HOME>>>日本語エリア>>>『中国史のなかの日本像』目録
| 第五章 好学の士--華夷の壁をこえて |
唐宋時代の日本像は、古来の君子国と現実の礼儀国とのダブルイメージより合成されているように思われる。いわゆる虚像と実像の交錯した日本像である。このような日本観の形成は、遣唐使および入華僧に接してうける印象に負うところが大きいことは、ことさら多言を要すまい。
倭寇が猛威をふるった明代以前の歴史をふりかえってみると、中国へわたった日本人は、ほとんど朝廷から粒選りされた使節や留学生(僧)、あるいは求道心に燃える僧侶たちだったのである。彼らは日本人のよい側面を中国人に印象づけたことは、明らかなことである。
また一方、中日間には、遭難事件の多発する荒海が横たわっている自然条件の制約があり、じっさいに中国に足を踏みいれる日本人はごく少数にかぎられるというのも、これまた事実である。したがって、生身の人間との接触以外に、日本人の書いた書物が中国人の日本像の形成に大きな影響を与えるもうひとつのルートとなっていたわけである。