祭りの後はいつも物悲しい雰囲気になる。
営業時間を遅らせて、屋台を解体される様を見つめながら、涼子はそんなことを考えた。
業者達がバキバキと音を立てながら屋台を折り畳むのを見ると、夕べの事は夢だったように思えてくる。
「おはようございます」
呆然と駐車場の屋台の最期を看取っていた涼子に、耕治が挨拶する。
今日は日曜なので、早番なのだ。
「おはよう、耕治君」
涼子も振り返って挨拶する。
「何か..寂しい気持ちですね」
「そうね」
「夏祭りとか、いつも感じますよ。お祭りの後なんかは」
「えぇ、まるで今までのことが夢だったみたいにね」
二人並んで、取り留めのない会話を交わす。
片づけはみんな業者がやってくれるので、手持ちぶさたなのだ。
そうこうしている内に、あらかた屋台はトラックに積まれてしまう。
現場の監督が、マネージャーである涼子に二、三言言葉を交わして、トラックに乗り込む。
そして、ブロロロロッと豪快なエンジン音を響かせて、去っていく。
「さて、開店の準備でもしますか」
暫くトラックを見ていた涼子が、元気よく声を出す。
「はい!」
耕治も今日一日分の気合いを入れる。
日曜のランチタイムは、生半可な気持ちじゃ乗り越えられない。
「...だけど、ずいぶん散らかりましたね」
ふと、誰もいなくなった駐車場を見て、耕治が話しかけた。
入り口付近の散らかりようも半端じゃない。
「ふふ、頑張ってね」
その後ろで涼子が笑う。
「はは..頑張ります」
耕治も少しだけ乾いた声で笑い返す。
そう、夕べのお祭り騒ぎで出たゴミの山。
お好み焼きのパックから、ジュースのコップまで雑多に転がっている。
それら全てを、耕治が片づけるのだ。
何故なら、今日の耕治のシフトは掃除なのだから。
「このままじゃランチタイムは迎えられないわよ」
「そうですよねぇ」
見渡す限りのゴミ。
こんな所に車は止められない。
こりゃ、大変だ。と、内心舌を巻く耕治。
涼子と一緒にピアの中に入る耕治は、気合い充分に腕まくりなんかをしていた。
Project「リレー小説☆ぴあぴあ」Presents
第八話 今日も一日ご苦労様!
Written By R.SASUGA
「ふいーっ!」
活発に動いて火照った体に、晩秋の風は心地よい。
耕治は、今日五つ目のゴミ袋の口を縛って一息ついた。
もう大体はゴミは回収した。
後は細かい所と、掃き掃除だけだ。
「間に合ったかな?」
空を仰ぐと、雲が少ない秋晴れの様相を呈している。
太陽は丁度、お昼時を告げる高さまで上っていた。
駐車場も店の前も、それなりに綺麗になっている。
これならお客さんを迎えても恥ずかしくないだろう。
モーニングのお客さんには悪かったけど。
そう思って耕治は苦笑した。
いつもよりも遅い開店とは言っても、それなりにランチ前の客はいる。
開店とほぼ同時にやってくる、モーニング目当てのお客が。
耕治は先に、車が停められるように大きなゴミの回収をしたのだが、それでも間に合わなかった。
結局、適当に掃除しただけの所に停めてもらうことになったのだ。
「さて、仕上げに取りかかるとするか!」
お気に入りの赤いバンダナをキュッと締め直す。
そして、箒とちりとりを担いで、細かな所に取りかかった。
一方そのころ、フロアでは。
ピア屈指のウエイトレスである日野森 あずさが、今日も元気に笑顔を振りまいていた。
「いらっしゃいませーっ、ピア・キャロットへようこそ!!」
モーニングとランチの間のアイドルタイム。
それも、いつもよりも遅い時間に開店したため、日曜だというのに昼前の客の入りは少な目だ。
それでも彼女の笑顔は100万ドルである。
しかしそれも束の間。
十二時が過ぎ、ランチタイムにはいると、そこはさすがピアキャロット。
いつものように客で溢れ返った。
ガヤガヤとごった返す店内。ひょっとすると、いつも以上かもしれない。
そんな客の喧噪には、夕べの祭りの話題があった。
やはりあの企画は好評だったらしく、客の反応も良かった。
客の間を動き回るあずさ達に、「次はいつやるの?」と訊いてくる人もいるほどである。
美奈とつかさもそれは同じらしく、今日は注文以外にも色々と訊かれていた。
そんな怒濤のお昼時も、二時を過ぎれば小康状態になる。
客もいつものように引いてきて、あずさ達にも余裕が出てくる。
空いてきたテーブルを拭きながら、あずさ達は一息入れた。
「今日は凄かったねぇ」
美奈が食器をかたしながらあずさに言う。
「そうね、やっぱり昨日のお祭り効果かしら?」
あずさも疲れたように応える。
しかしその顔は、充実していた。
「楽しかったもんねぇ」
それは美奈も同じらしく、疲れていながらもどこか嬉しそうだった。
「こんにちわ、あずさちゃん」
と、気さくにあずさに話しかける青年の姿が一つ。
「あ、真士君。こんにちわー」
気さくな友人相手に、あずさも思わずマニュアルにない対応をする。
「こんにちわ」
「お久しぶりですー、美樹子さん」
真士に続いて、美樹子も顔を出す。
別にこの二人は、あずさがそんな態度をとっても何とも思わない。
逆に、自分たちを特別扱いしてくれているみたいで、少しだけ気分がいい。
真士と美樹子が、空いている店内を見渡す。
「今日、客の入りが悪いね」
「そうね、夕べあんなに盛り上がったのに」
「そんな事ないわよ、お昼は凄かったんだから」
そんなことを話しながら、あずさの案内で適当な席に着く。
そして、素早く美奈がお冷やを出す。隙のない動きである。
葵は昨夜の宴に燃え尽き、今日は遅番だ。
祭りが終わった後、「二次会よーっ!!」と叫びつつ、いつもの1,5倍増しにビールをあおっていたから当然だろう。
つかさは、今はお昼の休憩中だ。
「ねぇ美奈ちゃん、耕治は?」
お冷やを一杯口に含んで、真士が訪ねる。
「はい?今はお外のお掃除に行ってますけど」
「そう、ありがと」
そう言って、シーフードドリアを注文する。
「それじゃ、耕治君の休憩って何時?」
「えっと、昨日のお片づけが終わったらなので、もうすぐだと思います」
「そ?」
「じゃあ、休憩になったらこっちに来るように言ってよ」
「あ、はい」
美樹子も美奈に、ミックスサンドとコーヒーを注文して別れる。
本当ならスタッフは呼び出しには応じないのが原則なのだが、真士達に限っては別である。
さすがに仕事中は無理だが、休憩に入るとこうやって呼び出すことが出来るのだ。
手早く運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、耕治を待つ二人。
「自分で作るよりも美味しいな」
「うん、この味って他のファミレスじゃ出せないよね」
そんな他愛のない会話を交わす二人。
この二人、実は夏のコミケ以来仲がいい。
耕治経由で知り合った二人は、同じ趣味同士気があっている。
因みに、あずさと美樹子も耕治経由の知り合いだ。
真士と美樹子は、お互いに切磋琢磨しあって、今ではいい相棒だ。
今も、冬に出す新刊なんかを話し合っている。
「耕治君、オッケーしてくれるかなぁ?」
美樹子が少し不安げに真士に問う。
「アイツなら大丈夫だよ。フェミニストが服着て歩いてるようなもんだし」
真士がおちゃらけて応える。
美樹子の顔もホッと緩む。
「そうよね。彼、優しいもの」
その顔にある種の陶酔みたいなものを感じ、真士が苦虫を噛み潰す。
(あずさちゃんと言い、美樹子さんと言いどうして耕治ばっか...っ!!)
ガリガリと、もう北風が厳しい季節にも関わらず、半泣きで氷を噛み砕く真士。
無意味にもてる親友を持つと苦労する。
「よ、俺に何のよう?」
と、そこへ当の耕治が顔を出した。
時計を見れば、もう三時に近い時間だ。
休憩時間に入ったのだろう。
休憩中のバイトが店内をウロウロ出来る筈もなく、今耕治は制服の上に一枚私服の上着を着込んでいる。
「久しぶりね、耕治君」
「うん、お久しぶり、美樹子さん」
お互いに挨拶する。
以前ちょっとしたことがきっかけで、耕治は美樹子の漫画を手伝ったことがあった。
それ以来の仲である。
それでも、ちょくちょくピアを編集者との待ち合わせに使うので、実ははお久しぶりと言うわけではないのだが。
「まぁ、座れよ」
真士が席を少し詰めて、耕治を促す。
耕治もそれに従い、テーブルに着く。
「お昼、まだなんでしょ?」
美樹子がメニューを手渡しながら言う。
「お、ありがとう。腹ペコなんだよ」
嬉しそうに受け取り、早速美奈を呼んでランチを頼む。
午後三時までのランチタイム。終了三分前である。
「くすっ、わかりましたぁ」
それがおかしいのか、美奈は小さく笑って去っていた。
「今まで片づけか?」
真士が、ちょっとグッタリ気味の耕治に問いかける。
「あぁ、凄い散らかりようだったからな」
「そんなに凄かったの?」
昨日の祭りに参加している美樹子も、話に加わる。
「うん、もうゴミの山。ゴミ袋五つも使っちゃった」
「そんなに?」
ちょっと吃驚する。それはいくら何でも多すぎだ。
「お陰で、いつも通りの状態にするのに今までかかちゃったよ」
ガクッと肩を落として、疲労をアピールする。
「ご愁傷様」
真士が憐れんだ声を出す。
実は、ゴミ拾いだけなら昼前に終わっていた。
しかし、問題はその後だった。
地面にこびり着いたソース。そして何故かガム。
それらをゴシゴシと今まで落としていたのだ。
デッキブラシで擦り続けると、さしもの耕治の若い肉体でも悲鳴を上げる。
結局よれよれの状態で、今まで掛かってしまったのだ。
「戦士の休息だな」
うんうんと自分で頷いて、お冷やを飲み干す。
「なに言ってんだか」
「あはは」
その横で冷ややかな目線を送る。その前でも美樹子が苦笑していた。
「んで?話って何だよ?真士」
少し落ち着いた耕治は、再度真士に問いかける。
「ああ」
真士は頷いて、美樹子に視線を送る。
「あのね耕治君、話があるのは私の方なの」
「え?」
ぐるりと首を捻って、美樹子の顔を見る。
この場合、話があるのは真士の方だと勝手に思い込んでいただけに、動揺が隠せない。
「お願いがあるのよ」
「お願い?」
「うん..」
神妙な顔つきで話し始めたと思うと、いきなり美樹子は目の前で手を合わせた。
「一生のお願い!また原稿手伝ってっ!!」
パンッと音を立てて合わさる手のひら。
それを耕治は、あんぐりと口を開けて見ていた。
「原稿って、漫画の?」
「当たり前だろ?」
耕治の素朴な疑問に、真士が突っ込む。
「実は..」
申し訳なさそうに、事の経緯を話し始める美樹子。
「小さな雑誌の読み切りだけど、一本仕事を貰えたの」
「ええっ!?」
いきなりの重大発表に、耕治が飛び上がらんばかりに驚く。
「遂にプロ!?」
「卵だけどね。原稿料もでないし、半ば私のごり押しで...」
あまりの驚きように、美樹子がタジタジと答える。
「丁度、一人分の空きがあって、それで美樹子さんが選ばれたんだよ」
横から真士も話しに加わる。
「へぇ」
ただただ感心するばかりの耕治。
「でも、何でもっと早く教えてくれなかったのさ」
だけど少しだけむくれてしまう。
「ごめんなさい、その話自体が急だったもので」
「そうなんだ..」
「んで、問題はそこからなんだよ」
話を進めようと、真士が続ける。
「そうなの..それが冬コミと時期が重なっちゃって...」
「そ、その雑誌も年末進行とか言ってかなり早い締め切りだしね」
「うん、他の作家さんの所もあるし、私の所はとりわけ早いの」
「ふぅん」
耕治は曖昧に相づちを打つ。
そこの所は、耕治にはあまり分からない、漫画業界の裏側なのだろう。
「来週にはもう絵コンテを考えないといけないの」
「んで、肝心の締め切りは来月頭って訳」
真士と美樹子が少しげんなりして肩を落とす。
「そりゃ大変だね」
夏の凄さを知っているだけに、耕治も少しその辛さが分かる。
「あれ?じゃあ真士が助っ人すりゃいいじゃん?」
もっともで、しかも一番現実的な意見を提案する耕治。
しかし真士は首を横に振る。
「お前はあんま興味ないだろうが、来週は俺等の学校で文化祭だぞ」
「そうだっけか?」
耕治はここでのバイトに勤しんでいるため、学校行事にはとんと興味を示さない。
テストさえ通ればいいものだと考えているから。
進学を諦めた途端に変わる学校生活に、教師は辟易していたが。
「俺は漫研で描くから、そこまで手がまわらんのだ」
「真士君も冬コミには参加するしね」
「そっか」
それでは真士達が困窮するのも無理はない。
耕治は腕を組んで、「うーん」と考える。
今月は手伝えるかもしれない。
何とか学校とバイトの穴を縫っていけば何とかなる。
だけど問題は来月。
美樹子の締め切りだという12月初頭。
その時期は期末試験という地獄が待っている。
一夜漬け組の耕治は、その時期に暇はなくなる。
実際、中間試験の時は「ヒーコラ」言いながら勉強し、ギリギリの所で赤点を免れたクチだ。
その大切なときに、美樹子の修羅場につきあえるだろうか?
「うぅーん」
難しい顔でうなる耕治。
「そうだよね、耕治君の都合もあるもんね」
美樹子が悲しい顔を作る。
「ごめんね...無理なお願いして。忘れていいよ」
フッと顔を伏せて謝る。
「あ、イヤ..違うよ!」
それを見た耕治が慌てて弁解する。
「そんなことない!手伝うよ!」
「..ホント?」
嬉しそうに顔を上げて、耕治を見上げる。
そんな顔をされて引き下がれる男はいない。
「ああ!まかせて!」
案の定、耕治は思いっきり胸を叩いてアピールする。
「ありがとう!」
パッと綻ぶ美樹子の顔。
それを見た耕治は、ウンウンと満足そうに頷いた。
「そうそう、やっぱ女の子は笑顔じゃなきゃ」
「うふふ、ちょっと現金な笑顔だけどね」
「あはは」
二人で笑いあう。
それを後目に、真士は何かを悟った顔をしていた。
そうか、こういう台詞がサラッとでるから耕治はモテるのか。
頭の中の、”女の子と仲良くなるためのマニュアル”に書き加える。
また一つ賢くなったなと満足しながらも、目の前で笑いあう二人を見ると、やっぱり面白くなかった。
「ちぇっ」
一人寂しく舌打ちをし、コーヒーを啜る。
暖房の利いた室内だというのに、真士はどこか北風が自分のみを打ち付けるのを感じた。
「はい、お待たせしましたぁ」
美奈が運んできた本日最後のランチ。
ライスと、チキンカツをメインに、ミニハンバーグやキャベツが盛られている皿を並べる。
「ありがと、美奈ちゃん」
「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」
他のお客に呼ばれたためにそそくさと去る美奈を笑顔で見送って、耕治は早速かなり遅い昼食に取りかかった。
真士や美樹子と、楽しくお喋りしながらとる昼食は美味しかった。
「漫画って、なに描くの?」
「それが、まだ決めてないの」
「大変だねぇ」
「ん、でもお話考えるだけでも楽しいもの」
「じゃあ、俺も一緒に考えて上げるよ」
「ありがと」
「話を考えるくらいなら、俺だって協力しますよ」
「真士は自分の漫画で手一杯なんだろ?」
「なぁに、これくらいお安いご用さ」
そんな話をしている内に、皿の上のものはなくなり、休憩時間もなくなっていった。
「ん?俺、そろそろ仕事戻んないと」
食後のコーヒーを飲み干して、席を立つ。
「今日は、ホントごめんね」
美樹子が申し訳なさそうに片目を瞑って謝る。
「なぁに、美樹子さんのためならたとえ火の中水の中ってね」
ちょっとふざけて言う耕治。
それを見た美樹子はクスと笑って、耕治を見送る。
「じゃな」
「おう、仕事がんばれよ」
「いわれなくても」
耕治は、真士をグーで殴るジェスチャーをして、スタッフルームに戻っていった。
「それじゃ、私達も退散しましょうか」
「そだね」
真士と美樹子も席を立ち、レジへと向かった。
「随分と楽しそうに話してたじゃない?」
スタッフルームに入るとき、不意に声がかけられた。
「おう、楽しかったぞ」
振り返りながら答える。
耕治の後ろでは、制服姿のあずさが立っていた。
その顔は少し不機嫌そうだ。
「鼻の下のばして、”たとえ火の中水の中”って」
「盗み聞きしてたのかよ」
「聞こえたのよ、聞きたくもないのに」
フンッと鼻を鳴らすあずさ。
それを見た耕治は、”ははぁん”と意地悪な笑みを作った。
「もしかして、嫉妬してる?」
「ば..っ!」
みるみる真っ赤な顔になるあずさの頬。
それは図星を突かれた恥ずかしさか、それともからかわれた為の怒りか、判別がつかなかった。
「怒るわよ!?」
ガバァッと腕を振り上げて抗議する。
耕治は、アハハッと笑いながら、上着を脱ぐために更衣室に駆け込む。
「もう..バカ」
怒りの矛先を失った腕をゆっくりと降ろしながら、あずさは小さく呟いた。
「人の気も知らないで...」
その呟きは、誰に聞かれるでもなく、空気の中に溶けていった。
ロッカールームから出て、ビシッと仕事の顔に戻る耕治。
「さて、掃除も終わったし、神楽坂の方でも手伝うか!」
タイムカードを押し、倉庫へ向かう。
今日の倉庫整理は潤の係だ。
「アイツ一人じゃ何か不安だしな」
もちろん、店長も助っ人しているだろうが、倉庫整理の人数は多いに越したことはない。
今日もまだまだ忙しい。
ランチタイムのために貯めた気合いをもう一度、今度はディナータイムのために貯め直す。
「よし!行くか!」
短く気合いを入れ、耕治は神楽坂が段ボールと交戦しているだろう倉庫へと足を向けた。