「・・・でも、まさか私が耕治君を・・・・・・なんてねえ・・・」

その言葉と共に、葵はこたつの上へ崩れ落ちた。
卓上に置かれた多くの空き缶が、軽やかな音を立てて床へと転がり落ちる。
そして、その後を引き継ぐかのように・・・

「・・・スピーッ・・・スピーッ・・・」

可愛らしい寝息が部屋に響くこととなった。
泥酔して眠りについた葵にとっては、やがて鳴り響くことになる電話のベルさえも子守唄
同然であった・・・



Project「リレー小説☆ぴあぴあ」Presents

皆瀬葵「彼は彼女の・・・」

Written by  YOU



ピンポン、ピンポーン

チャイムを押しても何の反応も無い。

「葵さん、出かけたんですかね?」
「ちょっとどいて、前田くん」

涼子はそう言うと葵の部屋のドアノブに手をやった。
そのままノブを回してみる。

「開いてるわ・・・」

そう言うと涼子はそっとドアを開き、部屋に入った。その後に耕治も続く。

「はぁ・・・」

目の前に広がる光景に、涼子は安心6割、あきれ4割といったため息をついた。
その光景は、ある意味予想通りのもの。
散乱した空き缶、食べさしのおつまみ、そして、気持ち良さそうに眠っている葵。
そう珍しい光景では無い。『☆前田耕治 店長代理就任記念☆』と書かれた横断幕を除けば。

「葵さん・・・」

しばしその横断幕を見ていた耕治は、葵の側に落ちていたどてらを拾うとそっと葵の肩にかけた。

「また、派手に飲んだわね」

涼子はそう言って散乱した空き缶を拾い集めている。

「みたいですね。悪いことしたな・・・」

耕治はそう言いながら横断幕を外した。そっと畳んでこたつの上に置く。

「ふぅ、とりあえずちょっとは片付いたかしら」

そう言って涼子は空き缶を入れたごみ袋の口を閉じた。
片付けたといっても、空き缶を拾い集め、食べかけのおつまみを片付け、
まだ開いていない缶ビールを冷蔵庫に入れただけだが。

「葵、起きて・・・こんなところで寝たら風邪引くわ・・・葵」
「葵さん、起きて下さい・・・」

二人して葵を起こしにかかる。といっても、こういう状態の葵がちょっとやそっとで
起きるわけも無く・・・二人の呼びかけにも・・・

「すぅー・・・すぅー・・・」

気持ち良さそうに寝息で返事をするだけだった。

「ふぅ、やっぱり起きないわね。ベッドに運ぶの、手伝ってくれる?」
「ええ。でも、一人で運ぶ方が運びやすいと思うんで」

耕治は、そう言うと葵の肩に手をやった。そのまま体をこたつから引っ張り出す。
そして、膝の辺りに手をまわすと・・・

「よいしょっ!」

気合一発、葵を抱き上げた。いわゆる『お姫様だっこ』というやつである。

「だ、大丈夫?」

やや足もとのおぼつかない耕治を心配して涼子が声をかける。
耕治は、

「倉庫整理で鍛えてますから。それよりも、ベッド、葵さんを寝かせられるようにしてもらえます?」

そう言って足元に気を配りつつベッドへとゆっくり進む。
ちなみに、涼子の手の中では、まだ残っていた空き缶がぐしゃぐしゃに丸められていたことには
耕治は気づいていなかった。

涼子は足早に先にベッドのところに来ると、葵を寝かせられるように布団をめくった。
そのまま、こちらに向かっている耕治に目をやる。余裕の表情を浮かべつつも、歯を食いしばっている耕治とその腕の中で気持ち良さそうな寝顔を浮かべている葵。

(うらやましい・・・)

ふと涼子はそんなことを考えていた。口にしたら、耕治はどんな反応をするのだろうか?
ちょっと試して見たい気もしたが、それを口に出せるわけも無い。
もっとも、口にできないからこそ涼子なのだが。

「涼子さん、そこ、どいてもらえます?」

耕治のその言葉にはっと我に返った涼子は、ささと数歩場所を移した。
入れ替わるようにベッド脇に達した耕治がそっと葵をベッドへと下ろすのだが・・・

「う〜ん・・・」

いつのまにやら、耕治の首へと葵の腕が回されていた。

「あの、葵さん? 腕外してもらえます?」

その腕で、葵の顔が自分の顔のすぐそばにあったことに今さらながら気づいた耕治は真っ赤になって
葵にそう話しかけた。といっても、死人に口無しならぬ、眠り姫に聞く耳無し。葵の腕は依然として
耕治の首にまかれたまま。その様子はまるで葵が耕治に抱きついているようであった。
葵は嬉しそうな寝顔を浮かべているし、耕治は耕治で、真っ赤になっておろおろしている。
そんな二人の様子に、いたたまれなくなった人物が約1名・・・

メキッ

手にしていた空き缶に最後の一撃が与えられ・・・

「ちょっと、葵! 寝てるからっていい加減にしなさい!!」

そう言って葵の手を解きにかかる。さすがに、寝ている人の力などしれたもので、案外すんなりと手をはずすことはできた。手が解けるとともに、葵の上体がどさっとベッドへと倒れこむ。

「前田くん、後は私がやっておくから、先に休んでて」
「えっ、でも?」
「い・い・か・ら」

そう言ってにっこりと微笑む涼子。

(・・・逆らわない方が良さそうだな・・・)

懸命な判断を下した耕治は、

「じゃあ、ちょっと書置きを」

メモ帳にペンを走らせると、

「あと、お願いします」

そう言って葵の部屋を後にした。

涼子は耕治の後姿を見送ると、葵にそっと布団をかけてやり、まだ残っていた宴会の後片付けを始めた。それを終えると、葵の目覚し時計を明日の出勤時間に合わせて葵の枕元に置いた。

耕治の残したメモ帳の余白に、一言、二言添えて元の位置に戻すと、涼子も葵の部屋を後にしようとした。しかし、葵が寝言として発した一言に、その足がピタと止まることになる。
葵が寝返りをうちながら口にした一言、それは・・・

「・・・耕治くん・・・」

その言葉に、涼子はさっとベッドで横になっている葵の方を振り返った。
寝返りをうった葵は、ちょうど涼子の方に背中を向ける形になって横になっている。

「・・・葵・・・まさかあなたも・・・」

涼子は、その背中に向かってぼそっと呟き、しばし葵の背中を見つめた後、
足早に葵の部屋を後にした。

バタンッ

涼子らしくなく、時刻に不相応な勢いで閉められた扉の音もまた、今の葵にとっては子守唄同然だった。



『朝〜、朝よ〜。パチンコ行って一稼ぎよ〜』

葵は、耳元から聞こえてくる自分の声で目を覚ました。
ようやく探り当てた目覚し時計のスイッチを押す。

「録音できる目覚ましってのも考え物ね・・・」

面白いかなと買ってみたのはいいものの、いざコメントを入れる段になって困ってしまった。
結局、当時流行っていたTVドラマの真似をして録音したのだが・・・

「気に入らなかったから最近こっちを使ってたのにな」

そう言うと葵は横になったまま、枕元にもう一つ転がっていた目覚ましを、手にした。
その時計を目の前に持って来て時間を確認する。11時。朝というには微妙な時間だ。

葵は、時計を脇に置くと上体を起こした。

「・・・あれっ?・・・」

横になっていたときは感じなかったが、体を起こすと微かに頭に痛みを感じた。

(・・・そう言えば・・・昨日は大分飲んだわね・・・)

頭に手をやりながら、こたつの方に目をやる。さぞかし散らかっているだろうと思ったのだが・・・

「あれっ?」

そこには、昨日の独り宴会の形跡はほとんど残っていなかった。

(そういえば、ベッドで寝てるってのもおかしいわね)

いつもは、冬に酔った時はそのままこたつで寝てしまうものだ。
不思議に思った葵は、そっとベッドから降りるとこたつへと向かった。

「そういうことね・・・」

こたつの上に残された二人のメモ書きを見て合点が行った。

(元より綺麗になったんじゃない?)

涼子の片付けて行った部屋を見まわしてそう苦笑する。

(だから、あっちの目覚ましがセットしてあったわけか・・・)

そう考えながら、葵はキッチンへと向かった。
といっても、今の状況では、そうそう胃が受けつけてくれない。
結局、クラッカーを数枚口にすると、Piaへと向かう準備を始めた。

「さて、この上遅刻したんじゃ涼子に申し訳無いわね」

身支度を終えた葵は、そう言って時計に目をやった。

「まだ、時間は大丈夫と」

そう言うと先ほど読んで再びこたつの上に置いてあったメモを手に取る。
そこには、こう書かれてあった。
<pre>
   葵さんへ

    今日は折角準備してくれたのにすいませんでした。
   また、葵さんの都合の良い日にやりましょう。今日の
   お詫びにおごりますよ
                       耕治

  ――――――――――――――――――――――――――

   葵へ

    あまり飲み過ぎちゃ駄目よ。特にこたつで寝ると風
   邪をひきやすいから気をつけなさい。
                       涼子
</pre>

「結局、私って成長してないのよね・・・」

内容とは裏腹に、それほど悲観した口調ではない。
昨晩の自己問答で、既に答えは出ていた。

「ま、焦らず行きますか」

そう言って独りでガッツポーズをとる。力んだせいか、ちょっと頭がうずいた。

「さて、行ってきます」

メモを再度こたつの上に置くと、無人の部屋にそう言って葵はピアへと向かった。
まだ酒の抜け切らない頭を、冷たい外気がはっきりとさせる。

「今日も寒いわね」

葵のその言葉を待っていたかのように、白い結晶が、ゆっくりと空を漂い始めた。
手袋をした手を差出す。一片の雪が、その上にのって、小さな滴となった。

「よし、今日は耕治くんを誘って雪見酒ね」

そう言って、足取りを速める。
二日酔いであることなどすっかり葵の頭から抜けていた。



「こんちゃーっす♪」

陽気な挨拶と共に、葵は従業員室へと入った。

「おはよ、葵。ちゃんと起きれたみたいね」

涼子が自分の席から顔をあげて挨拶を返した。

「おかげさまでね。昨日はご迷惑をおかけしました」

そう言って葵は頭を下げた。

「前田くんにもお礼言っときなさいよ。前田くんがベッドまで運んでくれたんだから」
「耕治くんが? 独りで?」
「ええ」
「ってことは、もしかして私を抱きかかえて・・・」
「ま、まあ、そうね」

涼子のそう返事をして葵の顔色をうかがった。
葵は、頬を赤らめてやや視線を下げている。

(・・・葵、やっぱりあなた・・・)

涼子は、一瞬悲しそうな表情を浮かべた後、

「前田くんなら、今倉庫整理をやってるわよ」

そう葵に教えてあげた。

「倉庫整理? 店長代理なのに?」
「あら、店長もやってたじゃない」
「あ、そっか。そういえばそうね」

葵はそう言って笑うと、

「じゃ、耕治くんにお礼を言ってからフロアに行くわね」

そう言って従業員室から出ていった。



「頑張ってる〜?」

倉庫までやってくると、葵はドアから顔だけを出して耕治に声をかけた。

「あ、葵さん。おはようございます。起きれたみたいですね」

葵に気づいた耕治は手を休めてドアの方に向かう。

「ええ。おかげさまで・・・べ、ベッドに運んでもらったらしいわね。あ、ありがと」

らしくないなあと自分でも思いながらも、ちょっとどもってしまう葵。

「おかげさまで筋肉痛ですよ」
「あら、そんなに重かったって言うの?」
「じょ、冗談ですよ。じょ・う・だ・ん」

耕治はそう言うと楽しそうに笑った。つられて葵も笑顔を浮かべる。

「で、代わりの宴会だけど・・・」

笑いが収まったところで、葵はそう切り出した。

「約束通り、お付き合いしますよ」
「今晩・・・でもいい?」
「はい。じゃあ、今晩ということで」
「用意しとくから、今日はちゃんと来てね」
「わかりました」
「来なかったら・・・分かってるわね?」
「・・・な、なんとなく分かります」

そう言って苦笑いを浮かべる耕治。

「じゃ、またね」

約束をとりつけると、葵はそう言ってフロアへと向かって行った。



「♪ ♪ ♪ ♪」

休憩時間を迎えた葵は、鼻歌を歌いながら従業員室へとやってきた。

「ご機嫌ね、葵」

休憩していたのだろう、コーヒーカップを手にした涼子が葵を迎える。

「そう?」
「機嫌悪くて鼻歌を歌う人って聞いたことないわ」
「あは、それもそうね」

葵はそう言うとカップを手にコーヒーメーカーへと向かった。

「耕治くんと次の宴会の約束したんでしょ」
「あら、お見通し?」
「長いつきあいだもの・・・」

そう言うと涼子は手にしていたカップを置いた。
その為に顔を下げたその一瞬に、涼子の顔に浮かんだ寂しそうな笑みに葵は気づいていない。

「涼子さ〜ん、業者の方が納入に来ましたよ〜」

耕治が呼ぶ声が聞こえてくる。

「はーい、今行きます」

涼子はそう言うと部屋を出て行こうとする。

「頑張ってね、マネージャー」

そういう葵の前で涼子はふと足を止めた。

「宴会、私は呼んでもらえないのね・・・」

涼子としてはなるべく冗談めかして言ったつもりだった。
しかし、それは冗談ではなく自分の本心であることが涼子にはわかっていた。
そして、葵がそれに気づくであろうことも分かっていた。

(卑怯な女・・・)

涼子は、心の中でそう自らをけなすと、搬入口へと向かった。

「りょ・・・うこ?」

呼び止めるというよりは、呟いたといった感の葵の言葉は、カチャリと閉まるドアの音にさえ掻き消されるほど弱々しく・・・

(私、何浮かれてたんだろう・・・)

分かりきっていたはずのことがすっかり頭から抜け切っていた・・・

(彼は・・・彼女の・・・)

自分の感情に振り回されて、回りを見る余裕を失っていた・・・

(好きな・・・人)

カップに注がれたコーヒーが、葵の口に運ばれることは無かった。


続く


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