■ほろほろと夢を紡ぐ |
本名・米山峰夫(よねやま・みねお)。1951年1月1日神奈川県小田原市浜町生まれ。男性。
1973年東海大学文学部日本文学科卒。登山、カメラ、釣り、プロレス格闘技と趣味は多彩。
高校の頃から使い出したペンネームの由来は「悪夢を喰べるバク」(後年喫茶店などで電話
呼び出しを受けると恥ずかしい思いをしたと語っている)。県立山北高校在学時から、同人
に詩やファンタジイ風の作品を発表し始める。大卒後も様々なアルバイトをこなしながら、
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SFファンクラブADOの『黎明』などに作品を発表する。1976年それらの休刊に伴って、
筒井康隆主催の『ネオ・ヌル』や柴野拓美主催の『宇宙塵』に投稿を始める。1977年、ネオ
・ヌル7号に掲載されたタイポグラフィック・ストーリ「カエルの死」(『遙かなる巨神』
収録)が奇想天外8月号に転載され、商業誌デビューを飾る(タイポグラフィック・ストー
リとは文字自体を擬人化や擬態化して、それらの配置で物語を表現してゆく手法である)。
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■幻想SFとファンタジイ、そして伝奇 |
1977年、中編「巨人伝」(奇想天外10月号。「遙かなる巨神」と改題、同前収録)を発表。
1979年には、短編「ねこひきのオルオラネ」(1978年奇想天外6月号。『猫弾きのオルオラ
ネ 完全版』他収録)や短編「山を生んだ男」(1978年奇想天外11月号。『風太郎の絵』他
収録)などを含む処女作品集『ねこひきのオルオラネ』(集英社文庫・コバルトシリーズ)
が出版される。前者「ねこひきの〜」は<オルオラネ・シリーズ>の1作目で、3匹の猫を
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楽器のようにつま弾くオルオラネ爺さんを巡るロマンチックなファンタジイであり、1991年
まで全7編が書かれている。後者「山を生んだ男」は雪山で遭難した男の体験する幻想的な
物語であり、評論家の北上次郎の推薦によって双葉社から書き下ろしの依頼が入るきっかけ
を与えた佳作である。そして、1981年その処女長編『幻獣変化』が書き下ろされた。シッダ
ールタたちが不老不死の秘法"涅槃の果実"を求め、雪冠樹(ヒウナージャン)というヒマラ
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ヤ並みの巨大樹へ登る、古代インドを舞台とした秘境冒険譚である。『幻獣変化』はデビュ
ー初期から幻想SFやファンタジイを中心に発表してきた作者の転機となった。これを読ん
だ朝日ソノラマの編集者から書き下ろしの注文がされ、氏のライフワークといえる<キマイ
ラ・吼シリ−ズ>を生む契機を与えた作品であるだけでなく、後年随所に窺うことができる
作者の宇宙観や宗教観という持ち味が反映された記念すべき作品と位置づけられるだろう。
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■ヤングアダルトと伝奇小説ブーム |
1982年は第2の伝奇小説ブームの始まりと捉えられるかもしれない(1970年代、平井和正や
半村良らのよるものが第1期)。前記した<キマイラ・吼シリ−ズ>の第1巻『幻獣少年キ
マイラ』や、菊地秀行のデビュー作『魔界都市<新宿>』などが発表され、出版元の朝日ソ
ノラマなどのジュヴナイル小説が若い世代の読者を獲得し始めたのだった。その一方で、夢
枕・菊地両氏はエロスとヴァイオレンスを盛り込んだアダルト向けの伝奇小説に歩を進め、
1984年以降続々と同様の伝奇小説が出版された。<闇狩り師シリーズ>の連作短編集や長編
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『蒼獣鬼』も発表され、<サイコダイバー・シリーズ>の『魔獣狩り』三部作がベストセラ
ーとなる。アフリカ奥地から持ち帰られた奇妙な黄金仏像を巡る死闘に巻き込まれる地虫平
八郎を主人公にした<黄金宮>、異形の剣を背負った万(よろず)源九郎が江戸時代を舞台
に、服部半蔵、霧隠才蔵、宮本武蔵、天草四郎らが登場し、山田風太郎の忍法帳を彷彿とさ
せる<大帝の剣>など、新シリーズもこの頃開始された。このようなヤングとアダルト両面
の読者層を対象とした伝奇小説ブームは、夢枕獏が火をつけ、菊地秀行が油を注いだという
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形容がよくされる(コミック業界もブームには一役買っているとは思う。というか、<闇狩
り師シリーズ>と設定が酷似した、とある青年漫画が当時あってヒットした。僕も初期は読
者であった。名前は伏すが賢明な読者は「あぁ、あれだな」とピンと来るかもしれない)。
笠井潔、荒俣宏なども参入し、伝奇ブームは昭和末期辺りまで続いたといえる。また、<獅
子の門>や<餓狼伝>など格闘技の世界で闘う男たちを扱ったシリーズを著し、プロレスや
K1などの格闘技ブームを予見するように小説に取り込んだ先駆けといえるかもしれない。
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■固定イメージの払拭と日本SF大賞受賞 |
10本余りの連載と書き下ろしを抱え、ベストセラー作家となった氏の忙しさは半端ではなか
った。エンターテイメントに徹したエロスとヴァイオレンスで有名になったのは事実だが、
その固定した作家イメージのレッテルをどのように拭ってゆくかという葛藤をエッセイや著
作のあとがきでしばしば語っている。その答えの一つが1989年発表され、第10回日本SF大
賞と平成元年度星雲賞日本長編部門を受賞した『上弦の月を喰べる獅子』(1986〜89年SF
マガジン全21回連載)であろう。構想から完成まで10年という歳月が結晶した宇宙と進化に
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ついての物語である。また、平安時代の陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明を主人公にした
連作短編もほぼ同時期に書き進められ、『陰陽師』にまとめられた。このシリーズは場を幾
つか変えながら発表され続け、岡野玲子も漫画化している。将棋の世界に生きる真剣師たち
の生き様を描く『風果つる街』、巨鮎釣りに賭けた男たちを活写した『鮎師』も、幅を広げ
ようとして生み出された佳作である。このような試みと平行し、従来路線の伝奇小説や格闘
小説が精力的に執筆してゆくバイタリティは凄まじく、次々と新シリーズも始まってゆく。
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■書けば書くほど長くなる |
氏のシリーズの多さは類を見ない。<キマイラ・吼シリ−ズ>と<サイコダイバー・シリー
ズ>を筆頭に、<黄金宮>、<大帝の剣>、<荒野に獣 慟哭す>などの伝奇小説の系列。
『幻獣変化』の続編である<涅槃の王>が全6巻で完結(1986〜96年小説CLUBに『神獣
変化』として連載)しているもののその他は継続中である。異形の近未来日本で超能力戦を
交え展開され、螺旋がモチーフの核に据えられた『混沌(カオス)の城』(1988〜1989年週
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刊宝石)の続編として執筆が予告されている『混沌(カオス)の帝国』も非常に楽しみであ
るが、<闇狩り師シリーズ>も続編があるという(僕は以前、ある大学の講演会の質問コー
ナーにて、「早く続きを読みたいがいつ頃に書かれるか?」と実際に伺ったことがある)。
格闘小説の系列では小説推理に連載されている<餓狼伝>が最終局面へと近づいているが、
書けば書くほど長くなっている。長らく滞っている<獅子の門>も気になる作品であろう。
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■20周年を迎えて |
デビューから約20年余。1997年は、独特の文体で息吹き溢れる山岳小説『神々の山嶺』が第
11回柴田錬三郎賞を受賞するという新たな実りもあった。1999年4月21日から朝日新聞夕刊
にて、<陰陽師>初めての長編連載もスタートされた。多数の連載を抱えた状況で、書き下
ろしは大変であろうし、どうか身体を壊さないように適度に頑張りながら、一つ一つ着実に
シリーズを終えることができるよう願っている。15年といわず30年は長生きできるように。
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