「どうしたんだろ、涼介さん…」
ほんの数分前に涼介からの電話で弾かれるようにして家を飛び出して来た拓海だったが、車の中でふと小さな不安に襲われた。
およそ普段の涼介らしからぬ誘い方。
いつもなら、まだ高校生の拓海に気を使って何かと理由を付けてくれては外出しやすい様にしてくれていたのだが。
そんな余裕さえ無くしている様な今夜の涼介の、声。
「藤原……来てくれ」
出掛けにタイミング悪く出くわした文太と勝手口で交わした会話も殆ど覚えていない。
上手く言い訳出来てたのかと、拓海は少し気に掛かる。
さっきまで降っていた雨は今はもうあがっているが、未だ濡れている路面にフロントタイヤが上手く食い付かない。
そんな些細な事も拓海の不安感に拍車を掛けていた。
「でも、俺を呼んでくれたんだよな…」
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随分と迷って辿り着いた初めて聞く名前のホテル。
拓海は涼介に電話で教えられた番号の部屋のドアを遠慮がちに叩いた。
暫くして、開かれたドアから、壁に凭れ掛かる様にして立っているバスローブ姿の涼介が、僅かに上気した顔で拓海を迎えた。
あからさまな色香に拓海の背筋が震える。
足も踏み出せないでいる拓海の手を取って、涼介は部屋の中へと招き入れた。
「藤原、鍵を閉めてくれ」
声を掛けられて、漸く我に返った拓海は慌ててドアに向き直り鍵を掛ける。
「なんか俺、あがっちゃうよ」
言うとも無しに呟いて赤くなっている拓海に背中を向けて、涼介は目を閉じる。
「悪かったな、いきなり呼び付けたりなんかして」
一呼吸置いて、今度は確信的な笑顔で振り向いた。
それを見た拓海は弾かれたように駆け寄る。
「涼っ」
最近になって漸く慣れた呼び名を喚びながら荒々しい口づけを押し付けてくる。
押さえの効かない、その行為を甘んじて受ながら、涼介は求めに応じて唇を開く。
「ん…ふぅ」
バスローブの胸元を半ば強引に引き降ろされ、そのまま押し倒される恰好でベッドの上に組み敷かれた。
裾を割って入ってきた拓海の手が、涼介の内股を乱暴に撫でまわす。
「凄いや、涼介さん…」
未だ器用とは言いがたい指使いで、奥の縁を探り当てた拓海が感歎の声をあげた。
その声を耳元でくすぐったく聴いた涼介は、焦らすように拓海の手を逃れようと腰を捩りした。
そんな駆引きなど慣れていない拓海は慌てて身体を合わせようと覆い被さる。
想いを全て注ごうとしてくるその真摯な瞳に、涼介ゆっくりと視線を合わせながら白い手で拓海の両頬をそっと挟んだ。
「もっと、キスしてくれないか」
言われて拓海は自分の性急さに気付き、頬を赤らめながら照れ隠しに思いきりよく頷く。
「たくさんして、いいですか?」
「ああ」
初めて涼介の身体を抱いた日から先週の逢瀬の時まで、自分の愛撫に感じてくれた箇所を全て憶えている。
それらを丹念に辿りながら、軽く啄み、深く吸い付き、一つ一つの反応を確かめ、更に記憶を確実なものにして行く。
ヒクヒクと波打つ身体に跡けられた紅い痕が、本来の肌の白さに映える。
漸くして涼介の表情を捉えられる様になった頃、拓海の瞳に醒めた光が宿り始めた。
「やっぱ凄ぇ綺麗…」
汗でしっとりと濡れた涼介の肌は隙間なく吸い付き、拓海の掌を魅了する。
「ふ…ぅぁ」
滴る雫を舌で受け止め、更に付根の奥から嘗め上げると、その熱く昂った先を銜えたまま涼介を煽り出した。
「い、やぁ…藤、原ぁ…」
上の口から洩れる苦し気な喘ぎ。それさえも拓海には涼介の催促にしか聴こえない。
そろそろと兆しがみえた時、拓海は涼介自身からふいに離れると身体を起こしてベッドから降りた。
肩で息をついた涼介は嬲る様な瞳で拓海を見上げる。
「ちょっと…待ってて下さい」
悪戯っぽい微笑みを口元に浮かべ、着ているものを脱ぎ出す。
そして、最後に脱いだ靴下をベッドの下に落とし
「お待たせ」
と、折り重なるようにして涼介の胸に再び温もりを合わせた。
「ん…」
何かを確かめるような口づけの数が増える度、次第に荒々しいものに変わって行く。
まるで全てを貪り尽くさんばかりの追い詰められた様な拓海の行為。
そのどれもが自分に向けられた熱い想い故の事だと涼介は判っていながら、自分が拓海にしている仕打ちに、ふと気持ちが醒めかける。
しかし、身体の内側に巣食う快楽への道筋がポッカリと口を開けて待っている事も判っていた…後は、自分が堕ちるだけだと。
そんな涼介の心の内など知る由も無い拓海は、組み敷いた白い両手首を掴むと、放って措いた涼介自身に自分の昂りを擦り併せた。
お互いの雫で滑る「不確かな」重複の快感と手応えの無さが余計に疼きを煽る。
涼介の白い内股を拓海の昂りが行き来して、その動きに併せる様に涼介自身も拓海の腹で擦れる。
「ぁん…藤、わ…ら」
堪らない声が自分の下で喘いでいた。
「涼介さん、いい?」
「…んっ」
「聴かせて、涼介さんの声…ねっ」
「ぅん…」
「もっと、聴かせて」
薄目を開けて拓海の顔を見やった涼介は、その表情から何時もの淡い印象が消えた事を知る。
「イッちゃうの?涼介さん…じゃあ、俺もっ」
熱を帯びた耳に届く声に含まれた酷く冷徹な響きを聞いた瞬間、それに応えることは既に涼介には出来なかった。
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身体の上に放ってしまってからも、拓海は涼介から退こうとしなかった。
背中のラインを擦りながら、拓海は更に涼介の奥に指を這わせる。
一度萎えた筈の涼介も、その刺激で早速に徴候を顕わにする。
浅ましいとも思う自らの身体の昂りを、促して催促してくれる拓海の指に全てを暴かせてみたかった。
ただ一途に自分を辿ってくれる、熱い指…誰のものでも無い、そう思わせて欲しかった。
『ご都合主義も、極まったな』
頭の隅で鈍い響きとなって己が嘲笑う。
ぎこちない動きの指が1本、また1本と涼介の中に圧し入って来て、赤く捲れた花弁がみるみる内に濡れ、やがては小さな企てなど呑込んでしまう程弛んだ縁を幾筋もの滴りが潤していく。
「んっ…藤、原っ」
「熱いやぁ、涼介さんの中…」
初めてみる淫らな涼介の昂りを目の当たりにして、躊躇する理性など形を為さなかった。
突然、背後から抱え込む様に涼介に覆い被さると拓海は熱くなった自分をあてがう。
「はっ…ぅ」
先端を突き付けた途端に締まり出した縁に、慌てて拓海は捩り込んだ。
「つぅ、藤っ」
「痛いよ、力抜いて」
言われるが侭に涼介は無理矢理に息を吐いて、その荒々しい行為に協力する。
肌が完全に触れ合うまで密着させると、拓海は片手を涼介の前身に回した。
既に熱さを含んだ涼介のソレは握られた拓海の掌で一層の滴りを零した。
「涼介さ、ん」
目を閉じて、拓海は自らの腰を突き上げる。
振動が更なる昂りを誘発する、次第に涼介も自らの腰を淫らに揺らさずにはいられない程の…。
その動きが段々と大きくなるにつれ、涼介の双瞳から泪が溢れていく。
「ひぅっ…」
声にならない叫びが上げられ波打つ身体が大きく撓った時、先に涼介が、続いて拓海が各々に散った。
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暫くは、互いをも気遣え無い程に繋がったままで、シーツの波に躯を預けていた。
惚けた様な拓海が我に返り身体を引き起こそうとした時、その手首を涼介が掴んだ。
「えっ?」
驚いた声をあげると、その身体の下から酷く優しい声が拓海を呼んだ。
「して、くれ…」
「えっ、だって」
静かに頭を振った涼介の、未だ淫微な光が浮かんだままでいる瞳に引き込まれ、拓海は視線を逸らさないまま頷く。
自分の奥が性懲りも無く脈打っているのを認めながら、涼介の腕を自分に預けさせ、充分すぎる程熟した花弁を一気に突いた。
「はぁっ…藤、原…ぁ」
恍惚とした顔が、哭いた声が、洩れる喘ぎが、拓海を煽る。
「涼、介さ…んっ」
薄く開いた涼介の瞳に、霰も無い拓海の姿が映っている。
涼介の耳元に拓海の熱い吐息が掛かり、それは次第に荒くなっていく。
スプリングの弾みに促され、勢いのついた拓海の動きに、腰に巻き付いた涼介の足が小さく痙攣した。
「涼っ」
「…らさ、ん」
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「済まないが、先にシャワーを使ってもいいか?」
未だ目の縁を赤く滲ませたまま、起き上がろうとしてた涼介の足元が揺らいだ。
「危ないっ」
その崩れ落ちそうな身体をひしっと抱きとめる。
「俺が連れて行ってあげますよ」
拓海の言葉を遮るように、涼介は首を振った。
「大丈夫だ、心配するな」
―心配するなって、言ったって…。
「俺のせいですもん」
「自惚れるなよ」
漆黒の瞳が苦笑に揺れる。
拓海は赤くなりながらも涼介の腕を捕ろうとした。が、それを擦り抜けて白い身体はベッドを離れた。
「あっ、涼介さん…タオル」
一人で先に立った涼介を追う様に、バスルームへ入ろうとした途端
「来るなよ、藤原」
と中から諌められる。
「涼介さん、怒ってるんですか?」
静かに閉められた硝子の前で拓海は湿ったタオルを持ったまま恐る恐る、声をかける。
「違う、見られたく無いんだ…」
くぐもった声が、扉一枚隔てて聞こえる。
それでも意味を把握出来ない拓海は扉の前に立ち尽くし。
「お前の……を出してるんだ、だから待っててくれ」
仕方が無いという風に、一段と優しい声が掛かる。
やっと涼介の配慮に気付いた拓海は、慌ててドアの前を離れた。
「馬鹿だなぁ、俺…」
髪の毛を掻きむしりながら、部屋の奥に戻る。
― 中に出すって事は、つまり、えっと、迷惑だったんだ…よな。
すごすごと大人しくベッドに座り掛けた拓海の足が、何かを踏みつけた。
「っつぅ!」
足の裏を返して、指で忌々し気に摘まみ上げる。
「…大豆、か?これ」
■■■■■
シャワーの音が止むまでの間、拓海は座り心地の悪いソファに沈み込んで、ぼんやりと天井を見上げていた。
「おかしい、よなぁ」
思わず薄暗い照明の中で呟いてから、聴かれてはないかと慌てて出口の方を見やる。
水音は、未だ微かに聞こえてくる。
―俺、何考えてんだろ…。
何処かで引っ掛かっている何かが、だけれど上手く説明が出来ない。
その時、背後から涼介の声がした。
「藤原?…時間、大丈夫なのか?」
― 名、前…。
「あ、」
気がついた拓海の顔が、みるみる青ざめていく。
「ん?」
そんな拓海に気付いているのか、いないのか、先刻よりも鮮やかな朱色の唇が微笑みを含んで、ふっと小首を傾げた。
「いえ…い、いです」
「可笑しな奴だな」
濡れた髪をかきあげながら、ついさっきまで自分のものだと思ってかき抱いた肢体が近付いてくる。
―さっきまで凄ぇ幸せだった、のに……。
心地よい疲れに浸っていた幸福感が急に萎んで、鼻孔の奥がツンとなる。
―やべっ、泣きそう。俺…。
「どうした?藤原」
俯いて、噛み締めていた唇をゆっくりと離しながら拓海は呟く。
「涼介さん、今度する時は…、俺の名前、呼んで下さい」
まるで、その言葉を待っていたかの様に涼介の声が耳元で囁いた。
「あぁ、そうだな」
■■■■■
一人で帰る道すがら、拓海はかなり思い詰めていた。
握ったハンドルを無意識下で操り、何故か帰りたく無い自宅へと走っている事が無性に腹立たしくて。
「俺の知らない、涼介さん…」
緩慢な身体とは裏腹に、頭だけが妙に冴えて…否、寧ろ寒々しい程の想いで一杯になって。
「何か、気持ち悪りぃ」
そんな拓海の目に、ぼんやりとした店先の灯りが飛び込んで来た。
慌ててハンドルと切ると1本手前の道に滑り込む。
「まだ、いいんだよな」
独り言のように呟いて、拓海はフロントの時計を見ながら夜の商店街を走り抜けていった。
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ほんの手前で不用意に折れたエンジン音を文太は苦い顔で追い掛けた。
「何だ?女と喧嘩でもしたか、拓海の奴」
面白く無さそうに溜め息を吐くと、胸ポケットの煙草に手を伸ばして火を付けながら外に出る。
「さっさと帰って来い。バカ息子」
梅雨明け間近の朝の湿った空気を一本分の煙草の煙りとともに吸い込み終えて、文太はまた、作業の残った店内に戻っていった。
< 夏待ち2〜littleF(エフ)の嘆き〜 END >