店長こと木ノ下祐介の朝はいつもと変わらずにやってきた。
10月の連休初日。
世間は家族連れで休日を賑わうときだ。
まあ、Pia☆キャロット中杉通り店店長の彼としては、こういうときだからこそ働かなくてはいけないのかもしれないが。習慣とは恐ろしい。祐介はいつもの通りキャロットへ向かうのであった。
その途中、昔から聞いている人懐っこい声を掛けられた。そして、いつものように答える。
「お兄ちゃ〜〜〜ん、まってよぉ」
「べつに、お前を待ってやる義理はないぞ、みるく」
ぶぅ〜、頬を膨らませて小さく怒っている『みるく』と呼ばれた女性。歳はこの夏に二十歳になった祐介の妹、留美。
留美は、祐介のとなりに並ぶと息を落ち着かせる。口ではああ言っているが、自分に歩調を合わせてくれているのが内心うれしかったりする。
「それより、いつになったら『みるく』って呼ぶの治るの?」
「こればっかりはなぁ。意識していないと『留美』っていわずに『みるく』になちゃうんだよな」
「ということは、お兄ちゃん治す気、ないんだ。あ〜あ、なんか嫌だなぁ。おばさんになっても『みるく』じゃ」
そういいながら、澄み切った青空を見上げる留美。雲一片の欠片もない空が留美は好きだった。
そんな、妹の気持ちを無視して続ける祐介。顔は笑っている。
「でも、みるくおばちゃん! なんていわれてお子様たちにはウケがいいかもな」
「もう、他人事だと思ってさ」
仲の良い兄妹。
しかし、留美はこの位置にいることを大好きな姉に譲り、自分はこういう何気ない時だけ兄のとなりにいるようにしていた。
それに、
(あそこには気になる人がいるもんね♪)
Project「リレー小説☆ぴあぴあ」Presents
第4回「お姉さんに任せてみない?」
Written by Kotone
祐介たちふたりは、いつも通りの時間にキャロットに到着した。
留美は着替えに、祐介は事務所の方へ顔を出し今日のスケジュールを確認する。
壁に張られたスケジュール表にはシフトと出勤時間がわかるように色分けされている。これは、毎月マネージャーの双葉涼子が作っているもので、見やすいと評判のものだ。
祐介はスケジュール表を見ながら一つ一つ確認していく。
「そうか、今日学生組は前田くんが朝からで・・・・日野森姉妹が午後から。で、榎本くん、神楽坂くんが休みと」
「店長、おはようございます」
と、後ろから軟らかな声が掛けられる。もちろん、その声の主はマネージャーの涼子。
振り向きながら祐介も挨拶をする。
「おはよう、双葉くん」
「今日は忙しくなりそうですね。フロアスタッフはわたしを含めて3人ですから。留美さんがヘルプできてくれていて助かりました」
「そうか、荷物の搬入もあるんだった。早目に片付けて私と前田くんもフロアにまわるようにするよ」
「そうしていただけると、助かります」
嬉しそうに微笑む涼子を見て、祐介も着替えるために更衣室の方へと歩いていった。
「あ、涼子さん、おはようございます!」
そこへ入れ違いにやって来たのは、メイドタイプの制服に身を包んだ留美だ。軽くお辞儀するのに合わせておろした髪が揺れている。
一応、確認の意味も兼ねてスケジュールを確認しておく。このとき、涼子がさっと場所を空けてくれた。それに、笑顔で答える留美。そして、ふとしたことに気付く。
「あれ? 涼子さん、葵ちゃん今日、朝からだよね」
「・・・・いつものことよ」
あきれた口調の涼子。留美もわかっていたのか「やっぱりね」とつぶやいた。
とそのとき、大きな音と共にバックルームに飛び込んでくる人影二つ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
呆気に取られる留美と涼子。
目の前には全身汗でびっしょりとして、肩で息をしているまだ青年とは言えない少年が床にへばりついている。
そして、もう一つの人影は・・・・。
「あははは・・・・。耕治くん、間に合ったわよ♪ 競輪選手にでもなれるわよ・・・・て、あれ?」
と、あっけらかんとしていた。
「こ、耕治クン? だ、だいじょうぶ?」
留美がスカートをももとふくらはぎで挟むようにして耕治のそばに屈むと手団扇で風を送ってあげている。
涼子は、厨房へ走るとコップ片手に戻ってくる。
返事もできないでへばっているのは前田耕治。夏休みの間だけのアルバイトの予定だったのだが、思うところがあり今もアルバイトを続けている少年。
自分の目標のことで悩みを持っていることを知っているのは今のところ1人しかいなかった。
ま、他のみんなは耕治がキャロットに残ってくれたことがうれしい様だが。
そして、耕治をこのようにしてケロっとしている女性は、『宴会大魔王』の名を欲しいままにしている皆瀬葵そのひと。
セクシ〜ダイナマイトを武器(?)に中杉通り店のフロアリーダーの地位にいる女性だ。内心、もうそろそろいい人みつけなくちゃ、と思っているのは内緒のところ。
で、どうして耕治がへばっているのかというと。
「ちょっと、葵! 前田くんになにしたの?」
「いや〜ねぇ、つかさちゃんがうらやましくってね。遅刻しそうなところに、耕治くんがいたのよ」
「・・・・だからって、何でまだ時間じゃない俺までこの時間に連れてこられるですか」
息がようやく落ち着きつつある耕治が不満気に言った。
早起きのついでにと遠回りしてきたのが耕治の運の尽きだ。
昨日も飲んでいた葵は目覚めると遅刻の10分前だった。慌てて着替え身支度を整えて玄関を開けると・・・・にやり。目の前を通りかかる耕治を捕まえると、有無を言わせずご自慢の胸に抱きしめる葵。
『耕治くぅ〜ん、お姉さん困ってるのよ。力、貸してくれるわよね』
そして、耕治にマウンテンバイクを運転させると、自分は無茶な要求をしつつ難なくキャロットについたというわけだ。
「・・・・というわけなのよ」
「あんたはねぇ・・・・」
額を抑えてうつむく涼子。
いつものこと。そんな言葉で片付けられるから涼子にとっては頭痛の種になっていた。
「こらこら、みんな、もうそろそろ開店準備はじめるから。皆瀬くん、前田くんは着替えて」
と、着替えてきた祐介が戻ってきた。
とたんにぱぁっと顔が晴れやかになる葵。返事をすると言われた通り更衣室へ、足取り軽く歩いていった。
「なんか、すまないね前田くん。バイト時間前なのに」
「あ、いや、いいですよ。今日は早番の日ですし」
「そういってくれるとありがたいよ」
「じゃ、お兄ちゃん、留美が耕治クンを連れて行くね♪」
耕治の腕を取って歩き出そうとする留美。
「ダメだ。留美は備品のチェック。双葉くんもお願いできるかな?」
一喝のもと、留美の襟を掴んで耕治から離し、開店準備を指示する。
「けち!」
「はい、店長」
といいながら、歪んでしまった襟をただす留美と、素直に返事をする涼子。
そんな、返事が聞こえて来るなかキャロットの一日がはじまろうとしていた・・・・。
開店して早くもお昼の活気時、祐介は困り果てていた。
3連休の初日からこんなに混むとは思っていなかったのだ。
臨時に早苗にウェイトレスとしてフロアに出てもらったが、それでもフロアは4人で四苦八苦。祐介、耕治も早く倉庫整理を終えフロアを手伝いたいのだが・・・・。
「店長さん、これは尋常じゃないですね」
「ああ。3連休だからね」
と、積み上げられたダンボールにあきれるばかりだった。
そこへ、遠慮がちに声が掛けられた。
「えっと・・・店長います?」
「あ、はい」
祐介が振り返るとそこには、この夏に結婚した木ノ下−旧姓森原−さとみがドアから顔をだす様にして覗き込んでいた。
そのさとみの表情は一時の兼の悪い表情ではなく、高校時代を思い出される豊かな表情をしている。
「あ、さとみ? どうしたんだ、こんなところに」
「今日わたし休みだからね、様子見に来たんだけど・・・・誰もいないのね」
「予想外の入りでな。本店の方はいいのかい?」
「大丈夫よ、人は余るほど足りてるから」
「うらやましい限りで」
「店長さ〜ん、手伝って下さいよお。これ、すごく重いんですけど」
普段、根をあげない耕治でもこの荷物はつらいらしい。祐介に助けを求める。
それを聞いて、慌てて反対側を持つと小声で謝っておく。
二人は協力して荷物をしまった。その中身は食器だったらしい。重いはずだ。
耕治がズボンに挟んでいたタオルで汗を拭いていると、「一息つこうか」との祐介の提案で二人はさとみを連れてバックルームで小休憩をとることにしたのだった。
「はい、お疲れさま」
「あ、ありがとうございます」
そういって差し出されたコーヒーを受け取る耕治。いつもなら自分で煎れるものなのだが、今日はさとみがしてくれたものだから、なんとなく照れてしまう。
そんな耕治をやさしく労うさとみ。
「しかしなぁ、バイトの子を呼び出すというの気が引けるな」
祐介はこの人手不足をなんとか解消しようと思案を巡らせていた。が、やさしい祐介のこと、どうも休みだったり遅番の子を呼び出すというのは気が進まないでいた。
そこへ、コーヒーを運びながら妻のさとみが一声掛ける。
「なんなら、わたしが手伝おうか、祐介?」
まさに、祐介にとって神の一声。
「とはいっても、さとみはせっかくの休日だろ。それに、本店勤務だし」
「そんな事いったら、留美ちゃんだっておなじよ? 臨時のヘルパーと思ってさ」
「・・・・う〜む」
祐介が考えていると、ガチャと静かな音を立てて裏口のドアが開けられる。
ひょこっと中を覗くように現れたのは大きなリボン。
「おはようございま〜す。涼子さんから電話もらって来たんですけど・・・・て、あれ? さとみさん!?」
「おはよう、あずさちゃん。ほら、祐介が気苦労する前に来てくれたわよ」
「そうだな。じゃ、オーナーに聞いてみるよ」
やってきて、何の事やら分からないあずさは二人の脇を通り、耕治のもとへとやってきた。そして、軽く挨拶。
「・・・・で、どうしたわけ?」
日野森あずさ。夏休みのはじめ、耕治とサイアクな出会いをした彼女だが、いまでは耕治といいコンビになりつつあった。
「大体わからないか?」
「どうして、今の会話でわかるのよ」
「まだまだ、あまいな日野森は。そんなことじゃ、俺みたいにはなれないな」
「別になりたくないわよ」
即答、そしてあきれた口調。
わかりきっていたとはいえ少し悲しい耕治。
「・・・・あっそ」
「でさ、話が進んでないんだけど」
「いや、なに、さとみさんが仕事を手伝おうか、ていってるわけ」
「ふ〜ん、いいんじゃない? あたし、さとみさんの働いてるところ見てみたいし」
あずさは祐介とさとみのやり取りを眺めながらつぶやいた。
あずさと耕治の目には本当に仲の良い二人に映り、そして、ああいう風になりたいなぁと、心の中で思っていた。
「さとみさん、嬉しそうね。あたしもいつか旦那様を迎えて・・・・」
「そりゃむりだろ」
と、耕治のツッコミ。
あずさが振り向き、怒ろうとしたときすでに耕治は席を立ち、仕事に戻ろうとしていた。その耕治の顔は残念でしたと笑ってる。
(ふん、逃がしたか。おぼえておきなさいよ)
「店長さん、先に戻ってます」
「ああ、私もすぐいくから」
すぐに電話に戻る祐介。しかし、話は既に終わっていたらしく一言二言で電話を切った。
さりげなくというか、機会を逃したあずさはその場に黙って立っていた。
「なんだって?」
と、これはさとみの声。確信のある問いかけ。
「O.K.だってさ。お前、わかっててきただろ? 親父に笑われたぞ」
「だって、こんな事になってそうな気がしたんだもの」
「はいはい。じゃあ日野森くん、さとみを更衣室の方へ連れていってくれるかな? 仕事の方は留美にいっておいてくれればわかるはずだから」
「わかりました。こちらです、さとみさん」
「じゃあね、祐介。私の制服姿で惚れ直すなよ?」
と、意地悪く笑ってさとみはあずさに連れられて更衣室へと歩いていった。
その後ろ姿を見ていた祐介の頭の中に一瞬、男のロマンがよぎる。が、頭を振ってその邪な考えを振り払うと耕治がいる倉庫へを足を向けた。
そして、キャロットの忙しい日はやっとゆとりを持ちはじめるのだった。
それからのフロアはさとみ&留美の木ノ下シスターズの独壇場だった。
勝手の違いなんか関係ない様で、さとみは次々にオーダーをこなしていく。そして、その分担もすばらしかった。
涼子はキャッシャー、あずさは案内、葵、留美、さとみ、早苗はフロアと一応の分担を決める。
あとはもう、いつもの通り、基本割ができたためにスムーズに事が運ぶ。
「いらっしゃいませ。ピアキャロットへようこそ」
「葵さん、8番テーブルお願いしま〜す」
「は〜い、お待たせしました。ご注文は・・・・」
「あずささん、キャッシャーお願いします」
「わかりました」
くるくると踊るように店内を廻るウェイトレスたち。その表情は笑顔で、お客に愛されていた。これが、キャロットの人気の一つかもしれない。
そう、お客は料理・・・・お腹を満たすだけでなく、心も満たすことができるのがキャロットだ。
そんないつものキャロットが戻ってきて少し経った休憩時間。
「さとみさんすごいですね、留美さん」
そうあずさがとなりで休憩している留美に尋ねた。
他のみんなとはずらしての休憩だ。それにもうしばらくすれば、美奈もやってくる。
「だって、お兄ちゃんといっしょで18のときからやってるからね。いまじゃ、マネージャーやってるけどフロアに出たがってるみたいだよ」
「へ〜〜ぇ。あたしもさとみさんみたくなれるかしら?」
「大丈夫だよ、あずさちゃん可愛いからね。可愛ければおっけぇなのだ! っと、さ〜て、留美は愛しの耕治クンのところへいっこかな〜♪」
その科白にピクン!と反応してしまうあずさ。慌てて、立ち上がろうとした留美の手を掴む。
引っ張られた方の留美は再び、イスに座らされる。
「ど、どうしたの?」
「え、いや、あの・・・・その〜」
自分のとった行動が信じられなくて、しどろもどろに成ってしまうあずさ。
「何でもないなら留美、いくよ? 耕治クンが呼んでるから」
と、立ち上がろうとするとまた、あずさに手首を掴まれる。
「だ、だからですね、留美さん」
そのあずさの表情を見て、留美は
(はっは〜〜ん☆)
と、心の中で笑う。
「わかったよ。あずさちゃんも耕治クンが好きなんだ。だったら、そういってよ。よし、一緒にいこう!」
「な・・・・」
わかりきった反応を返すあずさ。顔を真っ赤にするとさらに、
「ど、どうしてあたしがアイツのことなんか」
などと言い訳するものだから、否定しても説得力がなかった。
そしてあずさは顔をうつむかせてしまう。
留美は屈むと座っているあずさと同じ目線に合わせる。
「あずさちゃんも、さとみお姉ちゃんといっしょだね」
「え?」
留美のやさしい口調に驚くあずさ。
留美は、あずさから視線を外しフロアへ続くドア越しに見える姉の姿を見ていた。それを追うようにあずさも視線を向ける。
「さとみお姉ちゃんもね、なかなか自分に素直になれなかったの。だから、いっつも悩むのはお兄ちゃん」
「店長さん、が?」
「そう。『どうして、さとみは俺を避けるんだろう?』てね。ちょうどいまみたくバイトをしてるときだよ」
フロアではさとみは笑顔で老夫婦にたいして接客を行なっていた。
孫にせがまれてきたらしく、料理がよくわからないようだったが、さとみが丁寧に応対している。
しばらくして、注文も決まりさとみがさがるとき一言「ありがとう」そう声を掛けられた。
もちろん、遠くはなれた留美たちには聞こえなかったが、大体わかる。
そして、さとみは小さく微笑むとオーダーを伝えに厨房の方へと歩いていった。
「ね、あのおじいさんたちの笑顔、これもキャロットがあるからなのかな? たしかに、ここに来たからあの笑顔があるのかもしれないよ。でもね」
「さとみさんの優しさが伝わったから?」
「そうだとおもうな。素直にならなきゃ、気持ちも伝わらないっていうこと。・・・・なんか、留美には似合わないセリフだね」
そういって二人は笑った。
たしかに、素直でなければ伝えたい気持ちは伝えられないかもしれない。
そのことは、あずさも気がついてはいた。でも、素直になれない、このままでいい、そう思っている自分が今の自分だ。
(いつか・・・・じゃ、遅すぎるのかな?)
そう自問自答してみるがすぐには答えなど見つからない。答えはふとしたときに気付くものだ。
「留美さん?」
「なあに?」
「留美さんは素直な自分ですか?」
聞かれた留美は人差し指をあごに当てて考えるしぐさをする。
「う〜〜ん、そうでいたいな」
これが、留美の答えだった。
そうかと、ひとまずの納得をあずさがしたとき留美が続けた。
「じゃ、今度こそ耕治クンのところへGoGo!」
「って、だめです」
「なんでぇ? あずさちゃんはここで悩んでればいいの」
なんか、身勝手な解釈。
「というか、休憩時間の終わりですよ。さぁ、仕事しごと♪」
そういって留美の背中を押していくあずさ。
留美としては意外だったようだ。不満の声をあずさに向けていたがフロアに近づくにつれて、ウェイトレスの留美になる。
「残りもがんばりましょうね、留美さん」
「お姉さんに任しときなさい♪」
その日の夜、キャロットの制服が一着、新たに補充されたそうな。
「やはり、男のロマンだよな。な、さとみ?」
「だからってねぇ。でも、似合ってる?」
「ああ、最高だよ」
「ふふ、バカなんだから」