>門田鳳雛さま
> 儒教の教えかどうかは判りませんが、肉体の損傷=一般社会からの追放という意識は
>秦代もしくはその前からあったのではないでしょうか。
そうでしょうね。
肉体に宿る霊性(魄と呼ぶべきかな?)を尊重する考えは、中国では古い
ものだと思います。
逆に、肉体の損傷はその霊性を損なうものと観念されてきました。
■死体を傷つけない(火葬は×)。
■死体を傷つけると鬼(ゆうれい)になるという。
■死者に鞭打つとか死体を食べるとかいう行動が異常な行動として記録さ
れてきた。
■宦官や身体障害者に対する侮蔑・差別。
■身体を傷つける刑罰。
などなどですけど、これはおそらく原儒教的な習俗でしょう。
>>四書が広まったのは宋代以降のハズだけど。
>
>おぉ、そ〜だったんですか。
『論語』『孟子』『大学』『中庸』を合わせて四書と名づけたのは
南宋の朱熹(朱子)らしいです。
いずれもテキスト自体は秦漢以前のものですけど、武帝時代の人間
が「四書」を知っているのは明らかにおかしいです。(^^;)
>あのころの時代感を楽しむにはもってこいかもしれませんね。
酷吏関係の人物が結構出てくるのがなかなかよいです。
「霍去病」私も読みましたが、そこまで突っ込みは入れられませんでした(笑)
>■「儒教の考えから『肉体を毀損した、親に顔向けできぬ不孝
>者』とさげすまれた」(上巻p11)
儒教の教えかどうかは判りませんが、肉体の損傷=一般社会からの追放という意識は
秦代もしくはその前からあったのではないでしょうか。
それを元に「孝経」の教えは流布されたような気がします。
>■「四書五経の一節でも誦してみよ」(上巻p256)
五経はともかく四書って漢代にあったのかなあ?
四書が広まったのは宋代以降のハズだけど。
おぉ、そ〜だったんですか。まったく詳しくないもので、思いっきり読み流しておりました。
幅広い知識って大事っすね。やっぱり。
>武帝時代の人物がわいわい出てきて面白いですよ。(^^;)
本当にそうですね。あのころの時代感を楽しむにはもってこいかもしれませんね。
管理人でっす。
塚本史さんの小説をはじめて読んでます。
『霍去病』上・下巻(河出文庫)
また悪い病気が出て、ツッコミ入れながら読んでます。
■「儒教の考えから『肉体を毀損した、親に顔向けできぬ不孝
者』とさげすまれた」(上巻p11)
『孝経』の「身体髪膚…毀傷せざるは孝の始めなり」って教え
漢の武帝のころに一般に流布してたのかなあ?
まあ、墨刑や宮刑があるくらいだから、肉体の損傷した人を侮
蔑するような観念はあったのかもしれないけど、儒教とは関係
なさそうな気がするんだけど。
■「四書五経の一節でも誦してみよ」(上巻p256)
五経はともかく四書って漢代にあったのかなあ?
四書が広まったのは宋代以降のハズだけど。
…とかとか。
いかん、だんだん性格悪くなってきた、自分。(--;)
自分はもの知らずのくせに、他人の書いたものは気になるよう
になってきたんすね。
遅まきながらフォローしておくと、この小説
武帝時代の人物がわいわい出てきて面白いですよ。(^^;)
人物たちの語り口がけっこう俗っぽくていいです。
>門田鳳雛さま
>ただ、これだとシンバーダー(Xin-ba-da)なのかなぁ。
普通話だとそうなってしまいますね。
あまりいい当て字じゃないなあ。
可口可楽とか米老鼠みたいなセンスもないし。
>Kentaroさま
お役に立てたなら幸いです。(^^;
レスありがとうございました
このように書くんですね・・・
自分もけっこう探したんですが
何の手がかりすら得ることができませんでした(汗)
横レスで恐縮です。
なるほど、シーボルトはこの様に書くのですか。よく調べられましたね。
私も気になったので調べてみたのですが、さっぱりでした。(^^;
ただ、これだとシンバーダー(Xin-ba-da)なのかなぁ。
語学はさっぱりの管理人でっす。
>Kentaroさま
シーボルトの中国語の当て字は、「辛巴達」のようです。
参照は↓
http://www.life-tour.com.tw/new_page_26.htm
辞典類が役に立たなかったので、時間がかかりました。m(__)m
「雅虎!台湾(YAHOO!TAIWAN)」で「Siebold」の語で検索した
ところ、ようやく引っかかった次第…。苦労しました。
何に使われるのか存じませんが、こういう欧米人名は下手に当
て字を使うよりアルファベット表記のほうが親切だと思います
る。(^^;)
はじめまして
はじめてここにきました
中国の歴史上の人物とは関係ないんですが、
シーボルトって中国語でかくとどうなるのでしょうか?
自分でもいろいろと探し回ったのですがわかりませんでした。
もし分かるようであれば教えてください
おねがいします
永一(ダメダメ管理人)でっす。
「ロードモナーク」などという古いゲームにハマっているうちに
春節(旧正月)の二日目を迎えてました。m(__)m
>るなさま
レプリカですか。
始皇帝の出土品ってことは、始皇帝陵から出たものですかね?
陶磁器なんて出てたんですか。
兵馬俑や石製の鎧やクロムメッキの剣なんかのインパクトが強すぎるのかな。
(イメージ的に)
その陶磁器が本物で完全な品だったら価値はすごかったでしょうね。
始皇帝の出土品のまね物でした。陶磁器。(^^)本物でなくてよかった。高くても、さわれば庶民にとったら宝も宝でなく、洗剤つけてあらっちゃうのが、おちだもんね。と、価値がある茶碗を洗剤で洗ったホント-にどじな主婦であるが、、
>かっしぃさま
>掲示板のログを残すこと自体、どんな意味があるのか
>よく分からなかったりするんですけど、どうなんでしょ。
うーん、過去ログとしてWEBに残しておけば、gooやInfoNaviみたいな
ロボット検索が利く検索サイトには引っかかるんですよね。
掲示板で話した取りとめもない情報が、思わぬところで第三者の役に立つ
可能性はあるわけです。
(まあウソ八百書いてたらかえって害毒ですけど,--;)
…貧乏性な考えですね。
物持ちが良くて引っ越しの時に困る性格です。<あっし
過去ログに残らないほうが気楽に話せてよいという意見も聞いたことある
ので、考えものではありますが。
>恐らくハードカバーであるんでしょうね。
はい、陳さんの『中国の歴史・近現代篇』は、もともと平凡社で刊行され
ていたらしいですが、
最近出ている集英社の『陳舜臣中国ライブラリー』(全30巻)の4、5
巻に『近現代篇』の4巻分が収まるようです。
高くても読みたいですね。
掲示板のログを残すこと自体、どんな意味があるのか
よく分からなかったりするんですけど、どうなんでしょ。
私は、既に会話が成立しているから消えてても残ってても気になりません。
『中国の歴史・近現代編』は、『中国の歴史』文庫版の後書きを見直したら第四巻まで
脱稿している旨書かれていました。文庫では見たこと無いですから、恐らくハードカバー
であるんでしょうね。読みたいなぁ、うずうず。
見つけたらサラリーマンパワーで衝動買いしそうです。
また積読本が増える…。
へこんでる管理人です。
この掲示板の1月15日以前の書き込みが全て消えてしまいました。
いたずらなのか、サーバーの不具合か、それともその他の理由なのか
分かりません。
どうにも修復不可能です。
1月5日以前の書き込みについては、過去ログ8としてフォローいた
しました。
折角書き込み下さったみなさんにお詫びします。
とくにかっしいさま、ミキオさま申し訳ありませんでした。m(__)m
管理人です。
理由は不明ですが、以前の投稿のログが消えてしまいました。
あまりの寒さにコタツの子と化している管理人です。
>かっしいさま
歓迎再来!
近現代はHPを立ち上げた早い時期に作って、あまり手を入れてないので
果たして事典として鑑賞に耐える出来かどうか自信はないです。
自信がないといえば全体そういえますけど。(--;)
また何かお気づきになられましたら遠慮なくお願いします。
陳舜臣氏の『中国の歴史』を四回も通読されてるんですか。
さすがですね。
陳氏に『中国の歴史・近現代篇』というのがあるらしいです。
積ん読本が片づいたら読みたいなあと思ってる本のひとつです。
でもハードカバーの集英社ライブラリーは高いよなあ。
>ミキオさま
ども新年おめでとうございます。
今年もお世辞を言って下さる(^^)かたの期待に応えて、更新に
励みたいと思ってます。
また伺わせていただきます。相も変わらずつまらないこと書き
こむとは思いますが。
[管理者註:掲示板の不都合のため1月6日〜1月15日のログが消失しました。m(__)m]
明けましておめでとうございますd(⌒o⌒)b
小説十八史略、順調に読んでます。
まだ、1巻の途中の蘇秦と張儀のくだりを読んでます。
それでは、今年もよろしくお願いします。
新年早々のご来訪ご挨拶ありがとうございます。<ALL
あらためて今年もよろしくお願いします。
─────────管理人拝
あけましておめでとうございます。本年も宜しうお願いいたします。
我が太白遺風もようやく掲載作品が50をこえ、軌道に乗ってきたような気がします(笑)
いろいろとありがとうございました♪
ではでは、よいお年を。
きいわこです。
あけましておめでとうございます。
なんか、昨年中はいろいろ御迷惑をおかけしました。
21世紀になって三日目の今日ですが、まだ実感がわかないものです。
今年も枕流亭はますますパワーアップすると、期待しています。
ともあれ、今年もよろしくお願いします。
#『小説十八史略』いいですね。史実になぞりながら、独特の解釈がミックスされるところが好きです。
あけましておめでとうございます。
シンドウ243です。
今年もよろしくお願いします。
あけましておめでとうございます。
阿由多@大唐道楽館です。
こちらはご無沙汰でごめんなさい。よみには来るのですがなかなか書き込みをしないナマケモノです。
今年もなにとぞ、よろしくお願い申し上げます。
あけましておめでとうございます。
「なま兵法は〜」のふくらです。
お久しぶりですが、今年もよろしくおねがいします。
では。
新年あけましておめでとうございます
来訪者のみなさま
旧年中はつたない私頁をご覧いただき、
また貴重なご助言・ご叱正をいただきまして感謝にたえません。
本年もあたう限り更新に努力し、みなさまの目を汚さぬよう力を
尽くしますので、お見捨てなきよう宜しくお願いいたします。
どうかよいお年よい世紀をお迎えください。
みなさまのご多幸ご健勝をお祈りします。
辛巳年(2001)元旦 管理人・永一拝
・・・・・・
年始のご挨拶は、硬い言葉で作ってみましたが、以下くだけます。
グチャ!
いま解放感にひたってます。
なにから解放されたかって、仕事から解放されました。
2年連続で職場で年越しましたから、ハイ。
♪Oh hail! liberty bell! True freedom for all men
って、同盟国歌歌いたくなるような気分です。
12月以外はたいていヒマ人してるんですけどね。
>ピロ皇帝さま
陳舜臣「チンギス=ハーンの一族」ですか。
いいですね。
僕は今、酒見賢一「陋巷に在り」にようやく手をつけてます。
あけましておめでとうございます。
今年はどんな一年になるでしょうか。
とりあえず私は陳舜臣のチンギス=ハーンの一族を読みながら
年を越しました。
今年もよろしくおねがいします。
管理人です。
体調がすぐれないので、ごく簡単にレスします。
ごめんなさい。
>しんぱぱさま
陳舜臣さんの『小説十八史略』ですか。
上古から宋代までの有名な史話をさらうにはいい本ですね。
僕も陳舜臣史観(?)にはかなり影響受けてます。
ぜひ読破してみてください。
>るなさま
うーん、なんでも鑑定団かギャラリーフェイクの世界ですねえ。
僕には知識がないので分からないんですけど、
五爪の龍なんでしょうか?
なんか明清のもののような気がしますけど(またいい加減なこと
言ってます)。
明は成化を見よ、清は乾隆を見よ、だったかな?(耳学問)
龍の模様のお茶セットの陶磁器みたいです。土で汚れてます。印が後ろにあります。随分、細かな細工の古びたお茶セットです。墓からでたんだったら、インディ-ジョ-ンズのように呪いがありそうで怖いです。聞かぬが仏と、触らぬ神に祟りなしと、あまり触れてません。しかし、もう、触れてしまった、、@@;私が死んでないから、、多分大丈夫だろう、よかった。
お久しぶりです
昨日、本屋によって探してたら、
陳舜臣の小説十八史略という本を見つけました
中国の歴史の流れがわかるかなぁと思って、購入しました。
読んでみますd(⌒o⌒)b
ではでは
風邪がひどくなるし、仕事は忙しくなるしでダブルパンチに遭ってる管理人です。
>るなさま
残念ながら(?)無粋な男性、二十×歳です。
年齢を伏せ字にしても意味ないですね。
どこかに書いてあります。
そういう誤解を受けるようなこと書いた記憶はないのですが???
堂々と本名でやってるので、誤解されようがないと思ってたんですが。
この間もうちのHPを見たらしい人からメールもらったんですが、
曰く「女性だと思っていた」そうで・・・
おかしいですねえ?
陶磁器みたいですが、、こわすといけないので触ってません。ところで、永一さんは男ですか?女ですか?よくわからないんですが、、初め男だと思いましたが、、女と書いてあったような書き込みがあったようで、、@@?
管理人(永一)です。
仕事が忙しいと、現実逃避のためにかえってネットにいる時間が長かっ
たりしますが、書き込む体力が減ってたりします。m(__)m
>きいわこさま
>インダスの神官王が踊り子に夢中になって、政治をサボったために、滅亡した、とか。
ありえないことじゃない…ですけど、文字資料とその解読なしには証明
できないでしょうね。
古代の社会というのは、意外と共通点があるので、可能性はそこそこ高
いかもしれません。(^^;)
君主の権力が強い(しかも古代では往々にして宗教的権威でカリスマだ
ったりする)と、君主の堕落が社会の衰退に直結しますからね。
>三国志など
>陳寿の悪評って、未だに根強いのでしょうか。だとすると、なおさら哀しいです。
さあ?ファンの人たちは陳寿の悪評などあまり本気にしてないような
気がするんですが。というより、悪評があるからといって、正史の信
憑性を根本的に疑うような極論は少ないといいますか。
正史派と演義派はある程度ありますね。
そもそも正史を知らない演義ファンが多数なんじゃないでしょうか?
その逆も時々いるみたいですが。
正史と演義両方知っている人では、
史実にこだわる人(正史派かな)
両方好きな人
やっぱり演義が面白いと考える人(演義派かな)
いますねえ。
僕は曹操ファンですが、正史と演義両方好きですね。
蒼天航路の彼は本物ではない(?)とか言いつつあれも好きですし。
>るなさま
お久しぶりです。
>義父の父はふぎに会ったのだと、思います。ちなみに、義母の母はふぎにとつがせようと
>その親がしてたようです。
この間もうかがったように思いますが、旦那さまの家系はすごいで
すね。歴史の生き証人だなあ。でも旦那さんのお祖母さまが溥儀夫
人になっていたら、旦那さまはいなかったわけでしょう。(^^;)
>家は中国から、なんか、博物館にある出土品のようなものをもらってあります。
出土品って、古い骨董というわけでなくて、本当に土の中から出て
きたものですか?
なんでしょう?陶磁?金属のもの?甲骨?木片?
>茶碗や湯のみもなんか、すごく古いものがあるが、いいものだそうですが、私はうっか
>り洗剤であらってしまいました。
僕は骨董は分かりませんが、本当に価値のあるものなら、洗剤はま
ずいかもしれませんね。
義父の父はふぎに会ったのだと、思います。ちなみに、義母の母はふぎにとつがせようとその親がしてたようです。話かわって、家は中国から、なんか、博物館にある出土品のようなものをもらってあります。古すぎて、触るのが怖いので、他人が来た時、めずらしいものがあるんだよと見せてます。いったい、何時代の出土品かは不明ですが、、、日常は怖くてさわれません。茶碗や湯のみもなんか、すごく古いものがあるが、いいものだそうですが、私はうっかり洗剤であらってしまいました。なんか、歴史を知らないから笑ってすませてます。歴史を知ってる人には私は邪道なのかな?まあ、しかたないか〜。歴史苦手だから、、、
こんばんは、きいわこです。
>インダス文明の最後
えー、さらなる最後の駄目押しです。しつこすぎてごめんなさい。
インダスの神官王が踊り子に夢中になって、政治をサボったために、滅亡した、とか。
……つまらないです。史記だとそのパターンが目立つので……安直です、はい。
最近、インダス本ばかり読んでいますが、地味な考古学の話ばかりなんです。
ラブロマンス好きのミーハーには面白くないんで、勝手に空想しております。
なお、神官王の石像も踊り子の銅像も同じモヘンジョ=ダロから出土し、
時期も文明の後期らしいです。ただ出土場所は別々です。
神官王は偉そうなおじさんで、踊り子はスレンダーです。
無理がある組み合わせだし、ひねりが足りません。失礼しました。もうやめます。
>三国志など
陳寿の悪評って、未だに根強いのでしょうか。だとすると、なおさら哀しいです。
最近、私は三国志から遠ざかっていますが、三国志ファンの間に、未だに正史派と演義派みたいな対立ってあるのでしょうか。
どちらが好みかという話ならわかるのですが。
周瑜ファンの私としては、正史のカッコイイ彼もいいんですが、一方、演義の諸葛亮に
翻弄される彼も好きです。
>しんぱぱさま
アルスラーンはほとんどあきらめてたところに出ましたよねえ。
岳飛はそのうち誰かが小説化しそうな気がしますが。
ストレートすぎてかえって小説として料理しにくいのかな?
>こてんさま
はじめまして。
「燕雀安知鴻鵠之志哉」
司馬遷『史記』の陳渉世家の一節ですね。
知りたいってこの一節の何について知りたいのですか?
取りあえず、読み下しは「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」で
「えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや」と
読むのが普通だと思います。漢文の文法の講釈では反語ってこ
とになると思いますが。
訳は「燕や雀のような小鳥に鴻鵠のような大きな鳥の望みは分
からないものだ」くらいで、もっとくだけば「つまらんお前ら
に俺の高い志が分かるものかい」ってな意味ですね。
秦末に陳勝・呉広の乱を主導することとなる陳勝がまだ若いこ
ろ小作人だったころの台詞ですね。
司馬遷の燕雀安知鴻鵠之志哉について知りたいんですけど。
だれか、おしえてください!
やっぱりですか・・・
本屋さんや、ネットで調べてみたんですが、なかったようなので・・
実は、田中芳樹さんの、紅塵読んで、興味がわいたので。
田中芳樹さんじゃ、当てにならないですね・・・
アルスラーンも、10巻でるのに、7年ちかくかかったし。
ども、ありがとうございました。
また顔出しますd(⌒o⌒)b
最近、酒量が増えている&太り気味(もともと?)な管理人です。
>きいわこさま
>インダス文明本にも内的要因は、あまり載ってません。
やっぱりインダス文字の解読
&今後の発掘の成果に期待を持つしかないですかねえ。(^^;)
だらだら話してたわりには情けない結論ですけど。
ドーラビーラも最近の発掘のはずですし、以後僕らが生きてるうちにすごい
発見や結果が出てくるかもしれませんから(期待)。
>『三国志演義』に、彼らの享年が載っていました。
そうですね。
『演義』は七実三虚と言いつつ、そのあたりは(確かには言えませんが)
それほど外していないのじゃないかという予感を持ってるんですが。
(たいした根拠じゃありません。ただ関羽が年下の人に従う図というのが
違和感あるもので)
劉備>関羽>張飛が常識的ではありますが、しっくりくる気がします。
でもやっぱり確かなことは分からないでありましょう。
陳寿の悪評についてはおっしゃるとおりと思います。正史の信用性を問う重大
問題だとは思いますし、諸葛亮のことにしろ丁儀・丁ヨクの話にしろ魏正統論
にしろやたら批判はあると思いますが、なら逆に演義が正しいかというとそう
いう結論にはなりませんものね。
正史を信じないとかいう話になるなら、なぜ『晋書』陳寿伝は信じるんだとい
うまさに水カケ論になりますし(--;)。
最近、無難なことばかりゆってます。(間違いはやるけど)
たまには素人らしいトンデモ説を居丈高にぶつべきでしょうか?
>しんぱぱさま
はじめまして。どうも同県のかただそうで。
>えっと、初めてきて、厚かましいんですが、岳飛についての、小説なにかないでしょうか?
僕の知る限り、岳飛をメインに置いた日本語の小説は出ていないと思います。
チョイ役としてならいくつかあるとは思いますが。
田中芳樹さんが『岳飛伝(説岳全伝)』を訳すとか言って数年経ってますし。
2001年に出るという話もありますが…あまり信用ならないなあ。(^^;)
ちなみに『説岳全伝』は下のページで訳を公開しておられるかたがおられます。
http://www.jan.sakura.ne.jp/~wagang/wenxue/shuoyue1/index.html
こんにちは、初めてきました。
中国史は、三国志くらいしか知らないんですけど・・・
えっと、初めてきて、厚かましいんですが、岳飛についての、小説なにかないでしょうか?
ちょっと、興味を持ちまして。
ちなみに、私も、愛媛県人です
それではd(⌒o⌒)b
どうもきいわこです。それでは、お言葉に甘えさせて、もう一度だけインダス話を。
>インダス文明滅亡
>洪水や異民族の侵入以外の内的な原因があったのではと。
なるほど〜。いろいろ考えさせられます。
軍事的にはかなり虚弱な都市だったようで、宗教が求心力だったようです。
内的要因というと、都市が周辺の農村から収奪し、為政者としての神官
(いたかどうかわかりませんが)が、宗教的に堕落していったのかな? と思います。
インダス文明本にも内的要因は、あまり載ってません。
文字資料が使えないし、外的要因の方が、議論しやすいですからねえ。
>三国志演義 桃園三兄弟の年齢
『三国志演義』に、彼らの享年が載っていました。
劉備は、永一さんのおっしゃる通り、161年生まれ。
関羽……建安24年(A.D.219年)58才で亡くなってます。よって、162年生まれ。
張飛……建安26年(A.D.221年)55才で亡くなってます。よって、167年生まれ。
三兄弟が出会ったのは、劉備が28才のときだそうです。
>学研の歴史群像シリーズでは劉備・関羽・張飛の順だったり、
多分、演義の上の記述によるのでしょう。吉川三国志が関羽を年上にしたのは
劉備の人柄やら皇族の末裔という血筋を演出するために、年齢は下でも人徳があるから、
長兄になったとしたのかと、思ったりして。
逆に三国志演義では、劉備>関羽>張飛にするために、年齢設定したのでしょうか?
なお、私の手もとの三国志演義の訳本は、あまり評判がよくない本です。
『完訳 三国志』村上知行 訳。教養文庫(現在は、角川文庫から出てると思います)
超訳とまでいきませんが、わかりやすくするために、結構カタカナ外来語が登場します。
(トリック・アクセサリーなど)。董卓は「怪獣ゴジラ」だそうです。
あとがきで、陳寿の悪評をそのまま載せています。諸葛亮を恨んで悪く書いただの、
ある人の子孫がケチだったから、伝を立てなかっただの……か、悲しい。
まあ、年齢については間違ってはいないでしょうが……。
>きいわこさま
中国史以外の話でもいいですよ。
世界史になると、僕の頭の中は(だいぶ忘れた)高校世界史&歴史漫画の
レベルになってしまうんですが。
いや中国史でもさしてレベルは変わらんという話もありますが。
>雷帝イヴァンも、お馬鹿といわれるジョン王も実は同じ名前……。面白いです!!
元は聖ヨハネですね。(^^;)
日本では同じ人にいろんな表記があって困るけど、
向こうはいろんな人が同じ表記になっちゃうでしょう。
しかし、なんでもJohnとかWilliamとかにしちゃったら、英語圏の人って混
乱したりしないんですかね?
>>インダス文明滅亡
うーん、僕がどうこう言う材料持ってないんですが、
ただ卑近なところに引き寄せて考えてしまうんですよ。
(中国史とか…^^;)
それで思うんですが、天災とか外圧のみで潰えた王朝とか国とかは
ないだろうと。
洪水や旱害や飢饉はある。
外敵の侵入がある。
でも内部が揺らいでないのに、全部が引っくり返った例を知らないんです。
中国だとお決まりのパターンがあって、重税や大規模な土木工事(に伴う
夫役)や無益な外征や苛政酷刑などの政治の乱れがあって、叛乱が起こって
最後は王朝がつぶれてしまうというのがよくあります。
だからインダスでもそういうことがあったのではないかと考えてしまうんで
す。洪水や異民族の侵入以外の内的な原因があったのではと。
もしかしたらいろんな原因が複合しているのかも知れませんが。
>だいゆうさま
おひさしぶりです。
おせっかいなんかじゃないですよ。気を悪くもしてません。
物知らずなものですから、いろいろ変なこと書いてると思うんですが、
なかなか自分では気づかないですから。
>初期〜中期の伝記には、不立文字の言葉はおろか、そのような意味の事柄もまったく
>見えませんし。
そうなんですか。達磨は禅宗の祖くらいの紹介にとどめたほうが無難です
かねえ。
>智が梁の元帝(蕭繹)に仕えたように見えますが、彼は仕官したことは無かった
>と思います。
どこから引っ張ってきた記述なのか自分でも覚えてません。p(--;)
調べなおしてみます。
>劉備・関羽・張飛の義兄弟、私の友人は「ほんとは劉備が一番年下だ」と言う
陳寿の正史『三国志』によれば、
劉備は、章武三年(223)夏四月に永安宮で薨じ、行年六十三。つまり西暦161年生まれ。
関羽は、張飛より数年年長。生年不明。
張飛は、関羽より数年年下。生年不明。
くらいのことしか分かりません。
手頃なものを見てみましたが、
吉川『三国志』では関羽・劉備・張飛の順だったり、
学研の歴史群像シリーズでは劉備・関羽・張飛の順だったり、
本によって年齢順は違うようです。(^^;)
演義ベース・正史ベースでもいろいろ書いてあるんでしょう。
まあ、確かなことは分からないということです。
智の出家は18歳の時でした。自分の卒論で書いたのに・・・。忘れてる・・・。
せっかくなのでひとつ質問したいのですが。
三国志で有名な劉備・関羽・張飛の義兄弟、私の友人は「ほんとは劉備が一番年下だ」と言うのですが、私はちょっと覚えていなかったので、即答は避けました。これって本当でしょうか?
ども。お久し振りです。突然で失礼ですが、
中国史人物事典について、補足させてください。
〔南北朝〕
僧達磨(?〜528?)
南インドの人またはペルシアの人。国王の第三子に生まれたという。海路より中国に入り、洛陽近郊で布教をおこなった。晩年、嵩山の少林寺に住んで面壁黙座した。禅の実践を重んじ、心の安住を説いて、仏典に拘泥しない不立文字を唱えた。洛陽で寂した。一説に毒殺されたともいう。
達磨については、時代を経る毎に伝説が付加されていったので、事典にコメントを載せるのは何とも微妙です。初期〜中期の伝記には、不立文字の言葉はおろか、そのような意味の事柄もまったく見えませんし。
僧法雲(467〜529)
(記述無し)
梁の三大法師の一人。『法華義記』の作者です。
〔隋〕
僧智(538〜598)
俗姓は陳、字は徳安。荊州華容の人。陳起祖の子。はじめ梁の元帝(蕭繹)に仕えたが、西魏軍の攻撃でその政権が滅びると、父母を失い江湖をさまよった。人生の無常を悟って、長沙果願寺に出家した。光州大蘇山で慧思に師事し、法華三昧を修めた。建康瓦官寺で法華経を講じ、のちに天台山に上って国清寺を開き、修禅にはげんだ。晩年、隋の晋王・楊広に招かれ、智者大師の尊号が与えられた。『維摩経疏』。
何かこの記事を読むと、智が梁の元帝(蕭繹)に仕えたように見えますが、彼は仕官したことは無かったと思います。二十歳前に出家してたと思いますし。
自分の分野の事に口を挟みたがるのは誉められた事ではありませんが、
>ご意見がありましたら、ご遠慮なく《メール》もしくは《掲示板》でご連絡下さい。
って書いてあったもので。意見してみました。御気を悪くなさらないように。
こんばんは。きいわこです。
>でもエカテリーナをキャサリンにしちゃったら味気ないなあ。
女帝キャサリン……なんか、かわいいです。
雷帝イヴァンも、お馬鹿といわれるジョン王も実は同じ名前……。面白いです!!
>インダス文明滅亡
人的原因だと、メソポタミアと間接的に交易したので、メソポタミア側の政情が
不安定になったのが滅亡の原因とも、どこかで聞いた覚えがあります。
ウロ覚えです。自信ありません。
文明展の図録の解説によると、日本とインドの人は、アーリア人侵入説を否定していますが
パキスタンの考古局局長は、原因の一つに、アーリア人侵入説を上げています。
他国の研究者はどういう見解かちょっと気になりますが……私の知識と語学力じゃお手上げです。
インドがアーリア人侵入説を否定し、インダス文明と現代のインドとの連続性を強調するのは、わからないでもありません。
インダス文明は、モヘンジョ=ダロに機能が集中していたみたいなので、この町だけでも災害を蒙ったら、インダスの他の町もアウトになるのかな?と思うので、自然災害の影響も侮れないかもしれません。
結局のところ、私はよくわからないので、アーリア人侵入説も完全に捨てきれないんです。
すいません。やっぱり長く語ってしまいました。しかも中国史サイトで……。
>きいわこさま
>読みの片仮名表記
分からないものは分からないですね。
有名どころでも、
アレクサンダー=アレクサンドロス
ジュリアス・シーザー=ユリウス・カエサル
なんてありますものね。
いちいち覚えるしかないのかも。
世界史年表なんかについている人名対照表なんか見てると楽しいです。
チャールズ=カール=シャルル=カルロスとか
ヘンリ=ハインリヒ=アンリ=エンリケとか
違う名前のようで実は一緒ってのがあります。
でもエカテリーナをキャサリンにしちゃったら味気ないなあ。
>沐浴・菩提樹への信仰・シヴァ神・牛の崇拝など、精神面ではインダス
>起源の文化が残っています。
インド文化に影響残ってるんですね。宗教的なものはしぶといのかな?
>インダス滅亡の原因で、アーリア人侵入説は、現在ではほぼ否定されているみたいです。
そうなんですか。
でも洪水やら河川の流域が変わったなんてことで文明が滅びるものですかね?
いやあ、僕は「天災のみで滅びた国はない」って俗説を信じてるほうでして。
古代ローマのポンペイみたいな例もありますが。
どうも、きいわこです。
>人名表記
漢字圏外の国は、読みの片仮名表記になるのでしょうが、私はまず、エジプト史など読むときに
その辺のお約束がわからなくて、苦労しました。
例えば、イクナートン=アメンホテプ4世=アク・エン・アテン
本によって違うので、これらが同一人物だなんて最初わからなかったものです。
>インダス文明
え〜、以下、NHK四大文明本の受け売りです。
後への影響と言うと、沐浴・菩提樹への信仰・シヴァ神・牛の崇拝など、精神面では
インダス起源の文化が残っています。
でも、モヘンジョ=ダロみたいなすごい都市は、後にも現れなかったし、
インダス文字も消えたから、他の文明と比べると、目に見える影響は少ないですね。
インダス滅亡の原因で、アーリア人侵入説は、現在ではほぼ否定されているみたいです。
侵入以前に都市が崩壊したそうです。今一番有力な説は、地殻変動で河川の流域が変わり
ひどい洪水がなんども起きたり、また、河川のルートが変わって交易ができなくなったため
だそうです。
都市の崩壊にアーリア人は関与してなさそうですが、そのあと、文明の末裔の人々が
小さい集落で細々生きていたのを、アーリア人が侵入して隷属したんじゃないでしょうか。
語ると長くなるので、この辺にしておきます。
永一(管理人)です。
12月に入り、亭主の仕事が繁忙期間に突入しました。
といっても、先月後半あたりから職場の様子がどうもおかしかったんですが。
あんなんでうまく回るのかいな〜、心配。
>ブーザンさま
いや、自分のマナーの悪さを棚に上げて他人のマナーを忖度してしまいまし
た。申し訳ありませんでした。
今後ともよろしくお願いします。
>シンドウ243さま
あの「事典」見て下さって、意見を下さったかたはみなあのボリュームにつ
いては褒めてくださいます。p(^^;
基本的に日本語になった資料しか使っていないので、たいぶ偏りがあるんで
すけどね。学術的にやってる人なら使わないような怪しい資料も使ってます
し。
人名表記については、基準は設けてません。
いちおう「慣用的なものを」とか言ってますが、慣用ってのは曖昧ってこと
だよなと自分でも気になってはいるんです。不統一なところは散見されるか
と思います。
成吉思汗をジンギス・カンとするかチンギス・ハンとするかチンギス・ハー
ンとするか悩みますよね。
いちおう随分前に汗・可汗(Khan)は、ハーンの表記に統一しました。あとは
ほんといい加減です。
「慣用的」というなら憲宗メンゲはモンケに変えるべきかな(悩)。
>きいわこさま
>図録を見ると、展示されている女性神官の像は、古王国時代だけのようです。
「サト・メレトの立像」「神官ネカウ・ネブティーの座像」とかですか。
って、僕も図録持ってました。(^^)
「王の知己」というくらいですから尊重されていたんでしょうね。
>>歴史として記録されたものが残っていないインダスが特異ですね。
...
>印章の図柄を見ると、なかなか豊富な神話を持っていた人々かもしれません。
インダス文明は後の歴史への影響が希薄に見えますね。
期間もやや短いし。
アーリア系の人々に壊されちゃったんでしょうか?
僕の目の黒いうちにインダス文字を解読してほしいと切に思います。
こんばんは。きいわこです。
>エジプト
>古代ってどこでも女性のシャーマンがいるものだと思ってました
そうですね。すっかり抜けていました。私はエジプト全然知らないです。
あの像から、書記と同じように尊重された雰囲気を感じました。
図録を見ると、展示されている女性神官の像は、古王国時代だけのようです。
>中国との共通
私は、中国とエジプト限定で共通のものと、文明国なら一般的に共通するものが
ごっちゃになっていました。
わかりやすく整理してもらって、少しすっきりしました。
>歴史として記録されたものが残っていないイン
>ダスが特異ですね。
記録はでてこないのですが、布や葉に書いていた可能性もあると物の本にはあります。
可能性だけで、それを臭わせる遺物もないようですが。
少なくとも、未来に残そうという意識はなかったんでしょうねえ。
印章の図柄を見ると、なかなか豊富な神話を持っていた人々かもしれません。
以上、一夜漬けの知識でした。
しかし、中国史人物辞典は圧巻ですなー。あの膨大な量には圧倒されます。
しかも、ウチで取り扱っているチンギス・ハーンなどの人物の紹介がかなり
くわしく書いてあるのでとても参考になります。
ちょっとおもったのですが、読む本などによって、人物の名前がいろいろ違う
じゃないですか?そういう場合はどのように決めて、人物紹介しているのですか?
永一さんへ!こん**は(^。^)/
「楽が貴重」へのカキコ有り難う御座いました。
「中国ひとりぽっち」から来る淋しさから、マナーに注意せず、皆さんのサイトへカキコ。
そのカキコに対するカキコを見る度に、ひとりぽっちではないと・・・。
マナーとタブーも、ネットから下ろして結構読みました。
今後とも、宜しくお願い致します。
-----寝つけないブーザンより----
管理人(永一)です。
初めてパソコンで年賀状を書きました。
いやあ速いっはやい。今までの手書きの苦労は何だったんだという速さです。
例年は1カ月くらいかけて熟成させるんですけどね。(^^;)
約2時間でほぼ完成。
ついこないだ、金欠にも関わらず衝動買いしたエプソンのプリンターが役に
立ったしだいです。
「恥」な話ですが、うちの「人物事典」ページの「唐」の章で、房玄齢とな
らび称される初唐の宰相「杜如晦」が「杜如海」と表記してあることに今ご
ろ気づきました。こっそり修正。いやあ1年以上そのまんまにしてましたね
え。
これだから自分のページは信用ならないです。(--;)
「人物事典」もちょろちょろ増やしてます。
>きいわこさま
エジプト文明展はこちらも混んでましたよ。
歴史ファンなのかエジプトファンなのか知りませんが、
あんなに客が来てるとは思いませんでした。
女性神官については、僕はあんまり驚きませんでしたが…。
古代ってどこでも女性のシャーマンがいるものだと思ってました
から。どーも、エジプト史にはうといものですから。(--;)
そんなに珍しいものだったんですか?
黄金は鮮やかでしたね。紀元前のものでありながら黄金に限らず
あまり色落ちしていないものが多かったように思います。
エジプトと中国の共通点…全くの気のせいではないと思いますよ。
まあ埋葬がド派手だったのはどちらも一握りの権力者だったと思
いますが、死生観は似てるような気がします。どちらも死体を大
事にしますし…。
文明国が異民族支配を受けることや官僚制が強くなることはしば
しばあるので、エジプトや中国だけではないとは思います。でも
文明って遠く隔たっていてもおのずと似た部分を持つものですね。
歴史記録へのこだわりというのは面白いですね。
そういう意味では歴史として記録されたものが残っていないイン
ダスが特異ですね。かつてあったけど伝わっていないのか、それ
とも元々なかったのか。
こんばんは。きいわこです。
エジプト文明展、今そちらに行ってるんですね。
私が驚いたのは、女性神官がいたことです。
黄金のマスクは、よく薄く延ばしたなあと感心します。
でも、最後に黄金関係がまとめて展示してありましたが、ただでさえ混むエジプト展でも、
展示室が一番混雑し、みんな展示ケースにへばりついてるためじっくり、
エジプトの黄金を堪能できなかったのが、心残りです。
エジプトと中国の共通点というと……
・とにかく派手な埋葬
・歴史記録へのこだわり
・実用主義かな?
・ある意味閉鎖的、基本的に統一王朝がメイン
・で、ときどき異民族から侵入を受け、支配される
・書記というか、官僚の地位が高い
……まあ、文明ってどこもそうでしょうが、最近、エジプトと中国が似ている気がします。
気のせいといえば、気のせいなんですが。
永一@枕流亭亭主です。
在地の松山にNHK四大文明「エジプト文明展」の展示が来ていたので
見に行きました。
正直、古代エジプトの歴史は高校世界史で習った範囲以上には知らない
んですけど、面白かったですね。
まず、人間の像を造形した展示物が多かったです。やや人の顔や体を横
長っぽく表現してる感じはありますが、意外と写実的で筋肉のつきかた
や手足の指などしっかり作ってますね。
ヒエログリフやおなじみの横向きの顔を彫ったレリーフとかも結構あっ
たけど、石に彫ったものが多くて、どうやってあんなに綺麗に彫ったの
かなと思いました。鋼の鑿なんてなかったはずですよねえ?
ミイラ作りのときに抜いた内臓を入れるカノポス壺とかも面白かったで
す。
最後の黄金のマスクは、あの大きさでは僕の頭は入りませんね。
>ブーザンさま
いや、こちらも書きすぎました。
すいません。
>いくら「自由に書いて下さい」など(^^;)と書いてあったとしても、本当は全くの自
由ではないのです。お客にはお客の態度やマナーが要求されます。
他人の掲示板で自分の日記を書くたぐいの行為は慎まれたほうが賢明と思います。
永一さんへ!
大変不愉快な思いをさせて申し訳有りませんでした。また、マナーで失敗したようですね(-_-)
良く良く考えてみれば、貴方のおっしゃる通りです。昨夜より風邪でダウンしてます。思考力もダウンし謝る事しか出来ませんが、今後気を付けますので何卒末永いお付き合いの程をお願い申します。
----出張先のホテルにてブーザンより----
永一(怠慢な管理人)です。
>ブーザンさま
【中略】
あまり近代史ネタを続けていると、お客が引く(というか偏る)ので、
そろそろ話題を変えたいと思います。
今日は日曜日ですし「エジプト文明展」に行ってくる予定です。
なおとさん >
私も中国へ来て後、日本語のカタカナのルビに疑問を感じピンインから勉強しました。
http://www.geocities.co.jp/Stylish/7739/gakusyu.html
少々突っ込み過ぎました。ゴメンナサイ!
ブーザンは中国の地で、それも追悼をしなければならない筈の、南京大虐殺記念館のど真ん中での失敗劇を演じてしまいました。ネット上でカキコしようかどうしようか?迷った末のカキコでしたが、その反響は「アンタが悪い!」の声・・・。今日もう一度南京の記念館まで行って来ました。私が警備の人を見つけ、手招きをしたものですからビックリして走って逃げるように記念館の中に入って行きました。何も逃げる事は無いのに・・・ブーザンは「日本鬼子」ではない・・・?先日の主任に「携帯電話の事ではご迷惑をお掛けしました。その事が気がかりで、再度謝罪に来ました」と訳を話しました。今日は中国人の年配者2人も同行して下さいました。その中国人2人も「この日本人は悪気でそんな事をする筈がない!」と弁解してくれ、主任は私の心を理解して頂いたのか、自ら記念館の方へ歩いて行き続くように、同行した中国人2人も中へ・・・。しかし、さすがのブーザンも、この問題で少し怖く(亡霊)中へは入れませんでした。警備室の中で腰掛けて待っていると、先日私の背中を突き「日本鬼子!」と言った、警備員2人が入って来て、主任から全てを聞いたらしく、被っていた帽子を脱ぎ、一礼をしてくれ、硬い握手の後、色々と語り合いました。良く聞いてみると、中国人も頻繁に携帯電話をこの記念館でかけてるそうです。しかし、日本人は観光目的が多く、電話を持ち歩いてないので3年間の勤務で、私が初めてとの事・・・?それも虐殺された写真を見ながら大きな声で・・・?つい!カッとしてしまったとの事・・・。友人の中国人も出て来たので、帰る事になりましたが、皮肉な事にその警備員は、「何か有ったら兄貴から貰った携帯電話の番号を教えますと、紙に書いてくれました」携帯電話問題が携帯電話の「落ち」で終るとは・・・今日も変な1日でしたが、何故か心が軽くなりました(^。^)/
るなさん > 貴方にも悪気があって突っ込んだ事を書いたのではありませんよ^_^;
それと、ブーザンは間違えてしまいました。るなさんは「ブーサン」それを「ブーさん」と・・・^_^;
-----出張中のホテルよりブーザン------
永一です。
>ブーザンさん
漢字で繰り返し書くのもイヤな単語なので、カタカナにしたんですけど、
そーいうツッコミが来るとは思いませんでした。
いや山崎豊子さんの『大地の子』あたりでそういうルビを振ってたよーな
気がするというはなはだ怪しげな記憶にもとづきそう書きました。
すいません。
なおとさん > 中国語の発音なまってますよ・・・(^。^)/
「日本鬼子」は「ri ben gui zi」で「リーベン グイズ」実際には「日」は巻き舌にして発音、
ゆえに聞いていると「ルーベン グイズ」と聞こえてしまいます。
るなさん > 私は「部長」「bu zhang」「ブーザン」と発音しますので、ネットの名前を、
「ブーザン」と付けました。また、何処へ行くにも1人ぽっちのために、
タイトルも「中国ひとりぽっち」と付けました。日本人が中国を一人ぽっちで歩いていると、
思わぬトラブルに巻き込まれてしまいます。これもブーザンの性格が悪いせいだと思います。
「ブーザン」を簡単に「ブーさん」と呼んでくれていたのでしたらゴメンナサイm(__)m
-----出張中のホテルにてブーザンより------
>るなさま
>広島の記念ド-ムは被害者への追悼の意で残されてると思って書き込みました。
僕も言い方が悪かったです。すいません。m(__)m
「被害者への追悼の意」は大いにあると思います。
平和を記念する・希求するモニュメントとしても意味があります。
「なんで、記念しなきゃいけないんだ??」と前に言われましたが、
「記念」には××記念日のようにおめでたいことを祝うような意味
だけでなく、つらいことであっても思い出・記憶として残しておく
というような意味もあります。
「日本語を使っただけで」ひどい目をみるようなスポットが今でも
あるのかはよく知りませんけど、遺恨はあるでしょうし日本人とい
うことでひどいことを言われる可能性もあるでしょう。
旅行会社が企画するようなツアーでは、あまりそういうスポットに
お目にかかることはありません。その国の歴史を知ることもなく、
観光地の外面を見て土産物を抱えて帰ってくるというのもいいので
すが、多少不快な経験をしてもアジアのディープな深層に触れて帰
ってくるというのも悪くないと思うのです。
もちろん個人的な考えです。押しつける気はありませんので。
>羊肉の串刺しはおいしいですよねえ
中華…というより遊牧民の料理ですよね。
うんうん、そういう露天のものもいいですね。
北京ダックはたまりませんね。贅沢でおいしくて。
>あんなに御客の皿に食べ物いれてくるのか今もミステリイ-な風習。
お客を満腹させるのが、もてなす者の礼儀という国ですから。
ゲップをするのも失礼でない(むしろお客の礼儀?)といいますし、
食卓の感覚は全然違いますね。
文字化けはNAGAICHIさんのおっしゃる通り、文字コ-ドの為でした。よく、アクセスすると化けてるサイトあったのです。市役所のパソコンも化けてたので、普通なのかな〜と思ってました。でも、アクセスしたかったので、この場をかりて聞いてしまいました。よかった(*^.^*)。
ど〜もありがとう!。ところで、広島の記念ド-ムは被害者への追悼の意で残されてると思って書き込みました。中国等も追悼の意でしょうが、、。でも、私個人は怖いんですよ。見るの。前ある団体に日本語を使っただけで地獄行くと言われました。そして、韓国語習わされました。以来世の中にはひどい事を、今でも言う団体が存在するんだと驚いてるのです。軍国主義なる団体なのかと、今思うと背筋が怖いです。で、、そこは変すぎる団体ですので、話は省略します。聞くと眠れなくなっちゃいます(;;)。話てもです。中国語勉強しないと、話が通じないから、困ってます。北京医科大で今度は痩せる耳ツボに針刺してもらおうと思ってます。義母と夫が通訳してくれると思うのですが、少しは話たいです。露天の子供やおばさんから1人で買い物したい。また、食べ物の話ですが、羊肉の串刺しはおいしいですよねえ。場所によって香辛料が違うので味が違いますよねえ。少数民の子供が露天してた所のはすごくおいしい香辛料だった。以来、中国行くと必ず食べます。(立ったまま)。牛肉の燻製も独特の香辛料で、食べ過ぎちゃいます。羊肉のしゃぶしゃぶはタレが決めてですね。香菜は初め臭いと思いましたが、慣れるとおいしいですよね。北京ダックも、食べ過ぎで^^;。あ〜行くと太るから。なぜか、中国はお皿がからになると皆が私のお皿に食べ物入れてくる。おいしいものばかりと!しかし、太るから、野菜だけにして〜(これが、言いずらい)。なんで、あんなに御客の皿に食べ物いれてくるのか今もミステリイ-な風習。まさか、人間どこまで太るか実験してるんじゃ(^¬^)パンパン。
千客万来でうれしい管理人の永一です。
HPの更新は…進んでません。m(__)m
>ブーザンさま
僕も南京は行ったことあるんです。
中山陵は行きましたが、残念ながら南京大屠殺紀念館や雨花台には行っていません。
機会があれば行ってみたいのですが。
携帯電話はTPOをわきまえて使わないと、たしかに周囲に不快を与えることになり
ますよね。
それにしても「リーベンクイズ」と言われましたか。年配のかたに言われたというな
ら、むべなるかなと思いますが、若いかたに言われるというのが悲しいですね。
日中国交回復からそろそろ三十年になろうというのに、日中間にはまだまだ深い溝が
あるのだと感じさせられます。
>るなさま
僕はむかし広島に住んでました。といっても6、7年前の大学時代ですが。
原爆ドームも平和公園の記念館も別にアジア各地の殉難碑や記念館に対抗したというわけ
ではなさそうです。
それ以前の問題として、アジアへの侵略・加害の視点というのが広島で出てきたのが、こ
こ20年くらいの最近のことのようです。むしろ「原爆を落とされた」被害者感情のほう
がヒロシマでは強かった。その感情のため残した、作ったといえます。
なにか悲劇的な事件があれば殉難碑や記念館はできます。それは世界的に共通なことで、
仕方のないことです。
「見せないで欲しい」という気持ちには同感の部分もあります。そういう悲劇や罪には目
をそむけることもできます。でも、歴史を知る意義というのは失敗に学ぶこと、失敗を繰
り返さないようにすることというのが大きいと思うのです。
素人の歴史愛好家のひとりとして、悲劇だから、つらいからといって目をそむけまいとは
考えています。ええ、なるべく…(綺麗ごと言いつつ、いきなしトーンダウン)。
吉野屋は香港でも見ました。店の中には入ってませんけど。
ええと、ブーザンさんのホームページの文字化けの件ですが。
ブーザンさんのHPの文字コードがEUCコードになってるからだと思います。
(ちなみに「枕流亭」の文字コードはシフトJISコードです)
エンコードをEUCに設定すれば、見られると思います。
★ブラウザがインターネットエクスプローラ(IE)なら、上部のメニューバーで
「表示(V)」→「エンコード(D)」→「日本語(EUC)」または「日本語(自動選択)」
を選んでいけば見られると思います。
★ブラウザがネットスケープなら、やはり上部のメニューバーで
「編集」→「設定」→「カテゴリ」→「表示」→「フォント」→「文字コードセット」→
「日本語(EUC)」を選んでいけば見られるらしいです。使ってないのでこちらはよく知り
ませんが。
>シンドウ243さま
どうも、素人のくせに中国全時代を扱うスタンスを取ってますので、深みには欠けるペー
ジですが、今後ともよろしくお願いします。
るなさん > 私のネット友人からのカキコ下記の通りです。
*ブーザンさん > 「文字かけ現象」ですか? どこでしょう?
今見てみましたが分かんないなぁ・・・???
るなさんもう一度「中国ひとりぽっち」に挑戦して下さい。
-----会議に追われるブーザンより------
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