―LAW?―CHAOS?―

序章「秩序と混沌、生と死と」

2001年2月19日
作者:Meta


―雨は、平等だ―

 雨が夜の街を洗っている。
 風は無く、ただ降り続ける雨だけが冷たく、今が冬だという事を嫌でも思い知らせて来る。
 土砂降りではないが、小降りとも言えない雨が、乾いていた地面をくまなく染めていた。
 雨が降っていても、判る。薄汚れた路地裏だった。
 排水溝に向けて作られた溝に沿って、汚れ切った埃とゴミが流れ、ごぽりと音を立てて沈む。
―そう、ゴミが。
 高天原市、黄泉比良坂区。
 東京で言えば新宿か、高天原市においては、急速に発展したこの街の表と裏を如実に反映した場所だった。
 表通りは夜中の3時でさえその光が消える事は無いが、裏通りは真の闇だ。真昼の12時でさえ、暗く、音が無い。警察所か、地元のヤクザでさえ滅多な事では立ち入ろうとはしない。加えて、現在は深夜2時。正に、視界の効かぬ闇のみが広がっている。
 普通ならば、立ち入りはしないのだが。
―雨は、平等だ。
 黒のロングコートを羽織った男だった。中肉中背、しかし、その瞳に宿るのは猛禽の輝き。
 そう、雨は平等に降り続いていた。
 男にも、周囲に崩れる、「塊」と成り果てた人間達にも―。
 ゴアテックス素材のコートが雨合羽の代わりを果たしてはいるが、その足を覆う黒のジーンズと目元まで伸びた前髪は、充分過ぎるほどに濡れていた。頂点から落ちる雫が中ほどで合体し、先端で巨大化して落ちる。
 首近くで輝くのは、黒で埋められる全身には相応しくない、銀の十字だ。
 日本。高天原市。
 2002年にようやく行なわれた首都の移転だったが、それが良かったかどうかは判らない。東京は相変わらず東京として存在し、発展している。むしろ、以前は田舎的な部分もあった街を無理矢理都会にする事に、何の意味があったのかと、そんな声もある。
 2005年、現在、首都としての役目は確かに担っていて、都市もそれなりに発展した。東京、大阪、名古屋と同じ位にまでは発展しただろう。
 男が立っているのは、アーケードの集結した、丁度挟まれる裏通りで、屋根やビルの影に隠れていて、夜であれ昼であれ、闇だけが支配する場所だった。
 全身を雨で濡らし、未だ雨の中に立ち続ける男の顔には、確かに笑みがあった。
 合皮製のレザーグローブで包まれる男の手の中にある一振りの刃、その峰を伝い、落ちるのは雨の雫だった。
―今は。
 薄れて来た匂いに、鼻を蠢かせる。
 先までは独特の臭気が充満していたが、それも雨が浄化していた。
 男は雨が好きだった。雨は浄化であり、救いなのだ。
 罪悪感は無いのか。
―無いのだろう。免罪符は、既に意味を成さない。
 男と同じく、全身を黒で覆った男達は、或いは頭を打ち砕かれ、或いは腹を抉られ、既に息が無い事は明らかだった。
―何故、襲う? 
 「悪」の存在は必然だ。仏教だろうがキリスト教だろうがヒンドゥー教だろうが、それは「ある」のだ。
 「悪」とはつまり、「善」の裏返しであり、表裏一体、消し去る事など不可能だ。考えるまでもない。
 キリスト教では「神」の側面である残虐性を「悪魔」に持たせた。それにより、神は神として、絶対的な善としての存在を得る。
―神は正義か? 
 神は絶対的な善だ。ならば、何故に、人に知恵の木の実を与える事を拒んだのか。その意味では、古き蛇が人の恩人なのか? 神に似せて作られた土塊は、天使を跪かせながらも、天使には及ばない。人は、「考える」者であるからこそ、その意味があるのだ。
 知恵の実を食すのを禁じられたのは、人が神に近付くのを禁じての事か。ああ、罪か?
 原罪は人のイドであり、その存在を消し去ろうとする事が出来ると考えるのは、「間違いだ」。
―この力を持っているから、か?
 悪魔の力を手にした者は存在する。
 オブセッション、等とは違う。古くはピオ神父、ルター、アントニウスの例まで様々だが、それは違う。
 ポゼッション? それもどうだろうか。最近ではアメリカのシャロン・テート殺害事件や、ヒトラーでさえそうだったと言われている。「声」が聞こえたのだ、と。
 力が強くなる、奇声を発する、どこからか声が聞える……そう、「悪魔憑き」。
 だが、違う。
―ケース。入れ物、だ。
 悪魔の力を生まれ付き有していた、或いは、如何なる形式かで手に入れた、と言う事だ。自ら望んで手にした力か、或いは自分が知る間もなく、既に「有った」力か、それは様々だが、少なくとも、男は後者だった。
―「悪魔の撲滅」を目的とした存在がある事を知った。狙いは「悪魔の」「ケース」だった。
 悪魔の力を自在に振るい、平然と人を殺害する。人にはそれを止められない。当然だ。人間なのだから。
 エクソシスト、修験者、神父、牧師……「祓い」の最前線で活動する物にとって、それは許し難き存在だった。故にその存在の撲滅は当然にして必然、滅ぼす事は「使命」だった。
 消されるのは本意である訳が無い。当然だ。何も知らないまま、「そう」だったという理由だけで、だ。
―ふざけるな! 消える? ああそうだ、お前達がな!
 素直に狩られるつもりは無い。「ケース」達は次第に身を寄せ合い、それに対向するようになった。簡単な事だ。「狩られる」前に「狩る」のだ。悪くは無い、悪い物か。「生きたい」だけなのだから。
―ああ、罪悪感は無いよ、クソどもが!
 半分に叩き砕いた黒ローブの牧師の頭をスニーカーで踏み砕き、男は口の端を冷笑で彩った。
 雨の一音しかなかった空間に、別の音が割り込んでハミングする。
 爆音と、悲鳴、怒号だった。




―明日の朝刊はどうなるだろうか。だが、そんな事は考えていない。考えられない。目の前の「悪魔」を滅ぼすまでは! 
 マズルフラッシュが闇を照らし、火線が死と悲鳴を導いて疾る。
 今回の作戦に参加しているのは神父と牧師、司祭クラスが合計1000人だ。何れも優秀な退魔の力を持っており、「戦う」為の訓練も受けている。何処の国の正規部隊にも劣るまい。「天使」の力を借りられるのは数人だが、それでも大部隊である事には変わりない。
―「クリフォト」!
 悪魔をその身に宿す者を筆頭とした、最強最悪の召喚師集団だ。
 悪魔を召喚する。遥かな昔から、ソロモン王の時代からそれは有った。ソロモン王は、72の魔神の力を借りてその繁栄を築いたのだから。
 だが、現在でもそれは行なわれている。しかし、その目的の多くは、自分の目的を達成する事だ。誰かの為、と言う事は、まず、無い。
―目的は、そう、欲望だ。
 それは、大別すれば殺戮欲と肉欲。
 神の存在は絶対だ。だからこそ、それを冒涜する存在は滅ぼさなければならない。
―誰を、どうやって、殺したか、犯したか? そんな事はどうでもいい。「既に」終わった事だし、判っている事だ。あるのは、次の犠牲者が出る前に、滅ぼさなければならないという事実だけだ。告解の時は与えられまい。与えない。悪魔は、ただ「滅ぼす」のみだ。
 白いローブを羽織った男だった。カノニカルを動き易い戦闘服に変えたようなその服の中には、女性であれば惹き付けて止まない美麗な顔立ちが包まれている。
―市民に避難勧告は出されている。「教会」製作の「映画の撮影」だった、か? 確かに、市民には申し訳ないが、「正義」の為だ。
 クリフォトの大部隊を誘い出せたのは幸いだ。ここでケリを付けるしかない。第一、普通の部隊では太刀打ち出来ないのだから。
 カスタムリボルバー、聖別されたブリッドを発射する特殊な銃が、男の手の中で踊る。
 超威力を重視した60口径、オートマチックではその反動に耐え切れない為、独自に手を加えた物だが、リボルバーであればこそ、だった。いざと言う時にはハンマーとしても使える。
 常人ならば腕ごと頭の上まで跳ね上げるか後ろに流される反動を、男は平然と連射していた。蠢く影が、連続で悲鳴を上げて崩れる。
―この戦いは聖戦であり、悪魔を掃討する為の、崇高な戦いなのだ。我々はヨシュアであり、忠実なる神の使徒なのだから。
―ロウウイング―
―我々は、全ての「魔」を滅する為にこそ、存在し、戦う―
 広がる光景はさながら地獄絵図だった。
 業火が走り、地を舐める。フルオートの銃声が雨の静寂を断ち切る。
 巨大なクワガタムシが一人の司祭の頭を断ち切り、咀嚼していた。口の中に有るのは、樹液を舐める為の器官ではない。獲物を喰らう為の牙だ。
 男は眉を顰めるでもなく、冷静にクワガタムシに銃口をポイントする。次の瞬間には、クワガタムシの首の付け根が、FMJ弾使用のエーテル・ブリッドに吹き飛ばされていた。
―召喚。ここに居るほぼ全ての相手が、かなり強力なサマナーだ。
 クリフォトの多くは、サマナーが中心と言っても過言ではない。何故なら、この場合は陰陽師も道教の術師も、「魔」と名の付く者を召喚するのであれば、それは「サマナー」であるからだ。
 巨大な口のある植物が、男に向かって襲い掛かる。地面に根は張っているが、移動する度にアスファルトを引き剥がす。長身の男よりも更に高く、大きさは3mは下らないと思われた。
 リボルバーをホルダーに素早く押し込むや、男はローブの中に手を差し入れ、引き出すと同時に両手を前に突き出していた。抜き出された手には、黒い金属の塊が握られていた。
 聖別された、弾丸を焼夷弾機能を持つ子弾と共に詰め込んだグレネードランチャーだった。鉄鋼弾機能を持つ先端が標的に接触した瞬間、それ一つ一つが同機能プラス焼夷弾機能を持つ子弾をバラ撒きながら炸裂する。巨大な悪魔であれば、体内で精神体を破壊しながら焼き尽くし、実体を持つ、単なる悪魔であれば滅びは免れない。例に漏れず、巨大植物はリバースされていた。
 50人ほどの両陣が交戦している。六芒星の光芒が次々と放たれ、悪魔が召喚されていく。マズルフラッシュが、それを次々と打ち消していく。数では司祭が圧倒敵に多い。悪魔は、呼び出さされれば強敵だが、その前に本人を倒せば悪魔を召喚する事は出来ない。
 男の腕時計に内蔵されたMADが、周囲の電磁反応をデタラメに表示させていた。APC内では、負傷した者と入れ替えに、待機していた司祭がSMGを片手に飛び出して来る。
―これで、方を付けられるか―
 長い戦いだった。
 悪魔の数はあまりに多い。だが、用は頭を潰せば良いのだ。この戦いにおいて、クリフォトの幹部を殲滅すれば、それで良い。
 数人の悪魔遣いを肉塊に変え、不意に男は言った。
「何だ」
 振り返りもせずに訊いた。気配で判る。仲間だ。
「はっ、その、倒したサマナーの中に、例の幹部達は見付かりませんでした」
「―何?」
 男の目が細まる。仲間―部下か―は続けた。
「敵部隊の70%強を殲滅、ですが、「ケース」は10人も見付かっていません」
「……判った。引き続き敵を殲滅してくれ」
「はっ」
 隊員が下がる音も聞こえないのか、男は眉を潜めてランチャーを投げ捨てていた。ランチャーは単発式、持っていても邪魔になるだけだ。
―ケースが、居ない!? 敵の主力を倒していなければ、何の意味も無い。居る筈だ、奴等は。―逃げられた!?
 突如、雨音、怒号、悲鳴の全てを断ち切り、アーケードの一角が吹き飛んだ。
「ヒャアッハア!」
「!?」
 店の一角、材木加工場の裏のシャッターが破られ、狂的な笑い声を放つ男を上部に、装甲車が踊り出て来た。十字の紋章、「教会」の物だが、乗っているのは紛れも無くクリフォトの男だ。
 男が振り向いたその視線の先、トラック級の装甲車が、数人の司祭をタイヤに巻き込んで疾走していた。轢き殺しつつ、ハッチからフルオートの連射を浴びせる。数人の司祭が、突然の出現に驚いた事もあり、あっさりと砕かれて行く。
「イヤッハア! おいおいおいおいおい、ハデにやってんじゃねえか!? おい、ハデ、良いぜ、ヒャハア!」
 男がハッチから飛び出す。2メートル程の高さから危な気無く降り立ち、男がマシンガンを乱射した。190近い上背、裸の上に直接タンクトップと革のツナギを着込んだ男だった。短く刈り込んだ髪はオールバックに、顔立ちは端正だが、それ以上に凶器に満ちている。
 首から下げるのは、敢えて十字を模した、真黒い十字。ギリシア十字ではない、下部の長い十字を逆に吊るし、掘り込まれた骸骨の全身が、キリストを冒涜するかのようだ。
 司祭達が成す術も無く撃ち抜かれ、9ミリパラベラム弾の中に脳漿を混じらせて崩れ落ちる。中には、強制的に体をバラされるまで死神のワルツを踊り続ける者も居る。発射されるブリッドのラピッドファイアは、さながら死神のメロディだ。
―見覚えが、有る!? データにあった。詳しいデータではないが、この男は……ケース!?
 司祭達の銃弾の中を平然と潜り抜け、男はマシンガンを乱射している。
 弾が切れたのか、ツナギの男がマシンガンを投げ捨て、装甲車に呼び掛けた。
「ヒャハ、チェン、弾が切れた。次のは!?」
 装甲車のハッチから、もう一人の男が顔を出す。
「はっ、駄目だ、忘れた。良いだろ、「呼べ」よ」
「ヒャハ、下準備が足りねえな!?」
 ツナギの男は悠然と構える司祭達の前に踊り出た。両手の甲に刻まれた不思議な紋章が不意に強烈な黒い光を放ち、次の瞬間、ツナギの男の足元から半径3mはあるマジックサークルが光で描かれていた。
―間違いない、「ケース」だ!
 ツナギの男の雰囲気が、瞬時に別の物に変化していた。体の周囲に小さなプラズマを纏い、雨に濡れたオールバックがざわめく。筋肉が異常な盛り上がりを見せ、肩が膨れ上がり、その爪が獣の如く伸びる。
 悪魔の力の解放、即ちそれは、人間の身体能力を完全に逸脱する事を意味している。どんな悪魔であれ、トン単位の重量を苦にもせず、僅かな動きで残像と化して移動する。
 何より問題なのは、その悪魔ごとの能力だ。
―長いケースとの戦いで、「判っている」! 「来た」のだ、悪魔が!
 白いローブをはためかせ、男は駆け出していたが、だが、すぐに足を止め、距離を取っていた。
「ヒャハッ! ハア! ブッ壊れなぁ! テメエらあッはァ! ヒャハア!」
 男が紫電を放つ右手を高く掲げる。
 その右手を中心として、周囲の空間が引き込まれるようにどろりと歪む。羽虫の羽ばたきのような音が雨の音を打ち消し、次の瞬間、音は実体を持って広がっていた。
 白いローブの裾が飛び出た僅か数十センチ先、その一体全てが漆黒のドームで覆われていた。
ばちばちと紫電が放電し、ドームが振動する。中から聞こえるのは、悲鳴、絶叫、そして狂ったような笑い声。
 僅か数秒。
「ヒャハッ……、ヒャハハハッ……、ヒャアッハハハハハハハハハハハハハアッ!」
 ドームが開けた時、中に居たのは狂ったように笑う男だけだった。
―まともに「居た」のは。
 低く、足元から声が漏れる。
「あ……ぁ……ああ……」
「あぅ……あ……」
 司祭達の様子は生き地獄だった。
 ある者は肉が抉れても喉笛を掻き毟り続け、ある者は自分の持っていたナイフで自分の体の至る所を連続で刺し抉り続け、ある者は耳を削ぎ取り、ある者は目を抉っている。
―精神の、破壊か。
「ヒャハッ、ヒャハハッ、ヒャアッハハハハハハハハ! ヒィィッアッハアッ! おいおいおいおいおい、全滅か、オイ、立てよ、ヒャハアッ!」
 手近に転がっていた司祭の首を片手で平然と持ち上げ、ツナギの男は、それを装甲車の2メートルほど手前に投げ出した。
それを楽しんでいるとしか思えない凶事だった。
「おい、チェン、そのまま前進だ。ヒャッハ、どうだ? ギリギリ1センチで朝定食追加だ」
 ツナギの男が、トランプで何かを賭けるかのように言う。ハッチの男―チェンが笑い返した。
「駄目だ。朝食はチーズと決めてるからな。コーンフレークで手を打とう」
 装甲車が距離を取る為に後ろに下がる。
―下衆が! 
 男はそれを確認するまでも無く、ローブの下のウエストホルダーから長方形の塊を取り出していた。
「―!? エッジ、避けろ!」
「おいおいおいおい・・・生き残りか、ヒャハア!」
 テイクバックも確認するまでもなく、セーフティピンの外された長方形の塊が50mは離れた位置に落着する。
 装甲車から顔を覗かせるチェンがハッチから飛び出していた。
 出た瞬間、全身が明らかになる。アジア系、服装はタンクトップに、黒のレインコート、顔立ちはこちらも整っているが、やはり凶暴性を隠してもいない。首からは、同じく逆十字を吊るしている。
 爆音と、爆炎。
 雨粒を蒸発させ、雨音を完全に遮断する。清浄の炎、物質だけでなく、「魔」をも滅する輝きだ。
 円状に広がるかのような火炎の渦が、9ミリ弾でさえ傷一つつかない装甲車を鉄屑に変えていた。
 中の司祭と共に。
―覚悟は有った筈だ。第一、あの状態を見せられるのは辛い。本人達も望みはしないだろう。仇は、討った。
「ヒャッハ、おいおいおい、最新型だな、おい。半径50メートルの対象物は全て破壊、殺傷ってか、ヒャハア! お仲間殺して楽しいか? ヒャアッハハハハ!」
「!?」
「確かに面白いな、はっ、エッジ、この男、どうやら他の司祭とは違うみたいだ」
「らしいな。ヒャッハ、おいテメエ、ここで死ね」
 エッジと呼ばれた男が、紫電を放ち続ける右手で男を指差す。チェンと言う男も、傷一つ見当たらない。無傷だ。
―一筋縄では行かない、と言う事か。
 部隊は幾つかの小隊に分かれているが、この部隊は男を残して全滅だった。他の区域でも戦闘が行なわれているが、しばらくは援軍の期待は無理だ。
―ならば!
 男はホルスターからリボルバーを抜き放っていた。正に電光石火、抜いた瞬間にはエッジの眉間にポイントされている。
バックステップしながらの一撃は、しかしエッジの僅か手前の空間に虚しく溶け消えた。
「エーテルブリッドか? ああ、無駄だ無駄だ、ヒャッハア! 「ムルムル」にそんな物が通用すると思ったか!?」
―ムルムル。ソロモン王の召還した72の魔神の一人であり、ネクロマンシーを司る。騎士の姿で現れるとされる高位悪魔だ。
「くっ……」
―強い。ケタ外れだ。……隣の男も、同等と見るべきなのか!?
 男は腕時計から視線を上げ、姿勢良く言った。
「……この戦いにおいて、我々の戦力はお前達を遥かに上回っている。抵抗するだけ、無駄だ」
「はっ、寝言を言うなよ。本体到着の時間稼ぎか?」
 チェンが馬鹿を見るような目付きで言う。
―読まれているか。……だが。
 そっと腕時計に目をやる。味方識別反応、近い―。
「ヒャッハ、おいチェン、兄貴は?」
「ああ、本体を狩りに行った。大哥なら、はっ、一人で大丈夫だ」
―大哥……この呼び方、中国人か、この男は。隣のエッジという男は恐らくは日本人。……大哥!? この部隊には、まだ上が居るというのか!? 
 低いローター音が響く。戦闘ヘリ、この時代でもバージョンアップを繰り返してきた最新式、アパッチだ。戦車には最も恐れられ、このような場所での戦いにおいては、戦闘機よりも重宝する。
 ドアに描かれた十字の紋章―「教会」の物だ。援軍が思うより早く来たのは幸いだった。
 男は飛び退るように距離を取っていた。
 刹那、チェーンガンの発射音が響き、弾幕の雨がエッジとチェンを射抜く。
―やったか!? ……違う、この気配は……開く!? 魔界への扉が!?
「ヒャハ! 無駄だぜ!? 鉄鋼弾だろうが、俺の結界は破れねえ!」
 チェーンガンの連射は全てエッジの生み出した紫の光の壁が受け止めていた。―だけではない。チェンが印を組み、叫ぶ。
「っは、来い、ウンゴリアントぉ!」
 光芒が夜気と雨を掻き混ぜて走り、濡れそぼるアスファルトに、巨大な六芒星を描き出す。
 空間が捻れ、その歪から飛び出して来たのは、10mは有ろうかという巨大な蜘蛛だった。10数機のアパッチの内、低空飛行していた一体が、長い前足の1掻きを受け、爆発、四散する。近くの一体は、ローターのバランスを崩された上、口から飛び出て来た糸に絡められ、地面に叩き付けられた瞬間に爆発していた。
―召喚。そう、悪魔遣いたる証の、神を冒涜する行為だ。
「ヒャッハ、おいおい、ヘリまで出すか!?」
 エッジが言う。
「っは、マズいな、エッジ、あいつを見ろ」
チェンが指差す先、アパッチの真下に、何か長い鉄の塊が見える。
「ヒャハ、ヘルファイヤ!?」
「っは、エッジ、大哥を探しに行け。大哥が、大司教のクソッタレをブッ殺せば、俺達の勝ちだ」
「ヒャッハ、大丈夫か、チェン」
「心配するな。大哥は、俺達で守る」
「守られる、の間違いだろ、ヒャハ」
「っは、言ってろ」
 言うや、エッジは踵を返して走り出していた。アパッチのチェーンガンがそちらに向くが、蜘蛛の糸が吐き出される。
 戦車すら一撃で吹き飛ばす対地ミサイルが蜘蛛の背を穿ち、それでも蜘蛛は動き続けていた。二発、三発とヘルファイヤが撃ち込まれ、遂には蜘蛛の背に大穴が開き、動かなくなる。
「逃すか! 」
 男は走るエッジの背を追っていた。大哥、兄貴と呼ばれる男が、恐らくは今回の部隊の指揮者。となれば、クリフォトの幹部である可能性さえある。逃す訳には、行かない。
「っは、行かせるかよ!」
「なっ……」
 男が振り返り、思わず目を見張る。
 チェンの手の甲が赤の輝きを放ち、足元に六芒星の光芒が浮き上がる。チェーンガンの連射を平然と受け、それはしかし、全て赤の光に溶け消えて行く。手の甲に輝く印章、雰囲気その物が先のチェンではなくなっていた。
 次の瞬間、そこに立っていたのは、全身に赤い火の粉を纏ったチェンだった。エッジと同じく気配が変わり、両腕が鉤爪のような形に、そのサイズも巨大化している。全身が僅かにサイズを増したように思えるのは、恐らくは気の所為ではあるまい。そして、それは、単純にパワーが上がっただけと考えるのは、愚かし過ぎるほどに大きな間違いだ。
「っは、邪魔だ、消えろ!」
 チェンが腕を振り回すや、掌から一条の火線が走った。狙い違わず一台のヘリを飲み込み、空中爆破させる。今しもチェンを狙い撃とうとした一機だった。
「っは、待て、司祭!」
 チェンの声を受け、男はちらりとエッジに目をやった物の、立ち止まっていた。
「っは、諦めたか?」
「待て、と言ったのは貴様だろう? 奴を追うのは、貴様を片付けてからでも問題ない」
 男はかなりの地位にあるのか、ヘリも下手にヘルファイアを放つ事は出来ない。
―いや、男の力を知っているからか―
 男はチェンから視線を反らさず、低く静かに言い放った。両手を胸元から腰の位置にまで下げ、クロスさせる。
「我、忠直にして聖火を守る者なり! 聖を真の理とし、審判の判官を務めん! 雄鶏は我と共に有り、不浄なる者よ、我、チントワの橋へと導かん!」
 男を中心にして光の波紋が、中空にさえ広がる。青白き光の波が、男を中心に取り巻いているかのようだった。
「……ほう、貴様、「ケース」だな?」
―ケースは、悪魔だけではない。精神的な分類、悪魔でなく、神的な力を持った者も存在する。それは神の僕として「魔」を討つ為の力であり、それはつまり「正義」という事だ。そう、「正義」だ!
「そういう事だ。「スラオシャ」とでも呼んで貰おうか?」
「ゾロアスター系か。っは、良いだろう、「アイム」の力、思い知らせてやる」
―スラオシャ。呪文を武器に、「魔」と戦うスプンタ・マンユの僕たる天使だ。神の教えはまずスラオシャに伝えられ、それから人間に伝えられたともされる、ヤザタたる天使達の、筆頭の一人だ。
―アイム。ソロモン王が召喚されたとされる、72の魔神の一人だ。毒蛇に乗り、3つの頭―蛇と、猫と、もう一つは人間だ―を持って現れると言われている。松明を持ち、火を付ける悪魔ともされる。エジプトの神性の一人の先祖返りとも思えるが、強力な悪魔である事には変わり無い。
 チェンが、右手だけでなく左手にも炎を生み出す。炎のメリケンサックとでも形容すべきそれが、低い唸りを上げて空気を焦がす。
 男は右手を一振りするや、そこに、一振りの剣を生み出していた。忠節の証とも言うべきか、最も相応しいと思える武器ではあった。青い光で形成されたそれが、闇を文字通り照らし出す。
―ケースは、悪魔だけではない。「悪」が有るならば、「善」も有ってまた然り! 
 チェンが右手を横薙ぎに振るう。ヘリさえ一撃で落とす地獄の業火が、唸りを上げて巨大な火球と化し、男に襲い掛かる。
「足掻くな、悪魔よ!」
 蚊でも払うかのように炎を真っ二つに光で断ち割り、男はその勢いのまま、次元流の一の太刀にも似た一撃で斬り掛かって行く。
 実際、次元流を齧った事があるのか、蜻蛉の構えにもその振り下ろしにも、十分以上の鋭さと気迫がある。
 チェンがその一撃を脇に流すように半身になって避けていたが、刃はその先、コンクリートのビルに深い亀裂を生み出し、内部の鉄骨を露出させていた。光が生み出した力か、或いは男の身体能力か、いずれにしろ、常人が受ければ骨ごと断ち割れて即死は免れない。
 だが、しかし、チェンはその凄まじい斬撃にも目も細めず、そのまま炎に包まれた拳を男に叩き付けていた。
 男の腕から伸びる光が、瞬時にサークル状のシールドと化し、炎の塊を受け止めていた。
 チェンが薄く笑う。
「はっ、良い腕だ。だが、大哥の敵は滅ぼすのみ、だ!」
「ふん、惜しいな、その忠義心は!」
 殆ど同時に右手を振り払い、火の粉と淡い光が飛び散る。その反動で僅かな距離を置いて相対し、二人はまた構え直した。
「ハッ、何故、無益な戦いに身を投じる?」
「無益? 悪魔よ、吠えるな! 貴様等を滅ぼす事は、我等の真理であり、世の摂理だ!」
 男は四足の獣の如く、大地を蹴り付け、チェンに駆け出していた。北風の如く早く、微風の如く静かに、しかし男の握る刃に宿るのは、冷静で何処までも真っ直ぐな殺意だった。
 体を刺し貫かんと迫る光の刃に、チェンはバックステップで間合いを取ると、右手を開いてそこに炎を生み出した。
「はっ、悪魔? 笑わせるなよ? 契約者だけでなく、生まれ付きのケースまで滅ぼそうとするお前達が、ならば正義か!?」
 雨を飲み、蒸発させ、新体操のリボンの如くチェンから放たれた炎の帯が、男を焼き尽さんと迫る。
 ヘリさえ一撃で落とす炎は、人間であれば黒焦げにするのは容易く、一秒と掛かるまい。むしろ、灰以下に焼かれる可能性の方が、遥かに高いと言って良い。
 しかし、炎は虚しく雨で濡れた地面を叩き、炎の帯は、巨大な水溜りを丸ごと一つ蒸発させただけだった。
 瞠目すべき反射神経で超スピードの炎を見切っていた男は、炎が足元を薙ぐ寸前、高々と宙に舞っていたのだ。
「いずれ、飲まれる! 「悪」の滅びは世の摂理だ! 絶対の秩序によってこそ、この世界は平和を得られる!」
 人間を完全に超越した、10メートルもの高さに一息で飛び上がり、更にビルの壁を蹴って三角蹴りで二段跳躍した男が、雲から漏れる月光に重なる。刃は右手に構えたまま、男は左手でウエストポーチから2、3個の奇妙な塊を引き出していた。
 人差し指と中指、薬指でまとめてセーフティピンを引き抜き、遥かな高みから男はそれを投下した。ピンを引き抜いてから2秒、もしくは接触によって起動する。最新型の手榴弾だ。
 大地から広がり上がる爆炎と爆風が、ビルに沿って舞い上がる。生み出される火炎のドームが球状にせり上がり、爆心地の対象物を炎で撒いて破壊する。雨と混じる温い熱風が、男の髪を撫で付けて行った。
 男は更にもう一つ、ワンサイズ大きなハンドグレネードを投下し、ウエストホルダーからリボルバーを引き抜いた。
 別装填のブリッド、HEAT弾をハンドガンサイズに改良した物を装填する。
 超反動を伴なうそれを、男は一点に集中してシリンダーを全開した。
 相手は「悪魔」だ。ハンドグレネードに詰め込まれたエーテル体さえ焼き尽くす清浄の炎が炸裂し、成形炸薬弾の炸裂と共に小さなファイアーストーム現象にも似た火柱を呼び起こす。
 火柱となって輝く大地が、オレンジと赤の炎にまみれて、悪魔さえ焼き尽くす天の火となっていた。
 マズルフラッシュが一箇所を照らすライトの如く、数秒間連続で続き、男が落下する。
 爆炎が広がる中、男はビルの4階の窓の桟に一度着地し、光の剣を両手で構え直すと、再び爆炎の中に飛んでいた。
―居る! やはり、この程度では、駄目か!?
 燃え上がり、全てを無に還す業火の中、赤の壁に身を包んだチェンが、炎の中心で立ち尽くしていた。強化した対戦車榴弾とはいえ、火炎の悪魔を相手に、ストッピング・パワーとしては、これでも足りないのだ。
 大上段の一撃、落下速度と体重と腕力の、その全てを一刀に乗せ、男が光の剣を振り被る。
 炎に炙られた雨が蒸発する中、足元から伸び上がる赤い光のドームを形成していたチェンが、異形の―形容するならば、ワーウルフか鬼の―腕を構え、抜き手に絞っていた。
「はっ、何が正義だ! 何が神の使徒だ! デビルバスター? ロウウイング? 笑わせるなよ! クソ司祭が! 単なる人殺しだろうが!」
 ほぼ同時に交差した光の剣と炎を纏う爪が、嫌な音を残響させる。
 ローブに深い切れ目を入れられた男が滑るように着地し、滑りながら光の刃が地面を削り穿つ。穿つその反動で勢いを殺し、男は体勢を立て直した。コートを切り裂かれたチェンが体制を崩しながらも視線を男にやる。
 頭蓋を断ち割らんとする剣と喉笛を抉らんとする爪が交差し、その瞬間、双方が僅かに引いていたのだ。でなければ、両方が絶命していたかもしれない。
 無理な体勢から、チェンの両腕が擦り上がり、横薙ぎに振るわれた。
「はッ、死ね! 口先だけのクソ偽善者が!」
 チェンの両腕の炎が瞬時に巨大な渦と化し、蛇の動きで大地を這うや、纏わり付くように男を襲う。
「……生命は、尊重すべきだ!」
 足元に這って来た炎を、光の剣で串刺しに打ち消し、叫ぶように男は言った。
「だが、貴様らは何をした! ? 殺人? 強盗? 強姦? 世に存在する全ての大罪を、貴様らは平然と振りまいている! 許す事の出来る道理は無い! 心広き神の慈悲すら、もはや貴様らには与えられん!」
「全員がそうだと、なぜ言える! 司祭よ!」
―何だ、大哥? 小さく聞こえた、先の忠義心と言い、確かに―他のサマナーとは、違う! ? 
 チェンが胸ポケットを探り、小さな石を握り込んでいた。
 チェンが両手を十字に組み、呟く。
「ウィン・ケン・イング・ダエグ・シゲル・シゲル・ティール・ティール・ティールッ! ノルンの女神達よ、我ここに運命と意志とを語らん! 我、自ら純粋を行うべく汝らの神々を神々を動かし給えッ! ウルド、ヴェルザンディ、そしてスクルド、否、それだけでなくヴァニルの神々、アエシールの神々、そして小妖精達の名の元に我嘆願す、この力を使う事を許し給え、そして我が目的の為、我が唄を神聖たらしめよ! 願わくば、我が呼び掛けに応え、その力を示し、貫く者をここにッ! そして我、障害たる全ての者の滅びを願う! 汝らヴァルハラの神の許しの元に、成就の時、我、血と滅びの唄を捧げんッ!」
 チェンがクロスした両手を左右に開くや、指の間から突如として青い雷光がスパークしながら出現し、棒状に変化、固定される。
「はっ、行くぜ! 冷徹にして冷厳なる魔槍、来たれ、「グングニル」ッ!」
―ルーン魔術、成る程、中国人だからと言って、道教だとは限らないか!?
 炎が大地を炙り、男の行動を束縛する。チェンは、槍投げの一投の如く、思い切り上体を引いた。
 チェンがテイクバックするその寸前、男は光の剣を自ら打ち消し、ローブの中、腰の鞘に収まる一振りの剣を引き抜いていた。鞘を含めて形状は十字架、長さとしてはロングソードよりも若干短い程度の物だった。両刃で、細い。
 光を両手で収束させるチェンに視線を置き、男は低く小さく呟いた。
「ッは、死ね、クソ司祭!」
「―東方斬る、南方斬る、西方切る、北方斬る、地斬る、天斬る、四角八方五方十二が方へ斬って離す、悪魔を伏する剣持ちて、魂魄微塵と打ち詰める―」
「ッは、な、にィ!?」
 チェンの動きは既に止まらない。その顔は驚愕に彩られていた。
 男の手元が、薄く淡く発光する。
「―不動に寄りて、黒竜よッ……!」
 チェンの手を離れるや、轟音を立てて青白い雷光が闇夜を疾駆する。一条の巨大な光が、男を覆い尽くすように突き進む。北欧の主神の槍、伝説の剣の源を砕き、狙う者の命を何処までも追い、奪い取る魔槍だ。
 同時に、男が叫んでいた。
「倶利伽羅ァッ!」
 再び轟音を立て、青白い光の束は、男を中心に「分かれて」弾けていた。十字の鍔元から赤黒い光が伸び、その光が長刀と言って差し支えない片刃の刃を形作っている。鍔元から鎬に這うような光は、見様によっては渦を巻き、天に駆け上る竜だ。
 背後に、チェンの光で轟音と共に砕けたビルの音を聞きながら、男はチェンを真正面から見た。
「……ッは、陰陽師……!?」
「正解だ。いざなぎ流の流れを汲んでいるがな」
 チェンの驚愕の言葉を静かに返し、男は黒の刃を地面にするかのように下げ、脇車に構えた。
 アスファルトの上を、タイヤが切り詰める音が響く。十字付きのAPC、援軍だ。一台に20人は固い。これで、数の上では、圧倒的に有利だ。
「ッは、援軍!?」
―この男が悪魔の力を持っているのは間違いない。快楽殺人者である事も、間違いは無いのだ。そう、倒すべき「悪魔」だ! 
 APCから次々と武装した司祭達が降りて来る。
 その内の一人、白のカノニカル式戦闘服に身を包んだ、長身痩躯の男がチェンを見て言った。
 年の頃なら男とそう変わるまい。黒髪に碧眼、小さな丸眼鏡を鼻に引っ掛けた男だった。短く揃えられた髪、整った顔立ち、理知的な顔立ちと、およそ美男子の要素を全て含んではいるが、その瞳は限りなく冷たい。
 「ホウ……「炎帝」チェンではナイでスか。片割れガ居なイようですガ?」
 不器用な日本語だった。男に合わせているのだろう。形の良い唇が笑みに歪む。
「はっ……貴様、「サンダルフォン」!?」
「イエス……久し振りでスネ、「アイム」」
「ッは……クソッ!」
「「死霊候」の姿ガ見当たりまセンね……? あア、この状態であなたニ勝ち目ハなさソウでスが?」
 チェンを囲むのは20を超える司祭と、白いマントの天使遣い、この眼鏡の男だった。単純に考えても、チェンに勝ち目は無い。
「コノまマあなたを葬るのハ容易い事でス。……あア、私の力は判っていマスね?」
 白ローブの男は、他の司祭とは違い、SMGを持ってはいない。代わりに持っているのは、けして大きいとは言えないハンドガンだけだった。
 SIGP260。SIGタイプ、ハンドガンの最新型、加えて、「教会」独自の改造が至る所に加えられたカスタムタイプだ。
 オートマチックをチェンに差し向け、男は低く喉を鳴らした。
「……さテ、ソコで貴方ニ良いお話でス。私達ニ協力して頂きたいノでス。高待遇ハ約束しマスよ?」
「ハッ……な、ニィ!?」
「……クリス!? どういうつもりだ!?」
 男はローブの男―クリス―に掴み掛かっていた。
「自分が何を言っているのか判っているのか!? その男は手の付けられない殺人狂だ! 仲間が何人殺されたか知っている筈だ! 相手は悪魔だぞ!?」
「イエス。判っていマスよ? でスガ、これは司教かラノ命令でス。従わない訳ニは行きまセン」
「司教が!? 馬鹿な!? ……こいつらは悪魔だ! 存在させて置く訳には行かない、滅ぼすしかない、殺すしかないんだぞ!?」
「変わりまセんネ。スラオシャ。……えエ、その正義に向ける心、忠義心、実に素晴らしいでス」
 クリスは緩やかにその手を跳ね除けていた。
「……しかし、我々ハ組織でス。貴方ノその勇猛サ、それハ諸刃の剣と言う事ガ、まダ判らないノでスか? ……貴方ノ以前ノ所属部隊、貴方ノ指揮の結果、どうなりまシたカ?」
 天使の名で呼ぶのは、コードネームのつもりなのか、クリスは男に軽く肩を竦めて言った。
 男はチェンに視線を据えたまま、唇を強く噛む。
―以前の部隊、天使の力を持つ者だけで構成された、強力な部隊だった。
―2ヶ月前、高天原市、根国区での戦い。
 吹き荒れる疾風が叩き付けるように流れていた。炎が渦巻き、大量の魔法陣が大地を埋め尽くす。相手は一人、しかし、その姿をまともに見る事も叶わない。
 巨大な幾匹もの魔物を同時に召喚し、無数の光をその身から放つ。最強最悪と噂される、クリフォトの大幹部、長らく姿を見せなかった男を、遂に目の前に捉えていた。
―しかし、悟った。「姿を見せなかった」のではない。それは、「姿を見た者が生還出来なかっただけ」だったのだ。
 天使の名を持つ仲間が次々と目の前で倒されて行く。100mはあろうかという巨大な3本首の竜が、羽ばたき、その爪で引き裂き、牙で噛み砕く。口から吐き出すブレスは炎であり、氷であり、雷光だった。青い、捉え所の無い液体のような蛇が、仲間を飲み込んで行く。本人の放つ光の前に、仲間達の結界は安々と打ち破られ、その光に体を丸ごと吹き飛ばされて行く。
―気付いた時には足が竦んでいた。
 いつしか叩き付ける衝撃の前に気を失っていた。
 最後に聞いたのは仲間達の悲鳴、最後に見たのは、影だけのシルエットと化し、ダンスでもするかのように、紙でも裂くかのように仲間達を引き裂いて行く男だった。
 爆炎を呼び起こし、烈風を呼び、その身から破壊の光を放つ。
 全てが終わった時、街は全壊、大地の、地表の8割が消滅していた。
―無力だった。部隊の隊長でありながら、撤退の命令すら出せなかった。戦わなければならないのに、だ! 
 正義は有る。
 正義とは即ち神の意思であり、それを遂行する事こそが、自分の存在意義だった。
―だからこそ、滅ぼさなければならない! 
 男は光の剣を再び構えていた。
「……司教ノ命令でス」
 クリスの瞳が眼鏡の奥で輝く。
「命令なんぞ、クソ喰らえだ」
 男の瞳が、クリスからチェンに標的を変える。
 チェンが叫んでいた。
「ッは、ふざけるな! 大哥を裏切るなど、俺は死んでもしない!」
「……良い心掛けだ。殺すしかないんだよ、お前等クズは」
 走り出さんばかりの男の隣で、クリスが笑った。
「あア、なラ、死ニまスか?」
 クリスの銃口がチェンに10メートルほどの距離を置いて突き付けられる。
「貴方ニ、拒否権ハありまセンよ」
 笑い、呟く。
「Omnipotens、Aeterne、Deus oro ut Spiritum Seraphim de Sandalphon ordine mittas El Eloho Elohim Sebaoth Saday Agios O Theos ischiros! 」
 クリスの足元から吹き上がる青白い光がその全身を包み込み、次の瞬間、それはクリスの握るSIGにも同じだった。
 光がブリッドに集中する。バイオマテリアル製のグリップを通してクリスの力がシリンダーに注ぎ込まれ、ハンマーがプライマーを叩く。パウダーが炸裂し、ブリッドがバレルの中を螺旋の動きで流れる。
 ブリッドは極光と共にマズルから撃ち出されていた。
 マズルフラッシュは極光に打ち消され、ラピッドファイヤは轟音となって雨音を裂く。
「ッハッ!?」
 巨大な光に撃たれ、弾かれ、背中からしたたかにビルに叩き付けられたチェンは、口から血を吐いて行動不能に追い込まれていた。
 クリスが笑う。
「フはははハハハはハはハハ!? えエ、この程度でスか!?」
「クッ……ハッ、大哥……エッジ……」
―やはり、強い。一人でクリフォトの一個中隊を撃滅したという噂は、本当か!?
 その強さは、確かに尋常ではない。クリフォトの幹部クラスとまでは行かなくとも、少なくとも「ケース」であれば、国連の中間結節を一人で撃滅するほどの力を持っている。
「回収シテ下さイ」
 唐突に笑みを収めたクリスが無表情に言う。
「クリス……! もう一度だけ言う、ふざけるな、どういうつもりだ! 殺さなければ、相手はクリフォトの中核の一人だ!」
「イエス。よく判っていマスよ。……しカし、司教ノ命令でス。我等神の忠実なル使徒ハ、司教トいウ存在を通ジてこソ、神ノ声を聞けルのでスよ?」
「違う! 神は正義だ! 悪魔を屠る事こそが神の意思、俺達がそれを実行しないで、誰が悪魔と戦う! ? ロウウイングは、その為の組織だった筈だ!」
「神ノ代理人ハ司教でス」
 クリスが肩を竦める。APCの数は徐々に増え、この場に集結しつつあった。1000人の司祭、クリフォトとの戦いで4分の1が削られたとしても、700人は居ると言う事だ。加えてデビルバスターたる二人の天使遣い。チェンに、抵抗する術は無い。
 刹那。
 暗い夜空に一条の銀光が走った。動きはレーザーの如く、一箇所から薙ぐような動き。しかし、その光は熱という実体を伴なっていた。
 アパッチの数機に、斜めに、縦に、或いは真横に線が通過し、僅かな間を置いて空中で爆散する。
「なっ!?」
 男が見上げた夜空から、炎に包まれた鉄屑が落ちて来る。クリスも男も素早く身をかわしていたが、APCの一台が破片の直撃を受けていた。直後、破片も何も受けていない、数台のAPCが内部から吹き飛んでいた。
「ヒィィィィィィィィィィィッッッッアッハアッッッ!」
 闇を引き裂いたのは狂ったような笑い声だった。
 蒼い雷光を纏う、狂った騎士。―「死霊候」。
「ヒャハ、チェン、無事か!?」
 堂々と、チェンの真正面、数百の武装司祭の正面から崩れ落ちるチェンに言い、エッジはすぐに辺りの司祭に視線を移した。
「テメエらよオ……ヒャハ、覚悟は、出来てんだろうなあ……?」
 司祭の中から歩み出て、クリスが言う。
「久しイでスね、「死霊候」エッジ。……しカし、私トこノ人数を相手に、勝てルとでモ?」
「ヒャハ、ヒャッハハハハッ! テメエ、何か勘違いしてねえか!?」
 腹を抱え、身を折るようにエッジが哄笑を上げた。
「勘違イ、とハ?」
「ヒャッハ、大司教のクソッタレがどこに「居る」か!? ああ、判ってるさ、ここに来てるんだろ? ヒャハ、テメエらの本隊、どうなったと思う! ?」
 クリスが眉を顰める。取り出した携帯電話に搭載された、電磁探知機を一瞥し、すぐにその視線をエッジに向けていた。
「……どうイう事でス?」
 本体の「存在が消えていた」。司祭部隊の中核、トールマン部隊からの反応は、完全に途絶えていた。
「ヒャハ、終わりだよぉ……テメエら全員!」
 遠雷が轟いた。いや、それは「それ」の鳴き声だったのか。
 思わず、全員がその目を奪われていた。
「馬鹿な……!? あれは、確か……!」
 男が―その場の全員が中空を見上げた。
 夜空に舞う、100メートル近い巨体。三つ首の、魔竜。巨大な羽はディスの如く、新約の赤き竜を思わせる。
 巨大な羽の羽ばたきは、その一回で大地の埃を巻き上げ、ビルのガラスを叩き割る。―ぎぃあああああああああああっ! 
 叫びに呼応するかのように、何も無い、その竜の周囲の空間に音も無く、幾十の炎の槍が出現する。
 次の瞬間、空のアパッチ部隊、その半数が塵と化して大地に落ちていた。
 辺りのビル群、その一つからか、高らかに声が響く。
「―初めまして、か!? ロウウイングのクソ共!」
 発音の自然な日本語、それは、ビルの一つ、比較的低いその一つからだった。黒いコートが雨と風に靡き、右手の先で銀光が閃く。左手の先で閃くのは、先にヘリを通過した光と同色の粒だ。
 巨大な影は、まるで男に付き従うかのように―実際、そうなのだろう―ビルの近くで羽ばたいている。
―あれが、いや、あれは確かに―クリフォトの大幹部、日本刀の―!? 「あの」時の!?
「……ッハ、た、大哥……!?」
 蹲るチェンが声を上げる。黒コートの男の刀が、宙で不規則に動いた。
―激しい悪寒、男が出現する時には、何も感じなかったが……召喚!? 自分の気配の増減さえ自由なのか!? 魔竜が放ち続けている強大なプレッシャー、そして、また呼び出そうとしている―!? あの時の魔獣を!?
「―ルヤンカス!」
 ぐおおおおおおおおおおん!―叫んだのは空に舞う巨竜ではなかった。
 アスファルトの大地が割れ砕ける。地面から吹き上がって来たのは、しかし水道管の破裂による水ではなかった。液体でその体を構成された、巨大な大蛇。まさしく流れる水の動きで、幾人もの司祭を瞬時に飲み砕く。
「エッジ! チェンを助けろ! ダハーカ! ルヤンカス! 司祭共を八つ裂きにしろ! 皆殺しにするんだ!」
「ヒャハ、すまねえ、兄貴!」
「―クッ、させマせン!」
 クリスがSIGを構え、瞬時にポイントする。クリスに合わせてカスタムされたSIGのグリップは、正確にクリスの力を、バレルからブリッドに伝える。そして、それにより打ち出される第7天の支配者の弾丸は、全ての物質を破砕する。
 今までに、この弾丸でダメージを与えられない者は存在しなかった。―ごっ! ―銃口が極大の光を放ち、マズルフラッシュを打ち消す。ラピッドファイヤは轟音だった。
「無駄だ」
 言葉少なに言い放ち、男は右手を前に差し出した。―すっ……―極光は、何かを愛でるように撫で擦る男の動きに溶かされていた。
「なッ……!?」
 クリスが驚愕の表情を天に向ける。
―強い……ケタ違い、その言葉すら生温い、次元その物が、違う!?
 男が右手を軽く掲げ、―ぽつっ―そこに淡い光を燈すと、それを大地に差し向けた。
「死んじまいな」
 巨大なシャボン玉のような光が着弾した瞬間、着弾地点を中心に、半径10数メートルが吹き飛んでいた。
 縦にも5メートルほどの穴を穿ち、範囲内に立っていた司祭達を無惨な破片へと変えた。
 クリスと、白いローブの男は寸前で実を翻していたが、もしそこに立っていれば、他の司祭達と運命を同じくしたのは想像に硬くない。
「クッ……本体ハ、一体!?」
「……本体? ああ、トールマンのクソ野郎か?」
 まるで噂話に割り込む気安さで、男が言う。―ぼとっ―異音が響く。
 クリスと男の間に、何か赤黒い塊が落ちて来ていた。
「―!?」
「ああ、部隊ごと「無い」ぜ。探すな。無駄だから」
 クリスの顔にも緊張が走る。足元の塊はもはや見る気にもなれない。トールマンの、「残骸」だった。
―セクンダディでは無いと言え、「オリフィエル」、惑星の天使の力を持つトールマンが、こうも簡単に!?
 魔竜と大蛇の殺戮が開始されていた。
 ビルを押し潰し、魔竜が降り立つ。その爪は鋼鉄よりも遥かに硬く、結界強化装甲のAPCを紙粘土の如く破壊し、その尾は一撃でビルを倒壊させる。眼前に居たかと思えば影が移動するように巨体が音も無く背後に移動し、牙で噛み砕き、爪で裂く。
 魔竜に打ち込んだ弾丸はまるで、そこには何も無かったかのように体を通り抜け、背後の隊員との同士討ちか、虚しくビルの壁を叩く。アヴェスターに記される恐怖の体現者を、人間の武器で傷付けるのは不可能だ。
―アジ・ダハーカ! 以前の部隊を壊滅に追い込んだ魔獣であり、悪神アンリ・マンユの長男ともされる、最強最悪のドラゴン。その魔力は千の術を自在に操るとも伝えられ、英雄神でさえ封じる事しか出来なかった。……強い、圧倒的だ。ケース以上の能力を持つ、最悪の悪魔。これを自在に扱う能力など……勝てるのか!?
 大蛇が大地を這い進み、隊員達を飲み込んで行く。水圧の牙は音も無く皮膚を、肉を切り裂き、骨さえ砕いて次々と飲み込んでは咀嚼を繰り返す。
 司祭達はいつしか、竜ではなく、ビルの上の男に狙いを定めていた。確かに、悪魔は召喚者が死ねばリバースされる。
 一斉射撃が、ビルの上に集中する。エーテルブリッドを用いたグレネードが、SMGの弾列が絶え間なくビルを穿ち、男の立っていた周辺を火の海に変える。
「駄目だ、止めろ!」
 男の声は、既に半狂乱の司祭達には届いていなかった。SMGは弾が撃ち尽くされるまで発射され、グレネードの火線が連続で飛び交う。
連続するマズルフラッシュが闇を照らし出し、悲鳴と怒号が飛び交う。バビロンの狂宴かと思うその中、ビルの一角が銀光に閃いた。
無傷の男が平然と立ち尽くし、その周囲の空間には撃ち尽くした筈のSMGの9ミリパラベラム弾が浮いている。
 男が笑い、空いた左手を振った。
 撃ち込んだ2倍近いスピードで9ミリ弾が隊員達に降り注ぐ。全身を銃弾の雨に晒され、地と脳漿と内臓を雨に紛らせ、2割強の隊員達が塊と化していた。
―簡単なリバタリアニズムだ。召喚者は、悪魔と契約するか、力で従わせるかによって、その召喚能力を得る。だが、ダハーカクラスの悪魔を 呼び出す事は、相当な能力を持っていても不可能だ。ならば、この男は、ダハーカ以上の能力を持っていると考えて間違いは無い。―勝てない!?
「神の使徒だと!? ああ、そうか、そうだろうな! なら、お前達の崇め奉るその神とやらは、一体何をした!? 望みは何だ!? 自分に反する、気に入らない多神教の滅びか!? それとも悪魔の破滅か!? 全ての多神教の神々の零落か!? ……否、違うな! 悪魔と言う側面も、お前達の崇める神の一部だ! ヨブへの振る舞い、バアルへの行い、貴様等の信じる神は、一体なんだ!?」
 黒ローブの男の背に、輝くように光が咲いた。12の羽、見様によっては、この上なく美しく、神々しい。だが、それが運ぶのは、恐怖であり、死であり、絶対の滅びだ。
 滅びという真理と摂理を纏い、男が漆黒の闇夜に舞い、照らす。
 いつの間に移動したのか、エッジがチェンを抱えて男の近くのビルの屋上に上がっていた。
 エッジに支えられたチェンが近くの夜空を舞う男を見上げる。
「ハッ、大哥、すみません。俺のせいで……」
「気にするな。……傷は大丈夫か?」
 男が優しい瞳でチェンを見詰める。その瞳にはその時、本当に優しい光があった。
 チェンが強く頷く。
「ハッ、勿論です。いつでも行けますよ」
「ヒャハ、兄貴、大司教はやっぱりここに来てる。ここは俺達に任せて、大司教をブッ殺してくれ」
 チェンとエッジの言葉に頷き、男は眼下の司祭達を見やった。羽の輝きと相まって、神々しい。神を気取るかのように、男は左手を姿勢良く差し出した。
「―呪われろ! 久遠に!」
 差し出した左の掌に光の奔流が集まる。次の瞬間、それは無数の光の槍となって、大地を雨と共に洗っていた。
 悲鳴、悲鳴、悲鳴……光を受けて後に残るのは、人の姿を止めない炭と、極光によって消滅した影のみだった。
 男の姿が掻き消える。
―目的は、大司教の抹殺か。
「……引きまスよ、スラオシャ。……このまマでハ、全滅でス」
「どういうつもりだ!? 隊員を見捨てる気か!?」
「全滅ハ、避けるべきでス。……それニ、まだ終わってハいまセん」
 クリスの足は、戦いの中心から離れていた。
 ダハーカが唸る。ルヤンカスが吠える。その爪は鋼鉄より遥かに硬く、その尾の一撃はビルをも一撃で倒壊する―。




 高天原市の最北、IPである戦闘区域のギリギリ外に、結界装甲で守られた巨大装甲車両が停車している。FEBAを正面にしながらも、高級ホテルの一室さながらのその車内で、エスト・グレイ大司教はアールグレイの芳香を吸っていた。
 外では身も凍る白兵戦が展開されているが、既に市民への避難勧告は出されている。もし、逃げ送れた者がいたとしても、それは「仕方無い」。この戦いは聖戦であり、神の意思なのだ。
 身長は180強、肩幅も広く、体は強靭その物だ。短い物の豊かなブロンド、年齢は50歳を超えていると言うが、30代後半位にしか見えない。その全身を白のゆったりとしたカノニカルに包み、グレイは報告を聞いていた。
「……トールマンの部隊が全滅?」
「はっ、相手側のサマナーの死体が見付からないのが妙なのですが……」
「判った。下がって良い」
「はっ」
 アジア系の報告員が退出したのを見届け、グレイは隣に控える白のカノニカルの巨漢に言った。喋らなければオブジェと勘違いしてしまうかも知れない。直立不動でグレイの後ろに立ったまま、背で腕を組んでいる。身長は2メートル近く、「岩のような」と言った言葉がピッタリと当てはまる。
「あのイエローはどうした?」
「スラオシャですか?」
「聞かねば判らんかね?」
「いえ。奴なら、部隊を率いて既に出ていますが」
「ふん……そうか」
 グレイは、軽く報告員が出て行ったドアの向こうを見やった。
―何故、イエローには、「天使」や「悪魔」のケースが多いのか!? スーパーテクノロジーの国、ニッポン。ああ、それは判る。だが、それは「我々」が持ち込んだ文化のお陰だ。氾濫する英語、西洋文化……。トップレベルの技術水準!? そうだろうな、猿真似は世界一だ!
 古くからの霊的な信仰があったからだろうか、アジア系、特に日本人に、ケースは多い。クリフォトの大幹部、その殆どがアジア系だとも聞いている。それは、「教会」―この組織、ロウウイングでも同じだった。組織を纏める者に、天使の力を持つ者が少ない。
―問題だ。イエローが幹部!? 「そんな事」は、「あってはならない」。事実、スラオシャは実に私に「反抗的」だ。ああ、「あってはならない」。
 グレイはロウウイングの幹部にはケースを置いていなかった。
―差別!? 違う、神は、「確か」に「私」を見てくれている! ああ、全ては「私」の「元」で「平等」だ! 私こそが神の声を聞ける者であり、私と、その民族こそが最も優秀なのだ!
―ついこの間、トーキョーシティ、シンジュク……だったか? クリフォトのメンバーが居たが、ケースが数人、全員が日本人だった。
―「救い」を与えてやった。悪魔は滅ぼすべきだが、そう、人間には何の罪もない。穢れた、悪魔の器から「開放」してやったのだ。
―何という博愛!
―まさしく、私こそが、神の声を聞くに相応しい存在ではないか!? どんな民族であれ、イエローでさえ「救い」を与えてやる。平等な愛、そう、私こそが第二のエホヴァなのだから!
 グレイはゆっくりと席を立っていた。
「クリスからの連絡だ」
「はっ」
―死体が見付からない!? 簡単だ、奴等の仲間が「焼いた」か「食った」のだろう。―悪魔なのだから。滅ぼすべきは悪魔であり、「私への」敵対者だ。全ては、「神」の元で平等だ―。




―生きる。ああ、生き延びてやる。俺は、殺される為に産まれて来たんじゃない! エッジも、チェンも、今まで消された「同じ」ケース達もだ! 「天使」でなく、「悪魔」。ただそれだけの違いで消されるのか!? 俺は、望んでこうなった訳じゃない! 確かに、欲望を求めた奴も居る。だが、そんな奴等は「自分から」望んだだけだ! 狂ってしまう、壊れてしまう狂気の果てに、最後には欲望に走る者も居る。
―原因を作ったのは誰だ! ああ、生き延びてやるよクソどもが!
 ラピッドファイヤが響き渡るも、それはけして悲鳴を伴なう事は無い。闇の中を照らすのはマズルフラッシュのみだが、その光が、次々と消え行く松明の如く消えていた。
 大司教の特製装甲車、そこに続く最終防衛ラインには、もはや、雨でも洗い流し切れないほどの死臭が立ち込めていた。
 黒い風が走る。
 脇を通られた司祭達が、血と悲鳴と臓腑とを撒き散らし、あるいは頭を、あるいは腹を、何れも、体の一部を失って塊と化す。
「あ、悪魔めぇッ!」
 悠然と目の前に近付く男に、司祭がSMGを連射する。全て正確に急所を狙い、弾は全て急所に向かって飛んでいた。
―倒せるかは、別問題だ。
 ベースはウージー、カスタムした物で、マガジンには200発のエーテルブリッド、発射速度は毎分1250発。司祭はフルオートでトリガーを絞り、その全てを至近距離で炸裂させていた。
―別問題なのだ。倒せるかどうかは。
 次の瞬間、司祭の頭は潰れたトマトと化していた。
 男が利き手であろう右手を振り払う。
 その手はまさしく異形だった。大きさは自分の体の半分程もあり、その爪はコンバットナイフにも等しい。刃物より鋭く、強化チタンよりも硬い爪が、この世の全てを引き裂き、どんな物を砕くにも、僅かな労力にも感じない―。
 男の足元に、拉げて「落ちた」弾丸が散らばっている。―結界、だ。
 司祭服の脇からハミ出た内蔵を踏み付け、男は装甲車内部へと入って行った。
 車両にしては、あまりにも巨大だ。APCとは既に呼べない。トレーラーを何台連結すれば、この大きさになるのか。縦にも横にも幅は広く、そこかしこに結界装甲が敷いてある。
 無造作に扉を蹴り破る。
 男は、失笑しそうになった。
「Bethel」と、確かに、そう、扉には書かれている。
「神を気取るか? それともヤコブか? ―クソが!」
 失笑しそうになったが、次にはそれは憤怒のエネルギーへと変わる。
「―クソが!」
 車両内は幾つかの部屋に区切られていた。直接、大司教を骸に変えなければ、意味など無いに等しい。
 外から直接吹き飛ばさずに、ここまで来たのはその為だ。護衛の司祭達を片端から塊に変え、ここまで来た。
―部屋には、幾つものカプセルが並んでいた。
 中に浮くのは―人間。
 クリフォトのケースを捕らえていると思われる物が多々あった。全身にコードを繋がれ、データを取られている。どれも、既に、動く事は不可能と思われた。
―これが、クリフォトのケースを捕らえている理由? 神? これが、か?
 ごぽりと気泡が漏れ、そちらに目をやる。
 他の者も大体、似たような姿ではあるが、そこに入っていたのは、明らかに違っていた。
 年の頃なら10代、まだ中学生ほどではないだろうか。シャギーの入ったボブカットの少女だった。一糸纏わぬ姿で、痛々しく体にチューブを繋がれている。
―動いた!?
 瞳が、僅かに動いたような気がした。……生きている!?
銀光が閃き、強化ガラスを叩き割っていた。スローモーションで、訳の判らない液体と共に崩れ落ちる少女を受け止める。白い肌に刻まれた、痛々しいチューブとの接続を引き千切り、男は抱えるように口元に手を当てた。
「……生きてる、のか?」
 少女の肩をゆっくりと揺すると、僅かに身動ぎする事で少女が返した。
 2、3度、激しく咽ると、少女はゆっくりと目を開き、すぐに怯えた表情で手を振り払おうとした。が、どれだけその中に浸かっていたのか、浸かっている事でどれだけの体力を消費していたのか、すぐにその抵抗も無くなる。
 少女が口を開く。
「―」
「……何を言ってる?」
 少女の口は開いても、そこからは一向に声が漏れてこない。今までの実験の代償か、喋ろうとしたと言う事は、失語症ではあるまい。
 声が思うように出ない戸惑いと、目の前の男に怯える少女に、男は静かに言った。
「俺は……敵じゃ無い」
 心の中で「多分」と付け加え、コートを脱ぎ、少女に羽織らせる。
―これが、神!? 貴様等の、神とやらのする事か!?
「……立てるか?」
 口をパクパクと開き、尚も怯えたような少女の肩を掬い上げるように掴み、立ち上がらせる。
 足が震えているのは、恐怖の為か、疲労の為か―或いはその両方か。
 男は少女の体を抱き抱える形で持ち上げていた。どんな生活を強いられて来たのか、酷く軽い。
「悪いな、名前を聞いている時間も無い」
―道を間違えた!? 馬鹿な、そんな訳は無い! この中は一方通行、どこかに―。
『―初めまして、「ルシフェル」』
「……貴様!」
 声は、車内全体に響いていた。そして声の主は、疑う余地も無い、「大司教」であるグレイだ。
―罠!? この車両、いや、この部隊その物が!?
『気に入って貰えたかな? まだ「実験段階」で申し訳ないが』
「クソが! 実験だと!?」
『そう、実験だ。人工的にケースを作る。……ああ、無論天使のだよ。データを取る為に、君達の仲間に協力して貰った訳だ』
「人工的に……だと?」
『そう。「悪魔」が「天使」に変わる。……ああ、素晴らしい事じゃないか。レメゲトンでも、天に帰る事を望む悪魔は多いのだろう? 』
部屋の上部、今までは暗いフィルターで覆われていた膜が開き、モニターにスイッチが入る。
映し出されたのはグレイの顔だった。少女がびくっと身を震わせ、男の服を強く握り締める。
「……こいつに何をした」
『……ああ、君はその少女がお気に入りか? ああ、勿論彼女も実験に協力して貰っただけだよ。神への殉教者。「素晴らしい」事じゃないか』
グレイが喉を低く鳴らす。
『それは君のコートか? 以外だな、襲うとでも思ったのだが……君達悪魔の本能だろう? 大罪は。欲情の蠍……Begierde……ああ、君は獅子か? Hochfart、だな。……イエロー同士、仲良くやってくれて構わないよ? 年は離れているだろうが……ははは、君は大罪の支配者の一人だ。問題あるまい?』
「……それを、したのか?」
 半ば言葉を無視したその声に含まれている色は、嫌悪と言うよりは怒りだった。
『さあ? ……と、言いたい所だが、ああ、安心して良い。あくまで彼女は協力者だ。……昔から、生贄は生娘と決まっているのだろう? 日本でも。お陰で、君という悪魔を呼び出せた』
「―ゲスが!」
 男の左手が僅かに開かれ、光の球体が収束したと思いきや、次の瞬間、無数の光の矢の奔流がモニターを全て叩き割る。
『いずれにしろ、その少女は「役に立った」。君を、そこに留め置く事が出来たのだからな!』
 音声は、モニターとは最初から直結してはいなかったのだろう。未だ流れ続ける声に、男は眉を顰めた。
 右手を一振りするや、銀光が走り、強化装甲の装甲車の壁が習字紙の如く切り裂かれる。切り裂いた真中を蹴り破り、男は少女を抱えて闇の中に踊り出ていた。
 それが、闇と言えるのなら。
 男を中心に照らし出すサーチライトの光と共に、眼前に踊り出て来たのは、光の剣を構えた司祭だった。
―スラオシャ。そう呼ばれる男だ。
「なっ……」
 だが、声を上げたのは光の剣を構えた男の方だった。男の左手に抱えられた、震える少女を見ての事だった。
しかし、僅かな躊躇も無く振り抜いた天使の男に、ほぼ同時に重ねるように男の右手が振るわれる。
 光のぶれる音、次いで耳障りな金属の音を響かせ、光の剣たる十字の短剣は折り砕かれていた。
天使の力で強化された、ダイヤより硬い自分の剣を瞬時に叩き砕いた銀光が顔を薙ぐ寸前、白ローブの天使遣いは転がるように地面を飛んでいた。
 銀光が雨粒と夜陰を裂いて疾る。
「……ッ!?」
 10メートルほどの距離を置いて、二人の視線が交錯する。
「……どこかで見た顔、か?」
 男が首を傾げる。
 苦々しげに天使の男が黒の男を睨み据えた。
「根国区で一度な。お前と、お前の魔物に皆殺しにされた仲間達の恨みだ……借りは返させて貰うぞ」
「根国……生き残りか」
「俺の仲間は全員、お前の魔獣に食い殺されるか、お前に灰にされたからな。……俺をあの場で殺さなかった事を後悔させてやる」
「ふん。……先に仕掛けて来たのはお前達だ」
「……その少女をどうするつもりだ」
「こっちのセリフだ。……偽善者共め」
 男の声は、「その場の全員」に向けられた物だった。
「……俺を、これで罠にかけたつもりか?」
 それは、目の前の、数十人の司祭と、その中心で腕を組むグレイに向けられた言葉だった。
「その通りだ。悪魔の大首領たる君を、私一人で取り押さえられるとは思えないからな」
「……降りてろ」
 きつく服を握り締める少女を地面に降ろし、男は司祭達に視線を飛ばす。
「神の使徒が聞いて呆れるな」
「地上には、第二のエホヴァが必要なのだよ」
 グレイは天を仰ぐように両手を広げてポーズを取った。
「エホヴァ? ……クソが。テメエは、ヤルダバオトにすら値しねえよ」
「グノーシスには興味が無いのでね。聞くだけは聞いておこう」
「上等だ」
 男の腕が、瞬時に変貌する。ハリウッドの特殊効果の如く、肌の色は徐々に鉄色に、その質量、大きさ、共に倍以上に膨れ上がる。
「……目を閉じて、耳を塞いでろ」
 少女に頭からコートを被せ、静かに言い放つと、男は服の裾を握る少女の手を優しく放して軽く頭を一撫で、司祭達に視線を移した。
「殺してやる。……一人残らずだ」
 男の背に、サーチライトを遥かに凌ぐ光量の羽が咲く。12枚の、神々しくも、禍々しい羽。
その羽が割いた瞬間、烈風が吹き荒れ、大地が割れ砕け、グレイの足元にまで亀裂が走る。男が抱く少女を除き、衝撃で数人が吹き飛ばされていた。
 白の巨漢に守られるようにして、グレイが言った。
「偉大な先人レヴィに曰く……強すぎる光は害でしかない。……ああ、シュタイナーも結局は明けの明星を悪としていたな。そう、君は「悪」だ」
「黙れ。この場でテメエは死ぬ。四大熾天使とセクンダディ全員抜きで、俺に勝てると思うか?」
「そうだな。ミカエルは未だどこかで目覚めず、とウリエルとラファエルは行方不明、ガブリエルに至っては君の口車に乗せられてしまったようだ」
 腕を組み、悠然と言うグレイに、男は小さく鼻を鳴らした。
「お前に愛想が尽きたんだろう」
「……さて、どうだろうな。君達としても、アクゼリュシュスとアディシュス、ケムダーは潰えた。後は中核を成す、バチカルとエーイーリーを滅ぼすのみだ」
 肩をすくめるグレイに、男は唇を嘲笑気味に歪めた。
「……俺とベルゼブブを滅ぼすだと? やってみろ。貴様如き俗物に出来るのならな」
「そうだな。とりあえずは、君だ。……順番が違う気もするが、止むを得まい」
 グレイが言う。―ぶう……ん……。
「なっ……!?」
 男の足元を中心に、半径数十メートルの光の光芒が走り、それは瞬時に五芒星を形作っていた。
巨大化した腕が人の形を取り戻し、男が膝を突く。
「退魔結界だと……!?」
「駆逐型の、な。強力だろう?」
 男を中心に、5箇所に設置されたAPCから、光の光芒が漏れ走っている。大地を分かつかのような光のオーロラがそそり立ち、最大級の五芒星結界が、男の戦闘力を削り取っていた。
「地脈から力を得て、この辺りの地形を利用させて貰った。……流石は日本、神社には事欠かないな。アカシャと火と水、大地と風の力を借りて、君という「魔」を滅ぼそう」
「……くっ!?」
「罠、と言われては人聞きが悪いな。だが、神社に置いたこの結界の媒体は、神の最大級の祝福を受けた物だ。この結界は間違い無く世界で最大、試用されるのも初めて……光栄だろう?」
 五芒星が、男と少女を包み込んでいた。




「……どう言う事だ、クリス! あの少女は、一体!?」
「聞いた通りでス。そレよリ……初めまスよ。あノ男を封じるニは、今、こノ場しカ無いノでスかラ」
 男は、クリスに詰め寄っていた。司祭達の中心には、少女を守るように立つあの男が居る。
―正義!? これが、か!?
「清明桔梗紋を利用シた結界でス。我々ハ、止めを差す事ニ専念しマしょウ」
 男の隣で、司祭の一人―アジア系―が呟く。小型の中継用モニターからも、各場所からの真言を唱える司祭達の姿が見えた。
「オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン……」
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ……」
「オン・バザラ・ダド・バン……ナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラウンケン……」
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハリバリタヤ・ウン……」
「―ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン!」
 光の伸び光る、五芒星が輝きを強め、大地を巨大な光の壁が埋め尽くす。
 アカシャを阿弥陀如来が、ヴァユを薬師如来が、プリヴィティを金剛界大日如来が、アパスを怠蔵界大日如来が、テジャスを不動明王が、それぞれその力を高め、5つの光芒がアカシャを頂点にテジャスへと走り抜け、線で結ばれる。
 男の口から呻き声が漏れる。逆属性の力を直接体に叩き込まれ、それが体内で荒れ狂う―。
―並みの苦痛ではない。
 男を不安そうに見上げ、少女はしっかりと男の服の裾を掴んで怯えていた。目尻には涙さえ浮かべ、どこに向けていいのか判らない、耐え難い恐怖を押し付けるかのように、しっかりと男に抱き付く。
 司祭達がSMGを、グレネードを結界に向ける。この状態であれば、エーテルブリッドを中に撃ち込めば、内部で荒れ狂う力の奔流が、対象を粉々に破壊する。
 クリスもSIGを構えていた。
「待て、あの少女も居るんだぞ!? 殺す気か!」
「ケースであル可能性モ有りまス。聖戦ニ散った、尊い犠牲と考えれバ良いでしょウ」
「貴様……! 無関係の人間を巻き込んで、それで良いと思っているのか!?」
「我々ハ神の僕であリ、戦士であリ、こノ戦いニ置いてヨシュアでス」
「ちっ……! グレイッ!」
 あくまで姿勢を変えないクリスから視線を外し、男はグレイの方へと駆け出していた。
 クリスが軽く肩を竦める。




「はっ、馬鹿な、ダハーカとルヤンカスがリバースされた!?」
 チェンが右手に吊るした焼死体を投げ捨て、エッジに振り返った。
「ヒャハ!? 兄貴が呼んだんじゃねえのか!?」
 持ち上げた司祭の首を引き千切り、エッジが返す。
「違う、転送の前触れも無く消えた、まさか、大哥!?」
 アイムの炎がビルごと大地を焼き尽くし、周囲の雨という雨を蒸発させる。巻き添えの人間も、既に灰以下にまで焼かれている。
 ムルムルの力で精神を破壊された者が地面を這い進むが、或いは自決、或いはエッジの放つ紫の雷光に打たれ、焼かれて溶け消える。
―ダハーカとルヤンカスという二匹の凶悪で強大過ぎる魔獣、加えて二人の高位悪魔、司祭達に抵抗する術は無かった。数百人居た司祭達が、既に百人以下にまで減少している。
 だが、ダハーカとルヤンカス、その二匹がリバースされた。
―悪魔のリバース=召喚者の意思、もしくは召喚者の死。
 最悪の想像に、エッジが喚き散らしていた。
「ヒャハ、どう言う事だ!?」
「……待て、エッジ! さっきの天使遣い……居ないぞ!? お前、奴等を殺したか!?」
「ヒャハ!? いや、まだ、殺してねえ。……まさか!?」
「クッ、まずい! 大哥に何か有ったのか!?」
「ヒャハ!? 兄貴が負ける訳ねえだろ!?」
 チェンが目を剥いて言い返す。
「当然だ! だが、行った方が「良い」!」
 チェンが印を汲み、呟く。
「はっ、汝、燃える鬣と炎の鞭振るう者、アングバンドの指揮取りて、ゴンドリンを滅ぼす者、エクセリオンと共に滅びしも、我、今一度汝に肉と場を与えん!」
 六芒星が黒い光芒を伴って地面を割るように走り、チェンの呟きに合わせて鳴動する。
「はっ、来い、ゴスモグ! 残った司祭を八つ裂きにしろ!」
 黒の閃光をその身に引きながら、蝙蝠の如き翼と、ライオンにも似た爪を持つ魔獣が出現する。全身に焼け付くような炎と熱気を帯び、周囲の雨を蒸発、冷たい空気を温くする。
 焼けるような熱気を全身に纏い、魔獣は一直線に司祭達に向かって行った。
「ヒャハ、ラルヴァを呼んでも、無意味か?」
「はっ、エーテルブリッドに消されたら無駄だ、悪霊を喚起するより、この場を任せられる奴を召喚しろ」
 頷き、エッジが印を組む。
「ヒャハ、混沌の神々の一欠片、力強き者の一柱よ、無貌の公爵、剣の騎士の同胞よ、今ぞ震える混沌の世なり、闇引き全てを切り裂かん!」
 エッジが早口で呟く言葉に合わせるかのように、地面に描かれる光芒もその速度を増す。伸び上がる光と共に、天に六芒星の光芒が駆け上がる。
「ヒャッハァ! 来やがれ、マベロード! 一人残らずブッ殺せえッ!」
 エッジの言葉を待たずして、「それ」はサモンサークルを飛び出していた。その全身は漆黒、3メートルを超える、巨大な剣。「剣」のみのそれが、宙を疾駆し、血と肉を求めて空を駆ける。
「はっ、行くぞ、エッジ!」
「ヒャハ、兄貴……!」
 走り出す二人の背で、大地を舐める業火と、肉を断ち切り、骨を砕く音と、悲鳴が、雨が支配する空間に残響する。




「クリフォトの人間を狩り集めていたのはデータの収集の為か……? クソが!」
「その状態で良く口が聞ける物だ。……君も「役に立って」くれそうだな」
―これが、正義!? いや、あの男、何を言っている!?
 白ローブの男はグレイに掴み掛かっていた。
「何のつもりだ! あの少女まで殺す気か!?」
「彼女はケースである可能性すらある。……尊い犠牲だが、「仕方無い」。この聖戦に勝つ事は、「神」の意思だ」
「神……!? 無関係の人間を殺すのが、それが貴様のやり方か!?」
「……相変わらずだね、スラオシャ。あの男の力を憶えているだろう? バチカルのルシフェル。……君の部隊は、あの男に全滅させられたのを、忘れたのか? 一人で世界中の神霊を全滅させるほどの力……人間の部隊では太刀打ちなど到底出来ず、我々でさえまともに戦えない。……放って置けばどうなるか……判らない訳でもあるまい?」
「……俺は、無関係の人間を殺したくない!」
「大きな物事を成す為に、常に尊い犠牲はあった。あの少女に祈りを捧げよう」
「貴様ッ!」
 飛び掛る男に、―ごっ! ずがっ!―凄まじい衝撃が襲う。
「ッ!?」
 男は白い腕が凄まじい速度で横合いから飛ぶのを確認したが、それを凌ぐ前に巨大な腕が腹にブチ込まれていた。
 白ローブの男がグレイに掴み掛かる寸前、横合いからのホークの豪腕が、その体を近くのAPCの壁に吹き飛ばしていたのだ。
「すまんな、ホーク。どうやら、スラオシャは機嫌が悪いようだ」
「いえ」
 常にグレイの傍に控える巨漢だった。無表情にグレイの言葉に答え、また結界に目を向ける。
―体が、動かない!? くっ……力を消した所に、強く体を打ち過ぎたか!?
 天使遣いと言えど、力を解放していない時に、過度のダメージを受ければ行動不能にも陥る。白ローブの男は、意識を保っているのがやっとだった。
―意識が……くっ……!? 正義は、正義は、「有る筈」だ! ロウウイングは……正義である筈……か!?



 突如、APCの数台が火を噴いて爆発、炎上する。数人の司祭が巻き込まれて、焼けて崩れていた。
「ヒャアッハアッ! 兄貴、すまねえ、遅れた!」
「はっ、グレイ……! ここに居やがったか!?」
 体を異形とした、二人の高位悪魔が結界内の男に目を向ける。
 ムルムルと、アイム。男の部下と思わしき、エッジとチェンと言う人間だ。
「はっ……!? 清明桔梗紋……! ? 結界!? このせいでダハーカとルヤンカスが! ? 」
「駄目だ! 来るな、エッジ、チェン! 引け!」
「大哥……何を! ? 」
「ふははははははははははっ! これはこれは……「炎帝」に「死霊候」……。先程は「炎帝」のスカウトに失敗したが……歓迎しよう! 」
 グレイが笑い、巨漢が振り向く。同時に、クリスの銃口が二人にポイントされている。
 巨漢がローブの前を開き、瞬時にその体躯に相応しい巨大な鉄の塊を取り出していた。
 通常のエーテルブリッドを、破壊力、貫通力、共にアップされた特殊弾頭だった。ハンドガンではサイズ的に発射には向かないため、固定式の重機関銃で発射される物だが、超反動のそれを、ホークは脇に抱え込むだけでトリガーを絞っていた。
「ヒャ……ハ、何ィ!?」
「エッジ!」
 エッジを庇う様にチェンが前に立ち、右手を前に突き出すや、炎の壁を生み出していた。実体を伴なった魔界の炎が、エーテルブリッドを次々と焼却する。
 だが、その弾の連射は、途切れる事も無く続いている。押し切られるかと思える弾雨の嵐の中、エッジが重ねるように紫電の壁を生み出していた。
「「ケゼフ」のホーク。私の最も信頼するボディーガードだよ」
 口元に笑みを浮かべ、グレイはクリスに視線を向けた。
 一撃の破壊力の凄まじさは、結界内の男以外の全てを砕く、サンダルフォンの弾丸が撃ち出されていた。連続されるラピッドファイヤの音に混じり、間断無く極光が降り注ぐ。
 二人の壁が如何に強力でも、労力も無しに撃ち出し続ける天使の力の前に、いつまで耐え切れるかは判らない。
 グレイが笑い、近くの司祭に言った。
「結界の範囲を広げろ。この州域、全てにな」
 そそり立つオーロラが極大の光を放ち、その範囲を拡大していた。エッジとチェンをその中に飲み込み、伸び上がる光と、弾幕が交差する。
「はっ、が、がああああああああっ! ? 」
「ヒャハ……! ? これが、結界だと! ? 」
 二人の体が、異形から人間の姿へと戻って行く。この状態でエーテルブリッドを受ければ、即死は間違いない。
 冷静に、ホークとクリスが体の向きを、銃口の位置を結界内に移動させた。司祭達が同時にポイントする。
「た、大哥……」
 体内に無理矢理侵入する破壊の光にもがく二人に、弾幕の嵐が降り注いでいた。
「……な……!?」
 驚愕の声を上げたのはグレイだったが、結界の中でもがく二人にも、それは同じだった。
「大哥!?」
「兄貴!?」
「大丈夫か……!?」
 結界内で展開された巨大な12の羽が、覆い尽くす光の膜の如く、エッジとチェン、抱き抱えるようにして少女を守っていた。
「止めて下さい、大哥! この中じゃ俺達の力が使えない! 大哥の体が持たない! 」
「そうだぜ、ヒャハ、兄貴……兄貴だけならここをブチ破る事も出来るかもしれねえ……! あのクソッタレをブッ殺してくれ!」
 男が苦笑した。
「……俺専用の結界らしい。力が強くなればなるほど、網の目のデカさが有ってな……少し、無理かもしれない」
 童話にそんな話があった事を思い出し、男は自嘲気味に笑った。
「……俺の事を、信じるか?」
 不意に言った。
 チェンとエッジが目を瞬かせ、同時に頷く。
「当たり前だろ? ヒャハ、兄貴……俺は、アンタ以外の人間は信じねえが、アンタだけは、何が有ろうと信じる」
「はッ、そうだ。大哥、早く羽を仕舞ってくれ。俺は、大哥の足手纏いにはなりたくない」
「……ありがとう、な」
 重機関銃とSMG、グレネードと極光のカーテンの中、男は二人に笑い掛けてポケットを探った。
「……生きろ! 生きて、必ずロウウイングを潰せ!」
 小さな石の欠片、反射的に受け取った二人に言うと、男は小さく微笑んだ。
 苦笑にしか、見えなかった。
 手渡された物が何であるか確認し、チェンとエッジが叫んだ。
「はっ、止めてくれ、大哥! 俺は、俺は、あんたが居ないこの世に、生きる意味なんて見出せない! 」
「ヒャハ……! 兄貴!」
「生きろ! 俺達は消される必要なんてない! 狩ろうとする奴が居るなら狩れ! 思い知らせてやるんだ!」
 尚も言葉を続ける二人を意図的に無視して、男は腕の中で震え続ける少女に微笑んだ。
「……すまんな。これまでだ」
 少女から片手を放し、右手の刃を地面に突き立てると、男は自分の首に下がる、「悪魔」と呼ばれるには不釣合いな銀の十字のペンダントを外した。
 まだ震えている少女の頭をくしゃりと撫でると、そのペンダントを首から掛け、微笑む。
「良いか? お前は道具じゃない。奴等に踊らされる必要もない。……生きてやれ。何処までも、生きるんだ。生きて……最後まで生きて、普通の暮らしを手に入れろ! お前には、平和に暮らす権利も、幸せになる権利もある!」
 目を見開いた少女から、雫が落ちる。
 雨に濡れた、年齢に不相応の、カサ付いた傷だらけの指が、雫を拭う。
「……神様は、信じるか?」
 何を言っているのか判らない、と言った様子の少女は、怯えながらもこくんと頷いた。
「―正しい物は自分で見極めろ。信じるなら、ちゃんと、居る」
 服にしがみ付く少女の頭を撫でながら、男はエッジとチェンに視線を移した。
「後は、頼むぞ」
「大哥……!?」
「兄貴!?」
 光の羽が光量を増し、一際大きく膨れ上がる。全員が立っても、尚、余裕のあるド−ムクラスの大きさにまで膨れ上がっていた。
 十字のペンダントの紐を、少女の体型にあわせて調整して、男は言った。
「……そいつはお守り代わりだ。……いいな、必ず生きろ。ロウウイングの奴等になんざ、捕まってもやるな」
「……ぁ……」
 いつの間にか嗚咽を漏らしていた少女が、それ一枚のコートが開くのも構い無く、起伏の少ない肌を擦り付けるように男の胴にしがみ付いていた。首を横にしきりに振り続け、何かを訴えるように口をぱくぱくと開閉させる。嗚咽に混じった音が少女の声か、男が初めて聞いた少女の声だった。
 今から起こる事を、少女が想像し得る筈も無いが、男の言葉から、それが別れである事だけは想像出来たのだろう。数分前に、装甲車から自分を連れ出した男との別れ―。そしてそれは、少女にとってどうやら、辛い物であるらしかった。
 男はそれを優しく振り解いて、少女の開いてしまったコートの前を閉じると、小さく呟き出した。
「アタル、バテル、ノーテ、イホラム、アセイ、クレイウンギト、ガベリン、セメネイ、メンケノ、バル、ラベネンシン、ネロ、メクラブ、ヘラテロイ―」
「大哥、止めてくれ! 俺は……」
 チェンの嘆願には小さく首を振り、男の声は続けられた。
「―パルキン、ティムジミエル、プレガス、ペメネ、フルオラ、ヘアン、ハ、アラルナ、アヴィラ、アイラ、セイエ、ペレミエス、セネイ、カラティム!」
 光の羽の強く暖かな光の中、青白い光が、エッジとチェン、少女を包み込む。
エッジとチェンは受け取った石を中心に光に包まれ、少女は男に片手で抱かれるように、その手を中心に光に包まれていた。
「生きろよ! ……忘れない、好きだったぞ、お前等の事は!」
 男が右手を強く振る。
「大哥!」
「兄貴ィッ!」
「……!」
 極光が走る。
―三人の姿が結界内から掻き消えていた。
 苦笑いして膝を突く男に、グレイが小さく笑っていた。
「まさか身を呈して仲間を助けるとはな……。成る程、術ならば、「力」の制限を受けずに転送能力を使えるという訳か。しかし、この状態で転送能力を使った今、君に力など残っていまい?」
「賑やかな奴等だろう? ……ロウウイングは、絶対に潰してくれるさ」
「それは、今、この場で私達に倒されるのを覚悟しての事か?」
 嘲笑を交えて言うグレイに、男はまた、嘲笑で返した。
「俗物が指揮する偽善者集団に、俺は負けない」
 ポケットに差し入れた手を抜き出した時、男の手の中には不可思議なペンダントが握られていた。
「フッ……まあ、良いだろう。君は、どの道我々に協力する事になる」
 グレイがホークに目をやった。ホークが頷き、重機関銃を構える。
「その体だけ、な!」
 グレイの叫びに合わせ、再び弾幕が結界内に張られていた。雨音は完全に掻き消され、ただ、ラピッドファイヤだけが響き渡る。
「……芸の無い奴だな」
 苦笑しか浮かべられない状態で、男は光の羽を展開し、その弾幕を全て凌いでいた。
「……どこまで持つかな? その体で」
 グレイの言葉を無視して、男はペンダントを握り込むと、静かに左手で体の前面に十字を切っていた。
「―バーテル、アペ、クレド―」
「……何を?」
 弾幕の嵐の中、男の呟きは聞えないまでも、男の行動にグレイが首を傾げた。
「―オムニポテンス、アエテルネ、デウス、クゥイ、トタム、クレアトゥラム、エト、ホノレム、アク、ミニステリウム、ホミニス、インフォルマト、エト、ドケアト、クオ、イリュウム―」
「―待て、止めろ」
 グレイが右手を上げ、銃撃を停止させた。男の呟きが続く中、光の翼の輝きとは別の、青白い光が男の足元に撒き始める。
「タリズマニックマジック……? フッ、悪魔が神に助けを請うかね?」
「―ヴォリュンタス、オロ、ウト、スピリトゥム、セラフィム、デ、サマエル、オルディネ、ペル、ジェセム―」
「―な!?」
 男の呟き、その一節を聞き付けたグレイが、その顔に紛れも無い驚愕の表情を浮かべた。
 足元に撒いた光は、既に男の胸辺りにまで伸び上がって来ている。
「馬鹿な!? 逆属性のセラフを呼び込む気か!? 明けの明星……まさか!? 貴様!?」
「―フィアト、クリスタム、フィリウム、ウニゲニトゥム、アメン―」
「毒の天使、死を司る天使―サマエルの!?」
 男の目が見開かれた。
 閃光が、男の体を極光となって包む。
「―セクンダディはお前の元には揃わない……永遠に!」
 男の足元から伸び光る光、足元に描かれるマジックサークルはサマエルの印章だった。全身を覆い尽くした光の中、男が、大地に突き立てた刃を引き抜く。
「お前はここで死ぬ! 必ずだ! ……殺してやる!」
 男の投じた刃が、五芒星の頂点とは逆の方角に投じられ、半ばまで地面に突き立つ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 五芒星の光が輝きを強める中、男の背の12の羽も、また輝きを強める。
 白光を背負っていた男に青白い光が混じり、五芒星の中で3色の光が荒れ狂う。
「なっ……!? 貴様、一体……」
「終わりだ……お前等全員、俺と一緒に消えろ」
 突き立った刃を頂点に、男を支点として光の光芒が伸び光る。光の色は黒、五芒星を破壊するかの如く、各神社に光は伸び、その範囲を拡大し、形を形成した後、縮小して行く。
 デタラメな4色の光が空間を席巻し、結界であった空間は、訳の判らないモノになっていた。
「馬鹿な、この結界を破壊する気か!? そんな事をすれば、この力場自体が……!? 死ぬ気か!?」
「くどいぜ……死ねよ」
「くっ、て、撤退……ッ!」
「もう、遅ええええええええええッ!」
 五芒星が弾ける。
 逆五芒星と接触する。
 アカシャが闇に侵食される。
 暖かい風は寒風に、太陽の温もりは地獄の業火に、慈雨は氷雨に、豊かな台地が腐った大地に、それぞれ飲み込まれて行く。
―超光が、全てを飲み込んで行く。




「……潮時でスね」
 クリスがぽつりと呟き、構えていたエーテルブリッドの射出装置をウエストホルダーに仕舞い込んだ。
 グレイと共に立つホークにも、グレイ本人にも、多くの司祭達にもその行動は悟られていない。
 ただ、一人を除いて。
「……クリス……一体、どうする気だ……?」
「おヤ、起きテいまシたカ。……知れた事でス。こレ以上ノ戦闘ハ無意味でス。司教も撤退すル事でしょウ」
 小さく笑い、クリスは踵を返した。
「動けルなラ、オ逃げナさイ。……流石ハ明けの明星、我々ノ手にハ負えマせン「でシた」」
「くっ……おっ……」
 爆裂する光の中、小さくなって行く白い影を見ていた男は、装甲に寄り掛かるように体を擦り上げた。
―正義……正義とは、何だ!? 俺がやって来たのは……「正義」、「正義」の筈だ! 正義とは神の行いであり……神!? 神とは、何だ!?
 白ローブの男は、折れた十字架の剣、その柄をしっかりと握り、我知らず呟き出していた。
―終われない。

「―水敷ノ法、山つやす法、地神のくじ、公神地神どくう様ヲ上る法、地神のちけん、塩ふきの方、公神をおろす事、一時はや敷天のむら雲の法剣のくじ、山の神のけみだし敷―」

―終われない。真実を、「正義」を確認するまでは。

「―大公神けみだし敷、不動のさわら地けん、山の神の付けさわら―」

―ただ、正義でありたかった。確認する為に「敵」が必要だった。

「―天竺丑寅鬼門が方には、よもぎのさかやさかばしらがあらんかぎら、九千万の切りくじなむ―」

―平和が、欲しかった。間違いだったと言うのか? ……違う。「悪」は存在してはならない……。

「―東方三万三億三百三十三国、天の山に三万三億三百三十三社の山の神の大明神……」

 超光が空間を埋め尽くし、全てを飲み込んで行く。
 男の姿が揺らいだ。
―正義……秩序……。
―神よ……。
―祈るとすれば、全ての善き神の子らに、祝福が有らん事を―




 五芒星を逆五芒星が破壊する。
 強烈な爆圧が生み出され、サマエルの力を含んだルシファーの力が吹き荒れる。
―古き蛇、明けの明星、死の天使。
 つまりは、同じなのだ。
 悪魔は天使であり、ルシファーは最も神に愛された者だった。神の子、神の長男、キリストの、ミカエルの、天使達の兄……。
―同じじゃないか。……どうして、戦う? 
―ルシファーが降りた理由は、人に知恵を与える為の者だった。……誰の言葉だったか? ああ、ブラヴァッキーもプロメテウスの火の寓意を「誇り高きルシファーの謀反の今一つの形」としていたような気がする。
 オルムズドであり、だが、アーリマンである……ああ、それも終わった事か。
 まだ、そんな事を考えられる自分に、男はふと苦笑した。
 超光が空間を埋め尽くし、意識さえも光が塗り込めて行く。
 だが、終わりだ。
―これで良かったのか? ……良かったのだろう。
―ただ、生きたかった。
―他人に左右され、勝手に消される。……理由が無い。嫌だ。
―戦った。家族とも別れ、ただ、戦った。
―恵まれた環境の人間も居る。経済的、家族……。
―自分は、何だ? 身勝手な理由では無いのか? 自分の知らない理由で、知らない場所で、命を弄ばれるのか?
―殺した。ただ、殺した。殺し続け……そして、何も判らなくなった。
―同じ境遇の仲間を得た。嬉しかった。……一人では、無い。
―正義? 秩序? ……どうでもいい。ここに居たいだけなんだ。
―愛する者が居る事は幸せではないか? 家族が居る事は幸せではないのか?
―俺には、その両方が無い。
―ただ、仲間が居た。
―居た。……ああ、居たじゃないか。
―助けられた。ああ、これで良いじゃないか。



―足跡は残した。引き継ぐ者が無くとも、確かに、ここに「居た」のだ。
―大切な物は、目には見えない。




―願わくば、仲間達に真の平和を―




「Being the most important can`t be seen in the eyes」

〜To be continiued〜


黒いコートの男=年齢は23歳位。「クリフォト」の大幹部。アジ・ダハーカを初めとする、強力な悪魔を手足の如く操り、その身にルシファーを宿す、最強最悪のサマナー。ウチの主人公と似ていますが……まあ。身長は175、6cm位。
国籍は日本で、日本刀を使う事から、それだけが特徴として伝わっていた。勿論日本人。

白いローブの男=年齢は23歳位。「スラオシャ」をその身に宿すデビルバスター。アジア系、というか日本人で、いざなぎ流の流れを汲む陰陽道の使い手。

エッジ=年齢は20代。身長は190センチ近く、非常に筋肉質。運動神経も抜群で、武器知識は豊富。快楽殺人者で、「クリフォト」、黒いコートの男に従っている。「死霊候」の名で恐れられる、非常に強力なサマナー。黒コートの男の事は「兄貴」と呼び、誰よりも慕い、崇拝している為、邪魔をする者、傷付けようとする者は容赦無く排除する。「ムルムル」をその身に宿す、日本人。和食派で、味噌汁には刻み葱を入れる。恐らく、エルリックサーガを読んだ事は無いと思われる。何となく、ライトファンタジーとか読んでそうです。強力で凶暴で凶悪なサマナー。

チェン=年齢は20代。身長は180cm代で、引き締まっている。元革命軍で、武器知識は豊富。エッジと共に行動する事が多い。黒コートの男の事は「大哥」と呼び、慕っている。ルーン魔術と強力な召喚術を操る。「炎帝」と呼ばれ、恐れられている。国籍は中国だが、黒いコートの男に合わせて日本語を使う事が多く、上手い。朝食はチーズと決めていて、コーンフレークが好き。「アイム」を宿している。シルマリルの物語の愛読者と言う訳ではない。けして。多分、本は赤川とか読んでそうです。強力で凶悪なサマナー。

クリス=年齢は30台。美形の、インテリ入ったインチキクサい日本語を喋るガイジン。「サンダルフォン」をその身に宿す。

グレイ=ロウウイングの司令官にして、「教会」の大司教。俗物。

ホーク=デカい。グレイの側近兼ボディーガード。「ケゼフ」をその身に宿す。パワー系。

少女=ヒロイン……? 今の所、不明。シャギーでボブな、外見的には可愛いらしい。年齢は13〜5歳。って、8歳差で、下手すりゃ10歳差!?


 という訳で。

 すみません。

 神風さんの所に送らせて頂いたノベルです。若干違うのですが…。
 修正しては見たのですが、何だか…。大哥=「タークー」「タークオ」好きに呼べますが、中国の地方ごとの違いでしょうか。ちなみに、ノベルに登場するチェンは「タークー」と言っています。
 「幇」=中国系の組織です。チェンがここに属していたかは不明ですが、この中でも「タークー」等の呼び方は多く、長男や「ボス」みたいな感じでしょうか。
 ルシファー贔屓で、ユングネタが多い辺りは…趣味です。すみません。レヴィもそうかもしれません…。
 全体的にオカルト色がありますが、ライト風にしたつもりです。…すみません…。何だか、ですね。

理解し難いネタが多々有るとは思いますが、感想など、頂ければ非常に嬉しいです。否定でも、参考にさせて頂きたいので……。

メール……お願いします。

HP、最近は更新すらあまり出来ませんが……こちらの本編も、改訂して行きたいです。もし宜しければ、お顔を出して頂けると、嬉しいです。

HP

それでは、失礼致します。


 戻る

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル