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夏待ち

 追い詰められた夜に、涼介が請願したものは・・・ 


 誰かに諌めて欲しかった。
 この身体、精神(こころ)、全て、を。
「アニキ・・・」
 いつもと同じ声がした。
「アニキ、俺・・・」
 いつもと同じ声で。
「アニキ?」
 返してやれなかった、いつもの様にお前の名前を呼ぶ事さえ出来なかった。
『・・・啓介』
 俺は、多分曖昧に微笑んでいたのだろう、それをどういう意味で啓介は捉えたのだろうか。
「っナンだよッ!俺、真剣だかんな!」
 ベッドから勢い良く立ち上がると、啓介はそのまま俺の方を視ずにドアを開け、そして出て行った。


■■■■■


 その電話が掛かって来たのは、半年振りの事だった。
「はい、藤原とうふ店ですが」
「・・・お久し振りです、涼介です」
 短い挨拶の後に告げられた名前で、店の主である藤原文太は声の主の顔を記憶から手繰り寄せる。
「よぉ、元気か?」
「・・・えぇ」
 文太は、微かな会話の隙間に何時かの青年と同じ瞳を思い浮かべた。
「こっちへ来るのか?」
―それとも、こっちから出掛ける事になるのか
「いえ、お手を煩わせる事はしませんから・・・」
―もう、充分煩わされてると思うがな。
 苦笑を噛み殺し、受話器からの次の句を待つ。
「午後10時に、覚えていらっしゃるでしょうか?あの時の・・・」
「あぁ、判った」
 時計は午後9時を回ったところだった。随分と近くに来てからの電話だったらしい。
 受話器を置くと、店先から雨音が聞こえて来た。
「また、おかしなもんでも抱えちまったってか」
 半年程前、真摯な瞳に絆されて崩れ落ちそうな身体と心を抱きとめてやってしまった。
 若くして公道のカリスマと呼ばれている男、しかも息子が心酔しているらしい相手に興味以上の何があった理由でも無いのだが、そういう関係を2、3度結んだ。
 好奇心とやらが収まりかけた頃、相手からあっさりと終止符を打って来た。
 そんな相手に何を今更と、我ながらおめでたい性格に呆れてみるが。
 上擦った物言いと、らしくない誘い方が妙な違和感を文太に伝えていた。
「これじゃ、半年前と同じじゃ無ぇか」 
 かと言って放って置ける程、文太はできた人間でもなかった。
「これから行っても大した事はしてやれ無ぇな・・・仕方ねぇ、か」
 独り言を呟きながら、奥の六畳間の押し入れを開ける。
「確か、この辺に・・・、おっ、あったか」
 随分昔に悪友から譲り受けた、否、押し付けられた箱を取り出すと、薄ら埃の積もった蓋に軽く息を吹き掛けた。
「こんなもんで済んでくれりゃあ、いいんだがな」
 言葉とは裏腹に、口元に薄い笑いを浮かべ文太は腰をあげた。


 ■■■■■


「また、降ってきやがったか・・・」
 フィルターぎりぎりまで吸っていた煙草を灰皿に擦り付けながら、文太は窓の方を見やる。
「吸い過ぎですよ、藤原さん」
 部屋の入口付近のバスルームの扉を開け、濡れた漆黒の髪のをかきあげながら涼介がバスローブを纏って近付いて来た。
「そんなにお待たせしましたか?」
 抜けるような白い肌と濡れたような瞳。
 十二分に男でありながら、そんな類い稀な美貌の持ち主は、自覚たっぷりの’微笑み’を向けてくる。
 すでに備え付けの灰皿に、吸い殻が山となっているのを茶化され
「抜かしてな。お前さんの長風呂には慣れてるよ」
と、挑まれた微笑みに苦笑で切り返す。
「今日は、またどうした?」
「いえ、別に。藤原さんに逢いたかったから...ではイケマセンか?」
 普段の彼の物言いだが、僅かに声が震えている。本来そんな弱さを噫にも出さない筈の唇も微かに紫がかっている。
 自らで此処まで来たというのに、気を張っていなければならない涼介の煩いに文太は眉を顰めた。
 以前と同じく接してしまっていいのか困惑する文太は唇に挟まれただけのフィルターの存在を忘れかけていた。 
「もう、止めて下さい」
 くすり、と目の前の唇が笑い、同時に覗き込む潤んだ瞳には、微かな憂いを浮かばせていた。
 2本の白い指が文太の唇にわざと触れるようにして煙草を奪い取る。
「吸い過ぎです・・・」
 先刻と同じ台詞を発しようとした唇を、乾いた唇が乱暴に塞いだ。
 この部屋に入るまで幾つもの躊躇いがあった事を掻き消すかのような、熱く、苦い、口づけ。
 お互いの思惑を探り合っているかの様な長い沈黙を文太が有利に持ち込んだ、その時。
「ふ・・・藤、原さ、ん・・・」
 先手を取られた、その面に動揺が浮かぶ。
「待って、下さ・・・い」
 その全ての言葉を言い終わらないうちに、半年前に拓かれた箇所に迷いも無く触れていく指や舌。
 呼吸を塞がれ、更に口腔を嬲られる。忘れていた感覚に口元の感覚も怪しくなり一筋の雫が伝う。更に後頭部に軽い痺れを感じた頃・・・涼介は、やっと自由に呼吸する事だけを許された。
 乱れた息を整えようと文太の胸に手を置き、そっと身体を起こした。
 と、同時に涼介は自分の鞄を手許に引き寄せ、素早く中に手を入れる。
 滑らかな光沢のそれからチューブを掴み出し、掌に乗せると文太の前に差し出した。
 2本の銀色の胴体にはドイツ語で書かれているらしいラベルが貼ってある。
「御使用方法は御存じですか?」
「あぁ、多分な」
 顔色ひとつ変えずに応える文太に「そう、ですね。」と、少しの落胆を滲ませた返事をする。
「まぁ、アンタの魂胆はどうでもイイとしてだな」
 言いながらバスローブの裾を割り、無骨な指が涼介の白い股を撫でていく。
「今日は、さっさと終わらしちまいたいんだが」
「えっ?」
「凝り固まってそうなお前さんを崩して、な」
 何を言われているのか涼介は十分理解していた。が、素直には頷けない。
 そして、それ以上の言葉の介入も許そうとはしなかった。
「フッ、難関ですよ?」
「・・・上等だ」


■■■■■


 バスローブのままソファに腰を降ろし片足を文太の肩に乗せて、涼介はきつく目を閉じていた。
 露になった下半身を先刻から無言で見つめられている。
 自分では決して視る事のない姿を脳裏に浮かべ、身体の奥底から熱が沸き起こる。
 文太は、既に起立している涼介を刺激しないように腰を軽く上げさせ、片手でチューブを握ると絞まっている花弁に押し当てた。
「はぁ・・・っ」
 肘掛けにしがみついた涼介の指に力がこもる。
「もちっと、力抜きな。まだ半分も入れちゃいねぇ」
「す・・・すいま、せん」
 文太は、しょうがねぇな、と片手で涼介の細腰を支えてやりながら手早く1本目の中身を注入してしまうと2本目をも更に押し当てた。
「えっ、そん・・・な、一度に」
 思わず退けそうになった腰を押さえ付けられ、動揺の浮かんだ瞳が宙を泳いだ。
 が、一向に気になどしていない様子の文太は2本目のチューブも握り潰してしまった。
「藤、原さん・・・漏、れます」
「そりゃそうだ。2回分を一度に入れたとあっちゃぁな」
「なっ・・・」
 中身の無くなった事を確認すると、チューブをそのままにして文太は傍らのサイドテーブルを引き寄せた。
 集金用のセカンドバックの中から例の箱を取り出す。
「今夜は俺も忙しくてな。そんなに相手してやれ無ぇんだ」
 ソファに埋まるようにして両足首を高く掲げられた姿勢を取らされたまま、涼介の奥が蛍光灯の下で露にされる。
「あっ・・・」
 チューブを引き抜かれた直後から熱を帯びはじめた涼介の身体に徐々に赤みが差し、その面が苦痛とも悦楽ともとれる表情に歪んでいく。

 許容量を越えて注がれたソレが、双陵を伝わり幾筋も滴り落ちていく。
 さらに内側では固まりとなった熱が肉壁を伝わり、ゆるゆると些細な襞にまで這い上がってきていた。
 涼介は身を捩り、声が漏れそうな程の疼きを少しでもはぐらかそうとした、その矢先・・・。
「ちょいとしたな、試行だと思ってくれりゃあいい」
 言い終わるが早いか、文太は胸ポケットから数粒の大豆を取り出すと既に溢れ始めている其処に指ごと押し込んだ。
「藤、原さ・・・」
 涼介は、ただ文太の指を受け入れたまま息を潜めていた。
「なに、簡単な、まじないだ」
 静かに指だけを抜きながら、縁から溢れ出た雫を絡め取り、涼介の全ての意識が其処に注がれるまで丹念に辿った。
 指の動きに併せた微かな震えが、涼介の身体の内部での変化を確実に報告する。
 頃合を見計らって、先の箱から大分型遅れのローターを引っ張り出した。
「ちぃとな、キツイが・・・行くぞ」
 文太の手の中に包まれた毒々しい赤。その先端を充分すぎる程涼介から溢れ出た蜜で濡らすと、一気に捩り込む。
「はぁっ、つぅ」
 自身の身体に全てが入れられた一瞬、涼介の呼吸が止まった。
 胃の中まで逆流してきそうな膨張感に身体の内部を占められて、喉の奥でしか呼吸が出来ない。
「これで、仕舞だからな」
 そう言うと、今も耐え切れずに引攣れている涼介の花弁を箱の底に残っていたrubberplugで塞いだ。
 未だかつて経験した事のない屈辱と息苦しさに、涼介は身体中の力も抜けないでいた。
 胸で呼吸をする度、下半身に響く振動に内側から追い詰められて行く。
 息さえも絶え絶えになりながら、涼介は頭を振る。
 先の会話が頭を過って、わずかに残っている「高橋涼介」を挑発する。
「ま、だですよ・・・もっと、俺は・・・」
 が、それは声にはならなかった。


■■■■■


 急激な異物の侵入に一度は萎えてしまった涼介を、文太の爪先が軽い刺激を与え再度兆しを促す。 
 ソファの中で無意識に屈められた身体を抱きかかえ易い様にずらしながら、足首から太股に掛けてのなだらかな線を軽く舌で辿る。
「ん、ふぅ・・・」
 過去に自分が拓いた幾つかの場所、それらを丹念に嬲りながら時々ちらりと涼介の表情を盗み見てその反応を確かめる。
(随分と場数を踏んだみてぇじゃ無いか。愉しみ方を知った身体になりやがって・・・。)
 手塩に掛けた身体では無い、大して執着も無かった・・・はずだが、確かに変わっていく手応えを感じて文太の出来心が頭を持ち上げる。
「まあ、こうもすんなり入ったところを見るってぇと、大分場数はこなしたみてぇだな」
 意地悪く、声に出して涼介の心を煽る。
 苦し気な吐息を漏らしてはいるが、文太の扇情的な手管に煽られ既に起立している涼介の先からは、かなりの雫が滴り落ちている。

 もう2、3度その形どおりに舌で擦れば、直ぐにでも哭き出せる程の昂り・・・。
 しかし、それよりも先に、慣れない薬物で熱くなった内壁が外側からの刺激に過敏な反応を示していた。
 先刻から、涼介の内側をざわざわと得体の知れないものが鋭敏な襞の間を動き回っている。
「おい、聞こえてんのか?」
 頬を軽く叩かれ、そっと瞼を開けた涼介の目は僅かに紗が掛かっていた。
「動かすぞ。腕をよこしな」
 文太はぐったりとした涼介の肢体を抱き上げベットへと向き直り、シーツを足で捲りあげる。
 その抱き上げられた瞬間、埋まっているモノが幾つかの突起ごと涼介の内壁をグルリと掻き回した。
「ひぁっ...あ」
 それに反応して口元から垂れる雫を見てとり、文太は満足げな笑みを一瞬だけ浮かべた。
「くぅ、ふ」 
 仰向けのままシーツの上に置かれたとたん、涼介の身体が小刻みに震え出す。
 上半身だけ重ね合わせながら、文太は触れるだけのその唇で、額、耳元、首筋・・・次々と涼介を「促して」いく。
「おっと、忘れねぇように、ちゃんと使ってやるからな。」
 唇での愛撫を繰り返しつつ、片手でローターのスイッチに手を掛ける。
「・・・くぅっ・・・・・ぁあっ!」
 涼介の内壁に鋭利な突起が容赦なく食い付いて、掻き回し、やがて治まる。そして、また・・・。
 文太の手でスイッチが入れられる度に、あの毒々しい色の赤い突起が刃物のごとく涼介の内壁を抉る。
 その振動が起こる度に、目を閉じようとしても侭ならない程、すでに涼介の全ての感覚は麻痺していた。
 時間の感覚や、身体の温度や、上下の感覚さえも見失ってしまいそうな、掴み所のない喘ぎ。
 内側での嵐のようなソレと、外側からの正反対ともとれる淡白な愛撫。
 偏った悦楽に精神が拠り所を求めて、せめぎ合い・・・涼介の双瞼から泪が溢れる。
 文太の唇が胸元を辿りはじめた頃、涼介は自分の中に起きた現象に青ざめた。
「ふ、藤、原さ・・・んっ、藤原さ・・・んっ!」
 何事かに気付いた文太は、逃れるように身体を仰け反らせようとしている涼介の足首を掴むと、ぐいっと引っ張った。
「ひっ」
 とたんに、涼介の瞳が見開かれる。
「来たか・・・」
 文太は最後に右胸の窪みに啄んだ痕を残すと、涼介から身体を離し、ベットの端に腰掛けた。
「心配すんな、処理はしてやる。但し、もう暫くしてからな」
 朦朧としかけた頭では、文太の意図がはっきりとは判らない、が、それでも冷たいものが涼介の背中に走った。
 自分の腕さえ満足に動かせない程の痺れを抱えている涼介の身体に、残酷な生理的現象が起こったからだ。
 通常なら意識を遠のかせてしまえば済む程度のものだが、何しろ今の涼介は尋常では無い。
 過敏になっている内部には先程からの無機質な振動が、まるで責め苦の様に襲って来る。些細な刺激にさえ持ち堪えられそうも無い、と身体が悲鳴を上げ続けている。
−このままでは、いずれ・・・。
 ふと、浮かんだ自分の「失態」に、涼介は唇を噛み締める。
『こんな所で、そんな・・・』
 やっとの思いで頭を振ると、足元に居るはずの文太に向かって恨みの視線を投げかけた。
「信用して無ぇな、ん?」
 すると、身体に埋まっているローターの動きが止められた。
 涼介は全身で安堵の息を吐く。それを見て取ると文太の指がスイッチに触れる。
「!!!」
 一瞬声にならない叫びが上がり、涼介の身体が痙攣しだす。
 文太は、それを横目に備え付けの冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、プルタブを開けた。
 懸命に堪えている涼介は、漸く、と言ったふうに身体を屈めて震えている。
 その様子を見やりながら文太は着ていた服を脱ぎ、残りのビールを一気にあおった。
「無理はさせ無ぇよ」
 くわえた煙草にゆっくりと火を付けると、ローターのスイッチを切りながら、文太は一人ごちた。
 生理的現象と羞恥心とのせめぎ合いとに脂汗の浮かんでいる白い面、それを吐き出した煙草の煙越しに見つめる。
 やにわに腰掛けていたベットの縁からワザと乱暴に立上がると、軋んだスプリングの揺れに刺激されて涼介の身体が強張り横顔もより一層白くなった。
「なぁに、これからが良くなる頃合だからな」
 台詞とは不釣り合いな酷く優しい口調で、文太は踞っている涼介の耳元に語り掛けた。
 その声に弾かれた様に、涼介は一旦瞼を開き、
「もぅ、許、して・・・下、さい・・・」
 掠れた声で哀願する。
「許すとか、じゃ無ぇだろ。お前さんがされたいのは・・・」
 よいしょっと、涼介の身体を抱き起こし文太はそのままバスルームへと抱えて入った。


 ■■■■■


 先に涼介が使ったとあって、バスルームの床が微かに温かい。
 文太は、そこに涼介をしゃがみ込ませるとシャワーの栓を回した。
 勢い良く温水が吹き付けられ、目を開けた涼介は、この状況が好転したものだと一瞬、思った。
 だが背中に回った文太に、一向にそこを退いてくれる様子は無い。
「藤・・・原さ、ん、もう、一人で出、来ますか、ら・・・」
−出ていって下さい。
 その言葉を告げようとした時、ぐぃっと顎を逸らされた。
「ここで、するんだな」
 咄嗟に何を言われたのか判断が出来なかった。が、やがてそこに文太の意図を組み取ると、蒼白の面に血が昇る。
「厭、ですっ、そ、んな・・・」
 直に顔面に水しぶきが掛かっているので、抗議の言葉も上手く喋れない。
 涼介は、やっと自分が今まで踏み入れた事のない程の羞恥を身を持って知らされている事に驚愕した。
「出しちまえや。ナンか色んなもん溜め込んでんだろ、ん?」
 涼介を抱え込むように、後ろから抱いていた文太の指が、涼介の前身に伸びた。
「はぁっ、っ・・・」
 僅かな刺激で、思わず弛んでしまいそうになる身体と意識との葛藤が涼介を襲う。
「お願、い・・・です、離して・・・」
 しかし文太が手の動きを一向に緩める気配は、無い。
 その代わりに・・・
「見ててやる。ここで全部吐き出しちまうんだな」
 口調すら優しいが、常人が出来る範囲の行為を促しているものでは無い。
「そ、んな事、出来・・・ま、せんっ!」
「そうか?」
 文太の手がやにわに早さを増す。緩急の激しい動きに、とうとう涼介の身体が負けた。
 掴まれた涼介の先から黄金の飛沫が放たれる。
 降り注がれる温水と、一瞬の開放感とに、惚けた様に虚ろな表情が浮かぶ。
 が、次の瞬間、文太の腕に抱きかかえ直され我に返った。
「もぅ、厭・・・止め、て・・・」
 だが、未だに身体の内側に居座り続けている「疼き」は、更にどう仕様も無い縁まで迫っていた。
「お前さんは、此処に何しに来たんだ?ん?」
 文太の問い掛けに涼介が答えられる余裕は既に無かった・・・。
 只、がくがくと震える身体を文太に預け、頭を振るばかりで。
 緩み切った身体をそっと傾かせて、文太はrubberplugを抜きに掛かった。
「大丈夫だ。出しちまいな」
 耳元で囁かれた声を、はっきりとした意味で捉えるよりも早く、涼介は崩壊した。
 まづ身体の中で溶けきった薬品が独特の甘い香りを匂わせて流れ出し、どろり、とした感触が涼介の内股を伝った。
 文太は今にも崩れ落ちそうな涼介をしゃがみ直させ、排水溝のあるバスルームの端に抱えていった。
「ゆっくりと、な。身体の動きに合わせてやればいい・・・」
 こくこくと、頷くばかりの涼介に多少の情が湧かない訳では無かった文太だが・・・
「ようし、もう少しだ」
 ローターのtapを一気に引き抜き、三本の指で押し開いてやる。途端に垂れ落ちてくる小さな固形物の混じった半液体。
 それでも尚、自らを引締めようとする涼介を容赦無い文太の指が乱暴に諌めた。
 涼介は急激に下降する内側の流れに、未だ逆らおうと激しく頭を振った。
「こん、な・・・厭・・・んっ!」
 朦朧とした意識の中で唇を噛み締めつつ、なおも涼介は拒む。
「聞き分け無ぇ事は言うなよ、さぁ大丈夫だ」
 文太も上がる息を宥めつつ、耳元で話し掛けてやる。
 焦点は合わないままに、苦し気に胸で息をしながら涼介は涙ぐんでいた。
「厭・・・違、う!・・・俺、こんな、の・・違う・・・」
 蒸気に含まれた汚物の匂いに、瞬間、正気と羞恥を取り戻した涼介は、その時生まれて初めて只ひたすらに叫び続けている自分の声を聞いた。


 ■■■■■


 自分で持ち込んだ「催淫剤の類い」が少しでも相手の焦燥を誘う道具のはずだった事を、渾沌としてくる意識の下で涼介は思い出していた。
 しかし気持ちの何処かで、こうなる事をも期待していた自分が居た事も・・・。
 ふと、きつく瞑った瞼の裏に啓介の面影が揺れて、涼介は狼狽した。
『見るな、見ないでくれ・・・啓介、頼む』
 最愛と言っていい程の弟、その眼差しに映るのは何時でも「完璧な兄」で居たい。
 守られるべきものとしてでは無く、寄り添うものとしての片翼でありたいと願った、だが・・・。
「アニキ、俺・・・」
 いつもと同じ声で。
「俺、アニキの事ぜってぇ大事にすっからさ。一生、そばに居るからなっ」
 無邪気な瞳を真直ぐに向けられ、自分とは決して歩んではいけない将来を誓われた、昨日。
「アニキ?」
 返してやれなかった、いつもの様にお前の名前を呼ぶ事さえ出来なかった。
『・・・啓介』
 そんな事を言わせてはならないと判っていながらも、心から喜んでしまった自分。
 けっして頷けない、受け入れられない・・・そんな葛藤をも、弟には悟らせらてはいけない。
「っナンだよッ!俺、真剣だかんな!」
 ベッドから勢い良く立ち上がると、啓介はそのまま俺の方を視ずにドアを開け、そして出て行った
 自分に嵌めていた枷に足下がすくわれる感覚で目眩を起こした・・・このまま、此処に居られない、と。
−あの瞳から逃れなければ・・・俺は、壊れる。



 
 ■■■■■


 全身の緊張が解け、もう身体のどこにも力が入らない、そんな自分を涼介は半ば他人事の様に感じていた。
 流れ続けるシャワーの音も遠くに聞こえる気がして・・・。
 今、自分が寄り掛かっている広い胸の持ち主は、やんわりと自分の身体を撫でてくれているのは誰なんだろう・・・、そんな事をぼんやりと考えていた。
「すっきりしたか?」
 頭上からの声に、涼介は顔を上げた。
 そのまま急いで抱かれている腕を振払おうとしたが、それは出来なかった。
「大丈夫みてぇだな」
 文太の、水滴が滴り落ちる顔に安堵の色を見た途端、何故だか急に愛おしさが込み上げて来た事に涼介は心の中で苦笑した。
「立ってみな」
 両脇を抱えられ、ふらふらと立上がりながら内股に生温かい滴りが伝るのを感じた涼介は、全ては終わったのだと改めて確信した。
 「初めての体験でした、よ」
 そうか、と無表情の答えが返ってくる。
「何度もしたいとは、思いませんけれど」
 既に何時もの口調を取り戻している涼介をバスタオルで包んでやりながら、文太はバスルームのドアを開けた。
「で、帰れそうか?」
 涼介の返事は、無かった。


 ■■■■■


 誰にも言えなかった、言うつもりも無かった奥底の心情。強張った心はいつしか均等をも崩していた。
 いっその事、壊されたい。そんな事を願っていたのだろうか・・・そう、自分さえも気がつか無い程に。
「そう、思い詰めた顔なんかすんなよ。そそられちまうだろうが、ん?」
 煙草に火を付けながら、さらりと言ってのける。
「藤原さんっ」
 文太の「その気」の全く見えない顔を、涼介は抗議を含んだ漆黒の瞳で正面から睨んだ。
 それさえも本当は意味を為さないとは判っていながら。
「まっ、今夜は俺も関わり過ぎたと思ってるからな」
 人さし指で、鼻の頭を掻きながら文太が小さく呟いた。
「えっ?」
「気にするなってぇ事だ」
 文太の手が伸びて、涼介の頬に軽く触れた。
 そこから溢れてくる温もりに萎なだれ掛かり、涼介は、まるで独り言を呟くように朱色の唇を動かした。
 言ってしまっても良いのかも知れない、と。この人になら、と。
「自分で判らなくなってしまったんです、これから・・・」
 だが、その全ての言葉を言い終わらない内に、細い瞳の奥の優しい視線に遮られた。
「先の事なんて今から心配すんな、その歳で」
「無責任な言い方ですね、随分」
 モラルと言う常識の境界線を、一歩もニ歩も踏み出してしまった呵責に寄る得体の知れない恐怖。
 それさえも完璧に抑制は出来ている。と、昨日までは自分をも誤魔化し続け。
 ・・・けれど。
「そうか?仕方が無ぇだろ、他人事だ」
 言葉とは裏腹に、諭すような口調で応えてくれる文太に、涼介は淡い微笑みを返した。


 ■■■■■


 部屋の中には、雨の音だけが聞こえている。
 さっさと着替えを終えた文太は最後の煙草に火を付けると、空箱をクシャリと握り潰した。
 気弛るげに身体を投げ出している涼介は、まだ幾分か熱を帯びた眼差しでベットに横たわっている。
「藤原さん・・・」
「ん?」
「こんな扱いを受けたのは、初めてです」
「そりゃ、そうだろうな」
 押し問答の様子を帯びてきた会話に、文太は苦笑いを浮かべる。
「落ち着いたんなら、帰るぞ」
「まだ、身体が落ち着かないです」
 いつかの様な滴る色香を含ませた声色で、涼介が上目使う。
「身体なら慰めてくれる奴等は居るんだろう?随分とな」
「妬いてます?」
「言ってろ、ガキが」
「冷たいんですね、大体あなたは・・・」
 涼介の抗議は、言葉の途中で塞がれた。
「時間が無ぇんだ、言ってあっただろ?」
 耳元を嬲られながら囁かれ、涼介はうっとりとしながら両腕を文太の背中に回す。
 更に離された唇を追う様にして、その面を傾けた。
「もう止しな、身体が辛ぇぞ」
 未だ乾きらない涼介の髪が、文太の着ていたポロシャツを濡らした。
「構わないです・・・藤原さん」
 しかし、文太はそれ以上涼介には触れようとはしなかった。
「続きがしてぇんなら、もちっと此所を鍛えてからにしな」
 つぃ、っと涼介の胸を人さし指で差し、文太はにやりと笑った。
 フィルターぎりぎりまで灰になった煙草を揉み消し、それが合図だったかの様にセカンドバッグを掴むと文太は時計を睨みながら立上がった。
「じゃあな」
 すたすたと歩き去るその背中に、涼介は一瞬企みの笑みを浮かべ、ゆっくりと瞼を閉じた。


 ■■■■■


「あれ、オヤジ。どっか行ってたのかよ」
 自分の予定よりも遅くなった帰宅早々に、文太は階段を駈け降りてくる拓海と勝手口で鉢合わせた。
「まぁな」
 それだけ言い、さっさと奥の六畳間へ入ろうと、ぼさっと突っ立ているナリだけは大きくなってきた息子の横を通り抜ける。
「何か、こぼしたんかよ。いい歳こいて」
 その時、不自然に濡れた文太のポロシャツに気付いて拓海が何とは無しに聞いてきた。
『普段、ぼーっとして居やがるくせに、詰まらねぇとこだけ突っ突いてきやがるな・・・』
 そんな胸の内など決して気取らせない文太は、普段の素っ気無さを装おう。
「別に、何でも無ぇよ」
 ふーん、と拓海の方も興味無さそうに背中を向けた。
「あっ、そうだ。ちょっとさぁ、車借りるぜ」
「こんな時間にか?」
「ちょっとだよ、配達の時間までには帰って来るし」
 やけに口数の多くなっている息子に苦笑しつつ、あぁ、とだけ応える。
 当の拓海は、文太の返事など聞き終わる前から勝手口から殆ど体を出していた。
「行ってくる」
 ドアの外から声がして、ドアの開閉音が騒々しく響いた。
 直ぐさま86の決して小さくは無いエンジン音が聞こえ出す。
『何だ?オンナかぁ』等と考えながら、息子の不器用さに思わず頬が緩む。
「・・・色気づきやがって、拓海のヤツ」
 そして思い出したように胸に手をやり、しっとりとした感触に顔を顰めると文太は敷きっ放しの寝床にポロシャツを脱ぎ捨てた。
 手塩に掛けた86のエンジン音が遠ざかる。
 その音を満足気に聴きながら、文太は買い置きの煙草に手を伸ばした。 
「そろそろ、片付け無ぇとヤバいな」
 既に気持ちは商売の段取りに行っている文太には、拓海の行き先など微塵も感心が無くなっていた。


     〜END〜


 

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