ビール缶を手に取ると、ピンを空けて無言のまま口に運ぶ。

 グビ、グビ、グビ・・・

 一気に飲み干してしまうと、葵は大きく息を吐いた。

「・・・美味しく・・・ないな」

 

Project「リレー小説☆ぴあぴあ」Presents

皆瀬葵「これからすべきこと・・・」

Written by  と〜し

 

 最初の一缶を開けた葵は、少し虚ろな目で辺りを見渡す。
 壁には、あまり達筆とは言えない字で書かれた横断幕が一つ・・・

『☆前田耕治 店長代理就任記念☆』

「ふふ・・・バカみたい・・・こんなに舞い上がっちゃってさ・・・」

 葵は自嘲気味にそう呟くと、二本目のビールに手を伸ばす。
 タブを引き上げ、一気に飲み干すと葵は”ぱたっ”と仰向けに倒れ込んだ。

「はあ、な〜にやってんだろ・・・あたし・・・」

 葵の頭にふと、電話での耕治の言葉がよみがえってくる。

 

『その・・・すいません。実は仕入れ業者の入荷品にミスがありまして・・・材料の再発注をお願いして今日届けて貰うことになったんです』
『はい。それで材料が届くまで涼子さんと業者を待つことになったので・・・すいません、今日は宴会に出られそうにないんです』
『そうですか?・・・それじゃあ、明日の発注書を処理しておきたいんでこれで失礼します。それじゃあ』

 

「そうですか? なんて、軽く断ってくれちゃって・・・」

 そう呟いた葵は、また横断幕を方に目をやる。

「それにしても、店長代理・・・かぁ。う〜ん、涼子が担当すると思ったんだけどねえ」
「祐介さんも思いきったことをしたもんだわね」

 葵は、店にアルバイトとして入ってきたばかりの耕治のことを思い出した。

 最初は弟みたいな感じだった。
 年下で何となく頼りなさげだったっけ・・・
 そんな考えは彼の姿を見ているうちに変わっていった。
 優しい姿・・・
 いつも一生懸命な仕事ぶり・・・ 

 そして、走馬燈のように耕治との思い出が頭を駆け抜けていく。 

 あたしが祐介さんの結婚の話を聞いて落ち込んでいるときに励ましてくれたね。
 そのころからかな? 彼を見ていると、すごく満たされた気分になっていった。
 祐介さんに似てるって一時は思った・・・
 容姿も、物腰も、雰囲気もどことなく似ているって・・・
 でも、いつの間にか祐介さんが彼に似ているんだって思うようになっていったっけ・・・
 そんな自分の気持ちに気づいた遊園地での出来事・・・

 それにしても、いつも耕治君のことを鈍い鈍いってからかってたけど、これじゃどっちの方が鈍いのやら・・・

「そんな彼が、店長代理さん・・・かあ」
「男の子って変わっていくのね・・・」
「男の子? ううん・・・もう男の人・・・かな?」

 今度は、”変わっていく”という言葉について思いを巡らす。

「変わった・・・か。変わったと言えば、涼子も変わったわよね」
「以前みたいに”どうせわたしなんか・・・”とか自分を卑下することが無くなった・・・」
「いつも張りつめていたような雰囲気が無くなってきた・・・」
「なによりあの奥手だった娘が、積極的になっちゃって」

 葵は、キャロットで起こった出来事を思い出してみる。
 お好み焼き騒動の時の涼子、耕治とあずさがはなしてた時の涼子の態度、以前キャロットで催された”秋祭り”の時の涼子。

「あはは、変われば変わるものね〜」

 親友の百面相を頭の中で思い浮かべ、少し吹き出すがそれも束の間、すぐに別のことが頭に浮かんでくる。

「でも・・・あたしは・・・」
「あたしは、変わって・・・成長しているのかしら?」

 目の前で親友の、そして好きな人の成長を見せつけられた葵は、自分について考えてみる。
 短大で涼子と出会ってからのこと・・・
 キャロットに入社してからのこと・・・
 そして、耕治と出会ってからのこと・・・ 

 葵は、自分が変わっていないことに気づいた。

「あらら、ダメね〜私って・・・涼子にはあれだけ言っておきながら、肝心の自分が成長してないなんて・・・」

 口では、軽く言っているが、その表情は真剣そのものである。
 当然であろう、自分で自分が成長していないことに気づいたのである。
 人から指摘されるよりも遙かに厳しいことだ。

 そして葵は考える、自分を成長させるにはどうすればいいのか、いったいどうすればいいのか。
 思考の海に沈んでいた葵はいつか読んだ小説に書いてあった事を思い出した。

 

 ・・・それは、ふつうの大学生が突然異世界に行ったお話
 なにもわからないまま、ただ周囲に流されていく主人公
 しかし流されてばかりの主人公は成長していく
 自らの手で自らの運命を切り開いて行くべく・・・

 

 その小説中の一つのフレーズが葵は気に入っていた。

 

『どうしてではなくて、ダメだじゃなくて、自分がそれを踏み出さなかったことを自覚する』

『自分が何を望むのか、そのために何をするのか、くだらない拘りにいつまでも囲われていてそれで良いのか、自分を見つめ直す』

『出来ない出来ないって喚いているなら誰にだってできるわけで、そういうのを自覚するのとしないのとじゃ大分違う』

『不満を託つぐらいなら自分で動き出そう、くだらないことに囚われずに思うままに』

 

「うん! まずは出来ることからやって行くしかないわよね!」

 切り替えの早さ。
 葵の良いところの一つである。

「自分が本当にやりたいこと、やるべきことを考え直す。まずはここから始めようかな」

 葵はそう言うと、三本目のビールをおもむろに飲み干すと、目の前のおつまみに手を付け始めた。

「う〜ん、ここは一つ景気づけをしないとね〜」
「もぐもぐ、結構いけるわね・・・ぐびぐび・・・ぷはっ」

 

 

 本当に変わる気があるのだろうか・・・(汗)

 〜閑話休題〜

 

 

 

 時間は少しさかのぼり、ここはPiaキャロット二号店マネージャー室、

「その・・・すいません。実は仕入れ業者の入荷品にミスがありまして・・・材料の再発注をお願いして今日届けて貰うことになったんです」

『・・・、・・・!?』

「はい。それで材料が届くまで涼子さんと業者を待つことになったので・・・すいません、今日は宴会に出られそうにないんです」

『・・・、・・・』

「本当にすいません。もう用意してるんでしょう?」

『・・・・・・』

「そうですか?・・・それじゃあ、明日の発注書を処理しておきたいんでこれで失礼します。それじゃあ」

 耕治は電話の向こうで葵の返事を聞くと、特になんの感慨も持たずに電話を切った。

 

 かちゃ・・・

 

「前田くんどうかしたの?」

 電話機を置いた耕治に涼子が声をかける。

「え? ああ、葵さんに宴会に誘われていたんですけど、ほら、今日の再入荷の件でいけなくなりましたって・・・」
「そう・・・葵、何か言ってた?」 
「あ、特に用意してるものも無いらしいし、それにもう飲み始めてるって」

 それを聞いた涼子がなんだか不思議そうに首を傾げる。

「それだけ?」
「ええ、何か?」

 どことなく違和感を感じている涼子であったが、それを何だか考える暇はない。
 目の前には今日の分の入出庫表と再入荷分の訂正、明日の発注書、伝票、仕訳帳、現金出納帳、売上帳等々が山積みになっている。
 当然、まだ耕治がそれをこなすことが出来るわけもなく、涼子に教えて貰いながらこなしていくことになる。
 当分の間、涼子は従来のマネージャー業務に加えこれらの帳簿の付け方等も、つきっきりで耕治に教えて行かねばならない。
 今は時間がいくらあっても足りないといっても良いだろう。

 とりあえず、発注書の書き方と電算機への打ち込み方を耕治に教え、耕治が明日の発注分を四苦八苦しながらも、どうにか電算機に打ち込んでいるのを横目で見ながら、自身は電卓を片手に伝票処理を行っていた。
 しばらく作業に没頭していると、バックヤードにトラックが入って来る音が聞こえたので、二人は荷物を受け取りに出ていく。

 

 

「じゃあこれが、今日の入庫分ですね」
「はい、すみませんでした」
「いえ、ご苦労様です・・・」

 納品業者とそんな様なやり取りをこなした後、トラックは再び去っていき、涼子と耕治は手分けして材料を倉庫に運び込んだ。
 取り敢えず今日の作業が恙無く終わり、耕治と涼子はふたり寮への帰途についた。
 そんな帰り道の途中で、突然涼子は声を上げる。 

「あっ!!」
「えっ?」

 なにか忘れ物でもしたのかと思い、耕治が驚いて涼子の方を振り向くと、涼子は耕治に声をかけてくる。

「前田君! さっきの葵との電話!」
「え? まずかったですか?」
「ううん、そうじゃなくて・・・、葵もう飲み始めてるって言ってたでしょ?」
「ええ、それが何か?」
「あの娘がホントに飲み始めてた時に断りを入れたら、いつもの例の科白が出てるはずじゃない!」
「例の?」
「ほらあれよ」

 耕治は、しばらく首を傾げて考えていたが、”ぽん”と手をたたくと、

「”あたしの酒が飲めないって言うの〜!”ですか?」
「そう、それよそれ! さっき感じた違和感はそれだったのよ。多分あの娘のことだから前田君の店長代理就任記念のつもりで用意してたんじゃないかしら・・・」
「あちゃ〜、じゃあ葵さんには悪いことしちゃったな〜」

 耕治は、本当に仕舞ったという顔をする。

「とりあえず、今からでも行くって電話してみたらどうかしら? はい電話」

 そう言って涼子は自分の携帯電話を耕治に渡す。

「そうですね。それに葵さん、謝らないと・・・。じゃあ電話お借りしますね」

 耕治はそう言って、電話を取り上げ葵の部屋をプッシュする。

 

 ぷるるるるるる・・・

 一回・・・
 二回・・・
 三回・・・

 ・・・十回

 

 出ない・・・

 

「葵さん、出ないです・・・」
「こんな時間なのに・・・?」

 涼子と耕治が時計の方を見てみると、すでに22:30。
 普段の葵なら確実に部屋にいる時間である。

「涼子さん、早く帰りましょう」
「ええ、そうね」

 二人は、同時に顔を見合わせると、急いで寮に戻ることにした。


続く


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