持将棋考

はじめに

 持将棋 

将棋では双方が入玉してすぐには詰みそうになくなったとき、持将棋として引き分けになる場合があります。例えば、右図は2001年に行われた第20回朝日オープン▲金内辰明アマ△渡辺明四段戦持将棋局の終局図です。この時点でどちらも大駒2枚小駒17枚を持っていて、自陣に残る小駒を取り合っても24点を切る見込みはないため、両者が合意して持将棋となりました。

将棋を頻繁に指す方ならどなたでも持将棋模様の局面を経験されたことがあると思います。初めてそのような局面を目の前にしたとき、持将棋のルールを知識として知っていても、その感覚の違いに戸惑ったのではないでしょうか。私も入玉しておけば簡単に勝ちなのに敵玉を寄せに行って逆転されたり、逆に自玉しか見ていなかったために敵玉の簡単な寄せを見落としたりした経験があります。

また、駒数で勝敗を決定するという仕組みは、敵玉を詰ますという普段の感覚とは別のものが要求されるのでなんとかするべきだという意見が絶えません。このページでは持将棋のルールや改正案を検討し、私の意見を述べたいと思います。

勝浦の変わった妙手

まずは、持将棋模様の局面では普通の感覚が通用しない場合があるという例をご覧に入れましょう。

▲勝浦 △大山

右図は1979年度十段戦▲勝浦修八段△大山康晴王将戦です。次の先手の妙手は、勝ちを決める手であるばかりでなく、文字通り妙な手でもあります。先手で指していると思って少し考えてみて下さい。

どう見ても互いに入玉は確定的です。そこで、駒数を数えてみましょう。現時点での後手の駒数は大駒2枚小駒13枚なので、合計23点となりこのままでは先手の勝ちです。後手は先手の1六歩や5六歩などをただで取れそうですが、先手も後手の7三歩、6三金、5四歩などを取れるのでむしろ小駒の取り合いは先手に分があると言えます。

しかし、先手は6八に飛車が取り残されているという弱点を抱えています。この飛車は簡単には敵陣に到達できそうにありません。そこで、後手としてはこの飛車を小駒で取りにいけば点数を回復できるのです。飛車は5点ですから、小駒2枚との交換になっても差し引き3点を稼げることになり、後手の24点以上がほぼ確定します。この局面一手前に指された△4六歩には、と金で飛車を取るという意図があるわけです。

では、先手はどうすればいいのか。正解は▲1八金です。△同馬 ▲同飛 △同龍 となってみると、飛金と馬の交換ですが、点数的には先手の損は1点だけです。飛車を小駒2枚で取られて3点損するよりも、ずっと得していることがわかりますね。このあと大山も粘ったものの最終的に23点にとどまり、先手の勝浦の勝ちとなりました。

現行の持将棋ルール

日本将棋連盟が採用する持将棋の規定については、日本将棋連盟のサイトのよくあるご質問とお答えに説明があります。

質問 持将棋の規定はどうなっていますか。

お答え
プロの公式戦では、たがいに入玉し、詰ませる見込みがなくなり、これ以上駒が取れなくなった時点で駒を数えます。玉を除いた駒(盤上・持ち駒とも)のうち、飛車と角を5点、その他の駒を1点とし、両者とも24点以上あれば引き分けに再試合となります。24点に満たなければ負けとなります。

さらに、日本将棋連盟対局規定(抄録)から持将棋に関係する部分を引用します。

第6条 指し直し
B.持将棋
互いに敵陣へ玉が入り、どちらも相手の玉を詰ます見込みがなくなった場合は、両対局者の確認と承諾を得た上で、「持将棋」となり、無勝負とする。 持将棋が成立するには、大駒1枚を5点、小駒1枚を1点として数え、両対局者の点数が各々24点以上なくてはならない。24点に満たない対局者は負けとなる。

日本将棋連盟の対局規定はなぜか上記の抄録しか公開されていないため、他にどのような規定があるのかはわかりません(追記2)。そこで、将棋世界1993年1月号の付録として発行された「'93年版 将棋ルールブック」(堀口弘治六段著)も参照します。この付録の表紙には「日本将棋連盟公認」と書いてあるのですが、具体的にどのような位置づけなのかはよくわかりません。 また、1993年以降対局規定が改正された可能性もないわけではありませんが、持将棋に関してはそのような話は特に聞いたことがないので問題ないと思います。

将棋基本ルール条項

(17)「終局」
3.「入玉」(にゅうぎょく)
通常互いに玉および、その味方の駒が敵陣の三段目以内に入り込み合い、玉を詰め合う見込みが困難になった状態を入玉という。その時両者の合意により、対局終了となり、双方の玉を除く、自分側の駒の点数により、勝敗を決め(後述)、決まらない場合は引き分けとしこれを「持将棋」という。

「'93年版 将棋ルールブック」(11ページ)

持将棋(じしょうぎ)

お互いの玉が敵陣三段目以内に入り、互いに玉を詰ますことが困難になった状態を双方、入玉(にゅうぎょく)といいます。将棋のゲームとしての目的である玉を詰ますことができなければ延々と続きます。そこで、入玉し合い、互いの駒が、敵陣に入り合う等で相手に取られる危険がなくなった時点で、両者の合意によって対局を停止し、互いの駒数を計算します。

成駒も表の駒と同様に計算します。そして玉を除いて自分のマス目上の駒と持駒を合わせて、24点に満たない(23点以下)方が負け。また両者とも条件を満たしていれば、持将棋といい、引き分けとなります。

「'93年版 将棋ルールブック」(56ページ)

プロの規定はこのようになっています。どの文章も同じことを書いているようですが、細かく見ると少し違って読める部分もあります。

アマチュアの大会では別の規定を設けていることが多いのですが、それについては後述します。

持将棋規定の問題点

日本の将棋は持駒再使用可能というルールを採用したことから、何手指しても両者の駒数合計が不変という性質を持つようになりました。相入玉の場合に、詰みまたは千日手に至るまで途方もない手数がかかってしまうのは、持駒ルールから来る必然的な帰結です。何らかの形での持将棋は不可避なのです。

だからといって現状が最善というわけではありません。持将棋に関する規定が大なり小なり問題を抱えていることは衆目の一致するところです。主な問題点は2つあると思います。

順に考えていきましょう。

点数による決着の妥当性

 引き分け? 

右図は現状の点数制度の問題点を端的に表していると思います。後手は24点を確保して入玉していますが、近い将来と金の大軍に攻められて詰まされてしまうであろうことは目に見えています。このように画一的な点数制では、実際にとことん指し続けたときの結果と制度として決められた結果が異なってしまうことは避けられません。この差を縮めるためにどのような方策が考えられるでしょうか。

点数で勝敗を決めるにあたって、まず「相入玉の将棋は点数だけで勝敗を決めることができるのか?」という素朴な疑問が浮かびます。もちろん、入玉したあと詰んでしまうことはしばしばあるわけで、厳密に答えるならNOということになります。しかし、どちらもと金で固め合ってそう簡単には決着がつきそうにないという局面も存在するのは事実なので、ある程度大きく駒得している方を勝ちにするのは比較的合理的であるとは言えます。

そこで、問題となるのは点数の決め方です。歩も金も同一の点数、大駒は小駒の5倍の点数というのは果たして妥当なのでしょうか。点数の付け方を細分化することにより、実際に指し続けたときの勝敗に近づけることができないものでしょうか。それを結論付けるための入玉将棋の研究はほとんどなされていないのが実状で、もう少し考える必要がありそうです。しかし、完全ではあり得ないということは確実に言えます。とことん指し続けたときの結果を本来の結果と呼ぶならば、現在の規定は本来の結果の近似にすぎないのです。

持将棋判定の時機

もう一つの問題は、いつ持将棋を判定するのかが不明確であることです。千日手考で述べたように、このことによって将棋の究極的な結論が左右されるおそれがあります。

しかし現実に問題となるのは、持ち時間が短く、切れ負けが採用されることも多いアマチュアの大会においてです。例えば、次のような場合どうすればよいのでしょうか。

  1. 互いに入玉が確定的で片方の点数が明らかに不足しているが、点数の足りない側があえて入玉せず四段目でがんばって相手の時間切れを狙う。
  2. 相入玉して点数が足りないにもかかわらず、「まだ駒数を回復するチャンスがある」として持将棋を拒否する。

先に2つ挙げたプロの規定を読むと、いずれも「相入玉」「両対局者の合意」の二つが条件となっています。したがって、(少なくとも文章をそのまま解釈する限りにおいては)いずれかでも満たされない場合は持将棋とすることはできません。どちらかの対局者が続行を主張する限り、指し続けなければならないのです。

▲新井田△山田

また、逆に判定の時期が早すぎて駒数が変動する可能性のあるうちに終局してしまうということもありえます。

実際に問題になったのが第22回朝日アマ名人戦決勝戦▲新井田基信△山田敦幹戦の千日手指し直し局です。この将棋はあとに述べるような27点ルール(同点の場合は後手勝ち)で行われ、右図で双方とも27点あることから主催者の判定により後手の勝ちとなりました。

しかし、次に先手が▲7五と から後手の7六の歩を狙うと後手は守り切れそうにありません。先手が歩一枚得できれば勝敗は逆転します。判定の時期が早かったと言えるでしょう。

このように、持将棋の判定をいつ行うのかは微妙な問題をはらんでいます。早すぎれば間違った結果になりますし、遅ければ無駄に対局を引き延ばすことになり、持将棋の存在意義が失われかねません。

アマチュアの規定

アマチュアの大会では持将棋になったからといって指し直す時間がないことも多く、24点ではなく27点を基準にするのが通例です。先手後手とも27点のときは後手の勝ちとなります。本来、千日手で引き分けとなるべき局面をどちらかの勝ちとしてしまうのには違和感がありますが、大会を進行させなければならない以上仕方のないことと言えるでしょう。

27点法を採用したとしても、前項で述べた問題点を解消することはできません。そこで、大会によってはさらに次のような「宣言法」を採用しているところもあります。日本将棋連盟よくあるご質問とお答えから引用します。

宣言法というルールを採用している大会もあります。概要は以下のとおりです。

■入玉将棋の宣言法

(宣言方法)

宣言しようとする側の手番で手を指さずに「宣言します」と言い、時計を止めて対局を停止させ(秒読み中は、時間切れ前に宣言し対局を停止する)その時の局面が、次の条件をすべて満たしていれば宣言した側が、勝ちとなる。

ただし点数の対象となるのは玉を除く宣言側の持駒と敵陣三段目以内に存在する宣言側の駒のみである。

以上1つでも条件が、そろっていなかった場合、宣言した方が負けとなる。もちろん、宣言する前に、どちらか片方が投了することは可能である。この規定は、どんな持ち時間制度でも適用する。

 ▲中川△杉本 

一例として右図をご覧下さい。これは、1999年1月24日に放映されたNHK杯戦▲中川大輔△杉本昌隆戦の終局間際の図です。後手の駒台には大駒1枚小駒12枚があり、先手陣に入った後手の駒は大駒1枚小駒3枚があるので、その合計は25点です。仮に、NHK杯で上記のルールが適用されたとすると、△3八龍とすることにより後手は<条件2>をみたすことになりますから、あとは持駒を先手陣に打って<条件3>をみたせば、勝ちを宣言できることになります。

このルールの利点は、相手が継続を主張したとしても強制的に対局を終えることができることにあります。一方ですぐに駒を取られて点数が減ってしまいそうな状況であっても適用されるという不合理な部分もあります。

また、条件を間違えて宣言した場合即負けというのは厳しすぎるのではないかと思います。

100手ルール

チェスでは50手ルールと呼ばれるルールが存在します。日本チェス協会の制定する日本チェス規約から引用します。

5章:ゲームの完了
5.5  ポーンの動きがなく、かつ駒の取り合いがないまま、50手続いた場合、または次の手で50手続く場合、引き分けとすることができる。

要するに、局面がほとんど動かないまま手数が経過する場合には自動的に引き分けとなるというわけです。この考え方を将棋にも適用できないかという意見もあります。例えば、次のようになるでしょうか。

次の条件を満たした場合、自分の手番において引き分けを宣言できる。

  1. 自玉が敵陣三段目以内に入玉している。
  2. 自分の駒台にある駒と敵陣三段目以内にある駒の合計が24点以上ある。
  3. 自分の手番直後の局面について、上記1.2.の状態が100手以上継続している。
  4. 自玉に王手をかけられていない。

(蛇足ですが、チェスでは先後一組で1手と数えるので、チェスの50手をそのまま将棋に翻案すると100手となります。また、3.で「自分の手番直後の局面」と限定しているのは、駒交換の際に瞬間的に点数が減るのを考慮したためです。)

100手という部分は変更可能です。長くすれば、より正確に判定できるようになりますし、短くすれば、より簡便に判定できるようになります。また、点数の部分を書き換えることにより、27点制にしたり、31点で勝ちを主張することもできるようになります。1000手ルールにすれば、非現実的なほど完璧な持将棋判定法になるでしょう。

また、他の部分を変更することにより条件を緩めることもできます。引き分けを増やす代わりに対局手数を短くするという考え方もあってしかるべきでしょう。

100手ルールに関して最も問題になるのは、棋譜を取っていない一般のアマチュア棋戦の場合でしょう。棋譜を取っていないのにどうやって100手を判断するのかという問題があります。手数を覚えていられるかどうかという基準からすると、100手では長すぎるかもしれません。また、普通の入玉将棋で入玉後100手も指し続けることはめったにありません。しかし、続行を主張するだけでいつまでも粘れるわけではないという意味での、抑止力にはなると思われます。

もう一つの問題として、「実際には勝ちがあるが100手以内に終わらせることが不可能」という局面が存在するのではないかということがあります。これは、100手よりももっと長い手数にすることにより解決可能ですが、それでは時間がかかりすぎてしまうこともあり、難しい問題といえます。

トライルール

先崎学八段は将棋世界1996年8月号で「トライルール」という新しいルールを提案しました。これは、1976年に武者野勝巳六段が発表したものだそうです(これについて追記をご覧下さい。)が、それとは(おそらく)独立に先崎八段が命名した「トライルール」という呼び方が主流になっているようです。先崎八段の連載を収録した著書『世界は右に回る 将棋指しの優雅な日々』(先崎学・日本将棋連盟刊)から引用します。

持将棋問題の画期的な解決方法というのがある。このルールは凄いですよ。なにしろ先崎学十年来の秘案なのである。

ルールは一つ。いたって簡単。自分の玉が相手の玉が最初にいた位置(5一)に行けば、勝ちになるのである。その瞬間に詰みがあっても構わない。とにかく玉が行って、相手の駒がきいていなければ即勝ちとする。これをトライルールという。

このルールには三つの利点がある。

一、無用の駒取り合戦がなくなる。
駒取り合戦が面白くないのは、スリリングではないからである。トライルールならば、入玉模様になると、かえってスリルが増す。先手は4九や4八に金銀を埋めまくり、後手は6一や6二に埋めて、互いにトライを阻止する。色々と新しい手筋も作られるだろう。

二、アマプロ同一のルールになる。
これは大事な問題である。今は、将棋連盟公認のルールブックはない。いや、プロ用のはあるが、アマの大会では殆どが、27点法である。トライルールは簡便なため、すぐに広まるだろう。

三、将棋の本質は変わらない。
正確にいうと、殆ど、変わらない。将棋をいっぱい指された方ならわかるだろうが、玉が5一まで行くことは滅多にない。同じ入玉でも1七や2七に入られても5九まではなかなかこないものだ。また、最初から入玉を狙う戦法が流行ることもないだろう。そういう人は、今の駒数ルールでも充分入玉で勝ちまくれる。外にも、今のルールでは駒落ちの入玉ルールはあってないようなものだが、一挙に解決してしまう。第一、相手の本丸を自分の大将が占領すれば勝ちというのは、カッコいいと思うんだけどなあ。

当然、十年間腹に収めていたわけではなく、棋士仲間に話したのだが、皆初めはそりゃ面白いと笑い、こっちが真面目にいっていると知ると、急に無口になり、いったい、この子は、何を考えているんだろうという目付きをされるのが常だった。

総会の席で、喉元まで出かかって、やめた。あいつは、また真面目な席で、下らない冗談をいい出したと思われるだけだろう。でも、いいルールだと思うんだけどなあ、そりゃあ突飛すぎるもんなあ。やっぱ賛成されるわきゃねえよなあ。

ぶつぶつ。

『世界は右に回る 将棋指しの優雅な日々』

思わず大量に引用してしまいました。お許し下さい。

このトライルールは、おそらく軍人将棋に着想を得たものと思います。軍人将棋ではだんだん全体の駒数が減っていくので、いずれはどちらかが相手の司令部に突入できるわけですが、駒数の変化しない将棋ではなかなかトライは難しく、トライの前に玉が詰むことがほとんどでしょう。

トライルールの長所は、なんといってもわかりやすいことです。ルールを考えている人間はそのルールのことがよくわかっているので、他の人もわかっているだろうと思いこみ、つい複雑にしてしまいがちです。その意味で、トライルールの簡明さは評価されるべきと思います。

もう一つの長所は、入玉将棋での特有の駒取り合戦がなくなり、通常の寄せ合いのようなスピード感が出てくることです。互いに5一・5九を目指す戦いでは、捨駒による手数稼ぎや大駒の遠くからの利きを利用した受けなど、スリリングな手が飛び交うことが期待できます。(実際に試された例は多くないので、あくまで予想にすぎませんけれども。)

それでは、トライルールの短所はどのようなものが考えられるでしょうか。将棋タウンにある勝手に考察文・トライルール運用状況で主な反対意見がまとめられています。

  1. 「詰ます」という目的以外の勝敗決定ができてしまうのはどうか。
  2. 1にニュアンスが重複するが、将棋のゲーム性が変わる可能性があるのではないか。
  3. 引き分けをなくすことは重要なのか
  4. 過去の名局の勝敗がひっくり返るのではないか
  5. 詰将棋などで、入玉形や長編などが、トライルールとぶつかってしまうのではないか
  6. トライルールでも、5一を固め合って、終わらない状況が生じるのでは
  7. 6に重複するが、無勝負となる状況は発生しないのか
  8. 序盤から、あるいは中盤からでも、故意にトライを狙う指し方が発生しないか。

順番が前後しますが、私の意見を書いていきます。

8. 序盤から、あるいは中盤からでも、故意にトライを狙う指し方が発生しないか

先崎八段も書いているように、それが可能だとしたら今でも入玉して簡単に勝てます。その心配はないでしょう。

6. トライルールでも、5一を固め合って、終わらない状況が生じるのでは
7. 6に重複するが、無勝負となる状況は発生しないのか

もし、5一・5九を固め合って通常の相入玉と同じような長手数になってしまうのであれば、トライルールでは持将棋問題を解決できないことになります。しかし実際には成駒と生駒の対決ですから、と金を作れる側、つまりトライを狙う側が圧倒的に有利でしょう。

4. 過去の名局の勝敗がひっくり返るのではないか

それは重要な問題ではないと思います。千日手のルールに変更が加えられてきたように、持将棋のルールにもトライルール以前とトライルール以後という区分が生じるだけです。

5. 詰将棋などで、入玉形や長編などが、トライルールとぶつかってしまうのではないか

これも重要な問題ではないと思います。詰将棋のルールが指将棋のルールと全く同じである必要はないので、詰将棋ではトライルールを採用しないと定めればよいだけの話です。それを問題にするなら、宣言法を採用したときに入玉形の必死問題で通用しないものが出てくることも問題にしなくてはならないでしょう。

3. 引き分けをなくすことは重要なのか

少し誤解のある意見と思います。トライルールが提唱された動機は、相入玉での駒取り合戦をなくすためであって、引き分けを少なくするためではありません。大会運営上の都合で引き分けを少なくしたい状況もありますが、それはやむを得ない処置にすぎず、すべての将棋から引き分けを排除すべきということを意味するわけではありません。運用が簡単でわかりやすいルールであれば引き分けが生じるものでも構わないと思います。

1. 「詰ます」という目的以外の勝敗決定ができてしまうのはどうか

点数で勝敗を決めるルールが相入玉模様での特例として定められていたのに対し、トライルールは将棋の勝利条件という最も重要な部分を変更してしまいます。それほど頻度の高くない相入玉という状況に対応するだけのために、ルールの根幹に手を加えて良いものかという批判は説得力があります。この観点からすると、ルール全体としてみたときトライルールがわかりやすいとは必ずしも言えないという主張も可能です。また、なぜ5一/5九なのかという疑問に明快に答えることも難しいでしょう。軍人将棋からのアナロジーというしかないでしょうか。

2. 1にニュアンスが重複するが、将棋のゲーム性が変わる可能性があるのではないか。
▲村山△森下

先崎八段も認めているように、将棋のゲーム性は変わります。完全に変わってしまうことはありませんが、プロの対局でも結果の変わる将棋が年に何局か生じるでしょう。(「年に何局か」という部分は全く根拠がありません。もっと多いかもしれませんし、少ないかもしれません。) 例えば、右図は1995年度A級順位戦の▲村山聖△森下卓戦です。この▲7九金 で先手の村山八段が勝利を決めたところですが、もしトライルールが採用されていたら逆に後手の勝ちでした。

このように、トライルールがある場合とない場合で結果の異なる局面が生じることが、トライルールの最大の欠点だと思います。現在の点数で決める方式でも、引き分けが勝ちになったりすることはありますが、勝ちが負けになることは考えにくいでしょう。

この欠点を修正するために、「5一/5九に到達したあとに王手がかからないこと」とか「5一/5九にしばらくの間とどまること」といった案もありえます。しかし、ここではわかりやすさを優先して元のルールで話を進めたいと思います。

各ルールの特徴

ここで、これまで述べてきた各ルールの特徴を表にしてまとめておきます。記号の付け方はかなりいい加減なのでご了承下さい。 いずれも、望ましい順に◎○△×です。

結果の妥当性判定の速やかさ引き分けの少なさわかりやすさ
24点法(プロ現行ルール)
27点法(アマ現行ルール)
24点法+宣言法×
27点法+宣言法×
50手ルール×
1000手ルール(笑)××
トライルール×
結果の妥当性
詰みまたは千日手になるまで延々と指し続けたときの結果と、持将棋判定による結果がどの程度符合するか。
判定の速やかさ
持将棋模様になってから実際に引き分けまたはいずれかの勝ちと判定されるまでにかかるであろう時間の短さ。
引き分けの少なさ
一般論としては引き分けがあっても何も悪いことはありませんが、アマチュアの大会では引き分け指し直しの時間が取れないことが少なくありません。そのようなときは、引き分けの少ないルールを採用することもやむを得ないでしょう。
わかりやすさ
ルールを知らない人が内容を理解するのに要する障害の小ささ。

現実的な解決策

アマ間ではトライルールにそれなりの支持がありますが、実際に採用して大会を開くまでには至っていないようです。そこで、現行のルールに沿いつつトラブルを減らす方策を考えます。

最も効果的だと思うのは審判制の導入です。両対局者の同意で持将棋にできるという点は変わりませんが、持将棋模様なのに片方の対局者が持将棋の提案に同意しないといったときに登場して、指し続けるか否かを判定します。もちろんそれなりのスキルが要求されるので、棋士と同じような資格制にするのが望ましいでしょう。

現在でも審判と呼ばれる役職はあると思いますが、ルールの上でその存在を認知し、はっきりとした権限を与え、審判の権威と責任を増大させるというわけです。サッカーの審判を想像するとわかりやすいかもしれません。

審判は持将棋の判定だけでなく、時間切れや反則にまつわるトラブルも扱います。現在は各大会の運営者がそれぞれに困っているような事例がまとまって議論され、微妙な問題についても結論が出されることになるでしょう。

理想的にはどうするのがよいのか

ここでおおもとに戻って考え直してみます。そもそも、どうして持将棋を少なくしたいのでしょうか。

  1. 相入玉の将棋はつまらないから。
  2. 大会の進行の妨げになるから。
  3. できるだけ決着をつけるべきだから。

こんなところでしょうか。

このうち、2.はアマチュアでは仕方ないでしょう。しかし、時間が限られているというのは、将棋の本質とは何ら関係ないことであって、ルールを変更する理由付けとしては消極的です。大会の期間が限られている場合の特殊ルールとして定めるべきということもできます。特例として定めるのであれば、トライルールでも宣言法でも特に問題はないでしょう。そのかわり、影響力も限定されることになります。

3.は、あまり理由になっていません。指し直すことで結局は決着がつくのですから。

すると、最も問題とすべきは1.であると考えられます。相入玉の将棋はつまらない。このこと自体は、賛成する人が多いでしょう。問題は、それを改善するためにどこまで将棋を変えて良いかということにあります。トライルールでの大きな変化を筆頭にして、現行の24点法に至るまで、どのルールでは多少なりとも本来の結果からずれが生じます。その意味で、どのルールを選択するかは、程度問題だと言うことができます。

そこで、各大会でいろいろなルールを導入して良さそうなものを決めるのが、最も妥当な選択肢だと思います。将棋を変えないことを重視するなら、24点法や手数の長い○手ルール。持将棋の少なさを重視するなら、27点法やトライルールを選択するとよいでしょう。

その結果、一つのルールに収斂して行くならそれでいいですし、いつまでたってもルールの相違が残ったままなら、そもそも将棋のルールが不完全だったという結論になります。当然ながら、相入玉が耐え難いほどつまらないという人には、将棋を指さないという選択肢もあるわけです。

ごく私的な意見

ここからは本当に私的な意見です。このサイトの他のページをご覧になってからの方が理解しやすいかもしれません。

トライルールが将棋の本質を変えてしまう可能性があるのは事実です。しかし、私はあえて問題にしたいのです。変わってしまってはいけないのでしょうか?

トライルールは、将棋の勝利条件という根本的な部分に手を加えます。それは、先崎八段が将棋(の一部分)を変えたかったらだと私は思っています。議論されるべきなのは、トライルールの方が面白いかどうかではないでしょうか。面白いのならどんどん取り入れていくべきだと考えます。そこで、トライルールが面白いかどうかですが、つまらなさそうという意見は聞いたことがありません。実際に広く指されてみなければわからないことではありますが、面白そうという感覚の人が多いのではないでしょうか。面白そうならやってみるべし。私はそのように思います。

ここで、話は突然元に戻ります。現在のルールでの入玉将棋は本当につまらないのでしょうか。多くの方はつまらないという意見のようですが、私はそうは思いません。勝浦九段の妙手を見ていると、すごい、こんな手を指してみたいと思いませんか?思いませんか。思ってほしいのですがだめですか(^^;。

そんなわけで地味にと金を作る将棋も味があるのではないかと思う私です。このような将棋はほとんど指されていないため、どのような形に持ち込めば勝ちに持ち込めるのかがわかっていません。コンピュータに指させてある程度の条件を導いてほしいなと思ったりしています。

最後になりましたが、この文章は将棋パイナップル 相入玉・持将棋規定についての書き込みを参考にさせていただいた部分が多々あります。書き込みをされた諸氏にお礼申し上げます。

追記

「武者野六段が1976年に現在トライルールと呼ばれているルールを発表した」という件に関連して、鉄人68号さんから掲示板で情報をいただきました。それによると実際の発案者は鉄人68号さんで、武者野六段は鉄人68号さんが1983年に投稿した文章を紹介しただけとのことです。

実際にバックナンバーを確認しないと断定はできませんが、トライルールの発祥に関する有力な情報として書き込みを下に転載しておきます。なお、詳しい内容は鋼鉄の浮城の「将棋アラカルト」で鉄人68号さんご自身が書かれていますので、興味ある方はそちらもご参照下さい。

76 持将棋に関して

投稿者 鉄人68号 投稿日 2003年06月15日 15時04分

中将棋のサイトで「トライルール」という言葉を見つけ、気になって検索した結果、こちらのサイトにたどり着きました。直接メールを、と思いましたが、より多くの人の目に触れればと思って掲示板に書き込みます。

トライルールという言葉は兎も角、ルールそのものは近代将棋誌の棋界パトロールへの私の投書が始まりであることをお知らせしておきます。当時の担当者が武者野氏であり、別の方の提案が「3段目に玉が進んだら勝ち」というもので、武者野氏は「まるでラグビーのようだ」という趣旨の記事を載せていました。

「占領即勝ち」のルールには私自身満足しておらず、その後改正案を作成し、機会を見て再び近代将棋(多分将棋世界ではなく近将だったと思います)誌に投書しましたが、掲載されるにはいたっておりません。今月上旬に将棋世界誌の「ずばり提言」に投書しましたが、掲載されるかどうかは編集部の思惑に任せるしかありません。参考までに新ルールを紹介しておきます。

「敵玉が自玉の初期位置に存在する場合、持駒は使用できない」

ルールは簡潔ですが、これだけで持将棋の抱える問題はすべて解決し、かつゲームそのものもより面白いものになると思っております。なお、同時に「千日手は後手勝ち」を提案しましたが、これによって先手後手の勝率が接近すればと思ったからです。実戦を重ねて後手の勝率が著しく高いようであれば改めなければなりませんが、研究が進めば進むほど先手の勝率は回復するはずです。囲碁でようやくコミが6目半になりましたが、これは日本のプロの研究が著しく遅れていたためのようです。

私自身は実戦を指す機会は殆どありませんが、感想を聞かせていただければ幸いに存じます。

77 Re: 持将棋に関して

投稿者 もず 投稿日 2003年06月15日 21時48分 返信先 76

鉄人68号さん、はじめまして。

なるほど、そのような経緯があったのですか。ご教示いただきありがとうございました。私もこのようなルールに関してのオリジナリティは尊重されるべきものだと考えますので、次の更新時に追記として書かせていただきます。

そこで恐縮ですが、二つほど質問させて下さい。

まず、鉄人68号さんの投書が掲載されたのは何年の何月号でしょうか。武者野六段の文章を含め、どのようなことが書かれていたのかにも興味があるので、機会があればバックナンバーを探してみたいと思います。

次に、「敵玉が自玉の初期位置に存在する場合、持駒は使用できない」とのことですが、相入玉の場合はどのように決着をつけるのでしょうか。互いに5一、5九を占拠した場合には、どちらも詰めることができないこともありそうに思います。

79 Re: 持将棋に関して

投稿者 鉄人68号 投稿日 2003年06月16日 21時05分 返信先 77

早速の返信、ありがとうございます。

先ずは1件目の掲載誌に関してですが、近代将棋昭和58年11月号の「将棋ルール質問コーナー」になります。このページだけスクラップとして残しておいたのですが、メモ書きで5811と書いてあり、当時の舞鶴勤務の期間と一致するので間違いないと思います。

昨日の書き込みでは「棋界パトロール」への投書となっていますが、これはコピーで保管していた投書原稿の書き出しにその名があったためで、私の勘違いでした。この件については先月将棋タウンのisoda氏にもメールを差し上げ、その時以来スクラップ記事を探していたのですが、本日ようやく見つけることが出来ました。やはり情報は存在するだけでは駄目で、いつでも取り出せるようにしておく必要がありますね。

なお1976年に武者野氏が発表したという記事がありますが、当時も近代将棋・将棋世界共に大抵の事には目を通していたつもりですが、そのような記事を目にした記憶はありません。私の投書を紹介した記事の中でも、「プロの中でもこれを思いついた人はいない」と書いていますので、武者野氏がそのような考えを持っていたとは思えません。

相入玉に関しては、敢えて細かい事は書きませんでしたが、敵玉を移動させてしまえば良い訳です。周囲を守る駒がいたとしても、何れは駒枯れ状態となるので、小駒だけの場合でも必ず玉を移動させ得る局面が訪れます。勿論大駒が残っていればもっと簡単にいくでしょう。相入玉模様となった場合、敵の入玉を阻むのか、自玉の入玉を急ぐのか、それとも持駒を打って盤上の駒を増やすのが良いのか、やはり実戦にならないとこの辺りは分かりませんね。

81 Re: 持将棋に関して

投稿者 もず 投稿日 2003年06月16日 22時36分 返信先 79

鉄人68号さん、お答えいただきどうもありがとうございました。

1976年というのは http://www.shogitown.com/book/consi/09try2.html のページの記述からとったものですが、武者野六段が掲示板で書いていたのは私自身読んだ記憶があります。(ただ当時のログが残っていないので確認できません。)実際に確認しなければ断言できませんが、武者野六段が誤りを含む発言をしているのは何度も見たことがあるので、これもその類かもしれませんね。わざわざ記事を探していただきありがとうございました。

相入玉については、多くの場合決着が付きそうということは理解しました。駒数がぴったり同じになったり、そうでなくても駒枯れになるまでかなりの手数がかかるという可能性は排除できませんが、実際上問題にならない感じがしますね。

(以上、2003年6月21日追記。)

追記2

2003年11月に発売された『将棋ガイドブック』(日本将棋連盟開発課編)に「対局規定」および「将棋基本ルール」が掲載されていますが、ここで書いた内容には特に影響ありません。(以上、2005年8月8日追記。)