治療行為・カウンセリングにとっての、転移の危険性

 たとえば、成田善弘氏は次のような事例を挙げている。

 「ある若い男性治療者が、対人緊張を主訴とする若い女性患者を治療していた。その患者と両親の間にさまざまな問題があって、患者はついに家を出て、アパートで一人暮らしをするようになった」。

「患者はこの治療者に深く依存的となり、しばしば面接室外での接触を求めるようになった」。

 「要求が入れられないと自傷行為に走る患者をその熱心な治療者は放っておけず、ときには喫茶店で面接したり、ついには患者のアパートを訪問してそこで面接するようになった」。

 「ある日患者のアパートで面接中、たまたま山歩きが話題になり、治療者が「自分はまだ小さな子どもがあるので、山歩きも思うにまかせない」と言ったところ、患者はひどく混乱した」。

 「その時まで彼女は治療者を独身と信じ、治療者の熱意を自分に対する個人的好意とばかり思い込んでいたのである」。

 「それ以来彼女にはその治療者の声が幻聴として聞こえるようになった」。

 「彼女は「声」の指示に従って花を買って治療者に届けたり、喫茶店で待っていたりしたが、ついには「声」に誘われて山歩きに出かけ、そこで顔面に石をたたきつけて重傷を負った」。

 「幸いにして発見されて病院に運ばれ、以後は別の治療者の面接を受けることになった」(成田、2000、pp.20-22)。

 成田氏によれば、患者が山に行って自傷行為を引き起こす原因を作ったのは、医師である。

 彼が治療構造をルースにしていたこと、自分の熱意が患者にどう受けとめられているかについて、治療者に配慮が欠けたこと、治療者がプライバシーを語るタイミングを誤ったこと、などが重大な結果を招いたのである。

 たしかに、自傷行為によって患者が、治療者側から見れば一種の「脅し」をかけてきているため、治療者が治療室の外で彼女に会ったりしていたのは、専門家以外の観点から見れば、仕方がないようにも思えるだろう。

 しかしながら、やはり、そのような治療者側の行為は、患者の不利益をもたらしうることは、治療者が専門家であれば、当初から予測可能であったはずである。

 そして結果としても、患者は生命の危機に瀕したのであるから、やはりそれは、治療者側の過ちである。

 では一体、治療者は、患者から表出される転移に対して、どのように対処していけばよいのか。

 以下では、精神療法において、転移の中でも、治療における扱いが難しいとされ、これに対する注意が繰り返しなされてきた恋愛転移について、恋愛転移への対処法で検討することにしたい。


参考文献

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