう……俺、むちゃくちゃ格好悪ィ……!!)
 涙腺が暴走を始めたとき、腰を抱くように引き寄せられた。
「け、啓介さん?」
「なんかさ、すっげぇ嬉しい」
「……」
 啓介の鼻先がトランクスの上から押し付けられた。驚いて身じろぐと、すうっと啓介の鼻がなった。
「な、なにしてんですか!? やめてくださいっ!」
「拓海の匂い……シャワー浴びたら、消えちゃうかも知れないだろう?」
 薄い布一枚の上から、熱い息が染みる。話すたびに啓介の唇が拓海をくすぐった。とくん、と身体の芯が疼く。 兆しに気付いたのか、啓介はふいと身体を離した。
「風呂……一人で入りたいか?」
「は、はい。……できれば」
 うん、と頷いて。啓介は立ち上がり、棚からバスタオルを取り出した。
「それと、これ。俺が、今朝使っちゃったやつけど……」
 手渡されたバスローブは、 柔らかなクリーム色をしていた。
 部屋で待っているから、と啓介はきびすを返し、バスルームを出ていった。そっと頬を寄せると、まだほんのりと湿り気を帯びたバスローブからは、啓介のコロンの香りがした。



   □□□



 啓介がシャワーを浴びている間。手持ちぶさたにベッドの上にころりと横になった拓海は、ぼんやりと天井を見上げた。
(涼介さんも…こうやって天井見てるんだろうな……)
 同じベッド。同じ景色。同じ相手―――。けれど、過ごしてきた時間の長さも、残された時間もあまりに違いすぎる。
 プロジェクトの終わりも近づいた頃。拓海はなかなか啓介と会うことが出来なかった。会ってくれなかったと言ったほうが正しいかもしれない。電話をしても声は沈んでいて、上の空だった。いつもは啓介のおかげで弾む会話も途切れがちで、気まずい沈黙を味わうだけになった。プロジェクトが終わった今、拓海に啓介と会う理由は見当たらない。
 飽きられたんだ―――。
 そんな思いに囚われていた拓海に、ある日突然、啓介からの呼び出しがあった。沈みこんでいたのが嘘みたいな、明るい、いつも通りの声で。嬉しい反面、拓海には啓介の心積もりが手に取るようにわかった。だから―――。
(もっと……会っていたかったな……)
 ただ、『約束』を成就するためだけの逢瀬は、今日で終わる。
(……やべぇ……泣きそうだ)
 その時、コン、と一度きりのノック。慌てて起き上がった拓海を、啓介が、そのまま、と手で制した。 立たせた髪はそのままに、腰にタオルを巻いただけの姿で。
「お待たせ」
 啓介が腰を降ろすと、ベッドが片側に沈んだ。当たり前のように顔が近づいて、唇に触れてくる。角度を変えて、二度、三度―――四度目に深くなったくちづけに、拓海が身じろぐと、啓介の手がバスローブの帯を引いた。合わせた襟をゆっくりと広げられて、かえって恥ずかしさが増す。けれど、啓介の表情は真剣そのもので、拓海に抗議の言葉すら言わせてくれない。 
「この腕がステアリングを握って……この足がアクセル踏んで……俺を負かしたんだな」
 半ばうっとりと囁かれて、拓海はこくん、と喉を鳴らした。
「俺……」
「え?」
「俺、やっぱり……車だけ、なんですね」
 消え入るような呟きに、啓介は苦笑いを漏らす。
「そんな風に言うなよ」
「でも……」
「俺は、『車』があったから、お前と会えたんだって思ってる」
「啓介さん」
「お前のオヤジさんに感謝しなくちゃな」
 へへへ、と恥ずかしげに笑った啓介に、拓海もつられて―――笑った。



「拓海……」
「……」
「拓海ってば!」
「いやです!」
「足開けよ。なんもできないじゃん!」
 膝をつかんだ啓介との睨み合いに、拓海は負けじと唇を噛みしめた。
(これ以上なんかされたら、すぐにイっちゃうよ!)
 啓介にしてみれば、これからが本番なのだろうが、拓海にとっては限界ギリギリだ。
(相手が余裕なのに、先に出しちゃうなんて……格好悪ぃよ)
 なけなしの『男のプライド』を知ってか知らずか、啓介は苦笑いを漏らした。両腕を回してまで頑なに閉ざされた膝を諦めて、足の甲に唇を落とす。
「け、啓介さん?」
「……」
「や、やめてください! そんなことっ!」
 両手をついて、四つん這いになって。啓介はちろちろと舌先で拓海の足を舐める。指と指の間を、焦れったくなるぐらい丹念に。
「啓介さん!」
 擽ったさと、後ろめたさに堪えきれず、止めさせようと腕をほどいた途端、足首を掴まれて掬い上げられた。
「うわっ!」
 バランスを崩して後ろに倒れ込むと、両の足首を掴んで広げた啓介が勝ち誇ったように見下ろしていた。 嬉しげに、口笛が鳴る。
「……やーらしい格好」
 慌てて股間を隠したが、しっかりと見られてしまった。
「けぇすけさん……ひでぇよ……」
「拓海が強情はるからだろ?」
「……」
 くすり、と笑って。身体を足の間に割り込ませて、啓介はようやく手を放してくれた。
「泣くなよ」
 子供をあやすように、小さなキスが目元にいくつも落ちてくる。
「これから、もっと……恥ずかしいことしなきゃなんないんだぜ?」
「じゃあ、灯り、消して下さい」
「もったいないよ」
 言われて。これが、最後の時間だということを思い出す。拓海は、ふい、と目を逸らした。
「そう……ですね」
「だろ?」
 啓介に膝をすくわれて、ぎくり、と身体が竦む。足の間に、啓介の頭が沈んだ。
「やっ……だめです!!」
 予想はしていたが、いざとなると酷く抵抗がある、その行為。
「やめてくださいっ! き、汚い、です!」
 聞きたくないのに、頭の奥まで響く、湿った卑猥な音。さっきまで間近にあった、形の良い唇を侵す、嫌悪にも似た快感。引き剥がせるなら、髪を掴むことも厭わなかった。けれど―――。
「やだやだっ……やっ……ああああっ!」
 がくん、と身体が反り返って。意識が遠のきそうなほどの解放感に酔う間もなく聞こえた、喉の鳴る微かな音。
(俺の……呑んじゃっ…た?)
 恐る恐る目を開けると、慣れた仕草で唇を拭う啓介と目が合った。次いで、指を口に含んだ啓介が、微笑う。
「……イイコにしてろよ」
「え?」
 なにを、と問う間もなく。啓介の指が、拓海の奥に触れる。
「わ!」
「こら、暴れるなよ」
「だって……ちょっ……啓介さんっ!」
「拓海のこと傷つけたくないから」
 どきり、と心臓が鳴る。いよいよ、なのだ。
「……ちょっと我慢してくれよ、な?」
「は、はい」
 異物感に体が強張ったけど、啓介の指なのだ、と自分に言い聞かせて。
「拓海……深呼吸して……そう…体の力を抜いて」
 まるで、励ますみたいな囁きを聞きながら、拓海は少しずつ身体を開いた。中を探られて、解されていくうちに、体の芯がじわりと熱くなる。
「あっ!」
 驚きに、ぱちりと目を開けると、啓介が嬉しげに笑った。
「わかるか?」
「えっ……あ…やっ!」
「ここがさ、拓海のイイトコ……感じるだろ?」
 擽るように刺激されて、意志とは関係なく腰が揺れる。恥ずかしさに涙が滲んだ、その時。啓介の指が、ゆるりと抜けた。
「いいか?」
「…………はい」
 啓介の昂ぶりが触れ、知らずに身体中に力が入る。けれど。
(……あれ?)
 いつまでも挿入ってこない啓介に、ふっと詰めていた息を吐いた、その刹那。
「うわっ!」
「拓海……力、抜け!」
 激痛に、目の前が真っ白になった。無我夢中で。腕は啓介にしがみつき、腰は逃げを打つ。
「いってぇ!」
「暴れるな! よけいに……拓海!」
 ぱちん、と頬をたたかれて。呼吸すら忘れていたことを思い出し、喘ぐように息をつく。
「啓介さん……いてぇ……」
「……やめる、か?」
「や、やだ!」
 身体を引こうとする啓介を、満身の力を込めて引き戻す。途端に襲ってきた激痛に、拓海は呻き声をあげた。
「無理するなって」
「む、無理なんかしてない!」
「でもよ……」
「今やめたら、俺、アンタのこと一生許さねぇぞ!」
「拓海」
「入れろよ! 全部!!」
「……」
 涙で滲んでよく判らなかったけれど。啓介は、微笑ったように見えた。



    □□□



「なんか、持ってくるから」
 そう言って啓介が部屋を出て行った後も、腰の鈍い痛みはまだ続いていた。最後の時は、すぐそこまで近づいている。けれど、なぜだか気持ちは満たされたままで。
(啓介さんと……ヤっちゃった……)
 余韻は、まだ冷めていない。濡れた感触に気付いて、そっとシーツをめくると―――。
「うわ……」
 見なきゃよかった、なんて後悔して。
「どうした?」
「えっ、うわ!」
 顔を上げると、グラスを持った啓介が立っていた。
「起きられるか?」
「えと……ちょっと、無理っぽいです」
「そりゃ、そうだろうな」
 素直に身体を預けて。啓介に縋るようにして、身体を起こす。枕を腰にあてがわれて、汚しやしないかと気になった。渡されたグラスには、冷たい水。口に含むと、思ったより渇いていた喉が、それを一息に飲み干してしまった。
「す、すいません」
「いいよ。拓海のために持ってきたんだから」
 くすりと笑って。啓介の手が空になったグラスを取り上げる。ベッドの端に座った啓介は、そっと拓海の肩を抱き寄せた。その仕草が優しすぎて、拓海は体を強張らせた。
「あのさ……」
「啓介さん、俺!」
「え?」
「俺……さっきのこと、全然、後悔してないですから」
「……拓海」
「啓介さんとヤれて……あの……良かったと思ってます」
「……」
「あの……上手く言えないんですけど……」
 こんな時。涼介なら、もっと気の利いたセリフが言えるだろう。わかっているだけに、自分の口下手が恨めしくなった。
「まいったな……」
 苦笑を含んだ、溜め息をついて。啓介は、こつん、と拓海の頭に額をくっつけた。
「拓海にそんな風に言われたら、俺、なんにも言えないじゃん」
「……」
「俺にも、喋らせてくれよ」
「……はい」
 拓海は、居住まいを正した。といっても、両手を揃えるぐらいしか出来ないが、それでも話を聞く心積もりにはなった。
「俺さ、誰かに『好きだ』って言って貰えたの、拓海が初めてだったんだ」
「え? でも、涼介さんが……」
「そのことも、ちゃんと話すから。……とにかく、聞けよ」
「はい」
「なんていうか……俺ってさ、いつも『二番目』なんだよ」
「二番目?」
「そう。一番は、いつもアニキ。家族も、友達も、皆……。そのアニキに好きだって言って貰えることが、俺の誇りだったし、唯一の支えだった。他の誰でもない、高橋涼介の『一番』は自分だって思い込んで―――俺は、アニキの『弟』だってことに、ずっと甘えてたんだよ」
「……」
「たぶん、心のどっかで諦めてたのかもしれない。アニキには、一生勝てないんだって。けど、アニキの引退宣言があって、今回のプロジェクトが動いた当時は……ひょっとしたらって、期待してた時もあったんだ。俺でも、アニキに―――高橋涼介に勝てることがあるのかもしれないって。だから、アニキから吸収できることは、なんでも物にしようって俺なりに頑張って、認めてもらおうって。でも―――」
 啓介は言い淀み、言葉を選ぶように考え顔で唇を舐めた。
「アニキ、俺のほかに好きなヤツがいたみたいでさ」
「え?」
「そいつ、俺なんかより全然オトナでさ。せっかく、アニキと肩を並べる男になれるってはりきってたのに、それどこじゃなくなっちゃってさ。俺としては、すげぇ焦ったわけ」
 その男こそ、須藤京一だろうと拓海は思った。
「その上、お前までプロジェクトに加わっただろう?」
「俺、ですか?」
「うん。俺は、一緒に走るのが『秋名のハチロク』なら、相手にとって不足はないって思う反面……アニキの前で赤くなったりしてるお前を見てると、心中穏やかじゃなかったんだ」
「あ……それって、もしかして」
 『約束』を取り交わした、あの日。
「そう、拓海までアニキ狙ってんのかと勘違いして。そしたら―――」
「俺が……」
「そう、拓海が好きなのは、俺だって言われて……本当に、びっくりしてさ」
「迷惑、でしたか?」
 まさか、と啓介は苦笑いを漏らした。
「すっげぇ、嬉しかった。俺でも、誰かの『一番』になれるんだなぁって思ってさ」
「……」
「プロジェクトの終わりぐらいに、会えない時期があっただろう?」
「はい」
「俺個人の問題でゴタゴタがあって、ちょっと情緒不安定でさ。ごめんな……ヤな思いさせちゃって」
「俺、嫌われたのかと思ってました」
 その思いは、今も変わっていない。けれど、啓介は首を振って微笑った。
「まさか、嫌いになる理由なんてないじゃん」
「あの、それじゃあ……俺、また啓介さんに会えるんですか?」
「会える……だろ? ナンか都合の悪いことでもあるのか?」
 身体中から、力が抜けていくのがわかる。涙腺まで緩みそうになるのを、唇を噛みしめて堪えた。
「俺、てっきり今日で最後なのかと思って」
「……なんで?」
 悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいぐらい、呆気ない答え。
「じゃ、じゃあ、さっき俺に謝ろうとしたことって……」
「……ヴァージン、貰っちゃうこと」
「……」
「でさ、色んなことがいっぺんに起こって、俺もかなり混乱したんだけど」
 混乱してるのは、今の拓海も一緒だった。
「そろそろ、覚悟決めようかなって……」
「覚悟?」
「いつまでも、アニキに甘えてられねぇってこと」
 その時。聞きなれたロータリーのエンジン音に、拓海はぎょっと窓を振り返った。
「時間ぴったり……さすがは、アニキだぜ」
「涼介さん、ですか?」
「……嘘ついて、ゴメンな。拓海には、迷惑かけないからさ」
 くしゃりと髪を撫でて。啓介は、空いたグラスを持って立ち上がった。そして、部屋を出ようとして、思い出したように振り返った。
「拓海ンちってさ……」
「はい?」
「住み込みで、バイト募集してる?」
 ぽかん、と口を開けた拓海は、啓介の言わんとすることを理解して。
「啓介さん、待って!」
「わ、バカ! そんな身体で起きるなよ!」
「俺、別に啓介さんの一番じゃなくてもいいんです!」
「え?」



    □□□



 啓介と涼介の間で、どんな話し合いが持たれたのか、拓海にはわからない。ただ、二人の仲は相変わらずらしい、ということだけが理解できた。
「藤原、傷を見せてみろ。手当てをするから」
 救急箱を手に部屋に入ってきた涼介と、泣いた跡のある目で不機嫌そうな顔をした啓介と。その二人に挟まれて、身体を開くのはひどく抵抗があった。じわりと沁みる消毒液に、拓海はじっと枕を抱え込んだ。
「……裏切り者」
「だって、涼介さんが黙ってろって……」
「二人して、俺のことバカにしてたんだろ」
「そんなこと、してません! 涼介さん、なに話したんですか?」
「有りのままを話しただけさ」
「有りのままって?」
「まず、啓介の思い込みが誤解であること―――俺は、啓介以外の誰にも心を奪われた覚えはない。一時でも疑われたことは、心外といえなくもないが……」
 ちらり、と睨まれて、啓介はばつが悪そうに肩をすくめた。
「次に、藤原とのことは不問とする」
「それって、涼介さんの公認って事ですか?」
「ああ」
「はっきり言ってやれよ、拓海! そんなの、不自然だって!」
「俺、啓介さんと会えるんなら……それだけで、充分ですけど」
「拓海ぃ〜」
「クリアだな」
「クリアじゃない!」
「往生際が悪いぞ、啓介。結論から言えば、俺は、啓介を手放すことは考えてないってことさ」
「……いつまで?」
「一生」
「そんな……!」
「いやか?」
「いやじゃない……けどさ。拓海、笑うな!」
「わ、笑ってませんよ!」
「いや、笑った!」
「こら、じっとしてろ」
「だって、啓介さんが!」
「俺のせいか!?」
「お前のせいだ」
 年がいもなく、舌を出して。啓介は、ぷいとそっぽを向いた。
「ところで、藤原。夏ごろ、旅行の計画があるんだが……時間とれるか?」
「え?」
「ちょっ……アニキ!?」
「藤原を入れて、四人……ちょうどいい数だろう?」
  にっこりと微笑む涼介の向こうの、半べその啓介と目が合って。
「か、考えてみます」
 啓介と涼介と自分と、もう一人は―――。
 拓海は祈らずにいられなかった。どうか、会社の休みが九月にずれ込みますように―――と。




END



拓海ならびに啓×拓ファンの皆さん、申し訳有りませんでした!!(タコ殴り)
「慣れない事はするもんじゃ無い」っていう、見本みたいな作品……(●◇●)のことです(爆)




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