2000年03月の日記

*2005年10月修正版

 2000/03/17

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(その1)

*これは限りなくフィクションである。作中の「私」はサイト管理者のことではない。くれぐれも同一視をしないように。

『エヴァ』の放映が始まった頃、私は地方の予備校生をやっていて、リアルタイムでそれを観ることはなかったし、翌春、上京したときには、すれ違うように放映は終わっていた。けっきょく、三倍速録画されたものを知人から借りて、その全容を知ることとなり、結果、私は狂った。一般教育科目「哲学」の前期テストの答案で『エヴァ』を熱く語るほど狂った。

これは、呪わしきあの夏、誰もが忘れたい黒歴史の記録である。(つづく)

 2000/03/18

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(その2)

ごく個人的な記憶ではあるが、特に『春エヴァ』が終わって以降、キャラクターへの嗜好は、着実に綾波からアスカの方へ移行する風潮があったと思う。少なくとも私などはもろにそうで、「アスカ様どうなっちゃうんだろー、ドキドキ〜♪」などとひたすらに興奮する始末だった。当時、親しい友人もなく、学内で孤立していた私はいささか病理的な傾向を帯び始めており、そのドキドキ感には、彼女のひどい死に様を願望する倒錯的な想いが多分に含まれているように、当時の自分には思われた。しかし、いまから思い返せば、本当のところ、私が願っていたのは彼女の幸福であり、猟奇的な願望はある種の虚勢ではなかったか。私はいざ、彼女の解体されつつある風景を目の当たりにしたとき、恥じ入る乙女のように顔を覆ったのだった。むろん、後の祭りである。
(つづく)

 2000/03/20

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(その3)

『夏エヴァ』の公開前夜から話を始めよう。

二週間前に公開された『もののけ姫』のオールナイトで一夜を過ごし、その足でエヴァの初日を見てやろうと、私は目論んだ。『もののけ姫』とエヴァ、その評価は別にして、あれからもう十年も経とうかと思われる地点から眺めても、目眩がするような組み合わせであった。

ちょうどこの日は前期試験の最終日だった。学校から帰宅した私は、『七曲署捜査一係’97』を鑑賞し脱力し、そそくさと歌舞伎町の映画館密集地帯へ足を運んだ。予定としては、新宿3丁目の東映でエヴァを見るつもりでいた。密集地帯にあるミラノ座では声優の舞台挨拶があり、混雑が予想されたので避けることとなった。その近くの映画館で『もののけ姫』のオールナイトも見たかったのだが、あいにくとそれをやっている映画館は3丁目になかった。

『もののけ姫』は恥ずかしかった。著しく精神の消耗を強いられる結果となった。だが、本当に恐ろしいのは、山犬に乗った自閉女ではなく巨大二足歩行ロボに乗った自閉女であることを、神ならぬ私に知る由もなかった。(つづく)

 2000/03/22

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(その4)

オールナイト上映後の朝焼けは、人の心をいつも虚ろにするものだ。しかし、この日だけは違った。新宿を縦断する私の足取りは軽快で、ウキウキ、やっほ〜♪――、どうなるんだろう、どうなるんだろう〜〜! ああ、すごいことになっちまうんだよ、あの時の俺。

早朝5時。新宿東映パラス前に、行列ができていていた。当初、この集団は黙々としていたが、39分後、入場が始まると、過剰な物欲に駆られて売店に走る者が続出。館内が暗くなり予告編が始まっても、異様にハイな状態は収まらず、実写版『ときメモ』の予告編で大拍手が鳴り響いたりした。東映三角マークも大爆笑で迎えられる有り様であった。(つづく)

 2000/03/24

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(その5)

嗚呼、アスカ様…(以下略)。(つづく)


 2000/03/28

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(その6)

八月十五日ときくと、いつもあのぬけるような青い空を思い出す――。佐藤俊樹はそういう言葉を引いて、その青空に何かの終焉を見出した。

私がいま思い出すのは、映画館を出て荻窪の自室にもどる途上で眺めた、夏休み初日の朝である。祭りの後に残された、この先何を楽しみにして生きればよいか見当がつかないような、途方もない虚無感であった。

私はそれから、二十数回は、映画館で『エヴァ』を眺めたと思う。レーザー・ディスクの発売まで待ちきれなくなり、年末でもまだやっていた桶川の映画館へ足を運び、テレコに音声を録っちゃうことまでやった。人生は堕ちるところまで堕ちたわい、と自棄糞した。

翌年、劇場版のLDが発売された。これで『エヴァ』はもう俺のものぢゃわい、と興奮し、さっそく視聴した。私は喫驚した。

「何だって俺は、こんなものに狂ってしまっていたのだろうか――」

 2000/03/30

小説:『エヴァ』公開前後の思い出(エピローグ)

七年の歳月が過ぎた。あれ以来、私は『エヴァ』を一度も観ていない。

春先、私は引っ越しをした。ケーブル・テレビの社員が出力測定にやってきた。彼は私の机にエヴァの下敷き――それは思い入れなどとはまったく関連がなく、ただ、他に下敷きがないという物理的な理由でそこにあったものだった――を認めると、破顔一笑した。

「エヴァンゲリオン好きなんすよ〜〜、すげえおもしれえです」

私は、歪んだ微笑みを顔いっぱいに広げた。


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