遊園地のとある所、耕治と葵を中心にたたずむ人が6人。
空は晴れているが、やはり12月、まわりの空気はひんやりと冷たい。
だが、今、6人たたずむその場所は、真夏の太陽のごとく燃え滾っていた。
耕治に枝垂れかかるという子悪魔的な態度で放った葵の一言によって。
つかつかつかつか
炎の発信源の一つ、潤がまず、耕治達のもとに近づいてくる。
前のめりで肩をあげ、むっとした表情のままでだ。
「か、神楽坂、ちょっと待て・・・」
潤のその鬼気とした雰囲気に、耕治は後ずさる。
だが、葵が腕を絡めているために逃げる事はできない。
ガシッ
潤は、右手で耕治の右肩を、左手で葵の左肩を鷲づかみにする。
そして、勢いよく二人を引っぺがした。
「耕治! なんで僕を避けるの!? だいたい、なんで葵さんと一緒にいるんだよ!?」
潤は耕治を睨みつけながら言う。
「さ、避けるってなんの事だ? 葵さんとはさっき偶然会ったんだ。」
耕治は恐る恐る答える。
しかし、潤はそれを全部聞き終えるより前に、今度は葵を睨み付けた。
「なんで葵さんがここにいるんですか?」
潤が葵に詰め寄る。
さすがの葵も、潤のこの顔を見てふざける事はできない。
「やぁねぇ潤君、前田君が言った通り、偶然なのよ、偶然。」
「じゃあさっきのは!?」
潤が更に葵に詰め寄る。
潤の顔は、葵の目と鼻の先の距離にまで来ていた。
(こうやって間近に見ると、潤君、本当に女の子みたいねぇ。とても男の子に見えないわ・・・)
葵は、怒ってはいるものの潤の可愛い顔つきを見てそんな事を思ってしま
う。
「葵さん!?」
「え? あ、ああ、あれはちょっとした出来心よ。まぁ、そう怒らないで。」
「そうなんですか? 僕にはそうは見えませんでしたけど?」
潤は葵の言う事を信じようとしない。
「葵さんがこの遊園地にいる訳は?」
「それは・・・そう、そこにいるともみちゃん達に誘われて一緒に来たのよ。」
「え? そうだったっけ?」
ともみが不思議そうな顔をして首をかしげる。
「ともみちゃんがああ言ってますけど?」
なかなか屈しない潤に、葵は苦笑する。
(これは潤君を説得するのは無理みたいね。ここはあきらめて退散するのが無難だわ。)
葵はそう判断すると、さっそく実行に移そうとした。
「とりあえず、結果的にあなた達のデートを邪魔しちゃったのは事実なのよね。」
「デ、デートって、ちょっと葵さん!」
耕治はその言葉を聞いて慌てふためく。
しかし、葵は気にせず続ける。
「ごめん、耕治君は返すわ。そしてあたし達はこれで退散するわね。だから、潤君達はデートの続きを・・・」
楽しんでちょうだいと言おうとした所だった。
「ちょっと待ってください!」
今まで黙って葵達の事を見ていた、もう一つの炎の発信源、ユキが言い放った。
「ここに来て誤魔化さないでください。葵さんの作戦のせいで、私、ひどい目にあったんですからね!」
そう怒鳴るユキの目には涙すら溜まっている。
「そうだ、お飲みものを買って戻って来た時、ユキ達いなかったんだ。」
「そういえばそうでしたね。それでユキちゃん達を探して・・・。私達がいない間に何か作戦でもできたんでしょうか?」
作戦と言う言葉を聞いて、ともみと紀子も口々にしゃべり出す。
「作戦っていったいなんの・・・・・・ああっ!!」
潤は怪訝な顔をしながらともみ達のやりとりを見ていたが、はっと、ユキ
が耕治と同じジャンパーを着ている事に気付いた。
「耕治と同じジャンパー!! それに、この帽子・・・」
潤は、ユキが落としていった帽子をバックから取り出す。
そして耕治の方を確認する。
耕治はきちんと帽子をかぶっていた。
「もしかしてこの帽子をかぶっていたのはユキちゃん・・・?」
そう言って、潤は手に持っている帽子とユキを見比べる。
「じゃぁ、さっき僕と一緒にいた・・・僕を”潤”って読んでくれた耕治は・・・・・・!?」
そこまで思考が行き着くと、潤は再びくるっと耕治の方に振り返る。
「これはどういう事? どうしてユキちゃんが耕治の変装をしてたの? 耕治はココアを買いに行った後、どこに行ってたの? 葵さんに会いに行ってたの!?」
潤は耕治に次々と畳み掛ける。
「ちょ、ちょっと待て神楽坂・・・」
「ねぇ、どうなの!? 僕の相手はユキちゃんに任せておいて、葵さんに会いに行ってたんじゃないの!?」
耕治は、次々と訳のわからない事を言ってくる潤に頭が混乱し始める。
もう、潤に何を答えればいいのか全くわからなくなっていた。
「・・・・・・・・・」
ひとたび沈黙が流れる。
「・・・ないんだ。」
「えっ?」
「耕治にとって、僕って魅力がないんだ・・・」
潤は瞳に涙を浮かべながら力なくそう言う。
ズザッ
それを見て、ユキは一歩引いた。
「そ、そんな事ないって。潤は魅力的だよ。」
耕治は混乱しつつも必死にフォローしようとする。
ズザザザッ
ユキはさらに三歩引いた。
ともみもそんな耕治を見て涙をうるうるさせている。
ちなみに、今の耕治は、潤をフォローする事にすべて神経が行っているた
め、自分がどれだけ恥ずかしい事を言っているのかに気付いていない。
「じゃあなんで僕のところからいなくなったの? 僕と一緒にいるのがいやになったからじゃないの?」
「だから違うって!」
「これじゃ、僕って・・・私って馬鹿みたいじゃない!!」
潤が地に戻って叫ぶ。
「あっ、その喋り方はっ!」
さすがの耕治もそこではっとする。
しかし耕治が気付いた頃には時既に遅し。
「まさか、喋り方まで女言葉なんて・・・」
ユキは十歩程引きながら真っ青になって首を振っていた。
(まずいぞ、このままじゃ潤の正体がばれるかもしれない。ばれなかったとしても、変態のレッテルを貼られるのは間違いない。神楽坂も完全に取り乱してるし・・・)
耕治は一生懸命この場をうまく治める方法を考えたが、何せ、現在の事態が全く飲み込めていないため、解決策が全然浮かばなかった。
(しかたない、ここは!)
耕治は最終手段に出る。
「すまん、神楽坂。俺は決して神楽坂を嫌ってるわけじゃない。それだけは信じてくれ。今日の埋め合わせは今度必ず!」
そう言って耕治はその場から走り去った。
耕治の最終手段、それは、自分からその場を離れる事によって、これ以上
潤にうかつな事を喋らさないようにする事だったのだ。
しかし・・・
「あ、耕治、待って!!」
潤も耕治の後を追って走り出した。
更に・・・
「あれだけひどい目に会わせておいてこれでおしまいなんて納得がいかないわよっ!」
そう言ってユキも耕治を追って走り出した。
「あ、ユキちゃん!」
「ユキ〜、待って〜!」
紀子とともみもユキの後を追う。
「なんで追ってくるんだ〜!!」
耕治のその叫び声を最後に、さっきまで波乱を起こしていたその場は、もとの静けさを取り戻した。
一人残された葵。
視界の向こうへと消えて行く耕治達を見て思うのだった。
(さすがに今日はまずい事しちゃったかしら。・・・でも、あたしもやっぱり・・・前田君に・・・)
Project 「リレー小説☆ぴあぴあ」 Presents
第11話 「体も心も守ってね♪」
Written By OCT7
「待って〜!!」
「待ちなさ〜い!!」
後ろからは潤とユキの叫び声が聞こえてくる。
(勘弁してくれ〜、神楽坂達が俺について来たら全然意味がないじゃないか〜!!)
耕治は心の中でそう叫びながらひたすら遊園地の出口に向かって走る。
耕治も一応男、しかもキャロットで鍛えているために足も速い(自称)の
で、潤達との距離は少しずつ離れていく。
だが、潤達も負けてはいない。
一生懸命追いかけてくる。
「はぁはぁ、やっと出口か・・・ってゲゲッ!!」
耕治は遊園地出口を見て驚愕する。
何か遊園地のイベントをやってるのか、人がたくさん集まっていて出口を塞いでいるのだ。
「く〜、強行突破!!」
耕治はその人ごみにたどり着くと、強引に出口を目指して進み出した。
やがて潤とユキも人ごみにたどり着き、耕治同様強引に追いかけてくる。
ちなみに、紀子とともみは体力が尽きたのか、途中であきらめたらしく、
遊園地出口にまでたどり着いていなかった。
「すみません、通してくださ〜い。」
必死にそう言いながら耕治は人ごみを掻き分けながら進む。
しかし、潤達は、その掻き分けられた後を追ってくるのだから、当然耕治より楽に進む事ができる。
「ヤバイ、追いつかれる!!」
耕治がそう思った時だった。
「耕治ちゃ〜ん、こっちこっち〜!!」
なんと、出口の向こうではつかさが耕治に向かって手を振っているではないか。
(なんでつかさちゃんが・・・)
耕治は突き進みながらそう思ったが、ふとつかさの足元にあるものが目に入る。
「あれは・・・チャリか!」
そう、つかさは自転車、しかも何故かマウンテンバイクを片手に手を振っているのだ。
「早く早く!!」
つかさは耕治に向かって言う。
やがて、やっとの思いで人込みを突破した耕治が、遊園地出口をくぐってつかさの元にたどり着く。
「なんでつかさちゃんがここに?」
「話はあとあと!!」
そう言ってつかさは自転車にまたがる。
「ほら、乗って!!」
「あ、ああ。」
とにかく、今の耕治には一刻の猶予もない。
急いでつかさの前にまたがり、ペダルに足を乗せ、おなじみのチャリタクの配置につくと、一目散にペダルをこぎ始めた。
「あ〜!! 耕治〜!!」
耕治の後ろから、同じく人ごみを突破したらしい潤達の声が聞こえてくる。
だが、それもつかの間、あっという間に聞こえなくなった。
「はぁはぁ、それで、なんでつかさちゃんがあんな所にいたの?」
遊園地よりだいぶ離れ、もう大丈夫だろうという位置に来た所で、耕治はつかさに聞く。
「あっはは〜、耕治ちゃんのピンチを予知能力で察知して♪」
「はぁはぁ、そんな馬鹿な・・・、何か隠してるでしょ?」
「え〜、半分ホントなんだけどなぁ。」
つかさはちょっとつまらなそうに言う。
「はぁはぁ、で、真相は?」
「知りたい?」
「うん。」
「じゃあ、後で何かおごってね♪」
「げっ!」
抜け目ないつかさに耕治は苦笑いする。
「あ、なんか嫌そうだなぁ。」
「はぁはぁ、そんな事ないって! それで、なんで?」
「んん〜」
つかさは体を左に傾かせ、後ろから耕治の顔を覗き見ようする。
しかし、何せかなりバランス的に無理のあるこのチャリタク、そんな事をしようものなら・・・
グラッ
「わわっ、つかさちゃんあぶないよ!」
「だって、耕治ちゃんの顔が気になったんだもん。」
「はぁはぁ、俺の苦しんでる顔を見てどうするんだ?」
「苦しんでるの?」
「はぁはぁ、あ、あのね、俺、さっきまで走ってて、そして今、つかさちゃん乗せて走ってるんだよ? 十分苦しむに値するって。」
「あ、そっか。ごめんね〜」
クスクス笑いながらつかさは謝る。
そんなつかさの表情は、今を楽しんでいるって感じだ。
「ボクがあの遊園地にいたのはね、今日の朝、偶前、葵ちゃん達が駅前に集まってたのを見つけてね、ピ〜ンと来たからなんだ。」
「ピ〜ン?」
「そう、ピ〜ン♪ そんでもって葵ちゃん達の後をつけて行って遊園地に着いたら、ドンピシャ、じゅんじゅんと一緒にいる耕治ちゃんがいるんだもん。」
「はぁはぁ、なるほど・・・ってええ!?」
つかさの言葉に耕治は過敏に反応する。
「もしかして、俺達って葵さんに尾行されてたのか!?」
「ええ〜!? 耕治ちゃん、まだ気付いてなかったの〜!?」
「し、知らなかった・・・」
耕治は愕然と肩を落とす。
グラッ
「きゃっ、耕治ちゃん、あぶないあぶない〜」
「おっと!!」
傾いた車体を耕治は慌てて戻す。
「ふぅ、それで、つかさちゃんも葵さんと一緒に行動して、先に戻って来てたんだ?」
「ブブ〜、はずれ〜。ここからがボクの予知能力♪」
「えっ?」
「じゅんじゅん、葵ちゃんにともみちゃん達、あわせて5人、これだけの人数が同じ遊園地に集まったんだよ? これは絶対何か起きるってね。」
「じゃ、じゃあ?」
「そう、それに耐えられなくなって逃げ出してくる耕治ちゃんを、自転車を用意して待ってたってわけ♪」
にこりと笑ってつかさは言った。
自分の予想通りになった事がとても嬉しそうだ。
「はぁはぁ、逃げ出してくるとはひどいなぁ。・・・事実だけど。」
「でしょ?」
「じゃあ、俺が出口に戻ってくるまで、ずっと待ってたの?」
「うん、そうだよっ♪」
つかさは明るく元気に答えた。
耕治はそんなつかさにあきれてしまったが、そこまでして自分の事を待っ
ててくれたつかさに何か温かいものも感じてしまうのだった。
「はぁはぁ・・・はぁはぁ・・・」
激しい息使いでペダルをこぐ耕治。
遊園地を出てから15分、耕治の体力も限界に達しようとしていた。
「大丈夫、耕治ちゃん? いっぺん休もうよ。」
つかさが心配して耕治に言う。
「はぁはぁ、そ、そうだな。どこに止めようか・・・」
耕治もつかさの言う事に賛同し、辺りを見渡し始めた。
「あっ!」
突然耕治が声をあげる。
「どうしたの?」
「もしかしてあれ、早苗さんじゃないか?」
「えっ!?」
耕治の言う事にびっくりしながら、つかさは耕治の向いている方を確認する。
「あっ、ホントだ。ブディックから出て来たところみたいだね。」
「よし、行ってみよう。」
「えっ?」
耕治の言葉につかさはショックを受ける。
つかさとしてはもっと耕治と二人きりでいたかったのだ。
耕治がそういった事にてんで鈍いっていうのはつかさも知っていたが、やはりそんな場面に実際に対面すると、寂しいものがあった。
「こんちゃ〜す、早苗さん。」
自転車を降り、手でその自転車を引きながら早苗に声をかける。
「こんちゃ〜す♪」
つかさも耕治の後ろから元気よく早苗に挨拶する。
その表情には嫌そうな面影は一片もなく、また、先程の寂しげな表情もすっかり消えている。
さっと心の切り替えができる、つかさはそんな娘だ。
「あら、耕治さんにつかささん、こんにちは・・・じゃなくてこんちゃ〜すでしたね。」
耕治達に気付いた早苗は、ふふと笑いながら挨拶を返してくる。
「こんな所で会うなんて偶然ですね。もしかして、今日はお二人でデートですか?」
「うん、そうなんだ♪」
早苗の質問に、いち早くつかさが答える。
「ちょ、ちょっとつかさちゃん! つかさちゃんとはさっき偶然遊園地で会ったんですよ。」
慌てて耕治がつかさの言った事を修正する。
「あ〜、耕治ちゃん、ノリが悪いなぁ。」
つかさがブスッとした顔をする。
「遊園地ですか?」
「はい、今朝から遊園地にいたもんで。」
「じゅんじゅんに葵ちゃん、ともみちゃん、ユキちゃんと紀子ちゃんもいたんだよね?」
今度は耕治が言った事につかさがつっこみを入れる。
その時、少しだが、ふっと早苗の表情が陰った。
「つかさちゃん、そう誤解を招くような言い方は頼むからやめてくれ。」
「やっぱりノリが悪い〜!」
「ノリって問題か? 今日は神楽坂と遊園地を回ってたんですよ。葵さんもともみちゃん達と一緒に来てたらしくて、偶然ばったり会っちゃったんです。」
「あ、それ嘘・・・ムググ」
また何か言おうとしたつかさの口を耕治が手で塞ぐ。
「うふふ、お二人とも仲がいいんですね。」
二人のやり取りを見ていた早苗が二人にそう言った。
しかし・・・
(それじゃあ、なんで今二人が一緒にいるんですか?)
早苗の心の中では、耕治にそう聞いていた。
「ところで、早苗さんはブディックで服を?」
今度は耕治が早苗に聞く。
「はい、冬用に一つと思いまして。」
「いいのはありましたか?」
「それがなかなか思ったのがなくて・・・お値段も高いですし。」
早苗が残念そうに答えた。
確かに、早苗の手元には新しく買ったと思われる荷物はなかった。
「あっはは、服だったらボクに任せて♪ この近くに安くてとってもいい服をたくさん置いてる店があるんだ。」
「えっ、本当ですか?」
つかさの言葉に、早苗の表情がぱっと明るくなる。
「うん、これから行く?」
「よろしければお願いできますか?」
「耕治ちゃんもいいよね?」
「ああ、全然構わないよ。それにしてもつかさちゃん、この辺の事知ってたんだ。」
「完璧ってわけじゃないんだ。でも、ブディックのお店のある所なら一通り♪」
「なるほど・・・」
(やっぱり、コスプレとかの参考になるお店とかもあるんだろうなぁ。)
耕治はそう思って、うんうんと頷いた。
「ここだよっ」
目的地に着くと、つかさはそのブディック店を指差す。
「へぇ、こんな所にブディックのお店があるなんて知りませんでした。」
「確かに、大通りから離れてるし、人目につきにくい所にあるよな。」
耕治と早苗は感心しながら言う。
「あっはは、穴場でしょ? さぁ、入ろう♪」
そう言ってつかさは店の中に入って行く。
耕治と早苗もつかさに続いて店に入った。
「へぇ、数もあるけど、服の種類が多彩だなぁ。」
耕治は店内を見回しながら感心する。
「でしょでしょ? ボク、このお店にはよく来るんだよ。」
つかさも店内の服を一つ一つチェックするように見回しながら得意げに答えた。
「早苗さん、どうですか、いいのありましたか?」
耕治は早苗の方を向いて聞く。
「ええ、さっきのお店よりいい服がたくさんあります。お値段もこれなら・・・」
早苗はあれこれといろんな服を取ってみては鏡の前に立ち、体の前に服を
重ねて鏡を覗き見、値札を確認してから元に戻すを繰り返していた。
「耕治さん、これ、どうでしょう?」
気に入ったのが見つかったのか、早苗は耕治にその服を見せてくる。
「お、いいんじゃないですか? そうだ、どうせなら試着して見せてくださいよ。」
「そうですね、それでは早速・・・」
早苗はそう言ってその服を持って試着ボックスへと歩いていった。
「さて、つかさちゃんは・・・」
そう思って、耕治は辺りを見渡す。
しかし、一通り周りを見渡したところ、つかさの姿が見つからない。
「もしかして、つかさちゃんも試着してるのかな?」
そう考えていると、早苗が入っていった試着ボックスの方から早苗の声が聞こえてくる。
「耕治さん、どうでしょうか?」
早苗は軽いポーズを取る。
早苗が着ていた服とは冬用の厚地のワンピースで、色はスカイブルー、デザインは控えめといった感じだ。
早苗のイメージにぴったり合っていて、とてもいい雰囲気を出していた。
「うん、すごくいいですよ。とっても似合ってますよ。」
「そうですか? 体型的にまだちょっときついかなって感じもしますけど・・・」
早苗が少し不安そうな顔をする。
「そんな事ないですよ。だいたい夏の時と違って、今はもうほとんど学生時代の頃の体型に戻ってるじゃないですか。気にする必要なんてないですよ。」
「そうだといいんですけど・・・」
「早苗さんはとても魅力的です。この服はその魅力を更に引きたててるかな。」
さわやかな笑顔でそう言ってくる耕治に、早苗は頬を赤らめる。
力強く、そして優しさのこもった耕治のその言葉は、早苗の不安をかき消
すには十分な程の力があった。
「じゃあ、これに決めますね♪」
早苗は嬉しそうにそう言うと、試着ボックスのカーテンを閉めた。
そして、早苗が元の服装に着替えて戻って来たところに、つかさも耕治のところに戻って来た。
「ねぇねぇ耕治ちゃん、これ買ってぇ。」
つかさは持って来た服を耕治に見せながらねだってくる。
「ずいぶん変わった服だね。」
「そ〜お? ねぇ、買って買って〜」
「買ってって、つかさちゃん・・・」
「おごる約束は?」
「う、そういえば・・・」
耕治は自転車に乗ってた時にした約束を思い出す。
とりあえず、耕治はその服の値段を覗き込む。
どうやらかろうじて耕治の財布が許す値段のようだ。
「よし、わかった。ちょっと待ってて。」
そう言って耕治はその服をレジに持って行き会計を済ませてくる。
「はい、つかさちゃん、一応俺からのプレゼントかな?」
「わ〜、ありがとう♪」
つかさは嬉しそうに耕治から服を包んだ紙袋を受け取った。
(いいな、つかささん・・・。あ、でも、私も耕治さんに服を見てもらえたし・・・でも・・・)
早苗は嬉しそうにしているつかさを見てそんな風に思っていた。
「ねぇ、耕治ちゃん、ちょっと聞いていい?」
紙袋を両手で抱えながら、つかさが耕治に聞く。
「ん、なんだ?」
「耕治ちゃんって、こうやって女の人とブディックに入るのって初めて?」
「うぐ、いきなりヤな質問だな。」
「それで?」
「俺の記憶の限りでは初めてだ。」
「じゃあ、女の子にプレゼントするのは?」
「それも初めて。」
それを聞いてつかさはにっこりと笑うと、ビシッと耕治に指を突きつける。
つかさちゃんおなじみのポーズだ。
「じゃあ、今日は耕治ちゃんが初めて女の子にプレゼントした記念日だね♪」
「はは、二つ目の記念日か。なんか俺にとっては情けないような気もするけど・・・」
耕治はそう言って苦笑する。
そんなやりとりを横で見ていた早苗は、ふとつかさに対しての対抗心みたいなものが顔を出した。
「じゃあ、今日は、耕治さんが始めて女の子に服を見てあげた記念日でもあるんですね♪」
早苗は得意げに耕治に、いや、寧ろつかさに向かってそう言った。
「あ〜、早苗さんに記念日取られた〜!」
「ふふふ、取っちゃいました♪」
耕治はそんな二人を心地よさげに眺めていた。
二人が心の内ではどんな想いでいるかに気付く事なく・・・
「そろそろ店を出ませんか?」
あれからもう少し店内を見て回った後、耕治が二人に言う。
「そうですね、もう十分見て回りましたし。」
「ボクももういいよっ♪」
みんな意見がそろったところで、三人は出口に向かった。
だが、ちょうど出口にさしかかった所で、つかさは耕治が帽子をかぶっていないのに気付く。
「あれ? そういえば、耕治ちゃん帽子は?」
「えっ? あっ!!」
耕治は頭に手を当てて声を上げる。
「いったいどこに・・・あっ、さっき行ったトイレに置いて来たのかも。髪を少しいじったからな。」
ちょっと考えた結果、思い当たる場所を割り出した。
「ごめん、ちょっと見てくるから、二人とも先に外で待ってて。」
そう言い残して、耕治はもと来た道へと引き返して行った。
「早苗さん、ボクも今のうちにお手洗いに行ってくる。」
つかさもそう言い残して、耕治と同じ方へと引き返して行った。
しかたなく、早苗は一人で先に店を出る事にした。
ひゅうぅぅぅ
冷たい風が早苗の顔や首筋に当たる。
先程まで温かい所にいたために、早苗にはその風が一段と冷たいように感じた。
「やっぱり中で待ってようかしら。・・・でも、ちょっとの間だし。」
早苗がそんなちょっとした事で迷っている所だった。
「あれ〜? もしかしてきみ、キャロットの〜?」
「あ、そうだそうだ、見覚えがある。」
突然馴れ馴れしく話しかけながら、二人組の男が早苗に近づいてきた。
「あ、あなた達は・・・!」
早苗はその二人組をみて凍り付く。
その二人組は、早苗にとってもっとも思い出したくない人物だったのだ。
「あれ? もしかして、俺達の事、覚えててくれたかな?」
「へぇ、それは光栄だなぁ。」
男達は、愕然としている早苗を見て、ニヤニヤとしながら言った。
「ん? そういえば、前見た時に比べれば、ちょっとはましな体型になったんじゃない?」
片方の男が、そう言って早苗をじろじろと見る。
「え〜? そうか? 俺には同じように見えるぞ。」
もう片方の男もやはり、早苗をじろじろと見ながら言った。
「ま、どっちにしても、まだそれだけコロコロしてたらウエイトレスはちょっとね〜」
「そういや、俺達がこの前キャロットに行った時には、この娘、ウエイトレスやってなかったんじゃないか?」
「おいおい、あんな日の事なんか思い出させるなよ。考えただけでもムカつくぜ!」
「あ、わりぃわりぃ。」
「でもま、俺達の忠告を素直に聞いたって事だろ? えらいじゃん。」
二人はお互いに好き放題な会話を繰り広げる。
その情景は、早苗にとって、まさに地獄だった。
「っ!!」
耐えられなくなった早苗は逃げ出そうとする。
「おっと、ちょっと待ってよ。」
そう言って男の一人が早苗の腕をつかむ。
「放してください!」
早苗は、自分の腕をつかんでいる男に叫ぶ。
「まぁ、そうつれない事いうなよ。」
腕をつかんでいる方の男が言う。
「俺達さぁ、さっき嫌な事があってむしゃくしゃしてるんだ。あんまし逆らわないほうがいいぜ。」
そう言って、もう一方の男の方も早苗の方に近づいて来た。
(耕治さん、助けて・・・)
早苗がそう思った時だった。
「おまえ達、早苗さんに何してるんだ!!」
耕治の声が響き渡る。
はっとして早苗は声の出所の方に振り返る。
そこには、帽子を見つけて戻ってきた耕治の姿があった。
「耕治さん!!」
早苗は嬉しそうに耕治の名を呼ぶ。
「なっ、ま〜たお前かよっ!」
男達は、耕治を見て怨めしそうに睨み付けた。
「次から次へと・・・ゴキブリみたいな奴等だな。」
耕治も負けじと睨み返しながら言う。
「な、なんだと〜!? お前だって、行く先々、俺達の邪魔をしやがるくせにっ!!」
「いっぺんしめちまおうぜ、こいつ。」
「ああ、そうだな。」
耕治の言葉に激怒して男達は、興奮しながらそう言った。
早苗の手をつかんでいる方の男はさらにもう片方の手で早苗をつかみ、手
ぶらだった方の男が耕治にじりじりと近寄ってくる。
そして、耕治と一定の距離にさしかかった所で殴りかかって来た。
「おっと!」
耕治はそれをヒョイとよける。
「くっ!!」
男はもう一度耕治に殴り掛かる。
しかし、耕治はそれをなんなくかわした。
普段倉庫整理で腰を鍛えている耕治、チンピラ程度のパンチをよける事など朝飯前だった。
「くそぅ、ヒョイヒョイよけやがってっ!!」
男は悔しそうに言った。
だが、その時・・・
「な、何々、この人達!?」
タイミング悪くつかさが戻って来て声をあげる。
早苗の手をつかんでいる方の男がそれを見てニヤリと笑うと、すかさずもう一人の男の方に指示を出した。
「おい、そいつを取り押さえろ!」
「お、おう!」
「なっ!?」
耕治はそれを聞いて、男を阻止しようとする。
しかし、その男の方がつかさの近くにいたため、先に男の方がつかさの手をつかんでしまった。
「な、何するんだよう、離してっ!!」
つかさは精一杯抵抗する。
しかし、つかさの力じゃ男の手を払いのける事ができない。
逆に、つかさはそのまま男に羽交い締めにされてしまった。
「お前らっ!!」
耕治はつかさを羽交い締めにしている男に飛び掛かろうとする。
「おっと! 動くな〜!」
耕治の後ろから男が叫んでくる。
はっとして振り返ると、早苗の手をつかんでいた男が、早苗を羽交い締めにしていた。
「下手に動いてみろ。俺達このお姉さんに何するかわかんないぜ〜?」
「俺もこの娘に何しちゃうかわかんないな〜、へへへ。」
二人の男はいやらしい笑いとともに、耕治に脅しを入れる。
「くっ・・・」
右に左に人質をとられた耕治は、動く事ができなくなってしまった。
だが、その時だった。
ブディックの出口からさっと何かが飛び出した。
「くらえっ、漫研パ〜ンチ!!」
その掛け声とともに、出口に近い、つかさを羽交い締めにしている方も男に殴り掛かる。
「し、真士!?」
パンチを繰り出すその人物を見て、耕治は愕然とする。
ビシッ!
見事にパンチがヒットした。
「どうだっ!?」
真士は自信に満ちた顔で男の様子をうかがう。
「あ〜ん? きかねえよ、そんな蚊の止まりそうなパンチ。」
男は平然とした顔で言う。
どうやら、真士の必殺技は男には通用しなかったらしい。
「ばかな、俺の必殺技が・・・」
真士は信じられないといった様子だ。
耕治はそれを見て苦笑する。
だが、すぐ、なぜ真士がここにいるかという事にはっとする。
「なんで真士がここに・・・」
「簡単、私達も始めからこのお店にいたからよ。」
「えっ?」
予想外な答えが予想外な声で聞こえて来たのに、耕治はびっくりする。
ブディックの出口の方を見ると、美樹子がこちらを見て立っていた。
「美樹子さん!? 美樹子さんもいたんですか!?」
「ええ、ちょっと取材にね。」
「取材?」
「そっ、服のデザインとかの取材を・・・」
美樹子がそこまで言った時だった。
ガシッ
さっきまで早苗を羽交い締めにしてた男がばっと飛び出し、美樹子の後ろ
に回り込んだかと思うと、後ろから美樹子を羽交い締めにした。
「しまった!!」
耕治は真士達の突然の登場に現在の状況認識が薄れてしまっていた事を後悔し、悔やむ。
「へへっ、これでそこのオタクっぽいやつも手が出せないだろ? それにこっちの娘の方が、そっちのお姉さんよりずっといいしな。」
耕治は、男のその言葉を聞いて、ぐっと手に力がこもる。
「お? なんだその反抗的な目は? この娘がどうなってもいいんだな?」
男はそう言うと、後ろから美樹子の胸を触り出す。
「や、やめなさいよ! ひどい目に合わすわよっ!!」
美樹子が抵抗しながら叫ぶ。
その時だった。
「美樹子さんに何すんだ〜!!」
そう怒鳴りながら、真士はその男に殴りかかった。
バキッ!
真士のパンチが見事にヒットする。
「うぐっ!!」
真士のパンチに美樹子を羽交い締めにしていた男はよろめく。
バチ〜〜〜ン!!
なんと、ねらいをすましたかのように、すごい勢いでバスケットボールが
飛んで来、真士のパンチに続いて派手にヒットした。
痛烈な時間差攻撃をくらった男はその場で伸びてしまった。
「お、お前ら〜!!」
つかさを羽交い締めにしていた男がそれを見て怒り出す。
ガブッ!
つかさが男の指に噛み付いた。
「ギャ〜〜〜〜!!」
男はそう叫びながら、その激痛によりつかさを突き飛ばす。
ドカッ!
それを見た耕治は、すかさずその男に飛び掛かり、脇腹に一発入れた。
耕治のその重い一発で、その男も撃沈してしまった。
「ふぅ、大丈夫、つかさちゃん?」
耕治がつかさに声をかける。
「うん、大丈夫! 耕治ちゃんが助けてくれたし♪」
つかさは嬉しそうに答えた。
そして、つかさは倒れている男の方に振り向くと、
「バイリンガルをなめるとこうなるのだっ。」
と勝ち誇ったように言った。
「はは・・・」
耕治はそれを見て笑いながら、美樹子の方を確認する。
「ありがとう、真士君。一応お礼を言っとくわ。」
「ま、俺の力にかかったら、こんなもんだな。」
真士が胸を張って言う。
「さっきの真士のパンチ、少なくとも漫研パンチとかいうやつよりはすごかったよ。」
耕治がそんな真士に横やりを入れる。
「馬鹿野郎、あれが本当の漫研パンチだ。漫研をなめるなよ。」
「訳わかんね〜よ。」
「ま、このパンチは、美樹子さんじゃなくてあずさちゃんだけのためにとってある必殺技だけどな。」
「一言多い!」
美樹子が真士をどついた。
耕治はそれを見てやっぱり笑いながら、早苗の方を振り向いた。
「早苗さんも大丈夫でしたか?」
早苗に近づきながら耕治が声をかける。
「はい、私は途中で離されましたし。」
早苗は少し元気のない声でそう答える。
早苗のその返事に、耕治はさっき美樹子を羽交い締めにした男が言った言葉を思い出す。
「早苗さん、あんな奴等の言う事なんか・・・」
耕治がそう言い始めた時、早苗は指で耕治の口を止めた。
「大丈夫です、気にしてません。そうやって耕治さんがいつも私を支えてくれていますから。」
「早苗さん・・・」
「耕治さんは、私の心のナイトさんですね。」
そう言って、早苗はにっこりと笑った。
その笑顔は、もう先程の男達に言われた数々の嫌味など、一切ひきずってない、そう思わせる笑顔だった。
耕治もそれを見てつられて笑顔になる。
「ところで早苗さん。さっきのシュート、すごかったですね〜。」
「ふふ、ありがとうございます。」
「それで、どこからバスケットボールなんか持って来たんですか?」
「それは・・・」
「それは?」
「秘密です♪」
そう言って、早苗はビシッと指を耕治に突きつけた。
「あっ、それボクのポーズ!」
つかさがそれを見て頬をふくらます。
「また早苗さんに取られた〜!」
「また取っちゃいました♪」
そう言う早苗は、明るく、とても生き生きとしていた。
次の日。
今日、早番である耕治は、朝から出勤である。
いつも通り、時間に余裕を持って寮を出た耕治は、早めにキャロットにたどり着いた。
そして、従業員専用の出入り口のところまで来た時だった。
その出入り口の扉が突然開く。
「あ、耕治クン!」
扉から出て来たのは留美だった。
「留美さん? どうしたんですか、こんなに早く、しかも2号店で。」
「ちょっとお兄ちゃんに用があってね。」
「店長さんに?」
「ねぇねぇ、昨日は楽しかった?」
「えっ?」
「それじゃ、またね。」
それだけ言うと、留美は手を振りながら去って行った。
「昨日っていったい・・・、それになんか留美さんの表情、なんとなく恐
かったぞ・・・」
耕治はしばらくその場に立ったまま留美の事を考えていたが、やがて出入
り口の扉に手を伸ばす。
だが、すぐその手を引っ込めた。
「な、なんかこっちの方からも異様なムードを感じる・・・。なんなんだ、いったい・・・」
冷や汗の止まらない耕治だった。
クッションに続く