森 博嗣 犀川&萌絵シリーズ 

 ネタばれ書評

 
ネタばれしているので、未読の方は全作品を読んでから以下を見ることをお薦めします
 
犀川&萌絵シリーズの全10作品のテーマを僕なりに解釈するならば、密室天才ゲーム性の3つのキーワードであると思っている。
■密室
すべてがFになる』は舞台が孤島という外界と隔離された密室であり、最初の殺人が起こるのは研究所内の密室であり、二重の意味での密室で構成されている。
『冷たい密室と博士たち』『笑う数学者』『詩的私的ジャック』『封印再度』『幻惑の死と使途』『今はもうない』『数奇にして模型』 の7作品も密室殺人が起こっている。
『夏のレプリカ』のある登場人物にとって補集合的に、外世界が密室を形成していると考えることも可能だろうか。
■天才 
『すべてがFになる』に登場し、『有限と微小のパン』で再登場する真賀田四季博士はその筆頭に挙げられる天才であろう。
『笑う数学者』の数学者・天王寺翔蔵博士は日本の誇る数学者の高木貞治をモデルにしたと思われるが、印象的な人物である(余談であるが、天王寺が著した『解析数学概論』で学生時代に学んだと犀川がいう記述があるが、高木貞治の著した『解析概論』は解析学の教科書の名著と言われている)。
『冷たい密室と博士たち』の木熊京介たち工学者、『詩的私的ジャック』のロック歌手・結城稔、『封印再度』の漫画家・香山マリモ、『幻惑の死と使途』のマジシャン・有里匠幻、『夏のレプリカ』の盲目の詩人・簑沢素生、『今はもうない』の女優やモデルたち、『数奇にして模型』の彫刻家・筒見紀世都やモデル・筒見明日香など、天才あるいはその世界で一流と才能を認められた人々が作品内には多く登場し、重要な役(ロール)を演じている。
もちろん、犀川や萌絵という主人公たちも天才に含まれている。
■ゲーム性
ゲーム性とは作品全体を通した色合い── 
特に、西之園萌絵(いわゆる、「萌え萌え!」と読者に叫ばせる要素がある萌えキャラ。だから、ここだけ文字がデカイ。)という主人公たちの成長してゆくロール・プレイング・ゲーム的な趣きがあるということであろう。
最終巻『有限と微小のパン』において仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)というモチーフが出てくる(もちろん、1作目でも出てくる)が、そこでより一層このテーマが示唆されている。
登場人物たちは数年の間、行く先々で事件に出会すという事実は現実感に欠ける。萌絵のようなスーパーお嬢様はこの世界を探してもいない。これは作者が読者へと提供したゲームであるという意識の上で眺めればその不自然さは割り引かれる。
キャラクタが活き活きとした人間描写ができているので、近年多くの新本格作家が批判されていた未熟さはここには感じられない。(注)
また、密室を閉じた世界という拡大解釈をするならば、作品それ自体が登場人物たちが閉じ込められた密室、つまり、ゲームという架空世界に一種通じるものがある。
(注)
昭和末期から平成に掛けてデビューした一連の新本格作家の方々は「人間描写ができていない」として他作家や評論家の批判に晒されていた。
若干でデビューした「経験不足による若書きの拙さ」や、多くがミステリマニアであるゆえ「自家中毒的なトリック偏重」(作中で当然のように古典ミステリのネタばらしをしてしまうことがあることも含めて)が目立ったからであろうか。 
ミステリに限らず小説作法全般にいえることだが、「大きな嘘」を柱として描写する小説において(本格ミステリであれば「大きな嘘」=「奇想トリック」)、それを活かし際立てる意味でも、小説世界でのリアリティを積み上げる段階で「小さな嘘」を吐かないようなある水準以上の描写力が必要であると僕は個人的に感じている。
■萌絵について
萌絵というキャラクタは「女性幻想が凝縮された産物」である。実際の血の通った女性でこのような人はいない。こんな女性がいたら怖い。二次元世界にいる女性キャラで、オタクが偶像崇拝という愛を抱きやすい典型である。
それゆえ人の嫌悪感の偏差が大きい。好きな人は(その幻想性を認めて)凄く好きになるだろうが、嫌いな人は大嫌いになることが大いに予想され、萌絵と犀川の恋の行方が作品全体をだんだんと覆ってゆくので、賛否両論が出てくるのは当然かもしれない。
でも、萌絵を毛嫌いする人は、怖い物見たさというのかその言動が気になって、次も読んでしまうというのも事実(笑)。僕は少女漫画も好きであるし、萌絵の過剰さは気にしないようにしている。
森氏は萩尾望都さんが好きらしいので、少女漫画も結構読んでるんだろうと思う。 
また、萌絵の飼っているシェトランドシープドックはトーマという名前だが、萩尾さんの名作『トーマの心臓』から名付けたのだろう(僕も同著は大好き)。
犀川&萌絵シリーズは氏の言によると、ミステリ版『動物のお医者さん』であるらしいが、僕は生憎と同著を読んでない(機会があれば読んでみたい)。
■作品世界の創造と終焉
THE PERFECT INSIDER〜WHO INSIDE〜THE PERFECT OUTSIDERという作品世界の始点(1作目)・中間点(5作目)・終点(10作目)となる作品の英語副題を見ればその世界の構造が意識される。1作目と10作目では天才・真賀田四季博士が触媒となって、この3作品において犀川と萌絵の世界認識の在り方、互いの関係が強くシフトする重要地点となっている。
奇数章と偶数章で同時期に発生する事件を追った『幻惑の死と使途』と『夏のレプリカ』を1つ作品として数えれば、上記3作品の間に、1(2・3・4)5((6・7)・8・9)10のように9作品で、世界が美しく閉じていると考えられるではないだろうか。
しかし、この世界(ゲーム)の心地よさを捨ててしまうのは勿体ない。
ファンの1人として、萌絵と犀川が活躍する世界が再び始まるらんことを望むずにはいられない。2人の住む世界の創造主となってしまった森氏にいつか続編執筆をお願いしたい。
■おまけ
最後に作品内に凝らされた遊びを紹介
(1)『笑わない数学者』の天王寺翔蔵博士の出題した問題
ビリヤードの玉(1から15の番号が振られている)を輪上に5つ並べるとする。この時、連続した玉を任意個選んで、その合計が1から21まで全ての整数になるようするには、どのようにビリヤード玉を並べればよいか?   
 
(2)『幻惑の死と使途』のマジシャン・有里匠幻(ありさと・しょうげん)の名前には秘密がある。なぜそうなっているか気づけば、なるほどという感じ。
作品のネタばれ注意!       
 
  
(1999.9.12 高林廉)
 
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