Pia・きゃろっとへようこそ!!2 After Story
Pia・キャロットへようこそ!!2 DASH
Menu8 美樹子の視線
「ふぅ〜ご苦労様、真士くん」
「はぁ・・・今回は本当に時間無かったよなぁ〜」
完成したばかりの原稿をチェックしながら労う美樹子に、真士は力無く顔を上げて返事をした。
「うん、だから凄く感謝しているって」
「本当?」
「もちろん、ありがとう真士くん!」
「なんかいい様に誤魔化されている気がするんだけどなぁ・・・」
「男が細かい事気にしないのっ、さあご飯でも奢るから出かけましょう♪」
「どこに?」
「決まっているじゃない? ピア・キャロットしかないでしょう♪」
「納得・・・」
「ほら真士くん!」
「あ、美樹子さんちょっと待った!」
「ん、なに真士くん?」
「その格好で行く気のなの、美樹子さん?」
「あっ!」
真士に言われて自分の姿を見た美樹子は、慌てて隣の部屋に入ると服を着替え始めた。
一瞬、襖の影から覗こうかと思った真士だが、後の鉄拳制裁が恐ろしい為泣く泣く涙を飲んで断念した。
せっかく今のように親しくなった関係を壊したくないと言う思いが大きかったのは、真士の本音でもあった。
「お待たせ〜、じゃあ行こうか?」
「美樹子さん、髪の毛にトーン屑が付いてるよ?」
「げげっ!?」
結局、二人が美樹子の家を出たのはそれから一時間ぐらい経ってからであった。
しかし、そんな二人が目指すピア・キャロットでは乙女たちが深く静かに熾烈な争いを演じていた。
その中でも特に激しいのが耕治とキスした潤と留美だった。
「あら? 留美さん・・・その口紅趣味悪いですね?」
「そう? 潤くんの女装よりは全然いいと思うんだけどね?」
「むかっ」
「む〜っ」
向かい合った潤と留美の顔は笑顔、でもよく見るとこめかみがヒクヒク痙攣しているのが伺える。
「まったく、ここを何処だと思っているのかしら?」
「何言ってんのよ涼子、見てるだけじゃダメでしょう」
珍しく真面目な顔つきで普段と反対な事を言う葵に涼子はびっくりして言葉を無くした。
「葵・・・」
「さあっ、涼子も参加しないと二人に先を越されちゃうわよ!」
がくっ。
「ああ、やっぱり葵なのよね・・・」
「ちょっと涼子、それどう言う意味よ?」
ちょっとでも見直してしまった自分の心が情けなかったのか、涼子は額に指を当てて頭を横に振っていた。
「おいおい二人とも、いくら何でもお店の中でその笑顔は拙いなぁ・・・」
睨み合っている二人にそう声を掛けたのは、留美の兄でもあり中杉通り店店長の木ノ下祐介である。
「あ、店長?」
「何よお兄ちゃん?」
キャロットのウェイトレスではなく、自分の妹に戻ってしまった留美を軽く睨んでから祐介は言葉を口にする。
「こらっ、ここでは店長だぞ、木ノ下くん」
「べ〜っだ」
しかし留美は全然意に介さず、祐介に向かって舌をだして休憩室の方に走っていってしまった。
「まったくもう、あいつときたら・・・」
ため息を付いて苦笑いをする祐介だったが、逃げ遅れた潤にごほんと咳払いをしてから注意をする。
「何が原因なのか何となく解るんだが、お店にいる時はけんかなんてしないように!」
「す、すいません」
「解ってくれればいいんだ、うん」
ばつが悪そうに頭を下げる潤に、今度は普通に笑って祐介は呟く。
「それにもし今の姿を前田くんに見られたら困るだろう?」
「てっ、店長!?」
「どうせなら可愛いところを見て貰った方が、前田くんに効果があると思うよ」
「は、はい!」
笑顔を浮かべて接客に戻った潤を見送ってから、祐介は振り返ってそこにいた涼子と葵にも声を掛ける。
「二人がいながら黙ってみているとは・・・らしくないぞ双葉くん、皆瀬くん」
「す、すいません店長」
「こ、これからは気を付けます」
「うむ」
二人の返事に満足したのか少し怒った様な顔つきから、いたずらっ子の様な笑顔になると涼子に囁いた。
「あ〜これは個人的な意見なんだが・・・双葉くん、君もがんばってね」
「て、店長? それってどう言う・・・」
耳まで真っ赤になってあたふたしてしどろもどろになる涼子に微笑んで、次に祐介は葵に視線を向ける。
「あー、それと皆瀬くん」
「は、はい何ですか?」
憧れている祐介から自分にはどんな言葉を投げかけてくれるのかと期待した葵だが、無情にもその言葉は
彼女の思考を停止させてしまう物だった。
「減棒」
それだけ告げてニコッと二人に笑いかけて事務室に戻る祐介の後ろでは、葵が白くなって燃え尽きていた。
見ているところはきちんと見ている男、木ノ下祐介・・・未だに浪漫を求めて止まない新婚三ヶ月なのは確かである。
バイトの時間になってやって来た耕治がドアを開けるとそこにいた女の子が振り返った。
「日野森・・・」
「あ・・・おはよう、前田君♪」
一瞬緊張してしまったあずさだったが、心の中で頷くといつもの笑顔を浮かべて耕治に挨拶をした。
「あ、ああ、おはよう日野森」
「今日もがんばろうね!」
「・・・うん、がんばろう!」
「じゃあ、先に行くから・・・」
「あ、日野森っ・・・」
耕治に呼び止められたあずさはそこで立ち止まるとくるりと振り返って耕治を見つめた。
「なに、前田君?」
「その・・・今までごめん! 俺は・・・」
「待って!」
あずさが手を出して耕治の言葉を遮るが、その顔は笑顔のままだった。
「いいの、大切な事は解ったから・・・」
「日野森?」
「さあ、遅刻したら涼子さんに怒られちゃうわよ?」
あずさの笑顔に、待ち望んでいた眩しいほどの笑顔に耕治の顔も段々とみんなが慕う笑顔になった。
「ああ、それじゃ早く行かないとな・・・」
「呼び止めたのは誰かしら?」
「うっ、ごめん」
「うふふっ・・・」
「あははっ・・・」
つかえていた物が解けたように耕治とあずさは久しぶりに笑い合った。
そして着替え終わった二人は仲良く並んでフロアに出てくると、美奈とつかさが待っていたのか
子犬のように小走りで近寄ってきた。
「あ、おはようこうじちゃ〜ん♪」
「おはようございます、耕治お兄ちゃん」
「おはよう、美奈ちゃん、つかさちゃん」
二人は耕治の顔をまじまじと見つめて、それから手を取り合って喜んだ。
「良かった〜、いつもの耕治お兄ちゃんに戻った♪」
「うんうん、やっぱり耕治ちゃんにはこの顔だよねぇ〜♪」
「へっ?」
いきなり何を言われたのか解らない耕治が首を捻っている側で、あずさの眉毛がぴくぴくしていた。
「二人とも・・・私は無視なのね?」
はっとしてあずさを見た二人はその笑顔が引きつっていることに気がついて、慌ててあずさに向かって挨拶をした。
「お、おはようあずさお姉ちゃん」
「おはようだわん、あずさちゃん」
えへへと苦笑いして見つめる二人をあずさは目を細めて睨み威嚇するが、すぐに普通の笑顔に戻ると自分も
二人に挨拶を返した。
「おはよう二人とも・・・でも、挨拶ぐらいはちゃんとしようね?」
「はい、お姉ちゃん」
「そうするワン」
「でも、今の日野森の笑顔は怖かったよな〜、美奈ちゃん? つかさちゃん?」
「すっごく怖かったですぅ」
「本当だワン」
「なっ、ちょっと前田君!?」
横にいるはずの耕治に向かって拳を振り上げたあずさだったが、すでに倉庫の方に歩き出していたため無駄に終わった
「じゃあな、また後で!」
「もうっ・・・」
怒りながらもあずさの顔はどことなく笑顔で喜んでいる雰囲気を感じた美奈とつかさは、ひそひそと声を小さくして
お互いに感じたことを言い合っていた。
「なんか二人ともらぶらぶみたいな感じですぅ」
「美奈ちゃんもそう思ったんだ? ボクもそうだと思ったワン!」
「あずさお姉ちゃんやっぱり耕治お兄ちゃんの事好きだったんですぅ」
「ん〜、ボクとしてはちょっとだけ残念なんだけどなぁ・・・」
「美奈もちょっとだけ残念ですぅ・・・」
「えへへ〜」
「あはは〜」
ほんの少し・・・ほんのちょっとだけ二人の瞳に悲しい色が見えたけど、すぐに笑顔になって笑い合った。
「二人とも、何こそこそ話しているの?」
「えへへ〜、内緒ですぅ♪」
「あはは〜、ナイショだワン♪」
「何なのよ一体・・・?」
耕治にもあずさにもあの夏の時に見られた笑顔が戻ってきた事が、美奈とつかさにはとても大切なことなのは
間違いなかった、例えそれで自分たちにとって残念な事だったとしても・・・。
「いらっしゃいませ、ピアキャロットへようこそ♪」
あずさが笑顔と共に迎えたお客さんは、美樹子に引きつられた真士だった。
「こんにちは、あずさちゃん」
「ひざしぶりだね、あずさちゃん」
「ええ、二人とも元気そうですね真士君、美樹子さん」
二人を席に案内してお水を差し出すと、手に取ったメニューを睨んでいる真士を放っておいて
美樹子はあずさとお喋りをした。
「久しぶりのあずさちゃんの笑顔見たんだけど・・・ふ〜ん、なるほどなるほど♪」
「な、なんですか美樹子さん?」
「ううん、気にしないで〜」
「その笑顔で言われると気になるんですけど・・・」
「あ、あたしこのカルボナーラのアイスティーのセット、真士くんは?」
「そうだなぁ・・・やっぱりこれにするかな♪」
「はい、和風ハンバーグのセットですね、ライスは大盛りですか?」
「もちろん! あと、コーヒーも」
「はい、それでは少々お待ち下さい」
ぺこりとおじぎをしてテーブルを後にしたあずさがオーダーを伝えに居なくなると、真士は美樹子に
さっきの会話の内容をきいてみた。
「美樹子さん、あずさちゃんがどうかしたの?」
「ん、真士くんには解らなかったのかな〜あずさちゃんの変化が?」
「変化って?」
「はぁ・・・あなたも漫画家目指しているんだからもっと観察しないと駄目よ、真士くん!」
「そうは言っても笑顔が可愛いとしか解らないんだけどなぁ・・・」
ぎゅう〜。
「いててて〜痛いよ、美樹子さん!?」
「あたしを前にしてよく鼻の下をそれだけ伸ばせるわね〜真士くん?」
「ご、ごめんなひゃい許してください〜」
「ま、これぐらいで勘弁してあげるわ・・・まったくどうしてこうスケベなのかしら?」
「だって・・・」
「なに?」
ぎろっと睨まれた真士は赤くなった腕をさすりながら肩を窄めて小さくなった。
「それで、あずさちゃんのどの辺が変わっていたの、美樹子さん?」
「そうね・・・色々あるけど一番ハッキリしているのは彼女の目ね」
「目?」
「恋をしている目、それも今とびっきりの恋ね!」
「そうなのかなぁ?」
そんな真士の反応に美樹子は大げさにため息をついて、頭を横に軽く振った。
「はぁ・・・だからあずさちゃんに気持ちが通じなかったのよ、真士くん?」
「うっ、それはきついなぁ〜美樹子さん」
「ふふん〜♪」
真士はコップを掴むと水を一口飲んでから、改めて美樹子に肝心なことをきいてみた。
「じゃあさ、あずさちゃんの好きな奴って誰なのかな?」
「真士君は誰だと思う?」
「う〜ん、わからん」
二人がちょっと黙り込んで考えていると、トレイに注文した物を持って美奈がやって来た。
「お待たせしました♪」
なれた手つきで素早くテーブルに料理を並べると、レシートを置いて行こうとした美奈に美樹子が声を掛ける。
「ねえ美奈ちゃん、あずさちゃん何か良いこと有ったのかな〜?」
「え、あずさお姉ちゃんですか?」
「うん、そうそう」
ちょっとだけ頭を傾けてから笑顔になると、さっきのことを思い出して話し始めた。
「えっとですね〜、今耕治お兄ちゃんがキャロットにいるんです」
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だいぶ間が空きましたが、なんとか第八話できました。
お店に来た真士は耕治がここに戻ってきている事を知り、そしてすべての疑問が解けようとしています。
耕治の悩み、あずさの笑顔・・・美樹子に言われたことが自分の頭のなかで一本の線になる。
そして真士と向き合う耕治の口から真実が語られる時、真士のとる行動は?
前に向かって歩き出した耕治の決意は?
みんなの思いが集まるピア・キャロットで、物語は進んでいく。
それでは、Menu9で会いましょう♪
2000/6/19 初版
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