『Summer continues』番外編
〜翼の行方〜
『人の縁の奇なるを思い知ること』
夏の盛りに旅をしている者達がいた。
その三人を見る者がいたら、さぞ奇異な感じがしただろう。
颯爽と狩衣を着こなす若者は良いとして、残りの二名は女性だった。
しかもその二人は何故か水干をきていた。
普通女性が水干を着ることはない。
そのうちの一人は妙に水干を着こなしていたが、残りの一名はあまり着こなしているようではなかった。
「柳也、暑いぞ・・・・何とかしろ。」
その言葉は一人の少女から発せられた。
頭の上にあるものを見上げるならば、そう言いたくなる気持ちはよく分かるが、相当理不尽な内容だった。
※
今より千余年ほどむかし、この常世に羽があった。
それは純白に輝く希有な羽だった。
羽を持つ者は何か?と問えば、我々は鳥と答えるだろう。
少々ひねたものがいれば、蟋蟀(こおろぎ)とか蝙蝠(こうもり)等というかもしれない。
しかし羽を持つものの代表を鳥と言っても文句はないだろう。
そして、羽を持つ者を鳥というならば、それは鳥だろう。
・・・ただその羽は、社殿という篭(かご)に入れられていた。
雛鳥は顔も知らぬ母との出会いを求めていた。
背にしまわれて羽ばたくことも無かった翼。
そんな時、社殿に風が吹いた。
天を焦がす炎と共に風が吹き荒れた。
雛鳥が捉えた風は旅という名だった。
風の巡り着いた場所には、母との再会が会った。
その身に課せられた宿業を見届けた雛鳥はすでに成鳥になっていた。
成鳥となった鳥は生まれたばかりの風翼に受け再び青い空へと飛び立った。
その鳥の名を神奈といった。
翼を持つもの。
神の御使いとも呼ばれた翼人・・・。
その一族の最後の末だった。
※
神奈達が母との別れをした廃寺から旅立っておおよそ一年(ひととせ)がすぎようとしていた。
季節は巡り再びあの夏が訪れようとしていた。
彼女たちが出会ったのも今日のような蒼穹が天に広がる初夏の日だった。
彼女たちにとって特別な季節・・・のはずだったが・・・
「柳也、聞こえておるのか?柳也・・・そちじゃ。あついぞ!なんとかせい。」
その日も朝から太陽は煌々と輝き、それに答えるように周りの温度も上がっていた。
日が中天にさしかかった頃、神奈の我慢は限界に近づいていた。
それに対して周りの反応は、季節に似つかわしくなく、凍てつくほど寒いものだった。
盛んに呼び立てられた柳也はちらっと横目で神奈の方を見ると返事をすることもなくそのまま歩き続けた。
その反応を見た神奈は『役体がないとか、使えぬとか、』
ぶつくさと文句をひとしきり言い終えると、話を裏葉にふった。
「裏葉でも良いぞ・・・なんとかせい。」
神奈は全くと言っていいほどあきらめていなかった。
神奈がこの暑さをどうにかしてもらえると本気で思っているのだろうか?
まあ、確かに裏葉ならどうにかしそうと言えなくもないだろうが・・・。
今回は先ほどよりももっと寒い反応しかなかった。
裏葉はちらりとも神奈を振り返らなかったのである。
「裏葉、聞いておるのか?聞こえていたら返事をせい。」
神奈は自分を全く無視する裏葉にまとわりつくように後を付けると、しつこく呼び掛けた。
しかし、いくらしつこく呼び掛けても裏葉が振り返ることはなかった。
「余は暑いぞ!何とかできんのか?」
できるかそんなもの・・・おそらく二人ともそう思っているであろう事は間違いがない。
だいたいその様なことが出来るのならば、二人ともとっくにその手段を講じていただろう。
その二人が何もしないということは、外でもない、有効な手段を講じる事が出来ないからである。
(それくらい推測しろ!)
柳也は半ばいらつきながら、そんなことを思った。
先日も、先々日も、先々々日も、このところ毎日のように同じようなやり取りを繰り返しているからである。
いい加減二人とも苛ついていた。
その反面毎日同じ事を繰り返す神奈に呆れてもいたが、
毎日同じ事を繰り返す神奈によって、
柳也と裏葉がよりいっそう暑苦しく感じていたことも否定できない事実だった。
そんなこんなで二人は相手にする気力さえ無くなっていたのである。
二人もここ連日の熱波には疲れを多少なりとも覚えていたのである。
そんな二人を後目に、神奈はその後も悪態を続けていた。
良くもそこまで次々罵言雑言が出てくると感心するほどであった。
ここ数年での神奈の成長ぶりは目を見張るものがある。
骨っぽかった体つきの成鳥だけではなく、語彙の方もかなり豊富になったことが見て取れた。
(いささか偏りがあるがな・・・)
柳也は、ぶつくさ言いながらついてくる神奈の語彙の豊富さに呆れながら、そんなことを思っていた。
そうこうしているうちに、神奈の口調にかげりが見えてきた。
相手にされないことで飽きてきたのか、それともただ単に疲れたのか、
はたまた悪口をいっていたら余計暑くなったのかは知りようもなく推測の域を出なかったが。
・・・しかし注意力と集中力が低下していたのは事実のようだった。
「全く、柳也も裏葉も益体のない。これほど言ってもまるで聞こえておらぬとは、
翁や姥のようにもうろくして耳が遠くなったと見える。
暑さにも弱くなったし・・・いやじゃいやじゃ、年は取りたくないものじゃのー。」
神奈は裏葉に対して、最大級とも言える失言を放っていた。
完全に言い切った後、「あっ」といって、その事に気がついた神奈はあわてて口をふさいだが、
既に遅かった・・・
神奈の言葉はしっかり柳也の耳に届いていた。
そしてそれは彼の隣を歩いていた裏葉にも間違いなく聞こえていただろう。
何しろ裏葉の耳は柳也以上なのだから。
それを証明するように、神奈の言葉が辺りに響き渡ると、裏葉の肩がピクッと震えた。
そして、ゆっくりと振り返った裏葉の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
裏葉を知っているものならば今の彼女がどれほど危険な存在かよく分かるだろう。
傍目で見れば、たおやかに微笑んだ美女ともとれるだろうが・・・・
むろん柳也も神奈も裏葉が浮かべる笑みの意味を良く知っていた。
特に神奈は骨身にしみて・・・・
「うつけものめ・・・」
柳也が小さくつぶやくと同時に、裏葉が神奈に向かってにじり寄っていくのはほぼ同時だった。
神奈も逃げればいいのだが、神奈はこの状態の裏葉に見つめられると、
大蛇ににらまれた蛙の如く身動きができなくなるらしい。
時間の問題か・・・・柳也がそう思ったとき、背後から珍妙な声があがった。
その声を強いて文字に変えるならば、
「うまふ、ほがはるかった・・・ふうしえはもれ〜〜〜」
だろう。
それの言葉をうち消すように良く透る裏葉の澄んだ声が聞こえてきた。
「神奈様。
あれほど教えたにもかかわらず、手習いもままならず、歌も満足に詠めぬにもかかわらず、
かような物言いだけは出来るようなるとは。
裏葉は悲しゅうございます。
少しは玲瓏とした風流な言葉はでてこぬのですか?」
捕まったか・・・・柳也には背後振り返らずに何が起こっているのかが分かっていた。
裏葉はお得意の技を行使しているようだった。
『すまぬ、余が悪かった、許してたもれ』かな?
柳也は神奈が必至だ何か言っているその言葉の内容を類推しながら、
そのうちあいつの口は本当に伸びるのじゃないか?そんな益体のない考えまでが頭にちらついていた。
しかし裏葉そう簡単に許す気はないようだった。
その後もしっかり裏葉は神奈をいたぶっていた。
神奈は言葉にならない言葉を駆使し、謝り倒すことによってやっとその身を解放された。
「はうはうはう・・・」
神奈は両手で口の辺りを押さえながら口をほがほが言わせていた。
「しっぽりと楽しんできたようだな」
気が済んで戻ってきた裏葉に柳也が声をかけた。
「はい。楽しゅうございました。」
裏葉は至極楽しんだという表情で戻ってきた。
その後ろを涙目のままの神奈がついてきていた。
神奈は柳也の隣まで来ると、恨めしそうな目で彼を見上げ、
「益体のないやつじゃ、主人に危機が迫っていたのに、何故助けぬ」
と文句を言ってきた。
しかし裏葉のせいでまだ口の端が痛いためか、
その言葉の口調にも、大きさにも詰問しているというような雰囲気はなく、
まるで哀願されているような悲哀が漂っていた。
しかし柳也には哀れと言うより愚かなという思いしかなかった。
いったい何度すれば懲りるのか、学習能力のない神奈に半ばあきれていた。
「あの程度の事の何処が危機だ・・・だいたい、お前はもう主ではあるまい」
「うむ・・・」
そういって神奈は黙った。
※
それは三人が旅をはじめてすぐ、神奈が言い出したことだった。
顔を赤らめながら必死になっていったことは『主従ではなく、家族になって欲しい』だった。
神奈の申し出に裏葉は神奈が窒息するほど神奈を抱きしめ、
柳也は黙って神奈の頭をぽんぽんとたたいて同意を示した。
二人には(何を今更・・・水くさい)そういう思いがあったのは確かだった。
しかし、神奈がそういってくれたことが嬉しく思えたことも事実だった。
この申し出の結果は、結局何も変わることはなかったのである
三人の行動・言動に変化は全くなかった。
相も変わらず神奈は自分のことを予と呼び、裏葉や柳也のことは呼び捨てのままだった。
裏葉も結局神奈様、柳也様と呼ぶことは変えなかった。
それでも二人にとって神奈の言ったあの申し出は嬉しいものであった。
神奈が『家族でも敬称をつけるものなのか』と裏葉に問いただしたときも、
裏葉は『そのような家族もいるでしょう』とにこにこ笑いながら言っていた。
確かに寝殿造りの御殿を二条や三条、四条といった辺りに構えている、
藤家の御大の家ならば敬称付きで呼ぶこともあっただろう。
※
「変ですね・・・」
辺りを見渡しながら、裏葉がなんとなしに呟いた。
「何が変なのだ?」
神奈には辺りの異常さが分かっていないようだった。
一行が山道から平野におり、街道沿いに歩き始めてすぐ、柳也は異常さに気がついた。
そのことには裏葉も気がついていたようだった。
この街道の数里先には大きな市が立つ町がある。
今日は市が立っていないが、明日は水無月の十日。
定期市の開かれる時期である。
しかも時間は夕刻、遠方から来るものがいてもおかしくない時刻でもある。
しかし、この街道にでてから数刻の間、柳也達は誰にも会っていなかった。
ここまで人通りがないのは異常だった。
それらの理由を神奈に説明してやると、
「何かあったのでしょうか?」
裏葉が不安そうな声で尋ねてきた。
「そう考えるのが妥当だろう」
そう答えた柳也にも何が起きているのかは全くといって想像できていなかった。
しかも時間は次第に夜へと近づいて行く時間だった。
今日は野宿するしかあるまい。
柳也はそう判断すると、野宿をする場所を決めた。
なれたもので、場所さえ決められると、他の準備は早かった。
木を集め、火をおこし、食餌の準備をする。
今や神奈の手つきもなれたものだった。
柳也は神奈の手慣れた手つきを観ていると、
たどたどしかった手つきのことを思い出していた。
神奈がようやく薪拾いになれた頃、『薪拾い姫と呼んやろう。』といって、
裏葉に、品のない呼び名ですと怒られたことを思い出していた。
そんなことをとりとめもなく思い出していた。
一通り全ての準備を終えると、
「今日は結界を張っておいてくれ・・・」
柳也は裏葉にそう頼んだ。
普段の野宿ではそうそう結界を張るようなことはなかった。
それでなくても気配に敏感な裏葉と柳也がいる。
今までも野盗に襲われたことはあったが、寝込みを急襲されることはなかった。
しかし今回は、確実に何か起こっていると想像できる地域での野宿、用心するに越したことはなかった。
そして用心した結果はすぐに現れることとなった。
「柳也様」
日が暮れて子の刻近くになったころ、結界の周りを彷徨く者の気配を裏葉が探知した。
柳也がその先を裏葉に目で問うた。
「人です・・・集団でいます。人数は・・・十には未たぬかと・・・」
「少し多いな・・・賊か?」
「そこまではなんとも・・・こちらを伺いながら近づいてきています。式を喚びましょうか?」
・・・・柳也はしばし思案した。
相手が賊であるなら俺と裏葉だけではいささか面倒な人数だ。
ただ相手が明かりに引かれてやってきているだけのものなら、別にそう警戒する必要もないが・・・
何となくイヤな感じがする。
強いて言うなら近づき方が気に喰わない。
「いや、今はまだ良い、相手の出方次第だ・・・ただいつでも喚べるようにしておいてくれ」
「分かりました。」
裏葉はそう返事すると、懐から、綿を入れて作った人形を出した。
裏葉はこの人形を憑依(よりしろ)にして式を打っていた。
もし式に格というものをつけるならば、
この人形を格とした式『雲影』は裏葉の打つ式の中では首座にあったが、
探索という仕事には不向きだった。
裏葉は式をいつでも打てるような体制を取ったが、
すぐに探知した気配が妙な動きをすることに気が付いた。
「柳也様・・・・」
裏葉は小声で柳也の注意を引いた。
「何だ?」
まだ大丈夫と踏んだのか、柳也が裏葉の方を振り替えった。
「一人増えました。賊らしきもののさらに後方です。」
そう言い終えると同時に裏葉は眉をひそめた。
「どうした?」
その表情に気が付いたのか柳也が尋ねた。
「・・・結界に気が付いているようです。」
「なに?」
それが事実なら驚くべき事である。
「結界に足を踏み入れたとたんに飛び退いた者がいます。」
緊張した面もちで、裏葉が柳也に告げた。
もちろん裏葉が緊張している意図を柳也は察していた。
裏葉の結界は基本的には接近する人間を探知するもの。
知徳法師のいる廃寺に巡らされていた結界のように、
注意して探っていなければ、そこに人がいる事さえ見逃ししてしまうくらいの力が結界にはあった。
もちろんあの寺ほど緻密なものでもないが。
しかしいかに、急拵え(きゅうこしらえ)の雑な結界といっても普通の人間ならば、
絶対に探知することさえ出来ない代物だった。
その結界を探知するというのは並大抵ではなかった。
結界は剣術に長け、気配を察することが出来るものならば、気づくという程度、
後ある可能性としては・・・術の心得のあるものということである。
「ただ者ではないようだな・・・」
「はい」
「全く千客万来だな・・・」
柳也は吐息するようにそういうと、裏葉に神奈を起こすように言った。
相手が結界に気づくほどの相手ならば、油断する事は出来なかった。
しばらく、裏葉と神奈の短くも激しい攻防戦が繰り広げられた後、
「何じゃ・・・」
という不機嫌な顔と共に神奈が起きてきた。
一緒にやってきた裏葉の顔には軽い疲労の後があった。
ひっかき傷や、たたかれた後が見あたらないのは、二人の攻防が穏やかだったことを表していた。
「このような野宿でも熟睡できてしまうほど鄙びてしまうとは・・・」
盗人が今にも襲いかかってこようとしているこのような状況でも裏葉は裏葉だった。
「旅をする身としては都合が良いではないか。」
心外だなという感じで神奈が反論した。
それに対してい裏葉が何か言い返そうとした瞬間。
三人の前方から殺気がわき上がった。
「・・・どうやら賊に間違いないらしいな・・・」
「そのようですね。」
そう言い残して柳也は賊達を迎え撃つために、
たき火の明かりの届かぬ闇の中に足音もたてず消えていった。
一方裏葉は神奈の守護と、状況を伝えるために残っていた。
「賊です神奈様」
「予達を襲うというのか・・・身の程知らずめ。・・・・で予は何をすればいいのじゃ?」
神奈は不敵に笑ってそう言い放ったが、話の後半はどう考えても、
不敵に笑って言うようなせりふでは無いような気がする。
「賊達は退治します。神奈様は安全なところに隠れていてください」
裏葉がそう言って、自分たちを守るための式の呼び出しにかかった。
裏葉自身、方術にはたけているものの、体術の勝負となれば得意とは言い難かった。
一応知徳法師のところで、術の一環として体術も学んだことは学んでいた。
しかしその腕は、知徳法師をはじめ、柳也にも遠く及ばぬものだった。
裏葉の体術は、あくまでも敵に接近されたとき、
その攻撃をかわし、方術を使うまでの時間稼ぎとしてもの。
つまりは自己の守りを主眼としたものだった。
そこいら辺に転がっているであろう、野盗ごときに後れをとったりすることは無いが、
体術そのもので敵を倒したり、神奈の守護を行ったりというような事は、出来る類のものではなかった。
そして裏葉はそのことを熟知していた。
その結果、裏葉の式の中でもその力においては首座を占めるであろう『雲影』は、
裏葉や神奈の守護をその主な任とする事を目的としていた。
接近してきた敵をなぎ払うのを主たる目的として作られていた。
「たのみますね。」
裏葉は自ら作り出した式に声をかけると、式はそれに答えるように二人の前にでた。
「いつ見ても不思議じゃの・・・」
神奈は裏葉の式を見つめるとそうつぶやいた。
それに対して裏葉もう何かを言おうとはしなかった。
神奈と会話をする事が出来ないほど、緊張しているわけでも無ければ、状況が緊迫しているわけでもなかったが、
会話をするといつぞやの出来事を繰り返しそうだったのである。
二人のそんなやりとりが終わると同時に、前方の暗闇のなかから、鈍い音が響いた。
それを契機として前方では、あわてふためいた人間の声と、鈍い音が連鎖していった。
断末魔の悲鳴が聞こえてこないのは、柳也が不殺の誓いを守っているという証拠だろう。
結局、賊達は柳也の剣を受け止めることすら出来ずに、夜の道沿いにその身体を横たえていた。
柳也も始めから夜盗如きに手間取るとは思っていなかった。
事実、柳也が手間取ったことはなかった。
一通り賊達を気絶させると、柳也は足下に転がっている賊達には目もくれず、
抜き身の長太刀を片手にぶら下げたまま、焚き火の方へと急ぎ戻った。
結界に気付いた者は既に、裏葉の貼った結界の中に入っているかもしれないからだ。
隠行の出来るものならば、それなりに接近することは可能だろう。
その者が敵か敵にあらざるかは分からない。
ただ分かっているのは、油断の出来ない腕を持っているものだと言うことだけだ。
ならば戦力は集中させておくに限る。
柳也の研ぎ澄まされた感覚に焚き火が大きくなってなってきた。
どうやら客はまだ来ていないようだ。
「柳也、大丈夫か?」
「柳也様、ご苦労様でした」
二人が出迎えてくれた。
「まだ来てないみたいだな・・・」
柳也は二人の出迎えに軽く答えてから、裏葉にたずねた。
「そうですね・・・でも以外と近くにいるかもしれません。」
「何故そう思う?」
「勘です」
「勘か・・・」
その言葉を聞いて柳也は渋い顔をした。
裏葉の勘は術を習ってからは、驚異的な的中率を誇るようになっていた。
その事を柳也も神奈も良く知っていた。
特に漠然とした不安や敵意の察知など不吉なことは、ほぼ全てを当てていた。
「敵だと思うか?」
「それは何とも・・・」
裏葉が答え終わらぬうちに、ある覚えのある波動を三人は感じた。
※
男は目の前に盗賊達がいるのを知っていた。
そっと後を付けていたのである。
彼はその盗賊達のねぐらの方に興味があったのである。
「鬼に従う盗賊がいる」
彼はそのうわさ話を聞きつけ此処までやってきていた。
目の前の盗賊がその盗賊かどうかは知らぬが、この際出会った盗賊には全て当たってみるしかなかった。
しばらく彼らの後を追っていたとき、
ある感覚が彼を襲った。
あわててその感覚から逃れるように飛び退いた。
(今のは・・・)
男にはその感覚に覚えがあった。
感覚を細く鋭くしてその辺りを見てみると、あるものが視えてきた。
(結界・・・)
それほど力のある結界ではないが、あの中に入った者は探知されていると考えて間違いないだろう。
やっかいだな・・・
男はしばらく思案するとある行動にでた。
(隠行を使うしかあるまい。)
この程度の結界ならば、隠行を破るほどの力はない。
隠行を身にまとうと男はそっと結界の中に入っていった。
この結界を張った者ならば、鬼の行方を知っているかもしれない。
ひょっとすると目的への手がかりとなる人物かもしれない。
陰陽寮に属さない外法師の可能性もあった。
もしそうならば・・・・その外法師は奴らと繋がりがある可能性が高かった。
意外と上手くいってくれるかもしれないな・・・
そんな希望を持ちながら、男は闇の中を音もなく進んでいった。
男の前では、盗賊どもと何者かが戦っているようだった。
どうやらこの盗賊は奴らの身内というわけではないようだ。
しかし戦っている方には確実に法師がいる・・・。
まだ手がかりは切れていなかった。
戦いは一方的なもののようだった。
手練れだな・・・男はそう感じた。
盗賊どもの腕が立つ者でないのは分かったが、場数を踏んでいることは分かっていた。
それにもかかわらず、少数で多数を圧倒しているということは、技量・経験の差が相当あるということである。
間もなく戦いは終わった。
そっと近づき、様子をうかがってみると、人影が四つあった。
よく観察してみる。一人は人にあらざる者、そしてもう一つは式のようだった。
それは危険が倍増したということを示していた。
(やっかいだな・・)
男は自嘲した。
身の安全を考えるならば、引き返すべきかもしれないが、
やっと見つけた手がかりらしきもの。
手放すわけにはいかなかった。
男はそっと刀を抜いて、片手にぶら下げると何も持たない方の手をそっと挙げ、
印を打つ準備に入った。
印を放てば、隠行は消える。
後戻りは出来なくなる。
男は息を整えると印を放った。