夜のしじまを破って、爆音が響き渡る。 まず一つ。そしてやや遅れ、二つ、三つ… 獲物を追い詰める獣の咆哮。そんな印象を抱かせる音だった。
だが、その獣の進む先には、恐怖に怯える小動物など存在しない。 待ち構えるのは、同じく闘争心をあらわにし、研ぎ澄ました牙を剥き出しにする獣。 強大なパワーを内に秘め、大地を踏みしめる黒い四肢と、鋼鉄の皮を身に纏った獣達。 彼等が出会う場…そこは常に闘争の場となる。
「チェッ!ついてないよな」
中天高く月が輝く、横浜はベイブリッジの袂。 彼の頭には少々大きい帽子を、後ろ向きにかぶった少年が、口を尖らせつつ誰に言うともなく呟いた。 …というのは間違いか。隣にいる妙にスカした男に話しかけていたようだ。 奴は全く聞いていないようだが。
「……なにが」
おっと、その男「赤碕 翔」は、ちゃんと聞いていたらしい。 ちなみに最初に話しかけた帽子の少年は「山田 健三」と言う。 健三…今時なんて渋い名前だ。死ぬまで使える名前だぞ、健三。 ちなみにこの二人は同い年だ。信じられないって?事実だから仕方なかろう。 こいつらは十八歳。偉そうにしているが、本当なら若葉マークを貼らなきゃならんハズだ。 流石にその顔と格好で若葉マークは恥ずかしいか、翔。
健三「怖くないのかよ?俺達のファーストランがこんな夜でさ」
翔「…………?」
健三「……いい度胸じゃんか」
翔「何が言いたい?」
ていうか健三、この男は本当に知らないんだ。 いや、知ってても知らない事にして、いちいち親切に説明してやらないといかん。 何故かって?そりゃあ…その、事情があるのさ。
健三「今夜は、さ…………」 健三はそこで一呼吸置き、「間」を作る。
そんな演出しても翔が相手では効果が薄いぞ、多分。
「伝説が蘇る夜さ……」
…と、既に自分に酔っている健三とは関わりなく、周囲では事態が進展していた。
「わかっているな?ルールはいつも通りだ」
そう念を押しているのは、走り屋のチーム「ナイトレーサーズ本牧」のリーダー、「辻本アキラ」だ。コワモテで、いかにも勝ち負けで人生を判断していそうな顔をしている。 辻本の隣で息巻いているのが同じく本牧の「沢木誠」。 そしてもう一人。コイツは凄い。 蛍光紫にロンゲを染め、シャツの胸に燦然と輝く硬派の二文字。 今や(昔でも)貴重なセンスだ。特別天然記念物に指定しなくては。 この男は「石川 圭介」と言い、石川兄弟の兄の方だ。便宜上「石川兄」と呼ぶ。
石川兄「 腐敗 不敗記録だかなんだかしらねえが、てめえのレジェンドはここでTheEndってわけだ」
…シゲヲ君か、お前は。その首の角度もやめろ。
「能書きなら十分だ……安心しろ、全員まとめてかまってやるぜ」
その無法集団の挑発にも動じず、一人で受けて立つのは、体育会系…というか、武道系の、長身の男だった。 私の脳裏に「拳王」と言う言葉が、脈絡なく浮かび上がる。 そいつこそがチーム「Bay-Lagoon」のリーダー、「藤沢 一輝」だ。 「かずき」じゃないぞ、「いっき」だ。フェニ…いや、なんでもない。
藤沢「翔……気にするなよ。ただ走ればいいんだ。感じるままに」
言われているのはお前だろうが。流石は拳王様。凡人とはどこかが違う。 藤沢はそのまま自分の車に乗り込んでしまい、残された翔に、健三が話しかける。
健三「俺達の獲物は石川圭介のGRA-Siってとこだな」
翔「獲物……?」
健三「獲物……すなわちライバルの事じゃん」
…獲物は獲物だろう。フクロウに野鼠はライバルかと聞いたら、多分違うと言うだろうし。 そんな事より、車の正面で立ち話されている藤沢が、凄く邪魔そうな顔をしているぞ。
健三「ライバルに勝った時にはパーツが獲れる。それが俺達のルール……GET REWARDSさ」
なるほど、つまり平たく言えば、 速ければ何をしても許される という事だな? ベンツのエンブレムをヘシ折ったり、スープラのリアスポを物干しにしたり、やりたい放題というわけか。素晴らしいじゃないか。
ちなみに石川圭介というのは、例の硬派シャツのシゲヲ君だ。何故かリズミカルに首を振りながら、あさっての方を見ている。大丈夫か?
ま、とにかく翔に関しては、それなりにヤル気になったようだ。 正直今の私の性能だと少し厳しいかもしれないが、相棒として努力はしよう。
…私?私は86-Lev。 今翔がシートに座り、ステアリングを握る、車そのものだ。 伝説が蘇る夜…か。 あまり老体を虐めんでくれよ、相棒。
その日の翔は意外にも早く、あっさりと石川兄を抜き去り、この日マフラーを一つ奪い取ったのだった。
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